第十回 推薦作品リストその1

ここでは皆さまから推薦をうけた作品と推薦文を紹介していきます。

※推薦文のすべてが掲載されるわけではありません。予めご了承ください。

(1月30日までの到着分を掲載)(1月31日7時最新更新)

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【推薦者】大王グループ
【推薦作品】ようこそ、ヒュナム洞書店へ
【作者】ファン・ボルム
【訳者】牧野美加
【出版社】集英社
【推薦文】
まるでこの書店がソウルに実在するようで、登場人物たちと会話できそうになるくらい物語に引き込まれました。自分でも神保町の貸棚共同書店で棚主をやっているので、その体験ともシンクロして楽しむことができました。ハングルを勉強して原書を読みたくなりました。牧野美加さんの訳がとてもよかったのでその必要はないのですが。

【推薦者】彼らは読みつづけた
【推薦作品】古本屋は奇談蒐集家
【作者】ユン・ソングン
【訳者】清水博之
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
絶版本を探す手数料として、その本を探す理由や事情=物語をもらうという、韓国の古本屋店主さんの著書。ノンフィクションとのことですが、それこそ物語のように綴られる文章を読んでいるうち、すっかり引き込まれていました。舞台がお隣の国であることに加え、登場する絶版本の多くが日本を含む東西の書物であるためでしょうか、翻訳であるということをあまり意識することなく読み終えていたように思います。そんな読書体験も訳して届けてくださったおかげ。感謝しつつ、推薦いたします。

                                                                       【推薦者】石崎英子
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
障害者の方や自閉症のご家族がいる方が心から推薦されているのを見て、これは絶対読まなければいけないと思いました。読んでみて、みなさんが言う通り、ものすごくいい本でした。ジョリーに対する母ケリーの愛にまず感動しましたし、ジョリーがどんな扱いを受けてもいつも笑顔を絶やさずにいようとしていることに胸が熱くなりました。脳神経の専門用語からジョリーが見ていたドラマや風景まで何から何まで詳細に解説した注も大変ありがたいです。でも、本書の最大の魅力は、障害者にもいろいろな人がいるし、どんな人にも存在する価値があると私たちに教えてくれていることだと思います。だからこそ、やまゆり事件の被害者とご家族に向けたジョリーの言葉がすごく響いてくる。翻訳大賞に推薦します。そして翻訳大賞のサイトを見なければこの本のこともジョリーのことも知らなかったわけで、翻訳大賞にも感謝します。

                                                                       【推薦者】とろろ昆布
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
本の内容がいいと思ったのはもちろんですが、SNS で訳者の人や読者がこの本のことをずーっと暑苦しく呟いていた現象もひっくるめて推薦します。
その人たちは物語と現実が軽く混淆しちゃってるというか、物語が精神に浸潤してきてるというか……
本を書いたり訳したりする人、大人になっても本が好きな人たちってみんなそうなんだろうなって、子どもの頃は思ってました。作者ってその本の主人公みたいな人なんだろうなとか、本って誰かの頭のなかや魂のかけらなんだろうなとも。
そういう懐かしくて幸せな夢や幻想を、この本を読みSNSの騒ぎを見ることで思い出せたのがとても嬉しかったです。
それがジョン・ファンテの魔法だとしたら、それを魔法ごと日本語に翻訳してくれた訳者の仕事はすばらしい。
本の最後におまけで、ブコウスキーがこの小説を紹介した文章が収録されていたけど、ブコウスキーもたぶんファンテの魔法にかかっちゃって、すごく暑苦しく絶賛していて、親しみを感じました。

                                                                         【推薦者】Vega
【推薦作品】スマック
【作者】アナス・アタッシ
【訳者】佐藤澄子
【出版社】2ndLap合同会社
【推薦文】
「どうしてもプレゼントしたくって」と手渡された本を見てドキっとした。今、私が一番興味を持っている香辛料「スマック」が本のタイトルだ。スマックは、赤いウルシ科のスパイスで、塩を混ぜると日本のゆかりによく似ている。
興味深くページをめくると、そこで私は「ナファス」という言葉に出合うことになる。そう、今まで幾度となく、なんと表現して良いのか分からずにいた感覚、その単語がシリアにはあったのだ。「ナファス=呼吸」とも表現されていたが、決してそれだけではない魅力的な言葉。あえて訳者が訳しきらずに「ナファス」と表してくれて嬉しかった。読み進めれば進めるほど、シリアからのレシピと家族の物語は、日本にいる私の心とシンクロし、世界が根底で繋がっていると感じずにはいられない。この本が私の手元に届いたのも、きっと偶然でも奇跡でもなく、自然の営みなのかもしれない。今、私はこの本との出合いを楽しんでいる。

                                                                         【推薦者】網野等子
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
この本が出ていたことを知りませんでした。翻訳大賞の推薦リストで熱心にすすめられているので見て読んでみました。障害のない私たちが普通だと思っていたことが障害者にはとっては普通ではないし、私たちが簡単にできると思うことが障害者にはそうではない。そんなことをあらゆる角度から教えてくれます。自閉症をどうやって克服したかが書かれているのではなく、障害者も含めて世の中にはいろんな人がいるし、それぞれの個性を認めて、一緒に生きていくことが提案されています。翻訳書なのに、まるでジョリーが日本語で日本人の読者に話しかけてくれているようです。大事なことを美しい日本語で教えてくれる1冊、翻訳大賞に推薦します。

【推薦者】ないとうふみこ
推薦作品】アリとダンテ、宇宙の秘密を発見する
【作者】ベンジャミン・アリーレ・サエンス
【訳者】川副智子
【出版社】小学館
【推薦文】
自分が周囲の世界の中で浮いていることを痛感して、いら立ちながらもどうにもできなかったアリが、ある夏の日にダンテと出会う。人と人が出会って、互いにとって心地よい、なくてはならない存在になっていくのはどういうことなのかが、何気ないエピソードと、研ぎ澄まされた表現の積み重ねで描かれていて、すべてがいとおしかった。

【推薦者】山岸真
【推薦作品】文明交錯
【作者】ローラン・ビネ
【訳者】橘明美
【出版社】東京創元社
【推薦文】
渡欧したインカ軍による十六世紀ヨーロッパ征服の物語だが、その征服とは政治・宗教・社会的抑圧や因習から人々を解放することで、そういう意味での歴史逆転というのが知的に痛快であり、そこには現代と通ずる数々の問題がある。訳註は若干多めだが内容理解にたいへん役に立った。

                                                                        【推薦者】柳澤宏美
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング/リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
タイトルの『「普通」ってなんなのかな』という問いがすべてを示している。自閉症である著者ジョリー・フレミングは本書で言語、会話、感情、個性、文化などに対する多様な問いを投げかける。それらの問いは、当然だと思っていて、確認もしないでいいだろうと思っていることが本当に万人の共通認識になっているのか、という根本的な問いを引き起こす。「わかる」とは何か?自閉症への理解だけでなく、物事の理解を再考させてくれる本である。

【推薦者】青の零号
【推薦作品】チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク
【作者】ジョン・スラデック
【訳者】鯨井久志
【出版社】竹書房
【推薦文】
ロボットと自動システムに取り憑かれ黒いユーモアとシニカルな視点で独自のSFを書き続けた奇才スラデックの代表作。
殺人衝動に目覚めたロボットが狡知の限りを尽くして己の狂気と犯罪を隠しつつ被差別民からのし上がって国を動かすまでに至る姿はおぞましくも痛快である。彼を取り巻く人間も異常性癖や犯罪者や権力と金の亡者なのでもはや人間とロボットのどちらが異常なのかわからない。トランプ政権が誕生した後のアメリカやプーチンが君臨するロシアといった現実の国際情勢を重ねながら読むのも一興だろう。
訳者は初の商業翻訳だが学生時代からSF評論や翻訳で活躍しており、お笑いのライブにも足繁く通いシュールでブラックなユーモアを解する精神科医という超個性的な経歴の持ち主。訳文の言葉遊びや章見出しの工夫にも優れた言語感覚と笑いに対する感度の高さが伺え、いまスラデックを訳す人材としてこれ以上の適任者はいないと断言できる。

【推薦者】こはら みほ
【推薦作品】アリとダンテ、宇宙の秘密を発見する
【作者】ベンジャミン・アリーレ・サエンス
【訳者】川副智子
【出版社】小学館
【推薦文】
1987年の夏、テキサス州エルパソ。15歳の少年アリがプールサイドで少年ダンテと出会い、世界が動き出す——。アリは繊細で敏感で、喧嘩っ早い。心を持てあますのはこの年代ならではだが、メキシコ系のアリはアイデンティティも揺らいでいる。そんな心理を過不足なく描ききったのは詩人でもある作者の技だが、魅力をそのままに日本語にされた訳者は、若者の感性を訳すのがお上手だ。世界に感じる閉塞感と若者のさわやかな視点が存分に表現されている。舞台は30年以上前だが、現代の日本でも起こりそうな差別が描かれ、今こそ身近な問題に思える。「夏」が詩的に描かれた本作は世界各国でベストセラーになっており、夏に趣を覚える感性は、ルーツや住む場所を問わないことがわかっておもしろい。世界中の読者と思いが通じた、と感じる瞬間こそ、海外文学を読む醍醐味だ。それこそ、「宇宙の秘密」のひとつを発見したかもしれない

【推薦者】kanko
【推薦作品】ミダック横町
【作者】ナギーブ・マフフーズ
【訳者】香戸精一
【出版社】作品社
【推薦文】
昨年読んだ海外文学の中で一番印象に残ってる作品。作者のナギーフ・マフマーズはカイロ出身のノーベル賞作家。アラビア語で書かれた作品を読むのは初めて。実在する袋小路に住まう人々の群像劇なのだけれどとにかく登場人物のキャラが立っていてドタバタでまるで喜劇を見ているかの様な感覚を受けてとにかく面白い。
横町に住まう人々を俯瞰して見ている感じなのだけれど何処となく人間に対する可笑しみを感じるとともに哀愁も感じたり。人々は自分勝手な欲望のままに生きていたり、逞しかったりする訳だけれど国や、時代の影響を受けている部分もあり、そういう意味では今生きている自分たちと変わらないものも感じたり。
後半にかけての展開にあっと驚かされる。
誰かが去って誰かがやって来てもミダック横町としての生活は変わらない。横町そのものが生物の様である。

【推薦者】東京近郊の読者
【推薦作品】きつね
【作者】ドゥブラヴカ・ウグレシッチ
【訳者】奥彩子
【出版社】白水社
【推薦文】
長編小説という古典的な器において、現代のインターネットでの情報収集や芸術作品の享受における、起源の不確かさや表現のどぎつさに関する省察を読者に促してくれ、しかもそれをそういうものとして楽しむことも促してくれる、貴重な作品である。訳文は、特に会話において役割語が抑制されつつ要所要所で効果的に使用されており、読みやすく、かつ引き込まれる。

【推薦者】♪akira
【推薦作品】ゴスペルシンガー
【作者】ハリー・クルーズ
【訳者】齋藤浩太
【出版社】扶桑社
【推薦文】
アメリカ南部の小さな町が舞台の、奇跡の声を持つゴスペルシンガーをめぐる妄執と狂乱のどす黒い物語。ディープサウスのねっとりとした雰囲気が感じられるノワールで、エルヴィス・プレスリーが映画化してこの主人公を演じたがっていたというエピソードに驚く。演じてほしかった!

                                                                        【推薦者】三月の水
【推薦作品】あなたのものじゃないものは、あなたのものじゃない
【作者】ヘレン・オイェイェミ
【訳者】上田麻由子
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
一筋縄では行かない逸脱、横滑りをしていく語り口。話の途中で、別の人物の話が始まり、手紙の引用が挟まりと、(心配になる程)元の話から遠ざかり、一向に本筋に戻る気配を見せない。そして最後は、話のたたみ方に感心することになる。とにかく物語をドライブしていく力に引っ張り回され、魅了され、ついには病みつきになる、そんなちょっと他に類を見ない、ナイジェリアで生まれロンドンに移住した作家の短編集。

                                                                       【推薦者】飯島雄太郎
【推薦作品】長い別れのための短い手紙
【作者】ペーター・ハントケ
【訳者】服部裕
【出版社】法政大学出版局
【推薦文】
ライバルだったトーマス・ベルンハルトに比べると紹介が遅れている感のあるハントケですが、ついにコレクションが出ました。表題作は70年代の代表作。ハントケらしい(ちょっと異常な)神経の冴えが感じられる佳品です。これを機にハントケの紹介が進んでほしいという願いを込めて推薦します。

                                                                    【推薦者】青木耕平
【推薦作品】戦争
【作者】ルイ゠フェルディナン・セリーヌ
【訳者】森澤友一朗
【出版社】幻戯書房
【推薦文】
セリーヌ『戦争』を推薦します。「呪われた作家」セリーヌの失われた作品が発見された──刊行前からこれほど世界の文学ファンの興味を攫った作品は近年ありません。2021年の第一報の翌年2022年に仏語版が刊行されましたが、たとえば最大読書人口を誇る英訳版の出版は2024年夏となっています。それがここ日本では早くも2023年に刊行され見事な訳文で読むことができる、これを僥倖と言わずなんと評したらいいでしょうか。セリーヌといえば文体破壊と悪罵が代名詞ですが、邦訳版『戦争』の日本語は荒々しい語彙と暴力的なリズムで読み手を圧倒します。翻訳者の森澤友一朗氏がアカデミアの外で活躍される若き演劇人であることもまた、本書を推薦する理由です。セリーヌの作品を翻訳すること自体がリスクであることを承知しつつ、情熱をもって届けてくれた森氏の覚悟に尊敬の意を表します。

                                                                         【推薦者】bee
【推薦作品】塩とコインと元カノと――シャドウライフ
【作者】ヒロミ・ゴトー【作】アン・ズー【画】
【訳者】ニキ リンコ
【出版社】生活書院
【推薦文】
主人公は76歳の日系カナダ人「クミコ」。娘たちの心配をよそにケアホームを逃げ出し、気楽な一人暮らしを満喫していたクミコの元に死神の手が忍び寄る。敵の意外な弱点を発見して一旦は撃退するのだが……特別な能力を持つわけでもないクミコが、持ち前の明るさとユーモア、タフな精神で迫り来る死の影と対峙する姿に勇気づけられる、異色グラフィックノベル。

【推薦者】小島ともみ
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
ジョン・ファンテの『塵に訊け』は単なる小説ではない。大恐慌時代のロサンゼルスの厳しい街角を旅し、夢想家の心を探る旅だ。コロラド出身のイタリア系アメリカ人、アルトゥーロ・バンディーニが、偉大な作家になりたいという熱い思いを抱き、天使の街にやってくる。その彼の人生を、メキシコ人ウェイトレスのカミラが変える。ふたりの内面の動揺、人種間の緊張、自尊心との葛藤を映し出す波乱に満ちた関係は痛々しくも熱く、純粋だ。この小説は、欲望、恐怖、帰属への果てしない探求といった人間のありようを見事にとらえている。繁栄の絶頂から奈落の底に転げ落ちたロサンゼルスの、淡々としながら生々しい描写のなんと強烈なこと。雑然とした街、ダイブ・バー、そして失われた魂に心を奪われるたび、翻訳者である栗原俊秀さんの技量に感服せずにいられない。

                                                                    【推薦者】りんまる
【推薦作品】台湾漫遊鉄道の2人
【作者】楊双子
【訳者】三浦裕子
【出版社】中央公論新社
【推薦文】
美味しいものに目がない日本人作家千鶴子さんと、優秀で美しい台湾人ガイド千鶴の物語。日本統治下の台湾を巡りながら、各所の美味を食べまくる。切なくて、濃密なのに相容れない2人の関係にキュンキュンやきもき、久々に「ページをめくる手が止まらない」を体験した。
アガサクリスティの「春にして君を離れ」を思わせるような多面体な物語だけれど、千鶴子さんの人物像があくまでもチャーミングで憎めないのは名訳のなせる技だと思う。読み終えて涙を拭ったら居ても立ってもいられなくなり台湾グルメツアーを検索した。

【推薦者】百句鳥
【推薦作品】吹雪
【作者】ウラジーミル・ソローキン
【訳者】松下隆志
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
ウラジーミル・ソローキンの小説を予想するのは難しいです。その理由は彼の多彩な執筆スタイルにあるといえるでしょう。本作品は流行病に悩まされている村にワクチンを届けるため、地方医師が御者とともに出発し、吹雪と極寒に足どめされながらも不屈の精神で目的地を目指すという、仄かに19世紀頃のロシア文学を思わせる展開が見られます。でも著者は舞台に超常的な近未来要素を散りばめることで、古典とSFの風味を掛け合わせたトリッキーな現象を見せてきます。人間をゾンビ化させる「黒い病」の流行。懐に入る小さな馬に引かせるソリ車。ホログラムを映し出すラジオ。ピラミッド型の麻薬装置。まるで読み進めるごとに自分自身が異世界に染まっていくような感覚を味わえます。原文の古典的語り口が見事に日本語で再現されていて、現代文学のモンスターと呼ばれる著者の世界を堪能できる逸品として推薦させていただきました。

【推薦者】法水
【推薦作品】『B:鉛筆と私の500日』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【出版社】東京創元社
【推薦文】
エドワード・ケアリーさんが2020年3月から500日にわたってtwitter上にアップしてきたドローイングとエッセイを収録。タイトルの「B」はケアリーさんが愛用しているトンボ鉛筆のBに由来し、自画像、家族、有名人、植物、鳥、動物、精霊、モノ等々多岐にわたるドローイングを見ているだけでも楽しめる。コロナ禍の記録としても貴重で、英語版にはない巻末の解説も親切。

【推薦者】三辺律子
【推薦作品】LA BOMBE 原爆 上 ・下
【作者】ディディエ・アルカント、L.F. ボレ、ドゥニ・ロディエ (イラスト)
【訳者】大西愛子
【出版社】平凡社
【推薦文】
原爆の開発から投下までを五百ページ近く費やし、描き切ったバンドデシネの大作。原作者のアルカントが11歳のときに、広島平和記念資料館で見た「人影の石」が出発点になっている。
「どうしてこんなことになってしまったのだろうか?」
「あの影を残した人はどのような人生を歩んだのだろうか?」(あとがきより)
 その一つの答えとして、アルカントは本作を描いた。上巻では、原爆の開発に各国がしのぎを削るさまが描かれ、下巻ではいよいよアメリカがマンハッタン計画に突き進むようすが詳述される。
またもや核使用の恐怖が現実のものとなりつつある今、若い読者にもぜひ読んでほしくて推薦した。知ることが、すべての第一歩だと思うので!

                                                                           【推薦者】AS
【推薦作品】チベットのむかしばなし しかばねの物語
【作者】未詳
【訳者】星泉
【出版社】のら書店
【推薦文】
インドからチベットに伝わった『屍鬼二十五話』がもとになった民話。勇者がしかばねを運ぶという「枠」が繰り返され、そのつど登場人物がおもしろい話を語るこの形式は、アラビアンナイトとも共通する「枠物語」と言われるものだそうだ。お話しの中にはマンゴーや水牛などのインド的要素も多くみられるが、混じりこんだチベット的要素を探すのも楽しい。

【推薦者】安田邦弘
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
翻訳大賞の推薦作品リストを見るまで、この本のことを知らなかった。多くの人が推薦している通り、これは翻訳大賞にふさわしい本だ。自閉症のジョリー・フレミングが自閉症の頭の中で起こっていることを、彼自身の言葉で話している。自閉症の人たちが自分の感情や社会に対する気持ちを表現するのはむずかしいことに違いない。でもジョリーはそれをしている。今まで私たちが聞かされてきたのは、定型発達者が定型発達者の世界に都合よい言葉で話してきたことに過ぎなかったのかもしれない。この本を読むことで私たちはジョリーたち障害者の気持ちを初めて理解できるかもしれない。それによって社会は良い方向へ向かい、やまゆり園のような悲しい事件は起こらなくなるという希望を持つことができる。ジョリーは障害者も定型発達者と一緒に社会に尽くしたいと私たちに手を伸ばしてくれている。定型発達者はその手を取らなくてはならない。

【推薦者】林みき
【推薦作品】『この世界からは出ていくけれど』
【作者】キム・チョヨプ
【訳者】カン・バンファ、ユン・ジヨン
【出版社】早川書房
【推薦文】
韓国SFを代表する作家のひとりであるキム・チョヨプさんによる第2短編集。収録されている7編のどれにも社会的多数派の側になじめない人物が──話を語る側としても、語られる側としても──登場しており、作品としてもさらなる思索に満ちたものとなっている。決して気軽に読めるタイプの短編集ではないが、カン・バンファさんとユン・ジヨンさんによる口あたりならぬ“読みあたり”なめらかな翻訳によってスムーズに読み進めることができる。第1短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』とあわせて、ぜひたくさんの人に読まれてほしい。

                                                                      【推薦者】Yuki Noguchi
【推薦作品】スマック シリアからのレシピと物語
【作者】アナス・アタッシ
【訳者】佐藤澄子
【出版社】2ndLap合同会社
【推薦文】
家族や祖国、その文化への愛に溢れたシリア家庭料理の本です。
今までは、あまり馴染みのなかったシリアのお料理ですが、語られる背景やレシピ、著者のエッセイにひき込まれました。(翻訳にあたり、すべてのレシピを試作し、工程と翻訳内容を検証されたそうです。根気強く繰り返されたお仕事の厚みを感じます。)
タイトルにもなっているスパイス “スマック” を手に入れ、レシピを参考にいくつか作ってみました。どれも美味しかったです。気候も材料も違うけれど、シリア料理に欠かせないと書かれていた二つの要素「ナファス(呼吸=素材が調和してひとつになるような技)」と「スマック」を感じながら味わえたことは、大きな喜びでした。
こちらの本は、翻訳書出版のために訳者の佐藤澄子さんが立ち上げた版元からの第1作目です。覚悟や宣言のような、強い思いが伝わってきます。

                                                                         【推薦者】はるたま
【推薦作品】暗闇のサラ
【作者】カリン・スローター
【訳者】鈴木美朋
【出版社】ハーパーコリンズ・ジャパン
【推薦文】
ウィル・トレントシリーズ再始動!ドラマもよかったけれど、やはり読ませるカリン・スローター!シリーズ追っかけてきた読者にはあちこちぎゅんぎゅん。初スローターの方にはぐいぐいいくでしょコレ。ラストはそう来たかのカタルシス。シリーズ読み返してきますわ!

