第三回日本翻訳大賞 二次選考対象作品一覧

第三回日本翻訳大賞の二次選考対象となる15作品が決定しました。
(著作名50音順)


『アシュリーの戦争』ゲイル・スマク・レモン/新田享子訳、KADOKAWA

『あの素晴らしき七年』エトガル・ケレット/秋元孝文訳、新潮社

『アメリカーナ』チママンダ・ンゴツィ・アディーチェ/くぼたのぞみ訳、河出書房新社

『アンニョン・エレナ』金仁淑/和田景子訳、書肆侃々房

『オはオオタカのオ』ヘレン・マクドナルド/山川純子訳、白水社

『狂気の巡礼』ステファン・グラビンスキ/芝田文乃訳、国書刊行会

『黒い本』オルハン・パムク/鈴木麻矢訳、藤原書店

『ジュリエット』アリス・マンロー/小竹由美子訳、新潮社

『すべての見えない光』アンソニー・ドーア/藤井光訳、新潮社

『堆塵館』エドワードケアリー/古屋美登里訳、東京創元社

『テラ・ノストラ』カルロス・フエンテス/本田誠二訳、水声社

『年月日』閻連科、谷川毅訳、白水社

『ペーパーボーイ』ヴィンス・ヴォーター/原田勝訳、岩波書店

『ポーランドのボクサー』エドゥアルド・ハルフォン/松本健二訳、白水社

『屋根裏の仏さま』ジュリー・オオツカ/岩本正恵・小竹由美子訳、新潮社


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書名:『アシュリーの戦争』
著者:ゲイル・スマク・レモン(著)、新田享子(訳)
出版:KADOKAWA

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書名:『あの素晴らしき七年』
著者:エトガル・ケレット(著)、秋元孝文(訳)
出版:新潮社

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書名:『アメリカーナ』
著者:チママンダ・ンゴツィ・アディーチェ(著)、くぼたのぞみ(訳)
出版:河出書房新社

erena

書名:『アンニョン・エレナ』
著者:金仁淑(著)、和田景子(訳)
出版:書肆侃々房

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書名:『オはオオタカのオ』
著者:ヘレン・マクドナルド(著)、山川純子(訳)
出版:白水社

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書名:『狂気の巡礼』
著者:ステファン・グラビンスキ(著)、芝田文乃(訳)
出版:国書刊行会

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書名:『黒い本』
著者:オルハン・パムク(著)、鈴木麻矢(訳)
出版:藤原書店

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書名:『ジュリエット』
著者:アリス・マンロー(著)、小竹由美子(訳)
出版:新潮社

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書名:『すべての見えない光』
著者:アンソニー・ドーア(著)、藤井光(訳)
出版:新潮社

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書名:『堆塵館』
著者:エドワードケアリー(著)、古屋美登里(訳)
出版:東京創元社

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書名:『テラ・ノストラ』
著者:カルロス・フエンテス(著)、本田誠二(訳)
出版:水声社

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書名:『年月日』
著者:閻連科(著)、谷川毅(訳)
出版:白水社

paperboy

書名:『ペーパーボーイ』
著者:ヴィンス・ヴォーター(著)、原田勝(訳)
出版:岩波書店

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書名:『ポーランドのボクサー』
著者:エドゥアルド・ハルフォン(著)、松本健二(訳)
出版:白水社

書影

書名:『屋根裏の仏さま』
著者:ジュリー・オオツカ(著)、岩本正恵・小竹由美子(訳)
出版:新潮社


読者推薦10作品に、選考委員推薦5作品を加えた合計15作品です。読者推薦は、2017年1月5日から2月5日まで、公式ホームページ上で募集しました。

第三回日本翻訳大賞 推薦作品リスト

2017年2月5日(日)23:59まで第三回日本翻訳大賞の候補作を募集しています。

ここでは皆さまから推薦をうけた作品と推薦文をご紹介していきます。

※推薦文のすべてが掲載されているわけではありません。予めご了承ください。


【推薦者】中村 久里子
【推薦作品<1>】『台湾少女、洋裁に出会う――母とミシンの60年』
【作者】鄭鴻生
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
台湾の近現代史としても女性の一代記としても、読み応えのあるノンフィクション。20世紀という激動の時代、政治にはいっさい関心を持たず、自らの天職である洋裁教育に身を捧げた筆者の母親のプロフェッショナルな生き方に痺れる。こうした優れた台湾作品をつぎつぎ日本に紹介してくださる訳者の貴重なお仕事に、敬意を表したい。

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【推薦作品<2>】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
写真花嫁、移民、日系人(ジャップ)としての悲劇や苦難だけではなく、人生のたしかな幸せや喜びもあって、それらすべてが切実さに収斂されていく「わたしたち」の声。「わたしたち」という主語でしか語りえなかった物語に、「読む」というよりも「聞く」、ひたすら耳を傾けるしかない作品だった。そのくらい圧倒的なストーリー、そして訳文だった。

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【推薦者】ゆかとら うまん
【推薦作品<1>】『プリズン・ブック・クラブ』
【作者】アン・ウォームズリー
【訳者】向井和美
【推薦文】
コリンズ・ベイ刑務所読書会の1年を描く本書は、壁の向こうで生きる人々と、彼らに関わろうとする外の人との関係がまず面白い。そしてもちろん、読書会で取り上げる本の中身、読まれ方も興味深い。翻訳ものを読みながら登場する翻訳ものも味わえる立体的・複合的に愉しめるお得な本。2016年はこの本の舞台、カナダ・トロントを初めて訪れたので余計に感慨深いのである。

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【推薦作品<2>】『ミスターオレンジ』
【作者】トゥルース・マティ
【訳者】野坂悦子
【推薦文】
少年ライナスは、第2次世界大戦に志願してヨーロッパに渡った兄が自慢だ。家業を手伝うライナスはオレンジの配達先で不思議な外国人画家に出会う。彼ミスターオレンジは、ナチスが席巻するヨーロッパからニューヨークに逃れてきたらしい。戦争と正義、難民など今日的なテーマを子どもの日常から捉える。ミスターオレンジのモデルはオランダのモンドリアン。2016年トランプ勝利後のニューヨークを訪れた後に読んだので余計に心にしみた。

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【推薦者】デンルグ
【推薦作品】『人形つくり』
【作者】サーバン
【訳者】館野浩美
【推薦文】
日常から徐々に逸脱して、怪奇幻想の世界に囚われていく少女を描いている。その魔術的な香りを日本語にしたときまったく損なうことなく伝える翻訳。怪奇小説らしい翻訳といえるのでは。ただそれだけではなく、少女の力強さが鮮やかに際立っている。描かれている心理を細やかに翻訳してくれたからこそ。

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【推薦者】古橋四万
【推薦作品】『こびとが打ち上げたボール』
【作者】チョ・セヒ
【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
韓国の社会運動や大衆文化の底に流れる抵抗の観念を知る一助になり、オリンピックを迎える日本、ひいては世界中で潮目が大きく変動する現在、追いやられる者の怒りと悲しみの文学を読む意味は大きいと考えます。また翻訳も、簡潔で力強いだけでなく、弱い者の強さに寄り添うような丁寧で美しい訳文だと感じました。

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【推薦者】トルテ
【推薦作品】『黄昏の彼女たち(上)(下)』
【作者】サラ・ウォーターズ
【訳者】中村有希
【推薦文】
物語世界へ、襟をつかまれて引きずり込まれるような訳、と思う。1920年代ロンドンの街、落ちぶれた上流階級の屋敷、犯罪と法廷、それぞれの空気を吸っているような読み心地。ふたりの女、フランシスとリリアンの個性がくっきりと立ち上がり、生きた声が響いてくる。
サラ・ウォーターズの著作が好きで欠かさず読んでいるのですが、最初は単純に著者の力がすごいと思っていたのが、あるときふと、これは訳者の方の功績も大きいかもと気づき、今では確信しています。どこがそんなに違うのか、明言するのは難しいのですが、吸引力のある文章と感じるのです。

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【推薦者】sthew
【推薦作品<1>】『ヒトラー』
【作者】イアン・カーショー
【訳者】川喜田敦子、福永美和子
【推薦文】
これまでにふれたどのホラー作品よりも恐ろしい内容だったものの、本書はあくまで伝記である。「その人物がいなければ歴史は違っていただろうと評せる人物は数えるほどしかいないが」「その一握りに入る」(上巻p.18)であろうアドルフ・ヒトラーの評伝だ。いかにしてヒトラー現象が可能になり、いかにして破滅していったのかを克明に描きだしている。ある人間の政治的成功が、社会の急進化を経ながら、現代まで禍根を残す歴史的失敗になっていく。その変遷はすさまじい。『ヒトラー』に加えて、強制収容所の生還者たちが残したさまざまな証言も読むと、急進化の帰結がどれほどのものだったか理解しやすいだろう。
この大著の邦訳にかけた時間は足かけ7年だそうで、日本翻訳大賞であれ他の賞であれ、何かの賞にふさわしい仕事だと思う。

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【推薦作品<2>】『死すべき定め』
【作者】アトゥール・ガワンデ
【訳者】原井宏明
【推薦文】
『死すべき定め』で扱っているのは、死にゆく人に対して標準医療には何ができるかということだ。
死に際して多くの人が望んでいること、それは最期の日々を可能なかぎり平穏で価値あるものにすることだろう。残された短い時間をできる範囲で本人の希望どおりにするのは、死にゆく人のためであり遺される人のためでもある。どのような生になら耐えられるのか、許容範囲は人によってずいぶん違う。望みを叶えるには、まずその望みを知る必要がある。しかし大切な人への思いやりから、望まぬ治療を受けてしまったりもする。ではどうすればいいのか?
ガワンデが書いているのは、ある意味で生を諦めることだ。しかしそれは同時に、最期までよりよい生を諦めないことでもある。
なお『ヒトラー』『死すべき定め』以外では、『リリス』『セカンドハンドの時代』『監獄と流刑』『ナボコフの塊』『血の熱』『あの素晴らしき七年』なども読みごたえがあった。

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【推薦者】nobu
【推薦作品<1>】『水を得た魚 マリオ・バルガス・ジョサ自伝』
【作者】マリオ・バルガス・ジョサ
【訳者】寺尾隆吉
【推薦文】
1990年までのペルー大統領選挙に至るまでの道のりと、バルガス・ジョサがそれまでに発表してきた作品のエピソードが紹介されており大変興味深く読んだ。選挙演説は2~3時間の踊りやイベントの前座が終わらないとスピーチが始められないなど、ペルーを何度か訪れた私にとってうなずけるシーンがいくつもあり大変面白かった。この自伝を訳していただいた寺尾先生および出版していただいた水声社の方々等関係者の皆様に謝意を申し上げます。

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【推薦作品<2>】『ウリョーアの館』
【作者】エミリア・パルド・バサン
【訳者】大楠栄三
【推薦文】
19世紀後半にスペインの女性作家によって書かれた作品。作品を読むと、当時のスペインの世相や、社会的身分の差がよく分かる。この作品の面白いところは、<女男>とあだ名をつけられるフリアンや地元の村人たちからウリョーア侯爵と呼ばれるドン・ペドロ、強大な権力を有しているプリミティボ、そしてラヘ家の娘たちなど、それぞれの人物の性格の違いがよく描かれている点であろう。揺れ動く思いや、相手への駆け引きなど、読んでいて飽きさせない。本邦初訳で訳出された大楠先生と、出版していただいた現代企画室の方々等関係者の皆様に謝意を申し上げます。

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【推薦者】魂木波流
【推薦作品】『バッド・カントリー』
【作者】C・B・マッケンジー
【訳者】熊谷千寿
【推薦文】
アメリカ先住民の血をひくロデオは、先住民が何人も殺されているという連続殺人事件にまきこまれる。そして私立探偵をしている彼は、少年が殺されたある事件の再調査を依頼されるのだが――。というハードボイルドなアメリカ先住民ミステリーです。トニイ・ヒラーマン賞受賞作。
セリフに””がついてないらしく、全部「」もなしになっています。ままある手法ですが、会話がどれかぱっと見すぐにわからないので、翻訳するときは大変だったんだろうなあと思いました。

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【推薦者】@ kaseinoji
【推薦作品】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
たった数ページで、笑いを誘い、胸を締めつけ、伏線を拾い、メタファーを織り込む。そんなマジカルなエッセイ集。
ヘブライ語で執筆されたのに英語翻訳版が決定稿となり本国イスラエルでは出版されていないという、孤児のような来歴の本。訳者あとがきによれば、日本語版はその世界二十番目のきょうだい。

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【推薦者】遠藤 悦子
【推薦作品】『ウィンター家の少女』
【作者】キャロル・オコンネル
【訳者】務台夏子
【推薦文】
天才ハッカー、ニューヨーク市警のキャシー・マロリーシリーズ第八作。58年前のウインター邸での9人の虐殺事件の生き残りの老婦人とその姪のどちらが不法侵入者を殺したのか、過去の虐殺事件と、殺人事件の関係を、天使のような美貌と冷徹と、見事な推理で追う、佳作。写実的記憶力の持主チャールズ・バトラー、ライカー警部を配し、シリーズを通じて比類なき翻訳をされた務台夏子さんの翻訳を愛しています。

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【推薦者】佐藤 弓生
【推薦作品<1>】『チェンジ・ザ・ネーム』
【作者】アンナ・カヴァン
【訳者】細見遙子
【推薦文】
20世紀前半の英国女性作家の長編第一作。大戦前後の若い女性の境涯をくるしく叙述する点、ヒロインの性格が非人間的な点において『ジェイン・エア』『嵐が丘』の後継に見えながら、母娘問題や生の実感の不在など現代に通じる語りも多い。ロマンス小説的筆致のあいまにときおり見られる「その夕空の淡い緑色の海原を、生まれたばかりの細い三日月がすべるようにわたっていく」といった後年の幻視的作品に通じる表現も見逃せない。
本書の訳出をはじめ、版元のここ数年のラインナップ(デイヴィッド・リンゼイなど)にもときめきます。期待しております。

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【推薦作品<2>】『ドイツ国防軍兵士たちの100通の手紙』
【作者】マリー・ムーティエ
【訳者】森内薫
【推薦文】
手紙の記録なので型通りな退屈さや偏見も多いが、推敲されない臨場感を読むべき本(検閲があるので真に酷い事態は書かれていないと思われるが)。「ふつうの人々」の戦争犯罪にかかわる精神風土を知ることができる。ティモシー・スナイダーの序文「ハンナ・アーレントは『悪の凡庸さ』について語ったが、本書の手紙に散見されるのは、むしろ『凡庸さの悪』だ」が重い。
訳者あとがきによると、手紙は「究極の一人称」であり「彼らの生の声」。一人称文学にかかわる者として考えさせられる。

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【推薦者】渡辺 融一郎
【推薦作品】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
構成は二つの柱を持つ。失踪した妻リュヤーを捜すガーリップと、妻の異母兄ジェラールのコラムだ。特にコラムは内容も凄まじいけれど、それを支える訳がいい。どす黒い、深淵から立ち上る何ともしれぬ匂いを見事に日本語で表している。黒い街イスタンブールを彷徨うガーリップは次第に存在がジェラールへと引き寄せられる。何かが起きている。何かが存在している。黒い街イスタンブールの名作だ。

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【推薦者】丸面 チカ
【推薦作品<1>】『蒲公英王朝記 巻ノ一: 諸王の誉れ』
【作者】ケン・リュウ
【訳者】古沢 嘉通
【推薦文】
作者が言っているように、骨格としては楚漢戦争がモデルではありますが、その肉付けや立っている世界が作者オリジナルの再創造したもの。
ということは、否が応でも何らかの形で日本語話者なら触れたことのある三国志のストーリーを思い浮かべてしまうわけです。それが司馬遼太郎作品であったり、横山光輝の漫画作品であったり、漢文などの教材であったり、ゲームであったり、全く興味がなくても諺であったり。
そういう三国志の知識から違和感を覚えず、加えて、作者特有のシルクパンクという想像上の世界の習わしや武器、事物そして神話の細やかな描写が日本語で読めて、楽しく没頭できるというのは有り難いことです。

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【推薦者】三木
【推薦作品<1>】『テロ』
【作者】フェルディナント・フォン・シーラッハ
【訳者】酒寄進一
【推薦文】
ドイツの旅客機がテロリストにハイジャックされ、満員のサッカースタジアムに落とすと予告される。その旅客機を撃墜し、乗客全員を死に至らしめた軍人は殺人犯か英雄か。
この裁判劇には「有罪」と「無罪」の二つの結末が用意されている。この人物を裁くのは読者である自分自身なのである。読者は選択をすることで、この問題に対して他人事ではいられなくなる。この作品が様々な意味でテロの脅威から目をそらすことができない今、翻訳された意義は大きいと思う。

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【推薦作品<2>】『セカンドハンドの時代』
【作者】スヴェトラーナ・アレクシェーヴィチ
【訳者】松本妙子
【推薦文】
第二次世界大戦時のソ連の女性やチェルノブイリの原発事故にあってしまった人々の話を聞き書きという形で本にし、ノーベル文学賞を受けた著者による、ソ連崩壊をテーマにした一冊。
この本はソ連という私が生まれる前に消えた存在がテーマで、はたして理解できるのかと心配になったが、杞憂だった。著者の文章はどこまでも繊細で力強く、読者に寄り添うように進んで行く。この人の新作が同時代に読めることを嬉しく思う。

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【推薦者】斎藤 真理子
【推薦作品<1>】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
締切ぎりぎり、推薦文が書けませんが「すごかった」の一言

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【推薦作品<2>】『アメリカーナ』
【作者】アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
こちらも締切ぎりぎりで推薦文が書けませんが、「読めて嬉しかった」の一言。

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【推薦者】Haruka Matsuyama
【推薦作品<1>】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
読み終えるのが惜しい小説には、物語としてのおもしろさはもとより、文章を読む体験そのものの喜びがあるのではないでしょうか。『すべての見えない光』はまさに、その喜びに満ちた小説でした。また、読み終えてから知ったのですが、『すべての見えない光』の原著であるAll the Light We Cannot Seeはほぼすべてが現在形の英語で書かれているそうです。改めて訳文を見てみると、訳文もすべて現在形になっています。なんの違和感もなく読んでました! 藤井光さん、恐るべしです!

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【推薦作品<2>】『数学者たちの楽園 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』新潮社
【作者】サイモン・シン
【訳者】青木薫
【推薦文】
米国アニメ『ザ・シンプソンズ』の脚本家集団は天才数学博士たちの集まりで、『ザ・シンプソンズ』には数学的トリビアが散りばめられている! ということを『フェルマーの最終定理』で有名なサイモン・シン氏が解き明かしていく本です。シンプソンズファンにとってはたまらなくおもしろい本でした。ですが、よくよく考えてみると数学の知識もほとんどないのにこんなに楽しく読めたのは、作者であるサイモン・シン氏の文章や構成の上手さがあったからで、さらにいうと、それを訳者である青木薫さんが読みやすい日本語に訳してくれたからで。なんというか、ほんとに、この本を訳してくださってありがとうございました!

