第四回日本翻訳大賞 推薦作品リスト

2018年1月31日(水)まで第四回日本翻訳大賞の候補作を募集しています。
ここでは皆さまから推薦をうけた作品と推薦文を紹介していきます。

4月28日(土)には第四回翻訳大賞の授賞式を開催します。どなたでも参加できる気軽なトークイベントです。詳細はこちら

※推薦文のすべてが掲載されるわけではありません。予めご了承ください。


【推薦者】パピラ
【推薦作品】『10:04』
【作者】ベン・ラーナー

【訳者】木原善彦
【推薦文】
 本国アメリカでは賛否両論だという本作。作者もそして主人公も詩人だからというわけではありませんが、ストーリーではなく詩人が紡ぎだす「現実とほんの少しだけ違う世界」を散策するように楽しむ「遊歩(フラヌール)」小説です。作中の「タコは世界というリアルな虚構(フィクション)を統合した大きな像として読み取れない」という表現は、「個体=わたし」という幻想的身体によって世界とはそれぞれに生きられるものと読みかえてよいと思います。主人公の世界はほんの少しだけわたしの、わたしたちの現実とは異なる、その世界がくみかわる瞬間を見逃さないようにゆっくりと、注意深く、詩を読むように咀嚼していけば満たされた時間がもたらされます。本作を推薦致します。


【推薦者】ルネ
【推薦作品<1>】『人形』
【作者】ボレスワフ・プルス
【訳者】関口時正
【推薦文】
19世紀のワルシャワ、そしてパリに暮らす人びとの息吹がつたわってくるポーランド文学、いや中欧文学の最高傑作のひとつ。様々な社会階層の登場人物の語り口を見事に訳し分けているのは圧巻としか言いようがない。1200頁を越える群像小説の邦訳を素直に寿ぎたい。
【推薦作品<2>】『アンチクリストの誕生』
【作者】レオ・ペルッツ
【訳者】垂野創一郎
【推薦文】
原作がもっている語り、リズム、語彙の妙が、訳出された言語でも生きることはなかなかない。原書がおよそ九十年前の言語で執筆された小品である場合はとくにそうだ。だが幸いにも、レオ・ペルッツという隠れた名作家は、垂野創一郎というこのうえない訳者を見出した。六冊目となる同氏によるペルッツ訳は、まさに円熟の域に達した訳書と言えるのではないか。


【推薦者】百句鳥
【推薦作品<1>】『鬼殺し』
【作者】甘耀明
【訳者】白水紀子
【推薦文】
マジックリアリズムは中文で魔幻現実主義と表記されます。しかしラテンアメリカに端を発するマジックリアリズムは大雑把に言えば現実自体が幻想的なものであり、その幻想的である現実を写実的に表現する技法を指すのに対し、アジアにおけるマジックリアリズムは現実を幻想的に表現する新しい技法として定着しました。つまり魔幻現実主義はおなじ言葉でありながら反対の意味を持ちます。前置きが長くなりましたが、本作品は鬼をテーマとする魔幻現実主義小説の傑作です。日本統治時代と戦後の時代を生きる客家の少年と祖父。主人公は漢名劉興帕、日本名鹿野千抜として戦火を切り抜けますが、敗戦後の国民党軍襲来を契機に台湾人としての生き方を模索します。客家語、閩南語、タイヤル語、日本語。多民族多言語入り乱れる文化。これを特定の言語に統一するのは難業と察します。けれども力強い翻訳を実現された訳者の功績を讃えるとともに感謝を込めて推薦します。
【推薦作品<2>】『密告者』
【作者】フアン・ガブリエル・バスケス
【訳者】服部綾乃 石川隆介
【推薦文】
西暦一九四四年にコロンビアで発布された法令第三十九号により、枢軸国側に協力していると疑われた人物は収容されることになりました。この封鎖対象国民リスト=ブラックリストは本作品の根幹をなします。物語は雄弁術の教授であるボゴタの名士ガブリエル・サントーロが自分の心臓疾患を伝えるため、息子のガブリエル・サントーロ(二人はおなじ名前を持ちます)と再会する場面から始まります。父には旧友ザラ・グーターマンの生涯を綴った息子の著書をとりあげ、罵倒にも等しい酷評を載せた過去があります。そのため二人の間柄は良好と言えません。人々の行動から歴史を浮きあがらせるというよりも、第二次世界大戦を背景とし、激動の歴史を歩まされることになった人々の相関図に重点が置かれており、その過去と現在が交差する構成や展開は感動的なほど秀逸です。密告する者と密告される者。飛び交う証言や告発を通して密告の意味を抉りだした超大作。


【推薦者】japol
【推薦作品<1>】『人形』
【作者】ボレスワフ・プルス

【訳者】関口時正
【推薦文】
 ポーランドの新聞連載小説が130年の時をへだてて日本語になった。本文だけで1200ページ超。ポーランドでは初中等教育の必読図書に選定されつづけ、映画化・テレビドラマ化もされている有名な作品。正直、日本語訳が出るとは思っていなかったので驚いた。画期的な訳業だと思う。親切な訳註がついているので、ポーランド事情や歴史に詳しくない人でもわかりやすい。
【推薦作品<2>】『主の変容病院・挑発』
【作者】スタニスワフ・レム
【訳者】関口時正
【推薦文】
スタニスワフ・レム・コレクションの最終巻。なかなか出ないな、まだかなあと思っていたら、『人形』と並行して訳していたのか。そりゃあ時間かかりますよ。こちらも懇切丁寧な訳註付きで、うっかり読み飛ばしそうな箇所を的確に指摘し、説明してくれるのがありがたかった。ともかくレムコレ完結めでたい!


【推薦者】中村 久里子
【推薦作品】『サイモンvs人類平等化計画』
【作者】ベッキー・アルバータリ
【訳者】三辺律子
【推薦文】
友達にも家族にも恵まれ、充実した高校生活を送っているサイモン。でも、ゲイである自分の本当の姿を見せられるのは、メールでしか知らない「ブルー」。大切な宝物をそっと手渡すように少しずつ自分の気持ちを相手に伝えて、返ってくる言葉に思いをさらに募らせていく。メールのやりとりだけだから見た目もスペックも関係なく、ただただ自分と向き合い相手と向き合う十代の恋の行く末は、そのまま成長の物語でもある。サイモンの瑞々しくかわいくユーモアに満ちた語りを、リアルにイマドキの、それでいて軽やかで上品な日本語にされた三辺律子さんの翻訳が、本当に本当にすばらしい。タイトルの「人類平等化計画」に込められたしなやかで力強いメッセージにも心をうたれる。


【推薦者】よだみな
【推薦作品<1>】『パリに終わりはこない』
【作者】エンリーケ・ビラ=マタス
【訳者】木村榮一
【推薦文】
わたしにとっては、ビラ=マタス版『アオイホノオ』でした。たくさんのリスペクトと上から目線の生意気な批評、そして今の自分の実力を認めたくないから書けない、書きたくない、ぐだぐだした感じ。アンノのような天才は出てきませんが、アオイ話でした。
【推薦作品<2>】『誘拐されたオルタンス』
【作者】ジャック・ルーボー
【訳者】高橋啓
【推薦文】
ウリポの人を訳すのは大変なんですよ。もっと売れてくれてほしいので推薦。


【推薦者】伊東麻紀
【推薦作品】『母の記憶に』
【作者】ケン・リュウ
【訳者】古沢嘉通・市田泉・幹遥子
【推薦文】
『紙の動物園』に続くケン・リュウの第2短編集。中国とアメリカという二つの文化を生きることが彼の作品に独自の魅力と深みを与えていると思う。特に今回は「草を結びて環を銜えん」「訴訟師と猿の王」「万味調和――軍神関羽のアメリカでの物語」のように中国の歴史を題材に取ったものが印象に残った。


【推薦者】えり
【推薦作品<1>】『アンチクリストの誕生』
【作者】レオ・ペルッツ

【訳者】垂野創一郎
【推薦文】
 プラハ生まれオーストリアのユダヤ人作家のレオ・ペルッツは幻想的でありながら重層的で魅力的な作家。プラハの街が立ち上がってくるのが鮮やかであったり、読むことや話すことについて興味深い設定で物語を堪能させる。垂野創一郎さんは数々のペルッツの本を翻訳し紹介し続けてくださっているので推薦した。
【推薦作品<2>】『チリ夜想曲』
【作者】ロベルト・ボラーニョ
【訳者】野谷文昭
【推薦文】
病床の神父のモノローグ。改行のない長い文章や独特の飛躍もありボラーニョの魅力が詰まった本だった。チリの文化、文学、歴史、政治、また作者ボラーニョの思想や信条や批判が、沈黙…行間に込められていて注意深く読まなければならなかったが、訳と解説によって理解することができた。時代やラテンアメリカ文学全体を知ったうえ詩人でもあるボラーニョの儚く哀愁ある文章の雰囲気で訳してくださって素晴らしかった。


【推薦者】雑食
【推薦作品】『パジャマゲーム』
【作者】 ジョージ・アボット/リチャード・ビッセル
【訳者】高橋知伽江
【推薦文】
元はトニー賞を受賞した1954年初演の古い作品で去年日本でも上演されました。翻訳ミュージカルにありがちな日本語の不自然さがなくすんなり受け入れられました。特に原語にある韻を元の意味を損なうことなく巧妙に再現しているのは驚きでした。歌詞も元から日本語の歌であったかのような自然さで、口ずさみたくなるようでした。全体的に完成度の高い舞台でその一要素として翻訳も外せないと思い推薦させていただきました。


【推薦者】ツキアカリ
【推薦作品<1>】『キャッツ・アイ』
【作者】マーガレット・アトウッド
【訳者】松田雅子 松田寿一 柴田千秋
【推薦文】
かなり痛いところを突いてくる内容ながら、読み進めずにはいられなかった。少女時代の出来事からこれまで、振り返っても鮮やかに思い出すのはこういう思い出ばかりなのか…と、心に受けた傷は傍目には華々しい人生を歩んできたように見えても、完全に塞がることはないのだろうか、それはやはりそうなのかもしれない…と思い巡らせながらの結末が素晴らしかった。この内容で、淡々と進めながら安直な感動とは一線を隔てている、見事な小説だった。
【推薦作品<2>】『至福の烙印』
【作者】クラウス・メルツ
【訳者】松下たえ子
【推薦文】
3つの短編が収録されていて、どれも地味な話でありながら、強く心に響く短編集。読み進めるうちに段々と物語の内側が見えてくるのだが、語られること以上に、語られなかった孤独、諦念、忍耐…といった感情、そしてそこにも確かにあったであろうささやかな幸福、それら全てが愛おしいものでありながら、同時に胸に刺さるものにもなった。所々、散文詩のようにも感じられたが、作者は詩人でもあるそうで、これをきっかけにもっと翻訳が進んでほしいと思う。


【推薦者】村田 泰三
【推薦作品】『レッド・プラトーン 14時間の死闘』
【作者】クリントン・ロメシャ
【訳者】伏見威蕃
【推薦文】
2009年アフガニスタン。閉鎖が決まった基地は緩やかな撤退機運が兵士達を包んでいた。いつものタリバンの小規模な襲撃。だと思っていたものは綿密にそして緩んでいた彼らの弱点を的確に突いていた。次々に倒れる兵士。無造作に並べられる遺体袋を観ても戦死者を悼む暇を与えない銃撃。遂に前線が突破され基地内にタリバンが雪崩れ込んだ時、下士官達が下した決断は……反撃だった。刻一刻と流れる戦場を淡々と描きつつもそこにある兵士達を生き生きと描き、同時に吐き気を催す程のプレッシャーを読者に与える戦闘の描写は今までに無いノンフィクションである。そこまでの熱量を分かりやすく噛み砕いた軍事用語を交えつつも冷めさせない伏見氏の翻訳があってのことだと思わずにはいられない。名作と言われた冒険小説が霞み、そして現実がいかに冷酷で『現代の戦争』がどういう物であるかを叩き付けてくるノンフィクションである。


【推薦者】沢井 メグ
【推薦作品】『星空 The Starry Starry Night』
【作者】ジミー・リャオ
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
よく翻訳本は「訳者というフィルタが入っているのでは」と言われるが、『星空』の日本語版を読んだとき、原文で読んだときと同様の胸に突き刺さるような感動を覚えました。訳者がつむいだ言葉と原作者ジミー・リャオの世界観との調和が素晴らしい。異なる言語で読む際にたまに感じる違和感がなく、言語を気にせず物語にどっぷりとつかることができました。きっと翻訳の際に「訳の正確さ」と「異なる文化背景の読者に物語のエッセンスをいかに伝えるか」という問題の間で、ご苦労があったのだろうな……と、そこまで想像させられてしまう一冊。母語で読めることの喜びと、素敵な作品が日本で展開されることを、いちファンとして嬉しく思います。作品の内容はもちろんのこと、翻訳作品というものの素晴らしさを改めて感じました。


【推薦者】Moonflower
【推薦作品<1>】『ボウイ その生と死に』
【作者】サイモン・クリッチリー
【訳者】田中純
【推薦文】
哲学者である著者が自らの記憶を織り込みながら、デヴィッド・ボウイの「アート」に言葉を与えていく。主に歌詞を中心に、文学や哲学に接続しながら短い章立てで語っていくその語り口に、ボウイへの深い敬愛と感謝を、本書に繰り返し登場するキーワードである「あこがれ」を感じる。特筆すべきは訳文の「多重化」である。クリッチリーが指摘するボウイにおける「無(nothing)」に形を与えるかのように《ナシング》(ナッシングではない)とルビを振り、訳文を二重にして「無」を可視化している。例えば、「何も残らない〔=無が残る〕」という二重の訳文に「ナシング・リメインズ」とルビを振るのだ。ふつうなら「~ない」と訳され、述語に溶け込み姿を消すはずの「無」が、本書ではまったくの別物として迫ってくる。
また、ルビを多用することにはボウイの歌声が「聞こえてくる」効果もあり、望み得る最良の訳となっている。
【推薦作品<2>】『アーダ』
【作者】ウラジーミル・ナボコフ
【訳者】若島正
【推薦文】
本作においてナボコフはやりたい放題の文学遊戯に勤しんでいる。世界有数のナボコフ研究家である訳者が、もっとも「ナボコフ度」の高い「難物」と保証しているだけのことはあって、英語をベースにフランス語・ロシア語をそこらじゅうに散りばめ(訳文においてはルビで対応)、SF的な背景設定に有名文学のパロディ、括弧を多用したテキストの多重化(多声化)といったナボコフ一流の文学的「トリック」が隅々にまでいきわたっているのだ。読者はひたすら翻弄されるのみである。翻訳に10年以上かかったというのも頷ける曲者であるが、読んでいて単純に「楽しい」一作であることは間違いなく、この小説を十全に理解できなくてもまったく問題ない。(訳者でさえ「まだわからない」と言っているくらいなのだ)最良の訳者を得たこの怪作によって、より多くの読者がナボコフ沼の深みに引きずり込まれることを祈っている。


【推薦者】プラジュスケー・ヤロ
【推薦作品<1>】『チャヴ 弱者を敵視する社会』
【作者】オーウェン・ジョーンズ
【訳者】依田卓巳
【推薦文】
表題の「チャヴ」とは、英国で下層労働者階級の若者を蔑んで呼ぶスラングで、この単語には「公営住宅に住む悪趣味で品のない浪費家」「暴力、怠惰、アルコール依存、十代の出産、人種差別」という悪いイメージがつきまとう。本書は2011年に当時26歳だった新聞記者の著者による気鋭のルポルタージュ。サッチャー保守党政権とニューレイバーの新自由主義路線による社会の歪が貧困層に押し付けられ、さらにそれを正当化するためにすべての責任が個人の能力に帰せられて、チャヴに対する蔑視が政治的に作り出されていったのだと告発し、上層階級の労働者階級に対する階級闘争が行われているのだと説く。政治もメディアも手をさしのべようとしない貧困層を右翼がとりこみ、かくて彼等の憎悪は移民に向けられていく。本書の描き出す英国は驚くほど現在の日本の姿に似ている。
【推薦作品<2>】『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い』
【作者】デボラ・E・リップシュタット
【訳者】山本やよい
【推薦文】
95年、米国の歴史学者リップシュタットは、ナチスによる組織的なユダヤ人虐殺を否定する英国の歴史家アーヴィングを著作の中で「ホロコースト否定者」と呼んだことから、名誉棄損で告訴される。英国の法律では名誉棄損訴訟の場合、被告側が自分の主張に事実の裏付けがあることを証明しなくてはならない。かくしてリップシュタットと弁護士チームは160万ドルの費用と6年の歳月を費やしてアーヴィングの著作を丹念に調べ上げ、史料を意図的に捏造・歪曲・改竄していることを立証する困難な闘いを強いられることになる。本書はリップシュタット本人が弁護士たちとの会話のメモや裁判記録を元に裁判の経緯を描いたノンフィクションで、フェイクニュースが蔓延し本邦でも歴史否認主義が台頭する今日、映画化を契機として入手しやすい形で刊行されたことは重要な意義を持つ。なお原題は「Denial(否認)」で、「否定と肯定」という訳題は両者の主張が同等の重みを持つかのような印象を与える、という批判があったことを付言しておく。


【推薦者の名前】
【推薦作品】『ふたつの人生』
【作者】ウィリアム・トレヴァー
【訳者】栩木伸明
【推薦文】
物語も翻訳も素晴らしかったです。トレヴァーの作品で何度かモチーフとして使われた『間違った相手と結婚してしまった娘』の物語、そして『いろいろなもの』を埋めるために物語を紡ぐ女性の物語。栩木氏の文章も本当に素晴らしかったです。とくに『ウンブリアのわたしの家』。どこまでも透明で、光が眩しくて何も見えなくなるような、そんな文章でした。


【推薦者】ルバーブ
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚』
【作者】カリキンスキイ
【訳者】藤田葵
【推薦文】
訳者の藤田葵さんは、野村総研時代にコンサルタントとして担当した農業に使命を感じ、農業法人へ転職、その一方で予備自衛官で英語の通訳をこなしつつ、大学時代から継続していたロシア語の勉強を続け日露外交を研究テーマとしているタフなマインドの持ち主。農業と日露関係に両方詳しい藤田さんが研究を続けるうちに榎本武揚氏を題材とする本作品に感銘を受け、日本の特に農業に携わる人たちに読んでもらいたいとの想いから、著者に自ら翻訳を申し込んで出版が実現した貴重な書籍となった。ロシア人の視点での榎本武揚氏についての描写は、日本人が一般に抱く印象とは異なる点もあり、翻訳にあたっては著者の意図を汲み、日本人が理解できる文脈に落とすことに大変苦労されたことであろう。藤田さんの論理的思考と知性、感性が遺憾なく発揮され、後世に残る非常な貴重な書籍となったことは間違いない。


【推薦者】門脇 智子
【推薦作品】『ふたつの人生』
【作者】ウィリアム・トレヴァー

【訳者】栩木伸明
【推薦文】
元々トレヴァーの切れ味鋭い短編が好きでしたが、より優しさとユーモアが印象に残るこの二つの中編には(短編より好きかもと思うくらい)新鮮な魅力を感じました。それぞれあるひとりの女性を中心人物として彼女の人生が語られる、ほろ苦く滋味あふれる大人のための小説ですが、ブラックユーモアの効いたフェミニズム小説としても読めるし、サイコサスペンスのような面白味もある多面的な作品だと思います。よどみなく読み進められるけれど安っぽくならず品のある訳文がつくづくいいなあと思いました(特に台詞の絶妙なさじ加減がすばらしい)。アイルランド文学・文化を専門とする訳者の仕事のおかげで、文学の豊かな伝統を持つアイルランドという国への憧れがふくらみます。国境の枠を超えた世界文学の面白さも好きですが、特定の国に惹かれるときめきも外国文学を読む楽しみのひとつであり続けるのだろうと思います。


【推薦者】aurorafish
【推薦作品】『不滅療法 ウィルコジョンソン自伝』
【作者】ウィルコ・ジョンソン
【訳者】石川 千晶
【推薦文】
余命宣告を受けた 英ロックギタリストの数奇な運命、生い立ちから現在までを ウィルコが辿った道のり、イギリス~インド~京都をまるで 一緒に旅をしながら 時代を駆け抜けるような一冊。ウィルコの言葉は 時に文学的に 時に軽妙かつ 彼の奏でるギターのように熱く 夢中で読ませます。訳者のロック愛がスピード感のある文章に仕上がっている良著です。


【推薦者】アケルダマ1
【推薦作品】『ギリシャ語の時間』
【作者】ハン・ガン

【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
 初めて韓国小説を読んだ。言葉を失った女と視力を失いつつある男がギリシャ語教室で出会う。彼らの声は、耳を澄まし、息を詰めないと聞こえないほどひそやかで繊細だ。身体と言葉が深いところで溶け合っている。雪のように言葉が降り積もってゆく感覚。それを日本語で味わえる幸せよ! けがをした男を女が助けるくだりは極上のラブストーリーだ。


【推薦者】熊谷 充紘
【推薦作品<1>】『こびとが打ち上げた小さなボール』
【作者】チョ・セヒ

【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
この一年間は斎藤真理子さんの翻訳作品をよく読んだ。『ピンポン』『ギリシャ語の時間』『三美スーパースターズ』…まさに韓国文学のオクリモノを頂いた気持ちだが、なかでもオクリモノではなく他人事ではないと思ったのが本書だった。こびとにも、抑圧する側にも自分がなる可能性があると感じられたのは、やはり言葉の力、翻訳の力だと思う。
【推薦作品<2>】『死体展覧会』
【作者】ハサン・ブラーシム

【訳者】藤井光
【推薦文】
イラクを支配する暴力によって命を落とし晒し者とされる死体。価値や尊厳を剥ぎ取られた死者。悪夢が現実であることへの作者の怒りが、荒々しいまでのイメージの飛躍に繋がっているのだろうか。物語としての悪夢は、タイトルから連想されるより、かなり読みやすく面白い短篇集。悪夢が面白いとはどういうことか。本を閉じた途端、問いを突きつけられ、また本を開く。


【推薦者】チャレッタ
【推薦作品】『ギリシャ語の時間』
【作者】ハン・ガン

【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
 言葉を失った女と視力を失いつつある男が、古代ギリシャ語によって心を通じ合わせる過程は、詩のような静謐な世界が広がり、自分自身の傷も癒やされていくようだった。言葉はこんなにも美しい光を帯びていたのかと感じさせてくれる作品。男が思い浮かべる色の世界も美しい。


【推薦者】unyue
【推薦作品<1>】『シルトの梯子』
【作者】グレッグ・イーガン
【訳者】山岸真
【推薦文】
例えば、何か日本語に翻訳されていない英語で書かれた小説をどうしてもどうしても読みたかったら、どれだけ時間が掛かるかは別として何とか意味くらいは判るのではないかと思うのだけれども、それが、もし、イーガンのSFだったとしたら、と考えたらそりゃもう絶対に無理でしょ… と思う訳です。だってそもそも日本語に翻訳してあったって判らないのだもの。そんなわたしが判らないなりに楽しくイーガン世界の端っこを経巡れるのも恐らくとてつもない難題の繰り返しを乗り越えて翻訳していただいた日本語の本があってこそ! 垂涎の思いで待ち、熱い物語に涙することができることが最高に嬉しいです。
【推薦作品<2>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
 エドワード・ケアリーの作品を長年に渡り情熱を込めて訳し続けていらっしゃる古屋美登里氏の熱い思いが伝わってくるような、アイアマンガー三部作の日本語訳での出版を巡るすべてがすばらしいと感じます。ケアリーが描く独特の世界を、全霊を込めて英語から日本語へと写し取っただけではなく、装丁や挿絵など本と云うメディアのありったけを使って表現してくださったことに敬意を込めて推薦します。


【推薦者】佐本 浩一郎
【推薦作品】『ノーラ・ウェブスター』
【作者】コルム・トビーン
【訳者】栩木伸明
【推薦文】
アイルランドの田舎町を舞台に、夫を亡くしたノーラの3年を描く。舞台は『ブルックリン』のエイミシュの出身地。彼女の母親がちらと顔を見せる。『ブルックリン』は、エニスコーシーとニューヨークを行来することで、世界の幅と奥行を感じさせ、否応ない変化に身を委ねることで世界が拡がることに感動を覚えた。ノーラは、エニスコーシーからほとんど出ないけれど、環境の変化に躊躇わず身を投じ、新たな世界を拡げていく。その様子に、明日への希望を感じる。