                                                                         【推薦者】リバーサイエンス
【推薦作品】塵に訊け!
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
夫の紹介で通勤の合間や隙間時間に読んでみました。普段沢山本を読むほうではないし、翻訳の本を読むことはほとんど無いのですが楽しく読めました。軽快なタッチなので普段本に読みなれていない私でもテンポ良く読めて楽しかったです。社会を斜めからみているような主人公に笑ったり時にいらいらしたりしながら楽しませてもらいました。

【推薦者】バーチ美和
【推薦作品】奥歯を噛みしめる 詩がうまれるとき
【作者】キム・ソヨン
【訳者】姜信子監訳 奥歯翻訳委員会
【出版社】かたばみ書房
【推薦文】
過ぎ去った時間は、子どもの頃に集めたビー玉やおはじきのように、様々な色合いの記憶として心の中にしまわれています。キム・ソヨンは、家族、旅先での状景など、ふとしたときに仄かに光る記憶を一つひとつ手に取り、語っていきます。母と娘の確執は本書の大きなキーワードですが、かつて世話をしてもらっていた娘が、母を介護する立場になり、その関係性は大きく変わっていきます。何をやってもうまくいかないが優しい父親や、いたずらな兄も登場し、思わず漏れる笑い。キム・ソヨンが言語化していく思い出の一つひとつが、私たちの心の中にある思いや記憶とも呼応するのは、韓国と日本の文化の近さもあると思います。第八回日本翻訳大賞を受賞した『詩人キム・ソヨン 一文字の辞典』のキム・ソヨンによる『奥歯を噛みしめる 詩がうまれるとき』も実に味わい深いエッセイ集です。ぜひ多くの人に読んでいただきたいので、自薦します。

【推薦者】大西美優
【推薦作品】ファティマ 辻公園のアルジェリア女たち
【作者】レイラ・セバール
【訳者】石川清子
【出版社】水声社
【推薦文】
帯に書かれた「おしゃべりの迷路」というフレーズが、何よりも本書を物語っていると思います。移民として異郷に暮らす母たちのおしゃべりを、娘が聞いて反芻する……という物語の軸からも、何気ない言葉から湧き上がるポエジーを大切にする筆者の姿勢がうかがえます。彼女らのおしゃべりの内容はしばしば主体や時系列が不明瞭であったり矛盾を引き起こしたりもしますが、翻って、単一の語りからは得られないような、重層的で奥行きのある響きを味わうことができます。暴力と理不尽のはびこる現実のなかに、やさしい眼差しと明るい声を見出すことができる一冊です。


【推薦者】佐藤弓生
【推薦作品】嘘つきのための辞書
【作者】エリー・ウィリアムズ
【訳者】三辺律子
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
私事で恐縮ですが、校閲業者なので辞書ネタ本に目を止めがち――にもかかわらず、マウントウィーゼルという語を本書で初めて知りました。「辞書などに故意に挿入された、存在しない虚構の項目」のことと帯にあり、後発の辞書等に丸ごと盗用されるケースを見つけるための方策だそう。
フェイク語を考案しつづけた19世紀ロンドンの冴えない男性辞書編纂者と、その辞書のデジタル化を期してフェイク語の洗い出しをつづける現代の女性インターンがそれぞれに体験する事件や恋愛を交互に描くコメディで、両者とも言葉オタクには違いないものの、語り口がポップなので衒学的な記述に足止めされることなく読めます。訳文はもちろん、訳語の表記、訳注のレイアウトまで工夫の凝らされた一冊でした。
フェイクは厄介なものですが、後者の同性の恋人が「『プレカリアート』が使われるようになったのはうれしかった」と言う場面もあり、造語の功罪を考えさせられます。


【推薦者】牛
【推薦作品】フィリックス エヴァー アフター
【作者】ケイセン・カレンダー
【訳者】武居ちひろ
【出版社】オークラ出版
【推薦文】
美大を目指してニューヨークの私立学校に通う主人公・フィリックスは、ホルモン投与を始めて数年目のトランスジェンダーで、アフリカ系の少年。
マーシャ・P・ジョンソンとシルヴィア・リヴェラを尊敬しつつ、プライド・パレードのお祭り感にはついていけない、そんなフィリックスのテンション低めながら軽快な語り口で、時に暗いテーマにも踏み込んで描かれます。
憧れの人からの差別発言、自分の価値を証明しなければというプレッシャー、自尊心の低さから他人を傷つけてしまうこと。素朴で読みやすいのに感情豊かな文章から、訳者の力量を感じます。
また、非白人のクィアが多い友人たちや、LGBTセンターのディスカッション・グループのしっかり者の面々との会話も楽しく、とりわけディスカッション・グループでのやりとりを伏線に、人が差別するのはなぜか鋭く分析するくだりは秀逸。
そして、最後の最後まで恋愛の行方は読めないし、母親のエピソードのオチのつけ方もすごい。苦さも切なさも抱きしめる青春小説です。


【推薦者】ポーシャ
【推薦作品】シャーロック・ホームズとジェレミー・ブレット
【作者】モーリーン・ウィテカー
【訳者】高尾菜つこ
【出版社】原書房
【推薦文】
ホームズ好きには無視できない評伝です。まずこの表紙に惹かれます。グラナダ版のドラマを観た人なら釘付けになり、ドラマを観たときの興奮がよみがえります。そして手に取ってページを繰ると、グラナダ版の作品ごとに目の前に広がるホームズの世界。というかジェレミー・ブレットの世界。こうなるとホームズ本なのかジェレミー本なのか境があいまいになりますが。それくらい二人は一体化して、ファンに夢を見せてくれます。読み終わるのがもったいない本。なお副産物として、グラナダ版のDVDを全部、観たくなります。ジェレミーが読みこんだというドイルの原書をはじめから終わりまで全部、読みたくなります。


【推薦者】びび
【推薦作品】パピルスのなかの永遠 書物の歴史の物語
【作者】イレネ・バジェホ
【訳者】見田 悠子
【出版社】作品社
【推薦文】
ジャンルを横断し、境界を無効化にする、翻訳という行為の重要性をひしひしと感じさせてくれた。
愛書家だけでなく、いままで本をあまり読まなかった人にも読んでほしい一冊として魅力的な仕上がりになっている。
分厚い本であるが、一気に読み進められる読みやすさと面白さで、歴史に残る一冊だと自信をもって言えます。


【推薦者】バリウム
【推薦作品】第三の極地 エヴェレスト、その夢と死と謎
【作者】マーク・シノット
【訳者】古屋 美登里
【出版社】亜紀書房
【推薦文】
「そこにそれ(エヴェレスト)があるから」は有名な台詞だが、誰のものかご存知の方はどれほどいるだろうか。本作は、1924年にエヴェレスト初登頂を目指すも二度と戻ることはなかった、名台詞の主である英国登山家のジョージ・マロニー(のちに遺体発見)と、同じく英国登山家のアンドリュー・アーヴィン(遺体未発見)は世界の頂に初めてたどり着いたのか?という謎に挑む山岳ノンフィクションである。こう書くと読者層が限られそうだが、登山家、その家族、シェルパなどさまざまな人々の生きざまや想いにふれることができ、広い層にお勧めしたい。とくにトラウマ克服のために登山に生きるカムという女性の話には強く心が揺さぶられるはず。ほかにも商業的登山、政治問題など話題は多岐にわたり、最初から最後まで飽きさせない構成となっている。専門用語が頻出するが、そこは明解な訳文・訳註がカバーしているのでご安心を。また、風吹きすさぶ場面などでの、躍動感や臨場感あふれる表現には思わずうなる。すばらしい翻訳も含めて、読みごたえ抜群の力強い一冊。


【推薦者】7450
【推薦作品】少年は夢を追いかける
【作者】アンドレア・ヒラタ
【訳者】福武慎太郎、久保瑠美子
【出版社】上智大学出版
【推薦文】
インドネシアで大ヒットシリーズ化した小説の第二作目の邦訳『少年は虹を追いかける』(本作単体で読んでも十分に楽しめる)。疾走感のある表紙のイラストに見てとれるように、二人の男子高校生を中心に物語が進んでいく。著者は「書きたいことを書くのではなく、インドネシアの教育の正義のために、書かなければならないことを書いています」と述べたそうだ。みずみずしく展開の早い物語や、希望が持てるラストが印象的なだけでなく、翻訳文が非常に読みやすい。貧しくもたくましく生きる登場人物たちに、勇気をもらった。


【推薦者】A
【推薦作品】無垢の時代
【作者】イーディス・ウォートン
【訳者】河島弘美
【出版社】岩波書店
【推薦文】
文庫にして解説を含めて600ページ弱、フラン・レボウィッツの番組で言及されていたからという動機がなければ書架に戻してしまったかもしれない。でも、フランは正しかった。1870年代のニューヨークで、青年ニューランドが古い時代と新しい考え、二人の女性の間で、うまく保っていたはずの均衡、それがすこしずつ傾いてゆくみごとな描写。その時代の風俗と空気を細やかに書きながらも、そこに描き出された旧態を重んじる人々と移りゆく時代というものの機微には普遍性があると思った。100ページくらいまではちょっと遠巻きに見ていたが、だんだんに親密さが増し、次が気になってしかたなくなった。いま書店で探すのが難しいウォートンの作品が、読みやすい訳、手に取りやすい形で出版されたことに感謝している。


【推薦者】黒田夜雨
【推薦作品】ミルク・ブラッド・ヒート
【作者】ダンティール・W・モニーズ
【訳者】押野素子
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
巻頭の表題作、冒頭の一文から尖りすぎている。最高。少女たちの残酷さ、複雑で面倒な関係、リアルな取引にゾクゾクする。女性は強さと弱さ、精神と身体、アンビバレントな欲望の極を振幅する。彼女たちはフラジールなのにタフだ。愛溢れる辛辣な語りにもっともっと振り回されたい。一度読んだら大好きになってしまう、そんな小説だった。


【推薦者】ナッシー
【推薦作品】三世と多感
【作者】カレン・テイ・ヤマシタ
【訳者】牧野理英
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
この日系三世の作家の描く短編集には三世代にわたる多層的な認識が「三世」には流入しており、単純そうな話の中にも複雑に集団的記憶などが絡み合い、読解が大変難しい原文を、可読性の高い日本語にならしめている。短編集ゆえ、一編一編異なった人称、文体、なかには、年表やレシピなども配されている。それらの訳し分けが見事であり、それは第一部とジェイン・オースティンの作品群のパロディになっている第二部においても発揮されている。日系三世、つまり移民とは何かなどを考えるにあたっても大変重要な作品集である。日本翻訳大賞に推薦します。


【推薦者】三砂慶明
【推薦作品】中世の写本の隠れた作り手たち
【作者】メアリー・ウェルズリー
【訳者】田野崎アンドレーア嵐 和爾桃子
【出版社】白水社
【推薦文】
本書によれば、「写本」という言葉は、ラテン語の「手」と「書くこと」という二単語の合成語だ。つまり、写本とは手書きの本ということで、だから、それを書いた人がいる。本書が光をあてるのは、注目を集め歴史に名の残るパトロンや著者よではなく、むしろ、それを作り上げた無名の人々だ。名前はおろか、いつ生まれて死んだのかもわからない。でも、その人たちが書いた文字の形、直した文章の修正箇所、余白に書き込んだメモから、それぞれの人生が、本に賭けた思いが、浮かび上がってくる。写本には生命が宿っている。そのことを教えてくれる名著。
この本が日本語で読めて嬉しい。


【推薦者】sphene
【推薦作品】飢えた潮
【作者】アミタヴ・ゴーシュ
【訳者】岩掘兼一郎
【出版社】未知谷
【推薦文】
翻訳された本がすきです。作者以外に翻訳者の想いも感じられるから。そんな自分が20年近くもの間、翻訳を願っていた本。当時この『The Hungry Tide』のver. 違いで埋め尽くされた海外のセラーランキングを目の当たりにして「なんなんだ、この怪物本は…」と目が釘付けになりました。しかし、日本での出版を心待ちにする想いはいつしか翻訳されない寂しさに変わることに。そして、ついに、日本でも、読める!
出版にあたってクラウドファンディングをされたそうですが、翻訳者の熱い想いと相まって、長く待った甲斐のある作品でした。翻訳者 : 岩掘氏の想いも受け取りました。素晴らしい功績、エバンジェリストだと確信します。


【推薦者】野木まひろ
【推薦作品】アメリカ哲学入門
【作者】ナンシー・スタンリック
【訳者】藤井 翔太
【出版社】勁草書房
【推薦文】
まず訳者解題を拝読し、哲学の門前にいるわたしでも、アメリカ哲学史を概観するのに有効だと感じた。実際、扱う範囲が幅広く、それに対する批判が勉強になり、用語解説もあり、入門書として大変充実した内容であった。また、翻訳の際に必要な接続詞および情報の追加も適宜されており、非常に丁寧に邦訳されていると感じた。原著者による日本語版序文も興味深かった。


【推薦者】mocha
【推薦作品】夜と猫
【作者】エリザベス・コーツワース, 藤田嗣治
【訳者】矢内みどり
【出版社】求龍堂
【推薦文】
かわいい、すごくかわいい、ふわふわで、何を見ているの?と問いたくなる視線、
顔見せて、と言いたくなる後ろ姿、
藤田嗣治の猫。

リアルなのに神秘性がある描写は文章も同じ。
心地よい日本語で味わさせてくれる。

児童文学者で詩人のエリザベス・コーツワースと、画家藤田嗣治の戦後の共作。
70年以上前にアメリカで制作されたというこの本を日本で蘇らせていただきありがとうございます。
うれしい気持ちと感謝が伝わればいいなと思って推薦。


【推薦者】たま
【推薦作品】きつね
【作者】ドゥブラヴカ・ウグレシッチ
【訳者】奥彩子
【出版社】白水社
【推薦文】
旧ユーゴ出身で、ノーベル賞候補にあげられていた作家の遺作。著者自身が投影された女性主人公が日本やヨーロッパを旅しながら、文学について考え、故郷を離れて暮らすよるべなさ、戦争の記憶などを語っていく。紀行文学であり、社会批評であり、文学論でもある。理知的な一方で、なんとも言えない切なさが感じられる。現代文学の臨界点のような作品だった。訳文もリズミカルで心地よい。ウクライナでの戦争がつづき、世界各地で多くの人々が故郷を追われる今、まさに読まれるべき作品。


【推薦者】
吉田遼平
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
自閉症を抱えるジョリー・フレミング氏。彼らの世界と我々の世界とは全く異なるものらしい。しかし「我々」とは一体何か。そして「我々」は「彼ら」とどのように生きて行けば良いのか。
自閉症患者の自伝の翻訳は他にも数多く存在する。だが自閉症患者の支援に長年携わってきた上杉氏が手掛けた翻訳だからこそ、一字一句に込められた重みが感じられる。
本書の出版から間もなくして、大江健三郎が亡くなっている。かつて大江とその息子で脳に障がいをもつ光さんにインタビューした経験のある上杉氏にとって、本書はヒューマニズムとは何かを世に問い続けた大江に対する、間接的返答であると言える。
「これまで僕らの周りで起こってしまい、今も世界のどこかで起こっている悪いことはほとんど見られない社会。そんなすばらしい社会を僕らは一緒に作り出せるのです。(p.7)」この一節から分かるように、本書は大江の言葉を借りれば、我々が「新しい人」になるための道を提示してくれている。


【推薦者】Hide
【推薦作品】スマック シリアからのレシピと物語
【作者】アナス・アタッシ
【訳者】佐藤澄子
【出版社】2nd Lap
【推薦文】
文化地理的にシリアと聞くと、日本人には疎遠な文化的な重みや複雑な社会背景を予知し身構えてしまうが、それを軽く飛び越えさせる楽しさや作者の醸す幸福感に溢れているのは、作者固有のユニバーサルな感覚や人生観が意図通りに翻訳表現されているのだろう。
また、調理レシピの記述において、現地の食材・原材料や調理法を日本人に伝わるレシピに変換する仕事は極めて難易度が高かったことと思われる。美味しく作り食べてもらうこともこの本の大事な役割であり、既知の情報量の少ないシリア料理の調理と調味の翻訳という、膨大な試行錯誤を伴ったシビアな仕事にも敬意を表する。
そして昨今、中東での紛争の報道に接するたびに、「スマック」のような文化理解を育む翻訳本の意義の大きさを再認識している。


【推薦者】畠中恵里子
【推薦作品】スマック シリアからのレシピと物語
【作者】アナス・アタッシ
【訳者】佐藤澄子
【出版社】2ndLap
【推薦文】
何ともそそられる料理本を見つけた。訳者の佐藤澄子さんは、間違いなく相当な食いしん坊である。2ndLapという社名は、還暦を迎え、ふたまわり目の人生をスタートさせた佐藤さんの決意表明とお見受けした。記念すべき第一弾は、佐藤さんが自ら翻訳した「スマック」。出版社立ち上げのステイトメントに「まずは食と移動とアイデンティティとに注目して、ゆっくりやってみます」とつづられている。この本に出合った経緯はわからないが、食いしん坊ならではの嗅覚を、おおいに感じることができる。現在はオランダに住むという、著者、アナス・アタッシさんの記憶に刻まれた、シリアの豊かな自然と、暮らし、そして彼の母親が作ってくれた料理の味が、読む者の想像の世界で再現される。時折挿入されるストーリーがとても良い。そこに語られている家族の団欒や、長い歳月伝えられてきた文化が、戦火にさらされている現実に気付かされる。


【推薦者】tameco
【推薦作品】スマック シリアからのレシピと物語
【作者】アナス・アタッシ
【訳者】佐藤澄子
【出版社】2ndLap
【推薦文】
かんたんでおいしそう。直感は的中した。素材の扱い方やスパイスの使い方はユニークで視点が新鮮。実用書として機能する編集と翻訳のおかげで料理は作りやすくて完成度がとても高い。著者が母親から受け継いだレシピはどれも丁寧で優しいのに無駄がなく、著者の人柄がにじむ文章でつづられている。複雑な問題を抱える遠い異国も、料理が介在するとあっという間に身近に感じるから不思議だ。また、レシピのあいまに登場する食にまつわる小さな物語の数々が秀逸で、謙虚で飾らない言葉が心にすっと染みこんでくる。何度開いても味わい深い1冊だ。


【推薦者】かもめ通信
【推薦作品】文學の実効 精神に奇跡をもたらす25の発明
【作者】アンガス・フレッチャー
【訳者】山田美明
【出版社】CCCメディアハウス
【推薦文】
“小説や詩を読んで心が癒された。そうした経験を持つ人は多く、「文学は心に効く」とはよく言われることである。しかし、それは本当なのか?文学作品が人間の心に作用するとき、我々の脳内では実際に何かしらの変化が起きているのだろうか?”と問いかけるこの本には、古今東西沢山の作品が分析紹介されていて、著者はもちろん対象作品をあれこれ読み込んだのであろう翻訳者の苦労もしのばれる。同時に紹介作品がどれもこれも魅力的に思えて、片っ端から読んでみたくもなる。こういう刺激を得たければ、古典なら、現代文学なら、映画なら、と具体的なアドバイスがある点も面白い。自分の読書観を変えるほどの衝撃を受ける本とは、そうそう出会えるものではないが、この本はきっと、私の今後の読書人生を大きく変えることになるだろう、そんな予感がした。こうした読み応えのある本を翻訳紹介していただいたことに対しても感謝と敬意を表したい。