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【推薦者】青の零号
【推薦作品<1>】『天界の眼: 切れ者キューゲルの冒険』
【作者】ジャック・ヴァンス
【訳者】中村融
【推薦文】
優れた翻訳者にしてSF・幻想文学の目利きである中村融氏が悲願とまで言い切った本書の全訳はまさに快挙である。太陽が衰え生物も文化も異形と化した物語は異郷作家と呼ばれたヴァンスの真骨頂であり、次々に登場する奇妙な文物とそれをめぐる曲者たちの会話の妙を生き生きとした訳文で楽しむことができる。主人公のキューゲルは人間的に誉められた男ではないが、どんな状況でもしたたかに生きぬく逞しさは人生経験豊かなヴァンスの到達した人間の本性であり、彼の理想とするヒーロー像そのものだろう。

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【推薦作品<2>】『死の鳥』
【作者】ハーラン・エリスン
【訳者】伊藤典夫
【推薦文】
伝説的なSF作家の伝説的な作品を伝説的な翻訳家が訳した傑作選であり、長く刊行が待ち望まれた名著である。知性と観察眼に裏打ちされた暴力描写が時に形而上的な世界で、あるいは都会の真ん中で技巧的な文章により炸裂する。この現代の神話ともいえる作品群を長く日本語に訳し続けた名匠の偉業に、改めて敬意を表したい。

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【推薦者】藤枝 大
【推薦作品<1>】『トランペット』
【作者】ジャッキー・ケイ
【訳者】中村和恵
【推薦文】
「ありのままのその人」に向き合おうとする人間たちが登場する。向き合いたい、と、向き合うしかない、ではえらいちがいがある。人間関係というのは複雑になりがちで、そうした時には手続きがものを言う。手続きは「ありのままのその人」に向き合うのを邪魔することもあれば、支援もする。父であること、が大きなテーマであるが、その父にとっての父が最後に顔を出す。余韻がいつまでも消えない傑作。訳が、最高にいい。

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【推薦作品<2>】『偉大なる時のモザイク』
【作者】カルミネ・アバーテ
【訳者】栗原俊秀
【推薦文】
勇気を必要とする時に応えてくれる風。そんな風を、読み終わったあともちかくに感じる。風の裏側には影がある。影も感じながらも、われわれは生きていくしかない。大文字の歴史と対比的に語られる小文字の歴史。アルバレシュの彼らにとって、これは小文字の歴史か? いやいや、同時に大文字でもあるだろう。繊細な手付きで小文字であり大文字でもある歴史を成り立たせようとする。子どもたちはモザイク完成への日々に随伴する。孤軍奮闘しながら男は、歴史と対峙する。ここに居ない男をそばに感じながら。風吹き抜ける歴史は、うんと気持ちがいい。その風は信じるに値するか? これからの人生で、どう応えつづけられるだろう。

書影

【推薦者】ヤヤー
【推薦作品<1>】『ホワット・イズ・ディス?』
【作者】ランドール・マンロー
【訳者】吉田三知世
【推薦文】
まず、絵本だっていうのにこの文字量。
難しいことをシンプルに言ってみた、っていうけど、易しく言い換えるということは結構難しいものだなあと思い知らされる。
「きみの体内にあるいろいろなふくろ」って言われたら何だと思う?
大人ならすぐにわかるよね。でも、こういう言い換え方を思いついたかしらん。
「人を助けるための部屋」「空に届くビル」…何のことだろう?
1ページにびっちり書き込まれた文章によって説明がなされる。それによって子どもだけじゃなく大人がちゃんと理解するのを助けてくれてる絵本、です。

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【推薦作品<2>】『あたらしい名前』
【作者】ノヴァイレット・ブラワヨ
【訳者】谷崎由依
【推薦文】
白人が取り仕切ってきた社会の仕組みを、黒人原住民に返すという。
選挙とやらが行われたが、何が変わったのやら。
社会の中で犠牲になるにはいつも女性や子どもだ。
わたしはここで子どもがレイプされて妊娠・出産までさせられている現実に戦慄した。子どもなのに、もう体の中は成人しているのだ。
それでもそこから抜け出してアメリカに渡った主人公の語りは明るい。
古い世界というキモノを脱ぎ捨てて生まれ変わったようだ。少なくとも表面上は。
彼女は過去を忘れてこの先を生きていくのか。
では読者であるわたしが残されたものたちのことを憶えていよう。

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【推薦者】かつ とんたろう
【推薦作品】CD『神様ごっこ』付属ブックレット
【作者】イ・ラン
【訳者】清水博之(雨乃日珈琲店)
【推薦文】
韓国のシンガーソングライター、映像作家、マンガ家その他肩書き多数の才女イ・ランの2ndアルバム付属ブックレットは、各曲の歌詞と、その曲にまつわるあるいはまつわらない彼女のエッセイ集だ。
しっとりとしたミランダ・ジュライのような彼女の文章は、雰囲気や内容、すべてがCDに収められた曲と完璧な対応をなしている。彼女の気ままで、あるときは鋭利で、あるときは何も考えていないように無邪気な、しかし間違いなく賢く、あまりにも賢いがゆえの斜めに世界を見てしまう感じをパッケージして翻訳できたのは、彼女との絶妙な距離感のなせる業か。
これを日本語で読めること、しかも間違いなくイ・ランという人物が伝わる翻訳に仕上げてくれたことに感謝したい。


【推薦者】柳瀬 江理子
【推薦作品<1>】『プラハの墓地』東京創元社
【作者】ウンベルト・エーコ
【訳者】橋本勝男
【推薦文】
博覧強記のウンベルト・エーコ。歴史、美術、記号、文書、非常に多くの知識が必要とされさらに独特の世界観の雰囲気を壊さず訳されるのは大変なことだと思った。

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【推薦作品<2>】『ポーランドのボクサー』
【作者】エドゥアルド・ハルフォン
【訳者】松本健二
【推薦文】
作者と連絡を取り合い日本だけこの短篇集の形をつくられた。テキストをただ訳されるだけではなく共に作品を作り上げる姿勢がこの文章にもあらわれていてとても素晴らしい本となった。作者の想いを誠実な訳文がこのグァテマラの複雑な血筋の作者(=主人公)を際立たせた。

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【推薦者】野口 綾乃
【推薦作品<1>】『ぼくは君たちを憎まないことにした』
【作者】アントワーヌ・レリス
【訳者】土居佳代子
【推薦文】
これは推薦しなければならない本だと思い、手に取りました。この本を翻訳してもらえたから、知ることができました。フランスの地で起きた出来事を遠い日本の地で感じることができました。訳者の土居さんがあとがきで書いているように、多くの人が胸に灯をともし、希望を分かち合うことができたらと願います。

 


【推薦者】田中 優子
【推薦作品<1>】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・N・アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
何気なく読み始めてみて、お、いいな、すぐにその世界に引き込まれてしまうな、という感じ。これはもちろんいい小説の証拠ですが、なぜこれほどまでに引き込まれてしまうのか。とても大きな問題をこんなふうに個人の視点から語ることができる、これぞ小説の醍醐味と思った作品。もちろん、そのためのには翻訳の質の高さが必要で、そのお手本のような一作だと思い、推薦します。

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【推薦作品<2>】『闇の河』
【作者】ケイト・グレンヴィル
【訳者】一谷智子
【推薦文】
紹介サイトにありますが「異文化との出会いと衝突、そして和解に至る道のりで、「記憶」はいかに物語られるのか。多文化にひらかれた新たなアイデンティティを模索するオーストラリア社会に、深い衝撃をもたらした現代の古典」、まさしくそのとおりの作品でした。移民というより「罪人」としてイギリスから流されてきたイギリス人たちが、その後、今度はいかに原住民たちを征服していくか、という凄まじい歴史の流れにくらくらしました。このシリーズ全体も、すごいシリーズだと感服しています。ちょっとやそっとで人間というのは崩れないし、社会というのも作られない。2012年から10年かける凄さ。

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【推薦者の名前】七雪
【推薦作品】『塔の中の部屋』
【作者】E・F・ベンスン
【訳者】中野善夫・圷香織・山田蘭・金子浩
【推薦文】
「怖い」は一種類だけじゃないと実感させてくれるバラエティに富んだ怪奇小説集。E・F・ベンスンの短編集の完訳は、本書が初とのことで、まとめて読めるのが嬉しい。
この短編集の構成ですばらしいのは、怖い話・嫌~な話の中に、結末で心温まる話が一編入っているところ。緊張がゆるむと同時に、恐怖が際立つのだ。
日本で暮らしていると、怪談といえば夏の夜のイメージだが、雪が降りしきる中、暖炉を囲んで怪談を披露しあうのも楽しそうだ。

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【推薦者の名前】酒井 七海
【推薦作品】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
フィクションといえども限りなく真実で、ひとつひとつはまったく別の声なれど、それが折り重なってひとつの大きなうねりを伴った物語になっていく。
常に一切の情感的なものは排除して淡々と綴られていくけれど、戦争がおこり一人また一人と収容所行きになっていく事実は動かない。それゆえどうして連れて行かれるのかわからないまま人知れず消えていく人たちが、確かにそこに生きていたんだということが実感として迫る。
この文体だからこそ、胸に来る鬼気迫るものがあった。文句なしに素晴らしい作品。

書影

【推薦者】芝田 文乃
【推薦作品<1>】『ウィスキー&ジョーキンズ』
【作者】ロード・ダンセイニ
【訳者】中野善夫
【推薦文】
初老の紳士ジョーキンズがウィスキー片手に語る軽いタッチの笑える法螺話を23収めた短篇集。ファンタジイ長篇が苦手でダンセイニは面倒くさそうと敬遠していたのですが、このジョーキンズ・シリーズはコミカルで落語のよう。とはいえ文体はおちゃらけてはおらず大変端正でありまして、無表情で人を笑わせるバスター・キートンを思わせます。また、短篇の合間にときどき挟まる、訳者による解説コラムが簡にして要を得ており、ありがたいです。

書影

 

【推薦作品<2>】『ロデリック』
【作者】ジョン・スラデック
【訳者】柳下毅一郎
【推薦文】
純粋無垢な幼いロボット、ロデリックの冒険成長物語なのですが、ロデリックは周囲の人間とうまくコミュニケーションがとれず、人間たち同士もうまくコミュニケーションがとれていない。そんなディスコミュニケーション状態で事件が起き、なんだかよくわからない会話が続いていき、しかも言葉遊びやパロディがてんこもりのテクストを翻訳するのは暗号を解くようなもので、訳者にとっては大変な苦労であろうとお察しいたします。ロデリックがこの先どうなるのか気になります。続編が出ますよう願っております。

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【推薦者の名前】深緑 野分
【推薦作品<1>】『堆塵館』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
子供の頃、読書に没頭して、永遠に読み終わりたくない、と思うことがあった。
永遠にこの文章を読んでいたい。この世界で生きていきたい。
その感覚を思い出させてくれ、いつまでも、この物質にまみれた館に閉じこもって、誕生の品と奇妙な人々の話を聞いていたい、と思った。
今年最高の読書体験でした。

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【推薦作品<2>】『死の鳥』
【作者】ハーラン・エリスン
【訳者】伊藤典夫
【推薦文】
どの短編も素晴らしく大好きなのですが、
とりわけ「ジェフティは五つ」はマイベスト短編小説の5作に入れたいほど溺愛しています。郷愁と少年時代への憧れをこういった形で描いてくるとは。
「ソフト・モンキー」も最高。

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【推薦者の名前】栗山 心
【推薦作品】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
翻訳小説をほとんど読まないままに歳を重ね、突然ハマり出して一年。好奇心の赴くままに読み漁り、ついには未知の領域だったポーランドの小説にまでたどり着きました。更なる翻訳小説の魅力を教えてくださった翻訳者の方に、感謝です!

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【推薦者の名前】にゃぼにゃ
【推薦作品】『ウィスキー&ジョーキンズ:ダンセイニの幻想法螺話』
【作者】ロード・ダンセイニ
【訳者】中野善夫
【推薦文】
初めて読んだダンセイニだったのですがとても読みやすく面白かったです。訳者のコラムも作品を読む上での助けになって良かったです。何より楽しかったのは、Twitter上で豆本のキャンペーンが行われてたことです。応募するのにお気に入りの作品をツイートするのですが、同じ本を読了した方のお気に入りの作品を知ることができたのは本当に良かったです。

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【推薦者】H・M
【推薦作品】『君に太陽を』
【作者】ジャンディ・ネルソン
【訳者】三辺 律子
【推薦文】
双子それぞれの感性で彼らの頭の中をまま文字にしたような文章がとても素敵な作品で、それをそのまま丸ごと味あわせてくれる翻訳でした。

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【推薦者の名前】みんどるれ
【推薦作品<1>】『コスタグアナ秘史』
【作者】フアン・ガブリエル・バスケス
【訳者】久野量一
【推薦文】
ラテンアメリカ文学というより、あえてコロンビア文学と呼びたい。「ブーム」の世代の作品群がラテンアメリカにとっての近代文学だったとしたら、さらに次の世代の現実の捉え方を示す作家が続々と現れているが、その重要な作家がこのバスケス。ラテンアメリカ性や越境が強調されるのではなく、むしろそれを所与のスタート地点としながら、逆にコロンビア性を探っていく。コロンビアの現在がいかなる経緯と関係性と構造によってこうなったのかを、相対的に明らかにしていく。その姿勢に大変共感した。2つの作品は、題材の性格も文体もまったく異なり、また翻訳者それぞれの特徴も違っていて、興味深い。それぞれ、翻訳者に合った作品を訳しているように感じた。

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【推薦作品<2>】『物が落ちる音』
【作者】フアン・ガブリエル・バスケス
【訳者】柳原孝敦
【推薦文】
同上

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【推薦者の名前】本とランプ
【推薦作品<1>】『ユリシーズを燃やせ』
【作者】ケヴィン・バーミンガム
【訳者】小林玲子
【推薦文】
「ユリシーズ」の伝記そのもの。難解で知られた本である「ユリシーズ」が出版についても、ここまで苦労があった事を知らなかった。あの時代そんな検閲が海外で行われていた事も知らなかった。この「ユリシーズを燃やせ」が翻訳され出版され、手に取らなければ知らなかった。かつてこういう時代があったのだと知るためにも、今、この本を読めて良かったと思う。

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【推薦作品<2>】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】柴田文乃
【推薦文】
帯の「怪奇幻想小説」の「怪奇」の部分に苦手な分野かと最初少し腰がひけたが、読んでみれば杞憂に終わった。物語が終わったその後を考えてしまうようなあとの引き方が凄い。読後、ラヴクラフトを買いました。新しい本の世界の扉を開けてくれた1冊です。

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【推薦者】真理子
【推薦作品】『きみがぼくを見つける』
【作者】サラ・ボーム
【訳者】加藤洋子
【推薦文】
目次が秀逸で痺れました。
ぼくの一人称で淡々とした文体なのに、リリカルで詩的でとても胸に迫るものがありました。
ときどき、はっとするようなシンプルな語りかけの言葉も効果的にちりばめられ、とても心に残る物語でした。

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【推薦者】でーすけ
【推薦作品<1>】『ようこそ、映画館へ』
【作者】ロバート・クーヴァー
【訳者】越川芳明
【推薦文】
邦題がとても良いですね。分かりやすくこの本のことを説明しようとすると「ジャンル映画オマージュの短編小説集」となるのですが、これだとどうにも説明が足りないんですよね・・・。なので邦題に「映画館」とつけたのが上手いなあと!何故「映画館」なのか?それは本作を手にとってページをめくっていただければ!

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【推薦作品<2>】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼた のぞみ
【推薦文】
アフリカからアメリカへ留学した少女の半生を綴った話、って目にした時はすごく重たい内容なのかと思ったのですが、いざ読みだしてみるとものすごくポップで読みやすくてスイスイ読みすすめられました。アメリカでの人種問題に触れつつも、オーソドックスな恋愛小説でもあって、とても面白かったです。

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【推薦者の名前】只今小説熟読中
【推薦作品】『二重人格探偵エリザ : 嗤う双面神』
【作者】ヴィオラ・カー
【訳者】川野靖子
【推薦文】
まず、タイトルにもある「二重人格」が特徴的でした。それも憎み合うと言うよりは互いの長所で協力し合って事件を解決する、というのが過去読んできた多重人格が登場する小説の中でも無い設定で惹き込まれました。
そしてこの設定に負けない登場人物たちや事件にもハラハラしてページを捲る手を止めるのが大変でした。
途中で出てくる挿絵もインパクトがあって良かったです。

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【推薦者の名前】arancia
【推薦作品】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井 光
【推薦文】
日頃は話題作などは積ん読して、すぐに読まないひねくれた私だが、今回は翻訳が出ると同時に読んでいた。短い章がいくつもある中で、二人の登場人物の人生が作者の繊細なことばと共に、時を行きつ戻りつしながら歩んで行く。
このような作品を、藤井光さんの美しい翻訳で、読む者をヴェルナーのいた孤児院に、第二次世界大戦時のサン・マロへと連れて行ってもらった。ひとつの文節、ひとつの章をマリー=ロールが「海底二万里」を読むかのように、指はページを滑らかに繰り、大事に大事に読み進んでいった。

翻訳小説を読む醍醐味は、原作者の作品を好むと同時に、翻訳者の創り出すことばにも惹かれ、二重の楽しみがあることだと、この作品を読んで強く思った。

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【推薦者の名前】もっちゃん
【推薦作品】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
書評家・ライターの倉本さおりさんが、2016年のブルータスで推薦されていて、読みました。
主人公2人を通して物語が進んでいき、
とても面白かったです。

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【推薦者の名前】こいぬ 書房
【推薦作品】『キッド――僕と彼氏はいかにして赤ちゃんを授かったか』
【作者】ダン・サヴェージ
【訳者】大沢章子
【推薦文】
ゲイのカップルが養子縁組によって子供を迎えるまでを綴ったノンフィクション。下ネタや、自虐ギャグ、ユーモアたっぷりで読みやすい訳のおかげで笑ったり泣いたり、楽しい読書でした。人が人と生きていくことについて、その愛おしさ、すばらしさを伝えてくれます。たくさんの人に読んでほしい!

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【推薦者の名前】Ailove
【推薦作品】『レモンケーキの独特なさびしさ』
【作者】エイミー・ベンダー
【訳者】菅啓次郎
【推薦文】
某サイトでどこかの誰かがこの本のレビューを書いていた。
「日本語がおかしくて内容が分かりづらい。訳者は小学校からやり直した方がいい。」
い~やいや、やり直した方がいいのはあなたの方じゃないの?なんて思った。
細かい描写だけが読書の魅力だと思っているなんて。
今のは誰の様子なの?これは誰が言ってる言葉なの?この本を読んでいるとたびたびそんな行がある。文字で書いておこうと思ったのならばいくらでもできたはず。でも“それ”がない。だけど分かる。読んでいると“それ”を感じる。文字で書かれなかった何かを。訳者は見事に“それ”さえも翻訳していると感じる。カバー折り返しの作者と訳者のツーショット写真がすごく好きだ。
読み手はコンピュータではない。五感、または六感を持つ人間だ。この本は読むだけではない。感じる本だ。帯にも「感じることはどういうことかについてたくさん考えていた」と作者が語っている。まさに“それ”を書き込んで(描き込んで)ある本だ。文字とは本とは“ただ読むもの”ではない。

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【推薦者の名前】牛込逍遙
【推薦作品】『アウシュヴィッツの図書係』
【作者】アントニオ・G・イトゥルベ
【訳者】小原京子
【推薦文】
主人公のディタは、チェコ出身のユダヤ人少女。収容所の子供たちのための学校で、密かに本を隠し持ち、危険を犯しても、必要な人に届けるという図書係をしている。強制収容所の過酷な生活の中で、少女が洞察する人間の本質、理不尽な戦争。極限においてもまっすぐに、使命感をもって図書係を全うする姿は凛々しい。作者はスペインのジャーナリスト、アントニオ・G・イトゥルベ。実話をもとに書かれた小説だ。様々な地方から収容されたユダヤ人たちの出自、言語は多様、ごくわずかな蔵書の言語もヨーロッパのいろいろな言語だが、それぞれが聞こえてきるようだ。エピソードとして記されるディタの波瀾の人生も、今の世界につながっている。少女の視点を通して描かれるこの物語は、子供にも大人にも読まれる価値があると思います。

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【推薦者】家狸
【推薦作品】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
読み終わった後もずっと、登場人物たちが心の中で生き続けています…。ネタバレになりそうで、多くは語れないのが残念ですが、キラキラと煌めく宝石のような…そんな小説でした。そしてそれは、翻訳文である事を感じさせない、藤井氏の訳業によるところが大きいと思います。

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【推薦者】H masa
【推薦作品<1>】『天界の眼 切れ者キューゲルの大冒険』
【作者】ジャック・ヴァンス
【訳者】中村融
【推薦文】
ようやく全編が訳された〈切れ者キューゲル〉第一巻。機知と才覚というより、その場しのぎと舌先三寸で切り抜けていく主人公の起こす騒動と、〈滅びゆく地球〉の不可思議な風景が見もの。行く先々で騒動を引き起こす無責任っぷりが(周囲の人々には気の毒ながらも)楽しい。訳者あとがきにも、ヴァンス訳者の先人としての浅倉久志リスペクトが溢れている。続篇の刊行もぜひ希望します。

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【推薦作品<2>】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
『動きの悪魔』に続く怪奇譚集第二段。二十世紀初頭という時代のせいか、恐怖小説ながら(疑似)科学的思考を加えたりするところが面白い。理屈っぽいホラー小説といったところだが、怪しげな話を聞いているうちに相手のペースに巻き込まれてしまうように、訳のわからない理屈に(ちょっとだけ)巻き込まれてしまうな気分になる。帯にある、〈脳髄を掻きくすぐる〉感覚を味わいたい方にぜひ。