【推薦者】mikkii
【推薦作品<1>】『クマと森のピアノ』
【作者】デイビッド・リッチフィールド
【訳者】俵万智
【推薦文】
どちらかというと個人的な思い入れがあっての推薦です。やりたいことがあって、長年のつきあいの友達たちとの時間を減らしていました。でもやっぱりみんなともっと会いたいな、とさみしさを感じていた頃、この本の原書に出会い、とあるページで号泣しました。わたしの友達も、こんな風に応援してくれているはず、と。そして去年、訳書が出たとき。原書のイメージを崩されたらどうしようと思っていたところの、素晴らしすぎる俵万智さんの日本語。やさしい、あたたかい日本語に胸いっぱいでした。どんな経緯で俵万智さんが訳されることになったのかわかりませんが、素晴らしい訳書を出してくださったポプラ社さんにも感謝の気持ちでいっぱいです。
【推薦作品<2>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー

【訳者】古屋美登里
【推薦文】
 三部作の最終巻。交響曲の最終楽章のような、舞台のクライマックスのような高揚感!そして静けさ。最後までブレずに貫かれるアイアマンガーの世界を堪能させていただきました。こだわりの塊のようなアイアマンガー一族と、こだわりの塊のような翻訳。濃密な読書体験でした。


【推薦者】S.Yoshio
【推薦作品】『マッドジャーマンズ』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
東独に移民として渡った主人公達は、三者三様に、異文化の中での孤独、喜び、そして社会の理不尽さを煮詰めたような苦い経験に直面するが、この作品は彼らがどんな悲しみを味わおうと「可哀相な移民」「東西対立の中で翻弄された途上国の人」といったステレオタイプに押し込めない。異なった個性を持ち、違う道を選んでいく3人の人生を、愛情と敬意を込めて、はっとするような線と言葉で紡いでいく。1980年代のモザンビークと東独という、日本で生まれた自分には経験しえない場所での物語にも関わらず、読書中、何度か彼等と同じ光景を見ているような衝撃にとらわれ、涙が出た。出会ったことのない人々の思い出が目の前で動き出す、魔法のような本だった。


【推薦者】アーニャ
【推薦作品】『パジャマゲーム』
【作者】リチャード・ビッセル

【訳者】高橋知伽江
【推薦文】
日本語としても歌詞としても歌われた時のイントネーションに至るまで自然な作品に遭遇できることは翻訳ミュージカルでは奇跡に近い。この作品はそれに加えて韻が素晴らしい。終演後自分が音痴であることも忘れて口ずさんでしまうほどに。ちょっとしたつっかかりで我に返ってしまうことが少なくない中で、半世紀以上も前の遠い異国の恋物語なのをすっかり忘れていたあの瞬く間に終わってしまった時間が今も懐かしく自分の初恋の思い出のように切ない。
遠くない未来の初演キャストのままでの再会を(アンサンブルの方々も)祈る一方で、いつの日か高橋さんに訳し直してもらいたい作品がいくつも思い浮かんだ。


【推薦者】阿建
【推薦作品】『中国が愛を知ったころ 張愛玲短篇選』
【作者】張愛玲

【訳者】濱田麻矢
【推薦文】
1940年代の上海でデビューし、数度のブームを経て中華圏ではいまも熱心に読み継がれている作家、張愛玲のエッセンスが感じられる短篇選。どこか苦い青春小説といった趣のある「沈香屑 第一炉香」、恋愛という概念を手探りする若者たちの悲喜劇を描く「中国が愛を知ったころ」、そして二人の女性の友情の変転をつづった「同級生 」。一つ一つに張愛玲のエッセンスが詰まっていると同時にバリエーションがあり、その作品世界を知る上で格好のアンソロジーだと思う。何より翻訳がすばらしい。繊細で美しい文体の魅力を損わずに、端正な日本語に移し替えた訳者の仕事に、心からの敬意を表したい。


【推薦者】キヨシちゃん
【推薦作品】『不滅療法 ウィルコ・ジョンソン自伝』
【作者】ウィルコ・ジョンソン

【訳者】石川 千晶
【推薦文】
不滅のギタリスト、ウィルコ・ジョンソンの自伝だが、本人の語り口調を、愛にあふれた翻訳で、いきいきと日本語に置き換えているところが素晴らしい。


【推薦者】渡辺 融
【推薦作品<1>】『地下鉄道』
【作者】コルソン・ホワイトヘッド
【訳者】谷崎由依
【推薦文】
奴隷として、「モノ」としてしか見られなかったアメリカの黒人たち。彼らを救うのは謎の地下鉄道。われらがコーラは農園を逃げ出し、追われながらも地下鉄道で逃げる逃げる。史実とフィクションを交えて描く物語は決して19世紀だけのことではなく、現代アメリカのことのようでもある。漢語を使い、切り詰めて、密度の高い訳文は物語とピタリ合う。この訳しかないと思わせる名訳。
【推薦作品<2>】『アンチ・クリストの誕生』
【作者】レオ・ペルッツ
【訳者】垂野創一郎
【推薦文】
 日本でも主要長編が訳されているペルッツ。彼の唯一の短編集が本作『アンチ・クリストの誕生』。同じ新聞を読みすぎて頭がおかしくなった男の話や実在する天才数学者をモデルにした話など。幻想的な物語は現実と表裏一体。「こんなことがあった気がする」そう感じさせられるほどリアル。訳は原文以上ではないかというほどの巧みな日本語で記されている。ひたすら楽しい一冊。


【推薦者】中村 愛
【推薦作品】『リラとわたし ナポリの物語(1)』
【作者】Elena Ferrante
【訳者】飯田 亮介
【推薦文】
少女、少年の物語が好きだ。ナポリの下町でリラとわたし、ふたりの少女が、思春期を経て成長していく姿に魅せられた。身体の発達、性の目覚め、貧困、暴力、矛盾、しがらみ、嫉妬、自己嫌悪。じゅくじゅく、ぎりぎりとした、汗臭い、人間臭いナポリで育っていく二人の物語は、育児の合間の現実逃避にぴったりでした。装丁のイラストが美しいのもプラス(アメリカ等の原作の装丁との差が!)。


【推薦者】小森 明子
【推薦作品】『マッドジャーマンズ』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
戦争と国の出稼ぎ政策に踊らされた、モザンビークからの移民労働者の姿を描いたグラフィック本。著者が聞き取りをもとにまとめあげた3人の労働者の悲哀は、絵によって更にその心を空気を伝える。初めて出会ったタイプのルポルタージュ。


【推薦者】キキコ
【推薦作品】『マッドジャーマンズ』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
 戦争と国の出稼ぎ政策に踊らされた、モザンビークからの移民労働者の姿を描いたグラフィック本。著者が聞き取りをもとにまとめあげた3人の労働者の悲哀は、絵によって更にその心を空気を伝える。初めて出会ったタイプのルポルタージュ。


【推薦者】原川 清里
【推薦作品<1>】『AM/PM』
【作者】アメリア・グレイ
【訳者】松田青子
【推薦文】
ページをめくるめく捲ったものの、何の話かよくわからないからもどる。あぁ。わかったふり。その繰り返し。くるりんとしたページの中で私いつのまにか気持ちよくなっていたわ。お布団に巻かれている時が一番気持ちいい。あの美味しいクレープ巻いたやつみたいに。でも少し違うガチャポンの中というか鍋ん中でいい感じに富嶽三十六景の波的な中華屋のチャーハンの米になれた気がします。撹拌ですか。いえカクシアジはマヨネーズです。どこからでもキレます。どこからでも読めます。美味しいです。とりあえず抱きしめてもいいですか。お時間です。えっ、いま何時?
【推薦作品<2>】『死体展覧会』
【作者】ハサン・ブラーシム

【訳者】藤井光
【推薦文】
 現実と悪夢を行ったり来たりな反復横跳び。いまきちんと跨ぎましたか?線の上ならokですよ。私たち日本人は、物語が現実の前にひれ伏した日をおぼえています。どうすることもできない力に対して、我々はそれぞれの正しさを持ちより挑みました。気持ちよくもあり、そして傷つきました。リアルガチの快楽に笑いながらちょっと気持ち悪くなり装丁の範囲内。でも気になって読んで閉じて電車降りて人ゴミを避けて出張カバンに入れたナイフを使わず家に帰る。妻と子供はiなかった。捜索ですか?戦の上ならOKです世。なんだ夢か…っていう希望か。創作です。


【推薦者】ないとう ふみこ
【推薦作品<1>】『世界文学大図鑑』
【作者】ジェイムズ・キャントンほか
【訳者】越前敏弥
【推薦文】
分厚い知識系の図鑑ながら、文章そのものがおもしろくて先へ先へとページを繰った。おおぜいの人の手がかかっていると思うけれど、統一感のある滑らかな訳文。すごいです。読み進めるうちにどんどん読みたい本が増えてきて、気がついたらKindleアンリミテッドをぽちっていたという危険な書物でもあります。
【推薦作品<2>】『嘘の木』
【作者】フランシス・ハーディング

【訳者】児玉敦子
【推薦文】
 ミステリとしてすごく評判になったけれど、わたしはやはりビルドゥングスロマンとして読んだ。主人公のフェイスだけでなく、そのうしろにある幾多の女性たちの鬱屈や、したたかさや、秘めたる思いが伝わってきて、さいごはじーんと。事件だけでなく、時代をも描いたスケール感、独特のダークな雰囲気、それでもけっして陰惨にならない品のよさ、すべてがよかった。


【推薦者】鳥澤 光
【推薦作品】『ノーラ・ウェブスター』
【作者】コルム・トビーン

【訳者】栩木伸明
【推薦文】
 読んでいるうち姉がひとり増えたような気がしてきます。体温みたいなあたたかさというより、触れ合ってざらりと擦れる感じが奇妙にリアル。読み始めに姉のような存在だったノーラは、次第に母に似て、いつのまにか夫にまで重なっていくから驚きやまず、最後の最後のページまで幸せな読書でした。小説の外も中も、人間は人間でできているのだったら幸せだと思わされた一冊でした。


【推薦者】ぴょんはま
【推薦作品】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー

【訳者】古屋美登里
【推薦文】
三部作の完結編。館から町、そして都市へ。圧倒的なスケールとスピード感で、物語を読む快楽を思う存分味わえる作品である。ケアリーの世界観を十二分に理解している古屋美登里さんのこなれた日本語で読むことのできる、日本の読者は幸せだ。老若男女、どなたにでもお勧めできる、2017年の大収穫。


【推薦者】
【推薦作品】『肺都』
【作者】エドワード ケアリー

【訳者】古屋美登里
【推薦文】
 アイアマンガー三部作が、『堆塵館』『穢れの町』『肺都』で完結した。タイトルに込められた翻訳者の思い、この漢字の選びが、実は読後ひたひたと読者に押し寄せてくる。遠い世界の話、ファンタジーと思わせながら始まるが、ひ弱な男の子と赤毛の凛々しい女の子は、多くの人々と物に関わりながら、遠い堆塵館から肺都ロンドンまでやって来る。ここに歴史上の人物も登場するに至っては、読者は覚悟をきめねばなるまい。ケアリーの大きな物語に絡めとられて、もしかすると読者も、誕生の品を与えられているやもしれないのだ。『肺都』は、読むのにチカラがいる。なおかつ、その重層な作品構造を確認したくて、そして出番の少ない登場人物や物にもお気にいりを探して再読することになる。


【推薦者】有友 勇人
【推薦作品<1>】『原因 一つの示唆』
【作者】トーマス・ベルンハルト
【訳者】今井敦
【推薦文】
翻訳の難しさを容易に比較することはできないけれど、トーマス・ベルンハルトは翻訳が困難な作家の一人だろう。本書はベルンハルトの自伝五部作の一作目に当たる。故郷ザルツブルクのことを、そこまで書いていいのって心配になるくらい悪し様に罵っている。しかしながら、エンドレス呪詛な本文を読んでいると、不思議とグルーヴ感が出てきて心地よくなってくる。段落の切れ目のない長いセンテンスを翻訳する大変さを考えると、日本翻訳大賞に推薦せずにはいられない。
【推薦作品<2>】『テルリア』
【作者】ウラジーミル・ソローキン
【訳者】松下隆志
【推薦文】
ウラジーミル・ソローキンも翻訳が難しい作家の一人だろう。本書は全部で50章からなる長編小説なのだけれど、章ごとに異なった文体で書かれていて、しかも各章の登場人物も全てばらばらで、非常に難儀な作品である。更には、ロシアの先行文学作品からの引用やそのパロディ、造語やロシア語以外の他言語が入り混じる複雑なテキストで、もうワケがわからない。そんなワケがわからないテキストを、読んで愉しい日本語へと訳出する翻訳者の力量に感嘆するばかりである。よって日本翻訳大賞に熱烈推薦致しまリプス!


【推薦者】佐々木 孝
【推薦作品<1>】『七年の夜』
【作者】チョン・ユジョン

【訳者】カン・バンファ
【推薦文】
500ページを超える長編小説ながら、じつに読みやすく一気に読ませる、テンポの良い韓国の素晴らしいミステリー小説。韓国らしいともいえるダークな復讐劇と親子を始めとする濃密な人間関係。主人公に近いところに登場する小説家の洞察が確認に迫っていく。チャンドンゴン主演で映画化されているらしいが、是非日本での公開を期待したい。

【推薦作品<2>】『満ち潮の時間』
【作者】ト・ジョンファン

【訳者】ユン・ヨンシュク 田島安江
【推薦文】
ト・ジョンファンの詩作は様々な社会的・政治的なテーマを表現するものが多いが、その事をあまり意識させず不快感を感じさせない明晰でドラマティックな内容。それでいて純粋ささえ感じさせる文体が素晴らしい。静的で清められるような気さえするアンソロジー。


【推薦者】ゆきうさぎ
【推薦作品<1>】『図書館にいたユニコーン』
【作者】マイケル・モパーゴ
【訳者】おびかゆうこ
【推薦文】
大好きなモパーゴの新刊。小学校中学年でも読めるようなやさしい文体の長くない物語にいろいろなはなしがつまっていて驚きました。いやいや図書館に来た少年が物語の魅力に引き付けられていく様子(しかも図書館のお話会ですてきな語り手との出会いで!)。日常の生活を突然襲い、焼くつくす戦火。物語の力を恐れる支配者による焚書や、ノアの方舟の話まで。つらい現実の中での物語の力を改めて感じました。ハンドルネーム、ゆきうさぎ、でお願いします。
【推薦作品<2>】『キオスク』
【作者】ローベルト・ゼーターラー

【訳者】酒寄進一
【推薦文】
1937年オーストリアのウィーンを舞台に、田舎から出てきて小売店キオスクで働く17歳の少年の物語。ナチズムの台頭する時代の中で、少年は店主から仕事の何たるかを教わり、恋にもだえ苦しみ、あろうことか恋の悩みを精神分析で有名なフロイトに友達感覚で相談します。ひどい現実のかたわらで、一人の少年がみたもの、感じたことが語られる、今まで読んだことのないような小説でした。東宣出版のはじめて出逢う世界のおはなしシリーズはいい本がたくさんあり期待しています。


【推薦者】三木
【推薦作品<1>】『わたしの本当の子どもたち』
【作者】ジョー・ウォルトン
【訳者】茂木健
【推薦文】
2015年、介護施設で暮らす90代の主人公パトリシアは自分の子どもの人数などについてその時々で違った確信を覚える。周囲はそれを混乱と捉えるが、彼女はある時点で自分の人生が二つに分岐したのだと考える。それは1949年、恋人に結婚を迫られた時にどう答えたかだった。
その後別の選択をした人生が交互に語られていくが、人生だけでなく、核戦争が起こったりと、世界の歴史も変化する。彼女の人生を通してあったかもしれない、実際にあっただろう一人の女性の生き様が描かれていて、並行世界SFとして単純に面白い。しかし描かれる人生はどちらもとてもリアルで、人生とは、幸せとは、ということをLGBTQなども絡めて考えさせてくれる。特に好きなのはアラン・チューリングが出てくる場面。実際の彼の最後を私たちは知っているが、別の世界だったら彼の人生も違っていたのではと思ってしまう。様々な捉え方があるだろうラストシーンは痛切さに満ちていて忘れがたい。
【推薦作品<2>】『四角い卵』
【作者】サキ
【訳者】和爾桃子
【推薦文】
サキが大好きで、しかし供給がなく、古本屋で新潮文庫版短編集を見ると持っているのに買ってしまうほどサキに飢えていた私にとって、この一連の短編集出版はまさに慈雨であった。
それだけでもありがたいのになんと、なんと、単行本収録世界初の短編や、これまた私が大好きなエドワード・ゴーリーがドイツ語版のために描いた挿絵も収録と、幸せすぎて心臓が止まりそうになるほど嬉しかった。本当に今、日本に生きていて読めて良かった、としみじみと思う作品だ。白水社と和爾桃子さんには足を向けて眠れない。特に「姓はけだもの、名はくだもの」と自己紹介されるほどユーモラスな和爾さんにサキの軽妙洒脱な文を訳してもらえて、一翻訳物好きとして感謝の念に絶えない。


【推薦者】白川祐輔
【推薦作品】『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』
【作者】ビルギット・ヴァイエ
【訳者】山口侑紀
【推薦文】
 これは「赤の時代」を生きた黒人たちの青春物語である。時は冷戦体制下、モザンビークから東ドイツへ移民する大勢の若者たちがいた。エリートになるはずだった彼ら彼女らは、しかし被差別と低賃金労働の生活を過ごすことになってしまう。社会主義に、内乱に、東西統一に若者たちは振り回される。だが、三人の主人公が語るその記憶と答えは三者三様であり、それがこの物語に重厚な面白さを与えている。居場所はなく故郷も失うという不条理に立たされた私とは誰なのか。若者たちはその反問を抱えながら、ついには蔑称であった「マッドジャーマンズ」という言葉の価値を転倒させ、ゆらめく自らを生きる。豊かな肉感で彩られた絵、歌うように喚くように飛び交う会話、そしてその合間をポツポツと歩くような独白。この多層的に織り成されるグラフィック・ノベルは、美醜の彼岸で「マッドジャーマンズ」という引き裂かれたきれぎれの存在を描いている。


【推薦者】三星円
【推薦作品】『地下鉄道』
【作者】コルソン・ホワイトヘッド

【訳者】谷崎由依
【推薦文】
舞台は19世紀のアメリカ南部。農園の奴隷である15歳の少女は奴隷たちのなかでも孤立していた。少女はその農園から逃亡できた唯一の女奴隷の娘だったのだ。やがて新入り奴隷の青年に誘われて少女自身も逃亡を決心する。奴隷たちの逃亡を手助けする組織、そしてアメリカの地下に張り巡らされた鉄道の力を借りてーー。執拗に少女を追う奴隷狩り人からの逃走劇、そして少女を農園へ置いて逃げた母親の行方。目を背けたくなるようなあまりにも痛ましい黒人奴隷の扱われ方と、冷静な筆致で描かれる逃げて逃げて逃げまくる少女から目を離せないスリリングなストーリー、アンビバレントな魅力に引き込まれ夢中で読みました!


【推薦者】つばさ
【推薦作品<1>】『アオイガーデン』
【作者】ピョンヘヨン
【訳者】きむふな
【推薦文】
作者がどこのひとか知らずにこの本を読んだら、いったいどこの言葉で書かれたお話なのか、わからないかもしれない。外国語で書かれたものか、もともと日本語なのか、それすら意識しないかもしれない。見ないように、考えないようにしていた恐怖が、ふいに雨と土のにおいとともに蘇るような作品。
【推薦作品<2>】『ギリシャ語の時間』
【作者】ハンガン

【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
古代ギリシャ語という「死んでしまった言葉」を習う人。まるで死者のようにひっそりと生きることを余儀なくされた人。慣れない異国で、外国語のなかで生きていかねばならない人びと。言葉を習うことを通して、簡単に「話せる」「操れる」と思っている言葉すらも、本当は意のままにならないものだと知るだろう。同時に、永遠に理解できないということが、たしかに救いにもなると知るだろう。


【推薦者】あらや
【推薦作品<1>】『約束』
【作者】イジー・クラトフヴィル
【訳者】阿部賢一
【推薦文】
ミラン・クンデラの弟子、チェコのポストモダン小説の第一人者と呼ばれるイジー・クラトフヴィルの初邦訳作品。本作の舞台は、ナチスドイツの保護領時代を終えるも共産主義の暴力的な雰囲気に包まれる1950年代のチェコスロヴァキアの都市ブルノ。主人公モドラーチェクは、秘密警察に執拗に狙われる。彼の暗い過去、愛する妹の死が、彼をさらに狂気へと導いていく。本作の小説としての特徴はなんといっても、話者や視点が多く切り替わるところ。彼らの目線を通して、チェコという国が20世紀に経験した「暗い時代」のリアリティをじわじわ~と感じさせられる。ブルノという都市がもつ構造や、ナボコフなど歴史上の人物がフッと登場してくるユニークさにも、小説の可能性というたのしさを大いに感じた。この作家の他の作品も読んでみたい。
【推薦作品<2>】『火の書』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
火にまつわる9つの狂気な短編と、エッセイやインタヴューがまとまった1冊。グラビンスキの邦訳単行本3冊目。グラビンスキの作品は、狂気漂う情景がありありと思い浮かんでくる描写ばかりで、読み進むほどにその小説内世界に引き寄せられる。本作収録の1作目「赤いマグダ」には、文章のリズムに合わせてやや激しめのクラシック音楽が頭に鳴り響く感じがした。余白や行間までじんわりと恐怖の雰囲気を味わうことができる。そして本作ではエッセイにより、グラビンスキの思考を彼の言葉で知ることができる。これによりまたさらに彼の作品を読むのが楽しみになるのである。


【推薦者】Zhihui
【推薦作品】『中国が愛を知ったころ 張愛玲短篇選』
【作者】張愛玲
【訳者】濱田麻矢
【推薦文】
本作品集には、近代中国を代表する女性作家張愛玲の処女作、アメリカへ渡ってからの二作が収録されている。1940年代の鬱屈とした世間の空気の中で、執着にも似た恋情から破滅へとひた走る女性、結婚と恋愛の合間に奇妙な家族の形を作っていく男女、異国へ渡って以後に昔の同級生と再会し、自らのそれまでを振り返りながら、何か歯がゆい、噛み合わない関係を再確認する女性…その裏側に張愛玲の上海を席巻した人気作家から、アメリカに渡って以後のなかず飛ばずの生活が垣間見える。愛しくも苦い気持ち、誰が読んでもきっと覚えのある何かを感じる、そんな作品集だ。

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【推薦者】しげる
【推薦作品】『ピンポン』
【作者】パク・ミンギュ
【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
文章の音とリズムに驚かされ、この文体にしてこの内容あり、と言いたくなるハーモニーにさらに驚かされた。きっと原文もピンとかポンとか、飛び跳ねるような響きを持っているのだろうと思わせる翻訳で大変楽しかったです。

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【推薦者】lis
【推薦作品】『優しい嘘』
【作者】キム・リョリョン

【訳者】キム・ナヒョン
【推薦文】
自分の思春期の頃を思い出してしまった。学校という場所は、大人から見れば、世間に対してまだ責任のない子供達がのほほんと集まっているイメージだろうが、小学校、中学校は極めて脆い関係性を持った、(人生の中でも一番と言っていいほど)神経を使う所だった。主人公の繊細で怜悧なものの見方、同級生の無神経な態度、その周りのさらに無神経な生徒たち、と、分かりやすい構図なのだが、徐々に引き込まれてしまった。巧妙に隠された悪の部分が露わになっていく様、その重さを和らげてくれる母と姉の軽妙なやり取り、姉のきっぱりとした妹への言葉、加害者の子、見て見ぬふりをしていた子の生活のディテールも描かれているのが印象的。日本でも韓国でも、母が子を思う気持ちは皆同じだ。小説に度々出てくる親娘の会話に救いを感じる。

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【推薦者】もっちゃん
【推薦作品<1>】『ビリー・リンの永遠の一日』
【作者】ベン・ファウンテン
【訳者】上岡伸雄
【推薦文】
書評家の倉本さおりさんや翻訳家の鴻巣友季子さんが挙げておられた本、興味を惹かれて読んでみました。主人公やアメリカ政府・メディア・周囲の人々とのギャップに、可笑しみを感じざるに入られませんでした。(菊地成孔さんのDATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN(デートコース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデン)のアルバムREPORT FROM IRON MOUNTAIN(アイアンマウンテン報告)がぴったりです)

書影

【推薦作品<2>】『Calma / カルマ』
【作者】Carlos Aguirre (カルロス・アギーレ)
【訳者】PaPiTaMuSiCa(パピータ・ムシカ)
【推薦文】
アルゼンチンの作曲家でありピアニスト・シンガーのカルロス・アギーレさん。ネオ・フォルクローレの、そしてクワイエットコーナーの始まり。彼のピアノトリオ・CDアルバム『Calma / カルマ』が2017年末にインパートメントから発売、2018年1月は日本のファンが待ち望んだ3回目の来日ツアーが開催され、各地での素晴らしい演奏に大いに盛り上がりました。アギーレさんのコメントをPaPiTaMuSiCa(パピータ・ムシカ:西村秀人さん谷本雅世さんのユニット)が翻訳されています。今回のツアーではアギーレさんの通訳やアテンド等もされておられました。本当に感謝しております。

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【推薦者】豊崎 由美
【推薦作品<1>】『ピンポン』
【作者】パク・ミンギュ

【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
『ギリシャ語の時間』のほうにまとめて記しました。

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【推薦作品<2>】『ギリシャ語の時間』
【作者】ハン・ガン
【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
推薦した『ピンポン』『ギリシャ語の時間』に『三美オールスターズ 最後のファンクラブ』もあわせて、2017年の斎藤さんの活躍は目覚ましかったと思うばかりです。『ライ麦畑でつかまえて』以降引き継がれてきた、中2病男子語りをアップデートさせた〈僕〉の声に惚れ惚れする『ピンポン』。一転、魂の囁きを言語化したような(おそらくは原作でもそうであろう)詩的で寡黙な語り口を日本語に定着させた『ギリシャ語の時間』。翻訳する作品ごとに訳文が違う、つまり原作の声にちゃんと耳を澄ましている、そんな姿勢が読者の信頼感を得る訳者と思います。3作も翻訳してしまったので評が割れるのが心配です。どうか、3作合わせ票数でお願いします!