【推薦者】三月うさぎ(兄)
【推薦作品】クルーゾー
【作者】ルッツ・ザイラー
【訳者】金志成
【出版社】白水社
【推薦文】
読み終えた。長い。長編小説は長い。長くてよかった。1ヶ月もこの世界に浸り続けられたのだから。しかしなにを読んだのかわからない。1ヶ月もなにを読んでいたのか。なぜ生きてきたのかわからずに死ぬ人生のように、長い1ヶ月だった。これは墓に名前も刻まれず、バルト海に消失してしまった亡命者たちの物語であるが、ほとんどは、東ドイツの国境の内側、自由の一歩手前の島で、内なる自由を「難破者」に与えようとするロビンソン=クルーゾーと、彼に憧れる語り手エド=フライデーの複雑な男の友情物語である。よくわからない。詩的にしか名付けることができないような人生への憧れがここにあるのかもしれない。とてつもなく複雑で精緻な詩的文章で、翻訳でもすべての表現がこの長大な作品の全編でくまなく呼応しあっている。1ヶ月も読んでいて300ページ前の表現が繰り返されればただちに思い出される。イメージと記憶の喚起力がとんでもない文章で綴られた濃密な世界へどうぞ。


【推薦者】たぬりん
【推薦作品】マナートの娘たち
【作者】ディーマ·アルザヤット
【訳者】小竹由美子
【出版社】東京創元社
【推薦文】
今の時代を生きるアラブ系アメリカ人たちの物語。短編集。
圧巻なのは原書のタイトルにもなっている「アリゲ―タ―」。実際にあったシリア·レバノン系移民夫婦の殺害事件をもとに、アメリカの抱える排除性を描く。この作品はおもしろい仕掛けがいくつもあり、物語の最後に読者は現実のこととしてこの出来事をとらえるように誘われる。見事に。


【推薦者】桃山千里
【推薦作品】チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク
【作者】ジョン・スラデック
【訳者】鯨井久志
【出版社】竹書房
【推薦文】
「SF界最後の天才」と呼ばれた作家のロボット・ピカレスク。言葉遊びや造語、カット・アップなど様々な言語実験が施された原文を、自然な日本語に訳してみせる技量がすばらしい。また、本作は黒いユーモアも多く、スラップスティック的な要素を多分に含んだ作品だが、それを日本語でもきちんと笑えるように訳している。訳者は20代で本職が医師、しかも本作が翻訳デビュー作とのことだが、そんなことを感じさせない見事な訳文に仕上がっている。今後が楽しみな訳者の一人である。


【推薦者】高橋璃子
【推薦作品】リックとあいまいな境界線
【作者】アレックス・ジーノ
【訳者】島村浩子
【出版社】偕成社
【推薦文】
話題作『ジョージと秘密のメリッサ』の続編。主人公リックは前作に出てきたいじめっ子の友達ですが、中学生になって自分のセクシュアリティに疑問を感じ、LGBTQ+のクラブ活動に顔を出すようになります。差別的な親友とクラブの仲間のあいだで板挟みになりながら、自分は何者か、どう生きたいのかを模索するリック。今までの居場所を失うのは怖いけれど、今のままで本当にいいのだろうか。変化を前にして誰もが直面する葛藤が描かれます。
多様なジェンダーやセクシュアリティに関する言葉が出てきて、ちょっと戸惑うかもしれませんが、新しい言葉は自分自身や周囲の人を理解するための力強い助けになってくれるはずです。巻末には、なかけんさんによる解説や、日本のAro/Aceコミュニティのウェブサイトも紹介されています。リックと同じ年頃の人たちはもちろん、過去にリックだった人や、リックのおじいちゃん世代の人たちにも手に取ってほしい一冊です。


【推薦者】Vega
【推薦作品】ミルク・ブラッド・ヒート
【作者】ダンティール・W・モニーズ
【訳者】押野素子
【出版社】河出書房
【推薦文】
US新世代作家。
黒人で女性でーそのしなやかだが芯の強い作家魂を味わえる短編集。
とにかく、リズムが躍動している文章で、これを翻訳で感じられるのは翻訳者に負うところ大。
瑞々しい文章だが、スルスル読めるわけではない。ワルツではなく、まさにヒップホップ的だからだろう。
読んでいて引っかかるのだ。だから、考える。
黒人であること=人種問題/女性であること=ジェンダー問題(しかも作者はその両方)が、主要テーマであることは間違いない。だが、本質的には、人間の普遍のテーマが描かれており、だからこそ日本人の私たちにも大きく訴えかけてくる。
日本の、特に女性 and/or 特に若者、ぜひ読むべし。


【推薦者】犬山俊之
【推薦作品】亡霊の地
【作者】陳思宏
【訳者】三須祐介
【出版社】早川書房
【推薦文】
亡霊があの世から帰って来ると言われる旧暦7月(鬼月)にドイツから台湾に戻る主人公。その帰郷の道すがら主人公家族と死者によって語られるそれぞれの過去の秘密。優れた帰郷文学であり、現代台湾を描く傑作。
嵐の場面などに顕著だが、縦横無尽に暴れまわる陳思宏の文体を、その勢いに振り落とされることなく、緻密に日本語に移し替える翻訳者の力量に感服。去年の短編集『プールサイド』収録の『ぺちゃんこな いびつな まっすぐな』の時にも感じたが、陳思宏作品を三須訳で読める日本語読者の幸せよ。


【推薦者】Hirune
【推薦作品】チョプラ警部の思いがけない相続
【作者】ヴァシーム・カーン
【訳者】舩山むつみ
【出版社】ハーパーコリンズ・ジャパン
【推薦文】子象が相棒となる異色のインド・ミステリーです。推理とアクションに象が加わることで、こんなに他に類を見ないミステリになるとは。インド・ニューデリーの街の喧騒もうまく表現されていて、街の匂いや音も感じるような文体です。


【推薦者】Jyujai
【推薦作品】チョプラ警部の思いがけない相続
【作者】ヴァーシム・カーン
【訳者】舩山むつみ
【出版社】ハーパーコリンズ・ジャパン
【推薦文】
海外ミステリーの特典の一つは、見知らぬ土地の人々の文化と生活を引き寄せて見せてくれるところである。この作品は、日本人にとってあまり知ることのないインドの社会を引退した警部の目線で見せてくれる。
事件のみならず、チョプラ警部が相続した子象も、社会背景も、警部の家庭や家族関係さえ、私たちにとっては思いがけないものだ。
それらを知らない私たちに違和感なく見せてせてくれる、翻訳文学の醍醐味がここにある。


【推薦者】ナカムラミキ
【推薦作品】チョプラ警部の思いがけない相続
【作者】ヴァシーム・カーン 
【訳者】舩山むつみ
【出版社】ハーパーコリンズ・ジャパン
【推薦文】
今まで読んだ事のあるインドが舞台の物語は、否が応にも貧富の差とか劣悪な環境下の子供とかのイメージばかりが強く残ってしまうものが多かったのだが、そんな社会的な問題やら後半一気に緊迫した展開やらがある中でも、子象と愛妻家のチョプラのコンビの活躍がほのぼのと感じられるとても楽しく読みやすい作品だった。


【推薦者】チェルビアット
【推薦作品】塵に訊け!
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
心に残る小説というのものには数多く出会ってきましたが、読みながら声を上げて笑ってしまうという作品に出会うことはあまりありません。『満ちみてる生』をはじめジョン・ファンテという作家の作品は文調があまりに楽しくいずれもそんな稀有な体験をさせてくれるものです。『塵に訊け!』もご多分に漏れずニヤニヤと笑いながら終始読み通してしまう一作。自身の作家としての才能を信じながらも認められない世間との乖離をコミカルに描き、母に金銭を無心する様子、捨てられない見栄、成功への妄想と実際の生活の落差などともすれば重くなりそうなテーマを、主人公の抱える社会への反骨精神や自己陶酔感の力で爽やかな青春小説に昇華されているように思えます。語尾や言葉遣い、物語全体の文体やバランスなど、ややもすれば原文が面白くとも日本語への翻訳の仕方によって楽しさが消えてしまうこともあるかと思う中、全く違和感なく楽しく笑える作品になっているものが訳者栗原さんの翻訳の妙だと感じ推薦作品として選ばせて頂きました。


【推薦者】菊池正和
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
アルトゥーロ・バンディーニは生を疾駆している。いや、実際には身悶えしながらのたうち回り、ロサンゼルスの街に砂塵を派手に巻き上げながら空転しているのであるが、それでも確かに疾走感がある。スニーカの中に小石が入っていて少し痛いのだが、それでも走り続けるあの感覚だ。この痛みは共感生羞恥なのだろうか。アルトゥーロほどは滑稽でも無様でもないと思いながらも、以前自分のうちにもあった同じ痛みと気恥ずかしさを思い出し、むしろアルトゥーロの無謀を羨ましく感じる。
アルトゥーロが街を疾駆するリズムで、彼の息遣いや冷や汗や勘違いを克明に再現してくれる訳者の技量に敬服するばかりだ。


【推薦者】山本常芳子
【推薦作品】『普通ってなんなのかな』
【作者】ジョリ―・フレミング
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
自閉症をもつジョリー・フレミング氏本人が、自己を見つめて綴った冷静かつ客観的な言葉を、非常にわかりやすい、よどみのない文章で翻訳されている作品であると思い、第十回日本翻訳大賞に推選させていただきます。
フレミング氏自身が幼いころから大切にされてきたこと、ご自分の道を進まれるために、母の多大な支援を得てどのようにして周囲を大切にし、ご自分を大切にしておられるかが語られ、性別や年齢、各人に与えられたものをすべてもったまま、一人の人として、丁寧に生きることの大切さを改めて考えさせられる機会を与えていただきました。
特別収録された附章は、さらにこの著書が書かれた意義を深めていると思われます。著者が本書に込めたメッセージを、翻訳を担当された上杉氏が深く理解して支援し、日本の人々が理解し到達すべき認識へと導くものであり、この附章を実現された上杉氏に敬意を表したいと存じます。


【推薦者】みわみわ
【推薦作品】『「普通」ってなんなのかな――自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』
【作者】ジョリー・フレミング/リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
「何もしなければ、現状が変わることはないですよね?
良くない状態なのに、どうして何もしないのですか?
優しさが無いのが問題だと思うのなら、どうして自分の優しさを示さずに問題を解決しようとするのですか?」

すごい正論を語る著者ジョリー・フレミング。
五歳で自閉症と診断されるも、イギリスの名門オックスフォード大学のローズ奨学金を得てオックスフォード大学の修士号(地理環境学)を得た。

「普通」よりも感情表出少な目で、人の気配に緊張と疲労が半端なくて、人の顔色を読めず、世間話が大嫌い、情報密度の高い話が大好き。
杓子定規かと思いきや、こんな優しいことも言う。

「ほんのちょっとだけど、僕の笑顔がその人の一日を明るくできるかもしれない。そんな風に例えば笑顔を見せることで、僕らはみんな自分の周りの世界に影響を与えることができるんじゃないでしょうか。」

感情は無いのだそうですが、良い世界への強い願いを持ち続けて、得意の論理を積み重ねての楽観的発言が印象的。

自閉症を理解する手がかりにぜひ♪


【推薦者】Cの字
【推薦作品】夜間旅行者
【作者】ユン・ゴウン
【訳者】カン・バンファ
【出版社】早川書房
【推薦文】
「この一週間のあいだに最高速度で移動したのは訃報だった。」
このスピード感あふれる冒頭の一文から、強烈にひきこまれました。
被災地をめぐるダークツアーという倫理的にかなりダメそうな旅行プログラムを企画する旅行会社に勤める主人公が、仕事の一環でおとずれた架空の島国、「ムイ」で組織ぐるみのツアー捏造に加担する話。陰謀論めいた社会構造への批判的な眼差し、人間の精神の不安定さ、あらゆる要素が、幻想と現実の間を揺らぐような、絶妙に居心地が悪い世界感で描写され続けていて、筆者の想像力に驚くばかりでした。つまるところ役割を演じているだけのような登場人物のあり方は、自然災害に対する人間の無力感と相まって、非常に真に迫っているようにも見え、そうして迎えた終盤の怒涛の展開に絶句…とにかくすごい小説を読んだという気持ちでいっぱいです。
こんな風に面白く読めたのも、カン氏のエッジが効いた訳文があってこそです。


【推薦者】ミュウ
【推薦作品】線が血を流すところ
【作者】ジェスミン・ウォード
【訳者】石川由美子
【出版社】作品社
【推薦文】
本作品は、3作あるミシシッピ州の架空の町ボア・ソバージュ(作者の生まれ育った町とされる)を舞台とした作品の第1作目です。何故か日本での出版は逆になり、作者の年齢を遡る形になりました。3作品とも一貫して人種差別、貧困の中、悩みもがきながら逞しく生きるそれぞれに魅力的なティーンエイジャーを描いています。全作品読めたことに感謝し、近い将来、新たなボワ・ソバージュの住人に会えることを期待しつつ「線が血を流すところ」を推薦させていただきます。


【推薦者】Touch
【推薦作品】チョプラ警部の思いがけない相続
【作者】ヴァシーム・カーン
【訳者】舩山むつみ
【出版社】ハーパーコリンズ・ジャパン
【推薦文】
思いがけず読み応えのある本に出会った。普段はインドに興味のなかった私が主人公のチョプラ警部の人柄を知っていくにつれて、まるでインドで友だちをみつけたような気分になった。子象を連れたシャーロック・ホームズのような警部の活躍は後半になってから一気に緊迫感が増して読者をどんどん引き込んでいく。翻訳者の舩山さんの日本語訳も秀逸だ。


【推薦者】あさり
【推薦作品】母を失うこと 大西洋奴隷航路をたどる旅
【作者】サイディヤ・ハートマン
【訳者】榎本空
【出版社】晶文社
【推薦文】
奴隷制度、奴隷貿易、奴隷航路、奴隷市場。歴史の痕跡を辿れば辿るほど交差する権力関係が絡まり合うその複雑な姿が明らかになる。植民地主義のもたらしたあまりにも深く大きなその傷口は、閉じられるどころか今も血を流し続けている。現在にまで続く植民地主義による抑圧の加害者側の日本人として、全く他人事などではない自分の問題として、奴隷制度とは植民地主義とは何かを考えるための必読の書となった。


【推薦者】千葉 聡
【推薦作品】オリンピア
【作者】デニス・ボック
【訳者】越前敏弥
【出版社】北烏山編集室
【推薦文】
家族はうつろう。幼子はすぐに子どもになり、気づけば大人になっている。自分のカラーを出していた親は、すぐに寂しい老人になる。1963年のベルリンオリンピックから、1992年のバルセロナオリンピックまで。五輪イヤーを中心に、家族の、一族の歴史を描いた連作短編集。それぞれに個性が見えて、親しみを感じるようになってきた作中の一人ひとりが、読み進めるうちに、どんどん変化していく。家族全体が、成長し続ける時間怪獣になったかのように、誰もが年をとらされる。変化を受け入れてゆく家族一人ひとりの姿がいじらしい。読者はきっと、自分の家族と比較しながら読むことになるだろう。この小説の世界に身を浸しているうちに、家族と我が身、どちらも、いとおしく思えてくるはずだ。


【推薦者】深山エダ
【推薦作品】スマック シリアからのレシピと物語
【作者】アナス・アタッシ
【訳者】佐藤澄子
【出版社】2nd Lap合同会社
【推薦文】
知らない事を知るのが好き
美味しいものを食べるのはもっと好き
度重なる国難に遭いながらも
そこには家族と祖国を大切に暮らす
愛情あふれる普通の生活がありました
おばあちゃん、お母さん、友人達の手によって進化して来た料理の数々
少年から大人に成長して行く作者のエッセイ
楽しく読ませていただきました
写真も素敵で私のキッチンがグレードアップしました


【推薦者】小林基一
【推薦作品】ザ・ロング・グッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
チャンドラーといえば名文句です。これがどう訳されているか、チャンドラーファンなら誰でも真っ先に知りたいところです。一番有名な言葉「さよなら・・・・」について、個人的には、はっきりしすぎていて、既訳のほうがなんとなく良いとおもいました。けれども他になるほどと思う言葉といくつも出会いました。「一旦平常心を失うと、今まで滑らかに行っていた事が、一々頭で考え気合を入れなければできなくなる」とか「犯罪は社会の病根が起こす症状の一つにすぎない」とか「まとうさを欠いた生き方をしている人間に、まとうな行動を期待できない」とか、そういった言葉が適切な訳で随所に出てきます。名文句を発見するのもこの本の楽しみ方の一つではないでしょうか。


【推薦者】長縄英里香
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな――自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング/リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
私には重度の自閉症を持つ弟がいます。著者であるジョリー・フレミングさんが語る自身の姿は、弟やその周りの自閉症の人たちと重なるところが多く、また真っ直ぐで思いやりに溢れるジョリーさんの人柄が伝わる言葉遣いも相まって、引き込まれるように読了しました。
以前からよく言われている「障がいは個性だ」という言葉を私はなんとなく腑に落ちずにいたのですが、ジョリーさんの考えに触れることで納得がいきました。
自分の周りにはいろんな考えの人がいる。自分の普通は普通ではないかもしれない。これは障がいの有無に関わらず、誰しもが心に留めておきたい大切なことだと感じています。
自閉症に興味を持っている人だけでなく、様々な人に読んでもらいたい一冊だと思い、本書を推薦いたします。


【推薦者】田籠由美
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
本書の最後のページを閉じたとき、ひとりひとりの命と多様性が尊重される世界の実現を著者と共に心から願う自分がいた。
著者のジョリー・フレミングは自閉症や脳性麻痺などさまざまな障害をかかえながらオックスフォード大学院で地理環境学を学び、現在は母校の米サウスカロライナ大学で研究員として地域社会を支援している。幼いときから言葉も感情も苦手だったジョリー。彼は一般の人びとと違い、大きな感情に動かされることがない。それゆえに、社会にまん延する自己の文化・イデオロギー・アイデンティティー・世界観への強いこだわりやその他者への押しつけは、感情的すぎて彼を困惑させる。こうした自閉症ならではの視点から見ると、感情に走りすぎることは多様性の尊重を妨げる一因かもしれない。
定型発達者が障害者に何をできるか考えることも大切だが、本書を読むと彼らから学べることが多いことに気づかされる。


【推薦者】暁
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな
【作者】ジョリー・フレミング リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
ある自閉症の青年がパソコンやテレビを壁に投げつけて壊し、頭をドアに何度もぶつけて自らを傷つけている動画を観たことがある。青年の父親は、「壊れたら困るという強迫観念から、壊れる前に自分で壊してしまおうと思うのだろう」と話していた。苦しみながら青年を育て、青年に寄り添ってきた父親だからこその発言だ。定型発達者のために作られている世界で、そうでない人々が何を思いどう行動するかを教えてくれるものは少ない。自閉症の著者がライターを通して自らの心を開いて見せてくれる本書は貴重な記録だ。定型発達者もそうでない人も、ひとりひとりが個別の頭脳と才能を持ち、異なる考え方や行動をする人間だ。豊かな社会で幸せに暮らし、与えられた人生を全うしたいと考える人間だ。本書は、異なる人間同士が力を合わせてどう生きるべきか、よりよい世界をどう築いていくべきか、さらには人間の尊厳とは何かを考えさせてくれる一冊だ。


【推薦者】額に星のある猫
【推薦作品】天文学者は星を観ない
【作者】シム・チェギョン
【訳者】オ・ヨンア
【出版社】亜紀書房
【推薦文】
数年前に韓国から取材にきた記者と話す機会があり、在日の友人が「韓国の若い人は統一のことをどんなふうに考えていますか?」と聞いた。記者の答えは「関心がない。遠いことだと感じている人が多いと思う」で、友人は聞かなければよかったという顔をしていた。
この本は韓国の天文学者である女性によるエッセイで、月の研究者だが月に行きたくはないというユーモアや、専門的かつ親しみやすい宇宙の知識が詰め込まれている。その中に統一という言葉がさらりと出てきたとき、あのときの友人の顔を思い出した。
さらに読み進めると、韓国でこぐま座の星とその衛星の名前を公募した結果、星が「白頭」、惑星が「漢拏」に決まったという一文に、目頭が熱くなった。それぞれ朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国を代表する山の名だ。「統一を願う意味も込められている」と添えられた一文が、著者の原文なのか、翻訳者によるものなのかは分からないが、それを日本語の読者に伝えたいという思いを感じた。
あのときしょげていた友人に、この本のことを伝えたい。