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【推薦者】小寺 啓史
【推薦作品<1>】『森の人々』
【作者】ハニヤ・ヤナギハラ
【訳者】山田美明
【推薦文】
最初から結末の分かっているミステリーのような小説だ。「犯人」の生い立ちから「犯行」に至るまで。私たちがふだん従っている日常的な規範や感覚、いわゆる「常識」を根底から揺さぶり、覆す。得体の知れない「力」に頭からすっぽり包み込まれる。
評価の分かれ目は、この作品の大部を占める、ノーベル賞受賞者ノートン=ペリーナ博士の「自伝」の部分の文体だ。幼児虐待の罪で有罪判決を受けた博士が獄中で綴った手記を、博士を(異常なほど)敬愛するロナルド・クボデラ博士が編集した、という体裁だ。人種や職業的偏見に満ちたクボデラ氏によって意図的にねじ曲げられたり、改ざん、省略された可能性を残す本文は、明確で、「文学的」表現を用いず、学者の論文を思わせるような直截的記述に終始している。それは衝撃的な内容のせいもあってか、生々しい不気味さを伝えてくる。
訳文は、その効果を伝えるのに成功していると感じたが、どうだろうか。選考委員の方々の評価に委ねたい。

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【推薦作品<2>】『ある一族の物語の終わり』
【作者】ナーダシュ・ペーテル
【訳者】早稲田みか・簗瀬さやか
【推薦文】
一つの凝縮された世界。
「おじいちゃん」の語る一族の物語と、「ぼく」の意識の中の時間と空間が溶けあった世界。
押し込められた、というより自ら押し込むことで形をつくるしかなかった著者の想い。
最初はとっつきづらいが、一文一文に集中して読んでゆくと、かたち、手ざわり、色、におい・・・・・・光、が溶け合って「ぼく」に押しよせてくるのが実感される。
息苦しさの中から広がってゆく、一つの混乱の波がすべてを浸し、引いた後に残るのは「空白」だ。
改行のまったくないこの小説で、それは行間であり、この「物語の終わり」を示す記号でもある。

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【推薦者】若林 踏
【推薦作品】『クリスマスの朝に』
【作者】マージェリー・アリンガム
【訳者】猪俣美江子
【推薦文】
卑劣な犯罪から上流階級のちょっとしたトラブルまで、あらゆる難題を解決する冒険好きの英国紳士探偵アルバート・キャンピオン。その魅力を見事な翻訳で余すところなく引き出したのが『キャンピオン氏の事件簿Ⅲ クリスマスの朝に』だ。本書収録の中編「今は亡き豚野郎の事件」は、シリーズ中、唯一キャンピオン自身が語り手となる本格謎解きミステリであり、優雅で気の利いたユーモアに満ち溢れた語り口を存分に楽しめる。上品さと軽妙さを併せ持つ猪俣美江子訳によって、マージェリー・アリンガム作品のファンが増えますように。

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【推薦者】森 裕子
【推薦作品<1>】『四人の交差点』
【作者】トンミ・キンヌネン
【訳者】古市真由美
【推薦文】
舞台はフィンランド、百年三世代にわたるある家系の四人の人々の人生の物語です。秘密を抱えたまま生きる四人の視点人物それぞれの個性が際立つ淡々として潔い筆致とフィンランド百年の風物を日本語に移し、私たち読者に届けて下さったことに感謝。過ごして来た年代が重なる部分では、日本でもそうだったとあの頃のことを思い出したりしながら物語に没入することが出来ました。

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【推薦作品<2>】『ラドチ戦史三部作(「亡霊星域」「星群艦隊」)』
【作者】アン・レッキー
【訳者】赤尾秀子
【推薦文】
感情が抑制された一人称の語りから滲み出る愛や執着もさることながら、この小説の白眉は登場人物の性別に関係なく「彼女」に統一された三人称にあります。書いてあればその区別に捉われずにはいられない脆弱な想像力が〈ただ人称名詞が統一されているだけ〉で自由に解き放たれることへの驚きは凄まじいものでした。声高に叫ぶことよりも、軽やかに全てを超越するかのような試みだと思います。素敵です。その作品を同じように〈さり気なく〉日本語に移すことの難しさを思うとき、日本翻訳大賞に推薦しないではいられない気持ちになりました。

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【推薦者】本田 健治
【推薦作品】『マナス』
【作者】アルフレート・デーブリーン
【訳者】岸本雅之
【推薦文】
ここ一年で三作の翻訳が刊行されるなどして再注目される作家デーブリーンの〈現代の〉叙事詩。
この叙事詩は古来の叙事詩(あるいは神話)が少なからずそうであったような閉鎖的な民族主義のそれではなく、マナスの彷徨の果てにわたしたちが見るのは、あらゆる〈わたし〉が開かれ(それも自己を深化させながら)共生へと向かう、英雄の〈拡がる生〉の姿だ。
王子マナスはアショーカ王の伝説さながら自らの引き起こした流血の惨禍に倦み疲れ、亡者が原へ彷徨い出でる。そこでは愛が火に包まれ、生は飢え果てている。しかしマナスはそれでもなお愛によって生へと蘇り、強大な神を乗り越えるために却って自我のなかに沈潜し、その深層において見出される自然の万象と結びつき、遂には三者の共生の場を現出させる。
この〈現代の〉叙事詩はその壮大な世界観と語りの充溢を通して、わたしたちが今後歩まねばならない道ー偏狭なナショナリズムでも強権的なグローバリズムでもない、第三の道ーを模索するにあたって、(古来のインド神話をモチーフにした小説という体裁とは裏腹に)重要な示唆を与えてくれる驚異的な一冊だ。

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【推薦者】くみくみ
【推薦作品<1>】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
将来の伴侶を写真だけで決めるということは、写真だけで人生を決めるということだ。そうして「写真花嫁」たちは海を渡った。個人のエピソードであるにも関わらず、「わたしたち」と複数形の一人称が使われるのは、このエピソードの本質が同じように海を渡った花嫁たちに共通しているからだろうか。上品で控えめで線の細い印象の翻訳は、花嫁たちの芯の強さを際立たせる良作と思う。

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【推薦作品<2>】『ハリネズミの願い』
【作者】トーン・テレヘン
【訳者】長山 さき
【推薦文】
ハリネズミはひとりぼっち。森の仲間たちに鋭い針のせいで嫌われていると思っている。お茶に招待したいが、いろいろと先に考えてしまって、手紙を出すことが出来ない。そしてハリネズミの出した答えは。ハリネズミの葛藤がとてもよく伝わってくるテンポのよい翻訳。対比的に語られるカメとカタツムリの会話と行動も可愛らしい。大人もこどもも惹きつけられる良作。

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【推薦者】もうだくん
【推薦作品】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
「不実な醜女」と批判されるなど、その翻訳の酷さで有名だったパムクのまともな日本語訳が出版されたのは2009年『白い城』からである。そこに挟んであった冊子に 『黒い本』鈴木麻矢訳が近刊として掲載されていた。それから待つこと7年、やっと「近刊」が「既刊」となった。これほどの年月がかかるとは、色々苦労があったか、何か障害や問題があったのだろう。ただ、 これがまたとてつもない傑作だった。他の作品も凄かっただけに、最高傑作!との宣伝文句には、この上がまだあるのかと半信半疑だったが、読んで納得した。これぞ最高だ。イスタンブールの歴史の闇に迷い込む酩酊感。痛切なラスト。時間をかけたせいなのか、訳者の持ち味なのか、他のパムク作品とは全く違う重厚な翻訳も、この作品にはよくあっていた。パムクの長々しい息遣いが伝わる。これが女性の訳とは驚き。文学に選ばれた人だけのための、極上の読書体験がたっぷりと味わえる。

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【推薦者】ないとう ふみこ
【推薦作品<1>】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
「わたしたち」という不思議な一人称で、静かなざわめきのように語られるひとりひとりの歴史。写真花嫁という存在を知らなかったので、あの時代に写真一枚を頼りに海を渡った人たちの勇気というか無謀さというか追いつめられた境遇というか、そんなものに驚嘆し、つらい航海を終えて出会った落胆や絶望に胸が痛くなり、それでもひたすら日々を生きていく人たちの強さに胸をつかまれ、いつの間にか「わたしたち」のなかに巻き込まれるように、歴史を知識としてではなく肌身で感じ取ることができた。

日系人排斥のことも知識としては知っていたけれど、ああして築き上げてきたほのかな希望が根こそぎ引っこ抜かれて持っていかれてしまったのだと、初めてちゃんと理解したように思う。それが単なる遠くの歴史ではなくなってしまったこの世界よ。

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【推薦作品<2>】『ペーパーボーイ』
【作者】ヴィンス・ヴォーター
【訳者】原田勝
【推薦文】
ひと夏の新聞配達をつうじて11歳の少年が成長していくという王道の児童書ではあるけれど、そのひと言ではまとめられない力がある。ぐわーっと引き込まれて読んだ。

主人公(作者の自伝的な要素も多いようですが)は吃音に悩んでいて、話し始める前に「sss」と“やさしい息”を出してから発話するとどもりにくいとか、単語の最初の音によって言いやすいものと言いにくいものがあるから、時には文を作り替えなければならず、言いたいことの半分も言えないといったもどかしさをいつも感じている。

吃音をモチーフにした物語はいくつか読んだことがあったけど、こんなにくわしいものは初めてで、追体験するかのようだった。

主人公が句読点がきらいだから、この本は読点を一切使わずに訳されている(すごい芸当!)のだが、そのことはまったく意識せずに読み終えました。せっかくの芸当を味わうこともなく……いや、それこそが芸当なのか? すごいと思う。


【推薦者の名前】けこ
【推薦作品】『タイムボックス』
【作者】アンドリ・S.マグナソン
【訳者】野沢佳織
【推薦文】
純粋にとてもこのお話が心にスッと入ってきたので。海外文学で、ファンタジー系の作品を読んだのは実は随分と久しぶりでした。しかし、読み進めれば進めるほど、物語と自分の中の重なった部分が浮き彫りになっていき、読み終えるのが勿体無いほどでした。子供も読めるような分かりやすい文体や表現方法も、訳者さんの優しさが伝わってくるような暖かい気持ちになれるものでした。

 


【推薦者】本屋でんすけ にゃわら版
【推薦作品<1>】『兵士は戦場で何を見たのか』
【作者】デイヴィッド・フィンケル
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
戦争によって人を傷つけ自分も傷ついた兵士たちの話。
体の一部が吹き飛んだような重傷の兵士が運ばれる病院での話は心が抉られるようだ。

みんな若者だ。
結婚したばかりの人もいる。
失明や、四肢を失くして戻ってきても“無事に”帰ってきたと言えるのか?
彼らがこれから今までのような日常に戻れるとも思えない。
兵士といえど、みんな“普通”の人なのだ。

内容は出来れば知りたくないような目を背けたくなることばかり。
でも今、こんな時代だからこそ、多くの人に読んでもらいたい一冊だ。

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【推薦作品<2>】『トランペット』
【作者】ジャッキー・ケイ
【訳者】中村和恵
【推薦文】
“おれのお父さんは あなたの娘だったんです”

という帯の文句を見た時に、『あー、意味わからないね、純文学かね?好きよ、そういうの。』と私がバカみたいにそう思ったのは、おそらく“そう”だったことが無いからでしょう。

あえてあらすじなどは書かないことにします。
帯の意味は読めばあっという間にわかりますので、ぜひ。
読み終わった時に、今見えている世界が少しだけ違って見えると思います。

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【推薦者の名前】m.s+
【推薦作品<1>】『ザ・カルテル』
【作者】ドン・ウィンズロウ
【訳者】峯村利哉
【推薦文】
メキシコ麻薬戦争を背景に史実とフィクションを織り交ぜながら物語が語られている。ノンフィクションでメキシコ麻薬戦争を描いた本やドキュメンタリー映画も見ましたが本作はそういう現実を取り入れて何が起きているのか知らせる役割も果たしていると思う。トランプ現象の遠因の一つを知ることができる小説です。

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【推薦作品<2>】『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』
【作者】ピーター・トライアス
【訳者】中原尚哉
【推薦文】
著者の微妙にズラした日本理解を上手く翻訳されていて読みやすい。作品は現実から見て奇妙な方向へねじれた世界ですが、その中で起きる事件、主人公のバックボーンなどが面白く読めました。邦訳出版では文庫版とペーパーバック版が同時発売されたのは良かった。後者は愛蔵版、図書館向けにニーズもあると思うので増えればいいのですが。

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【推薦者の名前】みすず せい
【推薦作品】『GONE』
【作者】マイケル・グラント
【訳者】片桐恵理子
【推薦文】
ある日突然大人が消えた世界で生きる子供たちの生活や思考のリアルな描写が新鮮。特別な力はあってもパスタのゆで方がわからない、生活力ゼロな子供たちの視点で進む展開は大人こそハラハラしながら読んでしまう。翻訳がアメリカ文化を日本の文化に意訳しすぎることなく表現している点も見事である。

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【推薦者の名前】八本
【推薦作品】『ハリネズミの願い』
【作者】トーン・テレヘン
【訳者】長山 さき
【推薦文】
表紙や挿絵のかわいらしさで手に取った。
後ろ向きなハリネズミが動物を家に招きたいと思うのだが、誰かを招くことによって発生する厄介ごとを延々と考え続けてしまい、けっきょく行動に移せない。一見すると児童文学のような柔らかな書き口ではあるのだが、その実クールで人を寄せ付けないところがある。
往々にして面白い本はひと息に読んでしまいがちなのだが、この本では一日一編ずつゆっくり読み進めることができた。

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【推薦者の名前】イエカ ザマク
【推薦作品】『アウシュヴィッツの図書係』
【作者】アントニオ・G・イトゥルベ
【訳者】小原京子
【推薦文】
アルベルト・マングェル氏の『図書館―愛書家の楽園―』からこの物語が生まれ、あますところなく翻訳された1冊が読めることに心から感謝しています。
その感謝が、この物語であったからこそのものでもあると、強く思っています。

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【推薦者】佐野 陽子
【推薦作品】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
宝石のように自ら鈍く光る文章。形容詞は美しい以外にない。大好きです。
また内容も主人公2人の運命とダイヤモンドの行方が気になり、ページ数はありますが、どんどん読めました。最後は悲しみの中でも、あたたかいものを感じました。

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【推薦者】 Mark
【推薦作品<1>】『死んだライオン』
【作者】ミック・ヘロン
【訳者】田村義進
【推薦文】
ジャクソン・ラム率いるズッコケスパイ集団、<泥沼の家>の個性豊かなスパイたちがときに活躍し、ときに空回りする、次世代スパイシリーズ第二作。
いったい誰が敵で、誰が味方なのか、それぞれの思惑が絡みあう緊密に構成されたストーリーと、イギリスの小説らしい、皮肉・ペーソス・ユーモアにあふれた文章に読みごたえを感じました。

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【推薦作品<2>】『魔法にかけられたエラ』
【作者】ゲイル・カーソン・レヴィン
【訳者】三辺律子
【推薦文】
”従順”でいるように魔法をかけられた少女エラ。その魔法から解き放たれようとするエラの戦いは、『アナ雪』ファンはもちろん、『逃げ恥』の”呪い”が心に突き刺さった層にも訴えかけるものがあるはず。シンデレラ・ストーリーをベースとしつつ、この時代に即した、まったく新しい印象を与えるこの物語。
現実社会には、「王子様」も「恋ダンス」もないですが、戦わなければいけないことは共通していると思います。


【推薦者】ぱせり
【推薦作品<1>】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル ケレット
【訳者】秋元 孝文
【推薦文】
おおらかでシュールな短編が好きだなあ、と思っていたケレットの根っこを覗いたような、いやいや、エッセイは物語よりずっと読み応えがあった。
あのイスラエルは、こういう宝物も抱えているのですね。

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【推薦作品<2>】『わかっていただけますかねえ』
【作者】ジム・シェパード
【訳者】小竹由美子
【推薦文】
タイトルの『わかっていただけますかねえ』への返答は、わたしなら、こうだ。
わかりませんとも! そもそもわかってもらうつもりなんかないでしょ。
好きかどうか、といわれたら、いまだになんともいえないのだけれど、読了後、時間がたつにつれて、なんだか忘れられない本になりつつある。なんでだろう。
時間とともに上澄みのように澄んでくる感じなのだ。
この本から豊かな海を感じています。

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【推薦者】みどりな
【推薦作品】『堆塵館』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
薄暗さの中の秘密めいた匂い、混沌として何が出てくるかわからないときめき。
世界観が好みのど真ん中すぎて、大切にゆっくりと読んで行くつもりが、どんどんと物語が加速して、読むスピードが上がって行くのを止められない。
暴力的なまでに面白い! ページをめくる手が、比喩でなく震える物語に出会えたことに最高に感謝!! 訳者さんのツイッターをたまたま目にする機会がなければきっと出会えなかった。訳者さんのあつい気持ちに最高に感謝!!

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【推薦者】東 直子
【推薦作品】『アンニョン・エレナ』
【作者】金仁淑
【訳者】和田景子
【推薦文】
みずみずしく、かつ、生々しく韓国の現実が迫ってくる。その歴史の中で捨て去られていきそうな人々の営みの細部が、詩的な文体からうかびあがってきて、心がとけあうような読書体験でした。隣国ならではの、日本人が培ってきたものとの共通性と差異が人間を通じて味わえる点も読みどころかと思います。

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【推薦者】永谷蓮巳
【推薦作品】『アシュリーの戦争ー米軍特殊部隊を最前線で支えた、知られざる”女性部隊”の記録』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
戦争に関わるひとりひとりの人物像が浮かんで来る。その中でも特に「最前線に配属された女性たち」というのはかなり興味深いサブジェクトで、もっと書評などで取り上げられてもよかったのではと不思議だった。自分で実店舗の本屋に足を運ぶことが大切だと痛感させられた一冊。これを読む前と後とでは世界の見え方が若干ちがう。
元本がそうだからなのかもしれないが、翻訳の筆致がテンションが一定で比較的冷静だったのが、最後まで引き込まれるように読めた一因か。
この本の著者も訳者も、こんな世にありなお、ヒトとヒトの織りなす社会に希望を捨ててはいないのだろうなという姿勢というか「たたずまい」が静かに胸を打つ。
一人でも多くの方に手にとっていただき、一人でも多くの方の口の端に上って欲しい一冊です。

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【推薦者の名前】rene
【推薦作品】『貧者の息子 カビリーの教師メンラド』
【作者】ムルド・フェラウン
【訳者】青柳悦子
【推薦文】
金銭的な貧しさは、言葉の貧しさではない。
田舎の素朴さは、人間の素朴さではない。
だが、メンラドの豊かさは、文学の豊かさでもある

 


【推薦者】カメオマン 角谷
【推薦作品】『ラブ・ゲーム テニスの歴史』
【作者】エリザベス・ウィルソン
【訳者】野中邦子
【推薦文】
海外には優れたスポーツノンフィクションが多くみられるにもかかわらず、この分野からの推薦作品は少ないのでこの作品を推します。
チルデンからフェデラーまで、圧倒的な情報量でテニスの歴史を語り尽くす名著です。テニスの関係する芸術作品、当時の社会の世相、ジェンダーの問題にまで触れる著者の博識ぶり、見識にも舌を巻きました。

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【推薦者】ひまわり
【推薦作品】『ペーパーボーイ』
【作者】ヴィンス・ヴォーター
【訳者】原田勝
【推薦文】
吃音症を抱える少年が、忘れられないひと夏の事件をタイプライターで打つという形で物語が進みます。主人公の「ぼく」はひょんなことから新聞配達の仕事を引き受けることになり、その中でたくさんの人と出会います。限られた世界の中だけで生きてきた「ぼく」が、外の世界に足を踏み出し、傷つきながらも少しずつ大人に成長していきます。
子ども扱いされるのは嫌だけど、大人のようにはうまく振る舞えないもどかしさや、世の中の汚れた部分を知ってしまったときの少年の気持ちがとてもよく伝わってきて、読み応えのある一冊です。
言葉を話すとただでさえつっかえてしまう「ぼく」は、文章を書くときにもコンマを使いません。そのため、読点を使わずに訳されているのですが、全く読みにくさを感じさせない翻訳です。

 


【推薦者】林 由紀子
【推薦作品】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
ポーの「アッシャー家の崩壊」とかヴィリエ=ド・リラダンの「ヴェラ」とか思い出した。無機物が意志を持ち、彼岸を目指す生者の欲求と立ち去り難い死者の思念が縺れ合って黄泉の扉を開く。

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【推薦者の名前】磯上 竜也
【推薦作品<1>】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
この物語の中には、常に人間への緻密な眼差しがある。そこには特別な英雄はいない。
それぞれの弱さを抱え、時に屈してしまいながらもただ懸命に日々を生きている人間の姿があるだけだ。
誰ひとりとして誇張されることはなく、ただ淡々と描き出されていく。
だからこそ、画一された人間性からこぼれ落ちる彼らのそれぞれの生は限りなく尊く思える。
そしてその眼差しは、人間に留まらず、他の生物やものへと広がる。
随所に並列されて出てくる言葉たち、サン・マロの風景も、ウベール・ハザンの小洞窟も、確かな幸せの時間も、その場に確かにあるものを見逃さない。
すべての場面を支えているのはそういった細部で、その細部を積み重ねた断章を緻密に配置することにより、
光を乱反射させて煌く宝石のようなこの小説を、見事に日本語に写し取った藤井さんの訳業もただただ素晴らしいの一言。