書影

【推薦者】pinoko 3
【推薦作品<1>】『絶望図書館』
【訳者】品川亮
【推薦文】
ひとりで一冊訳しているわけではないのですが、『絶望図書館』(ちくま文庫)というアンソロジーの中で、品川亮という訳者さんが、ウィリアム・アイリッシュ『瞳の奧の殺人』、シャーリー・ジャクスン『美しい他人』、キャサリン・マンスフィールド『何事も前ぶれなしには起こらない』という、傾向のちがうものを3つも訳していて、そのどれもがとてもいい訳だと思います。これが初めての翻訳だそうです。とくに『瞳の奧の殺人』は、稲葉明雄訳のアイリッシュとはまたちがう、とてもきびきびしたスピード感のある訳で、購入者特典の朗読もダウンロードして聴いたのですが、翻訳ものには珍しく、耳で聴いてもよくわかる、こなれたものでした。この方にはぜひもっと訳してほしいと思うので、一票投じます。

書影

【推薦者】蔵 次郎
【推薦作品】『七年の夜』
【作者】チョン・ユジョン
【訳者】カン・バンファ
【推薦文】
物語の素晴らしさは他の推薦者が書かれているとおりでここでは省略するが,なにしろ翻訳がなかなか見事である。推薦者も韓国語が堪能で,原書と比較して本書を読んだが,日本語への変換が難しい韓国語特有の言い回しを,筆者の意図をうまく反映して翻訳した箇所が随所に見えた。物語は重く深い雰囲気に満ちるが,なめらかな翻訳のおかげで読みやすく,あっという間に完読に達してしまった。

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【推薦者】アイノ
【推薦作品<1>】『サイモンVS人類平等化計画』
【作者】ベッキー・アルバータリ
【訳者】三辺律子
【推薦文】
食事や入浴に中断されるのが惜しく、夢中になって一気に読んでしまいました。主人公サイモンの一人称で進行していく物語はとてもリアルで、日常や学校生活が鮮やかに描かれている点が素晴らしいです。一方で帯に書かれている「16歳。なんで異性愛(ストレート)が普通だと思うわけ?」というフレーズに衝撃を受けました。注釈のない限り、無意識に主人公を白人で異性愛者の設定にして読み進めてしまうことに気づきました。加えて根深く残る差別問題にも触れていて、読了後にもっとたくさんのことを知りたくなります。蛇足ですが、この本がきっかけで現在差別について書かれた本を読んでいます。楽しく読めるだけでなく、扱うテーマが多彩で、自分の思い込みを自覚させてくれた本書に感謝と尊敬を込めて一票を投じます。

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【推薦作品<2>】『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
「文化が人びとや民族を作るわけではありません。人びとや民族が文化を作るのです。もしも、女性に十全な人間性を認めないのが私たちの文化だというのが本当なら、私たちは女性に十全な人間性を認めることを自文化としなければなりませんし、それは可能です」という一節が印象的で大好きです。日本にも例外なくジェンダーの問題が根深くあります。人間は社会的な動物であり、その社会で生きる人々の積み重ねてきた文化から全く逃れて個人の文化だけで生きることはできません。だからこそ、かつては大事であった文化を疑ったり、文化をより新しいものにしたりしていくことがとても重要だと思います。本書が若い読者だけでなく、多くの世代に読まれることを願います。作者が発したメッセージを、誰にでもわかる易しい言葉で日本の読者に届けてくれたくぼたさんに感謝と尊敬を込めて一票を投じます。

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【推薦者】小さな絵本美術館カフェ・響き館
【推薦作品】『星空』
【作者】ジミー・リャオ
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
台湾の国民的絵本作家の最高傑作と言われながら、なかなか邦訳が出版されず、長年待ち望まれた作品。独創的な色彩と造形で、主人公の心象風景を描き出すジミーの絵本は、その絵にまず目を奪われますが、それぞれの場面に添えられる短い言葉も、とても味わい深く素敵です。思春期の女の子の孤独、不安、憧れに揺れる気持ちを温かく包み込むような優しい言葉の数々が、今回の「星空」の翻訳でも、読者の心の奥深くに、そっと灯りをともしてくれるに違いありません。

書影

【推薦者】さかな
【推薦作品<1>】『セブン・レター・ワード 7つの文字の謎』
【作者】キム・スレイター
【訳者】武富博子
【推薦文】
イギリス人作家によるYA作品。主人公14歳の少年フィンレイには吃音があるため、言葉につまることが多い。話すことは苦手でも、得意なものは言葉を使ったゲーム「スクラブル」。2年前から行方不明になっている母親から教わったゲームだ。いなくなった母親がどこにいるか知りたいフィンレイだが、父親の口は重い。その謎をさぐっているうちに……。ミステリー要素もあるので、謎解きのおもしろさを味わいつつ、YAならではの思春期の繊細な機微が伝わってくる。親子関係もしっかり描かれ読ませる作品。武富さんの翻訳はすっきり読みやすく物語に集中でき楽しませてくれる。前作の『スマート―キーラン・ウッズの事件簿―』もおもしろかったので、注目している作家。

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【推薦作品<2>】『凍てつく海のむこうに』
【作者】ルータ・セペティス
【訳者】野沢佳織
【推薦文】
歴史を題材にしたフィクション。第二次世界大戦末期、ソ連軍の侵攻がはじまるなか、ナチス・ドイツ政府は孤立した東プロイセンから、バルト海を経由して住民を避難させる「ハンニバル作戦」をとる。その史実を背景に、作者は海運史上最大の惨事とよばれる〈ヴィルヘルム・グストロフ〉号のことをヨアーナ含む4人の若者たちの視点で語る。2017年カーネギー賞受賞作品である本書はできれば、前作『灰色の地平線のかなたに』もあわせて読んでほしい。作者は自身を「失われた物語の探索者」としているように、歴史上のあまり注目されていない、しかし重要なできごとに光をあてて作品を描いている。本書は4人の若者たちが交互に語る形式で、大人がしている戦争に否応もなく巻き込まれる若者たちの声を聞かせてくれる。この声をひとりでも多くの人に聞いてほしい。

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【推薦者】三辺 律子
【推薦作品】『嘘の木』
【作者】フランシス・ハーディング
【訳者】児玉敦子
【推薦文】
十九世紀のイギリスを舞台に、女性の生き方、親子関係、少女の成長を、本格的なミステリー仕立てで描き、ページをめくる手が止まらない。大英帝国が世界へ航海し、さまざまな植物や種子を持ち帰っていた歴史が背景になっているところが、この作品の魅力。うそを養分にして育つという、この木の秘密と、作品のテーマがしっかりからみあっているさまにうっとり。コスタ賞大賞・児童文学部門ダブル受賞のYA作品。

書影

【推薦者】スミス市松
【推薦作品】『オープン・シティ』
【作者】テジュ・コール
【訳者】小磯洋光
【推薦文】
 ニューヨークやブリュッセルを縦横に巡り歩く遊歩描写とともに、歴史への考察や心象風景が目まぐるしく連想されていく本書の特徴的な語りを、翻訳者は丁寧かつ慎重に追いかけ日本語として語りなおすことに成功している。単著としては初の訳業でありながら、各都市の詳細な地理的情報はもちろん、文学、音楽、宗教など多様な知識を要求する本書の翻訳を完遂されたことは評すべきだ。「あの場所はパリンプセストだ。街がみなそうであるように。書かれ、消され、また書かれる」。語り手は、積み重なり圧し潰された都市と人の記憶を、街を歩きまわり追想を重ねることで呼び覚ましていく。それがパリンプセストの解読作業に喩えられるならば(そして“解読”であるがゆえの問題点をもこの小説は衝いている)、翻訳という行為もまたこの解読の系譜に連なると言えるのだろう。訳者にはこれからも多くの小説を翻訳していってほしい。

書影

【推薦者】Hayu
【推薦作品】『九時の月』
【作者】デボラ・エリス
【訳者】もりうちすみこ
【推薦文】
女性が男性に支配されている国で、女の子が女の子と恋をしたらどうなるのでしょう。絵本からYAまで外国の児童書を見ていると、ここ数年「多様性」に力を入れているのが感じられます。肌の色や宗教が違っても、誰を好きになっても、あなたが誰であっても何もおかしなことはない。みんな尊重し、されるべきだという作り手の強い願いが込められているのでしょう。多くの作品がハッピーエンドです。たとえ大団円とはいかなくても、前向きな結末を迎えることがほとんどです。そんな中、小さな希望のかけらすら与えられない『九時の月』には、心を切りつけられるような思いをしました。男親にとって娘は女であり所有物である、家族でさえ守ってくれないのだと静かに告げるこの本はLGBT小説の枠に収まるものではありません。これは小説ですが、作者がある女性から聞いた話が元になっているとのこと。その人は今どうしているだろうかと読後ずっと気にしています。

書影

【推薦者】小竹 由美子
【推薦作品<1>】『私の名前はルーシー・バートン』
【作者】エリザベス・ストラウト
【訳者】小川高義
【推薦文】
小川高義さんの見事な翻訳にはいつも感服しますが、本書はとりわけ、原作への寄り添い方が絶妙だと思いました。これまでのお仕事への称賛も込めて、強く推したいと思います。

書影

【推薦作品<2>】『源氏物語 上』 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集04)
【作者】紫式部
【訳者】角田光代
【推薦文】
昨年、翻訳という営為についてもっとも考えさせられた一冊。ひとつの言語から他の言語(本書の場合は昔のことばから今のことば)への完璧な移し替えが不可能なのは自明の理。必ず切り捨てられるものがでてきてしまう。何を切り捨て何を生かすかという翻訳する際の腹の括り方が、角田さんはじつに見事だと思います。それでいて、決して原作を踏み外していないところも。

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【推薦者】撚糸譚
【推薦作品】『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
 歴史的な社会問題を題材とした漫画作品。1979年から1989年の間にモザンビークから東ドイツに行った移民の話である。当時、東ドイツは社会主義国から外国人労働者を多く入国させていたそうだ。そうやって東ドイツに入国したモザンビークの人々は、東西ドイツ統一後、強制帰国させられ、祖国の人々からは「マッドジャーマンズ」(モザンビークで“メイド・イン・ドイツ”という意味)と呼ばれ、差別されている。そんな「マッドジャーマンズ」の方々を取材し、その取材内容を3人の架空の人物へ置き換えている。3人それぞれが、ドイツで何を体験し、何を感じて来たのかが描かれている。移民問題というと、同時代的な遠い異国の社会問題にも感じるが、30年以上も前から存在し、また、現在もその問題が続いているということに大変驚き、移民問題を身近に感じられた。

書影

【推薦者】中村泉
【推薦作品】『ボージャングルを待ちながら』
【作者】オリヴィエ・ブルドー
【訳者】金子ゆき子
【推薦文】
フランスで50万部越えのベストセラー。自由奔放なママと大ボラ吹きのパパとぼくの物語。ハチャメチャだが愛に溢れた祝祭的な雰囲気で物語は進むけれど、人生とはままならないものだ。次第に精神を病んでいくママをどうすることもできないパパの苦しみに胸が締め付けられ、破壊された幸せな生活を「取り戻す方法」を見つけたママが眠るふりをしたぼくにそっと語りかける場面に鳥肌が立った。ニーナ・シモンの歌のように淀みなく滑らかな訳文も見事。

書影

【推薦者】山口 侑紀
【推薦作品】『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
 かの多和田葉子さんをして「移民文学については、もう読み飽きたと思うことさえあった。ところが……」と言わしめた、次世代移民文学・ドイツ語コミック。アフリカ育ちの作家による、東ドイツに出稼ぎをしていたモザンビークたちをテーマにした、かぎりなく「ニッチ」なテーマでありながらも、どこか自分と似ているエピソードの連続に(自分で訳しながらも)気が付くと涙が……。メリハリのきいたイラストや、唐突に登場するアフリカのことわざも含め、何回も、何十回も読み返したい一冊です。

書影

【推薦者】田中 麻理
【推薦作品】『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
素晴らしい物語、素晴らしい絵でした。登場人物に感情移入してしまい、期待、怒り、投げやりな気持ち、楽しさややるせなさを、感じることの出来る作品でした。翻訳も素晴らしく、違和感なく物語に入ることができました。大げさではなくさりげない日常的な言葉で、胸に迫る印象的なセリフが訳されていて、とても良かったです。日本語にしてくれてありがとうございます。もっとたくさんの人に読んで欲しいです。

書影

【推薦者】杜 巽
【推薦作品】『マッドジャーマンズ』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
 東ドイツが社会主義国家として存在した時代、同じ社会主義の兄弟としてモザンビークの若者が彼の地に労働力として移住していた――まずは多くの日本人が知らないこの事実から物語は始まる。将来を嘱望されたアフリカのエリートたちは、その期待と裏腹に、ひたすら国家的使命の末端に位置する労働に従事し、その報酬も母国に管理され、ついには本人に還元されることもなかったという。例えば国家のような巨大なシステムに呑み込まれる若者を描いた作品は古今に存在するが、この『マッドジャーマンズ』たちの喜怒哀楽は、現代日本に生きる私たちにとって妙に生々しく、みずみずしく、そして痛い。記号化され根無し草となった若者たちを、生命感あふれるタッチと示唆的な言葉で描き切った本作は、まるで異なる境遇を生きる者に、「故郷」や「アイデンティティ」といった人間にとって根源的な要素を問いただす。表現の力を感じさせずにはいられない一冊だ。

書影

【推薦者】matsu
【推薦作品<1>】『こびとが打ち上げた小さなボール』
【作者】チョ・セヒ

【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
韓国の不朽の名作を日本語で読めることに感謝。今の時代に読んでもまったく古びていない、むしろ今こそ読まれるべき作品。

kobi

【推薦作品<2>】『走れ、オヤジ殿』
【作者】キム・エラン
【訳者】古川綾子
【推薦文】
リアルでありながらブッ飛んだイマジネーションも。同時代に生きる隣国の若手作家の小説を読めることがうれしい。

書影

【推薦者】♪ akira
【推薦作品】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
物語の壮大さもさることながら、そびえたつ屑山が決壊したかのごとく洪水のように押し寄せるありとあらゆる物(言葉)の数々が何の違和感もなく日本語で表現されている。ひたすら凄い。

書影

【推薦者】きょん きょん
【推薦作品<1>】『満ち潮の時間』
【作者】ト・ジョンファン
【訳者】ユン・ヨンシュク、田島安江
【推薦文】
かなしい時、つらい時にページを繰り、詩を読んでいると、少しずつ心の中に潮が満ちるようにやさしさに包まれる、そんな詩集です。

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【推薦作品<2>】『七年の夜』
【作者】チョン・ユジョン
【訳者】カン・バンファ
【推薦文】
「ぼくは自分の父親の死刑執行人である。」というショッキングな文章からはじまる韓国ミステリー。普通の家庭の父と息子の人生が呪われたように、ブラックホールへと落ちてゆく……。そんなストーリーの展開は思わず息をのむ恐ろしさで本のなかに引き込まれていく。壮大なスケールに時間を忘れる一冊でした。

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【推薦者】760
【推薦作品】『マッドジャーマンズ』
【作者】ビルギットヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
ドイツ発、現代に通ずる移民問題の本質を鋭く突いた社会派コミック。アフリカより移民した3人の若者を通して描かれるはその後の生活。思想の乖離、目的の矛盾等を抱え、祖国でも居場所をなくしてしまった彼らに未来はあるのか。移民と一括りにしても、それぞれの人生があり、またその後の生活が待っているというシビアな現実に問題の根深さを痛感させられる。

書影

【推薦者の名前】小寺 啓史
【推薦作品】『ギレアド』
【作者】マリリン・ロビンソン
【訳者】宇野元
【推薦文】
読み終わった現在でもすべての内容が理解できた訳ではない。キリスト教の教義に関する記述がかなり含まれていて、ピューリッツァー賞や全米批評家協会賞を獲りながらも現在まで翻訳されてこなかった理由だろう。しかし、ページをたどる毎に何やら伝わってくる熱量があって、読書前と後では何かを変えている、でも何が変わったかはよくわからない・・・といった読後感である。再読する度に違う思いに捕われそうな本だ。

書影

【推薦者】今村 純子
【推薦作品】『マッドジャーマンズ』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
作品が抱えるテーマに興味・関心のなかった人の心をも揺り動かし、180度転換させ、ある方向に歩ませる力をもつに至るとき、その作品は、確固たる芸術としてこの世に生を受ける。本書は、「モザンビークからドイツへの移民」という、日本人には馴染みの薄いテーマを扱っている。しかしながら、水のように透明で静謐な言葉とそのリズムが、絵と色彩を輪舞させ、読者は、作品が醸し出すウィットとユーモアに酔いしれつつ、複雑で深刻な問題を、まさしく自分自身の問題として、受け止めている自分自身に気づく。本書はまた、漫画とは総合芸術であることを、そして、わたしたちの人生もまた、自己とは「他なるもの」との軋轢と葛藤、そしてそれらを経た後の抱擁という複雑な襞からなっていることを、やわらかい光によって照らし出している。かつてこれほどまでに、「相反するものの」を一致させ、そこに至高の調和(ハーモニー)を奏でる翻訳を、推薦者は知らない。

書影

【推薦者】星野 真志
【推薦作品】『マッドジャーマンズ ドイツ移民物語』
【作者】ビルギット・ヴァイエ

【訳者】山口侑紀
【推薦文】
旧東ドイツ時代にモザンビークからやって来た移民たちをめぐるグラフィック・ノベルである『マッドジャーマンズ』は、あたたかみのある魅力的な絵とともに、時代に翻弄される個人の記憶を辿ることで、歴史を内側から描き出す。難民問題に直面するヨーロッパの現状のみならず、同じように「出稼ぎ」移民を受け入れて来た日本の状況を考える手がかりにもなる本書の翻訳は意義深い。訳文は自然で読みやすく、移民たちの記憶をめぐる旅へとわたしたちを連れ出してくれる。

書影

【推薦者】ROBA
【推薦作品<1>】『優しい嘘』
【作者】キム・リョリョン
【訳者】キム・ナヒョン
【推薦文】
自殺した中学生の少女が赤い毛糸玉に隠して残したメッセージに、読者は「許し」とは何かを考える。陰惨ないじめは韓国でも日本でもいつの時代にも起きて、その経験は心に永遠の影を落とす。友人関係や親子関係で悩んでいる若い人たちに今読んでもらいたい一冊。

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【推薦作品<2>】『満ち潮の時間』
【作者】ト・ジョンファン

【訳者】ユン・ヨンショク、田島安江
【推薦文】
韓国を代表する詩人ト・ジョンファンの主要な作品を集めたベスト版アンソロジー。日本語に訳された彼の詩はやわらかく、そして真っすぐに青空を目指すタチアオイの花のようにひたむきで清らかで美しい。大切な人への贈りものにしたい詩集。

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【推薦者】小笠原 淳
【推薦作品】『中国が愛を知ったころ』
【作者】張愛玲
【訳者】濱田麻矢
【推薦文】
張愛玲は日清戦争講和のため伊藤博文と調印した清国の全権大使李鴻章を曾祖父にもつ名家の出で、1940年代の上海租界に彗星のように現れた現代中国屈指の女性作家である。1950年代には香港に渡り、その後渡米して孤独のうちにその数奇な生涯を終えた。日中戦争期に「漢奸」とされた胡蘭成と婚姻関係にあったことが原因で、共産党の政治的な文脈から長い間その作品は禁書とされていたが、改革開放後には大陸でも「張迷」(ジャンミー)と呼ばれる熱狂的ファンが出現しその人気は今なお衰えることを知らない。張の文体はモダンな現代文だが馥郁とした中国の古典的な香りを帯び、時にはっとする小さな驚きが秘められているのが特徴。モダンと古典的な情景を含む文体をどう日本語に落とし込むかが本訳成功の鍵となろうが、濱田訳はその仕立てが身体の線に寄り添うような1930年代上海の上品なチャイナドレス(旗袍)のように絶妙で原文と比べても引けを取らない。

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【推薦者】単孔類
【推薦作品】『こびとが打ち上げた小さなボール』
【作者】チョ・セヒ
【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
貧困、格差、就職難…といった(今もありふれているために単語だけならもう目新しくなくなってしまった)現実的な社会問題が、SFっぽい要素と切ないラブが混ざることによって、ルポよりニュースより教科書より生々しく伝わってきた! この作品は70年代に発表されたものだそうだが、読んですぐ、たまたま2000年代の韓国の音楽映画『パーティー51』を見たら、びっくりするほど共通点があり二度楽しめた。

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【推薦者】うさぎ
【推薦作品】『不滅療法~ウィルコ・ジョンソン自伝』
【作者】ウィルコ・ジョンソン
【訳者】石川千晶
【推薦文】
ドクター・フィールグッドのギタリストとして活躍し、末期のすい臓癌で余命宣告を受けながらも奇跡の復活を果たしたウィルコ・ジョンソンの波乱万丈な半生が綴られている。元国語教師である彼の人間らしい巧みな文章が、ユーモア溢れる言葉たちで表現されている。しかし、この本は音楽のこと以外にも、彼の最愛の妻への愛や、彼の病気を通して生死を考えさせられる内容になっていて、物語のように読ませるような自伝だ。訳者もウィルコへの大きな愛を抱いているからこそのぬくもりを感じられる。彼を愛するファンだけでなく、誰が読んでも何かを得られるような作品になっている。ちなみに、私はウィルコ・ジョンソンのことをほとんど知らない状態で読み始めたが、読み終わる頃には彼に魅了されていた。

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【推薦者】江口 洋子
【推薦作品】『星空』
【作者】ジミー・リャオ
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
原作者であるジミーの世界観が、絵本の中の短い文章で見事に表現されています。一人称で語る少女の気持ちが感傷に流されず、ほどよい抑制がきいていて、そのバランス感覚が絵本を読み進む上での心地よさに繋がっていると思います。

書影

【推薦者】リーピチープ
【推薦作品】『運命と復讐』
【作者】ローレン・グロフ
【訳者】光野多恵子
【推薦文】
ひと組のカップルの結婚生活を夫と妻、それぞれの視点から二部構成で描いた――というと、みなさんはどんな小説を想像されるだろう? そういう内容の作品は前に読んだことがあるような……と思われた方もぜひ読んでみてほしい。とにかく読みものとしておもしろいから! 『運命と復讐』というタイトルにふさわしく重みと深みのある題材を扱いつつ、文章は軽やか。ところどころユーモアも感じられ、かと思えば胸がぐーっと締めつけられるほど切なくなったり。訳者あとがきに「稿を重ねるたびに印象が変わり、さまざまな顔を持った作品だと痛感した」とあったが、その印象の変化に翻弄されつつ、極上の読書時間を過ごすことができた。グロフの第二長篇Arcadiaもぜひ光野氏の訳で読みたい。