【推薦者】Natalie
【推薦作品】母を失うこと
【作者】サイディヤ・ハートマン
【訳者】榎本空
【出版社】晶文社
【推薦文】
大西洋奴隷貿易の航路を辿って、ガーナに辿り着いたハートマンはすぐに気づく——ガーナは、黒人奴隷の子孫たちにとっての夢の故郷ではなかったと。その絶望からスタートする旅路の中で、彼女は奪い取られ、途絶えさせられた人々の痛みを、リストにするかのようにこぼさず集めていく。原著ではきっと読み通すことができなかったこの本が、ハートマンの声の温度を伝えるような素晴らしい訳で読めてとても嬉しい。


【推薦者】あおい
【推薦作品】台湾漫遊鉄道のふたり
【作者】楊双子
【訳者】三浦裕子
【出版社】中央公論新社
【推薦文】
日本人の主人公と台湾人の通訳、ふたりの女性同士が日本統治時代の台中で出会って、引き合いながらも、ぎくしゃくな関係になります。著者にとって外国人の主人公を仕立てて、わざと翻訳調で書かれたこと、後書きで書かれました。それに対して、日本語版は元にある設定を見事に再現されると感じながら、読みすすみました。しっかりした地の文とテンポ良い会話、登場人物それぞれのキャラクターが立っていて、痛快な読み応えです。


【推薦者】ZD
【推薦作品】ミダック横町
【作者】ナギーブ・マフフーズ
【訳者】香戸精一
【出版社】作品社
【推薦文】
エジプト・アラビア語圏初のノーベル文学賞受賞作家が、カイロの下町ミダック横町の人々のせちがらい暮らしを、乾いたユーモアで描く。
第二次世界大戦の終戦間際のエジプトが舞台で、町にはイギリス軍が駐屯し、我が物顔に振る舞っている。そのような状況下でも、信仰心が篤く(イスラム教徒である)、懸命に生きる横町の住民たち――床屋の青年、喫茶店を営む家族、歯科医、お菓子屋など――は、したたかで逞しく、魅力的だ。著者のノーベル文学賞受賞が1988年、『ミダック横町』はそれよりずっと前に出版された著者の代表作の一つであるにもかかわらず、これまで邦訳が出ず埋もれてしまっていたそう。発掘されてよかった、と心から思う。


【推薦者】上原のん
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな
【作者】ジョリー・フレミング
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
自閉症の人について書かれた本は多数存在しますが、多くは自閉症を理解することに重点が置かれているように思います。しかし本書の著者ジョリー・フレミングさんは、自閉症でない人が自閉症について理解できるとは思えない、と言います。自閉症の人と自閉症ではない人がそれぞれのことを一生懸命説明しても、おたがいに首をかしげるだけなのではないか、と言うのです。この言葉に初めは衝撃を受けましたが、読み進めていくにしたがってジョリーさんの真意が伝わってきて、これまで自分が何に囚われていたのかが見えてきました。理解しようとする思いを、社会に生きる誰もに何らかの役割を見い出そうという方向に転換できれば、2016年に日本で起きた恐ろしい事件のようなことを防ぐことができるし、より良い社会を作り出せるはず、というジョリーさんの考え方を、多くの人に知ってもらえたらと思います。


【推薦者】匿名と申します
【推薦作品】ようこそ、ヒュナム洞書店へ
【作者】ファン・ボルム
【訳者】牧野美加
【出版社】集英社
【推薦文】
現代の世知辛い日々の中で、この小説からは本屋や本を通して人同士の程よい距離感での心地よい優しさや思いやりを感じ擦れた心がひととき癒されるのである。悩み、揺らぎ、挫折しながらも、自分のささやかな努力を認め慰められるありがたい小説だ。『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』は今悩み疲れている人間を応援してくれる小説でもある。牧野美加さんが訳す本はどれも優しく人間愛に溢れている。老若男女ぜひ読んでほしい。


【推薦者】楊墨秋
【推薦作品】君との通勤時間
【作者】林珮瑜、余惟(撮影)
【訳者】楊墨秋
【出版社】KADOKAWA
【推薦文】
訳者による自薦になります。
本作は台湾の人気脚本家によるBL(ボーイズラブ)小説です。挿絵の代わりに文中に挿入された50枚あまりの写真と画面感の強い文章が組み合わさり、とてもドラマ的な仕上がりとなっております。ストーリーも軽やかで優しく、普段BLを読まれない方にもおすすめできる一作です。
一文一文手塩をかけて育てましたので、ぜひご賞味ください。
なお本作は2023年11月に本のフェアトレードさまより、フェアトレード認証をいただいております。
フェアトレードならでは(?)の仕上がり、どうぞお確かめください。


【推薦者】村田実樹
【推薦作品】スマック シリアからのレシピと物語
【作者】アナス・アタッシ
【訳者】佐藤澄子
【出版社】2ndLap合同会社
【推薦文】
シリアという国はニュースでしか知らず、残忍な大統領とテロの国という浅い知識しか無かったので、料理がこんなに多種で彩り豊かとは知らなかった。素材を生かしスパイスをセンス良く使った料理の数々。「レシピ」という調理の物語を紹介する翻訳はまるでこの本に出てくるお母さんが横にいて教えてくれるような距離の近い語り口。ところどころに入る家族や幼い頃の思い出は、この本をただのレシピ本ではなく、シリアの小さな家族のささやかな暮らしと文化を伝えてくれる。
ページをめくる度、家族の温かい時間がふんわりと香ってくる。そんな本だ。


【推薦者】アシュリー
【推薦作品】エディ、あるいはアシュリー
【作者】キム・ソンジュン
【訳者】古川綾子
【出版社】亜紀書房
【推薦文】
韓国で受賞歴も多い作家キム・ソンジュンの初の邦訳単著であり短編集。
移民やジェンダーといった現実社会で起きているコトを風呂敷のように広げ、空想のマシュマロを中にいっぱい詰めた包みをよいしょと担いで、物語を語りながら一つずつ落としては後ろをついて歩く人に味わわせてくれるような作品。ほろ苦かったり、胸がぎゅっとなったり、焼きマシュマロのように甘いけれど熱すぎてなかなか飲み込めなかったりする。ただ、全てがふわふわしていて唯一無二の食感。
中でも「木の追撃者 ドン・サパテロの冒険」は空想好きの私のお気に入りだ。破天荒で魅力的な妻を亡くした夫が悲しみを癒す術がわからず壊れてしまいそうになる。うちだってもしかして?と思えて切ないことこの上ない。それなのに逃げていく「木」の動き、しぐさが実に可笑しくてたまらない。作家の筆力の賜物ではあるのだろうが、まるで最初から日本語で書かれたように読めることに感謝し、賞賛を贈りたい大好きな作品。


【推薦者】高原英理
【推薦作品】are you listening? アー・ユー・リスニング
【作者】ティリー・ウォルデン
【訳者】三辺律子
【出版社】トゥーヴァージンズ
【推薦文】
グラフィックノベル。どちらも髪が短いので一見少年と青年にも見える二人の女性が迷い猫とともに自動車でどこかへゆく。行先はひとまず決まっていたはずなのだが、猫の飼い主の家を探すことが主となり。そうしながら、そしてたびたび思惑の齟齬を見せながら、互いの心の痛い所がうかがわれてくる。少女ビーの最初の態度はとてもよくない。自分の感情が先で相手ルーの都合を考えない。十代後半の少女には当たり前の「自分を抱えきれない」様子がリアルだ。年上のルーが寄り添い過ぎずに手をさしのべる。ともにマイノリティであることを告げ合う。こうしていくらか道が通じて二人は相棒となる。後半、魔術的な表現が始まり、それとともに『モモ』の時間泥棒みたいな、なんだかよくないらしい組織の黒っぽい男たちから逃げ、そして。この頃には読者もこの二人にチューニングができている。ルーの少し大人な、でもやっぱり子供なところを捨てない愛らしさへの、ビーの求める気持ちへの、そして二人の経験の辛さへのいたわりとともに。


【推薦者】Saori
【推薦作品】チョプラ警部の思いがけない相続
【作者】ヴァシーム・カーン
【訳者】舩山むつみ
【出版社】ハーパーコリンズ・ジャパン
【推薦文】
チョプラ(元)警部とコンビを組むのは子ゾウのガネーシャ。まずそれだけでワクワクする設定です。しかも暴力や殺人事件がつきもののミステリーに子ゾウでてくると場面が少し和らぐ感じが良かったです。いろんな不平等さを抱えるインドという国が時代と共に理想が変わっていく様子にいろいろな事を考えさせられます。舩山むつみさんの翻訳は知的な言葉遣いの中にも読みやすさがあり、いつも楽しみにしています。


【推薦者】中野宣子(自薦)
【推薦作品】鹿川は糞に塗れて
【作者】イ・チャンドン
【訳者】中野宣子
【出版社】アストラハウス
【推薦文】映画監督として世界的に有名なイ・チャンドンが、「映像の世界への転換点となった」と振り返る小説集。
5編の中・短編が収録されており、いずれも朝鮮半島の南北分断、独裁政権下の暴力と民主化運動、経済発展がもたらした産業化や都市化に伴う諸問題を背景に、特に確固たる思想や大きな野望はないけれど、矛盾を抱えて懸命に生きるごく普通の人びとの姿が描かれている。
表題作「鹿川は糞に塗れて」は、大規模なマンション団地建設中の街を舞台にした物語。苦労を重ねた末に教職に就き、結婚もしてやっとマンションを手に入れた兄のもとに民主化運動をしていた弟が訪れて、自分たちの生がマンション建設に携わる労働者たちの排泄物と、工事中に出たゴミの上に建てられた偽りの生だということが露呈する。ここにはまさに現代の韓国の現実が描かれており、それは日本にも共通する問題だ。
その日本の現実を考えるためにも、訳者としてぜひ読んでほしい一冊である。


【推薦者】まゆぼー
【推薦作品】終わりのない日々
【作者】セバスチャン・バリー
【訳者】木原善彦
【出版社】白水社
【推薦文】
主人公トマスの一人称の語りがグルーヴしていてかっこいい。ゆらめく水面の輝き、「尻(けつ)の穴みたいに臭い」熊の脂、一曲しか知らない子守唄を繰り返し聴かせて少女を眠らせる優しい時間などなど、清と濁、静と動、明と暗を自在に行き来する。読み始めてすぐ、バッファローの群れを追いかけるシーンでしびれた。
アイルランド人を自虐的に語る「酒の飲み方が他の人類とはどこか違う。」という一文には心の底から笑った。新宿でアイリッシュパブやってたおじさんに聞いた話だけど、2002年日韓共催W杯のとき、アイルランドのサポーターがどこで知ったのか店に押し寄せてきて、ビールを全部、本当に店にあるビヤ樽も瓶ビールも全部飲んでしまったそうだ。「あんなの初めてだった。あいつらすごい」と、しみじみ呆れて話してた。他の人類とは違うみたいですよ。


【推薦者】YN
【推薦作品】私たちは幸運だった あるユダヤ人家族の離散と再会の物語
【作者】ジョージア・ハンター
【訳者】墨かおり
【出版社】水声社
【推薦文】
ナチ・ドイツによるホロコーストの現場であったポーランドで、ユダヤ人が家族全員で生き延びるのは奇跡に等しかった。クルツ家が経験したこの事実は、一家の子孫である著者によって偶然に発見され、およそ10年にわたる綿密な調査を経て、スリリングなストーリー展開と広大なスケール感を併せもつ長編小説へと紡がれた。奇跡的な出来事の重なりが、類い稀な情熱と筆力に出会って生まれた、まさに奇跡のような一冊だ。総勢8名の主要登場人物の足跡を追う中で、読者は「第二次世界大戦中のユダヤ人」ときけば「ホロコースト」を思い浮かべるある種の固定観念を覆す数々の史実に直面する。戦争を捉える視野が格段に開かれる読書体験だ。日本語訳刊行前にすでに全世界で16言語に訳され、Huluのテレビ・シリーズの配信も予定されている本書。日本語教育を専門とする訳者が、専門用語を調べ上げ、滑らかで読みやすい日本語で本書を届けてくれたことは、日本語読者である私たちの「幸運」だ。


【推薦者】Mira
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング/リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
五歳で自閉症と診断されたジョリーはホームスクーリングで勉強を続け、ついに名門オックスフォード大学で修士号を取ります。ならばサクセスストーリーや自閉症者へのアドバイス集かと思えば、そうではないのです。聞き手のリリックがきめ細かく言葉をえらんで質問するなかで、ジョリーは自分の頭のなか、行動の理由、普段感じていることを懸命に語っていきます。彼が描いた自分の精神の図とその説明は、科学的な常識にとらわれず自分と向き合ってきた成果にも見えます。ジョリーが挙げた効果的なコミュニケーションの方法は、定型発達者どうしの苛立ちや喧嘩を防ぐこともできそうです。原書タイトルのHOW TO BE HUMANは自閉症者のことでなく、誰もが人間らしく優しくなるにはどうしたらいいだろう、と問いかけているのかもしれません。読む人ひとりずつのなかに優しい世界を創ってくれるこのノンフィクション作品を日本翻訳大賞に推薦します。


【推薦者】シバフネ
【推薦作品】ザ.ロング.グッドバイ
【作者】レイモンド.チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
本作はハードボイルドの代表作と言われています。その特長はカメラアイとドライな文体です。でも翻訳もののカメラアイは理解が難しい、何しろ情景のイメージがわからないから。この訳ではその難点をイラストでカバーしています。良いアイディアだと思います。訳文は言って見れば清水俊二のリズム感と田中小実昌のアウトロー的なタッチを融合させて現代的なハードボイルド.フレーバーに仕上がっています。とにかくマーロウがカッコいい。ハードボイルド ファンにはお勧めの一冊です。


【推薦者】富岡野中真理子
【推薦作品】なんにもおきない まほうのいちにち
【作者】ベアトリーチェ・アレマーニャ
【訳者】関口英子
【出版社】ポリフォニープレス
【推薦文】
わーい!なんて綺麗なオレンジ色なんだ!表紙に大きく描かれている主人公の男の子の雨ガッパの色さ。この絵本を仕事机の隅に飾ったら、気の重い日も悲しい日も、心が明るくなったよ。絵もお話も素晴らしく、翻訳も心にしみる。男の子はせっかく森の家にママと来たっていうのに、ママはパソコンでずっとお仕事している。退屈でゲームばっかりやっている彼が沼のほとりで泣きべそかいてる時、カタツムリの行列が森からやってきた。「『そっちに、なにかおもしろいものがあるの?』と、ぼくがきくと、『うん、あるよ』と、カタツムリたちは こたえた。おもわず つのにさわってみると、ゼリーみたいに ぷよぷよだった。」ぷよぷよのつので「うん、あるよ」って言うカタツムリ、いいじゃん!絵本は漢字とひらがなの使い分けも大切。そこもバツグン。男の子が土の中の世界と出会う場面(絵も圧巻だ❤️)「石ころやすなつぶ、どろのかたまり、木の実や根っこが、もぞもぞと ゆびさきでうごいていた」(漢字にはルビ)石、木、実、根の文字が、絵と一緒に光っている。


【推薦者】匿名希望
【推薦作品】月かげ
【作者】ジェームズ・スティーブンズ
【訳者】阿部大樹
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
すごいなと思ったのは、最初読んだときはホラーだったり幻想小説だと思ったのが、なんか気になってもう一回読むとちょっとの小道具でサイドストーリーのあるのが暗示されてて、そう思って読むと全然違う話だったと気づいた、というのが全部の短編にあったこと。一番怖かった「同級生」の話も、ちょっとでてきただけのスペイン、って言葉で、同級生さんがただのアル中じゃなくて、実は理由があっての…と、なって、そう思うと怖いだけじゃなくて別の話になってくるな、となった。「飢餓」も、ダブリンの話って書いてて、それで十分なんだけど、狼って出てくるところで、あ、これダブリンだけじゃなくて…、というのが、しかもサイドストーリーについてはそれ以上なにもなくて、放っておかれてる感じで、忘れられないなという感じでした。


【推薦者】愚銀
【推薦作品】七年の最後
【作者】キム・ヨンス
【訳者】橋本智保
【出版社】新泉社
【推薦文】
文学を愛し、ただ田舎教師をしながら詩を書き続ける夢を追った詩人キヘン(白石ペク・ソク)を飲み込んで逃さない残酷な政治。キヘンは後半生を極寒の僻地で羊飼いをしながら、発表できない詩を書いては燃やし、生きていく。この小説は読む者に詩とは何か、書くことの意味ってなんだ、生きるってどういうことなのか、と突きつけてくる。
巻末の「作家のことば」「訳者あとがき」もそれぞれ素晴らしい。


【推薦者】木村久佳
【推薦作品】大仏ホテルの幽霊
【作者】カン・ファギル
【訳者】小山内 園子
【出版社】白水社
【推薦文】
読み始めた手を止めることができなかった。実在したホテルを舞台にすることで、小説家と小説は別物という近年よく聞く話をことごとく覆してくる構成。創作をし続ける中で感じる苦悩、苦悩に抗うために奔走する姿は著者本人の体験談なのではないか?と思うほどリアル。本の中で描く物語「大仏ホテルの幽霊」も、擬似体験談の延長で執筆されたものという位置付けで、これもあいまって読者が著者本人の体験談と勘繰ってしまうようミスリードしている演出に、著者の手の内で清々しく転がされる感覚を味わえる。お隣の国と文化圏が似ていることもあるけれど、理解できるよう言葉を尽くした翻訳も素晴らしかった。


【推薦者】田畑智久
【推薦作品】『「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方』
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
自閉症であるジョリー・フレミングが、インタビュアーのリリック・ウィニックとの対話を通じて自らの思考や生活について詳細に語っている画期的な本である。丁寧に紡がれたジョリーの言葉が明らかにするのは、定型発達者が「ふつう」とされることで生じる現代社会の諸問題だ。そのような社会において、彼は自分と他者を思いやって暮らすための独自の処世術を身につけており、その実践の記録もまた実に思慮深い言葉で記されている。同じ世界に生きる人々同士が、他者への愛とケアを欠かさずに暮らしてゆくことの大切さを教えてくれる唯一無二の本として、強く推薦する。


【推薦者】おてんき
【推薦作品】ザ・ロング・グッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
とにかく一番よかったのはイラストです。チャンドラーは描写が細かくてその情景を読んでいると本当に疲れます。地図が出ていたのでマーロウが三人の医者を一日で周り、再度ドクター・ヴァーリンガーのところへ行く大変さが分かりました。それから壮大なウェード邸の外観と間取りもあったから込み入った話がすんなり頭に入りました。こうやってみると翻訳は単に文字だけではなくてイラストも重要な翻訳ファクターだと思いました。それからあとがきが重要です。地方検事局と保安官本部の微妙な関係、保安官助手の制度から始まって拳銃についてのことなどを読むと文中さりげない記述、出来事、会話が実は重要な意味を持つことに、特にアイリーンがマーロウの説明に対して馬鹿にしたような態度をとった意味がわかりました。それで改めて本文を読むとチャンドラーの仕掛けの凄さが分かってきます。本文の翻訳、イラスト、あとがきを含め推薦します。


【推薦者】理子
【推薦作品】マナートの娘たち
【作者】ディーマ・アルザヤット
【訳者】小竹由美子
【出版社】東京創元社
【推薦文】
無名のシリア出身のアラブ系アメリカ人によるデビュー短篇集。出版業界は移民系作家に、各々の文化を代表し、それをメインストリームの白人読者に口当たりがいい形で提供することを期待するが、そんなのはまっぴらだ、と言うアルザヤット。おかげで(?)どの短編も簡単には読み進められず、またどの短編も似ておらず、未踏の地に分け入るように慎重に読むことが求められる。例えば冒頭の『浄め(グスル)』。亡くなった弟の遺体の浄めを姉がするというもので、これは本来同性の仕事で女性がすることはハラーム(禁忌)に当たる。けれど無理を通し弟の身体を浄める姉。浄める部位とともに記憶が交錯し、そこから読者はイスラムの教えや家族の過去や姉弟だけの秘密や弟の死因を、身体からシドラトゥルムンタハ(聖木)の匂いがするまでにようやく知る。他の短編も同様で、世界は複雑で多様で残酷だということを改めて考えさせられる、いま読まれるべき短篇集です。これを掘り出してきた編集者と、受けて立った(?)訳者に敬意を表したい。