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【推薦作品<2>】『二人のウィリング』
【作者】ヘレン・マクロイ
【訳者】渕上痩平
【推薦文】
普段あまりミステリを読まないですが、たまたま表紙裏の紹介を読んで気になり手にとった一冊。
ある夜、自宅近くのたばこ屋で自分の名を騙る男を、驚きつつも追いかけていった先で殺人事件が起きて…。という魅力的な導入部から引き込まれて
マクロイの語りの巧さに翻弄されながら、事件の謎をすべて解き明かした時明らかになる真実は読後も心に残響のような痺れをもたらしました。
この作品に出会えたおかげで、ヘレン・マクロイという作家をその後読みあさることになるほど楽しかった読書の時間を下さった渕上さんに一票を投じます。

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【推薦者の名前】グリーンフロウ
【推薦作品】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
ポーランドの作家、邦訳としては二冊めの短篇集。
先の邦訳が鉄道テーマということもあり、手に取る前は、マニアックな印象を持っていたが、実際に読んでみると、土地・家などの場所、匂い、人間の思念に基づいた恐怖のためか、奇妙な設定であっても普遍的に感じる。
時の神と対話し、死者を幻視し、もう一つの人格を見つめる。根源的な恐怖を描いていながら、思弁的とも取れる小説集である。
「ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説ジャンルの古典的作家」(訳者あとがきより)に出会えたことに感謝したい。

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【推薦者】Darcy
【推薦作品】『妄想と強迫』
【作者】エドゥアール・デュジャルダン
【訳者】萩原茂久
【推薦文】
『もう森へなんか行かない』などで知られるデュジャルダンの初期短編集。ジョイスらに影響を与えた「意識の流れ」を確立する以前の作品で、狂者の内面を見事にえぐりだす。訳文はデュジャルダンの、難解で、脳内から流れ出すような文章を再現しており、未邦訳作品を世に送り出した功績も評価されるべきである。

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【推薦者】ワタシ
【推薦作品<1>】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
名も知らぬ路傍の花、よく見れば一輪一輪が違う命を持つ花たちの物語が紡がれていて、一人ひとりの声が絡み合ったり離れたりしながら奏でられるコロスのよう。会ったこともない”彼女たち”のことを愛おしく感じた。

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【推薦作品<2>】『イエスの幼子時代』
【作者】J.M.クッツェー
【訳者】鴻巣友季子
【推薦文】
人の子イエス、ならぬ、人の子ダビードのまっすぐな頑なさに、なぜか昔に読んだシュティフター『水晶』に出てくる少女ザンナを思い出した。(山で遭難した兄妹の話、ザンナは兄に全幅の信頼を寄せ、「Ja, Konrad(そうよ、コンラート)」とついていく。)自分がなぜザンナを思い出したのかを、ずっと考えている。
現実の世界における「聖家族」のありようについて心に呼び起こされるものがあったのだろうか。
とにかく続編を読みたい。

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【推薦者】冬猫
【推薦作品<1>】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼた のぞみ
【推薦文】
恋愛小説の体で、この世界で女性として黒人として移民として生きるのはどういうことであるかが書き込まれ、一つ一つ共感するが、同時に自分自身の理解の限界を思い知り、アディーチェの目でもう一度全てを見直す体験をする。500頁超、二段組の長編ですが、アチェベが言う「古くから伝わる語り部としての天賦の資質をそなえた新しい作家」は飽きさせない。その魅力の全てを素晴らしい日本語で十二分に伝えた訳者に感謝して推薦させて頂きます。

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【推薦作品<2>】『偉大なる時のモザイク』
【作者】カルミネ・アバーテ
【訳者】栗原俊秀
【推薦文】
イタリアに移民したアルバニア人(史実)の架空の共同体「ホラ」を舞台にした物語。人は何故旅立つのか、血の混淆とはどういうことか、時は全てを解決するのかなどがもつれ絡み合い、時の流れを記憶する「言葉のモザイク」になり、物語が生まれ語りかけてくる。その一片一片の美しさに付箋が貼りきれないような一冊で、この芳醇な世界を余すことなく伝えた翻訳に感謝します。

 


【推薦者】飯田 彩乃
【推薦作品】『HERE』
【作者】リチャード・マグワイア
【訳者】大久保譲
【推薦文】
グラフィックノベルという手法でしか表現できない作品世界がここにあります。一ページ一ページをめくるごとに飛ぶように移り変わる時間、果てしない過去から遥か遠い未来まで、ある部屋が辿る物語です。本、まんが、絵での、新たな表現の可能性を見つけたような気がしました。

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【推薦者】林さかな
【推薦作品<1>】『スマート キーラン・ウッズの事件簿』
【作者】キム・スレイター
【訳者】武富博子
【推薦文】
YA小説。主人公、キーランは川で死体をみつけ、その死体の謎をとこうとしますが謎解きがメインの話ではなく、家で母親の再婚相手に虐待を受けていることもメインでもなく、ただ、キーラン自身の性質も含め少年の日常がクールな筆致で描かれ、出来事との距離感が心地よい。

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【推薦作品<2>】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
ひさしぶりに時を忘れて没頭して読んだ長編恋愛小説。みっちり密度濃くて、複雑で、それでいて恋はやっぱりこういうものねというラストがとてもよかった。

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【推薦者の名前】今野 安里紗
【推薦作品】『貧者の息子――カビリーの教師メンラド』
【作者】ムルド・フェラウン
【訳者】青柳悦子訳
【推薦文】
「アルジェリア文学」と聞いた時に、現地の作家の名前がすぐに思い浮かぶでしょうか。むしろ、アルジェリア出身のフランス人、アルベール・カミュが真っ先に思い浮かぶかもしれません。そもそも「アルジェリア人とは誰か、アルジェリア文学とは何か」という問いについて考えるためには、作品を知っていることが必要です。ベルベル人の出身であるムルド・フェラウンは「アルジェリア文学の父」とされ、本国では大変有名な作家ですが、今まで日本語訳はなく、今回の翻訳が日本における初めての紹介であることには大変な意義があります。また、原書はフェラウンの友人であった編集者の手によってしばしば手を入れられており、作者の原稿を直接手に取って日本語に訳し、現在フランス語で出版されている原著にはない部分も補遺として訳出し、掲載していることも大変に評価出来ます。作品の内容そのものも優れており、アルジェリアがぐっと近しい国に感じられました。

 


【推薦者】ラヒコ
【推薦作品】『夜、僕らは輪になって歩く』
【作者】ダニエル・アラルコン
【訳者】藤井光
【推薦文】
まだ若い世間知らずな青年の冒険と変化の物語であり、彼が演劇を介してある人物と結ぶ、擬似的な父子関係の物語でもあると思った。その関係のあり方が、作中で演じられる劇というフィルターを介在させることによって、一本調子でなく、絶妙な陰影を伴って描かれている。物語がぐいーっと思わぬ方向へ向かったときに主人公が被る、「成長」とはまた違う変化がとても痛ましく、胸に迫った。

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【推薦者】小野 木一
【推薦作品】『一年有半』
【作者】中江兆民
【訳者】鶴ヶ谷真一
【推薦文】
明治の思想家中江兆民の、余命一年半を宣告されてからのエッセイ集。病床の床から放った政治批判や人形浄瑠璃などへのまなざしが冴える。読者を惹きつける兆民一流の「芸」を、深みと温度を保ちつつ、現代語にうつしてみせた鶴ヶ谷さんの翻訳、お見事。当時の世情や人物をわかりやすく解きほぐす解説は豊富ながら端正な文章で、心地よく読ませてくれる。

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【推薦作品<2>】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
「写真花嫁」として船にのって太平洋をわたった女性たちの告白が、「わたしたち」という存在によってなされる。特定の個人でも、彼女たちでもない、「わたしたち」。写真花嫁たちが異国でつらい境遇にあるなか、もしかしたら支えられたかもしれない同じ立場のひとたちとの連帯感のようなものがひしひしと感じられた。読み進めるうち、この「わたしたち」には、いまこの本を読んでいる読者である「わたし」や「わたし」の親たちも含まれるのではないかと感じてきた。写真花嫁たちと自分は実際に血縁はあるかもしれないしないかもしれないが、こんなにも想像力をかきたてられたことに驚く。
岩本正恵さんが残念ながら完成を待たずに亡くなられ、小竹由美子さんがそれを引き継がれた完成した一冊でもある。翻訳という気の遠くなるような営為に向かい続ける翻訳者のみなさんと、作中の「わたしたち」がどこか重なる気がした。

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【推薦者の名前】ごらい あす
【推薦作品】『むずかしい年ごろ』
【作者】アンナ・スタロビネツ
【訳者】沼野恭子、北川和美
【推薦文】
短編集を集めた一冊だが、表題作「むずかしい年ごろ」が、最も強烈な印象だ。
この作品は、子供の妄想とも告白ともつかない日々の移ろいを、客観的視点ではじめて、途中から子供自身の内的な日記として復習するように展開してゆく。
日記の有様は、幼児時代から成長する少年期まで、文体の変遷と進化をとげながら、しかも、子供を支配する女王蟻の独白という具合に変化してゆくので、たどたどしい文体は、肉体と思考をのっとられてゆく子供の状況まで描き出している。
たいへんな翻訳力を必要とするはずだが、この翻訳は、この複雑な状況を、子供の日記という形と、冒頭と結末の母親の視点を、原作の世界観を守りつつ、すばらしい日本語に翻訳している。

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【推薦者】青山 洋
【推薦作品】『ホッケースティック幻想』
【作者】A.W.モントフォード
【訳者】青山 洋
【推薦文】
未だに、地球温暖化対策が必要だと叫ばれていますが、本書は、ICUMSAもその根拠にしていた重要論文に不正が有ることを、定年退職した一老人が解明していく過程が克明に整然と記述されています。
これを元に、現実に即して温暖化対策から寒冷化対策に切り替えるべきだと思われます。また、気候変動だけの問題ではなく、現代では、科学全般が政治経済に押されて立証が蔑にされている、と言う点が指摘されています。
更に、国際人にはどういう能力が必要なのか、科学者は組織の中でどういう態度を取るべきなのか、大きな組織は正しい情報をどのように入手すべきなのか、また、個人の意見をどう評価すべきなのか、老人は社会にどう貢献すべきなのか、と言う点に関しても示唆を与えてくれる図書だと思われます。

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【推薦者の名前】加藤 靖
【推薦作品】『翻訳のダイナミズム』
【作者】スコット・L・モンゴメリ
【訳者】大久保友博
【推薦文】
たいへんな労作である。思想史、文化史、言語学、テキスト収集史など……じつに多用な切り口から翻訳という営みに挑む。登場する言語もギリシア語、ラテン語、フランス語、アラビア語、シリア語など多岐にわたる。訳者の苦労は並大抵のものではない。
翻訳の歴史とは知の伝搬の歴史である。〈究極の司書の役を果たしてきたのは、学者ではなく翻訳者なのであり〜中略〜(世界の記憶としての)前置の図書館を考えるにあたって、その核となる翻訳の役割を抜きにしてしまうのは、まったく論外だ〉と著者は断じる。
これまでの日本翻訳大賞が日本翻訳“小説”大賞であることに異論を唱えるものはいないだろう——いまの選考委員でノンフィクションを主として選考するのは不誠実とすらいえる。しかし翻訳そのものを扱った本書であればこの賞に推す価値があると信じる。

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【推薦者】~ゆきうさぎ
【推薦作品<1>】『戦地の図書館』
【作者】モリー・グプティル・マニング
【訳者】松尾恭子
【推薦文】
第2次世界大戦時、ナチスの焚書に対し、アメリカでは図書館員らがたちあがり、たくさんの良書が兵隊文庫として兵士に送られた事実について、非常にくわしく調べて書かれたノンフィクションである。ナチスの禁書や、ラジオでの思想戦略や、アメリカでの兵隊文庫への検閲なども言及される。読み応えがあり、図書館で予約待ちをしながら4回に分けて、やっと2月5日ざっと読み終えた。訳者、東京創元社に感謝します。本の力、図書館の力を考えました。

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【推薦作品<2>】『70歳の日記』
【作者】メイ・サートン
【訳者】幾島幸子
【推薦文】
アメリカの詩人メイ・サートンがアメリカの北の端、海の近くで、静かにひとり暮らしを続ける日常を綴っている。自立したクールな生活と思いきや、自然や読者とのふれあい日常生活に喜んだり、とまどい疲れたり、フレッシュな感情が綴られる。年齢や肩書でなく、生活や感性は自分個人のものであると感じさせてくれた。老いていくことも先入観なしに受け入れたい。
訳文も白黒の写真や装丁もとてもきれいでした。

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【推薦者】水野 衛子
【推薦作品<1>】『わたしは潘金蓮じゃない』
【作者】劉震雲
【訳者】水野衛子
【推薦文】
中国きつてのユーモア作家の作品。去年映画化もされ、中国の官僚、男社会を完膚なきまでに風刺して見事です。

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【推薦作品<2>】『盗みは人のためならず』
【作者】劉震雲
【訳者】水野衛子
【推薦文】
ジェットコースターのような犯罪小説。ビル建設ラッシュの北京の高級官僚から出稼ぎ労働者までの、さまざまな登場人物の人間像がとてもリアル。

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【推薦者の名前】おおた
【推薦作品】『異国の出来事』
【作者】ウィリアム・トレヴァー
【訳者】栩木伸明
【推薦文】
昨年末惜しくも亡くなったウィリアム・トレヴァー。日本でもファンが増えているのは栩木さんの翻訳が大きく貢献しているはず。単に悲しいヒューマンドラマではなく、自分にも潜んでいるかもしれない悪意や過ちの種みたいなものが声高でなく描かれるところが人気の秘密かもしれません。味のある短編もさることながら、長篇などもこれから翻訳されることを期待しています。

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【推薦者】高原 英理
【推薦作品<1>】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
懐かしく今では貴重な、やや古い型の怪奇小説として読んでいたが、そのうち、ここに繰り返される発想は、現在の私たちの自意識の批判的なとらえ方にやや似ている気がしたので推す。繁茂するレトリックをかき分けるようにして読んでゆくと、魂もしくは精神としての自意識が決して確固としているわけでないことを改めて思い出させられる。ときに他者が入り込み、場の翳りに支配され、場所に染み付いてしまった誰かの意識が今も物質的事実を左右する。それらは、「自分」という認識をはぐらかし変更させてしまう気がする。私が私の認識するものでは実はないという、そのじんわりした居心地の悪さがとても現代的と思う。一方、明らかに現代的ではないとわかる表現も読みやすく、また簡単ながら了解しやすい形の解説がありがたかった。

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【推薦作品<2>】『奇妙な孤島の物語 私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島』
【作者】ユーディット・シャランスキー
【訳者】鈴木仁子
【推薦文】
世界中の「主な孤島」(かどうかは知らない、ともかく著者の目についた孤島)を50選んで、地図や資料とともに、その島に関する記録の中からこれはと著者が反応したものを記したドキュメントらしいが、記録といっても一定の方向性はなく、島の様態であったり、住民の行動であったり、歴史の一齣であったり、あたかもそこにいたかのような一場面であったり、社会的な情勢を思わせるもの、秘録というべきもの、奇妙な話、ミステリー、等々、中でも目立つのがその物質的貧窮と住人の悲惨な顛末の報告だ。いずれも書物・資料を漁ることによっただけ書かれたもので、事実かどうかはわからないがこう書かれたという事実はあるというものである。その態度がちょうど江戸時代の、奇聞を記した随筆のようで、真偽は別に、少し離れた位置から見る世界の不思議、という感触に魅せられた。

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【推薦者】小林 圭子
【推薦作品】『グッド・フライト、グッド・ナイト』
【作者】マーク・ヴァンホーナッカー/
【訳者】岡本 由香子
【推薦文】
読後、人生初の海外旅行の記憶が蘇り、またすぐにでも飛行機に乗ってどこかに行きたくなった。著者は現役のブリティッシュ・エアウェイズのパイロット。訳者が元航空自衛隊の管制官なのは、強力な適材適所。飛ぶ、ということは、地球という自然環境の中で、いかに人工的であるかを技術的に、科学的に、またロマンチックに表現していて、翼の上にいるような高揚感のまま読み進められる。飛行機の旅に出る際には、荷物が増えても持って行きたい一冊。

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【推薦者】AMITOMO Keiko
【推薦作品】『アシュリーの戦争』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
いずれ日本も戦争に巻き込まれるかもしれない、という不安からこの本を手に取りました。
しかし、ボリュームを感じることなく読み進めることができたのは、翻訳のなせる業!と思い推薦いたします。

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【推薦者】豊崎 由美
【推薦作品<1>】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
2015年に同じ訳者によって紹介された鉄道ホラー集『動きの悪魔』もかなりキテましたけど、それを超えて凄まじく奇妙でわけのわからない作品ばかり収録されているのがこの『狂気の巡礼』です。
郊外や田舎に行った主人公が、ある場所に導かれるように吸い寄せられ、そこで過去に起きた悲劇や惨劇と精神を共鳴させてしまう。あるいは自らが心の中で育てた恐ろしい想念を具象化してしまう。本書には、そうしたモチーフを変奏した14の恐怖譚が収められています。思弁ホラーといってもいい、非常に知的で神経症的な恐怖小説。よくぞ訳して下さいました。

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【推薦作品<2>】『たんぽぽ殺し』
【作者】アルフレート・デーブリーン
【訳者】粂田文・山本浩司
【推薦文】
同じく、よくぞ訳してくださいましたと御礼を申し上げたい短篇集が『たんぽぽ殺し』。デーブリーンといえば、読むと「プカブン」のリフレインが頭にこびりついてしまう、現代ドイツ文学の傑作『ベルリン・アレクサンダー広場』で知られる作家ですが、『たんぽぽ殺し』は、短気から杖でたんぽぽの頭を切り落としてしまった男が常軌を逸した妄想に駆られるようになる表題作をはじめ、この作家の奇人変人偏愛ぶりがよく伝わる24篇が収められています。
意想外の方向に跳びはねる物語と、整合性にはこだわらない独特な語り口が癖になる一冊。1878年生まれとは信じられないくらい、デーブリーンの小説世界は新しいのです。

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【推薦者】横山 郁代
【推薦作品】『血の熱』
【作者】イレーネ・ネミロフスキー
【訳者】芝盛行
【推薦文】
遺作となった「血の熱」はユダヤ人社会や家族の愛と憎しみ、冷淡さを描いていますがその奥に何となく諦念にも似た静けさも感じられます。
訳者・芝盛行さんは卓越した感情表現が素晴らしいです。
断然「血の熱」を推薦いたします。

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【推薦者】塩崎 裕司
【推薦作品】『リリアン卿 黒弥撒』
【作者】ジャック・ダデルスワル=フェルサン
【訳者】大野露井
【推薦文】
孤独な青年貴族リリアン卿が、オスカー・ワイルドを思わせる流行作家の手ほどきで快楽に目覚め、同性も異性も、貴婦人も少年も、手当たり次第に魅了してゆく退廃的な物語。作者のフェルさんはあの「ベルばら」でおなじみのフェルセン伯爵の血統に連なる奔放な快楽主義者であり、作者自身の人生や当時の実在の芸術家たちがモデルとなって、二十世紀初頭の耽美的な空気がよく描かれている。訳文も精緻で品格があり、よい意味で近年の翻訳書のなかで異彩を放っている。注や解説も丁寧。

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【推薦者】益岡 和朗
【推薦作品】『わかっていただけますかねえ』
【作者】ジム・シェパード
【訳者】小竹由美子
【推薦文】
「翻訳」という問題を考えるときに「一人称」というのは重要なテーマになると思われるのですが、本作はとりわけ、その可能性について考えさせられました。
「一人称小説を訳すべく、主語を決める」という行為は、日本語の小説として複数存在し得た作品をただひとつを残して殺すという仕事なのだなと(少し大げさかもしれないけれど)感じさせられました。
ジム・シェパードを読むのは初めてでしたが、これからも気になる作家になりそうな予感。特に未訳短篇「大アマゾンの半漁人」はすごく面白そうなので、是非読んでみたいです。

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【推薦者】杉野 みどり
【推薦作品】『少年が来る』
【作者】ハン・ガン
【訳者】井手俊作
【推薦文】
韓国で1980年に起きた光州事件は夥しい数の市民が犠牲になった。その生存者や家族などを丹念に取材し、当時何が起こり、人々はどう生き抜いたのかを描いた小説。韓国現代史の事件にとどまらず、人間の不条理を考えさせられる。作家は1970年生まれ、光州出身、小説「菜食主義者」でブッカー国際賞受賞。弾圧、死、残された人々が背負う苦悩の描写は重苦しく、読み進めていくのがつらい。当事者の声をすくい取った原作を、繭を紡ぐように繊細な筆致で誠実に訳している。

書影

【推薦者の名前】金井 真弓
【推薦作品】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
生と死が隣り合わせの日常での何気ないエピソードが切ないほどいとおしい。そして、悲しみと背中合わせのユーモアに心をとらえられた。なんでもない出来事の積み重ねが幸せなのではないかと思わせてくれる作品だった。

書影

【推薦者】nekko
【推薦作品】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
歴史の年表に書かれていない人の人生(私やたいていの人はそうだ)が近くなる。個人名称のない語り口で、個人がなくなってすべての視点が「私」になっていく感覚はふしぎな体験だった。

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【推薦者】MN
【推薦作品<1>】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
「ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説ジャンルの古典的作家」(国書刊行会HPの著者紹介より)であるグラビンスキの短編集。『動きの悪魔』につづく邦訳単行本刊行2冊目。収録の物語は14篇。その装丁の素晴らしさにまずうっとりしつつ、最初の「薔薇の丘にて」でまさに何かのを錯覚するような感覚に、心地よい狂気の世界への扉が一気に開かれます。彼岸と此岸の曖昧な境を知覚する、恐怖の心地よさがたくさん詰まった作品です。グラビンスキの作品を今後もたくさん読みたい熱意を込めて、この作品をお薦めしたいです!