書影

【推薦者】ことばのちから
【推薦作品】『ただの黒人であることの重み』
【作者】ニール・ホール

【訳者】大森一輝
【推薦文】
詩人は医者でもあり、訳者はアメリカ黒人史を研究する歴史家という異色の組み合わせ。深い憤りと、しなやかでしたたかな思いが綴られる。原作の英語の詩を世界各地で吟ずる著者の迫力にも負けないくらいの情熱で、この日本語版を朗読してくれる「声」が現れることを期待したい。

書影

【推薦者】三月の水
【推薦作品<1>】『ロラン・バルト著作集8/断章としての身体』
【作者】ロラン・バルト
【訳者】吉村和明
【推薦文】
刊行から10年余を経ての、待望の著作集掉尾を飾る巻。「いかなる伝記も、あえてその名を口にしない小説なのである」といったバルト的な言説に接する悦びを久し振りに。なかでも、自伝的な事柄に沿った「返答」、蓮實重彦によるインタビュー「多元論的思考の解放のために」、そして、何よりも美しい「では、中国は?」を読むことのできる愉しみ。バルトの著作の新訳も望みたい。

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【推薦作品<2>】『オープン・シティ』
【作者】テジュ・コール
【訳者】小磯洋光
【推薦文】
街を歩きながら、本、映画、美術について、もしくは患者、街で出会った人物、そして自らの人生の断片を追想する。淡々とした一人称の語り口が、暴力的で、理不尽な事実を、逆に際立たせる。ホッパー/ナイトホークスを想起させる、そんな佇まいの小説。

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【推薦者】小林 雅代
【推薦作品】『七年の夜』
【作者】チョン・ユジョン

【訳者】カン・バンファ
【推薦文】
『ぼくは 自分の父親の 死刑執行人である。』こんな衝撃的な一文に思わず吸い寄せられ読み始めた韓国の長編ミステリー小説。追い込んでいく緻密な描写や滑らかな表現あってこそ怖くても次を読み進めずにはいられない。まるで「湊かなえの世界」に入ったような気分。そうして惹きつけられながら読み進んだ先に達成感に満ちた時間が待っていました。
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【推薦者】セイウチの耳
【推薦作品】『より大きな希望』
【作者】イルゼ・アイヒンガー
【訳者】小林和貴子
【推薦文】
はじめて読むタイプの小説でした。ジャンルでいうと戦争小説になると思うけど、直接的には戦争を描いていなくて、ナチス・ドイツ合邦期のウィーンで「青一色の世界」を探しもとめる少女エレンの軌跡、という抽象的な内容が綴られている。文章も独特で魅力的だった。使っている言葉そのものは難しくないが、表現や言い回しが難解でよくわからないところもあったけど、それを度外視するくらいに感覚に訴えかける力が凄くて、ぐいぐいと物語の世界に引き込まれていった。祖母の死の場面、子どもたちだけで隠れ家でクリスマス劇を演じる場面、橋を越えようとするラストシーンは鳥肌がたった。原著は1948年に書かれたというが、いま読んでもまったく色褪せた感じがない。とにかく素晴らしい小説であることは間違いない。

書影

【推薦者】有馬 愛菜
【推薦作品】『ノーラ・ウェブスター』
【作者】コルム・トビーン
【訳者】栩木 伸明
【推薦文】
凄くしみじみとした雰囲気を漂わせる日本語です。何も起こっていないのに何かが起こっている、そんなストーリーにぴったりな翻訳だと思います。

書影

【推薦作品<2>】『不機嫌な女たち』
【作者】キャサリン・マンスフィールド
【訳者】芹澤 恵
【推薦文】
性別で括るのは好きではないですが、女性の張り詰めた感じが活かせている訳文だと思います。

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【推薦者】大戸 敦子
【推薦作品<1>】『凍てつく海のむこうに』
【作者】ルータ・セペティス
【訳者】野沢佳織
【推薦文】
「罪悪感は狩人だ。」の書き出しで、グイと掴まれる。読んでいくほどにつらい、苦しい、寒い。戦争は、愛する人、愛する物、愛する暮し、全ての愛するものを奪う。庇護されるべき年代をも無惨に傷つける。これまでの戦争小説との大きな違いは、あくまで子どもやティーンエイジャーの側に立っている点ではないだろうか。つぶさに調べあげる調査力と、それをこのようなフィクションに仕立てる構成力、そして弱者の側に立つ強く柔らかな作者の視点。知られることなく歴史の谷間に埋められたたくさんの大切な命への鎮魂歌のごとく。

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【推薦作品<2>】『私たちが姉妹だったころ』
【作者】カレン・ジョイ・ファウラー
【訳者】矢倉尚子
【推薦文】
これはまたすごいものを読んでしまった。恋愛小説でもないのに、後に残るこの切なさは一体なんだろう、何故だろう。読み終えてしばらくぼうっと放心してしまう。この設定を選び、それをこのように構築し、主人公ローズマリーの回想と気持ちを丹念に描写していく作者の力量たるや。今までに読んだどれとも違う。切なくてたまらない。

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【推薦者】片岡 亜砂
【推薦作品<1>】『優しい嘘』
【作者】キム・リョリョン

【訳者】キム・ナヒョン
【推薦文】
一人の女子中学生の自殺から始まる韓国女性作家の小説。自殺した少女、いじめた友人、忠告をしたクラスメイト、妹の自殺の真相を探す姉、それぞれの思いが過去と現在で交差し、その行間から彼女たちのナイーブな心の深い痛みが伝わってきた。

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【推薦作品<2>】『七年の夜』
【作者】チョン・ユジョン
【訳者】カン・バンファ
【推薦文】
韓国のミステリー小説。殺人罪で死刑囚になった父、その息子が苦しみを乗り越えて成長し、事件の真実に迫る。500ページを超える長篇ではあるが冒頭から引き込まれ最後まで一気に読めた。少年が少女と異世界で遊ぶ「だるまさんがころんだ」はファンタスティック。ラストに明かされる父と息子の絆には深い余韻が残る。

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【推薦者】石川 由美子
【推薦作品】『ぼくらが漁師だったころ』
【作者】チゴズィエ・オビオマ
【訳者】粟飯原文子
【推薦文】
1990年代のナイジェリア。ある地方都市に暮らす夫婦と6人の子供たち。愉快な気分で始まるアグウ家の物語は、ある狂人の予言を境に、呪われた一家の物語へと変容する。兄弟殺しは不吉な予言のせいとも受け取れるし、よくある兄弟不和の延長とも解釈できる。作品はもっぱらアグウ家の不幸について語り続けるが、そこにはナイジェリアの時代と社会もリアルに映し出されている。そして猥雑な土着性は神話や寓話のイメージを喚起しながら、鮮烈なカタルシスへと読者を導く。作品の語りはシンプルで力強く、ときに歌のようだ。それらすべてを日本語で読みながら、これほど強く感情を揺さぶられたことに、翻訳のすばらしさを感じた。作中で説明がなされているように、一家は場面に応じてイボ語、ヨルバ語、英語を使い分けている。当然ながらそこでもある種の翻訳作業が行われているわけで、その点もおもしろく感じた。

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【推薦者】金澤 裕子
【推薦作品<1>】『優しい嘘』
【作者】キム・リョリョン

【訳者】キム・ナヒョン
【推薦文】
核家族と、教室と、息苦しいほど小さな世界。その中に生きる登場人物一人ひとりの語りは雄弁。血が流れるような痛みがありながらも、誰かのために思いを言葉に、声にします。強い意思と願いが込められた作品。多くの人に読んでほしいです。
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【推薦作品<2>】『満ち潮の時間』
【作者】ト・ジョンファン
【訳者】ユン・ヨンショク、田島安江
【推薦文】
きびしさを感じるほどまっすぐな言葉に印象付けられましたが、そこかしこに日だまりのようなユーモアも感じる作品集でした。苦しみや喜びの中にある人間と、それを見つめるように咲く草花や、風にゆれる木々。生きていること、成長しようとするものへの揺るぎない愛を感じました。

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【推薦者】みけねこ
【推薦作品<1>】『ビリー・リンの永遠の一日』
【作者】ベン・ファウンテン
【訳者】上岡伸雄
【推薦文】
イラク戦争でのある戦闘がニュースで放映されたことから英雄となったブラボー分隊は、一時帰還して全米を回り、アメリカン・ドリームのひとつであるスーパーボウルのハーフタイムショーの舞台に招かれます。たった1日の出来事、そこで主人公ビリーが感じる違和感と悲しみを通じて「アメリカ」を描ききっています。すばらしい読み応えでした。

書影

【推薦作品<2>】『死体展覧会』
【作者】ハサン・ブラーシム

【訳者】藤井光
【推薦文】
死と暴力に彩られ、生と死の境界が曖昧な日常・世界をシニカルに暗いユーモアとともに描いてとても強い印象を残す、イラク出身の作家による短編集です。小説でしか伝えられないものがあると感じさせられる1冊でした。重訳ですが、よくぞ訳してくださいましたの感謝を込めて。

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【推薦者】原 誠司
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚』
【作者】ヴェチェスラフ・カリキンスキイ

【訳者】藤田葵
【推薦文】
榎本武揚は明治初期の樺太(現ロシア・サハリン)を巡り、帝政ロシアとの国境画定交渉に当たった初代駐ロ特命全権公使。この歴史小説のおもしろみはまず、ロシア人の視点で日本人が描かれている点にある。「外国から見える日本」の一つの答えとなろう。2点目。原作者はこのサスペンス完成のため、8年間にわたり榎本らに関する資料調査を行ったという。史料として一定の価値もあるのではないか。綴られた外交官らの行動や思考は、日ロ外交ウオッチのプロである推薦者としても興味深く、腑に落ちる内容だった。3点目。かぎかっこの中の言葉を読むだけで、登場人物一人ひとりの人となりに思いが膨らむ訳になっている。いまはやりの「西郷どん」が繰り出す鹿児島弁は、出身者でなくても理解できる。うまくこなれて絶妙だ。そもそもロシア人が日本人を主人公とした描いた小説自体がまれな存在。それを見いだし、訳書にして世に送り出した訳者の功績を評価する。

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【推薦者】ンペペ
【推薦作品】『ただの黒人であることの重み(ニール・ホール詩集)』
【作者】ニール・ホール
【訳者】大森一輝
【推薦文】
読んで楽しい本ではない。むしろ苦しい。自分とは無関係な他者の苦痛に、被害の及ばぬ高みから、差別なんて考えすぎ、被害妄想じゃねーの?と言い放つ、無知で無関心な私達に突きつけられる言葉の刃先が深く刺さる。相手を貶めようという意図さえなければ何をしても良いわけではない。人種差別に限った話でもない。あまりに日常化した差別の実態に、すっかり慣らされ鈍感になっていたのは誰かを思い知らされる一冊。

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【推薦者】久志本 裕子
【推薦作品】『クルアーン的世界観 イスラームと近代を共存させるために』
【作者】アブドゥルハミード・アブー・スライマーン
【訳者】出水麻野、塩崎悠輝
【推薦文】
イスラームというと「過激派」「テロリズム」に注目が集まりがちです。一方で、いわゆる「穏健派」、つまり近代欧米の制度や価値観、学問を移入しながら、一方でイスラームの教義を維持しようとする人々もいます。人数からいえば、「穏健派」の方が多いですが、日本ではその思想はわずかしか紹介されていません。日本語でもイスラームについての外国語文献は翻訳されつつありますが、その多くは中世の古典か、さもなくば、「過激派」について論じたものです。「穏健派」の思想が日本語で紹介されていくことは大きな意義があると思われます。

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【推薦者】前原 明彦
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚』
【作者】ヴャチェスラフ・カリキンスキイ

【訳者】藤田葵
【推薦文】
「友情」、それは「愛」と並んで人類普遍のテーマであろう。榎本とベルクの人種や国境を超えた邂逅を描く本作は、まさに男達の友情の物語である。原作者カリキンスキイは、日本人が忘れていた偉人を、国境を越えた友情の人として再構築することに成功した。当所戸惑った〝蝶々婦人”式の日本描写(明治帝を“混血児”と蔑む西郷!)も、読み進めていくうちに骨太なストーリーに引き込まれ、いつしか気にならなくなっていった。訳者は「歴史書を書いた訳ではない」という原作者の意思を尊重し、(事実誤認への最小限の修正以外は)原作中のこのような不正確な日本描写も含め、骨太な原作のテーマを損なうことなく訳しきっている。原作者の榎本への深い愛(しばしその愛は強過ぎて、訳者によれば“贔屓”な面もあるようだが)とともに、このような訳者の誠実な仕事にも敬意を表したい。

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【推薦者】向 健太郎
【推薦作品】『言葉に命を ダーリの辞典ができるまで』
【作者】ポルドミンスキイ
【訳者】尾家順子
【推薦文】
二十万語収録の『現用大ロシア語詳解辞典』編纂者ウラジーミル・ダーリの伝記で、海軍を経て医師となった青年期から、作家、官僚として働き辞典の製作に着手、刊行までが描かれる。1917年の二度の革命で明らかになるロシアのエリート、上流階級と民衆の間の大きな断絶。革命に先立つこと半世紀前に、民衆が口にする言葉を、人々の暮らしを言葉で収集し続けたダーリは形式的な啓蒙にとどまらずその裂け目を埋めようとした人であったように思う。ダーリの人生の転機や人柄を読み解くのに、ダーリの辞典の記述に立ち戻る構成がおもしろかった。プーシキンとの交流、中でも詩人の最期を看取る場面は胸を打つ。

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【推薦者】こいぬ書房
【推薦作品】『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』
【作者】キャスリーン・フリン

【訳者】村井理子
【推薦文】
「ダメ女たち」、という言葉にドキッとするけれど、上から目線の説教臭さなんか微塵もない。料理を教える方も、学ぶ方も、お互いに学び合う、その関係性が良い。村井理子さんの訳はとても自然で、料理教室の女性たちはみなリアルで身近に感じられた。読めばきっとその誰かに「これって私だ」と共感するだろう。料理することは生きること。でも何度だって間違っていい。生きることは、全然怖くないんだと、まるで親しい友人が言ってくれているようなそんな本だった。

書影

【推薦者】西崎 倫永
【推薦作品】『アレクサンドレ・カズベギ作品選』
【作者】アレクサンドレ・カズベギ
【訳者】三輪智惠子
【推薦文】
コーカサスと聞いて何を思い浮かべるだろう。人種分類名としてのコーカソイドか、欧州最高峰エルブルス山を連ねるコーカサス山脈か、同山脈の南に位置し90年代にソ連邦から独立したコーカサス3国か。本書は南コーカサスの豊かな自然と伝統的文化を擁するジョージア(旧グルジア)の国民的作家アレクサンドル・カズベギの作品集である。作家の体験や各地で聴取した実話が元になっており、19世紀末における南コーカサスの山岳民がロシア兵との軋轢や役人の理不尽な圧力、生活環境の厳しさに苛まれつつどのように生きていたか、当時の民族的な風習やアイデンティティをどのように保持していたかを当時の人々の息遣いや苦悶の呻きが耳元に聴こえてくるかのように描き出す。当時のジョージアの民衆が近代ロシアとせめぎ合う状況を剥き出しにする本作は近隣の諸国間の解決困難な諍いを目の当たりにしている現代人にとっても読む価値のある作品である。

書影

【推薦者】きゅー
【推薦作品<1>】『トレブリンカの地獄』
【作者】ワシーリー・グロスマン
【訳者】赤尾光春、中村唯史
【推薦文】
タイトルにもなっているルポルタージュ「トレブリンカの地獄」において、グロスマンはトレブリンカ強制収容所の当時の様子を多数の証言により再構築しようとする。そこで描かれる風景はあまりに残酷で吐き気を覚えるほどだ。特に小さな子どもたちへの残虐な仕打ちは目を背けたくなる。しかし彼は、恐ろしい真実を書くのが作家の義務であり、それを知るのが読者の市民的義務であると説く。そして、看守によって無下に扱われる人間の持つ人間性の偉大さを賞賛する。ルポルタージュとして求められる客観性に基づいたうえで、グロスマンの語りは力強く悪を断罪する。

書影

【推薦作品<2>】『処女たち』
【作者】イレーヌ・ネミロフスキー
【訳者】芝盛行
【推薦文】
イレーヌはどうしてこうまで非情に徹して人間を描くことが出来るのか。それでいながら、どうしてこれほどまでに人間に理解を寄せることが出来るのか。ここに収められている短篇においては母と娘、夫と妻など家族の物語が主として語られている。彼らは様々な問題を抱えているが、いずれの物語においてもイレーヌは安易に答えを出そうとしない。そして登場人物たちを自分の思い通りに動かそうとするのではなく、彼らが自分たちの力で苦しみ、生きようともがくままにさせる。それはイレーヌ独特の誠実さの表れでもある。彼女の物語を読め進めれば、これらの物語の根底にあるのは人間への限りない信頼であることが理解される。

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【推薦者】伊皿子 りり子
【推薦作品】『レッド・プラトーン 14時間の死闘』
【作者】クリントン・ロメシャ
【訳者】伏見威蕃
【推薦文】
アフガニスタンの山岳地帯にアメリカ陸軍が戦闘前哨を構えたキーティング。この前哨は、どういうわけか素人目にも敵からの攻撃に弱いとわかる山々に囲まれた谷底に位置している。前哨に駐留していたレッド小隊など兵士50人は、ある早朝、四方を囲む山からの銃火器の発射音で目を覚ます。300人ものタリバン兵による奇襲の開始だった。本書は当時レッド小隊のセクション・リーダーとして戦闘を担った著者の手記である。14時間の死闘がはじまるまでの前半では、レッド小隊員それぞれの、性格や戦歴、駐留生活での日常のエピソードが詳細に語られる。兵士であるが、ありふれた男たちだった彼らの日常がある日終わる。銃撃にはじまり、バリアが破られ、タリバン兵が侵入してくる。その戦闘の様子は静謐に淡々とつづられていく。抑制され、日本語の文章として違和感のない訳文が、読者を谷間の前哨へといざなう。この戦記から読みとれることは、兵士としていかに勇敢で優秀な人間であっても、撃たれるときは一瞬であるという現実。前半で、人生に大いに共感を寄せた兵士たちが次々と死んでいく様に息がつけなくなる。

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【推薦者】古川 耕
【推薦作品<1>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー

【訳者】古屋美登里
【推薦文】
言わずと知れたアイアマンガー3部作。1巻2巻と強烈な引きで終わって半狂乱になっているところ、それに応えるように最速と思しきペースできちんと出版してくれたことに感謝。ふんだんに盛り込まれた言葉遊びも楽しく、一翻訳小説としてもとても楽しかったです。

書影

【推薦作品<2>】『運命と復讐』
【作者】ローレン・グロフ
【訳者】光野多恵子
【推薦文】
アメリカでも『ゴーン・ガール』と比較されているようですが、まさに映画『ゴーン・ガール』あたりから始まった昨今の「女強え(男ザマア)映画」の流れを強く感じさせる一作。とは言え、単なる断罪ではなく、男も女も結局ひとりの人間として弱さも強さも抱えているのだ、というバランスがよかったです。

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【推薦者】吉田 博子
【推薦作品】『遺伝子は、変えられる。――あなたの人生を根本から変えるエピジェネティクスの真実』
【作者】シャロン・モアレム
【訳者】中里京子
【推薦文】
医学・分子生物学分野で熱いエピジェネティクスを、豊富な患者の例(プライバシー配慮済み)と著者の広い興味範囲で巧みに結びつけ、難しい概念のハードルを下げた本。DNAの塩基配列はそのままでも、外的なきっかけなどで遺伝子がオン/オフになる不思議な現象で、親から引き継いだ遺伝子がすべてではないことを説明してくれる。ただ、ものによっては経験したことが子孫に遺伝するケースもある。エピソードが面白くて、ダビデ像は石の性質からかかとが弱くて修復をよくするというトリビアから人間のかかとの話に持っていったりして全体でエピソードが集まってひとつの「お話」のよう。読みやすく訳した翻訳家さんにも敬意を表したい。とかく難しいといわれる医学などの分野でもっとこういうポピュラーサイエンスの好著が出て欲しい。

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【推薦者】ルッカ
【推薦作品】『セックス・イン・ザ・シー』
【作者】マラー・J・ハート
【訳者】桑田健
【推薦文】
奇書であり珍書。海の生きものについての科学エッセイで、テーマは性行為。内容は非常に詳細で、ウェットで、ユーモアを交えて描かれ、まるで海の官能小説のよう。紹介されている動物種も豊富で、クジラ、イルカ、マグロ、カブトガニ、サンゴにいたるまで、数え切れないほど多くの海中生物種の性行為が明らかになっている。一貫しているのは、彼らの性の振る舞いが奇妙で興味深く、そして生命の神秘に満ちているということ。さらに各章でムーディな音楽トラックが読書中のBGMとして紹介されているのもいい。マーヴィン・ゲイを聴きながら、海中で生殖活動をするイルカたちを想像できるのも貴重な読書体験だ。さらにさらに、グラビアページまであり、非常にきれいな水中写真で海の生き物のあられもない姿まで掲載されている!読んで笑えるだけでなく、聴いて、眺めるまで楽しめる大人のための知的な海中生物エッセイ。リコメンド!!