【推薦者】VIVA
【推薦作品】『鹿川は糞に塗れて』
【作者】イ・チャンドン
【訳者】中野宣子
【出版社】アストラハウス
【推薦文】
映画好きの知人から「イ・チャンドンはすごい」と聞かされて、配信で「ペパーミント・キャンディ」と「オアシス」を観た。圧倒された。昨夏、書店でその監督の小説集が出たのを知った。とてつもないタイトルに一瞬おじけづいたが、現代アートの大竹伸朗の装画の、本の佇まいもカッコよかった。映画のシノプシスに肉付けしたようなものかもしれないと読み始めたが、予想はみごとに裏切られた。極上の小説集だ。収録6作品、どれも地べたを這いずり回る人間の、愛おしいような狂気に満ちている。表題作は、さえない教師の主人公が必死に作り上げた「小市民的幸せ」が、官憲に追われるイケメンの弟の出現で脆く崩れていくという話。「ノクチョンはくそにまみれて」という、鼻をつまみ目を逸らせたくなるタイトルも納得だった。すでに小説家ではない作家の三十年も前の作品が、端正で読みやすい日本語訳で刊行されたことにも感謝したい。


【推薦者】岩堀 兼一郎
【推薦作品】飢えた潮
【作者】アミタヴ・ゴーシュ
【訳者】岩堀 兼一郎
【出版社】未知谷
【推薦文】
既存の文学観にとらわれず、歴史・人類学の深い知識を活用し、あらたな世界文学の地平を切り開き(しかも読んで面白い!)、近年思索家としても注目を集めているアミタヴ・ゴーシュ。すでに世界的評価が確立された大作家ですが、日本での受容は進んできませんでした。
インド・バングラデシュ国境のマングローブ・シュンドルボンを舞台に、人間と生態系との関係や、言語・翻訳についての本質的な思索、さらに、災害、貧困、不平等、政治、差別、地質学、信仰などなど、ありとあらゆる今日的なテーマを詰め込んだ本作は、いままさに読まれるべき作品です。
本作の翻訳について、出版以来、さまざまな媒体で好意的な評価をいただきましたし、それに加えて、翻訳者本人が出版社探し・クラウドファンディング https://camp-fire.jp/projects/view/632777 による資金集め・原著者との契約交渉・広報・販促まで実施した案件であり、ひとつの翻訳プロジェクトとして、ぜひご評価いただきたいと思っています。(訳者本人)


【推薦者】匿名希望
【推薦作品】図書館
【作者】ゾラン・ジヴコヴィチ
【訳者】渦巻栗
【出版社】書肆盛林堂
【推薦文】
アンソロジーではしばしば取り上げられることのあったセルビアの幻想作家、ゾラン・ジヴコヴィチ。ようやく一冊まるごと通読できる「単著」として邦訳され、そしてシリーズ出版されるそうである。その第一弾である『図書館』はジヴコヴィチの代表作であり、ユーモアと幻想の塩梅が素晴らしい。『怪奇幻想の文学』ほかで頭角を現し始めた訳者による邦訳も端正だ。


【推薦者】RA
【推薦作品】幽霊ホテルからの手紙
【作者】蔡駿
【訳者】舩山むつみ
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
誰が呼んだか「中国のスティーブン・キング」と称えられる中国の人気作家、蔡駿のホラーミステリー。私は本作の「美」にこだわった内容に圧倒された。
まずは、「女性」の美しさ。冒頭に登場する女性の透明感と妖艶さでまず物語の世界へと引きずり込まれ、幽霊ホテルで出逢う女性の謎めいた嫋やかさで作品の沼にすっかりはまってしまった。
次に、「風景」の美しさ。怪しげな幽霊ホテルと、その周囲の殺伐、荒涼とした光景。本の表紙に表現されたようなイメージがありありと目に浮かび、更なる没入感を得ることができた。
そして、「形式」の美しさ。最後にアッと驚く仕掛けが待っており、それがこじつけではなくすっきりと腹落ちする。ホラーでありながらも読後感は爽快だ。
最後に、この美しい作品を美しいままに日本の読者へと届けた「翻訳」の美しさ。作品と翻訳の「美」が美しいハーモニーを奏でた本作を、私は2023年の日本翻訳大賞に推薦したい。


【推薦者】タカラ~ム
【推薦作品】ハリケーンの季節
【作者】フェルナンダ・メルチョール
【訳者】宇野和美
【出版社】早川書房
【推薦文】
村の人から「魔女」と呼ばれていた人物が死体で発見されるところから物語は始まる。各章で視点人物が変わり、事件や魔女を取り巻く様々な事実、村社会の闇、貧困、ドラッグといった暗部が語られていく。複数の視点から描くことで、そうした闇が徐々に明らかになっていき、読んでいて暗闇の奥深くに引きずり込まれていくような感覚を覚えた。改行もなく、会話と地の文の入り混じった文章で読むのに時間のかかる作品ではあるが、その分ゆっくりと物語の世界を意識し、登場人物たちの関係や葛藤などを感じながら読むことになるのも、そのような感覚を覚える要因になっているのだろうと思うし、翻訳には相当な苦労があったのではないかと思った。宇野さんの訳業とスペイン語圏の文学がこれからさらに翻訳紹介されることを期待して、本作を推薦します。


【推薦者】pon
【推薦作品】スマック シリアからのレシピと物語
【作者】アナス・アタッシ
【訳者】佐藤澄子
【出版社】2ndLap
【推薦文】
シリア家庭料理の本ですが、家族の情景や食卓の思い出が綴られ、平和だったシリアを感じられる温かい本です。レシピも平易で読みやすく、なじみがない料理もとっつきやすく、つくりやすい。翻訳は作者の率直な街いのない書き方を再現しています。


【推薦者】内田周作
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
傷つきやすそうだし面倒だから本人には言わない。そんな言葉を何度も聞いた事がある。
ミソジニーや劣等感、大人気なさを抱える主に男性への言葉だ。
コロナ禍以降、人と人の距離は希薄になり、自分に吐きつづける嘘を指摘されぬままの男性の醜さが溢れる現代日本に「塵に訊け」が改めて翻訳、出版された意味は計り知れない。
溢れるミソジニーと劣等感を振り撒きながら若き生を疾走するアルトゥーロは読んでいて身悶えするほど愚かしい(同時に輝かしくもあるのだが)が、その自身の碌でもなさと向き合い書き表したファンテの客観性と正直さ、そして勇気にこそ、この物語が生まれて八十余年を経ても読み継がれるべき理由を強く感じる。
さらに新訳においてより原著にそったつんのめる程のリズムを本作が手に入れたことによって、現代においても鮮やかさを感じさせる作品となったことも特筆に値する。
そして何よりも作品に通底する社会からこぼれ落ちた人々への溢れかえるほどの愛情と根底にある「真っ当さ」。今を生きる私たちに必要なものが全て詰まっている。


【推薦者】月亮鼠
【推薦作品】七月七日
【作者】ケン・リュウ、藤井太洋ほか
【訳者】小西直子、古沢嘉通
【出版社】東京創元社
【推薦文】
日中韓三か国の作家のファンタジー作品10篇を収録した短編集です。韓国の作家の作品が一番多く掲載されています。表題作「七月七日」(ケン・リュウ)は七夕の夜に女性同士のカップルが体験する幻想的な天上の世界のできごとを描きます。「徐福が去った宇宙で」(ナム・セオ)は母星の周りを回る無数の矮星から資源を採掘する仕事をしているモンナとより進んだ文明を築いている星からの使者、徐福との交流を描きます。「海を流れる川の光」(藤井太洋)だけは日本人作家の作品で翻訳ではありません。


【推薦者】J.K.
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな―自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
自閉症であるか否かに限らず、自分を深く理解している人がどれほどいるだろうか。ジョリー・フレミングは自身を深く理解し、そして伝えてくれている。現代社会は概ねいわゆる「健常者」向けに設計されている。ハード面でもソフト面でも。自閉症者である同氏がそんな社会で生きる困難さも本書を読むことでうかがい知ることができる。多様性が謳われる一方で「普通」と見なされない人を排斥する言動が見られる現代において、読むべき一冊であると考え、推薦いたします。


【推薦者】リリー
【推薦作品】シャーロック・ホームズ 吸血鬼のなぞ
【作者】ライ・ホー
【訳者】三浦裕子
【出版社】小学館
【推薦文】
コナン・ドイルの「サセックスの吸血鬼」がベースとなっている、シャーロック・ホームズもの。小学生向けの児童書なのでところどころに子どもが笑えるコミカルな要素もあるが、本文は骨太の翻訳で大人が読んでも引き込まれる。文中の難解な熟語などには国語辞典からの説明(引用)が付けられているので、楽しく小説を読みながら自然と学習要素を取り入れられるという仕掛けも面白い。


【推薦者】電報サム
【推薦作品】結晶するプリズム 翻訳クィアSFアンソロジー
【作者】ジェニー・カッツォーラ、イン・イーシェン、ナディア・ションヴィル、ワニニ・キメミア、ゲイブ・アタグウェウィヌ・カルデロン
【訳者】岸谷薄荷、紅坂紫、善本知香、村上さつき、吉田育未
【出版社】『結晶するプリズム 翻訳クィアSFアンソロジー』編集部
【推薦文】
自分はクィアにもSFにも縁遠いし、と思いきや良い意味で裏切られた。なるほど、編者あとがきの通り、これは「少し(S)不思議(F)な小説」を含む可能性の爆発だ。
目に浮かぶのは、再現不能とも思える色彩や質感や、バレエのごとく幻想的な世界。そして必ずしも“クィア礼賛”ではない。ジェンダーに限らずあらゆる可能性が当たり前になった架空の場所と時代で、年頃の者たちが覚えるもどかしさや喜びを体験できる。
大きなポッケか小さなバッグに収まる軽量な本書には、外出一往復で読み切れる短編が5作。各著者の出身国が冒頭に記されているが、まずは先入観抜きで読むと面白い。
また、初めから日本語で書かれていたのかと思えるほど自然体な邦訳もあれば、敢えて異国情緒を前面に出したものもあり、今でこそ通用しそうな造語が続出する。
収められた物語以上に冒険と熱さに満ちた制作過程についてはあとがきで。こういう本が増えると、世の中が楽しくなりそうだ。


【推薦者】川勢 七輝
【推薦作品】アメリカ哲学入門
【作者】ナンシー・スタンリック
【訳者】藤井翔太
【出版社】勁草書房
【推薦文】
訳者解題が、本書を把握するためのエスコート役となっており、こちらから読むと、内容を把握しやすくなっている。また、著者の紹介も、業績を並べるだけでなく、どのような内容かの説明もあり、本書を理解する手掛かりとなった。読み進めるための目的を思い出すためにも、途中で「本書の意義」を何度も読み返したほどだ。
また訳者による邦訳の推薦文献など、細やかな仕事が本書には多く詰まっている。
入門書を、邦訳で手に取る人がいったい何を求めているのかを知り尽くしているかのような、補足や訳者による強調。終始ありがたい、と思える心地よさで読むことができた。


【推薦者】江原ルナチ
【推薦作品】三世と多感
【作者】カレン・テイ・ヤマシタ
【訳者】牧野理英
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
カレン・テイ・ヤマシタの凄さは「語らぬ」ことによって、豊穣なほどのイメージを喚起するところにある。冒頭の「風呂」にしても、それが言える。双子の母が風呂にこだわるのは、収容所での風呂体験がいかに乏しかったかを物語るのだが、決してそれを露呈しすることはない。阪神淡路大震災、東日本大震災、そして直近の能登半島地震の被災者が「入浴」を希求する場合、それを直接口にすることは可能である。しかし、人種差別の産物である大戦時強制収容、という不条理に対して、直接口にすることの虚しさは計り知れない。ヤマシタは、「語らない」ことの文学的効果を最大限援用している。同質の技法は、感覚をむしろ抑えた「多感」の表現となっている「しかたがないともったいない」の中にも認められ、日系作家の微妙な心理の表出としても秀逸のものと思われ、訳者の努力はその点に集中しているといえる。


【推薦者】A.H
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
障害を持つ当事者として、本書を推薦したいと思います。
本書では、著者のジョリー・フレミングが、自閉症のために感じる困難や「自分や自閉症者のために世界が設定されていない」という感覚のみならず、それでも人と交流したいという気持ちや、生きる上で大切にしている価値観について、細やかに語ってくれています。
注意深く話を聞き、思考した上で相手を理解しようとするジョリーの姿に「わたしたちは感情や先入観が邪魔をして、対話できていないのではないか」との思いを強くしました。
日本語版附章でも触れられているやまゆり園の事件などを考えると、障害当事者の声に耳が傾けらず、対話が進んでいない現状も確かにあります。
ですが、1人1人を理解しようと対話が進めば、障害がその人の一部として受け止められる未来も来ると、強く励まされました。
本書を読み、そんな未来へ向けて一緒に行動してくれる方が増えれば、とても嬉しく思います。


【推薦者】川崎夢三志
【推薦作品】ザ・ロング・グッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
訳者によれば、原文には時として意味不明な個所があるそうで、そこを訳者が想像力を働かせ明瞭に訳したとのこと。一例をあげれば、大金持ちの町のボスの発言箇所を、既約本Aと比較すると
A「ミスター・マーロウ、一本電話をかければ君の探偵免許を取り消すことができるんだよ。私に口答えしない方がいい。そういうことには我慢できないのだ」
今回訳「ウエードには手を出すな。電話一本だ、マーロウ君。それで君の免許は終わりだ。のらりくらりはやめることだ。その先へ進んじゃいけない。容赦はしない」
他にも、検視官が意見を言う場面では
A「まさか公表するつもりじゃないだろうな?」
今回訳「まさか握りつぶすなんてことしないよな、冗談抜きで」
など、かなりニュアンスの違いがある。
以下全編を通して本訳ではかなり平易で砕けた文章(特に会話で)になっていて、その意味でこれは斯界に新風を吹き込む意欲作と言え、一読に値すると思う。


【推薦者】りんご
【推薦作品】その輝きを僕は知らない
【作者】ブランドン・テイラー
【訳者】関 麻衣子
【出版社】早川書房
【推薦文】
とある理系大学院生の週末を描いた物語。マイノリティに対する、静かな、ともすれば掴みかねてしまうような「穏やかな」抑圧がはびこる空気感をこれでもかと仔細にとらえている。主人公の懊悩に満ちた濃密な語りは、社会の中で透明化されてしまう苦しみやもどかしさ、それらに対する諦めや静かな怒りをありありと伝え、読者をその感情の渦からけっして逃さない。


【推薦者】こいぬ
【推薦作品】クジラと話す方法
【作者】トム・マスティル
【訳者】杉田真
【出版社】柏書房
【推薦文】
アーサー・C・クラーク/著、小野田和子/訳『イルカの島』(創元SF文庫)の復刊を待望していますが、最前線が飛び込んできました。イルカに初めて触れたときに注意深く存在を確かめた日のことが思い出されました。悩み決断しては苦悶しながらも継続する軌跡が此処に在りました。継続する今を知らせてくれた、こちらの翻訳本を推薦します。


【推薦者】ビターテイスト
【推薦作品】ザ・ロング・グッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
ザ・ロング・グッドバイの新訳がでると既訳との比較がしたくなる。新訳はとにかく全文乾いていて軽快、可読性が高い。例えばヤクザがマーロウを殴った後のセリフ、受ける印象は異なる。田口訳「おれを笑わそうなんて思わなくていいからよ、三文探偵、お前にはもうそんな時間はないんだよ」新訳「俺にふざけた口きくんじゃねえ、チーピー。そのふざけた真似が命取りになった」それに新訳はロジックとしてもより妥当と感じる。例えば地方検事補がマーロウの釈放命令書にサインしたあとのセリフ。田口訳「今回の容疑はこれからもずっとお前の首にかけられたままになる」新訳「ここでの会話はお前にいつまでも付きまとう」検事補は、事件はもう存在しないと言ったので容疑も消えたのだ。


【推薦者】SAIKA
【推薦作品】三世と多感
【作者】Karen Tei Yamashita
【訳者】牧野理英
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
日系アメリカの文学について、今まであまり注目をしたことがありませんでしたが、この作品を読んで考え方が変わりました。著者のKaren Tei Yamashitaの日系アメリカ人3世の視点とJane Austenの作品の要素をよく読み取って翻訳がされていています。日本人がどのように第二次世界大戦をアメリカで生き抜いたのか、なにをもって日本人もしくはアメリカ人とするのか、日系アメリカ人の苦悩や生活などあまり注目されていない日本の歴史の一面が詰まっている作品でもあると思います。Sansei and Sensibilityが日本語に翻訳されて、沢山の日本人の方に読まれることは大きな価値があると思います。


【推薦者】ことたび
【推薦作品】乾杯、神さま
【作者】エレナ・ポニアトウスカ
【訳者】鋤柄史子
【出版社】幻戯書房
【推薦文】
本作品は、20世紀のメキシコを生きたある女性へのインタビューを、小説に再構成したものだ。主人公ヘスサは兵士としてメキシコ革命を経験し、その後は工場労働者や給仕、洗濯女など職を転々としながら、混乱の最中にあるメキシコの下層社会を生き抜いた。
本書で何より素晴らしいのは、主人公ヘスサの語りである。ヘスサの姿形、仕草、彼女を取り囲む風景が読み手の目に浮かんできそうなほど、ヘスサの声が耳に聞こえてきそうなほど、その描写は生き生きとしている。鋤柄の訳文は、原文が持っているであろうエネルギーを絶妙に再現している(わたしには原文を読むことはできないが、そう推測する)。まるで訳者の筆を通してヘスサが我々に語りかけているかのようだ。
どのページを開いても、一瞬一瞬を全力で生きるヘスサの姿がある。読者を退屈させる隙など全く与えはしない。落ち込んでいる時や苦しい時に勇気を与えてくれるような力強い作品である。


【推薦者】sunny side rice field
【推薦作品】アリとダンテ、宇宙の秘密を発見する
【作者】ベンジャミン・アリーレ・サエンス
【訳者】川副智子
【出版社】小学館
【推薦文】
各章が短編のような切れ味で、印象に残るフレーズが多数。主役二人の個性、組み合わせの妙と、特にアリの機転、皮肉に富んだ返しが真似したくなるほど格好良い。さらにダンテ、アリ双方の両親が(奇跡的に?)とても良い理解者でありつつ、一方的に子供を庇護する存在でなく、自身の弱さを見せることもあるフラットな関係性が目新しく心地よかった。


【推薦者】M.A
【推薦作品】狼の幸せ
【作者】パオロ・コニェッティ
【訳者】飯田亮介
【出版社】早川書房
【推薦文】
豊かな旋律が静かに流れるかのような心地よい読みやすさで、とてもなめらかに物語の世界に入り込み、それは、山の人々に仲間として受け入れられたように感じるのです。
そして私もシルヴィアと一緒にバベットのレストランで忙しく働き、ファウストの背中を必死に追って山を登り、サントルソと森の香りのする特製ジンを酌み交わし…そうしてひと仕事終えた充実感とともに本を閉じるのでした。
何度読み返しても、新鮮さが失われることなくますます滋味深く、山への憧れは募るばかりです。
作中の登場人物2人による恋愛模様が作品化され、イタリアでは既に出版されているそうで、ぜひともまた飯田亮介さんの翻訳で読みたいと、強く願っています。


【推薦者】ミィ
【推薦作品】フリーダ・カーロの日記
【作者】フリーダ・カーロ
【訳者】星野由美、細野豊
【出版社】冨山房インターナショナル
【推薦文】
フリーダ・カーロの日記を日本語で読めたことにまず感謝です。
今までは絵の強烈さもあって、一本眉の強い女性というイメージでしたが、この日記を読んで、フリーダ・カーロという女性の知性と気品、孤独と悲しみに触れた気がしました。この日記を刊行するまでに、20年という大変な苦労があったようでしたので、そこにも敬意を込めて推薦します。


【推薦者】みるく
【推薦作品】エディ、あるいはアシュリー
【作者】キム・ソンジュン
【訳者】古川綾子
【出版社】亜紀書房
【推薦文】
ただただ驚嘆するおそるべき想像力に裏打ちされたSF作品。暴力や喪失、移民、ジェンダーなどの主題を今までに読んだことがない物語に作り上げて、郷愁、感傷、希望に強く裏打ちしていく。こんな物語読んだことがないと言うのがまず第一の驚き。そして、どの短編も飛び抜けて素晴らしい物語の力を持っているというのが第二の驚き。概要は書きません。ネタバレなく、まっさらな状態でこの本を読んで欲しいからです。古川綾子先生の翻訳も素晴らしく、物語の音調にも引き込まれます。是非みなさんに読んで欲しい一冊です。