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【推薦作品<2>】『メダリオン』
【作者】ゾフィア・ナウコフスカ
【訳者】加藤有子
【推薦文】
1945年からポーランドにおけるナチス犯罪調査委員会に参加した作家ナウコフスカが綴ったホロコースト文学。オリジナルの刊行は1946年。「普通」の人々の証言をもとにした短編集ですが、当時の辛辣な現実を回想する証言のなかに無意識的な葛藤の心理が滲み出ているのが感じ取れます。「個人の声」を拾い上げているからこそ想像させられるリアリティのようなものが、人間として忘れてはいけない倫理を再認識させる気がします。

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【推薦者の名前】Yooseku
【推薦作品】『天国に行きたかったヒットマン』
【作者】ヨナス・ヨナソン
【訳者】中村久里子
【推薦文】
前作『国を救った数学少女』と同様、一癖も二癖もある登場人物たちが何人も現れ、荒唐無稽な物語が怒濤のスピードで展開します。翻訳作品は形容詞とダジャレの処理によって読者がノレるかノレないかが大きく変わります。とくにヨナス・ヨナソン作品は、自分の名前をもギャグに加えてしまうほど遊び心がいっぱい。その楽しさやスピード感を中村久里子さんの翻訳は余すことなく伝えています。

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【推薦者の名前】小原モリタ
【推薦作品<1>】『ザ・カルテル』
【作者】ドン・ウィンズロウ
【訳者】峯村利哉
【推薦文】
途中で何回も「くーっ、かっこいい!」と感じ入りました。特にそれぞれの場面の最後の一行は全エンタテインメントの最高峰の文ばかり。抜群におもしろい作品のおもしろさを全く損なわず、ぐいぐい読ませる翻訳が素晴らしいです。

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【推薦作品<2>】『ロデリック』
【作者】ジョン・スラデック
【訳者】柳下毅一郎
【推薦文】
会話が多い文章、特に翻訳作品では「これは誰が言ってるのかな?」と会話の最初から順番をたどり直さないと分かりにくいことがよくありますが、柳下さんの翻訳だとすっと自然に読み進めることができました。

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【推薦者】アヴォカド
【推薦作品<1>】『アーサーとジョージ』
【作者】ジュリアン・バーンズ
【訳者】真野泰、山﨑暁子
【推薦文】
素晴らしい。大変に素晴らしく、久々に本物の小説を読んだという感じがする。
訳者あとがきにもあるけれど、まず構成が美しい。アーサーとジョージの対照的な造型も、見えるものと見えないものの対比も、きれいに収まっている。最初と最後の呼応など、ため息の出るような仕掛けである。
お見事。

【推薦作品<2>】『屋根裏の仏さま』

【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
個人の努力や意志ではどうにもならない歴史のうねりや災害などというものがある。そこでの1人1人は、目の前の出来事をなんとかやり繰りしながら必死に生きるだけだ。
「わたしたち」という人称代名詞を与えられて、彼女は彼女たちになり、彼女たちは彼女になり、彼女はわたしになる。端正な訳が、「わたしたち」のささやきの輪郭をくっきりさせる。読んでよかった。

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【推薦者】しげる
【推薦作品】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
1920~30年代に活躍した「ポーランド文学史上ほぼ唯一の恐怖小説ジャンルの古典的作家」の作品集を2016年の日本語で読めるというのはそれだけで嬉しい出来事だ。当時の大仰な言い回しや疑似科学的な用語などのごつごつした手触りも良い塩梅で残されていて、楽しい。「自然力が爆発する」というフレーズは今でも使いがちです。

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【推薦者】舞狂 小鬼
【推薦作品<1>】『妄想と強迫』
【作者】エドゥアール・デュジャルダン
【訳者】萩原茂久
【推薦文】
世紀末のフランスを舞台にした十三篇の心理小説集。たとえばブラックウッドのようなものやルヴェルのようなもの、あるいはホフマンやポーを思わせるものまで。神秘的だったり犯罪的だったりと、バラエティにとんだ作品がまるでショーケースのように並んでいる。読者に信仰と科学の選択を突きつけ作中の最高作と思しき「地獄」も含めて隅々まで堪能した。

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【推薦作品<2>】『南十字星共和国』
【作者】ワレリイ・ブリューソフ
【訳者】草鹿外吉
【推薦文】
ロシア・シンボリズムの詩人による散文作品集。夢と現の区別なく頽廃的で背徳的な幻惑を彷徨う乱歩の如き作品から、シュオッブを思わせるような作品、あるいは内宇宙と戦慄のJ・G・バラードを思わせるものまで、十二篇の暗く残酷な物語が愉しめた。ことごとく昏い幻想が示され、革命前夜の重苦しい空気が感じられるようだ。

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【推薦者】法水
【推薦作品<1>】『ペルーの異端審問』
【作者】フェルナンド・イワサキ
【訳者】八重樫克彦・八重樫由貴子
【推薦文】
げに聖と性は紙一重。
これが初邦訳となるフェルナンド・イワサキさんは歴史家でもあるそうで、本書も様々な裁判記録や書物からの引用があって歴史書の装い。
すべてが性に関することではないが、告解に訪れる女性たちと性行為に及ぶ聴罪司祭、男色の黒人奴隷、イエスと結婚したと主張する空飛ぶ女、預言者を装い、聖職者の精液を集めた女、母親以外のあらゆる女と姦淫を重ねる修道士などの事例が紹介される。
「巻頭言:筒井康隆」(と「序文:マリオ・バルガス・リョサ」)につられて購入したけど、もっと最近の作品も読んでみたくなった。他の作品の翻訳も出して欲しいという期待も込めて推薦いたします。

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【推薦作品<2>】『堆塵館 アイアマンガー三部作1』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
まず何といっても邦題がいい。
邦題だけでも推薦に値する(もちろん中身もいいのだけど)。

本書は三部作の第1作にあたる作品で、巨大な屑山にある堆塵館で暮らすアイアマンガー一族の少年クロッドとそこで召使として働くことになったナンシーの話が交互に描かれる。
クロッドは一族が生まれたときに与えられる誕生の品の声を聴けるという能力の持ち主。本来出会うはずのないクロッドとナンシーが出会ったことで物語は大きく動きだす。
構想力、発想力が見事で、自然と独特な物語世界に引き込まれると同時に、著者の物に対する愛情も感じられる。クリフハンガー的なラストで続きも大いに気になるところ。
著者自身によるイラストも魅力大。

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【推薦者】GO-FEET
【推薦作品<1>】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
「国内では裏切り者として、そして国外ではイスラエル人としてボイコットされ」ているテルアビブ在住の著者による、まるでフィクションのような素晴らしいエッセイ集! 2016年度ノンフィクション部門ベスト決定♪

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【推薦作品<2>】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
素晴らしい!エンタメ系でもないのに、こんなにハラハラドキドキしたのは久しぶり!個人的には2016年の海外フィクション部門ベスト決定!この作品が「『ニューヨーク・タイムズ』誌のベストセラーリストに二年以上にわたってランクインしている」(訳者あとがき)とはアメリカもまだまだ捨てたもんじゃないね。岩本正恵さんへの追悼の意を込めた藤井さんのあとがきにもうるっときました。「シェル・コレクター」と「メモリー・ウォール」も読まねば… ロバート・キャパの写真も素敵♪

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【推薦者】このはずく
【推薦作品】『煙が目にしみる』
【作者】ケイトリン・ドーティ
【訳者】池田真紀子
【推薦文】
この世ので唯一確実なことは死。貴賤老若男女を問わず、すべての人間に死は訪れる。それなのに、死は忌み嫌われ、特に現代は臭いものいフタ状態にして、なるべく見ないようにされている。だが、昨今の高齢化社会、嫌でもますます死と直面しなくてはならない時代だ。この本は、火葬場に勤めるある女性の体験記だが、凄みのある話を軽妙な語り口でテンポよくたたみかけ、とっつきやすい。もっと子どものころから死の教育をしたほうがいい、顔をそむけないできちんと向き合うべきだと、常々感じている思いがさらに強くなる。あなたの死は、あなただけのもの。まさにそのとおりだと思う。死と向き合うことは、生きることにつながるからだ。

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【推薦者】小国 貴司
【推薦作品】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
飄々としながらも、深く考えさせる文章。おそらく原文もそうなのだろうと思うけれど、シリアスでユーモラスな訳文は大賞にふさわしいと思いました。

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【推薦者】らっぱ亭
【推薦作品<1>】『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』
【作者】ピーター・トライアス
【訳者】中原尚哉
【推薦文】
21世紀版『高い城の男』と呼ばれるだけあって、ディック好き必読の傑作SF。単に高い城の男の設定をパロったんじゃなく、隅々にディックが息づいているぞ。日本発の文化を絶妙に取り込み、ありえたかもしれないおぞましくも魅力的なディストピアを描く本作は是非とも日本で映像化すべし! そしてピーター・トライアスのオタク魂を余すところなく汲み取った翻訳はお見事!の一言。効果的な関西弁キャラのインパクトが作者にも届くといいなあ。

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【推薦作品<2>】『翼のジェニー』
【作者】ケイト・ウィルヘルム
【訳者】伊東麻紀/尾之上浩司/佐藤正明/増田まもる/安田均
【推薦文】
甘いロマンチックSFはちょっと…と敬遠しているあなた。確かにその側面はあれど同時に途轍もなくクールでビターでクレバーな作品集。読み解きに知力と感性を共に求める、ある意味ジーン・ウルフ以上の手強さ。ケイト・ウィルヘルムのSFは発表後半世紀を経ても古びないタイプの作品で、今こそ再評価の時だ。そしてまた、同世代の女性作家たち、マーガレット・セントクレア、キット・リード、キャロル・エムシュウィラーなど、魅力的な作品が未訳のまま紹介されるのを待ち構えているぞ。本書がその嚆矢となることを願ってやまない。

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【推薦者】しげまつ ともみ
【推薦作品】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『アメリカーナ』を2016年に初めて読み、旧作もさかのぼって読んだ。2016 年に最も多く読んだ作家は、アディーチェなのだ。
アディーチェの作品を読むと身体全体が震えるような、懐かしいしあわせ、かなしみ、罪悪感を感じることになる。ビター・スイートという言葉がぴったりで、しかも個人的にはビターの割合が多めでつらい。正直とってもつらい。
日本人の私とナイジェリア生まれで黒人特有のヘアを複雑な手順とそれぞれに主張を込めて整えるアディーチェ作品の登場人物が、翻訳された文章を通じて、変動する時代や国境、親と故郷とジェンダーのはざまでどうしたってこうしか生きられないのに、それに罪悪感を感じながら生きていく時間を共有する。これは文学を通じて起こる奇跡で、私にとってこういう出会いは恋に等しいくらいだ。この作品を通じて、名前がなかった感情やよく分かっていなかった怒りに名前をもらった。
あとがきも素晴らしく、訳者の方がおっしゃるとおり、アディーチェという作家がいる時代に生きていることに感謝したい。

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【推薦者】イニエスタッソ
【推薦作品<1>】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
米国が抱える人種や格差などの問題について、移住したナイジェリア人の生活を通して語られます。日本で生まれ育った私には思いもつかない視点の数々が興味深く、かつ最近よく言われる「米国のポリコレ疲れ」につながる流れへの理解が深まった気がします。とは言っても恋愛小説ですし、ストーリーの運び方もうまいです。純粋にエンタテインメントとして面白いです。

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【推薦作品<2>】『僕の違和感』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】宮下 遼
【推薦文】
序盤で主人公の「違和感」の原因に度肝を抜かれます。その「違和感」とともに生きる主人公と都市化するイスタンブルの書き方がうまい。パムク作品の中でも特に読みやすい部類に入ると思いますし、本当に面白いです。読み終わってみると「僕の違和感」という日本語タイトルがすごくしっくりきます。

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【推薦者】国重 裕
【推薦作品】『ある子供』
【作者】トーマス・ベルンハルト
【訳者】今井敦
【推薦文】
『ある子供』はオーストリアを代表する作家ベルンハルトの自伝の一つ。自らと家族を赤裸裸に描くことで、この国の保守的なメンタリティを炙りだす。他の作品の既訳はあるが、彼の文学のエッセンスに触れるには格好の作品が今回翻訳されたことの意義は大きい。事なかれ主義を決め込みたい社会に不協和音を奏でる彼の作品は、今こそ日本で読まれるべき理由がある。
ベルンハルトの作品には、呪いのように途中一切改行がない。今井敦の訳文は、ドイツ語で読んだときの「うねり」を日本語話者にも体感させる。「自虐ネタ」と言えないまでも、愛憎紙一重で絡まりあうベルンハルト独特の世界を蘇らせる文体に、私は宇野浩二を思い出した。丹念に註がついているので、作品の背景にくわしくない読者にも親切だ。
ベルンハルトは、セリーヌからゼーバルトへ架け橋となる作家。もっと愛読者が増えてほしい。
公平を期すために記すと、今井敦は職場の同僚。しかしこの翻訳のことは刊行に際し知り一読、私情を抜きに今井さんの訳業に敬意を抱き、今回推薦することにした。

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【推薦者】 Licht
【推薦作品】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
海外文学と意識することなく物語の世界に入り込み、読み終わってからもしばらく抜け出せなかった。もしかしたら原作よりもっと良くなってるんじゃ…と思うほど美しく繊細。

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【推薦者】門脇 智子
【推薦作品<1>】『陽気なお葬式』
【作者】リュドミラ・ウリツカヤ
【訳者】奈倉有里
【推薦文】
ニューヨークに住む亡命ロシア人画家の死を看取る人々を描いた中編小説です。作者の過去の代表作に比べると小粒な印象かもしれませんが、はっとするようなイメージが目に浮かぶ場面や思い出し笑いしてしまう場面の印象が読後もあとをひく不思議な魅力のある作品です。画家の妻やシングルマザーの元恋人や愛人が出てくるだけに、ともするとメロドラマ的になりすぎてしまいそうな設定ですが、実際にはどろどろした雰囲気でなく風通しが良く感じられます。主人公アーリクが何を考えているのかはあまり詳しくわからないのですが、彼の台詞の語り口から、確かに人に好かれる人物、浮気者でも憎めない男なのだろうなという感じが伝わってきます。生き生きとした訳文で作者のしなやかなユーモアがよく伝わってくると感じました。登場人物がロシア国内にいる人ではないため、ロシアを一歩距離を置いた立場から見ているところも興味深いです。

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【推薦作品<2>】『鳥の巣』
【作者】シャーリイ・ジャクスン
【訳者】北川依子
【推薦文】
一九五四年に書かれた多重人格もののはしりの一つと言われる作品ですが、「気の毒な病んだ人」を安全な距離を置いて眺めて怖さを楽しむようなエンターテイメント作品ではなく、こんなことが自分や身近な人の身に起きてもおかしくない、と思わせられる切実さがあります。ひねりの効いた結末は複数の解釈の余地がありそうで、読んだ人同士で語り合いたくなる作品です。怖くて悲しいのに笑えるところがたくさんあるのもすごい。スラップスティック・コメディ的な場面や登場「人格」がめまぐるしく切り替わる台詞は、落語家や一人芝居の役者の仕事を見ているようで、このような作品を訳すというのは、心の病に苦しむ人の頭の中を覗く苦しさもあると思いますが、描写や台詞で読者を笑わせる楽しみも大きい仕事だっただろうと想像します。

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【推薦者】三辺 律子
【推薦作品<1>】『あたらしい名前』
【作者】ノヴァイオレット・ブラワヨ
【訳者】谷崎 由依
【推薦文】
政治的経済的に混迷を極めるジンバブエを、一少女ダーリンの目を通して描いている。
前半は、日々を逞しく満喫する子どもたちの姿が描かれる。白人富裕層の暮らす街までいって庭の果物を失敬したり、NGOの人々のご機嫌を取って支援物資をせしめたり。しかし貧困と政情不安は確実に彼らの生活に影を落している。
後半では、ダーリンが「憧れの国」アメリカに渡ってからの日々が描かれる。故郷との距離がだんだんと広がっていくようすが、切ない。
一人の少女の子ども時代から青春時代を通して、様々なことが見えてくる一冊。

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【推薦作品<2>】『ラスト・ウィンター・マーダー』
【作者】バリー・ライガ
【訳者】満園 真木
【推薦文】
『さよなら、シリアルキラー』『殺人者たちの王』に続く完結編! シリアルキラーのタイトルの通り、血みどろの連続殺人が起こるミステリーだけれど、一方ですぐれた青春小説になっているところが魅力。
連続殺人犯の父に幼い頃から、殺人の「英才教育」を受けた少年ジャズ。いつか自分の父のようになるのではと怯えるジャズは、連続殺人犯を追うことで、自身の不安を払い、潔白を証明しようとする。

一巻目からぜひ読んでほしいので、ここでは詳しいあらすじは割愛しますが、読んだらきっとジャズに惚れると思います!