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【推薦者】化け猫あんず
【推薦作品】『殺人者の記憶法』
【作者】キム・ヨンハ

【訳者】吉川凪
【推薦文】
すばらしい!ミステリというジャンル小説というよりも、殺人鬼の哲学と記憶そのものをめぐる文学としてとても楽しんだ。殺人鬼である彼の異化された世界観がさまざまな比喩で表現されていて、文章の一つ一つが磨き抜かれたパーツのように光っている。それはときに詩となり笑いとなり、わたしたちの前に新しい世界を提示するのだ。

書影

【推薦者】水元莅保
【推薦作品<1>】『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】原題We should all be feminists。TEDスピーチに加筆したもの。彼女の冗談「男嫌いではなく、男性のためではなくて自分のためにリップグロスを塗ってハイヒールを履く、ハッピーなアフリカ的フェミニスト」タイトル内のshouldの翻訳「でなきゃ」上手い! ディオールもコラボした彼女のフェミニズムは、ジェンダー問題の中心を外さないが、しなやかさを感じさせる。「フェミニストということばのリフレッシュ」の促進に成功している。ぜひ触れてみてほしい。装丁もぴったりだった。

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【推薦作品<2>】『ビリー・リンの永遠の一日』
【作者】ベン・ファウンテン

【訳者】上岡伸雄
【推薦文】
推薦の最大の理由は、実は突然の映画上映見送り。原題はBilly Lynn’s Long Halftime Walk。イラク戦争の戦意昂揚のためのアメフトのハーフタイムショーで担ぎ上げられた若い兵士ビリー。タイトルの翻訳は非常に難しかったのではないかと思うが、映画に合わせたとのこと。映画が上映されれば、戦争とは何なのかを多くの人が考えさせられただろうし、原作を読む人も多かったと思う。なぜ見送られたのか経緯はわからない。原作だけでも広めたいと思った。

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【推薦者】おさかなパン
【推薦作品<1>】『どれがいちばんすき?』
【作者】ジェイムズ・スティーブンソン
【訳者】千葉茂樹
【推薦文】
日本オリジナル・アンソロジーの詩集絵本。詩の内容にあわせて一編ずつ日本語の雰囲気がちがい、なかには短歌のリズムのものも。ページをめくるごとにちがう世界が広がり、同時に、さりげないユーモアと優しさが全体を心地よくまとめています。言葉がシンプルだからこそ、日本語で読むわたしたちにとって大切な翻訳の良さ、味わい深さが光っていると思います。なお、同じ作者・訳者の姉妹編『こうえん』と2冊で1セットなので、この2冊を1作とカウントしていただけるならどちらも推薦したいところです。

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【推薦作品<2>】『死体展覧会』
【作者】ハサン・ブラーシム 

【訳者】藤井光
【推薦文】
作者はイラク出身、現在はフィンランド在住。この作品を書かせたのがイラクの現実だとしたら、わたしは(中近東に関心を寄せてきたつもりだったのに)かの国のことを何もわかっていなかった。その衝撃。オリジナルのアラビア語からでなく英訳版からの重訳だそうですが、文学作品が別の言語に翻訳され、ひろく読まれることの意義を強く感じた一冊。

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【推薦者】じゃんぼ
【推薦作品】『星空』
【作者】ジミー・リャオ

【訳者】天野健太郎
【推薦文】
台湾で発売された時にも買って、中国語で読んでいました。昨年日本語版が発売されて、改めて日本語で読んでみると、こんなに豊か日本語で表現できるんだ! と今までは感覚だけで感じていたものが、明確で美しい言葉となっていて、二度楽しめました! 日本語版も読んでみてよかったなと思い、もっと多くの方に読んで欲しいなぁと思います。

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【推薦者】はままやま
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚(上・下)』
【作者】ヴャチェスラフ・カリキンスキイ
【訳者】藤田葵
【推薦文】
旧幕臣榎本武揚が明治政府で再登用され、その能力を発揮したのは比較的よく知られている話だが、その榎本の立ち位置を再度ひっくり返し、日本国内に政治的混乱を引き起こすための駒として榎本が利用さそうになる、というあらすじがまず面白い。その筋立てを支える日本国内の政治勢力の関係については、歴史的事実と異なるところがあってこれはおそらく著者の誤解か知識不足に基因しているのだが、これがかえって日本の作家にはなかなか書けないようなサスペンス的筋立てを可能にしたのだから、怪我の功名と言うべきであろう。このようなプロットの妙に加え、展開の緩急の付け方が巧みで読者を飽きさせない。幕末から明治にかけての時期を題材にした歴史小説を好んで読む読者の期待にも答えうる娯楽小説となっている。

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【推薦者】arancia
【推薦作品<1>】『死体展覧会』
【作者】ハサン・ブラーシム

【訳者】藤井 光
【推薦文】
最初、買って読み始めた時が体調が優れない状態だったせいか、この短編集のひとつを読んで、一時はページを閉じてしまった。作者の出身地であるイラクで生きる人々の日々の暮らしの中で、常に暴力や死と隣り合わせで生きることは自分の想像を超えているのだが、この小説を読んでいると、ナイフの切っ先を身体に突きつけられているような息苦しさを感じる。短編のどれを読んでも、これでもかと次々と見せつけられる陰惨な世界。物語はフィクションなのに、どこか現実味を帯びていて、非人道的で罪悪が取りまき、一条の光など無い。それなのに、色鮮やかな美しさの無声映画を観ているような感覚に囚われた。

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【推薦作品<2>】『ふたつの海のあいだで』
【作者】カルミネ・アバーテ
【訳者】関口 英子
【推薦文】
古くはカラブリア州一栄えた《いちじくの館》という名の宿。今は廃墟となったこの宿の末裔が、心血を注いで再建をしようとするなかで、語り手である孫フロリアンは自身のルーツであるふたつの国、ふたつの国の祖父、ふたつの文化に反発し、距離を置きながらもやがて自分の居場所をみつけ成長していく物語で、淡々と語られる文体で叙事的であるのだが、読んでいくと登場人物の生や息づかい、南部独特の暑く強い日差しや海からの強風、ベルガモットの香りや更に木版画と書巻の埃までが文章から強く感じられる。とりわけ「壁から芽を出した小さないちじくの若木」の青々とした芽の色の鮮やかな様子がモノクロから突然色付いていくかのような気になる。色彩や匂いまでが文字によって、自分の持つ視覚や嗅覚の記憶へと蘇る。

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【推薦者】吉美 駿一郎
【推薦作品】『サイモンvs人類平等化計画』
【作者】ベッキー・アルバータリ
【訳者】三辺律子
【推薦文】
ネット上の文章だけを読んで恋に落ちたことがあるでしょうか。ぼくはあります。本書の主人公であるサイモンもそう。サイモンは少年で、自分がゲイであると自覚してますが、まだカミングアウトはしてません。で、ブルーの書いた文章を読んで、心を奪われます。もうこれだけでね、やられます。ぼくは女性を好きになったんですが、気持ちわかるわかると思いながら読んでいたんです。きゅんきゅんするよって思いながら。でも、恋する気持ちは同じはずなのに、違うんだよ、違うところがたくさんあるんだよ、というのが読んでいくうちに身に沁みてわかってくる。サイモンが教えてくれた。印象的な場面が多いのですが、特にオルブライト先生の発言にとてもしびれた。誰かれかまわず、押しつけてしびれさせたい本です。

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【推薦者】すいか ちゃん
【推薦作品】『オープン・シティ』
【作者】テジュ・コール

【訳者】小磯洋光
【推薦文】
2017年は遊歩者にまつわる本がいくつか出たと思いますが、その中で『オープン・シティ』を私は推します。様々なエピソードがよどみなく移り変わっていくのが心地よく、世界の歴史と自分の歴史の交点が立ち上がってくる感じがよかったです。翻訳でありながらも起立した文体が作り上げられていると思いました。テジュ・コールの他の作品も読んで見たいと思いました。

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【推薦者】石井 千湖
【推薦作品】『地下鉄道』
【作者】コルソン・ホワイトヘッド
【訳者】谷崎由依
【推薦文】
もう何年も前、ある座談会で岸本佐知子さんが『The Intuitionist 』を紹介されているのを聞いて、ずっと読みたかったコルソン・ホワイトヘッド。ついに読めたのがうれしいです。しかも谷崎由依さんの翻訳で。地下の暗闇を走る蒸気機関車のイメージは鮮烈。主人公が犬小屋に手斧を打ち下ろす場面や、彼女が逃亡先で出会う人々のことも忘れられません。すでに話題の本ですが、もっともっと広く読まれてほしいと思います。エレベーター鑑定士が出てくるらしい『The Intuitionist 』もいずれ日本語で読めますように。

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【推薦者】萩野 脩二
【推薦作品<1>】『中国が愛を知ったころ』
【作者】張愛玲
【訳者】濱田麻矢
【推薦文】
訳者の好きでたまらない感情が静かな愛情となった文体に現れており、今まで「解放前」の作品として世俗的にしか評価されなかった作品を、文学そのものの価値と面白さに訳して見せた。それが中国文学史の正常なる位置づけを張愛玲にもたらせた。

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【推薦作品<2>】『水滸伝』
【作者】施耐庵
【訳者】井波律子
【推薦文】
『水滸伝』というよく知られた中国の語り物を、一人で完訳した。この作品にも訳者の好きでたまらないという愛情が込められ、1つのロマンティックな世界に生きる緻密な小説を、面白くスムーズに読むことのできる訳業となった。

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【推薦者】なだ あおもと
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚』
【作者】ヴャチェスラフ・カリキンスキイ

【訳者】藤田葵
【推薦文】
訳者は何故、ロシア語のタイトルを翻訳しないのであろう?読み始める前に抱いた疑問であった。本書は単に、江戸末期から明治に生きた榎本武揚のロシア帝政との外交交渉の物語ではなかった。入念に仕上げられた歴史サスペンスである。もう一人の主役は著者が作出したミハイル・ベルグなるロシア軍人であり、登場する人物皆が主役足りうるタッチで物語は進められる。私は翻訳の巧みさに引き込まれ読み進んだ。およそ150年前の日本、ヨーロッパの情景が眼に浮かび、当時の文化、交通網や電信、信号技術、船舶、医学誌も物語を進める道具として使われる。読み終え、私は原タイトルの意味を知りたく40年ぶりに学生時代に使ったロシア語の辞書を開いた。直訳すれば「使者:引裂かれた島」とでもなるだろうか。果たして物語が意図する「使者」と「島」は?深く考えさせられる訳書である。

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【推薦者】三月うさぎ(兄)
【推薦作品<1>】『密告者』
【作者】フアン・ガブリエル・バスケス

【訳者】服部綾乃・石川隆介
【推薦文】
これを30歳そこそこで書いたんだから、『コスタグアナ秘史』や『物が落ちる音』が絶倒の傑作で当たり前だった。平易な文章でもサクサクは読み進められない視点人物のマトリョーシカ状態。と思いきや。その『物が落ちる音』の翻訳者、柳沢孝敦さんのブログでちょっと驚いた。『密告者』の翻訳では、間接話法を直接話法に変えたり改行を入れたり、かなり手を加えているそう。また、私が読みながら思ったのは、執拗に繰り返される役割語の是非。翻訳大賞に推して、小説の翻訳のあり方を議論する恰好の作品ではないでしょうか。この作品をものすごく面白く読んだ私は、もちろん「是」です。

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【推薦作品<2>】『消費資本主義!』
【作者】ジェフリー・ミラー
【訳者】片岡宏仁
【推薦文】
少し引用します。『次のどちらのスローガンの方が、聞こえがいいだろう?――「ロレアル:あなたにふさわしい製品を」だろうか、それとも「ロレアル:あなたのカレシにちょっかいかけやがるあのスタバのくされバリスタ女より若く見せたいあなたに」だろうか? (中略)ここまで読み進めてくれた読者なら、「生まれてこの方ずっと広告のぼんやりした美辞麗句や仲間の圧力に目をくらまされて非合理な支出習慣にはまりこんでいる適応度見せびらかし大好きな自己愛まみれの消費者」という自己像を受け入れてしまった方が、本書の議論に気分よくつきあえることはお気づきだろう。言い換えると、本書を読み進めていて、不快で休まらない思いをしていたはずだ。実を言うと、科学はときどき心をきずつけるのだ。』本書は、進化心理学の視点からこの100年にも満たない消費資本主義の本質は繁殖相手への自分の知性と性格の見せびらかしなのだと説明する大興奮の内容を、こんな破格の翻訳で楽しませてしまうスリリングな学術書なのです。

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【推薦者】知らぬ顔の 半兵衛
【推薦作品<1>】『ビリー・リンの永遠の一日』
【作者】ベン・ファウンテン

【訳者】上岡伸雄
【推薦文】
精力的にいい作品を紹介してもらえて、いつも感謝している訳者の、会心の一撃だと思います。この訳者の存在は、目立つか目立たないかというと、やや地味目な気もするのですが、こういうマスコミにあまり顔を出さずに、勤勉にひたすら仕事を続ける訳者、しかも日本語のクオリティがとても優れていると思える方が、是非、この大賞を差し上げるための候補として、議論の場に出ていてほしいと思い、推薦します。

書影

【推薦作品<2>】『走れ、オヤジ殿』
【作者】キム・エラン
【訳者】古川綾子
【推薦文】
韓国の作家の作品ということを、ほとんど意識せずに、優れた若い作家の作品を読んでいる気持ちで最後まで読めました。とても優れた翻訳作品だと思いましたので、推薦します。これがデビュー短編集ということですが、内容も、翻訳文もほとばしるような鮮烈さです。これからも翻訳で読めることを楽しみにしています。

書影

【推薦者】三輪 伸隆
【推薦作品】『アレクサンドレ・カズベギ作品選』
【作者】アレクサンドレ・カズベギ

【訳者】三輪智惠子
【推薦文】
ジョージア(旧称グルジア)をご存じだろうか? ユーラシアの中央に位置するコーカサス地方の国である。紀元前からの長い歴史と独自の言語・文化を誇るこの国は19世紀にロシア帝国の支配下に入った。後にソビエト連邦が解体され、ジョージアは久しぶりに独立を取り戻したが、本書の著者カズベギはこのロシア支配の時代に活躍した。本書には短編と中編の4つの物語が収められ、カズベギの自伝的な作品を除く3編はいずれもジョージアの市井の人々に起きた“事件”を描いている。過酷な力の支配や伝統文化に根付いた因習、それらに振り回され運命に抗いつつも翻弄される人々、その悲劇をカズベギは巧みなストーリーテリングで一気に読ませる。ジョージア語は日本語と同様に孤立した言語と言われ、わが国では極めて少数の人しか読み書きができない言語である。その原典から今回の作品集は直接翻訳された。

書影

【推薦者】三輪 智惠子
【推薦作品】『アレクサンドレ・カズベギ作品選』
【作者】アレクサンドレ・カズベギ

【訳者】三輪智惠子
【推薦文】
ジョージアに対するロシア帝国の支配が強まっていく十九世紀後半に活躍したアレクサンドレ・カズベギの代表的な四作品を取り上げ、ジョージア文学という、今までほとんど知られなかった分野をご紹介したいと思いました。周辺諸国の度重なる侵略により、国土は疲弊し、人々の誇りが失われつつあった時、文学がアイデンティティーの確立に寄与しました。今日のジョージア人の基盤が築かれたとも言える時代です。ただ当時の人々の暮らしや時代背景は分かりづらいので、解説にもページを割きました。この本を読んでいただいて、少しでもジョージアへの理解、そして関心へと繋がることを願っています。

書影

【推薦者】イエカ ザマク
【推薦作品<1>】『ベストセラーコード 「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム』
【作者】ジョディ・アーチャー、マシュー・ジョッカーズ
【訳者】川添節子
【推薦文】
ベストセラーとは何かという疑問について、計量文献学やテキスト・マイニング(形態素解析)を駆使し(素人なりの要約をすればコンピューターを用いた細部にわたる文章の解析と統計・・・となるでしょうか)、その側面から客観的な視点を向けようとした一冊ですが、随所に見られる皮肉っぽい表現とともに、こうした研究が「好きな小説は?」という「恐怖の質問」を出発点にしていたりと、つい笑いながら読んでしまいました。一方で、いずれこうしたアルゴリズムが個人へのリコメンドなどもより精密に変えてゆくのではとも想像させる、軽やかな語り口とは裏腹な濃い読書を味わえた作品です。

書影

【推薦作品<2>】『写本の文化誌 ヨーロッパ中世の文学とメディア』
【作者】クラウディア・ブリンカー・フォン・デア・ハイデ
【訳者】一條麻美子
【推薦文】
一度は「専門的すぎて読みきれないのでは」と思い購入を見送った本書でしたが、「第三章 本と読者」中の「身体としての本」などがとても気になりついに手をのばしたところ、引き込まれるように読んでしまいました。動物の皮や植物を素材とし、とても時間をかけて作られていた高級品である写本を、制作の過程からそれを取り巻く制作依頼者、製作者らの思惑なども多いにからめて説き進める内容に、中世ヨーロッパのことながら、改めて本とは何かを考えさせられた一冊でした。

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【推薦者】トルテ
【推薦作品<1>】『もうひとつのワンダー』
【作者】R・J・パラシオ
【訳者】中井はるの
【推薦文】
前作「ワンダー」が素晴らしかったので、それを超えることはまずないだろうと思って読み始めたが、まさかまさかの、心揺さぶられる1冊だった。個性的な子供一人ひとり、それぞれの肉声が生き生きと書き分けられていて、実際に耳に響いてくるかのよう。この子はどうしてこういう言動をしたのか、離れたところから見ただけでは理解の範囲外に思えても、よくよく耳を傾けてみれば、その子なりの理由がある。懸命に生きてない子などいない。そして、みんな、よりよい自分に成長できる!

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【推薦作品<2>】『不機嫌な女たち』
【作者】キャサリン・マンスフィールド

【訳者】芹澤恵
【推薦文】
100年ほど前に書かれた小説なのに、一筋縄でない女たちの心情がヴィヴィッドに迫ってくる短篇集。ひとつたりとも外れなく粒揃いなのがすごい。世の中がずいぶん変わって、女の社会的立場や生活もかなり変化したとはいえ、まったく変わらない心情もある。新訳で現代になじむ言葉を付与されたことで、それが鮮明に際立った。女ってかわいいな、女って哀しいな、女って怖いな、と万華鏡のような読み心地。

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【推薦者】四元 康祐
【推薦作品<1>】『東北おんば訳 石川啄木のうた』
【編著者】新井高子
【推薦文】
啄木の歌を、大船渡に住む「おんば」達とともに、土地のケセン語に訳したもの。百年前の標準語を、現代の方言に訳すと同時に、啄木という個が発した歌を、3.11の試練をともに生き延びた共同体で受け止め、語りなおした。「東海の小島の磯の砂っぱで/おらァ 泣きざぐって/蟹ど 戯れっこしたぁ」を読んでしまうと、津波のあとの光景を重ねずして啄木の元歌を読む事ができなくなる。原作をひっくり返して、全く新しい生命を勝ち得た稀有な翻訳。

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【推薦作品<2>】『源氏物語 A・ウェイリー版1』
【作者】紫式部
【訳者】A・ウェイリー/毬矢まりえ+森山恵
【推薦文】
佐藤弓生さんがすでに完璧な推薦文を書いていらっしゃいますね。翻訳という行為の持っている批評性を鮮やかに浮き上がらせた翻訳。この『源氏物語』と『おんば訳 石川啄木のうた』の二冊は、翻訳を介した詩歌論として読む事もできます。そのどちらもが女性詩人によって書かれたということ。ちょっと感無量です。

書影

【推薦者】oga 0042
【推薦作品】『オープン・シティ』
【作者】テジュ・コール

【訳者】小磯洋光
【推薦文】
表層的な部分では、明晰で客観的な観察眼が、目にする景色や人々、会話する人の思考を精緻に、淡々と描写したり評価したりしていきますが、その奥深くの深層的な部分では、黒人社会が(あるいはジュリアス個人が)経験してきた暴力の辛苦や抱えている闇の深さが横たわっているように感じました。そして、その層の深みが作品の世界観と、それを構成する独特で複雑な文体にもつながっているようで、これまで読んだどの作品にもない不思議な魅力を感じました。また1つ1つのシーンや描写が、写真というかショートフィルムのようで、それぞれが一見つながりのないように見えながらも、深いところですべてが結びついているように感じられる構造も見事だったと思います。とても魅力的な作品でした。作者も訳者も高く評価されて、また素敵な作品を提供してもらえると嬉しいです!

書影

【推薦者】斎藤 真理子
【推薦作品<1>】『中国が愛を知ったころ』
【作者】張愛玲

【訳者】濱田麻矢

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【推薦文】
ぎりぎりで、また推薦文が書けない。とにかく匂やかでした。
【推薦作品<2>】『ダスクランズ』
【作者】クッツェー
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
これも、推薦文を書けなかった、でも凄い日本語だし凄い英語であろうことが予想された。これだけですみません。解説が素晴らしい。

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【推薦者】小川 牧子
【推薦作品】『オープン・シティ』
【作者】テジュ・コール

【訳者】小磯洋光
【推薦文】
ちょっと難しかったけど、ストーリーの最後が意外すぎてびっくり! この本を手にニューヨークを散歩したいなと思いました! とても素晴らしい作品だと思います。

書影

【推薦者】高原 英理
【推薦作品<1>】『AM/PM』
【作者】アメリア・グレイ
【訳者】松田青子
【推薦文】
一貫したストーリーはない。ほぼ場面だけでできている。120の短章の中には必ずぐっとくる場か事象か印象かがある。私には多数あった。こういうのを書きたかったなと何度も思った。2:PM(第二章めにあたる)のところで「冴えない人生は美しくはないけれど、少なくとも詩的ではある」とあってこれがおよそ全体のコンセプトと思う。恋人たちや恋人でない二人や三人以上の人たちのぎりぎりのところで永遠にすれ違う言葉や、だいたいは日常のディスコミュニケーションの、ああ、それ、的場面が多いのだが、いきなり訪れる神の無情な意向や閉じ込められて出られない二人、足を意識することに陶然となる女性、身体の変容、自殺しようとしたらしい在り様、と、ときどき衝撃がくる。てんとう虫を金色に塗るところが好き。先行きもわからず読み終えた後に何かかけがえのない気分が蘇る一冊だった。

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【推薦作品<2>】『ワルプルギスの夜 マイリンク幻想小説集』
【作者】グスタフ・マイリンク
【訳者】垂野創一郎
【推薦文】
小説にとってわかりやすさは重要と思うのだが、一冊か二冊選ぶとなるとどうしても辻褄や節度から離れた、他者性とでも言うべき断絶を感じさせるこんな作品集に傾いてしまう。といって前衛的でも実験的でもない。一言で言うなら本気で神秘主義に行く作家の横紙破りへの驚きで、ほとんどアール・ブリュットを見るようだ。論理的なのに独りよがりで、ほぼ了解不能だがなぜか魅了される。整合性が問題でなく、類似・偶然の一致・暗示ばかり注視される。一瞬の幻惑、震撼さえあればよい。表題作は「心霊史観」が意表を突く。もう一つの長篇「白いドミニコ僧」からは「最後のジェダイ」を連想した。各作品の無鉄砲さをより活かすかのように、本書の構成は、初期短篇・短かめの長篇二篇・後期短篇・エッセイ、と大変考えられていて訳文も読みやすく、この作家の不可解さの魅力を巧みに伝えている。

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【推薦者】とりっぽん
【推薦作品<1>】『オオカミを森へ』
【作者】キャサリン・ランデル
【訳者】原田 勝
【推薦文】
革命前夜のロシア。主人公はオオカミに乗って闘う少女。和み系動物モノとは対極のリアルでハードな世界。物語が動き始めた途端、読者は嵐のような急展開に巻き込まれ、表紙絵の如くオオカミの背に乗ってクライマックスまで突っ走ることになるだろう。訳文の巧みさが物語の疾走感を支え、行間からは森の冷気やオオカミの体臭、血の匂いが漂ってくるかのようだ。モノトーンの挿絵がまた素晴らしい。胸のすくような冒険譚であると同時に読者に勇気を与えてくれる。「物語の力」にあふれた一冊だ。

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【推薦作品<2>】『俺たちはみんな神さまだった』
【作者】ベンヨ・マソ
【訳者】安家達也
【推薦文】
これぞ読むツール!自転車レースがまだ野蛮で非人道的な冒険だった時代。1948年、第二次大戦後に再開されて二度目のツール・ド・フランス(当時は本当にフランスを一周していた!)を追ったドキュメンタリー。めっちゃ人間臭いレース展開、当時の社会への影響を社会学者である著者が丁寧に描き出す。今のテレビ生中継を見てるよりドキドキハラハラ。夢中になって読める理由の一つは、聴きやすいナレーションのような訳だろう。

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【推薦者】木苺
【推薦作品<1>】『グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故』
【作者】伊格言
【訳者】倉本知明
【推薦文】
原発の大事故で台湾北部は放射能で汚染され、政府は台北を放棄して、台南に遷都する、という近未来SF小説。この本の原作が出たのは2013年だが、その後、現実の台湾では、政権が変わり、民進党政権はアジア初の「脱原子力宣言」を出して、すべての原発の廃炉を決めた。この小説は原発反対運動や政治の行方にも大きな影響を与えたと思う。去年、台湾文化センターで開催された著者・伊格言の講演を聞いたが、小説を書くという行為は社会に対しておこなうインタラクティブな行為であって、自分は世の中を変えるために書いているのだと明言していた。実際に現実を動かしたすごい小説だと思う。作者は311フクシマに触発されてこの小説を書いたわけだが、その後、台湾やドイツは脱原発に方向転換したのに、当の日本では再稼働とかやってるんだから、本当に恐ろしくなった。

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【推薦作品<2>】『チャヴ 弱者を敵視する社会』
【作者】オーウェン・ジョーンズ
【訳者】依田卓巳
【推薦文】
「階級はもはや存在しない」とか、「階級闘争などという言葉は古い」と言われることもあるが、「階級」は今もイギリスを理解するための重要なキーワードだ。この本を読んで、エリート階級が既得権利を守るための戦いを休んだことはないとよくわかった。そして、労働者階級が自分たちの権利を守ろうにも、すでにその手段を失っていることも。労働者階級が苦境に陥ったのは、産業の空洞化や、エリート階級による搾取が原因なのに、彼らを貶め、怠惰と決めつけることが現在の風潮になってしまった。「階級」を扱った本としては、1984年の『クラース―イギリス人の階級』という楽しい名著があったが、イギリス社会はその当時とはすっかり変わってしまった。この本は戦後のイギリス社会の歴史を描いた本でもある。「イギリスがたどった道は日本がこれから歩む道」と帯の宣伝文句に書いてあるが、たぶん本当だ。この本を20代の若者が書いたことがすごい。

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【推薦者】ベルガモット
【推薦作品】『優しい嘘』
【作者】キム・リョリョン
【訳者】キム・ナヒョン
【推薦文】
友人関係に悩み、少しずつ絶望していく女子中学生が最後に選んだのは死ぬことだった。悲しい結末を迎えるまで気づけなかった姉は、償うようにその理由を探っていくと、死のきっかけとなった妹の友人にたどり着く。ただ、その友人もまた、悩みを抱え、思い詰めていた。
姉の目線と妹の目線で物語は進んで行く。今はもういない妹を守る為に姉のとった行動に、心の再生を感じ、救われる思いがした。