【推薦者】柿原妙子
【推薦作品】ポーランドの人
【作者】J. M. クッツェー
【訳者】くぼたのぞみ
【出版社】白水社
【推薦文】
つきつめて言えば〈ひとの気持ち〉の伝わり方についての小説か。上質の恋愛小説だが恋愛に限らない大きなテーマだ。気持ちを伝えるには言葉が必要で、この小説ではカタルーニャ人のヒロインとポーランド人の男は共通語である英語で話をする。もどかしさはあるものの伝わるべきことは伝わる。彼が書いたポーランド語の詩を彼女は町の翻訳者に訳してもらい、とまどいながらも丁寧に読んでいく。小説の様々な場面で言葉は完璧には働かないが、気持ちを受け取ろうとしさえすれば充分に伝わる。そうやって誰かの気持ちを受け取ることがいかに大事か。
文学作品の翻訳も同じだ。原語の作品と翻訳された作品は全く同じではないが、気持ちを受け取ろうとするなら充分に伝わる。クッツェーはこの作品を英語で出版するよりも前にカスティーリャ語、オランダ語、日本語などの翻訳版を出した。それは英語帝国主義への抵抗だが、同時に翻訳という行為への力強い応援だ。


【推薦者】西崎 さとみ
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内する世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉 隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
ジョリーの語りを読むと自然と涙がこぼれた。悲しいからではない、全力で伝えようとしているジョリーの懸命さと温かさに触れたからだ。普通と言われる定型発達者とは異なる自閉症の人の物の見方や思考のプロセスを知ってハッとした。そもそも人とのコミュニケーションが困難だと感じているジョリーが、自閉症の人の頭の中で起こっていることを定型発達者に歩み寄った表現方法で伝えることは並大抵の苦労ではなかったと思う。やり遂げることができたのは、自分のせいで人を傷つけたくないからもっと自分のことを知ってもらいたいというジョリーの強い思いがあったからだろう。それだけではない、人々の幸せや地球環境のことも真剣に考えている。そういった思いも自閉症に関する専門的なことも翻訳書であることを忘れるほどすんなり頭の中に入って来る。翻訳には言語の壁を超えた力が必要だったに違いない。多くの人に読んでほしいという思いも込めて推薦する。


【推薦者】読書子
【推薦作品】ザ・ロング・グッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
チャンドラーの名はミステリー愛好家でなくてもきいたことがあると思います。彼の代表作のザ・ロング・グッドバイの新訳です。一ページ目から日本とは全く異なった世界が広がります。ダンサーズという日本にはありそうもない飲み屋(?)、それをイラストで見せてくれます。この訳の特長の一つとして、言葉で訳すだけでなく、主要場面をイラストという形に訳すことによって格段に理解しやすくなっていることです。それに登場人物、マーロウはもちろん、脇役達のセリフのかっこよさ、皮肉、読んでいてたまりません。「お誘いしていいかしら?」と女性が言うと「いいですよ、その気にさせてください」とマーロウが返す。「精一杯たのんでいるのよ」と女性が言うと「まだ精半杯だな」とマーロウが茶化す。マーロウは女性がすきなんだけどからかっている様子がほんとうによく伝わって来ます。この訳の切れ味がなんともいいと思います。


【推薦者】そら
【推薦作品】ハリケーンの季節
【作者】フェルナンダ・メルチョール
【訳者】宇野和美
【出版社】早川書房
【推薦文】
なんという物語!メキシコの寒村で「魔女」の腐乱死体が見つかるところから始まる本書には、唖然とするほどの貧困、不潔さ、暴力、性暴力、飲酒癖、薬物依存が満ち溢れ、人々はとにかく一日を生き延びることに必死、他者への優しさやモラルは希薄で、家父長制、男尊女卑の風潮が強く、とかく女が割を食う。弱者がさらに弱い者を踏みつけ、弱い者は徹底して踏みにじられる残酷で汚穢に満ちた景色のなかで、それでも人は生きている。作者は真っ向からそんな「生」を描き、そこにも人としての尊厳があるのだということを感じさせる。「魔女」がどんな人だったのか、周囲の人間模様を含めてわかっていくにつれ、深い哀しみを覚えずにいられない。
こういう作品を訳すのは心が削られるような営為だったと思う。これまで重ねられてきたお仕事(宇野さんがいなければ日本語では読めなかった数々の優れた作品!)への敬意と感謝も込めて、この作品を推します。


【推薦者】雨空
【推薦作品】寝煙草の危険
【作者】マリアーナ・エンリケス
【訳者】宮崎真紀
【出版社】国書刊行会
【推薦文】
どの短篇も不条理な出来事が日常に溶け込み、日常に溶け込んだ不条理さが言葉を発せずに空気で人々の間に広がっていくのがリアルで理解できるからこそ怖くなる。想像する余地が多分にあるからこそ、タイトルで想像して怖くなって、物語のオチを読んで想像して怖くなる。連鎖していくことにたいして何もできない無力感も読んでいて感じる。また女性のもつ強い思いや快楽といった部分、性についての描写などを読んでいて脈々と続く強さもまた感じられて、怖いだけでは決してない短編集で心に残った。


【推薦者】ふじたま
【推薦作品】文明交錯
【作者】ローラン・ビネ
【訳者】橘明美
【出版社】東京創元社
【推薦文】
アメリカ大陸に上陸したコロンブスは帰還することなく、逆にインカ帝国からアタワルパがスペインにやってくる。そして、ヨーロッパを征服しはじめるのだ。その年代記が語られる形になるが、こちらの歴史の教科書を見直しながら、あったかも知れない時間線の実在の人物たちに想いをはせる。面白い!


【推薦者】アオ
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
ジョリーの思考を丁寧にたどりながらこの世の景色を見ているようだった。冷静な視点で分析し、感情に引きずられることはないものの、ジョリーに備わっているのは大きな優しさである。脳の構造が異なれば、世界の捉え方も異なる。それを身をもって知る彼だからこそ、その差異を埋めるのに必要なのは排除や矯正(もちろんそんな考えは異常だ)などではなく、思いやりだという考えにたどり着いたのだろう。また、本書に書かれていることは自閉症者すべてに当てはまるものではないと強調されている。言うまでもなく、それはあらゆる状況であらゆる人に当てはまる、心に留めておくべき事実だ。人間にはそれぞれの命があることを忘れてはいないか。一人一人の心を想像したことはあるか。生きづらいことばかりで様々な問題を抱える世の中だが、特に日本版附章では、一緒に対処していこうと手を伸ばしてくれるジョリーの姿勢に胸が熱くなる。


【推薦者】奈津
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
出会いは最悪、一緒にいても言い合いばかり、彼女のだいっきらいという言葉に大いに頷ける奴、でも実はとても純粋で、彼女を愛しすぎていて、純過ぎる詩(盗作?)を贈ったりして。作家になる決意の語り手の愛の言葉はいくらでも出てきてしかも感動的(小説は書けなくて悶え苦しんでいるのに)。しかし彼女には届かない。すべては彼の心の中に書かれているだけだから。彼の人への想いや態度が変わっていく後半の章で、読者は彼のことをきっっと好きになっているだろう。
訳者さんの大真面目であったかい文章に所々吹き出しながらも、読むほどにヒリヒリ感がつのる。
未知谷の本は買っておけ、が信条の私。しかも愛すべきファンテの恋愛小説の新訳。ひとりでも多くの人に届け。


【推薦者】Lunaruby
【推薦作品】Sansei and Sensibility
【作者】Karen Tei Yamashita
【訳者】牧野理英
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
今までのアメリカのエスニック文学は迫害された集団的記憶をベースに
書かれたものが多い。 ヤマシタは1951年の戦後生まれで、両親から
直接日系収容の実態を聞かされておらず、日系性というエスニシティにその迫害の記憶を読み込むことができない。そのような日系三世から見る60年代から70年代にかけてのアメリカとはどのようなものに映るのか?
日本でアメリカ文学を学ぶ際に、アメリカ国内におけるエスニシティが玉虫色に輝いている実態を知る上で、必読書ともいえるのが Sansei and Sensibility であろう。加えてこの翻訳は日本における一般の読者に対しても
アメリカの日系性というエスニシティの諸相を伝えるものとなっている。


【推薦者】よだみな
【推薦作品】ロンボ(抄訳)
【作者】エスター・キンスキー
【訳者】中村峻太郎
【出版社】ことばのたび社
【推薦文】
1976年に起こった北イタリアのフリウリ地方の大地震とそこに暮らす7人の記憶をテーマにした小説である。本書にはないが写真も掲載されているらしく、ゼーバルトとイメージが重なるようだが、もっと土地に根差している。作者は辺境の土地、多言語が交わる歴史的にも複雑なヨーロッパの土地に長く暮らしてから執筆するのだそうだ。本書で舞台のフリウリ地方も5種類の言語が存在しているらしい。
この作品は『翻訳文学紀行Ⅴ』に掲載されている。どうしても翻訳したいという熱意から訳者が名乗りをあげて作り上げた本だ。本作品以外にもタンザニア、中国、チェコとどれもすばらしい。とくに『私はバリケードを築いた』というポーランド語の戦火の詩で胸が痛む。
だが、まずはエスター・キンスキーを推す。なぜならすべての作品が読みたいから。本書はすでに世界中の11の出版社から出版が決まっている。
ひとりでも多く、この作家を知ってほしい。


【推薦者】佐藤夕子
【推薦作品】場所、それでもなお
【作者】ジョルジュ・ディディ=ユベルマン
【訳者】江澤健一郎
【出版社】月曜社
【推薦文】
翻訳出版への賞とは、訳文のみごとさと原書としての時宜と出版社の貢献がすべて揃った書籍への顕彰であろうと理解します。本書は日本オリジナル編集ではありますが、あまりにも有名な「イメージ、それでもなお」の補完として、今出るべきすべての要素を備えた出版物であったと考えます。アウシュヴィッツから何らかの方法で持ち出され、収容所の悲劇のアイコンともなった四枚の写真に関する、フランスの哲学者による「イメージの現実化、真実化」の試みを、バタイユ研究者である訳者が晴朗に明晰に日本語へと移し替えてくださいました。出版社も訳者もまったく存じ上げていませんが、昨年と今年の世界の実相に照らし、世に問うてくださったことに心から感謝しています。「ショアー」のランズマン監督との論争でも有名な「イメージ~」ですが入手不可が続いており、本書の意義はますます高まると感じます。一冊選ぶなら、今回はこちらになるかと。


【推薦者】M.A
【推薦作品】狼の幸せ
【作者】パオロ・コニェッティ
【訳者】飯田亮介
【出版社】早川書房
【推薦文】
豊かな旋律が静かに流れるかのような心地よい読みやすさで、とてもなめらかに物語の世界に入り込み、それは、山の人々に仲間として受け入れられたように感じるのです。
そして私もシルヴィアと一緒にバベットのレストランで忙しく働き、ファウストの背中を必死に追って山を登り、サントルソと森の香りのする特製ジンを酌み交わし…そうしてひと仕事終えた充実感とともに本を閉じるのでした。

何度読み返しても、新鮮さが失われることなくますます滋味深く、山への憧れは募るばかりです。

作中の登場人物2人による恋愛模様が作品化され、イタリアでは既に出版されているそうで、ぜひともまた飯田亮介さんの翻訳で読みたいと、強く願っています。


【推薦者】ミィ
【推薦作品】フリーダ・カーロの日記
【作者】フリーダ・カーロ
【訳者】星野由美、細野豊
【出版社】冨山房インターナショナル
【推薦文】
フリーダ・カーロの日記を日本語で読めたことにまず感謝です。
今までは絵の強烈さもあって、一本眉の強い女性というイメージでしたが、この日記を読んで、フリーダ・カーロという女性の知性と気品、孤独と悲しみに触れた気がしました。この日記を刊行するまでに、20年という大変な苦労があったようでしたので、そこにも敬意を込めて推薦します。


【推薦者】ままかり
【推薦作品】台湾漫遊鉄道のふたり
【作者】楊 双子
【訳者】三浦 裕子
【出版社】中央公論新社
【推薦文】
昭和13年、日本統治時代の台湾。台湾に招かれた日本人作家と現地の通訳、聡明なふたりの女性が大いに飲み食いして語りあって旅をする。対等な関係は望めば叶う、本当にそうだったら良いのにと苦しいような思いで読みました。親しく接していてもどこか距離がある通訳の胸の内を想像する作家の葛藤、苦しくも萌えるとしか言えないこの気持ち。作家の母国語にこんなにも美しく生き生きと翻訳してくださりありがとう…という一冊でした。

【推薦者】木下眞穂
【推薦作品】リスボン大地震
【作者】ニコラス・シュラディ
【訳者】山田和子
【出版社】白水社
【推薦文】
1755年、大地震とそれに続く大火災と津波のせいでポルトガルの首都リスボンは壊滅した。本書は、そこからいかにこの街が復興したかという話…だけではないのだ。地震の前にはびこっていた大貴族と教会による絶対的な支配と、それゆえの社会の停滞、人民の貧困。地震後に大鉈を振るって復興事業を成し遂げたカルヴァーリョの手腕とその後の彼の没落。この小国の首都に起きた大地震が近隣ヨーロッパ諸国に与えた影響。
あまりの面白さに夢中で読んだ。「巻を措く能わず」という言葉を久しぶりに実感した。
この面白さを支えているのが山田和子氏の翻訳であるのは間違いない。的確で読みやすく、歴史書らしい古風さと生真面目さも感じさせつつ著者の皮肉なユーモアも余すことなく伝えている。堪能した。

【推薦者】have-a-nice-day
【推薦作品】ソングの哲学
【作者】ボブ・ディラン
【訳者】佐藤良明
【出版社】岩波書店
【推薦文】
ディランが他の人が歌う様々な歌と音楽について書いたこのエッセイは、佐藤氏の手によって見事に日本語化されていて、この深みと凄みと軽みに満ちた作品を、まるでディランが最初から日本語で書いているようにさえ感じられる。本の内容も訳もあまりにすごいので、翻訳大賞にふさわしい作品として推薦したい。
ちなみに佐藤さんは自分の翻訳について語るのも好きなようで、この作品は契約上の問題からか、あとがきも解説も訳注も禁じられていたせいか、その埋め合わせのように岩波のサイト(*)で、思いの丈をぶち上げていてとても有益で面白い。この岩波の粋な計らいも含めて、この本は翻訳大賞に相応しいと思う。

【推薦者】oldman
【推薦作品】クォークビーストの歌
【作者】ジャスパー・フォード
【訳者】ないとうふみこ
【出版社】竹書房
【推薦文】
やっぱり楽しいジャスパー・フォードのカザムシリーズ 魔力の復活と言われても至極ゆっくりとした状態で、ジェニファーの苦労は続く。今回は国王と組んだライバル会社の社長「驚異の」ブリッグスとの魔法対決(橋の修理!)はどうなるのか?国王側の妨害に抵抗しながら必死に頑張るジェニファー……空飛ぶ絨毯の秘められた能力とは!……そして表題の「クォーク・ビーストの歌」は流れるのか?そして会社の命運を賭けた魔法対決と、ブリッグスの真の狙いは?相変わらずの愉快なファンタジーです。「合言葉はクォーク!」

【推薦者】星野ひろか
【推薦作品】オリンピア
【作者】デニス・ボック
【訳者】越前 敏弥  
【出版社】北烏山編集室
【推薦文】
戦争は心を蝕む。その悲しみは、戦争を知らない子供たちへも伝播する。今また戦乱の世の中、25年前の小説が心に響く。この悲しみの連鎖を断ち切らなければと。
題名の『オリンピア』、ナチス・ドイツが作った国威掲揚の映画。そこからどういう話が展開されるのか。第二次大戦のドイツからカナダへ移住したユダヤ人家族。オリンピック出場者がおり、子供もその資質を受け継いでいる。しかし、戦争の傷を負い異国で生きていく難しさや、オリンピックの光と影に覆われ、愛し合っているのに苦しむ家族。そして愛がもたらす美しいラストシーン。
連作短編だが、長編小説として読め、幾層にも重ねられた物語の妙と、静かな語り口の文章がもたらす、静かな感動。
訳者が25年かけた執念の持ち込み本。同じ作者の『灰の庭』を20年前に読んだ。原爆開発者の苦悩を描いた素晴らしい小説だが絶版で、復刊してもらいたい。他の未訳本の訳出も願い、推薦します。

【推薦者】荒木駿
【推薦作品】亡霊の地
【作者】陳思宏
【訳者】三須祐介
【出版社】早川書房
【推薦文】
ゾクゾクするような面白さ。面白く思うことに罪悪感さえ覚え、著者の筆先に振り回されることにかつてない快感を感じた。暴力と呪詛の渦巻く鬼地方(=亡霊の地、クソったれの地)の家族の過去を、緻密で立体的に語る著者の筆力を前に読者としてはひれ伏すしかない。そして鬼地方・永靖の不穏さを写し取る翻訳者の言葉の制球力にも最大の賛辞を送りたい。

【推薦者】長谷部 直美
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
「自閉症」、「オックスフォード大学院進学」——サブタイトルや帯の文字が目を引く。だが、本書は、幼い頃から重い病を患い、障がいを抱えてきたジョリーのサクセスストーリーを描いたものでもなければ、自閉症の克服法を説明したハウツー本でもない。彼の意識を深く掘り下げ、心の中の視点を伝えようとしたものだ。読者は彼の心の中を旅するうちに、彼が投げかける素朴な疑問にはっとさせられ、「定型発達者」の言う「普通」とは何なのか、思いを巡らせる。
いつも笑みを絶やさず他者を思いやり、この世にはケアと愛が必要と訴えて行動するジョリーの優しさと強さに心を打たれた。また、彼の心に寄り添った翻訳や日本語版オリジナルインタビューもすばらしいし(映像はYouTubeにアップされている)、やさしい色合いと触感の装丁にも心が和らぐ。この作品を多くの人に手に取っていただきたく、ここに推薦します。

【推薦者】小野彰子
【推薦作品】『普通』ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
著者は「自閉症は僕の通常の状態」と一つの特性として自閉症を語る。
説得、誘導をする自己啓発本ではなく、自分自身のバイアスや固定観念に静かに気づき、自分だけの「普通」の概念が壊される中で社会の枠組みを再考させられる本だ。
時間を忘れて読みふける本の醍醐味を最後の一行まで届けてくれる見事な訳書。著者のジョリーが目の前にいて、幼少期のアルバムを広げながら直接話をしてくれているような「没入感」が味わえるのは訳者の力量に他ならない。

【推薦者】上半邦雄
【推薦作品】ザロンググッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
登場人物の名前が覚えられず、読みはじめは苦労しました。また、話が込み入ってくるとどちらの人物が話しているか分からなくなりました。そういうことではじめのころはなかなかはかどりませんでしたが、作家が三人の医者の一人のところにいることをマーロウが突き止める辺りからワクワク感がでて面白くなってきました。そこで作家が医者に侮辱的な発言をするのですが、日本人では思い付かないような、つまり第三者が聞けば噴き出すような、そして本人には本当に頭にくるような悪口を吐きます。それをきちんと笑える日本語に訳しています。とにかく会話が軽快で歯切れよく、そして何回も思わずニヤッとさせられます。後半からはペースがつかめてきて快調に面白くよめました。なかなかいい訳と思いますので推薦させていただきます。

【推薦者】大野真由
【推薦作品】寝煙草の危険
【作者】マリアーナ・エンリケス
【訳者】宮﨑真紀
【出版社】国書刊行会
【推薦文】
ホラーというのは、お国柄がでるジャンルかもしれません。妖怪、幽霊、精霊、ゾンビ、呪術といった超常現象は文化や信仰の違いが如実に表現されるからです。ところがそういった差異を超えた普遍的な恐怖をあぶり出すホラーもあります。短編集「寝煙草の危険」は、グロテスク・エロス・呪術など20世紀前西洋の要素を通してゾッとするホラーを楽しませてくれます。でもそれだけでは終わらないのが本書の魅力。読み終えると現代アルゼンチンの社会システムに潜むリアルな恐怖がその水面下にあると気がつき、再びゾッとするのです。スペイン語圏のホラーを日本語で楽しませてくれる本書の訳文は読みやすく、異国情緒を失わない雰囲気は、まるでアルゼンチンへ旅したような読後感でした。訳者あとがきもとても素晴らしいです。

【推薦者】あさ
【推薦作品】フリーダ・カーロの日記
【作者】フリーダ・カーロ
【訳者】星野由美、細野豊
【出版社】冨山房インターナショナル
【推薦文】
内側にも外側にも血の匂いを纏ったフリーダ・カーロ。その気配にむせ返りそうな本だ。「芸術家・フリーダ」「ひとりの女・フーリダ」の綴る絵日記はまるで詩画集だ。メタファーが散りばめられ、絵も言葉も、容易に人を寄せつけない。解釈を強烈に拒む気配すら漂う。
本書は、絶望的な痛みの淵に生きたフリーダの歳月をそのまま受けとめている。ありがちなイメージに、けっして彼女を落とし込んだりしない。ありのままのフリーダを読者に手渡そうとしている。
時代、国、政治、愛……様々な文脈で彼女を「わかりたいと願う」読者に、彼女自身を委ねている。