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【推薦者】そ ら
【推薦作品<1>】『ポーランドのボクサー』
【作者】エドゥアルド・ハルフォン
【訳者】松本健二
【推薦文】
複数の言語を吸収し自ら選んだ言語で創作する作者が描き出す世界にはいつもさまざまな言語が響いている。緩やかに連なる短篇群からはさまざまな出自の人々の歴史、政治、文化が広がり絡まりあい、その語りの豊饒さに目眩がするようだ。スペイン語の後ろでグアテマラ先住民の言葉が響き、ヘブライ語とイディッシュと英語がぶつかり合い、セルビア語が割り込み、ジプシーの罵倒語が投げつけられる本書こそ、翻訳大賞にふさわしいと思います。

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【推薦作品<2>】『セカンドハンドの時代 「赤い国」を生きた人びと』
【作者】スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ
【訳者】松本妙子
【推薦文】
アレクシェーヴィチの作品はどれもそうだが、本書も、男女さまざまな立場、年齢の人々が、語る、語る、語る。この重い記憶の奔流がみっしりつまった大部の作品を、見事に「日本語の語り」に移し替えて届けてくださった訳者に感謝したい。

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【推薦者】mau
【推薦作品<1>】『ポーランドのボクサー』
【作者】エドゥアルド・ハルフォン
【訳者】松本健二
【推薦文】
複数の短編集を自在に組み替えて一つの作品に再構成するという発想が素晴らしい。もちろん翻訳も。

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【推薦作品<2>】『方丈記(モバイル・ハウス・ダイアリーズ)』
【作者】鴨長明
【訳者】高橋源一郎
【推薦文】
これを「翻訳」と呼んで抵抗があるなら、原作者と翻訳者の「コラボレーション」とでもなんとでも呼べばいいと思う。当時から今まで、私たちは本当に呆れるほどなにも変わっていないことを痛感した。

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【推薦者】poo
【推薦作品<1>】『亡霊星域』
【作者】アン・レッキー
【訳者】赤尾秀子
【推薦文】
性差を気にしない社会という設定のため、登場人物の三人称がすべて「彼女」。

これまで無意識のうちに自分がSFの登場人物を男性と仮定して読んでいたことに気づかされ、衝撃を覚えた。

性差の少ない日本語で訳すのは難しかったのではないかと思うが、とても良い訳で、日本の読者はほんとうに幸運だと感じる。

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【推薦作品<2>】『星群艦隊』
【作者】アン・レッキー
【訳者】赤尾秀子
【推薦文】
上記のシリーズが二冊も日本語訳が出版された記念すべき年なので両方推薦します。

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【推薦者】プラジュスケー・ヤロ
【推薦作品】『暗黒 ‐ 18世紀、イエズス会とチェコ・バロックの世界』
【作者】アロイス・イラーセク
【訳者】浦井康男
【推薦文】
15世紀初頭、ヤン・フスによって宗教改革のさきがけとなったチェコ。
しかし1620年、三十年戦争でフス派のチェコ人貴族が敗れると、ハプスブルク家による支配とイエズス会による対抗宗教改革が始まり、独立を失ったチェコはドイツ化と再カトリック化にさらされる。

表題の「暗黒」とは、ここから19世紀半ばにふたたび民族運動が勃興するまでの二百数十年間、チェコ民族の暗黒時代を意味する。

著者のアロイス・イラーセク(1851~1930)はチェコ民族の苦難と栄光の歴史を描いたチェコ歴史小説の第一人者。

「暗黒」は史実を背景にして、フス派の森番の父に育てられた娘ヘレンカとカトリックのビール醸造家の御曹司イジークの恋を縦糸、隠れて信仰を守るフス派とイエズス会の宗教弾圧、田舎の没落貴族と新興のプラハ市民階級、チェコ文化の衰退、バロック音楽などを横糸に、弾圧が最高潮に達した1720年代のチェコを描き出した歴史大作である。

訳者の浦井康男氏は同じイラーセクの「チェコの歴史と伝説」の翻訳で第48回日本翻訳文化賞を受賞。
翻訳に4年をかけ、クラウドファンディングによって資金を調達して出版にこぎつけた執念の訳業。

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【推薦者】文箱
【推薦作品】『異端カタリ派の歴史』
【作者】ミシェル・ロクベール
【訳者】武藤剛史
【推薦文】
カタリ派の通史は迫害と殲滅の宗教史であると同時に、カペー朝フランス王国が南仏オック地方を併合していく政治史でもある。本書は異端審問と侵略戦争という極めてアクチュアルな問題を提示するに留まらない。一般向け歴史書として抜群におもしろく、圧倒的筆力で読み手をぐいぐい引っ張る。前半のアルビジョワ十字軍の総大将シモン・ド・モンフォールがトゥールーズ伯レモン六世を追い詰めていくくだりなど、まるで『イーリアス』でも読んでいるかのように興奮した。優れた原文を映す簡潔で明瞭な訳文で読めることに感謝したい。

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【推薦者】古川 耕
【推薦作品】『サピエンス全史』
【作者】ユヴァル・ノア・ハラリ
【訳者】柴田裕之
【推薦文】
文学ではなくノンフィクションなのでやや異質かもしれませんが、やはり本書の出版とブレイクは去年の出版界の大きなニュースだと思うので。内容も大変素晴らしいのですが、ハラリさんの文章もお見事。ひとつの見開きごとにハッとさせられるようなフレーズが必ずある。出版からわずか半年も経たないうちに激変する世界情勢の中にあって、本書の重要度はより増している気がします。

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【推薦者】みゃーるす
【推薦作品】『炸裂志』
【作者】閻連科
【訳者】泉京鹿
【推薦文】
現実の中国と重ね合わせるようにして急速に発展する炸裂村。その村長を中心とした一代記。同時に登場人物の心情に合わせ一瞬にして空は晴れ、花は咲くといった急変する自然描写はかの国において「権力を持つ」ということの影響の大きさを示しているようでもあり。
だけど、そんな比喩的な意味付けを超えて、ひたすらに権力と金が全てに物を言う世界が無茶苦茶すぎて、それゆえ物語として無茶苦茶面白かった。人間の喜怒哀楽全て呑み込み咀嚼しして、人間の欲というものにとことんまで向き合った破格の作品でした。

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【推薦者】みのた
【推薦作品】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井 光
【推薦文】
昨年、体調不良やら精神状態が良くなく全く読書をする気分になれなかったのです。
でも年末に1冊は読んでおこうと何気なく手にとったこの本。
あまりの美しさに読書欲が再燃、読書の素晴らしさ楽しさ、そして本が読めることへの感謝をこめて推薦させていただきます。
原作もきっと綺麗であろう小説を、そのまま(憶測ですが)綺麗に翻訳していただきありがとうございました。

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【推薦者】Akeldama1
【推薦作品】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
この本はいい。分厚くない(本文180頁)。小さな章のひとつひとつはせいぜい数頁だから根気がなくても読める。作者はイクメン。なさけない失態の数々を屁理屈でこねくりまわす。弟(=作者)が初めて書いた小説の原稿で犬のフンをすくった兄さんとか、「死んで」超正統派ユダヤ教徒として生きる姉さんとか、大使館の壁に放尿してしょっぴかれながら母さんを口説いた父さんとか、愉快で、ちょっと変わった人たちがたくさん出てきて、わははと笑っているうちにひょいと別の次元へ連れ去られ、ずーんと言葉を失う。
なにより表紙が派手な黄色で、散らかった部屋でもすぐに見つかる。
愛すべき黄色本である。

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【推薦者】伊東麻紀
【推薦作品】『翼のジェニー』
【作者】ケイト・ウィルヘルム
【訳者】尾之上浩司他
【推薦文】
発表年は古いですが、決して時代遅れではなく、現代でも十分に通用する作品ばかりです。長らく日本では読めなくなっていた女性作家の短篇集が出版された意義は大きいと思います。これを機会に、サンリオから出ていた長篇の復刊も望まれます。

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【推薦者】 ♪ akira
【推薦作品】『宇宙探偵マグナス・リドルフ』
【作者/訳者】
ジャック・ヴァンス/ 浅倉 久志 、酒井 昭伸
【推薦文】
文体、会話文、設定、キャラクター、どれをとっても軽妙洒脱とはまさにこの作品!と力を入れて推薦したい面白本です。ユーモラスで軽快な訳文のおかげで一気読み。特にマグナス美老人の口調は最高!

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【推薦者】sazanami
【推薦作品】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
2段組で500ページ超ある作品なのに、読み出したら止まらない。普遍的なラブストーリーの美しさとアディーチェの社会批評の鋭さが違和感なく同居していて、両者が等価にこちらに伝わってくる。
これだけのパワーを持つ作品のよさを、読みやすくストレートに伝えてくれた訳者には脱帽します。

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【推薦者】冬泉
【推薦作品<1>】『怪談おくのほそ道』
【作者】作者不明
【訳者】伊藤龍平
【推薦文】
原題は『芭蕉翁行脚怪談袋』
各地を旅する芭蕉と門人が遭遇する怪異談。史実には符合しないし、俳諧とのこじつけもでたらめだが、それは承知で楽しまれた「芭蕉という文化」だと訳者は考える。今日我々が史実でないことを知りながら、水戸黄門の漫遊ドラマや美少女姿の戦国武将が活躍するゲームを楽しめるようなものだろう。
中世以来の歌徳説話の系譜(通時性)と、芭蕉を慕い怪異談を喜ぶ当時の好尚(共時性)の交点に、史実と伝承の混合体であるキャラとしての芭蕉が現れる。その淵源に他ならぬ芭蕉自身の『おくのほそ道』がある。なるほど、今ならあれを芭蕉自身を主人公とする紀行小説と説明しても違和感は無いだろう。そのことを翻訳と解説を通じて明らかにしてくれた本と言える。

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【推薦作品<2>】『幻想の坩堝』
【作者】ゲルドロード他
【訳者】岩本和子他
【推薦文】
ベルギー・フランス語幻想短編集。
以前《小説幻妖》でベルギー幻想小説の小冥い魅力を知ったが、怠け者なのでそれ以上のことはせず。この本は嬉しい贈物だった。ルドンの挿絵を付した分身劇「陪審員」の重苦しい冗長さが特に好み。
続集が出てほしいと思う。
東雅夫の序文に引かれている垂野創一郎の言葉を孫引き。
「あのアンソールの絵そのままに誰も彼もが仮面を被っていて、金持ちも貧乏人もひとしなみに何かに怯えている、脂肪(あぶら)気の抜けた、生活感の希薄な登場人物たちが織りなす物語は、一度はまりこむと病み付きになる魅力を持っている」
どうです、読みたくなりませんか?

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【推薦者の名前】木苺
【推薦作品<1>】『中国妖怪・鬼神図譜』
【作者】作者名なし
【訳者】相田洋
【推薦文】
はっきりいって、変な本である。生きている人と死人が結婚した話、学校の生徒がキョンシーにいたずらする話、役人が任地に到着すると土地の神様が迎えに出た話、狐の妖怪、猫の妖怪、スッポンの妖怪、タニシの妖怪、インチキ巫女が降霊した死者に叱られる話など、とぼけた話が多い。さらにおかしいのは、この本がニュース雑誌として出版されていたという事実だ。原作の『点石斎画報』は清末の絵入雑誌で、1884年から1898年まで上海で出版されていたそうだ。中国らしい美しい絵で、緻密かつ客観的(?)に描いてある。ホームズの時代の英国のThe Illustrated Police Newsとの共通点も感じられる。原書には、戦争などの時事ニュースや、科学技術、海外の話題なども含まれていたそうだ。だから、この訳書は全訳ではなく、テーマを絞った部分訳である。解説や、装丁にセンスが感じられる。他のテーマの記事も読みたくなった。

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【推薦作品<2>】『年月日』
【作者】閻連科
【訳者】谷川穀
【推薦文】
村人たちは日照りが続く村を捨てるが、老人はただ一人、盲目の犬とともに留まる。山の畑に一本だけ生き残ったトウモロコシを守りながら。釣瓶を下しても水を汲めないほど井戸の水位が下がったら、わずかに残った食料をネズミの大群に襲われたら……。私だったら、もうどうすることもできず、敗北するだけだ。だが、老人は思いもかけない方法で戦いを続ける。思えば、中国でも、日本でも、世界のどこでも、人間は長い間、自然災害と戦い続けてきた。本当の英雄とは、軍を率いて戦に赴く将軍たちではなく、この老人のような人間なのだと思った。閻連科はここ数年、「ノーベル文学賞?」と言われ始めた作家だが、その作品は一つひとつ、まったく球種が違って驚かされる。この『年月日』は直球で、剛速球だ。2016年は同じ閻連科の『父を想う』や、彭学明の『八月の瓜』にも感動した。翻訳文学の中では、中国の農民の中から出てきた作家が印象に残った年だった。

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【推薦者】服部 真里子
【推薦作品<1>】『モッキンバードの娘たち』
【作者】ショーン・ステュアート
【訳者】鈴木潤
【推薦文】
主人公トニの母エレナは、〈乗り手〉と呼ばれる小さな神々を降ろす能力を持っていた。子どものころから、〈乗り手〉たちと感情の不安定な母に苦しめられてきたトニだが、エレナの死をきっかけに、〈乗り手〉たちに取り憑かれるようになってしまう。
母にはかつて、何度となく手を上げられた。母のようにはなるものかと思って生きてきた。しかし、母の過去が少しずつ明らかになるにつれ、母やその周りの女たちの、女であるがゆえの苦しみが見えてくる。自分より母の愛情を受けているように思えた、美人の妹や父のちがう姉にも、女性の〈乗り手〉たちにも、母自身にも、それぞれ別の苦しみがあったのだ。
トニは母を許したわけではない。ただ、母を対等な人間として見て、その痛みをともに痛むことができるようになったのだ。
原題はMockingbird。なのに、邦題に「娘たち」とついているのは、これがひとり残らず誰かの娘である、女たちの物語だからではないか。

書影

 

【推薦作品<2>】『魔法にかけられたエラ』
【作者】ゲイル・カーソン・レヴィン
【訳者】三辺律子
【推薦文】
妖精に「従順」の魔法をかけられたエラは、命令に逆らえない。いじわるな義理の姉に命令されれば、母の形見の大事な首飾りでも手放してしまう。逆らおうとすると、呼吸困難、吐き気、めまい、ほかにも数々の症状に襲われる。「シンデレラ」をベースにしたおとぎ話だ。
ところで、私の勤務先では、女性社員が全員分のコップを洗う制度がある。拒否してもいいはずなのに、私はコップを集めて洗ってしまう。だって、拒否して嫌われたら……。想像するだけで、呼吸困難、吐き気、めまい、ほかにも数々の症状に襲われる。あれ?
エラはおとぎ話の人物だから、私にかけられた魔法を解くことはできない。でも、ここではないどこかに、同じ魔法と戦っている女の子がいると思うと、私は自分の魔法に立ち向かう勇気が出るのだ。
控えめに、でもしぶとく、「こんなのおかしいです」と言い続けた結果、自分でコップを洗う男性社員が出てきた。エラ、私もこっちで戦っているよ。


【推薦者】かすり
【推薦作品<1>】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
イスラエル在住のエトガル・ケレットによるエッセイ。
産気づいた妻に付き添って来た病院はテロに遭った怪我人であふれ、レジャーに出かければ空襲警報が鳴りミサイルが落ちてくるような戦時下の暮らし。
しかしある時には、しつこい電話の勧誘を断りきれず、家族でiPhoneのゲームに夢中になり、運動不足を気にしてピラティスを始めてみたりする。
そして、息子の誕生を喜び、将来をあれこれを想像して一喜一憂しながら妻と暮らしを営み、兄姉と共に亡くなった父に想いを馳せる。
深刻な状況も、ちょっぴり滑稽なエピソードも、世界中の誰もが持つ感情も、ケレットさんは同じ目線と熱量で描写します。
遠い国の悲痛な日常は、私の日常と切り離された別世界の話ではない、と理屈ではなく肌でわかるエッセイでした。

訳者あとがきによれば、この本はすべて英訳が初出で、ケレットさんが執筆したヘブライ語では出版されていないそうです。
翻訳されたものしか存在しない、というセンシティブな状態で広がる輪の中に日本語訳が加わったことを、感謝したいと思います。

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【推薦作品<2>】『ペーパーボーイ』
【作者】ヴィンス・ヴォーター
【訳者】原田勝
【推薦文】
1959年のメンフィスで夏休みの間に新聞配達をすることになった吃音症の少年の物語。
特殊な設定の説教臭い話かと思われるかも知れませんが、さまざまな人と出会い、事件が起こり、ぶつかった問題に一つずつ自分で考え行動して成長する少年のひと夏が、活き活きとした少年自身の言葉で綴られています。
うまくしゃべることができない、と主人公の少年は考えていますが、得意のタイプライターで淀みなく魅力的な話を披露してくれる素晴らしいストーリーテラーです。

文の途中に点を打つのが大きらいだ、と宣言している通り、この本の中には句読点がほとんど出てきません。短い段落が次々と続き、先頭の一字下げもありません。
その特徴は、読みにくさを招くものではなく、むしろ逆に、少年の内側からわき起こった声と並走しているような緊張感と静かな興奮を与えてくれます。
約60年前のアメリカの男の子の吐息や心の動きをリアルに、切実に感じられるような翻訳が、日本の若い人に向けた本として実を結んでいることがとても嬉しく頼もしく思います。

「ペーパーボーイ」の続編が現在執筆されているとのこと。次の翻訳が待ち遠しいです。

 


【推薦者】西野 智紀
【推薦作品<1>】『奇妙な孤島の物語』
【作者】ユーディット・シャランスキー
【訳者】鈴木仁子
【推薦文】
世界中に点在する50の孤島について書かれた本。写真はなく、島の地図と短い解説が添えられているのみ。これは、著者が「地図は具体的であるとともに、抽象的なものである」として、読者の想像力を喚起させるようにしたためだそうだ(地図も装幀も著者の手による)。小説ともエッセイともいえない簡潔な文章で綴られる奇習や奇病、乱獲、虐殺、災害といった島の沿革と人間の営みの数々が、非日常へと読む者を誘う。他の方も書いているが、著者の意向をくみつつ、文章体裁から組版、デザインに至るまで日本向けに翻訳するのは相当大変だったのではないか。出版に携わった方々の労力をひしひしと感じさせる、ほんとうに美しい作品です。

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【推薦作品<2>】『拾った女』
【作者】チャールズ・ウィルフォード
【訳者】浜野アキオ
【推薦文】
偶然の出会いから恋仲となった男女が破滅の道をたどる物語。分類するならミステリーだろうが、派手な事件もなければ、探偵役もいない。好き合った二人が、自分の内に抱える闇から目を背けつつ、ただひたすら堕落した生活をする話だ。これはこれで心惹かれるものがあるが、本書を語るうえでは欠かせないのは、終局での情景の一変。最初に読んだときと、二度目に読むときとでは、景色が変わるどころか、さらに暗い言葉や悪意が潜んでいた事実にぞわりとしてしまう。
原著が書かれたのは半世紀以上も前だが、色褪せはまったく感じない。こういう質の高い小説が翻訳されてとても嬉しい。これから先も読まれ続けてほしいと切に思う。

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【推薦者】『爺』
【推薦作品】『こびとが打ち上げた小さなボール』
【作者】チョ・セヒ
【訳者】斎藤真理子
【推薦文】
読み進めるのがつらかった。
それは、この物語が過去を語ったものではなく、私たちがこれから向かおうとしている世界を描いているようにしか思えなかったから。
愛に望みを託したこびとのお父さんに、自信をもって見せてあげられるような未来はいつか来るのだろうか。

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【推薦者】Walter Mitty
【推薦作品<1>】『時の止まった小さな町』
【作者】ボフミル・フラバル
【訳者】平野清美
【推薦文】
あの楽しかったキラキラした物語『剃髪式』の続編。 前半は、あの堅物だった父が何故か妙に自由奔放に〔ぺピンおじさんのように〕なり、あいかわらず愉快なのだが、後半になると、お転婆だった主人公の母は大人しくなり、バイク好きの父はビール工場の職を失い、あの元気で大きな声の陽気なぺピンおじさんは、ラストには…。
読んでしばらくは泣いていた。 あの作品の続編であるがために尚一層切なさがつのった。

翻訳者である平野清美さんが、例の(!!)ビール工場を訪れた際のことをあとがきに書いていらっしゃいます。 これを読んだら、誰でも必ず行きたくなるはず。 フラバルをきっと好きになり、そして彼の作品を読みたくなるはず。

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【推薦作品<2>】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
この方の長編を、とにかく待っていました。 心に沁み入る短編の名手による大長編。
目の見えない娘のために町の模型を造る父。 ラジオの声が起こす奇跡。 長い物語の終盤で、やっと出会えた少年と少女の別れ。 いろいろなシーンが、美しい言葉とともに思い出される。 英語原文ももちろん美しい文章なのだろうと思うが、藤井光さんの以下の翻訳文が本当に素晴らしく、噛み締めながら何度も繰り返し読んだ。

だが実際には、時間とは自分の両手ですくって運んでいく輝く水たまりだ。そう彼は思う。力を振りしぼって守るべきものだ。そのために闘うべきものだ。一滴たりとも落とさないように、精一杯努力すべきだ。 (P466)

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【推薦者】せら
【推薦作品】『ジョン・シャーマンとサーカスの動物たち』
【作者】ウィリアム・バトラー・イェイツ
【訳者】栩木伸明
【推薦文】
アイルランドの詩人であり作家ウィリアム・バトラー・イェイツの”相克の原点”。
イェイツ初期の作品であり、自伝的小説、と、代表的な詩をまとめた一冊です。
とても端正な文章で綴られています。
翻訳者栩木氏による訳注があって、アイルランドの時代背景やイェイツの交友関係が丁寧に説明されていて、作品そのもののみならず、時代丸ごとを大きく捉えられる、俯瞰して見ることができました。
あと、作中に詩や美術からの引用がたくさんあり、その出典なども書かれているので、ひとつひとつ追いかけて拾ってみたいなあと思っています。
(読みたい作品が増えていく、広がっていく物語に出会えるのは、読み手としてとても幸せなことかと)

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【推薦者】佐藤ユンコ
【推薦作品】『堆塵館』
【作者】エドワード・ケアリー
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
舞台は、十九世紀のロンドン郊外。ゴミ山に建つ堆塵館と呼ばれる館に住む一族は、生まれると必ず何か一つの「物」を生涯身に着けていなければならない。その跡取りである十五歳の少年には、物がそれ自身の、まるで人間のような姓名を名乗る声が聞こえる。だから彼が持ち歩いている浴槽の栓が、繰り返し同じ名を名乗り続けるのを毎日聞いている……
これは物語のさわり部分だけだが、もう充分に変である。何言っているんだ、と思いながら読み返してしまう。作者はこれまでにも変な素晴らしい物語ばかりを書いており、それらは全て同じ翻訳者によって日本に届けられている。今作も最高に変で夢中になってしまい、読み始めたら止まらなくなった。
翻訳作品だということを忘れてしまうほど、言葉の面白さ、響き、リズム感が心地よい今作は、圧倒的な言葉の連なりが生み出す、次元を超えた物語体験ができる稀有な本だ。

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【推薦者】放克犬(さあのうず)
【推薦作品<1>】『HERE ヒア』
【作者】リチャード・マグワイア
【訳者】大久保譲
【推薦文】
<ある部屋の一角>が描かれた一枚の絵。そこから複数の時代の様々な物語が錯綜し、やがては気の遠くなるような時の流れまで広がっていく。固定された一つの視点というシンプルながら全く新しい技法で実にユニークな世界を見せてくれることによって、表現の可能性というものについての認識を改めさせてくれた一冊。グラフィックノヴェルということで文字が少ないことから翻訳大賞にふさわしいかどうか迷ったがインパクトが大きい作品だったので推薦したい。

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【推薦作品<2>】『ファンクはつらいよ バーバーショップからマザーシップまで旅した男の回顧録』
【作者】ジョージ・クリントン+ベン・グリーンマン
【訳者】押野素子
【推薦文】
ユニークな音楽集団P-funkを率いるジョージ・クリントンの自伝。功成り名遂げた人物といえば過去の話は美化していたりするものだが、この人は面白くなればいいと思っているようで信じられないような話が次々登場する。なので書かれた事実の真偽のほどは時に?なのだが、ここには20世紀後半に大きな変貌を続けやがて社会に深く影響を及ぼすようになったポピュラー音楽の真の姿がここにはある。様々な世代のミュージシャンとのエピソードも多数登場し貴重な記録となっている。

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【推薦者】アリーマ
【推薦作品<1>】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・ンゴツィ・アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
500ページを超える大作で、かつ二段組みという密度の濃さながら、圧倒的な牽引力と密度の濃さでラストまで一気に引っ張ってくれる作品だった。『半分のぼった黄色い月』以来、次の長編を心待ちにしていたのだが、待った甲斐があった。そしてこの長大で濃密な作品を、なんのストレスもなく日本語で堪能できる至福は、くぼたのぞみさんの素晴らしい邦訳あってこそ。この作品は、ナイジェリアの女流というエスニック性を忘れて、物語を愛するすべての人に普遍的な男女のストーリー(ないしはいっそメロドラマ)として広く読んでもらいたい。

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【推薦作品<2>】『蒲公英王朝記:諸王の誉れ』
【作者】ケン・リュウ
【訳者】古沢 嘉通
【推薦文】
『指輪物語』を思わせる古典的正統派仮想世界ファンタジーで、武侠小説で歴史大河で神話物語。ケン・リュウの多彩さは短編集で十分感じたつもりでいたが、さらに底知れぬ才能とエネルギーを感じる。非常に翻訳の難しい仮想世界の諸々を、スムースで無理のない日本語で楽しめる素晴らしさにも感謝!