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【推薦者】ましろ
【推薦作品<1>】『原理 ハイゼンベルクの軌跡』
【作者】ジェローム・フェラーリ
【訳者】辻由美
【推薦文】
あなた、と呼びかける現代からの声は、ときに距離を置き、ときに心からハイゼンベルクや過去に寄り添う。一つ一つの前進がさらに過酷な失望を生み出そうとも止まず、言葉にならないことを美しく表現するすべに魅せられ、決して到達できない物の本質をめぐる確信を抱き、可能と現実の狭間に立たされ、何を見ていたのか。その視線を丁寧に追うように、物理学がもたらした出来事や、研究の本質への怖れ、苦悩に暮れる関わる者たちの転落や罪を詩的に描く。運命は思いのままにならない。多くのものを失う。それでも変わらない美しいものが在った。
語り過ぎない、奥行きと余韻のある、描かれる主題に対する敬意を感じさせる詩的な文章表現が見事に翻訳されているからこそ、過去と現代、ノンフィクションとフィクションの絶妙な交錯に浸り込めた。

書影

【推薦作品<2>】『シュレーディンガーの猫を追って』
【作者】フィリップ・フォレスト
【訳者】澤田直・小黒昌文
【推薦文】
切実な悲しみがある。たとえとるにたらないことであろうと、苦悩は他のあらゆる苦悩や既に経験した苦悩を呼び起こし、やがて訪れるはずの苦悩と通じて溢れ出す。人は人生を通じて何度も愛するものを失う。そこにいて、かつ、いない。死んでいて、かつ、生きているシュレーディンガーの猫に纏わる思索や、伝承の言葉を噛み締めるように漆黒の闇夜に猫の行方を辿る物語は、わたし、という存在を揺らす。一つの物語には、望む限りの変奏がある。人生もまた。そうして繰り返されてゆく人生の虚空を見つめ、果てなき対話を繰り返す切実に心揺さぶられた。言葉にならない切実なる思いに引き寄せられるように、寄り添うように感じられたのは、翻訳もまた深く作者の思索と寄り添って大切に訳されていたからだと感じ入った。

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【推薦者】松倉 隆一
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚』
【作者】V. カリキンスキイ
【訳者】藤田葵
【推薦文】
明治維新後にロシアとの間で千島・樺太交換条約を実現させた人物、榎本武揚の交渉の行方を小説化したものである。日本の歴史家、作家が、表したものはあったが、ロシア人の視点から書かれていることが面白い。榎本は戊辰戦争で幕府方につき、その後明治政府に重用されたこともあり、二君に伝えた武士としての多少誤解の含まれた解釈のもとで描かれることが多い。しかし、そうした先入観を持たない外国人からの客観的な記述は、日本人ではなく国際人としての榎本が、日本人、ロシア人を問わず、誰が味方になり、誰が敵にまわるのかを冷静に見極め、大胆に行動する様子が表現されている。日露間の交渉の様子が、個人レベルのやり取りを含めて記述された貴重な本であると思う。全編にわたって丁寧に翻訳されており、この交渉の過程がとてもリアルに伝わり、ハラハラしながら最後まで一気に読んでしまった。日露関係を正しく理解するためにも良い一冊であると思う。

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【推薦者】椎野 貴晃
【推薦作品】『AM/PM』
【作者】アメリアグレイ
【訳者】松田青子
【推薦文】
ジャケ買いして、ページがすらすら進んですぐに読み終えた。その時間に反して今も、この本のことが心に残ってる。松田青子さん、ありがとうございます。

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【推薦者】尾平 大地
【推薦作品<1>】『レッド・クイーン』
【作者】ヴィクトリア・エイヴヤード
【訳者】田内志文
【推薦文】
特殊能力が使える銀の血を持つ者と、彼らに支配される赤い血を持つ者とで区別されている世界。そして主人公のメアは特殊能力が使える赤い血を持つ者。そこまで知ってワクワクしながら読み始めたら一気に読み終えていました。豊かさと貧しさ、階級の違いや環境の変化、信頼と裏切り、敵と仲間。色々な要素がこれでもかと集まって、それでいて物語として成立していて、頭の中では『レッド・クイーン』の世界が築かれていました。似ている話も多くあって読んできましたが、その中でもこれは群を抜いて面白かったです。そしてこの面白さは原書を読んだ人と同じくらいに感じられていると思いました。

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【推薦作品<2>】『6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む』
【作者】ジャン=ポール・ディディエローラン
【訳者】夏目大
【推薦文】
一人の男性が送る日常が書かれていました。嫌悪を抱きながら仕事をし、少ない友人たちと過ごし、ただひたすら毎日を生きる。そんな日々でも視点を変えれば世界の見え方が変わり、気付かなかった幸せに気づける、あるいは普段自分がしていることが幸せに繋げられるんだ、というメッセージをこの本から受け取り、明日からまた頑張ろうという気持ちにさせてくれました。この本を読むときは最初に表紙をじっくり見て、読んだ後にもう一度表紙を見ることをお勧めします。

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【推薦者】ハト牧場
【推薦作品】『天国の南』
【作者】ジム・トンプスン
【訳者】小林宏明
【推薦文】
冒頭から魅力的だ。テキサスの乾いた風や土埃の匂いがしてきそうな中、20年代の渡り労働者達は大事業であるパイプライン工事に集う。主人公の年若き21歳のトミーもまたその一員で、以前組んだ年上の流れ者フェア・トレイと再会しまた組むことになる。一匹狼だがトミーを買っているフェア・トレイはうまが合うが親しくなろうとすると一線を引く。トミーはキャロルという少女に一目惚れし、現場キャンプ近くにいる彼女と結ばれる。皆に彼女を娼婦と言われ苛立つトミーだがある日事件が起こる――直情的な主人公の視線を通して描かれる世界は断片的だがストレートで、謎を謎のまま読者に提示する。そしてその中で年上のフェア・トレイの態度や心情が時に胸に迫る程に響き、我々は彼を始め他の人物の真実の思う所や目的を考えながら読み進めることになる。力のあるシンプルな文章が我々を一気にテンポ良くラストにまで導いてくれる胸のすくような一作。

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【推薦者】Dokuta
【推薦作品<1>】『13・67』
【作者】陳浩基
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
香港の一人の男の刑事としての生き様を描き出した作品。内容についてはおそらく他の推薦者の方が色々書いているかと思うので、登場人物名の表記に関するこの小説の工夫について書く。中国語圏や韓国の小説の邦訳では、登場人物名をどのように表記するのかが問題になる。まず表記は漢字にするか、現地読みのカタカナにするか。漢字表記にしたとして、ルビは現地読みにするか、それとも日本の普通の音読みを採用するか。また、現地読みのルビを振るのであれば、ルビの頻度はどうするか(初出時のみの訳書が多いが、毎回ルビを振っている訳書もある)。『13・67』では、ある人物はカタカナ表記、ある人物は漢字表記(そして日本語の音読み)という折衷案が取られており、その結果、無用なストレスなく読めるようになっている。私も過去にアジアミステリ(韓国作品)の邦訳企画に関わったことがあるが、こんな方法があったのかと目から鱗が落ちる思いである。

書影

【推薦作品<2>】『殺人者の記憶法』
【作者】キム・ヨンハ
【訳者】吉川凪
【推薦文】
刊行が2017年の「10月末」と時期が悪かったためか、年末の各種ミステリーランキングに入ることはなかったが、この作品も(まったく毛色は異なるが)『13・67』と同じく、アジアミステリの、そしてアジア文学の大きな収穫だと思う。アルツハイマーで記憶を失いつつある元連続殺人鬼の語り口は朴訥なようでいて、その切っ先は鋭い。映画化もされ、1月27日より日本でも上映が始まった。映画版も工夫がなされていて面白いという話を聞き及んでいるが、小説でこそ味わえる醍醐味を多分に含んだ作品であり、映像をすでに見た方にもこれから見ようと思っている方にも、ぜひこの原作小説を薦めたい。

書影

【推薦者】かおりん
【推薦作品<1>】『ただの黒人であることの重み ニール・ホール詩集』
【作者】ニール・ホール
【訳者】大森一輝
【推薦文】
日本は出自を隠したいと思えば、隠すことができる。それは自由なのだ。しかし肌の色で判断される場合、どうしても隠すことができない。この本は、膨大の日本語の中で、彼らの心の叫びに一番近い言葉を丁寧に真摯に選んである。それを更に詩に組み立て直すというのは、想像を絶する作業だ。故に読み進めると、時に苦しく重く、まるで自分がこの詩の主人公であるように、心に深く突き刺さる。

書影

【推薦作品<2>】『資本主義の終焉』
【作者】デヴィッド・ハーヴェイ
【訳者】大屋定晴他
【推薦文】
最近の世界の動揺を、資本主義の歴史を分析することで説明しようとしている。翻訳も、専門家らしく、研究者として、原著と一定の距離をもって進められていると感じた。


【推薦者】イニエスタッソ
【推薦作品<1>】『運命と復讐』
【作者】ローレン・グロフ
【訳者】光野多惠子
【推薦文】
第一部と第二部で夫から妻へ視点をかえることで、 運命的な出会いから結婚をした夫婦の物語を全く変えてしまいます。変え方も鮮やかなんですが、何というか文章の運び方がうまい。仮にあらすじを知ってから読んだとしても十分楽しめる小説だと思います。初めて読んだ作家ですが、かなり好きです。

書影

【推薦作品<2>】『キャッツ・アイ』
【作者】マーガレット・アトウッド
【訳者】松田雅子 松田寿一 柴田千秋
【推薦文】
幼少期にいじめを受けていた女性が、抑圧されていた負の感情から自分を解放していく物語です。暗いだけの話でなくエンタメ度も高いので、 私は一気に読んでしまいました。 アトウッドらしく風景描写やシーンの作り方がとても印象深いので、読後の余韻に長く浸れると思います。

書影

【推薦者】ぽんた
【推薦作品】『夜明けの約束』
【作者】ロマン・ガリ
【訳者】岩津航
【推薦文】
ゴンクール賞を2度受賞した作家、ロマン・ガリ。今まで邦訳がなかったことのほうが不思議と言えば不思議。嘘と本当を散りばめた自伝「的」小説だが、とにかく母親像がすごい。ここまで盲目的に愛されたら、息子としては辛いかも。それでも、最後、手紙のエピソードで涙腺崩壊。

書影

【推薦者】舞狂 小鬼
【推薦作品<1>】『主の変容病院・挑発』
【作者】スタニスワフ・レム
【訳者】関口時正
【推薦文】
レム・コレクションの掉尾を飾る本書は、予想を遥かに上回る素晴らしい作品集だった。ナチス・ドイツの侵攻に揺れるポーランドの精神病院を舞台にした処女長篇『主の変容病院』と、後期のメタフィクショナルな架空の書評集『挑発』に『二十一世紀叢書』。これらが戦争という言葉の下に呼応しあい響きあい読者の心に重く深く突き刺さる。よくぞこんなに難しく、また価値のある作品を訳してくれました。ありがとうございます。

書影

【推薦作品<2>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
《アイアマンガー三部作》の完結編となる本書は、前二作の驚愕のラストを軽々と超えてゆく展開と、大きく広げた話に見事な結着をつける素晴らしい終わり方で、久しぶりに「物語」というもの愉しさを思い出させてくれた。これは原著を見事な日本語に移し替えてくれた訳者の方のセンスにも依るものも大きいと思う。(例えば呪術的な読み違えによりLONDONをLUNGDONと呼ぶシーンには「肺都」という字を当てるなど。)『ガルガンチュワとパンタグリュエル』や『フィネガンズ・ウェイク』を彷彿とさせるものであった。

書影

【推薦者】益岡 和朗
【推薦作品<1>】『死体展覧会』
【作者】ハサン・ブラーシム
【訳者】藤井光
【推薦文】
岡真理さんが『アラブ、祈りとしての文学』で、自爆テロに身を投じる若者たちのメンタリティについて書いておられたことがとても印象に残っていたのですが、そんな中から果たしてフィクションが生まれ得るのだろうか、そんな余裕が人間に生じ得るのだろうかと暗澹たる気分にもなりました。この小説は、決して楽観的でも明るい作風でもないけれど、その素晴らしい回答であるように僕には思えました。訳者あとがきで「イラクからSFを」という動きがあることを知ることができたことも、大きな収穫でした。

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【推薦作品<2>】『ライティングクラブ』
【作者】姜英淑
【訳者】文茶影
【推薦文】
脱北という過酷なリアルを圧巻のファンタジー描写で小説に封じ込めた『リナ』に衝撃を受け、「今やアジアこそが、マジックリアリズムの本丸なんだ!」と興奮させてくれた姜英淑の新しい訳書を届けてくれたことにまずは感謝。前作で見られた抑制されつつも圧倒的な幻想味は控えめでしたが、韓国の文壇状況や「書く女というセクシュアリティ」の国を越えた普遍性が活写されていて、大変興味深く読みました。

書影

【推薦者】木蓮の花
【推薦作品】『七年の夜』
【作者】チョン・ユジョン
【訳者】カン・バンファ
【推薦文】
人生を生きていく中では、避けられない『運命』が有り、その決断や行動が吉と出るか凶と出るかは誰にも分からない。主人公のチェ・ヒョンスが、ちょっとした過ちの重なりから 大悪死刑囚に陥っていくことも、その偶然の一つだったのかもしれない。セリョン湖の蒼の情景や水中の闇と煌めき、 強烈な暴力の描写、緊迫のスリリング感を翻訳者の カン・バンファさんの 繊細さと想像力が、作品の臨場感を一層際立たせている。私も韓国生活が作品と同じ七年目に入るが、韓国を愛する日本人の一人として、七年の夜が 日本の幅広い読者の方に愛読していただける事を心から願うばかりである。

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【推薦者】sazanami
【推薦作品<1>】『世界と僕のあいだに』
【作者】タナハシ=コーツ
【訳者】池田年穂
【推薦文】
著者が自分の人生を振り返りつつ、アメリカで黒人が生きていくことの困難さについて、父が息子へあてた手紙の形式で語っています。しかし、単に差別を告発するだけの内容ではありません。「黒人」「白人」とは誰のことなのか、何が困難を生み出しているのか。この本に書かれた生きることに対する深い洞察は、読み手の生き方にも、一つの道を示すものだと思います。

書影

【推薦作品<2>】『死体展覧会』
【作者】ハサン=ブラーシム
【訳者】藤井光
【推薦文】
暴力と死が、全体を通して実に冷徹に語られています。リアルであり、さらに幻想的でもあるから余計に怖い。ゆえにこの本自体が非常にマイナスな気を発しているように感じられたくらいですが、だからこそ目をそらせずに一気に読んでしまいました。

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【推薦者】放克犬
【推薦作品<1>】『アンチクリストの誕生』
【作者】レオ・ぺルッツ
【訳者】垂野創一郎
【推薦文】
1882年プラハ生まれ、ウィーンを拠点としていたユダヤ系作家であるぺルッツの作品はこれまでも訳されていたが未読で、今回初めて接したこの短編集に圧倒された。抜群のストーリーテリングで、切れ味のよいミステリ、冒頭からは思いもよらぬ展開となるサスペンス、シュールな幻想小説、深い味わいの普通小説までバラエティにも富んだラインナップが並ぶという抜群の面白さだった。作品を読むことによって時代や国を超えてその時に生きた人々の息遣いが感じられる。それが遠い土地でありまた時の隔たりがあるほど貴重な機会を得た気持ちになる。そんな翻訳小説を読む楽しみを与えてくれる一冊である。

書影

【推薦作品<2>】『火の書』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
こちらは1887年生まれのポーランド作家。怪奇、強迫観念、不気味なユーモア、その一方でSFやミステリにも通ずる論理趣味が印象的な恐怖小説集である。自伝的エッセイやインタビューもあって本人の創作に対する考えがわかるところも読者としてはありがたい。本作も時代の異なる遠い国を身近に思える作品集だが、同じくポーランドの大作家であるスタニスワフ・レムに影響を与えた作家ということで、そうしたつながりも興味深かった。

書影

【推薦者の名前】katoh akira
【推薦作品<1>】『大きなかぶ』
【作者】チェーホフ
【訳者】小宮山俊平
【推薦文】
チェーホフの邦訳がこれだけ読みやすいと、遠い国の昔の話だったはずの物語が突然、落語のように身近に感じられて面白かった。限界を超えた寒さと、その先にあるはずの春の喜び。現代日本がしばらく忘れていた世界を、文学を通じて思い出させてくれる気がします。ヨシタケシンスケさんの挿絵も、なぜかロシアのお話にぴったり。理論社「世界ショートセレクション」の第5巻でもあるのですが、わが家ではこのシリーズが昨年のクラッチヒットでした。

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【推薦作品<2>】『おじいさんに聞いた話』
【作者】トーン・テレヘン
【訳者】長山さき
【推薦文】
東欧や中東の文学作品を読むと「明るく前向きでおもしろい!」が当然にあるべき人物像とされる現在のわれわれの持つ価値観がどれだけ薄っぺらなものか実感でき、ほくそ笑んでしまうことがあります。オランダで生まれ育った著者が披露するのは、ロシアから亡命したという祖父が語るアイロニー満載のロシアをめぐる小咄の数々。欧米文化の影響下で育った自分にも分かりやすく、厳しい自然や歴史に培われたロシアならではの「暗く後ろ向きなユーモア」の深みで楽しませてもらいました。

書影

【推薦者】文箱
【推薦作品】『荒涼館(一)~(四)』
【作者】ディケンズ
【訳者】佐々木徹
【推薦文】
『荒涼館』は全知の語り手による三人称の語りと主人公エスターによる一人称の語りからなるが、本訳のユニークさはエスターの章の文体にある。ページをぱっと開くとまずひらがなの多さが目につく。和語が多用され読点も多く、慎重に言葉を選ぶ語り手の姿が浮かんでくる。エスターはきちんとした教育を受けた実務能力の高い女性だが、財産もなく豊かな教養も身につける機会がなかった。愛の薄い子ども時代を送った内気で控えめなヒロインである。それが視覚的にも伝わってくる。閉じ開きで語り手の性格が表現されるなんて、原作者のディケンズも想像できなかっただろう。この新訳で読めたことで、今までよりずっとエスターを好きになれた。彼女の魅力はまだまだ語り尽くせない。

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【推薦者】佐藤 弓生
【推薦作品<1>】『いかさまお菓子の本』
【作者】クリスティン・マッコーネル
【訳者】野中モモ
【推薦文】
同訳者による『バッド・フェミニスト』も推したいのですが、とりあえずビジュアルがすばらしいこちらを。副題が「淑女の悪趣味スイーツレシピ」、巻末謝辞にT.バートン、R.スコット、A.ヒッチコック等の名があるとおりSFや怪奇映画好きの琴線に触れまくるこの本、たとえば『エイリアン』に登場する地球外生命体フェイスハガーを象ったシュガークッキーに関するコメントは「この女王が統治し支配する種族にとって、男は用なしなの――彼女たちが求めているのは、ただあなたの体のみ!」。小気味よい肉声感があります。レシピごとに撮影されたグロテスク・ポップな場面にアート本の楽しさがあり、どこか森村泰昌氏、やなぎみわ氏のセンスも思わせます。また料理本として、とくに分量の換算に苦心されたのではと想像します。序文の「真の魔法、それはすなわち、自分で自分のファンタジーを想像すること」という言挙げに勇気づけられます。

書影

【推薦作品<2>】『源氏物語(1) A・ウェイリー版』
【作者】紫式部
【訳者】アーサー・ウェイリー英訳/毬矢まりえ・森山恵訳
【推薦文】
昨年は角田光代氏訳も出た『源氏物語』ですが、ここでは俳人と詩人の姉妹による、英訳版の戻し訳を挙げます。まずは本の顔である表紙画がクリムト、帯文が竹宮惠子氏というところに、すでに「ロマンスである」ことの表明が見られます。1920年代にイギリスで出版されたウェイリー版の新訳、導入は「いつの時代のことでしたか、あるエンペラーの宮廷での物語でございます」とハヤカワ文庫FTのようなリーダビリティ。御簾はカーテン、琵琶はリュート、人名はカタカナ表記(円城塔氏による小泉八雲訳を連想しました)。すべての翻訳行為は解釈行為であるわけですが、さらに再創造行為でもあることが実感されます。過去の異国の人が想い描いた情景の再現に努めた訳業です。挿入和歌の表記は詩人の藤井貞和氏監修とのことで、吟遊詩人が歌うような節回しを感じさせるものとなっている点も、ファンタジー好きの方にご注目いただきたいところです。

書影

【推薦者】しょーりん
【推薦作品】『ただの黒人であることの重み』
【作者】ニール・ホール
【訳者】大森一輝
【推薦文】
一つ一つの言葉の重みに押し潰されそうになりながらも、何かに背中を押されるように読み進んでしまう、そんな作品でした。アメリカ社会に横たわる暗い影、差別と言う一言で表すにはあまりにも重く根深い問題。それを自身が黒人である作者の感性で綴った心の叫びです。人種差別やアメリカ史を学んでいる方々だけではなく、色々な世代の方にお薦めしたい良書です。

書影

【推薦者】東 えりか
【推薦作品】『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』
【作者】キャスリーン・フリン
【訳者】村井理子
【推薦文】
著者はル・コルドン・ブルーを卒業した料理研究家。故郷のアメリカに帰りスーパーに行くと、インスタントやレンジ調理の物を買う女性が目につく。料理が苦手という女性を募集し、料理教室を始めると…。翻訳者のツイートから始まったこの本への興味は著者の来日、テレビ出演など大きな反響を呼んでいる。料理って何?食べるってどれほど重要?