【推薦者】菅原祥
【推薦作品】コルチャク ゲットー日記
【作者】ヤヌシュ・コルチャク
【訳者】田中壮泰、菅原祥、佐々木ボグナ 他
【出版社】みすず書房
【推薦文】
本書は、日本では「コルチャック先生」として知られるポーランドの教育者・作家のヤヌシュ・コルチャクが死の直前までワルシャワ・ゲットーで綴った日記の全訳になります。資料的価値もさることながら、本書を何よりも価値あるものとしているのはその特異な文学性でしょう。悲惨極まりないゲットーの日常生活に関する記述と並行して、個人的な夢や願望、幼少期の回想、小説のアイデア、安楽死に関する社会構想までもがちりばめられた本書は、通常の「日記」の枠を超えた様々な解釈へと読者を誘う、普遍的な文学作品としての価値を有しています。以上の理由から、本書『コルチャク ゲットー日記』を自薦します。


【推薦者】きみち
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】【出版社】文藝春秋
【推薦文】
自閉症や知的障害者はわたしたちの周りにもいる。その人たちも普通の人たちと同じように社会に尽くしたい、一緒に過ごしたいと考えている。そんなことを本書の著者ジョリー・フレミングは教えてくれる。私が特に感動したのは、自閉症にはいろんなタイプの人がいるし、サヴァン症候群のように特別な才能がない人たちも社会にとってとても重要だし、定型発達者とともに何かしたいと思っているという言葉。ジョリーのピュアな言葉の数々が同じくらいピュアな日本語で伝わってくる。著者の人柄や思いや夢を知らなければ、とてもこんな美しい日本語にはできないのではないだろうか。翻訳書はこんなにすばらしいものかと初めて思った。訳者はジョリーにインタビューで勇気をもってやまゆり園事件のことも聞いている。それに対するジョリーの返答も感動的。涙が出た。本書が話題になることで、いろいろなことが変わるのではないか。全力で推薦する。


【推薦者】SEIKOYOKOTA
【推薦作品】破果
【作者】ク・ビョンモ
【訳者】小山内園子
【出版社】岩波書店
【推薦文】
地下鉄車内の場面から始まる物語にあっという間に引き込まれたのは、先日訪韓した記憶のせいばかりではなく、気分が悪くなるほど緻密な描写によるものだ。車内のどこにもいるような目立たない老女が成し遂げる所業に、すでに読者は物語の舞台の片隅に佇んで探偵のごとく老女の後を追いかけずにはいられなくなる。この小説が新刊ではなく2013年に発表されものと知り、ここまで大きく話題になったのは#MeTooを始めとするフェミニズム勃興という社会背景も一因であることも興味深い。ク・ビョンモ「まるで壁を伝う蔦のように伸びていく長く仔細な文章」は決して読みやすくはないが「でこぼこした砂利道」を案内され疾走できないもどかしさを抱えながら迎えるラストは衝撃的でもあり安堵の瞬間でもある。そして何より、これがある言語から別の言語への翻訳小説であること。訳者あとがきも秀逸。


【推薦者】原田里美
【推薦作品】アンダイング ー病を生きる女たちと生きのびられなかった女たちに捧ぐ抵抗の詩学ー
【作者】アン・ボイヤー
【訳者】西山敦子
【出版社】里山社
【推薦文】
「私が書くことで、墓石の下の地面を開くことができるならそうしたいという思いもあった。死んだ女性たちからなる反乱軍を、この世に生き返らせたかった。」
詩人でエッセイストである著者が41歳でトリプルネガティブ乳がんと診断され、自身の治療体験を元に資本主義的な医療システム、人種差別、闘病と死亡の統計に見られる階級の不均衡、がん治療が与える環境への影響など、今まで省かれてきたことを詩人の言葉で綴っています。
最も死を感じながら過酷な治療をうけ、生き延びた女性はサバイバーとしてその体験を「書いた」が、「書かなかった」女性たちもいる。プロローグではソンタグなど乳がんで命を落とした「書かなかった」女性たちが取り上げられており、そうした女性たちへの哀悼の書とも言えるでしょう。
闘病と医療を詩的な文章で文学作品に昇華された本書が、叙事と抒情の均衡が保たれた見事な日本語で翻訳されています。


【推薦者】匿名希望
【推薦作品】君との通勤時間
【作者】林珮瑜、余惟(撮影)
【訳者】楊墨秋
【出版社】KADOKAWA
【推薦文】
私は正直BL小説には縁がない人間なのだが、この作品は翻訳がとにかくすばらしく、言葉の力に鼓舞されて一気に最後まで読んでしまった。冒頭で主人公ドミニクの名前に【主人公】と漢字ルビ(!)が振ってあり、少し後には物語の舞台となる板南線にわざわざ「(BL線)」と付記がある。語り手の弟が「坊主頭【おとうと】」になったかと思えば、後半では某魔法学校小説のラスボスの名前がゴツいルビ付きで投下される。ユーモアに充ち満ちている一方で、中国語で「片想い」「窓際」等々を意味する言葉を中国語表記で残したり、人名や地名に中国語読みのルビを入れたり、漢詩をそのままボンッと入れて括弧付きで日本語の意味を添えたりと、中国語や中国文化の特殊性の表現にもぬかりがない。かといってエキゾチズムで押し通すわけでもなく、あくまで日本の読者を想定した読みやすい語りが実現されている。これほど絶妙な文体を作った訳者の仕事を強く推薦したい。


【推薦者】サマリタン
【推薦作品】ザ・ロング・グッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
この作品で村上本は春樹ファン,田口本はエンタメファンが読む。今回の訳はチャンドラーファン向けだと思った。その理由の一つは会話に対するきめ細かい翻訳だ。これによって脇役に至るまで登場人物が個性豊かに生き生きと描かれている。場面展開によってトーンが変わるのが特長だ。例えばスペンサーがマーロウを品定めしている間は「マーロウさん」と呼び、採用を決めるとリラックスして「マーロウ」と呼び、上から目線になる。またマーロウはリンダ・ローリングのことを「あんた」と呼んでいるが、最後の夜「君」と呼んで口調が優しくなる。警官のオールズもマーロウを敬意を込めて平素「おたく」と呼ぶが、頭にきたときは「お前」となり、ガバッと立ち上がって(普通地の文でガバッとなど書きませんけど、すごく臨場感が伝わってくる)思い切りラフな言葉をぶつけた。描写の細かいチャンドラーにふさわしい訳だと思う。


【推薦者】キク
【推薦作品】ルー・リード伝
【作者】アンソニー・デカーティス
【訳者】奥田 祐士
【出版社】亜紀書房
【推薦文】
作者がルー・リードが生きていたら出版できなかったと書いているけど、暴露本では無くてルー・リードがとてもむずかしい人物だったというのは読めばわかります。例えばボックスセットの選曲をほとんど終わったところで、目玉の未発表音源のほとんどを収録しないでと言い出すところ。その部分を読んで訳者はボックスセットが不満のあるできだったこと納得と訳者あとがきで書いてて、訳者も熱心なリスナーゆえの充実した翻訳。各場面を動画サイトで検索して見ることもできて、ホンダのスクーターのコマーシャルを見てウケてしまった。それでもヴェルヴェットアンダーグラウンドのまとまったライブ映像というのは未だに公開されてないけど、その辺の描写も濃密かつ醒めた視点で書かれてます


【推薦者】ちり
【推薦作品】兵役拒否の問い 韓国における反戦平和運動の経験と思索
【作者】イ・ヨンソク
【訳者】森田和樹
【出版社】 以文社
【推薦文】
長らく兵役拒否は収監対象だった韓国で代替服務制を求める運動を続けていた団体のひとが、自分の考えかたの変遷や運動の歴史、反省点・課題や今度の展望などについて語った本。収監や亡命など、キャッチ―で劇的に書けそうな出来事についても終始静かな筆致で、この活動を通して自分とも外界とも対話を重ね、ひとつひとつの出来事に対して真摯に思索を深めてきた様子がうかがわれた(2000年頃に活動をはじめ、2018年に最高裁で勝訴、2020年に法律施行)。兵役拒否をひろく「戦争につながる構造に抗する行動」と捉え、兵役義務の対象外の人々も含めて反戦を日常の次元で考える…という話で結ばれており、ロシアやイスラエルの問題に直面している現在の日本の私たちにとっても、反戦運動とは、平和のためにできることとは、ということを考えるのに参考になる記述がたくさんあった。


【推薦者】中村之夫
【推薦作品】ダリオ・アルジェント自伝『恐怖』
【作者】ダリオ・アルジェント
【訳者】野村雅夫+柴田幹太
【出版社】フィルムアート社
【推薦文】
日本ではジャンルとして未だ確立されてはいない「自伝=メモワール」。しかもホラー映画ファンなら馴染みがあるかもしれないが、誰もが知るというわけではないイタリア人映画監督ダリオ・アルジェントの自伝を翻訳出版するというある意味、暴挙。それが翻訳でしか読めない面白さが詰まっていて正直驚きました。日本の翻訳書出版において手付かずの金脈であるメモワールへ扉が開きました。そういう意味でも画期的な上梓。


【推薦者】大高伸一
【推薦作品】幽霊ホテルからの手紙
【作者】蔡駿
【訳者】舩山むつみ
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
まるで一つのホラー映画を見ている様な錯覚に陥る作品で、非常に面白かった。描写が巧みで、こんなのあったら怖いと思うホテルで起きる奇怪な出来事と、個性的な登場人物の織り成すミステリー。思いもよらぬ展開と結末で、一気に読み切ってしまった。中国のホラーミステリーを存分に堪能でき、お薦めしたい。


【推薦者】Beautiful Forest
【推薦作品】『普通』ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
本書は自閉症の理解を深める重要な1冊であることは間違いないが、現代の社会においても非常に大事な1冊。ジョリー・フレミングさんは障がいを持つ人々が定型発達者と同じように社会に尽くすことができる未来を願っているし、そのためには定型発達者が障がいを持つ人々の存在を改めて考え、共に生きる社会を実現することが大切であると教えてくれる。ジョリーさんの切なくなるほど誠実な言葉の数々。インタビューの映像でジョリーさんの誠実な言葉と表情に実際に触れられて感動した。心が洗われて、前向きになれる。たくさんの人たちに読んでほしいし、わたしたちの世界が変わってほしいと願うから、翻訳大賞に推薦する。


【推薦者】のぞ
【推薦作品】月かげ
【作者】ジェームズ・スティーヴンス
【訳者】阿部大樹
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
あえて「中間小説」と呼びたい。短編小説集であるが、リアリズムの極北のような掌編に、ひとつだけ幻想的なホラーストーリーが挟まれている。全体に苦々しい話ばかりで救いがないが一緒に宗教的な神々しさがある。分かりやすくもあり分かりにくくもある。後の作品ほど分かりにくいが自分が徐々に慣らされていくようで恐怖する。後に置かれた作品ほど純文学の感触がある。移行していく、こちらからあちらに移っていく感触がある。これまで短編小説を読んできて、自分が実は心の中にまだ見ぬ理想の小説を持っていて、それを探すようにあちらこちら探していたんだなと気づく。足元の定まらない、運ばされていく感触が中間小説の感触をさせている。


【推薦者】木鶏
【推薦作品】人類の深奥に秘められた記憶
【作者】モアメド・ムブガル・サール
【訳者】野崎歓
【出版社】集英社
【推薦文】
若手の作家の、ある作家の小説を巡る物語。複数の話者や日記体や文献引用などからなる文章が人称やフォントの使い分けなども用いて表記されていて、単純な構造ではない幅広い物語でありながら、読みづらさを感じず読み通せる、すばらしい翻訳だと思いました。引用して紹介したくなる美しい文章も、随所にあります。中心にあるテーマは文学・作家と思われますが、文化や政治、あるいはミステリ的なおもしろさもあり、この傑作を日本語で読めることに感謝しています。


【推薦者】みうらじゅんこ
【推薦作品】図解 中国の伝統建築
【作者】李 乾朗
【訳者】恩田重直 / 田村広子
【出版社】マール社
【推薦文】
学生時代に仏像の造形に興味を持ち、見仏旅で各地を巡りました。古代より彫刻と建築はセットなので、仏像と共に寺社建築にも興味を抱くようになりました。しかしいざ寺社建築に関する書物を探すと、様式や時代背景の記述にとどまるものが多いのです。本屋で偶然目にした本書の装丁に引き寄せられて頁をめくると、建造物の断面図イラスト、豊富なカラー写真が掲載されていて即座に購入しました。本の前半は寺院建築、後半が住居の構成です。馴染みのない建築用語や意匠、中国の歴史的背景などについて分かりやすい日本語で書かれていて、全編を通して読みやすく、建築の専門家ではない私などにも大変参考になる一冊です。お二方の翻訳者の豊富な建築の知識と、分かりやすく読みやすい日本語の文章力に感銘いたしました。なので推薦をいたします。


【推薦者】ヨイヨル
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
長く厳しい絶版期を経て、遂に新訳で復刊した『塵に訊け』。ファンテ好きも未読の方も、ここからぜひファンテの魅力に触れて欲しい。破天荒なのに意気地なし、粗雑なのに繊細で、ときおり行動がイタすぎて目を覆ってしまいそうになるアルトゥーロの姿を、それでも追い続けてしまうのは、彼がどんなに悪態をついたって文学と人を愛することをやめなかったからだろう。彼を描くファンテの筆もまたとても優しい。タイトルどおり、世界からはみ出してしまう、薄汚れた塵のように見える人々、そして自分へのまなざしがここにはある。恋愛のカテゴリに収まらない、ヒューマニズムに溢れたこの作品が、改めて栗原氏の丁寧でファンテ愛に満ち満ちた新訳で読めたことを本当に嬉しく思う。


【推薦者】竹下了
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
作者ジョン・ファンテの分身とも言える主人公アルトゥーロ・バンディーニは女にもお金にも縁がない作家。家賃は滞納し、作家としても誰にも相手にされません。仕事が多少うまくいってもすぐに無駄遣いをし、好きな女には逃げられます。
けどそんなバンディーニに私は強く共感し、そして憧れています。
ロマンティズム溢れる言葉と子供じみたスリル。悲しいながらもウィットに富んだこの作品は私の宝物です。
この偉大な本が3300円で手に入るって、じゃあ『塵に訊け』が買える3300円で買えない物って一体何なんでしょう。
冒頭、図書館でのバンディーニ「バンディーニの場所を空けろ、彼の本を並べるんだ」
これは今の私の願いです。この本を読んで欲しい!


【推薦者】クローニン
【推薦作品】普通ってなんなのかな
【作者】ジョリ―・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
サブタイトルは「自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方」という。「この世界」というのは「定型発達者の世界」のことだ。定型発達者とは、発達障害者ではない、多数派のこと。多数派は自分たちの頭脳が理解しやすい方法で社会システムを構築している。だが著者のジョリー・フレミングはそうではない。彼の思考は三層構造になっている。いちばん外側に情報のデータベースがあって、そこは定型発達者の頭脳の領域だ。しかしジョリーの頭脳はそこにはない。中心の円に存在している。だからジョリーは定型発達者の世界と関わるとき、外円のデータベースから情報を拾い上げ、内円に押し込まねばならない。それが彼の「この世界の歩き方」なのだ。
本書は自閉スペクトラム症の方々を理解するために生み出されたすべての書籍を軽く凌駕する歴史的名著だ。上記の表現など、日本語に移し替える技術はどれほどのものか。訳出の見事さには息を吞むしかない。


【推薦者】はまのプロジェクト
【推薦作品】月かげ
【作者】ジェイムズ・スティーヴンズ
【訳者】阿部大樹
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
訳者あとがきがなんだかヘンだと聞いて、面白半分で読んでみたら、確かに…かなりヘンです。でもとにかく強烈な印象を受けた。詩なのか?本編にめり込んでいるみたいな感じで…。男性二人の見つめあう表紙もやっぱり強烈で、しかもたぶん表題作じゃない(ですよね?)…という。普通の本じゃなかった、ということで一票。


【推薦者】門脇智子
【推薦作品】少女、女、ほか
【作者】バーナディン・エヴァリスト
【訳者】渡辺佐智江
【出版社】白水社
【推薦文】
分厚い本で、しかもちょっと変わった文体ですが、心配いりません。読み始めて少し経つとこの文章のリズムが心地よくなってきて、波に乗ってラストまで連れていってもらえます。
つらいエピソードもありますが、読んでいるあいだ不思議と高揚感をおぼえました。社会風刺の鋭さに唸らされ、登場人物たちに親しみを感じ、それぞれの人生の切実さが胸に迫ります。
子供が成長過程で持つといわれる想像上の友達、自分にとって小説を読むことはそういう友達を何人も心の中に持つことではないかと思い当たりました。
このような特殊な文体の長い本を最後まで疲れずに気持ちよく読めるのは、単に読みやすいだけではない、一本筋の通った訳文だからだと思います。筋力と柔軟性とバランス感覚を兼ね備えた身体から出てくるような文章というのか。
一筋縄ではいかない作品ばかりを訳されている渡辺佐智江さんの訳文の強度、抜群のセンスの秘密を知りたいです。


【推薦者】岡田羊
【推薦作品】ハリケーンの季節
【作者】フェルナンダ・メルチョール
【訳者】宇野和美
【出版社】早川書房
【推薦文】
魔女はなぜ殺されたのか?と、犯人捜しの物語かと手に取り読み始めたところ、このイメージとはずいぶん異なる作品だった。ジャーナリストである作家が描く暴力があまりに残酷。壊れた関係が、当たり前になり、より壊れた世界を作る。
目を覆うような性暴力、貧困、虐待、迷信、酒、麻薬、覚せい剤。息継ぎができない長い文の連続にも緊急性が潜んでいる。作家はジャーナリストだという。それ故、デイストピア作品よりずっと緊迫感があり恐ろしい。少女を助ける術(すべ)が本当のことを知らない少年に冒されている現実がある。
汗臭く、息苦しく、それでも一気に読み、ここにあるのは哲学。メキシコの匂いを維持しつつ、生きるとは、正しさとは、を問いている作品だ。世界的な文学賞を受賞していることに納得がいく。
また、作家の文章は俗語や口語に溢れており日本語への翻訳は困難だと聞いた。これをやり遂げた翻訳者に大きな拍手を送りたい。


【推薦者】あかつき
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
自閉症の人たちがどのように世界を見ているかを知ることは難しいですが、本書は自閉症であるジョリーさんが自閉症の世界を言語化した数少ない作品の一つです。脳内にある自閉症をどうコントロールしているのか、自閉症がこの世界に存在する意義など、定型発達者である私たちにはない視点で語ってくれます。日本版附章では、やまゆり園事件についても言及しています。ジョリーさんが提案するように、あらゆる人を取り込む世界が実現すれば、このような事件は二度と起こらないでしょう。本書を日本翻訳大賞に推薦します。


【推薦者】竹とんぼ
【推薦作品】だれのせい?
【作者】ダビデ・カリ
【訳者】ヤマザキマリ
【出版社】green seed books
【推薦文】
自慢の剣で森の樹々をぶった斬ってしまうクマの兵士。ある日、川の水がクマの砦を壊してしまいます。どうしてそうなってしまったのか、川を辿って行くと、やむを得ない理由がいくつも重なり、その原因はクマである事がわかります。自省したクマは、素直に森の住民達に謝り、再建への手助けをはじめます。

自分が無意識のうちにしでかしてしまう事は、誰にでもあります。それがわかった時にどう行動するのか?読んだ子ども達は、すぐに行動に移すクマに少しずつ惹かれて行くようです。

悪い事をしても罰を受けない、平然とのさばっている日本の政治家達を子ども達はどう受け止めるのでしょうか?