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【推薦者】とりっぽん
【推薦作品<1>】『ペーパーボーイ』
【作者】ヴィンス・ヴォーター
【訳者】原田 勝
【推薦文】
1959年、まだ人種差別が色濃く残るメンフィス。吃音症を持つ白人の少年ヴィクターは、ひと夏、新聞配達(=ぺーパーボーイ)をすることになったが、配達はともかく、集金の時は嫌でも人と話さねばならない。彼にとっては大変な冒険だ。でもがんばる。そして様々な人々との出会いや出来事を経て彼は「大切なのは何を言うかで、どう言うかじゃない」ことを学び、「ばくの魂はどもってない」と胸を張る。優れた成長譚だ。吃音の困難は「コミュケーションの問題」だと捉えれば、この物語は「コミュ障」に悩むティーンをはじめ、全ての人にとって「自分の物語」となるだろう。主人公の語りで進む地の文は句読点が少なく、発言には「ssss…」という独特の息づかいが多用されるが、それが全く読み辛くなく、かえって主人公息づかいに乗っかってぐいぐい読める仕掛けになっているのは翻訳の力だろう。内容・翻訳両方の良さからこの本を推したい!

 

【推薦作品<2>】『レッド・スペシャル・メカニズム』
【作者】ブライアン・メイ、サイモン・ブラッドリー
【訳者】坂本 信
【推薦文】
英語は読めるけれど、専門用語だらけの膨大な資料を読むのは、いくら好きな本でもしんどい。そんな時に、その分野を愛し、よーくわかっている人が翻訳版を出してくれることの有難さ!本書はロックバンド「クイーン」のギタリスト、ブライアン・メイ氏愛用のエレクトリック・ギター「レッド・スペシャル」について、デザイン、制作過程、性能、そして演奏活動にわたってメイ氏本人の語りを中心にまとめたもの。周知のようにこのギターは、彼が少年時代に父親と一緒に手作りした世界唯一の楽器。驚くべきは製作当時(1963年)の設計図や詳細なメモなどが全て残っていること。豊富な写真や資料に加え、メイ氏の少年時代や父親との関係も語られて奥行きが深い。英語版が出た時、図版を眺めているだけでも幸せだと思ったが、びっしり書き込まれた専門的な解説も日本語でストレスなくつぶさに読むことができるようになって本当に嬉しい!

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【推薦者】けいとのぱんつ
【推薦作品】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井光
【推薦文】
詩的な描写の積み重なりが丁寧に訳されています。それでいて、作品全体を貫く軸はぶれていない印象があります。すっと頭に入ってくる訳文あってこそだと感じました。

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【推薦者の名前】なつめ
【推薦作品】『襲撃』
【作者】レイナルド・アレナス
【訳者】山辺弦
【推薦文】
2016年で翻訳がよかった小説といったらこれ。とても丁寧に言葉を選んでアレナス世界を再構築していた。作品自体は怒りと絶望が爆発するような内容だが、翻訳部分については端正な仕事と形容したい。山辺さんにはもっとスペイン語圏の小説を(できればアレナスの未訳作品を)日本語にしてもらいたい。


【推薦者】丘本さちを
【推薦作品】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル ケレット
【訳者】秋元 孝文
【推薦文】
「ユーモアも自分を見失わないための魂の武器だ」。
『夜と霧』のこの言葉を思い出しました。
本書は戦時下のイスラエルで家族と暮らした著者の七年を綴ったエッセイ集です。息子の誕生と子育て、ささいな夫婦ゲンカ、信仰に傾倒した姉との距離、ひとつのジャムが起こす奇跡、飛んでくるミサイル、父親の死。
異国の出来事でありながら、エスニックな印象はほとんどなく、現代の都市生活者に共通の喜びと切なさを各掌編で見事に浮かび上がらせています。
正直、この枚数でここまで沁みるものが書けるなら長編小説はいらないのではないか?と思ってしまいました。
訳文も著者の皮肉めいたユーモアと優男っぷりをうまく引き出す軽みがあって、内容にフィットしています。
読み切るのがもったいない36篇です。
ぜひ手に多くの方に手にとっていただきたいです。

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【推薦者】ましろ
【推薦作品<1>】『血の熱』
【作者】イレーヌ・ネミロフスキー
【訳者】芝盛行
【推薦文】
孤独の深みと過去に向かう視点、その視点を別の角度からも余すことなく見ている語り口にはまってゆく。閉鎖的な物語の中、其処彼処に流れる人間の内面を、どこまでも逃がさない。何が駆り立てるのか。そうして何処へ向かうのか。駆り立てたものを冷やかに見つめ、過ぎ去った日々を残酷にも捨てる心が確かに在ることを知らされた心地になる。単純な心などない。人とはそうしたもの。嗚呼なんて。そう思う頃には、物語が掻き立てる心を自分の内にも見ている。抱えた移りゆく思いを巡らせれば、それでもなお生きてゆける、人間の強かさを思った。
内容の素晴らしさはもちろんのこと、『フランス組曲』同様、死後60年に渡り鞄に眠り続けていた、完成作としては最後の作品となる貴重な作品を翻訳して読者に届けてくださったことに、一人の読者としてとても感謝している。

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【推薦作品<2>】『ラガ 見えない大陸への接近』

【作者】ル・クレジオ
【訳者】管啓次郎
【推薦文】
海の強い青。その深み。激しさ。そこにある苦悩の感情。かつてそこへ漕ぎ出し、全身をふるわせて帰還なき旅をした人々と、その辿り着いた地をめぐる文章の真摯さに、頁を捲るほどに感情が胸打つ。ラガという地に夢見る神秘は楽園に終わらない。人生の物語や伝説、神話、そこに横たわる植民地化や奴隷制などをはじめとする悲劇の歴史、女性たちが強いられてきた背景を語り出す。ラガの女性たちが彼女たちだけで為してきたこと。そこから伝わる文化の起源の描写に思わずはっとする。知るほどに遠のくラガの姿は、知ろうせずにきた者に問うてくる。
思索的紀行文の魅力を生かしきる、素晴らしい翻訳だった。ル・クレジオの作品がやっぱり好きだ。そうまっすぐに思わせてくれた。

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【推薦者】ツキアカリ
【推薦作品】『執着』
【作者】ハビエル・マリアス
【訳者】白川貴子
【推薦文】
原題『恋に落ちる』邦題『執着』のとおり、マリアのハビエルに対する、ハビエルの人妻に対する恋の執着として読みました。マリアは決して感情的にならず、傍目には冷静に振舞いながら、心の中ではあらゆる可能性や希望を追い、逆に諦めや絶望をも丁寧に辿ります。ここまでの執拗な過程を経て、最後の1ページには心臓をギュッと掴まれる思いでした。

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【推薦者の名前】こめこめ
【推薦作品<1>】『ウィスキー&ジョーキンズ』
【作者】ロード・ダンセイニ
【訳者】中野善夫
【推薦文】
断片的にしか読んでなかったのですが、ロード・ダンセイニという作家に対するイメージ(お堅いイメージ)を変えてくれた作品ということで推薦させていただきます。今後、出るであろうダンセイニ作品読みたくなりました。

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【推薦作品<2>】『狂気の巡礼』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
うまい文が浮かばなかったのでどうしようかと思ってましたが、外せない作品と思い推薦させていただきます。グラビンスキは重い雰囲気の『動きの悪魔』に続いて2冊目ですが、個人的には内容がバラエティに富んでいろいろな短編が読めたこちらのほうが好みでした。東欧の作品はあまり接しないのでその点でも視野を広げてくれた本の一つと思います。

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【推薦者】戸田 光司
【推薦作品<1>】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
ケレットのこのエッセイは、ユーモアや皮肉のいりまじり、その中に優しさや力強さがあるように感じて、本当に気持ちがいい読書体験となりました。家族のルーツをたどる話や、空襲にあったときの話は、心がじんとなるのを感じます。ケレットがたびたびべそべそ泣くのも好きです。私も泣き虫なので、共感を覚えます。

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【推薦作品<2>】『異国の出来事』
【作者】ウィリアム・トレヴァー
【訳者】栩木伸明
【推薦文】
夫の浮気をきっかけに、一人暮らしをして自分らしく生きようとした女性を描いた「家出」と、言うことを聞かないひねくれた生徒と、彼の女教師を描いた「帰省」が特に印象に残っています。戻ってきた妻が見た夫の姿や、大人をバカにする生徒や、教師の態度が豹変する様子など、人間の嫌な感じを描いていると思うのですが、それが面白いです。醜い夫の造形は、一周回って愛おしく感じます。

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【推薦者】コンスタンシア
【推薦作品】『ポーランドのボクサー』
【作者】エドゥアルド・ハルフォン
【訳者】松本健二
【推薦文】
まずおもしろいのは、この作品が、オリジナルの『ポーランドのボクサー』『ピルエット』『修道院』の3作を著者の指示で編みなおした、日本語版だけのオリジナルになっているということ。混ぜ合わされた3作が響きあって、濃厚な作品世界が立ち上がり、様々な感興を生むカクテルとなっています。
また、思いがけないけれど、そう言われるとイメージが鮮やかに喚起される比喩もハルフォンの魅力の1つです。ハルフォンの文化背景がすべてからみあってか、実に豊かな言葉が繰り出されます。そのおもしろさを十二分に引き出した訳文に拍手を送りたい。

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【推薦者】きょうたま
【推薦作品】『古森の秘密』
【作者】ディーノ ブッツァーティ
【訳者】長野徹
【推薦文】
「はじめての海外文学スペシャル」の金原瑞人さんの紹介で、この本を手に取りました。少し距離を置いたような静かな語りの文章は、まるで森の中で息をひそめてその成り行きを見守っているような感覚になるし、自分の中にある自然への畏怖や愛着や経験を思い出させてくれました。子どもの成長とともに大人の成長物語でもあると紹介されてましたが、大人になってからの不器用な愛情が切なくも尊い、とても心に響く美しいお話でした。

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【推薦者】三月の水
【推薦作品<1>】『ナボコフの塊』
【作者】ウラジミール・ナボコフ
【訳者】秋草俊一郎
【推薦文】
文学、翻訳、亡命、蝶について、小説を愛読してきた読者にはおなじみの主題を巡るエッセイ集。
アップダイク、サリンジャーに対する評価、亡命作家としての自身についてなど、どれも興味深い。
この本の売れ行き次第では、インタビュー集も出版とあるので期待したい。

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【推薦作品<2>】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
目覚めると失踪していた妻を探す夫、そのとりあえずの発端から、/殺人者が誰なのか知らないまま書かれた推理小説/物語を読むように街を読む/解釈され発見される無限の意味の連鎖、などの読み方とともに、錯綜した文体、歴史、家族の関係をときほぐしながら、さまざまな読み方ができる愉しさ。

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【推薦者】星落秋風 五丈原
【推薦作品】『ヒトラー(上下)』
【作者】イアン・カーショー
【訳者】川喜田 敦子
【推薦文】
第二次大戦やホロコーストのうち、どこまでがヒトラーの考えでどこまでがドイツ国民の考えなのか。またどこまでがヒトラーの為した事でどこからがドイツ国民の為したことなのか。そもそもヒトラーとはどういう人物だったのか。ヒトラー一人では戦争もホロコーストも起こせない。擦る相手がいなければマッチに火がつかないのと同じように。これはヒトラーという人物を現代にいる誰かに置き換えても同じように言えることだ、と誰もがわかっていることが、今ほど必要な時代はない。

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【推薦者の名前】三月うさぎ(兄)
【推薦作品<1>】『ユリシーズを燃やせ』
【作者】ケヴィン・バーミンガム
【訳者】小林玲子
【推薦文】
『ユリシーズ』の猥褻裁判をクライマックスにしたあらゆる関係者の本物の群像劇。映画化必至。検閲、芸術と猥褻、モダニズムに迫った書は数あれど、『ユリシーズ』が猥褻の概念そのものをどのように変え、法の世界に「エピファニー」をもたらしたかを、これほどの面白さで語り尽くした本があったであろうか。ケヴィン、玲子さん、柏書房、yes!ジョイス、ノーラ、ハリエット、マーガレット、シルヴィア、エズラ、ヴァージニア、アーネスト、yes!ジョン・クイン弁護士 yes!モーリス・ダランティエール、ジョイスの壮絶書き直し植字 yes!アーンスト弁護士とコールマン検事、二人のおかげでウルジー判事にエピファニーが訪れた yes!ベネット・サーフにサミュエル・ロス、金儲けや海賊版でも出版した yes!アンソニー・コムストックにジョン・サムナー、猥褻を取り締まる意味はまだ生きている。あなた達は無意味じゃない! YES!

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【推薦作品<2>】『イエスの幼子時代』
【作者】J.M.クッツェー
【訳者】鴻巣友季子
【推薦文】
過去を洗い流されて到着するという地、ノビージャ。その「過去」とは色々な作品の登場人物たちの「前世」のことではないか。ほとんどの人物は漂白されて善意だけの人格になっている。でも、シモンは性的な作品の「記憶」にない記憶にひきずられ、イネスの苛立ちは子を亡くした母の切迫した感情に突き動かされ、それぞれ洗い流されずに残ったものを背負っているよう。ならばダビードにもきっと「前世」があるはずだけど、どうも作家が失敗して流産した作品の主人公だったのではないか。そんな風に勝手に想像しつつ読むと、ただノビージャで次のお呼びを待つだけの人々の自由意志をどこまでも解き放ってやろう、作家の意図や倫理的な狭苦しさから逃げだす登場人物たちを描いてみせようじゃないか、と、あの説教臭いクッツェーが半ば博打に近い挑戦にうってでたと思えてくる。続編『イエスの学校時代』の翻訳を心待ちにするのでありました。

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【推薦者】牡猫ムル@書店員修行時代 (=‘x‘=)
【推薦作品<1>】『すべての見えない光』
【作者】アンソニー・ドーア
【訳者】藤井 光
【推薦文】
#この作品に「選ばれた」訳者さんとしてご自身のご活躍にも注目の藤井光さんにいかがで賞! (=‘x‘=) #この推薦文には素晴らしい作品につきムル猫ごとき多くは語るまい話法が使用されています

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【推薦作品<2>】『貝と文明 螺旋の科学、新薬開発から足糸で織った絹の話まで』
【作者】ヘレン・スケールズ
【訳者】林 裕美子
【推薦文】
『カドモスとハルモニアの結婚』にしようと思っていたのですが、ガーン! 2015/11/27発刊で、わずか4日のアウト……。3冊めの枠があったらと思っていた、こちらを推薦します。「じんぶん大賞」向きですが、キアラン・カーソン『琥珀捕り』栩木 伸明 (訳)の海洋生物学版……といった趣があります。素敵モチーフが「貝殻捕り」のごとく次々に登場する、螺旋をめぐる(読書の)時間が楽しい。これからもネイチャーライティングを超えて、アニー・ディラード『ティンカー・クリークのほとりで』の対岸や、チェット・レイモ『夜の魂』の高み(あるいは海の深さ)に進んでほしいと思います。文学的センスを高度に持った、専門分野のある作家さん的研究者さん・訳者さんが増えることも願って!(=‘x‘=)

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【推薦者】タカラ~ム
【推薦作品<1>】『年月日』
【作者】閻連科
【訳者】谷川毅
【推薦文】
大日照りに見舞われた村でたった1本残ったトウモロコシの苗を守ろうと奮闘する老人と、彼に寄り添う盲目の犬。食料も水も失われつつある中で無謀な闘いと思われた彼らの行為が、さいごに驚愕と感嘆の結末を迎える。

著者自身があとがきで述べているように、「愉楽」で閻連科にハマった読者は、本書を読んで「これが閻連科なのか?」と驚くに違いない。

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【推薦作品<2>】『あたらしい名前』
【作者】ノヴァイオレット・ブラワヨ
【訳者】谷崎由依
【推薦文】
アフリカ・ジンバブエ出身の女性作家による作品。前半は母国ジンバブエを舞台に、後半はアメリカを舞台にして、主人公のダーリンという少女の人生を描き出す。

前半で描かれる主人公たちの子供時代の日々はジンバブエやその他のアフリカ諸国の厳しい現実を表わしている。子どもが幼くしてレイプされ妊娠させられている現実、エイズが蔓延して満足な治療も行われないままに死んでいく現実、悪政によって経済的に崩壊した国家としての現実。そんな悲劇的な現実の中で、無邪気に楽しく日々を生きる子どもたちの姿とのギャップが、リアルを強く実感させる。

後半になって主人公はアメリカに渡る。それは幸福への脱出ではない。アメリカに対する希望はすぐに厳しい現実に変わってしまう。アメリカは自由の国だが移民が自由であるとは限らない。物質的には恵まれていても、それは幸せではない。

深く重い命題を読者に突きつけてくるような作品だった。

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【推薦者】ちゃむ
【推薦作品】『青空のかけら』
【作者】S・E・デュラント
【訳者】杉田七重
【推薦文】
家族がほしい。そう切実に願う姉弟ミラとザックには身寄りがなかった。それでも児童養護施設スキリー・ハウスで、やさしい大人たちの庇護の元、小さな楽しみやささやかな喜びを経験しながら暮らしていた。ほかの子どもたちが順々にもらわれていくなか、「絶対にふたりいっしょに」と希望している姉弟には引き取り手はあらわれない。そこに登場する元校長先生のマーサが、いい。恥ずかしがり屋のおばあさん、という素敵な設定が効いている。ぎくしゃくしていたふたりとマーサの関係が少しずつ変わっていく美しいシーンの数々と、いじらしいほどザックのことばかり気にかけている姉ミラの心情の描写が素晴しく、繊細で瑞々しい訳文のおかげもあり、忘れられない一冊となった。