書影

【推薦者】法水
【推薦作品<1>】『三美スーパースターズ 最後のファンクラブ』
【作者】パク・ミンギュ
【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
2017年は韓国文学の面白さに目覚めた1年だった。中でも斎藤真理子さんの貢献度は大で、パク・ミンギュさんの『ピンポン』、ハン・ガンさんの『ギリシャ語の時間』も素晴らしい訳業だったけど、個人的に最も好きだったのがパク・ミンギュさんの『三美スーパースターズ最後のファンクラブ』。「野球は人生の縮図だ」という言葉が出てくるけど、主人公の「僕」にとって三美スーパースターズはまさに人生そのもの。悲哀とともに希望を感じさせる類まれなる一冊。1980年代から90年代にかけての韓国の空気も味わえる。

書影

【推薦作品<2>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
〈アイアマンガー三部作〉の掉尾を飾る本作は三部作の中でもいちばん分厚いが、まさに巻措くあたわざる面白さで引き込まれる。ケアリーの作品世界をそのまま日本語で味わえたのはひとえに古屋美登里さんの翻訳あってこそ。タイトルの「肺都」や「糞粛に!」といった造語などにも工夫が感じられるが、雰囲気を損なわないためになるべく20世紀以降に作られた言葉は使わないようにするなど、翻訳家としての矜持を感じた。

書影

【推薦者】原田 高裕
【推薦作品】『ピネベルク、明日はどうする!?』
【作者】ハンス・ファラダ
【訳者】赤坂桃子
【推薦文】
小さな町、そして大都市ベルリンが舞台のお話。1932年刊。年表によると、ナチスドイツは1933年から始まる。マルク紙幣が紙くずとなったハイパーインフレ後の混迷する大量失業時代、「きっとうまくいく」と奮闘する坊やと子羊ちゃんの若い夫婦。不運、不遇、不条理、理不尽、そして、踏みにじられる尊厳。そんな内容のお話なのに、「なぜだかふっと笑えてしまう」作品です(みすず書房ツイッターより)。エピローグで、人として譲れない一線を正々堂々と説く子羊ちゃん、舞い上がる大波、そして昔の恋。すごかった。

書影

【推薦者】M.S+.
【推薦作品<1>】『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる闘い』
【作者】デボラ・E・リップシュタット
【訳者】山本やよい
【推薦文】
映画「否定と肯定」の元になった裁判被告人として名誉毀損訴訟に対抗する事になった著者自身による裁判回想録。歴史修正、否、歴史改ざん主義によるホロコースト否定(その先にヒトラー擁護がある)のために裁判を起した歴史作家に対して真っ向から立ち向かった記録は著者が感じたであろう空しさと想像を絶する歴史作家の言動に驚く事になる。ものすごい重みのある内容。本書内容をそのまま映画にすればそれは茶番劇、嘘にしか見えない。そういう内容がひたすら積み上げられていく。映画化作品の原作本が翻訳されない事もよくあると思いますが、ハーパーBOOKSは「ダンケルク」歴史考証者の本やNASA黎明期のアフリカ系女性たちを描いた「ドリーム/Hidden figures」原作本を出されていて大変ありがたい1年間でした。その中で本書を推すことにしたのはひとえにその内容の重さからでした。歴史改ざん主義、デマやフェイクニュースを常用するような人達の手口はこの事件であらかた出てきていて、彼らの手法を知る事が出来る本でもあります。本書がより多くの方が読まれる事を祈念してます。

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【推薦作品<2>】『ブラックボックス』
【作者】マイケル・コナリー
【訳者】古沢嘉通
【推薦文】
1990年代から版元が変わりながら続いているLA警察の刑事ボッシュを主人公としたシリーズの2017年最新作。中年だった主人公も今や老境。1作毎に娘の成長が描かれる中で侘び寂びを感じさせる枯れた描写に変ってきた。アメリカミステリーは翻訳小説文庫老舗でもシリーズものが継続的に出し続けられるような感じがしなくなってきた。その中でコナリーの作品の大半を訳出された古沢さんのおかげで20年もの長きにわたりボッシュ・サーガを読み続けられている。同一シリーズの大半を一人の翻訳者で読める事は読者としても世界観が一貫していて大変ありがたいところ。なおコナリーはリンカーン弁護士シリーズの新作「罪責の神々」も刊行されました。こちらも面白いのでもっと読まれて欲しいと思ってます。

書影

【推薦者】風岡 良亮
【推薦作品】『プレイバック』
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】村上春樹
【推薦文】
プレイバックはふらっと入った本屋でたまたま見つけました。たぶん発売日の2日後くらいだったと思う。いままで村上春樹訳のチャンドラーを読んでいて面白かったし、まあお金も少しあるしカフェで読書しようと思いすぐに買いました。読み始めて感じたのは村上春樹さんの小説へのリスペクトでした。まず何よりも訳者自身が楽しんでいるのが伝わってきます。まだチャンドラーの村上春樹訳を1冊も読んだことが無い人がこのプレイバックから読んだとしても全然問題ありません。たぶんズンズン引き込まれてしまうでしょう。

書影

【推薦者】ジュ コネ
【推薦作品<1>】『嘘の木』
【作者】フランシス・ハーディング

【訳者】児玉敦子
【推薦文】
YA小説にカテゴライズされたファンタジーですが、大人の私もたちまち引き込まれました。少女が父への愛憎に翻弄されながら「嘘の木」にからめとられていく。彼女はそこからどう解放されるのか。謎解きがありどんでん返しがあり、その中で自分を取り巻く世界への理解を深めていく過程が、ミステリーとしても成長物語としても、大変に魅力的でした。作者の女性たちへの眼差しにも、共感、大です。

書影

【推薦作品<2>】『湖畔荘』
【作者】ケイト・モートン
【訳者】青木純子
【推薦文】
『コードネーム・ヴェリティ』と迷ったけれど、読み終えたのが最近の、こっちにしました。 入り組んだパズルがぱちりと嵌まる快感、物語の醍醐味がたっぷり。つくりすぎ、という向きもあるかもですが、こんなに気持ちいいんだから、私にはアリです。これぞ読書の楽しみ、上下巻を長いと感じさせなかった手練れの著者に感謝。

書影

【推薦者】ウニプロ
【推薦作品】『神秘大通り』
【作者】ジョン・アーヴィング
【訳者】小竹由美子
【推薦文】
この世のありようは、偶然と運命の「中間」なのだ。すべてが科学的に証明できるわけではない。さまざまな謎や奇跡が配された人生を、最終ゴールの死まで進んでいくこと、それこそがまさに”神秘大通り”。妹が命を賭して切り拓いてくれた人生を生きていくことで、別の未来に行き着いたフワン・ディエゴ。大切な人はみんな逝ってしまったという彼もまた、最期の瞬間を迎えた。個性的で魅力のある登場人物が多く、彼らの最期を知ったうえで物語が進んでいくので、神の視点で人生ゲームを見守るような不思議な感覚を覚える。

書影

【推薦者】ハジメ
【推薦作品】『もうひとつのワンダー』
【作者】R.J.パラシオ
【訳者】中井はるの
【推薦文】
前作『ワンダー』と同じように、10代の子ども達のイキイキした声が聞こえてきそうでした。子どもならではのノンストップ感、騒がしいほどのテンションが、僕のような大人にも抵抗がないどころじゃなく一緒になってドキドキしながら読めるんですよね。一喜一憂の中から自分が形作られたり他者に優しくなれたり、彼らの成長していく姿に、読んでいるこっちも「僕ももっと前向かなきゃ」と思わされます。この本にはジェネレーション・ギャップはないと感じました。

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【推薦者】タカラーム
【推薦作品<1>】『バナの戦争』
【作者】バナ・アベド
【訳者】金井真弓
【推薦文】
政府軍と反政府軍の対立が激化するシリア。政府軍の苛烈な空爆にさらされる日常。その中で、ただ平和な生活を望むひとりの少女バナが世界に向けて発信し続けたTwitterのメッセージが世界を動かす。わずか7歳の少女から発せさらる言葉のなんと重いことか。ひとつひとつの文章にバナがこめた平和への願いをまっすぐに私たちに届けてくれた訳者の仕事に感謝して、この本を推薦します。

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【推薦作品<2>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
2017年は素晴らしい翻訳作品 が多く、推薦本には本当に悩んだ。でも、やっぱりこの本が外せない! 小説としての面白さはもちろんなのだが、相当に癖が強いであろうケアリーの原文を魅力を削ぐことなく日本語に訳してくれた古屋さんの仕事には感謝するしかありません。本書「肺都」もそうですが、過去2作(「堆塵館」、「穢れの町」)のタイトルもすごいと思います。

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【推薦者】おうどん さん
【推薦作品】『深い穴に落ちてしまった』
【作者】イバン・レピラ
【訳者】白川貴子
【推薦文】
穴の中でぐんぐん進行する兄弟の精神状態、身体状態に夜中本を開いていた私はぞくぞくして、寝れなくなってしまいました。穴の中で色々なものが深まる感じ、凄かったです。怖かった…。この本を訳してくださり出版してくださって読むことができたのはありがたいです。1票いれさせてください!

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【推薦者】ミック
【推薦作品】『あるノルウェーの大工の日記』
【作者】オーレ・トシュテンセン

【訳者】牧尾 晴喜
【推薦文】
日本のリフォームのイメージというと、小規模範囲の工事で見映えよくチャチャッと仕上げ完了と相成る。それとは対極の築100年超えの屋根裏改築は過去の職人との対話を彷彿させ国宝・重文の修復に似る(ちょっと大袈裟)。ユーモアありの誠実で手堅い仕事ぶりは旧来の職人=いっこく者とは程遠いノルウエー大工の心意気。

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【推薦者】ポコ太郎
【推薦作品】『ただの黒人であることの重み ニール・ホール詩集』
【作者】ニール・ホール
【訳者】大森一輝
【推薦文】
必ずしも「切れ味がよい」というわけではないが、一語一語を丁寧に選び、鉈で薪を割るがごとく、武骨に心を砕く言葉が並ぶ。アメリカ黒人史研究の第一人者である訳者だからこそできた労作と思う。最近話題になっている黒人差別問題を考えようとするとき、課題を一番ストレートに伝えてくれた本。

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【推薦者】かもめ通信
【推薦作品<1>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー

【訳者】古屋美登里
【推薦文】
アイアマンガー三部作の最終巻。この三部作、ものすごく面白い作品なのだが、なんとも不思議な世界であるだけでなく言葉遊びも多く、おそらくはかなり翻訳者泣かせだったに違いない。にもかかわらず、そういった苦労を一切感じさせない軽妙な筆致。スリリングで情熱的で、洒落ていてリズム感溢れるすばらしい翻訳だった。

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【推薦作品<2>】『嘘の木』
【作者】フランシス・ハーディング

【訳者】児玉敦子
【推薦文】
「嘘を養分に生長し、その実を食すと真実がわかる」という植物を軸に、嘘と真実、科学と信仰のあいだで苦しむ人々の物語は、少女探偵が活躍するミステリであると同時に、サスペンスでもあり、ファンタジーでもあり、さらには親子の物語であると同時にジェンダーの物語でもある。物語の面白さはもちろんのこと作品にこめられている作者の熱い想いが伝わってくる翻訳だった。

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【推薦者】bru caniro
【推薦作品】『リラとわたし』
【作者】エレナ・フェッランテ
【訳者】飯田亮介
【推薦文】
外国での評判を聞き読みたいと思っていましたが、なかなか翻訳はでないだろうなあとあきらめていました。書店の新刊コーナーで本を見つけたときは驚き、うれしかったです。翻訳はとても読みやすく、引っかかるところなく最後まで読めました。女性視点の話なので翻訳にも苦労されたところが多かったのではと想像します。第2巻にも期待しています。

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【推薦者】ゴン太くん
【推薦作品<1>】『嘘の木』
【作者】フランシス・ハーディング

【訳者】児玉敦子
【推薦文】
電車で読みながら、本を閉じるタイミングを逃し続け…。最後の最後まで本当に引き込まれる展開でした。意外な黒幕、その黒幕と主人公の少女のあいだに生まれた共感、最後の母との会話…シンプルな勧善懲悪の物語でないことは冒頭から想像できましたが、登場人物全員が、作者によってdignityを守られているところに、児童文学としての大きな魅力を感じました。ヴィクトリア朝時代の物語でありながら、テーマは非常に現代的で、読後はスカッとしました。

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【推薦作品<2>】『サイモンvs人類平等化計画』
【作者】ベッキー・アルバータリ

【訳者】三辺律子
【推薦文】
2017年はLGBTがテーマの児童書&YAがたくさん出て、すばらしいことだと思います。サイモンがとてもリアル。今の子もエリオット・スミスが好きなんだなぁ、とか、オレオ食べ過ぎでしょ…とか、まるで一緒に音楽をきいて、同じ部屋にいるみたいな気持ちになりました。自分がサイモンの年齢だったころの、見栄や後ろめたさや、心の中に閉じ込めた叫びや、音楽が大好きな気持ちなんかが自然に戻ってきて、リアルに物語を体験しながら楽しみました。

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【推薦者】小池 正恭
【推薦作品】『AM/PM』
【作者】アメリア・グレイ

【訳者】松田青子
【推薦文】
文学でありながら、フォトグラフィーのような感覚。視覚的な文章なのに、頭にこびりつくような強い印象を放っている。翻訳者のセンスによる面が大きい作品だと感じます。

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【推薦者】下楠昌哉
【推薦作品】『ほら、死びとが、死びとが踊る』
【作者】キム・スコット

【訳者】下楠昌哉
【推薦文】
訳者自身の推薦は面映ゆいところもありますが、作者キム・スコット氏の言葉を少しでも遠くに届けられるように、推薦文を書かせていただきます。オーストラリアの先住民は激しい迫害にあいましたが、十九世紀初頭「友好的なフロンティア」と呼ばれた平和な関係が、南西部の部族ヌンガルと白人入植者の間で一時的に結ばれたことがありました。こうした歴史を背景に、物語はヌンガルと白人の間の視点と思考を激しく往還して語られます。時にヌンガルの言葉は白人登場人物にも読者にもわからない言語として提示され、作中の「ノイズ」として強烈な存在感を放ちます。キムはヌンガルの言葉と物語の再興と保存の運動にも参画していますが、英語による執筆活動との間にギャップを感じ、新作ではヌンガルの言葉を作品に挿入しなかったそうです。ですがキムの作品には、これからもヌンガルの言葉が響いてほしいと思います。最後に一つ、ヌンガルの言葉の挨拶を。カヤ。

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【推薦者】霙小折
【推薦作品】『鏡の国のアリス』
【作者】ルイス・キャロル
【訳者】高山宏
【推薦文】
『不思議の国のアリス』に続いて刊行された高山宏の新訳。アリスは高山氏のベストワークスであり、氏の翻訳家としてのルーツでもある。高山氏の圧倒的日本語力が、アリスのことばあそびを見事に表現している。原文と比べる楽しみもあるが、そのまま読んでも高山氏独特の「言い回し」を堪能することもできる。アリスを既に知っているという方でも、高山宏訳のアリスはぜひ手に取ってほしい。また、前作に引き続き挿画の佐々木マキとの相性も素晴らしい。ルイス・キャロル&高山宏&佐々木マキという、アリスを表現するうえでこれ以上にない配役をされた編集者にも敬意を表し、最高の書である本書・高山宏新訳『鏡の国のアリス』を推薦したい。

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【推薦者】オレンジ チャーチ
【推薦作品】『AM/PM』
【作者】アメリア・グレイ
【訳者】松田青子
【推薦文】
書店でまずカバーデザインに惹かれる。松田さんの訳書はどれも洗練されたデザインだと思う。作者は美しい女性。そして訳者の松田さんも美しい。あまり深く考えないでとにかくレジで会計を済ませた。帰りの電車の中で読むと、自分の日常と対比ができて面白かった。とにかくこの素晴らしい作家を日本に紹介してくださった松田さんに感謝。午前と午後が繰り返されて、全部で120の掌篇となる。詳しい内容は伏せる。いろんな読み方ができると思う。時間感覚がなくなっていくのは、とても都会的で、今の日本人にはぴったりと思った。こんな本の演出があるのかと、本の無限の可能性をあらためて思い知る。

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【推薦者】アレ トゥーザ
【推薦作品】『リラとわたし』
【作者】エレナ・フェッランテ
【訳者】飯田亮介
【推薦文】
スイス人の友達に勧められて、読み始めました。原作者の存在も、世界中でこの本がベストセラーになっていたことも全く知りませんでした。私は、イタリアに少し住んでいたことがあり、話の舞台となる、ナポリの町の喧騒や、南の海の美しさなどがありありと浮かんできました。子ども時代を中心としたまだ成長過程にある若い女の子が主人公の話ですが、どこの国でも、同じような悩みを抱えているのだなと思いました。まだ、一巻しか出ていませんが、もっと成長したあとの話が気になります。この本が、もっと日本中で読まれたらいいのに、と思って推薦しました。訳者の飯田亮介さんのことも、初めて知りました。中国語も堪能とのことで、語学才能がとてもある方のようで羨ましいです。

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【推薦者】高山あつひこ
【推薦作品】『ジョージと秘密のメリッサ』
【作者】アレックス・ジーノ
【訳者】島村浩子
【推薦文】
偶然題名に引かれて手に取った時から、誰かと語り合いたい気持ちでいっぱいになった本です。この本には、トランスジェンダーである苦しみと共に、本来の性を生きる時の喜びが描かれています。女の子としての自分を想像するときのジョージの幸せな気分。学校で上演する劇でシャーロットを演じる時の役者としての喜び。そして、女の子の服を着て親友のケリーとお出かけをする喜び。物語の中で、ジョージが喜びをもって生きる姿が感動を呼びます。
また、当事者である作者は、実に巧妙にメッセージを潜ませています。例えば、性転換手術について誰かにきかれた時に、「それは自分と恋人以外の誰にも関係ないことだから答える必要はない」と答えていいと知ることは重要だと思いました。ジョージをゲイと勘違いしている兄のスコットの典型的な男の子の日常も面白いし、ジョージを理解できずにいるママの様子なども描かれ方が静かで魅力的です。ジョージが自分をわかってもらおうとするこの物語を読んで、LGBTについて少し考えが深まった気がします。

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【推薦者】ダーシー
【推薦作品<1>】『ただの黒人であることの重み』
【作者】ニール・ホール
【訳者】大森一輝
【推薦文】
現役黒人詩人、ニール・ホールによる詩集。過去のものとされがちな、今なお続く黒人差別を浮き彫りにする一冊。トランプ政権によって人種差別が広がる中、日本でも「黒いの」「暗黒大陸」発言やバラエティ番組での「黒塗り」が問題となる昨今に必読。こうした本が広まってほしいという思いを込めて推薦。

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【推薦作品<2>】『チビ犬ポンペイ冒険譚』
【作者】フランシス・コヴェントリー
【訳者】山本雅男 他
【推薦文】
夏目漱石が『吾輩は猫である』の元ネタにしたのではないかと、丸谷才一氏が推察している本の、本邦初訳。犬が飼い主を渡り歩く姿を三人称で描写しており、犬の背景には18世紀当時のイギリスの風俗も見える。イギリスの文化史や、漱石研究の資料価値も高い一冊。

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【推薦者】高橋 あきら
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚』
【作者】V. カリキンスキイ

【訳者】藤田葵
【推薦文】
登場する幕末時代の日本人の言葉遣いや、ロシア人向けの脚注まで細かく訳されており、ロシア人から見た日露情勢、北海道、サハリン像を想像することができる。作者、そしてロシア語で書かれた日露の歴史小説を発掘した翻訳者の目のつけどころが素晴らしいと思う。より多くの歴史好きの日本人、ロシア好きの日本人に翻訳の存在が周知されるよう、本作を推薦したい。

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【推薦者】oldman
【推薦作品<1>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー

【訳者】古屋美登里
【推薦文】
「堆塵館」から始まった三部作の完結編。ちょっと癖の有りそうなケアリーの原文。それを見事に翻訳しその独特の世界に読者を誘った古屋氏の力。読み終えたくない、これでお終いなのだからと思いながら、一気に大団円へと引っ張りこまれました。シリーズを通すと全三巻ページ数千三百を超える物語ですが、とても楽しかった。近年読んだ本の中でベスト1を挙げろと言われたら、躊躇なくお薦めできる話です。初めは嫌悪感が強かった作者ケアリー自身の手になるカバーや挿し絵も今は限りなく愛しい。クロッドとルーシーの未来に幸多きことを祈ります。

書影

【推薦作品<2>】『嘘の木』
【作者】フランシス・ハーディング

【訳者】児玉敦子
【推薦文】
ダーウィンの「種の起源」が発表されて9年。醜聞から逃れる為島へと移住したサンダリー一家。父の宝物は、嘘を養分とし実をつけるという「嘘の木」フェイスは突如亡くなった父から木を引き継ぎ、父の死の真相を探ろうとする。その為彼女が流した嘘は、次第に島を混乱と恐怖に巻き込んでいく。この物語は決して子供向けファンタジーではない。大人が十分に楽しめる一冊だ。イギリスはまた偉大なる児童文学作家・ファンタジー作家を産み出した。そしてそれを紹介して下さった訳者にも感謝したい。

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【推薦者】甲斐のなまよみ
【推薦作品】『あるノルウェーの大工の日記』
【作者】オーレ・トシュテンセン

【訳者】牧尾晴喜
【推薦文】
朝日新聞の書評欄で「係った職人の名を列挙するくだりは映画のエンドロールのよう」
に惹かれ読んでみた。腕がいいだけでは勤まらない諸々の折衝事も淡々とこなし、
ほほえましい施主一家の小さな息子たちも登場、こんな職人さんに頼んでみたい!
というものがたり。

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【推薦者の名前】千葉 聡
【推薦作品<1>】『サイモンvs人類平等化計画』
【作者】ベッキー・アルバータリ
【訳者】三辺律子
【推薦文】
サイモンはなかなか面白いところのある、ごく普通の少年。高校にいけば一緒に騒げる幼なじみもいるし、転校してきた美少女とも仲良しだ。ただ、自分がゲイであることを、まだカミングアウトできずにいる。ある日、ネットで知り合ったゲイのブルーに送ったメールを、同級生に見られてしまう。そして、その同級生にあることを強要されてしまう。LGBTが思春期にかかえる悩みにきちんと向き合うことができる青春小説。サイモン自身が本音全開の魅力ある人物として描かれており、ゲイであることに過剰な劣等感や疎外感を抱いていないところがいい。彼の周囲の若者たちも、それぞれに変わっていて、かなり悪いことも言うが、完全な悪役などいない。この本に出てくる全員と友達になりたくなる。三辺の訳文は軽やかで、会話文もいきいきしており、どこか品がある。「人類平等化計画」の意味が明かされるところで、頭をガツンとやられた。

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【推薦作品<2>】『満ち潮の時間』
【作者】ト・ジョンファン
【訳者】ユン・ヨンシュク 田島安江
【推薦文】
韓国の国民的な詩人の代表的な詩をセレクションした一冊。これらの詩の多くが、誰かへの呼びかけである(または、そういう雰囲気をたたえている)ことに打たれる。誰もが単純に幸せになりたいと望んでいるが、単純な幸せなどどこにもなく、それぞれの屈託を抱えた幸せポーズがあふれている。ト・ジョンファンの詩は、そのポーズを少し崩して、本音を語ろうよ、とささやきかけてくれる。訳者の一人である田島安江は、『金ピカの鍋で雲を煮る』『遠いサバンナ』などの詩集で知られる詩人であり、劉暁波『牢屋の鼠』の翻訳でも大いに注目された。

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【推薦者】ちゅらり
【推薦作品<1>】『シンパサイザー』
【作者】ヴィエト・タン・ウェン
【訳者】上岡伸雄
【推薦文】
上岡伸雄氏は『ビリー・リンと永遠の一日』も素晴らしく、どちらを推薦するか悩んだが「翻訳」の観点から、本書を選んだ。張り詰めた緊張感が常に伝わる美しい文章。英語ならではの、言葉の意味の重複の訳出も苦労があったことと思うが、上手にカバーしてわざとらしさを感じさせなかった。ヴェトナム人が描くヴェトナム戦争の物語は、いつの間にかアメリカの視点が自分にもすりこまれていたことを気づかせてくれた。「アメリカ文学と戦争」を長年追いかけてきた上岡氏の業績をたたえる意味においても推薦したい。

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【推薦作品<2>】『フロスト始末』
【作者】R.D.ウィングフィールド
【訳者】芹澤恵
【推薦文】
説明ももはやいらないほど有名な名訳。フロストが日本でここまで愛されたのは芹澤氏の翻訳があってこそ。とうとうフロスト・シリーズも最終作まで訳出された。よく言われることであるが、泣かせたり怒らせたりするよりも、笑わせるほうが難しい。お疲れさま、ありがとう、芹澤氏に感謝の意味をこめて推薦。

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【推薦者】オカザキ ユミカ
【推薦作品】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー

【訳者】古屋美登里
【推薦文】
待ってました、ついにシリーズ最終巻!壊れゆく街と人にハラハラ、主人公クロッドとルーシーの行方にドキドキ。より迫力が増した今作も息切れしそうなくらい面白く、ケアリーの描く世界観に魅了されっぱなしです。原作タイトル「Lungdon」を「肺都」に訳されているところに、古屋さんの技量の深さを感じました。

書影

【推薦者の名前】小倉裕介
【推薦作品<1>】『ほら、死びとが、死びとが踊る』
【作者】キム・スコット
【訳者】下楠昌哉
【推薦文】
オーストラリア先住民にルーツをもつ作家による意欲作の翻訳です。19世紀初頭の植民者と先住民の邂逅、交流、衝突の過程を、先住民の言語も用い、先住民の価値観、世界観から物語る長編小説。文学的な試みに満ちた作品を、原作のリズムを大切にしながら日本語に訳しています。西オーストラリアの過酷で美しい自然の描写、スリリングな捕鯨のシーンなど見どころは盛りだくさん。ふたつの異質な世界の出会いが生んだ魅惑的な主人公、ボビーが物語の最後に発するメッセージは、現代を生きる私たちの胸に痛切に突きささります。

書影

【推薦作品<2>】『仮面のダンス』
【作者】ティヴァダル・ソロス
【訳者】三田地昭典
【推薦文】
投資家、慈善活動家として著名なジョージ・ソロス氏の父、ティヴァダル・ソロスの自伝です。扱っている時期は、ハンガリーの首都ブダペシュトがナチスドイツに占領された約1年間。己の才覚以外は何も頼れない状況で、激しいユダヤ人虐殺の嵐をいかに家族が生き延びたかが語られます。どんなに絶望的な状況でも冷静さを失わず、ときにユーモアさえ交えて語られる命がけの駆け引き。この濃密な体験は、息子ジョージの人生哲学にも大きな影響を与えました。元はエスペラントで書かれ1965年に刊行された原書が、2000年代に英語で復刊されたものの翻訳。戦争文学の隠れた古典として注目を浴びている著作です。ハンガリーにおけるユダヤ人社会やホロコーストの実態についての詳細な注も訳出されています。