素直な子ども達が、健やかに成長できる環境をまずは大人が整えなくてはいけない…そんな事を真面目に考えさせられる絵本です。


【推薦者】足下研
【推薦作品】トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー
【作者】ガブリエル・ゼヴィン
【訳者】池田真紀子
【出版社】早川書房
【推薦文】
いやこんなにも日本語に翻訳されるべき物語がこれまであったでしょうか?いやない。それを証拠にゲーム黎明期から現代にまで至るすべての世代に刺さる固有名詞たち。仮にゲームに明るくなくたって世界に誇る日本のカルチャー、名前だけなら聞いたことはあるでしょう。それらを絡めながら展開される人間関係の機微のなんと芳醇なことか。知っててもおもしろい、知らなくてもおもしろい。少なくとも人生で一度でもゲームに触れたことがある方にはぜひ一度読んでみていただきたい。


【推薦者】malko
【推薦作品】台湾漫遊鉄道のふたり
【作者】楊双子
【訳者】三浦裕子
【出版社】中央公論新社
【推薦文】
台湾では最初「戦前の台湾を旅した日本人作家が書いたものの絶版していた自伝的小説を発掘し、この度発売」(実際にはフィクション)というユニークな宣伝がされたという(後に取り下げられる)。ライトな会話のやり取りは読みやすく、料理の美味しそうな描写と共に朗らかに読み進められる。だが次第に会話の裏に隠された想いを知り、その言葉の端々に重い事実が隠れていることに気付かされていく。前半と後半で印象ががらりと変わる驚きがあった。自分たちの歴史との繋がりを感じさせる翻訳小説を読むと、世界と自分たちは決して無関係ではないと思わされる一冊。


【推薦者】くるくる
【推薦作品】LA BOMBE 原爆
【作者】ディディエ・アルカント 脚本 L.-F. ボレ 脚本 ドゥニ・ロディエ 絵
【訳者】大西愛子
【出版社】平凡社
【推薦文】
日本でなじみの薄いバンド・デシネで上下合わせて8000円超。作品は日本に対する眼差しもフェアで、このような作品がヒットしたフランスの懐の深さを感じます。訳された大西さん、出版された平凡社にも拍手。値段と大きさからなかなか手が出ない本なので、図書館で普及することを願います。


【推薦者】村上吉輝
【推薦作品】はじめの老子 郭店楚簡甲本
【作者】老子
【訳者】村上吉輝
【出版社】日本メタビーイング協会
【推薦文】
東アジアで最も深遠な思想が、現存最古のテクストでよくわかる決定版。

古今東西の至高の思想家といえば、老子もその一人に確実に挙げられるだろう。

その老子の残した唯一の作品が『老子道徳経』と言われており、二千年以上の昔から現在まで聖人の書として尊重され続けている。

しかし、『老子道徳経』でどんな意味が書かれているか全編にわたってしっかり理解した者は、この二千数百年の間に一人でも存在しただろうか? 実は、誰一人存在しなかったのである。

何故なら、1993年に発見された『郭店楚簡甲本』こそが、現存唯一の正規テクストだからである。『老子道徳経』は、後世に多くの加筆・改変がされた偽書なのだ。

だが、『郭店楚簡甲本』自体も章の順番がデタラメな写本である。文字一つひとつの解読も、先行研究のままでは足りていない。

『はじめの老子 郭店楚簡甲本』は、その全てを解明しきった史上初の書だ。


【推薦者】メイス・ウィンドゥ
【推薦作品】「普通」ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
上杉隼人さんはスター・ウォーズやディズニーやマーベルの翻訳を何冊も出しているが、この翻訳は信じられないくらい素晴らしいものだった。
自閉症や知的障がい者の頭の中でどんなことが起こっているか、これまでよくわからなかった。原書はそのことについてジョリー・フレミングさんが自分の言葉で語ったものだ。そこには専門用語も特別な概念も出てくるから、自閉症に関する知識や自閉症の人たちとの付き合いがない人だととても訳せないはずだ。
しかし、訳者はそのあたりの問題をクリアし、読者にも無理なく読んでもらえるように必要な注もすべて盛り込んで、非常に読みやすい訳文を作り上げてくれた。
原書にはない日本版附章「ジョリーは今」を含むこの翻訳書を読み終えて、言葉にならないほど感動した。
障がい者も定型発達者も安心して住める社会が本当に作り出せるかもしれない。社会に大きな影響を与える一冊として、本書を翻訳大賞に推薦する。


【推薦者】もり
【推薦作品】『普通』ってなんなのかな 自閉症の僕が案内するこの世界の歩き方
【作者】ジョリー・フレミング、リリック・ウィニック
【訳者】上杉隼人
【出版社】文藝春秋
【推薦文】
自閉症だから定型発達者よりも劣っているわけではない。定型発達者が作り上げた定型発達者の世界にうまく対応できないだけだ。定型発達者にもいろんな人がいるように、自閉スペクトラム症の人たちも人によって異なる。自閉症の人たちことを私たちはもっと知らないといけない。「地球上の全生態系の中で、みんな常に支えあわなくちゃいけない」とジョリーさんはやさしく語りかける。彼の言葉を聞いてると、本当にできるような気がする。訳者上杉隼人さんがジョリーさんへのインタビューをもとに訳し下ろした日本語版附章が感動的。こちらはYouTubeでも見られる。ジョリーさんの人柄がよく分かるし、日本人の翻訳者が英語を完璧に話して著者にインタビューまでできるのかとびっくりした。日本のやまゆり事件のことも話してくれている。間違いなくこれまでなかった翻訳書だし、殺伐とした現代の社会を変えられる力があると思う。翻訳大賞にふさわしい。


【推薦者】栗原俊秀
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
訳者です。自薦します。本書は2002年に刊行された『塵に訊け!』(都甲幸治訳)の新訳です。同書は長らく絶版扱いで、古書価格が高騰し、多くの読者が復刊を待ち望んでいました。拙訳『塵に訊け』の刊行が告知されるなり、X(Twitter)には歓喜の声が続々と投稿されました。『塵に訊け』翻訳に先立って、訳者はジョン・ファンテの小説を5冊訳し、合計で約5万字の「訳者あとがき」を書いてきました。さすがにもう、ファンテについて書くことは残っていないだろうと考えていましたが、いざ『塵に訊け』の「あとがき」を書きはじめてみると、ファンテへの思いが、愛が、とめどなくあふれてとまらなくなり、けっきょく、註釈込みで1万7千字ほど、20頁超えの「あとがき」を書いてしまいました。ひとりの作家ととことん付き合う幸福をかみしめています。どうか、この本を読んで、アルトゥーロ・バンディーニの魂に触れてください、震えてください。


【推薦者】ででで
【推薦作品】月かげ
【作者】ジェームズ・スティーブンズ
【訳者】阿部大樹
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
ドライな文章がつづきますが、よく読んでいくと謎解きの要素がたっぷり隠れています。昔の名画に隠されたメッセージがある、みたいな…。どれも男性同士の惹かれあう姿ですが、現代のBLとはまた違った、引力?惹かれあい?吸引力?が描かれていて、どう受け止めたらいいのか、なにも難しくないのに、不思議な戸惑いを残す短編集でした。


【推薦者】匿名希望
【推薦作品】ザ・ロング・グッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
「ザ・ロング・グッドバイ」の新訳だ。解像度が上がった。これまで肉眼で見ていた月を望遠鏡で見る感じだ、肉眼で見ているときは、あそこはウサギの形だ、モチをついている、とか、あそこは海みたいだ、などと想像させてロマンがあった。新訳ではそれがはっきりした。だから人によっては情緒がないとか身も蓋もないと言うかもしれない。だがやはり作品の本来の姿を伝えるためには、はっきりが望ましいと思う。と言ってもこの訳はガチガチの逐語訳とは違って場面に合せて言葉を選んでいる。例えばマーロウがティファナからの帰り、寄り道しないで家に戻ろうとする場面で既訳では「家に戻ってテリーにスプーンを盗まれたか勘定しなければならない(多分欧米のことわざ)」としているがこの訳では「家に帰って鳥の飛び立った後、濁りがないか確かめねばならない(日本ことわざ)」と置き換えて、テリーの痕跡が家に残っているか確認することを明確になった。


【推薦者】たてての
【推薦作品】滅ぼす
【作者】ミシェル・ウエルベック
【訳者】野崎 歓、齋藤 可津子、木内 尭
【出版社】河出書房新社
【推薦文】
連続国際テロの謎、政治家たちの選挙戦やスキャンダル、家族の自死などのテーマが次々に現れ絡み合う様が、現代への批判を多分に含んだ筆者独自のユーモアを交えて描かれる。引き込まれて読み進めると、しかし、途中でそれらのテーマは放り出されて主人公個人の人生のみに焦点が絞られる。……と書くと構成が無茶苦茶な小説のようだが、しかし、実際に読めばそうは思わない。読んでいるうちに、ひとりの人間の運命を動かす、誰にも変えようのない静かで強力な流れに読者も巻き込まれてるから。そして単純に激烈におもしろいから。ネタバレだが、言ってしまえばオチは「最後に愛は勝つ」である。皮肉で辛辣、読み様によっては冷笑的に現代社会を描いてきたウエルベックがこんなどデカい救いの物語を書いたことそのものがいち読者にとっての救いだった。愛がなければ幸せになれないんですか?とか言いたくならない強度の物語に出会えたことがほんとに嬉しい。


【推薦者】石
【推薦作品】女たちの沈黙
【作者】パット・バーカー
【訳者】北村みちよ
【出版社】早川書房
【推薦文】
人権などというものが存在しない時代、 誰かの所有物としてしか存在を許されない女性たちの苦悩、それでも矜持を持って生きていく誇らしさを書いた、現代の「#MeToo」運動にも連なる傑作 さらにこの作品の凄いのは権力を持つ男たちすらも権力闘争の歯車でしかない事を活写しているところ


【推薦者】あさたろう
【推薦作品】ザ・ロング・グッドバイ
【作者】レイモンド・チャンドラー
【訳者】市川亮平
【出版社】小鳥遊書房
【推薦文】
この作品はすでに清水俊二訳、村上春樹訳、田口俊樹訳があり今更新訳を出す意義は?と普通思う。訳者はあとがきで「チャンドラーの文章には特徴があり・・・文章によっては極端な粗密がある。だから・・・・一言加えて意味を明瞭にした」と述べている。実際読むとその意味が分る。自由に訳しているのだ。だが「超訳」とはちがう。新訳は原文に忠実だ。何も引かないが、必要とあれば足すし文型も変える。ある意味新提案だ。人によって好き嫌いが別れる、つまりとんがった訳なのだ。一例を挙げる、女の自白書を否定する検事補、村上訳は「・・彼女の中で罪悪感が膨らんでいった。そしてある種の転換によって自らを清めようとした」新訳では「・・女は罪の意識を募らせていたのは確かだ。それである種の転換によって罪悪感を一掃しようとした。つまり身代わりだ、やってもいない罪をすべてかぶった」としている。新訳は自然で平易な文にしている。


【推薦者】跡上 史郎
【推薦作品】教皇ハドリアヌス七世
【作者】コルヴォー男爵
【訳者】大野露井
【出版社】国書刊行会
【推薦文】
「文学の「裏街道」読者に邦訳が待望されていた「幻の奇書」」、「造語や古語を鏤めた革新的で実験的な文学的手法を駆使した、英国モダニズム文学の正統な「古典的名著」」という触れ込みである。紀貫之研究者でもある大野露井は、種々の言語や文体が入り乱れる本書を、卓抜な言語感覚で日本語に移し替えた。複数言語/古語に通じた訳者ならではの力技である。一方、内容そのものについては「100年前のなろう小説」という軽さ、親しみやすさもあり、この怪作が翻訳されたことの現代的意義は計り知れない。


【推薦者】Rhino
【推薦作品】サラゴサ手稿
【作者】ヤン・ポトツキ
【訳者】畑 浩一郎
【出版社】岩波書店
【推薦文】
1980年に14日目まで翻訳され出版されて以降、長らく全訳が待たれていた幻の作品。21世紀に入って発見された新事実に基づき、40年以上の時を経ての完訳で61日に渡る物語が拓かれたのです。ただ上中下巻と膨大な、そして物語にある人物が更に新たな物語を語り始めるというように幾つもの物語が入れ子状となっている事から、まだ半分までしか読み進められておりません。各巻巻末には『サラゴサ手稿』の原稿にまつわる数奇な物語や作者などについて解説されてます。


【推薦者】kapas
【推薦作品】頰に哀しみを刻め
【作者】SA コスビー
【訳者】加賀山卓朗
【出版社】ハーパーBooks
【推薦文】
ノワール小説で、キツい病者も多々ありますが、色んな所で色んな人にお勧めしています。LGBTQの息子を持った父親の心情や無償の愛が描かれた作品。人種差別への怒りを表しつつ、親としての弱い部分もさらけ出す、人間味あふれる主人公にとても惹かれます。子供がカミングアウトしたら果たして自分はどう振る舞うか、彼女達が他者から攻撃を受けた時、冷静に対応できるか、など我が身に置き換えて考える時間が長くたゆたい尊い。遵法精神なんて◯ソくらえ、小説での表現や行為は自由。某放送局の番組『チコちゃんに叱られる』のように「ボーッと生きてんじゃねえよ」と喝を入れられる気になります。


【推薦者】Metakazu
【推薦作品】塵に訊け
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【出版社】未知谷
【推薦文】
主人公は
自意識過剰で妄想癖が激しく、気が弱く、母を愛し、
神に誓って潔癖で真っ当であろうとする、
売れない小説家。
イタリア移民2世でマチズモに見下される存在。
そんな彼がメキシコの血を引く
勝気な女の子に、恋をする。
1930年代大恐慌時代のアメリカ。
砂漠からの「塵」が舞い積もるロサンゼルスで
二人は「塵」のように風に吹かれ迷い飛ぶ。
原作のカンマ、カンマで綴られる主人公の
焦りと高揚の、ドーパミン発火の言葉のマシンガン。
そのスピード感を訳者は忠実に日本語化し、
僕にもその射撃体験を味合わせてくれた。
この本を人前で朗読した僕は、
主人公と一体となり、その瞬間を、そして現在の僕を疾駆していた。
常にうねる時代、今もまた小説の題材として
ぽつねんと佇む“少数派”に目が向けられる。
日常に転がされる中、
僕の心の“少数派”がこの物語に共鳴して止まない。
「塵に訊け」新訳版。激推しです。


【推薦者】tk
【推薦作品】吹きさらう風
【作者】セルバ・アルマダ
【訳者】宇野和美
【出版社】松籟社
【推薦文】
アルゼンチン北部で小さな整備工場を営む男と少年と、そこに故障した車であらわれた牧師とその娘が、言葉を交わし、ビールやコーラを飲む。ところどころで彼らの過去のエピソードが挿入される。犬が吠えたりじゃれたりしている。話運びは淡々としているが、油断ならない空模様や、それぞれの過去に埋まったわだかまりの種や、人々の救済に力を尽くす牧師の言葉の端々に垣間見える破壊的なイメージが、いまにもなにかが起こりそうな予感をつねにあたえる。どきどきしながら読み進めていると、ついに起こることの印象深さといったら! 基本的には節制された言葉でできた「リアリズム」の小説だが、だからこそ、序盤の説教の場面での比喩とも写実ともつかない常軌を逸した描写が不気味に輝く。読後にロベール・ブレッソンの映画を連想したのは、抑制され、切り詰められた文体を通じて、避けられない出会いや運命を静かに受け入れる気持ちになれたからだろう。


【推薦者】indigo
【推薦作品】そして私たちの物語は世界の物語の一部となる: インド北東部女性作家アンソロジー
【作者】ウルワシ・ブタリア/編、エミセンラ・ジャミールほか/著
【訳者】中村 唯/日本語版監修
【出版社】国書刊行会
【推薦文】
インド北東部の女性作家達による短編集。「インド本土」に対して「周縁地域」として取り残されてきた多数の少数民族の、さらに女性として、幾重にも重なるマイノリティの枷が描かれながらも、そこに表れてくるのは親密な1人一人の話し手とそっと開かれた魅力的な物語でした。多くのことを知ることが出来た、今年1番翻訳に感謝した一冊。


【推薦者】しまうま
【推薦作品】『ネイティヴ・サン アメリカの息子』
【作者】リチャード・ライト
【訳者】上岡伸雄
【出版社】新潮社
【推薦文】
ものすごい本です。
大恐慌下のシカゴで、黒人青年が白人女性を半ば事故のように殺してしまい、その後証拠隠滅と逃亡のため更に無残な犯行を重ねていく過程が、丁寧に、細密に、凄まじい熱量で語られる小説。果たして彼の犯した罪に同情できる点はあるのか、彼は一体何に対して責めを負うべきなのか、社会の何がどう違っていたらこの犯罪は防げたのか、いまだ人種差別の続くこの世界で、私達は何を考えて生きていく必要があるのか。とことんまで考え抜かされました。
本作が発表されたのは1940年代、20世紀半ばにして既にこれほど人種差別の問題点を的確に捉えた文学が出現していた事がまず驚異的ですが、それをこの度欠けた所のない「完全版」として日本の読者に届けてくれた翻訳者上岡氏の取り組み、及び明快な翻訳によってこの大長編にも読者をしてひるまずにいさせてくれた氏の優れた訳業に対し、心からの称賛とお礼とを申し上げたいです。


【推薦者】GH
【推薦作品】この、あざやかな闇
【作者】ジェフ・シャーレット
【訳者】安達眞弓
【出版社】駒草出版
【推薦文】
今回初めて自分の訳書を推薦します。iPhoneで撮った写真が雄弁に物語るコロナ禍前の世界。ロシア、反LGBT、警察の過剰捜査、福祉の網から外れた人たち……著者が丁寧に取材した正統派ドキュメンタリーです。発売当初は都内の独立系書店の店主様たちが応援してくださいましたが、大手出版社の流通力には勝てず、苦戦しております。この本だけは、もっとたくさんの方々に知って欲しい。そう思って自薦を決めました。


【推薦者】石原真
【推薦作品】愚者の街
【作者】ロス・トーマス
【訳者】松本剛史
【出版社】新潮社
【推薦文】
「愚者の街」50年以上この作品が翻訳されずにいたとは驚きでした。翻訳本は時としてこういう事がありますが、2023年に初訳で出版されたのは嬉しい限りです。古びてないし面白いし。
しかも文庫での出版もありがたい。これからも埋もれた名作の翻訳を期待しています


【推薦者】三浦裕子
【推薦作品】破果
【作者】ク・ビョンモ
【訳者】小山内園子
【出版社】岩波書店
【推薦文】
「私が読みたかったのは、こういう韓国小説だったんだよ!」と、心から思えた作品。「女性×老い」という、韓国と日本の社会では二重苦とも言える属性の主人公が、弱さをさらけ出しつつも、不屈のプライドと意志で戦うハードボイルドさにやられた。
訳者あとがきによると、著者は「読みやすくない」文章を書くことを心がけているそうだが、訳文でも句点に到達するまでに数行を要する文章が頻出する。妥協せず、著者の文体の個性を生かしながら、きちんと内容が味わえる訳文を作るのはとても大変だったと思う。それを実現した翻訳者の小山内さんの力は素晴らしい。
翻訳者が出席する読書会に参加した際、小山内さんが「この作品は何年も前から試訳を作って各社に売り込んでいたが、なかなか出版が決まらず、ひたすら試訳を練り続けた」とお話しされていた。そのあきらめない熱意で、この作品を日本語で読めるようにしてくださったことに本当に感謝します。


【推薦者】おいもさん
【推薦作品】『恐怖』 ダリオ・アルジェント自伝
【作者】ダリオ・アルジェント
【訳者】野村雅夫・柴田幹太
【出版社】フィルムアート社
【推薦文】
ホラー映画界のレジェンド、ダリオ・アルジェント御大自らがその半生を綴った自伝を、自らもイタリアの血を引き『京都ドーナッツクラブ』という名のイタリア文化、特に映画の魅力をもっと日本に広めたいと会社まで作ってしまった野村雅夫(イタリア語翻訳者、FMCOCOLO DJ、京都ドーナッツクラブ代表、第一回クラスク京都大会優勝者)と彼の親友であり同じドーナッツクラブの仲間でもある柴田幹太(イタリア語翻訳者、映像技術者)氏の二人がその深いイタリア映画の知識と語学力を駆使して監督の自伝を魅力いっぱいに日本語で伝えてくれている作品。

私は公開イベントで彼らがいかにイタリア映画を愛し、アルジェント監督を愛しているかを知ってさらにこの作品、監督が好きになりましたが、イタリア文化、ホラーの巨匠ダリオ・アルジェントを知る上で最も重要な書籍の一つと言って良いと思います。


【推薦者】cumin
【推薦作品】吹きさらう風
【作者】セルバ・アルマダ
【訳者】宇野和美
【出版社】松籟社
【推薦文】
とくべつ何か大きなことが起きるわけでもなく、たまたま車の故障で立ち寄った整備工場で顔を合わした4人の物語。話がしずかにすすむなか、4人それぞれが持ってるものが、あぶり出しの絵のようにうかんで来て。
本文は142頁とみじかく、会話の場面もええ感じで、映画を観てるようにすぅーっと入ってくるから。しらんまにスピードあげてしまうんだけど。途中「いや、もうちょっと」「もういっぺん」と、ときどき来た道を引き返したりしながら〜そして表紙カバーの写真みたいに荒涼とした背景とブルーグレイの空と共に、読んだあとも、しばらく脳内に映像や音やにおいまで残るような読書の時間でした。