書影

【推薦者】西村健
【推薦作品】『図書館にいたユニコーン』
【作者】マイケルモーパーゴ
【訳者】おびかゆうこ
【推薦文】
シンプルでコンパクトながら物語の力強さと奥行きに魅了されました。あちらこちらの図書館や書店で、今を生きる少年少女達が一人でも多くこの本と出会えるようにと願います。

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【推薦者】佐藤ユンコ
【推薦作品】『穢れの町 (アイアマンガー三部作2)』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
大いなる三部作の物語の第二部が、『穢れの町』だ。全巻通して、考えつかないような世界観に圧倒された物語だったが、完結編ではない第二部を推すのは、この巻が持つ存在の大きさと深さを愛しく思うからだ。第一部の衝撃的な最後からの激しい鼓動を受けて始まった第二部の物語は、最終巻へ向けて重要な人物を増やしながら、成長させながら加速していく。そして終幕への興奮をいっぱいに抱かせてから、幕を閉じてみせた。そう、この巻から発せられるのは、一幕一幕がまるで劇のように進んでいく疾風のような息遣いそのものだ。翻訳物だと感じさせない、生きた言葉の躍動感が伝わってくる。人が増え、言葉が重なり、歌が聴こえる。読書の快感を生むのは、やはり文字の力なのだという当たり前のことを強く感じさせてくれる物語が、ここにある。

書影

【推薦者】かすり
【推薦作品<1>】『東北おんば訳 石川啄木のうた』
【編・著者】新井高子
【推薦文】
石川啄木の短歌を、大船渡の年配の女性であるおんば達が、土地の話し言葉であるケセン語に訳したものをまとめた本です。東日本大震災後、仮設住宅の集会室などで集まり、わいわいと話し合いながら訳したそうです。標準語に接して生きてきた自分にとって、おんば達の言葉は、遠くにあって馴染みがない言葉のはずです。けれども、おんば達の言葉は人懐っこく啄木の短歌に寄り添い、標準語の陰に埋もれた心情を繊細に伝えてくれています。おんば達の言葉を取りまとめられた編著の新井さんは、こう書かれています。<この訳は、秘められた啄木像の「発掘」と言ってもいいかもしれません>。その通りだと思います。あざやかな翻訳で、どんな解説書よりも雄弁に啄木の本質的な魅力を教えてくれたおんば達に感謝の意をこめて、この作品を推薦します。

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【推薦作品<2>】『正義の声は消えない-反ナチス・白バラ抵抗運動の学生たち-』
【作者】ラッセル・フリードマン
【訳者】渋谷弘子
【推薦文】
副題にある通り、反ナチス運動「白いバラ」についてのノンフィクションです。この本は分類としては児童書になります。ルビも多く、豊富な図版にも丁寧な説明がついています。人名や用語はやや煩雑ではあるものの、非常に読みやすい文章で白バラ抵抗運動とは何かが理解できます。テーマも結末も重く、児童が積極的に手を伸ばして読む内容ではないかもしれません。けれど、この本が子ども達のためにある意義はとても大きいと思います。ショル兄弟の声を、日本語で読める児童書として伝えてくれてありがとうございますの気持ちをこめて、この作品を推薦します。

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【推薦者】エキナセア
【推薦作品】『言葉に命を〜ダーリの辞典ができるまで』
【作者】ポルドミンスキイ
【訳者】尾家順子(おおやじゅんこ)
【推薦文】
20万語の辞書をひとりで完成させたウラジーミル・ダーリ。 彼は、民衆の間で使われている生きた言葉を一生涯をかけて拾い集め続けた。ただの訳語としてではなく、言葉そのものの深さや広がりを伝えることを重視し、独自の配列の辞書を作りあげた。第4章のプーシキンの最期を看取るシーンが印象的。ロシア文学が好きな方やロシア語を学んでいる方には特におすすめの一冊です。

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【推薦者】sachizo
【推薦作品<1>】『ちいさな国で』
【作者】ガエル・ファイユ
【訳者】加藤かおり
【推薦文】
フランスに暮らす青年が、出身地ブルンジでの子供時代を回想する形式で書かれた物語。10歳の誕生日パーティー、中学校のプール、血の兄弟。輝かしい瞬間があるからこそ、その世界が破壊されて失われることのどうしようもない恐怖が際立ち、息が詰まる。辛くて抉られるけれど、傷みを伴って響く物語。

書影

【推薦作品<2>】『死体展覧会』
【作者】ハサン・ブラーシム
【訳者】藤井光
【推薦文】
イラク出身作家の短編集。当然のようにそこにある暴力と死に圧倒されて、人として必要な何かが麻痺していくような感覚になる中、幻想的な要素に救われて少し呼吸がしやすくなる。事情により重訳とのことだが、手元に届いて読むことができることが有り難い。恐ろしいけど凄い本だった。

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【推薦者】moe
【推薦作品】ミュージカルコメディ 『パジャマゲーム』
【作者】ジョージ・アボット/リチャード・ビッセル
【訳者】高橋知伽江
【推薦文】
半世紀以上前の作品で組合闘争も盛り込んだ、今の時代の感覚からかけ離れている内容なのに、実に自然に作品の世界に入り込み心から楽しめる翻訳になっていることに大感動。殆どが歌なので、どのシーンのどの楽曲にもこの言葉しか他には考えられないだろうと思わせるほど名曲を存分に生かしていることにも大感激。何方の訳?と翻訳者を調べたくなったのは初めてのことでした。


【推薦者】まゆこ
【推薦作品】『パジャマゲーム』
【作者】ジョージ・アボット/リチャード・ビッセル
【訳者】高橋知伽江
【推薦文】
東京での上演期間は目いっぱい通いました。歌とダンスが素晴らしい楽しい作品ですが、歌詞とメロディが違和感なく、きちんと韻を踏みながら文章の面白さも成立させて、しかも自然です。海外ミュージカルは歌詞や台詞が古臭いとか、耳にしたときにしっくりこない場面が結構あるのですが、パジャマゲームではセリフや歌詞でそのような場面は全くなく、翻訳された方のお陰で楽しめました。DVDの発売もされていないので再演を強く望む作品です。


【推薦者】匿名希望
【推薦作品】『すごい物理学講義』
【作者】カルロ・ロヴェッリ
【訳者】栗原俊秀
【推薦文】
ノンフィクションしかも科学書ですが、冒険小説よりワクワクできて、ミステリーのような謎解き感もあり、深い洞察とカタルシスが得られる良書です。タイトルと装丁がひどすぎて潜在読者を逃しているので、賞をきっかけにより多くの人に知ってもらえるとうれしいです。

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【推薦者】ちく わぶ
【推薦作品】『ブルー・マーズ』
【作者】キム・スタンリー・ロビンスン
【訳者】大島豊
【推薦文】
創元SF文庫。「レッド・マーズ」「グリーン・マーズ」に続く三部作が、16年を経てついに完結。新天地の火星に移住し、太陽系規模のエネルギー網からバイオ・テクノロジーまで、あらゆる技術を駆使して火星を改造し、また自らも大きく変貌してゆく人類の姿を、壮大な構想を緻密に検証しつつ描く、20世紀SFの総決算に相応しい巨大長編。起伏に富む地形が育むバラエティに富む風景、地球の約1/3の重力が生む荒々しい気候を背景に、飽くなき開拓を目指すグリーン・火星ならではの環境の保護を求めるレッズ・そして火星生まれを中心とするフリーマーズなどの党派争いや、発達した工学技術が可能とする生活スタイル、火星人ならではのエクストリーム・スポーツなどSFならではの仕掛けを交え、逞しく生き抜く生命を描く叙事詩。

書影

【推薦者】かよコフ
【推薦作品】『私の名前はルーシー・バートン』
【作者】エリザベス・ストラウト

【訳者】小川高義
【推薦文】
初めて読んだとき、国は違えどこれは自分の話だと思った。「田舎から東京に出てきた」感覚で、この小説を「自分サイズ」に変換して受け止めたのだと思う。主人公の「私」ルーシー・バートンによって執筆されたという作りで、時系列はばらばらの小説だ。「いまとなっては昔なのだが」と、ルーシーの人生の出来事がぽつりぽつり語られていく。小説の終わりに進むにしたがい、語りはどんどん断片的で短くなるが、断片はもう断片ではない。ルーシーという一人の人間のなかで有機的に繋がっている。ある人がルーシーに言う言葉「情を捨てないとね」は、その好例だ。「書く」とは「人生」と呼べるものを作っていく行為なのかと思った。これはフィクションですと説明するのが憚られるくらい、タイトルが少しずつ説得力を発揮していく。『私の名前はルーシー・バートン』

書影

【推薦者】らっぱ亭
【推薦作品<1>】『肺都』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
アイアマンガー三部作は驚天動地の凄まじい傑作なのだが、特にこの『肺都』ラストにかけてのめくるめく疾走感といったら! これはちょっと類を見ない至福の読書体験だったなあ。この読み進むのがなんとも快感な独特のリズミカルな文章は翻訳の力も大きいのだろう。

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【推薦作品<2>】『隣接界』
【作者】クリストファー・プリースト
【訳者】古沢嘉通・幹遙子
【推薦文】
テロリストの不可解な新兵器により荒廃していく近未来から、第一次・第二次大戦、そして夢幻諸島まで、異なる時空と世界が少しずつ重なりあい、互いに浸食していく。プリーストの集大成とも言える本作は、大部ながら巻を措く能わざる傑作だ。そして幻惑された読者を迷うことなく至高のラストまで導いてくれるのは、確かな翻訳の業なのだ。

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【推薦者】戸田光司
【推薦作品】『ふたつの人生』
【作者】ウィリアム・トレヴァー
【訳者】栩木伸明
【推薦文】
ふたつの作品が収録されていて、主人公はどちらも女性で、また信用できない語り手でもあります。「ツルゲーネフを読む声」では、主人公メアリー・ルイーズが恋人の幻影を追い求めますが、意地悪な義姉や、貧乏な実家と裕福な嫁ぎ先などといった周囲の関係が丁寧に積み上げられるので、彼女の不気味さになかなか気が付きません。「ウンブリアはわたしの家」でも同様、主人公「わたし」の現実認識には妄想が入り混じっていることに気が付くと、最後には恐怖すら感じます。とにかく、一読者としては、メアリー・ルイーズの「夫」に幸せになってほしいと願うばかりです。

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【推薦者】マクヲ
【推薦作品<1>】『世界文学大図鑑』
【作者】ジェイムズ・キャントン
【訳者】越前敏弥
【推薦文】
ホメロスの『イリアス』や『マハーバーラタ』から、マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』やチママンダ・ンゴズィ・アディーチェまで網羅している図鑑は、ほかにないのではないでしょうか? 欧米作品のみならず、日本からも『源氏物語』から村上春樹まで紹介されており、中東やアフリカの作品も取りあげられていて、まさに「世界文学」を味わえます。「誰もあなたの代わりに本を読んでくれるわけではないのだから、世界文学の沃野を切り拓くヒーロー、ヒロインは結局のところあなた自身」という、監修の沼野充義さんの言葉がすべてを物語っています。

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【推薦作品<2>】『鏡の国のアリス』
【作者】ルイス・キャロル
【訳者】高山宏
【推薦文】その『世界文学大図鑑』で、「きみょーよ、とってもきみょーよ!」と紹介されているルイス・キャロルですが、高山宏&佐々木マキのコンビによる、とってもキュートなアリスが『不思議の国のアリス』に続いて、『鏡の国のアリス』も刊行されたので、推薦したいと思います。”アリス”は名訳揃いなので、じっくり読み比べして楽しみたいと思います。

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【推薦者】おこめくれよん
【推薦作品<1>】『アオイガーデン』
【作者】ピョン・ヘヨン
【訳者】きむ ふな
【推薦文】
話もそうなのだが語りそのものが不気味だ。他人の内臓を無理やり触らされているような逃げ出したさがある。感情といったものは読者の方から持ち込んで来いといわんばかりの淡々と進む文章はそのままこの世界へのあきらめを表しているみたいだ。つらいつらいと思いながらも脳裏に浮かんでくるすさまじい光景はちょっと恍惚で、読書っておもいろいなと改めて思った。

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【推薦作品<2>】『嘘の木』
【作者】フランシス・ハーディング
【訳者】児玉敦子
【推薦文】
ヒーローだと思っていた人が実はそうじゃなかったり、信じていなかった人が頼もしい味方だったりする。こういったことはたくさん起きているはずなのに私たちは自分たちの生活をその物語バージョンとすり替えてしまってあまり気づかない。この本はそんな、そこにずっとあったのに見えていなかったものを見せてくれる。ここにずっとあるのに私たちが見ないふりをしているものを壊してくれる。

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【推薦者】奥村ペレ
【推薦作品<1>】『人形』
【作者】ボレスワフ・プルス
【訳者】関口時正
【推薦文】
ポーランドの現代詩人ブロニスワフ・マイは「これほど美しいポーランド語の小説はない」といった。その『Lalka』は21世紀の日本で美しい邦訳『人形』として開花した。関口時正の渾身の力をこめた翻訳である。私たちはこの物語を読むことで「散文生成の〈昨日性〉」(蓮實重彦)に向かい会うことができ、本作自体がもつ〈乱雑さ〉によって味わい深い通時的〈立体感〉を知覚できる。この「蒸気と電気の時代の恋愛」は、場面を「AIと量子コンピュータの時代」に置換しても何ら違和感はない。そう、本来的に違和感はないはず。恋愛に関する限り、その本質は時代を超越しているからだ。もし、この小説に違和を感じるならば〈現代〉にこそ時代の違和があるのだ。かつてナボコフは「フローベールの『ボヴァリー夫人』は世界文学の中でも最高に天才的な小説だー内容と形式が完璧に調和しているという意味で」と書いた。このプルスの『人形』も内容と形式が完璧に調和している。
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【推薦作品<2>】『ボーリンゲン』
【作者】ウィリアム・マガイアー
【訳者】高山宏
【推薦文】
本書は「ひとつの文化自体を主人公にした集合的伝記」(訳者 高山 宏)である。20世紀前半、「エラノス会議」には賢者が次々と登場した。まるでひとつの知的光源に蝟集する蝶のように。エラノス会議という学者集団。ここで中心的役割を果たしたのがC.G.ユングだった。この学者集団を米国人メアリー・メロンの「ボーリンゲン基金」が財政的に支援した。20世紀前半の〈学知〉とはいったいどんな世界だったのか? どのようにして知識形成史は創られていったのか? ウィリアム・マガイアーはその知識形成の流れを「淡々と人物交流のデータとして時系列にそって」(訳者)書きつづった。つまり、人と人との「出会いのアルケミア」(同)を編集した。いっぽう訳者は背後の広汎な読者を意識しながら、懇々と原書の熱エネルギーを邦文に置換していった。その結果、きわめて粘度の高い翻訳が誕生した。訳者は翻訳という行為を情報と知識に基づく〈アート〉へと昇華させた。
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【推薦者】松原吉宏
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚』
【作者】ヴャチェスラフ・カリキンスキイ
【訳者】藤田葵
【推薦文】
「私たちは歴史の教科書から何を学んできただろう」どうしても暗記ばかりで今を作ってくれた先人たちの物語を知らずに普段過ごしていると感じます。中でも「近くて遠い国」と表現されるロシアと日本の交流について私たちは知らないことが多いのではないかと思います。日露の近代史の幕開けとも言える領土交渉で奮闘した榎本武揚をロシア人作家が描くという新感覚の作品。駆け引き、揚げ足取りなど現代でも存在する渦の中での奮闘の歴史だけでなく、ロシア人将校の友情も描いた心温まる作品です。
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【推薦者】timeturner
【推薦作品<1>】『嘘の木』
【作者】フランシス・ハーディング
【訳者】児玉敦子
【推薦文】
嘘を養分に育ち、その実を食べた者に真実を見せる不思議な木がテーマのダーク・ファンタジー。むっとするような息苦しさと、なんとも言えない暗い魅力に満ちた読み心地。からみつく蛇や植物の蔓、自由な動きを妨げる長いドレスやコルセットといった小道具を巧みに使うことで、主人公フェイスが感じている閉塞感が読者にも伝わってくる。表面的には父の名誉のために娘が真相を探るミステリーだが、女性にとっては牢獄のようでもあったヴィクトリア朝社会と果敢に闘う物語でもあること、その闘い方も一様ではないことがわたし的には◎。

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【推薦作品<2>】『私の名前はルーシー・バートン』
【作者】エリザベス・ストラウト
【訳者】小川高義
【推薦文】
読み終えたときに「なんだかすごいものを読んでしまった」と感じた。ただし、どうしてそんなに面白く感じるのか説明できない。ひとりの女性の自分語りにすぎず、貧しく悲惨な子供時代ではあるけれど小説になるほどドラマチックでもない。それなのにどんどん引きこまれてしまう。自分とはかけ離れた生い立ちで、共感できるとは思えないのに、なぜか「うん、わかる、わかる」と思ってしまう。自分に覚えがあることもないことも、すべて興味深く思えるし、自分が経験したことのように感じる。そんなふうに書けるって凄くない?

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【推薦者】リラモモ
【推薦作品<1>】『神秘大通り』
【作者】ジョン・アーヴィング
【訳者】小竹由美子
【推薦文】
ジョン・アーヴィングは現代アメリカ文学を代表する作家で、「ガープの世界」、「また会う日まで」、「あの川のほとりで」、「ひとりの体で」などの傑作があると予てより知っておりましたが、この作品はそれらの集大成といっても過言でありません。長い人生の生き様にそれぞれの思いで感銘を受けるのは請け合いです。個人的には最初の舞台が私の日墨交換留学で滞在したメキシコの南部のオアハカで、夏休みに訪れたことがあり、読みながらその時の思い出を彷彿させ、楽しみました。

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【推薦作品<2>】『リラとわたし』
【作者】エレナ・フェッランテ
【訳者】飯田亮介
【推薦文】
私が以前飼っていた猫の名前と同じリラに魅かれて、何気なく手に取った本です。これがアメリカとイタリアでそれぞれ100万部の大ヒット小説と後でしり、むべなるかなと納得しました。私がミラノ駐在時代に友人と歩き回ったごじゃごじゃしたナポリを舞台に展開される二人の少女の心象描写は異性でも引き込まれました。4部作なのでこれから続巻が逐次発売されると思いますが、彼女たちの成長と行く末は興味深々とさせるナポリの物語1でした。

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【推薦者】田仲真記子
【推薦作品<1>】『硬きこと水のごとし』
【作者】閻連科
【訳者】谷川毅
【推薦文】
『硬きこと水のごとし』は、文化大革命に猛進しつつ、不倫関係を続ける男女の愛欲の物語だ。愛人と自由に逢瀬を重ねるために550メートルのトンネルを掘る、というほら話のような展開。一見まじめな構えだが読めば読むほどコミカルなストーリー、濃厚で過剰な性描写、結末に向けて読者の心を揺さぶる筆致までを生き生きと楽しむことができたのは、作品が持つエネルギー、テンポ、ユーモアをしっかりと日本語に移し替えた訳者の力量によるところが大きい。さらに本作には、数多くの毛沢東詩詞や革命模範劇、漢詩が引用、言及されている。これらを翻訳し本文に織り込んでいくことは、非常に大変な仕事だったのではないかと思う。また、閻連科の故郷がモデルと思われる村の人々の語る言葉には、『愉楽』でおなじみの広島弁風方言が使われている。『愉楽』の愛読者としては、懐かしい言葉に触れたような気持ちになって、さらに楽しめた。
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【推薦者】トリノエカ
【推薦作品】『駐露全権公使 榎本武揚』
【作者】ヴャチェスラフ・カリキンスキイ
【訳者】藤田葵
【推薦文】
タイトルヒーローは、明治初期にロシアとの樺太・千島交換条約締結身を成功させた外交官である。ロシア人作家が実在の日本人政治家を描く小説は珍しい。これは面白そうだと単純な関心から読み始めた。純然たる歴史小説ではない。作家の手によって若いロシア人将校が創り出され、主人公と絡む。榎本を失脚させようと刺客が暗躍し、ハラハラドキドキしながら読み進んだ。男の友情、犠牲を強いられた恋、狡猾な策略が筋を作り上げていて興味深い。歴史上は比較的地味なこの主人公に光を当て、ドラマティックに創作した著者の調査力、そしてそれを見事な日本語に翻訳した訳者の根気とバイタリティーに敬意を表する。本書は明治150年の今年、明治黎明期を見直してみる契機となるだろう。西郷どんにもちょっと別の面があったかもしれない。鹿児島弁の訳文はなかなか臨場感がある。文句なく面白い訳書だ。
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【推薦者】赤松美和子
【推薦作品<1>】『グラウンド・ゼロ 台湾第四原発事故』
【作者】伊格言
【訳者】倉本知明
【推薦文】
アジア初の同性婚OKに先駆け、台湾は、去年1月、アジア初の脱原発を宣言した。そこに至るには長年の社会運動と政治の駆け引きがあったのだが、運動が再び盛り上がったのは、他でもない福島第一原発事故がきっかけである。311以降台湾では大規模な反原発集会が何度も開催された。小説という形で反原発問題に介入し牽引したのが本書だ。最も読むべき日本の読者に届けられたことを喜びたい。多くの方が読んでくださいますように。
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【推薦作品<2>】『星空 The Starry Starry Night』
【作者】ジミー・リャオ
【訳者】 天野健太郎
【推薦文】
どのページも瑞々しく美しく、泣いてもいいよと悲しみの涙が自分の中に流れたり、生命力の源の水が自分の中に溢れてきたり、枯れた自分自身が、ページをめくるごとに次第に満ち満ちていく。そんなジミー・リャオの絵の世界を、イメージのみならず、自分の中に積み重ねられる言葉として残してくれるのが、添えられた文だ。ジミー・リャオの世界をすばらしい訳で堪能できて嬉しい!

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【推薦者】ゆき子
【推薦作品】『私の名前はルーシー・バートン』
【作者】エリザベス・ストラウト
【訳者】小川高義
【推薦文】
疎遠であった家族との再会の記憶から始まる物語。あくまでも静かに、しかし熱量を持ったまま淡々と語られるとりとめのない記憶の断片を読んでいるうちに、むしろそこで語られないたくさんの人生をも想像し、胸が熱くなった。全ての人には人生があるのだという当たり前だけれども途方もない事実に改めて深く思いを馳せる。装丁もすごく好きです。

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【推薦者】鴨志田新悟
【推薦作品】『10:04』
【作者】ベン・ラーナー
【訳者】木原善彦
【推薦文】
私小説的な挿話の積み重ねで展開される物語の構造が心地よく、またユーモアのある一人称の語り口、そして実験的な構造や仕掛けが特徴の本作は、実験的なポストモダン文学の流れを汲んで、ようやく現われた「今」の文学だと思いました。詩のような曖昧な表現の多い作品だと思いますが、読みづらさを感じさせない素晴らしい翻訳のため、そう感じたのだと思います。
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【推薦者】久保せいこ
【推薦作品】『私の名前はルーシー・バートン』
【作者】エリザベス・ストラウト
【訳者】小川高義
【推薦文】
女性作家の女性主人公の作品で、完全に物語に埋没できたので、てっきり女性の翻訳家と思ってました。入院した個室をほんのり照らすニューヨークの夜景。足元の先に置かれた椅子に母がいることに気づく。巧みな言語の橋渡しによって、作家と、このイメージを共有できた喜び。次回作も小川さんに訳してもらいたいです。

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【推薦者】黄木漆
【推薦作品】ミュージカル 『パジャマゲーム』
【作者】ジョージ・アボット/リチャード・ビッセル
【訳者】高橋知伽江
【推薦文】
多くのスタッフ、関係者の尽力のおかげで、その気になれば、毎月違う作品が見られるほどのミュージカルブーム。翻訳物ミュージカルは人気があるけど、作品によっては楽曲と歌詞の音が合ってなくて聞き取りづらかったり、訳詞の意味が分からなくて気になったりすることも。パジャマゲーム程、ノンストレスな翻訳はちょっとない。特に不自然な言葉を使わず、韻まで再現した歌詞はキャストの歌唱の素晴らしさとの相乗効果で自然と耳に残り、リピートしたくなること間違いなし。リプライズでの歌詞の変化も違和感なく、間違いなく自然な翻訳は作品の魅力に繋がっていたと思う。1人でも多くの人に聞いてもらえるよう、再演希望です。