【推薦者】齋藤 巧
【推薦作品】『四人の交差点』
【作者】
トンミ・キンヌネン /
【訳者】古市真由美
【推薦文】
私事ですが、普段は英米の翻訳作品しか読まないし、それ以外の言語だと「ちょっと知っておいたら役に立つかも(というかかっこいいかも)」の知的欲求のナルシズムに後押しされ、クラシック作品のみ読んでいた。本書はフィンランドのベストセラー小説ということで、装丁・タイトルの美しさにジャケ買いした。正直内容はあまり入ってこなかったが、そんなことよりも(大変失礼な話だが)フィンランドという、自分には縁も所縁もない国の文学作品のことを勉強して、翻訳している人がいたおかげで、フィンランドについて調べてみたし、つまり翻訳小説は、ある翻訳家の方の努力無しには生まれないのであって、その努力無しでは私がフィンランドに興味を持つことは無かった。

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【推薦者】針生森
【推薦作品】『闇夜におまえを思ってもどうにもならない』
【作者】ツァオ・ナイ・チェン
【訳者】杉本万里子
【推薦文】
文革時代の中国の貧しい村の人々を、短いエピソードを重ねて描いている。人は餓えないために食い、楽しみはセックスと酒で、ときたま、他人を好きになることもある。読んでいて深沢七郎だと思いました。ある男は食えないために金で別の男に女房を貸す、その話の最後の一行。「女房の二本の大根足がロバの腹の下でゆらりゆらりと揺れているのが見えた」

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【推薦者】りつこ
【推薦作品<1>】『キャロル』
【作者】パトリシアハイスミス
【訳者】柿沼 瑛子
【推薦文】
ハイスミス=イヤミスの女王というイメージを見事に覆してくれた。むき出しの恋愛が丁寧に描かれているが、テレーズという一人の女性の成長物語でもあった。

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【推薦作品<2>】『つつましい英雄』
【作者】マリオバルガス=リョサ
【訳者】 田村 さと子
【推薦文】
ストーリーはかなり不穏なのだが、片方は揺るがない信念、もう片方はユーモア精神のある主人公なので、ハラハラしながらも楽しく読める。
タイトルにあるとおり、リョサらしくなく?物語がどこかつつましくて(笑)そこがまた面白かった。

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【推薦者】赤池 晴香
【推薦作品<1>】『鬼殺し』
【作者】甘耀明
【訳者】白水紀子
【推薦文】
これは、困難な時代を生きた台湾客家の少年が、「自由」になるまでの物語である。人は、自身が望む望まないに関わらず生きている場所で様々な束縛を受けて生きている。とりわけ能力が高ければ高いほど、「自由」を得ることは難しいのではないだろうか。本作主人公の少年も超人的なパワーを持つがために様々な束縛を受け、痛めつけられる。しかしその中で成長し、最後には「自由」を得る。「代償」を払うことによって…。
台湾の歴史、文化、言語、民族、信仰、家族観等様々な要素をマジックリアリズムの手法で巧みに編み上げて壮大な物語にした作者、またそれらの要素を日本人読者にも分かりやすいよう翻訳した翻訳者に敬意を表し、この作品を推薦したい。

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【推薦作品<2>】『年月日』
【作者】閻連科
【訳者】谷川毅
【推薦文】
一体いつ、どこでどのようにして起こった話なのか…この作品で語られる世界はこういった要素がほとんど明白にされていない。ただ分かっているのは、この作品世界が恐ろしい日照りに見舞われているということ。登場人物(動物)はほぼ老人1人と盲目の犬1匹のみである。そのようなシンプルな世界であるからこそ、老人と犬の思い、行動、その行動がもたらした結果がまるで日照りの太陽に焼き付けられたかのように、我々読者の心に鮮明な印象を残す。作者は中国の社会問題を題材にすでに多くの作品を発表しているが、その中で若干異色とも言える本作品も、作者の「命」に対する思いを体現する名作であると感じ、推薦する。

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【推薦者】ダリ
【推薦】『アメリカーナ』
【作者】チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
【訳者】くぼた のぞみ
【推薦文】
ナイジェリア人のオビンゼとイフェメルの二人を主軸に進む物語
恋人だった彼らは、自由の国アメリカで学ぶ事を夢に見て叶えるイフェメル、叶えられなかったオビンゼ
と二人の別離から物語がぐっと動きます
ナイジェリアの文化、国民性、政治、教育など知らなかったものにどんどん引き込まれました

そして、自由を求め渡ったアメリカの現実
人権、人種、生活、職、滞在許可など厳しい現実が克明に描かれます
善意の偽善など白人からの立場ではまるで見えなかった思想が浮き彫りになる
アメリカの暮らしを通して知り感じる違和感の描き方がとても魅力的でした

そして、法を犯してまで滞在しようとする彼らの自由への渇望
選択肢のない未来への絶望
チママンダの筆から選ばれる言葉に静かに深く思考を促されました
そして帰結は見事な純愛だったのです
決して陳腐ではなく、かと言って過剰な演出でもなく導かれるところがそこでした

あれだけ複雑なテーマ
壮大なストーリー
でも純愛という締めにやられました
ゴリゴリの社会派ではないチママンダのユーモアがいきた素晴らしい物語でした

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【推薦者】かもめ 通信
【推薦作品】『ポーランドのボクサー』
【作者】エドゥアルド・ハルフォン
【訳者】松本健二
【推薦文】
グアテマラシティの大学で短篇小説の講義をしている作家本人を思わせるエドゥアルドという名の「私」を軸に、いくつかの物語が絡み合うようにして語られていく“連作短篇”は、1冊通して読んでみれば1つの大きな物語になっている。だがしかし、これらの物語は元々3冊の本に別々に収録されていたものから、作家の意を受けて、作家と訳者がここからこれを、あそこからはこれをと集めてきて編んだ日本オリジナルの短篇集なのだという。この本を読むと主人公同様読者もまた、まるで登場人物のひとりにでもなったかのように、誰かを探し求めて本の中を彷徨わずにはにはいられなくなる。その魅力を端的に言い表す言葉が見つけられないほど魅力的でとても好きな作品。行間からにじみ出る作品に対する深い思い入れが伝わってくる見事な翻訳だとも思う。

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【推薦者の名前】
小口 ちひろ
【推薦作品】『アシュリーの戦争』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
アフガニスタン戦争でアメリカ軍が苦戦を強いられていたのは、都市部から離れた山間部。女性を公の場から隔離する「パルダ」という古い習慣の残る地域です。家族中心の文化を持つこうした地域では女性の役割が非常に大きく、外から姿は見えなくても、一族の重要な情報を彼女たちが握っています。しかし男性米兵が彼女達に接触することは難しい……。そこで2010年アメリカ特殊部隊指導部が編成したのが、文化支援部隊、本書に登場するアシュリーたちです。
アシュリーを襲う結末は、涙なしには読めません。遺されたアシュリーの夫や両親が、今もアメリカに暮らしています。彼らがどんな気持ちでアシュリーを戦地に送りだし、あの結末をどう受け止めたのか。彼らに思いを馳せることができたのは本書のおかげです。戦争を肯定する気持ちは一切ありませんが、現実を伝える本書は多くの人に読んでほしい一冊です。

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【推薦者】安野 二枡
【推薦作品】『韻文訳 妖精の女王』
【作者】エドマンド・スペンサー
【訳者】福田昇八
【推薦文】
「詩人の王」、「詩人の詩人」と称される、イギリス・ルネサンスの大詩人、スペンサーの長編叙事詩『妖精の女王』の邦訳が、スペンサー研究・翻訳をライフワークとして取り組んできた訳者の手によってさらなる進化をなし遂げた。本邦初訳は1969年に誕生したが、原文の意味を忠実に丹念に伝えるため、各連は改行なしで書き下(くだ)した散文訳であった。1994年の改訳はこの詩に独特な9行連に合わせて各連9行に整え、字数を切り詰め、元の定型詩の姿を再現した。そして2016年、韻文訳の本書である。ここに採り入れられたのは原詩の韻律に近い七五調、日本人にはお馴染みの語り口調の語呂もよい。刻むリズムは軽快に平易な口語を読み進ませる。なるほど物語詩の訳はこうでなければと実感させられる。原詩の魅力がまた一つ回復されたのである。

 


【推薦者】有友 勇人
【推薦作品<1>】『襲撃』
【作者】レイナルド・アレナス
【訳者】山辺弦
【推薦文】
まあ当分は翻訳されんでしょと思い、アレナスの自伝五部作が完訳されるまでは死ねない、などと冗談半分で言い続けてきたのだけど、作者の死から四半世紀経って第五部の『襲撃』が遂に翻訳なるとは、いやもうぶったまげたなあ。山辺弦氏による翻訳も見事である。罵詈雑言オンパレードで破茶滅茶な内容を丹念な訳文で最後まで愉しく読むことができた。水声社という奇特な版元にも感謝である。残りの作品の翻訳にも期待しつつ、本書を推薦いたします。

 

【推薦作品<2>】『ある子供』
【作者】トーマス・ベルンハルト
【訳者】今井敦
【推薦文】
まあ当分は翻訳されんでしょと思い、ベルンハルトの自伝五部作が完訳されるまでは死ねない、などと冗談半分で言い続けてきたのだけど、作者の死から四半世紀経って第五部の『ある子供』が遂に翻訳なるとは、いやもうぶったまげたなあ。今井敦氏による翻訳も見事である。改行の無いベルンハルト独特の文体に相応う丹念な訳文で最後まで愉しく読むことができた。松籟社という奇特な版元にも感謝である。残りの作品の翻訳にも期待しつつ、本書を推薦いたします。

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【推薦者の名前】温 又柔
【推薦作品<1>】『鬼殺し』
【作者】甘耀明
【訳者】白水紀子
【推薦文】
日本統治時代から二・二八事件まで。激動の台湾史を1972年生まれの鬼才が類まれな知性をもって魅惑的な物語に仕立てた巨編。原文は中国語だが、台湾語、客家語、日本統治期の日本語、先住民族の民間説話が混在する。この文体は台湾という郷土に生きる多様な人々を尊重する作家の意志そのものだ。原作者の意志を十二分に反映させながらこの巨編を素晴らしい日本語に生み直した訳者には本当に頭が下がる思いだ。

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【推薦作品<2>】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
英語によって世界を感知し、感性を育み、ひとと関わり思考してきたはずのジュリー・オオツカは、かのじょ自身の祖母や曾祖母の世代の女たちの物語を書くために、かのじょにとっては限りなく”外国語”に近いであろう日本語によって奏でられる世界を丹念に想像したことだろう。それだけでも私は、この小説が、翻訳によって、オオツカの曾祖母、祖母、母の国・日本語に”帰って”きたことを喜ばずにいられない。

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【推薦者】百句鳥
【推薦作品<1>】『テラ・ノストラ』
【作者】カルロス・フエンテス
【訳者】本田誠二
【推薦文】
メキシコの作家カルロス・フエンテスの代表作にしてラテンアメリカ文学の栄誉たるロムロ・ガリェーゴ賞(1978)受賞作である本作。日本語で1079頁に及ぶ物理的な重量も圧巻ですが、実在人物や架空人物が織りなす独自の年代記を繋ぎ合わせ、ひいてはイベロアメリカの歴史にもメスを入れる大規模な構成の文学的重みは格別です。それだけにテクストは多面的であり、読者に考える力を求める難解な作品とも言えます。けれどもこの物語にこめられた類いまれな想像力・創造力には、時間をかけて読み解いていくだけの価値があるでしょう。
旧世界・新世界・別世界の3部を通して、批判的・野心的に物語られる一大叙事詩の存在意義、そして10年もの歳月をかけて完訳し、本邦に紹介してくださった翻訳者に敬意を表して推薦します。

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【推薦作品<2>】『炸裂志』
【作者】閻連科/
【訳者】泉京鹿
【推薦文】
本作『炸裂志』では著者閻連科が提唱する神実主義が鍵になります。外部の合理性を破棄し、内部の合理性を考慮する「内なる因果」にもとづいている神実主義。それはマジックリアリズムとも異なる特異な幻想的表現を生成し、貧しい小村である炸裂をまたたく間に大都市に変貌させる奇想天外な構造を体現します。本作の中心的存在である孔明亮と朱頴の果てしなき対立をはじめ、欲望や嫉妬に駆られるまま謀略と迷走を繰り返す孔兄弟や彼らにまつわる人々の群像劇は斬新で、従来の分野におさまらない自由な世界が築かれています。盗賊と娼婦の神話でもあり、ディストピア小説でもあり、現代社会に対する壮大な諷刺詩でもある『炸裂志』の誕生は悦ばしい事件でした。
今や中国文学界において大きな影響力を持つ閻連科。2016年終了時点、中国大陸における氏の最新作がいち早く完訳されたことは至福であり、深く感謝するとともに推薦します。

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【推薦者】野谷 美佐緒
【推薦作品<1>】『ひつじのドリー』
【作者】ダーチャ・マライーニ
【訳者】望月紀子
【推薦文】
取り上げているテーマはクローンや報復、動物虐待など、どれも重く考えさせられる10篇の短篇集。作者のダーチャ・マライーニさんは日本に住んでいたことがあり、先の大戦では、強制収容所に2年軟禁されていたという。その経験が重いテーマとなっているのだろうが、登場人物が「黒いエナメルのくつの夫婦、おしゃれでハンサムなガラスの鍋ぶた(安物のアルミ鍋と夫婦)、空を飛びたい青みどりいろのキャベツ……」といったシュールさで、どこかクスッとしてしまうところがあるのが魅力的あり、また救われる。

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【推薦作品<2>】『古森のひみつ』
【作者】ディーノ・ブッツァーティ
【訳者】川端則子
【推薦文】
木や動物の精が住む美しい森<古森>を相続した少年と、その叔父大佐の物語。物語全体が不思議な雰囲気で包まれているファンタジー。子どもの頃しか感じられない、見えないものを、感じ、見ることのできる大佐。だからと言って、子どものようにピュアな心を持つわけではなく、とても暴力的。いろんな矛盾がありながら、少年も大佐も成長をしていく。そして物語の結末にぐっとくる。ですます調の邦訳が、物語にちょうどよい距離感をもたらしてくれている。余談だが、読了後、この岩波少年文庫での刊行約1ヶ月後に、長野徹さんの翻訳で東宣出版より同タイトル(古森の秘密)が刊行されたことを知り、こんなこともあるのだな…と思った。


【推薦者】ちゅらり
【推薦作品】『屋根裏の仏さま』
【作者】ジュリー・オオツカ
【訳者】岩本正恵、小竹由美子
【推薦文】
訥々とした素朴とも言える短文の羅列でありながら、深い情感に訴える。
惜しくも本書の翻訳の半ばで世を去られた岩本さんのお仕事を小竹由美子さんは見事に引き継がれ、どの場面で引き継がれたのかも分からない。こういうお仕事を引き受けるのは大変なプレッシャーだったと推察するが、成功されていると思う。
「わたしたち」が主人公である本書の訳者もまた「わたしたち」だ。お二方がいなければこの素晴らしい小説を読むことはなかったと思うと、感謝したい。

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【推薦者の名前】TI
【推薦作品】『メダリオン』
【作者】ゾフィア・ナウコフスカ
【訳者】加藤有子
【推薦文】
直視できない現実を証言する作者の簡潔な言葉を、訳者は澄み切った日本語に変換し日本の読者に届ける。これらの言葉を最終的に紙に定着する前に、訳者はポーランド語と日本語で何度この現実を反芻しなければならなかったのだろう。苦痛に耐え、ホロコースト証言文学の古典を日本語に移しきった訳者の忍耐と才能に敬服する。親切な訳註もついており、地名や複雑な名称を理解するのに役立つ。本文百頁の比較的薄い本ではあるが、八編の短編どれをとっても、読後感は数百頁の小説に劣らず、全て読み通すとぐったりと疲れてしまうほどだ。

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【推薦者】林 浩治
【推薦作品】『生姜(センガン)』
【作者】千雲寧(チョン・ウニョン)/
【訳者】橋下智保
【推薦文】
韓国独裁政権時代の拷問技術者とその家族の煩悶を描いた小説。韓国が民主主義を闘い取っていく過程で、権力の末端にいた者の凋落する姿と、その思春期の娘の成長と自立を描いた。時代のひずみに苦闘する少女を創造して、作者は歴史と政治のなかに個人としての人間が生きていく逞しさとひ弱さを同時に見せてくれた。


【推薦者】よだみな
【推薦作品<1>】『ユリシーズを燃やせ』
【作者】ケヴィン・バーミンガム
【訳者】小林 玲子
【推薦文】
今では教科書にまで載るような名作『ユリシーズ』。とはいえ、本書を読むと、出版に至るまでの経緯は、群像劇のようだった。当時の社会事情がていねいに説明されていて、この本がよく出版できたな、と思わせる力量がすごかった。『ユリシーズ』を読んだ人は必読。

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【推薦作品<2>】『死すべき定め――死にゆく人に何ができるか』
【作者】アトゥール・ガワンデ
【訳者】原井宏明
【推薦文】
老いていくことと、死んでいくことの生々しさがにじみ出た傑作。ぽっくりいけることがどんなに幸せか、家族に囲まれて看取られることがなんて贅沢なのか考えさせられた。

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【推薦者】田仲 真記子
【推薦作品<1>】『年月日』
【作者】閻連科
【訳者】谷川毅
【推薦文】
2014年に『愉楽』の翻訳で日本の読者に閻連科の魅力を思う存分伝えてくれた訳者が、趣きの異なる中編を訳した。学校の図書館にも似合いそうな含蓄に富んだ感動的な寓話と思いきや、閻連科らしさがそこここに散りばめられた一筋縄ではいかない作品。食料をつけ狙うネズミとの攻防や、腹を減らしたオオカミとの対峙、さらに感動的なクライマックスさえグロテスクな表現に彩られ、緩急自在に読者を愉しませる仕掛けが満載。それなのに読後の印象は軽薄に流れず、静かな余韻に満ちあふれている。谷川さんの翻訳は、この作品の多彩な魅力を誠実に、ていねいに読者に伝える橋渡しをしてくれる。

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【推薦作品<2>】『テラ・ノストラ』
【作者】カルロス・フエンテス
【訳者】本田誠二
【推薦文】
凡庸な読者にとっては、とにかくページをめくり終え、最後まで読み通すだけで達成感を得た難解な大作。同名の登場人物は各所に出てくるし、物語は時空を超えて自在に展開する。二段組1079ページの圧迫感だけでなく、長大かつ複雑な物語を咀しゃくする強靭でしなやかな想像力が読者に求められる。この作品を翻訳する、という行為がどれだけの時間と集中と疲労と喜びを訳者にもたらしたのか、想像することさえできない。いつか再読することで訳者の仕事に応えたい、と思う。
ちなみにこの作品が二次選考や最終候補に残ったら、選考委員はこれを読み通すのでしょうか。それはそれは楽しい時間になるはずだけれど、10日間ぐらい他のことは手につかなくなります。

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【推薦者】雀來豆
【推薦作品】『宇宙探偵マグナス・リドルフ』
【作者】ジャック・ヴァンス
【訳者】浅倉久志・酒井昭伸
【推薦文】
さて、なにか質問はおありかな?
と、推薦文にはふさわしくない一行から始めることについては、ヴァンスファンなら、いいよいいよと褒めてくれるだろう。いわば、お決まりの導入部であり、これで掴みはOKというつもりなのだが、果たしてどうか?

さてさて、これは「SFミステリ」である。といえば、心配になるむきも多いだろう。「SFミステリ」というジャンル自体が持つ怪しさに、不安を感じる方も多いだろうと思う。実際に、世の中には、SFミステリと称しながら、ミステリファンからも、SFファンからもソッポをむかれるような作品が多いのである。

でも、心配は無用だ。この作品は、間違いのない傑作だ。SFとミステリが見事にまだら模様に融合し、軽快で、痛快で、ダーティでシニカルな探偵をイキイキと描きだしている。どれくらい面白いかというと、まさに、「人に薦めるのが惜しい級」なのである。

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【推薦者】光枝 直紀
【推薦作品<1>】『テラ・ノストラ』
【作者】カルロス・フエンテス
【訳者】本田誠二
【推薦文】
何もかもが圧巻。破格的語り、破格的ストーリー、破格的文体、破格的スケール……。フエンテスは「最後まで読んでもらおうとは思っていなかった」らしいが、捲るページは重く、フエンテスの華麗かつグロテスクで奇怪なテクストは読者の頭を最高度に惑わせる。現代からスペイン王宮時代へ、新世界へ、縦横無尽に行き来する物語は、もっと大きな時間とスケールの中で見事に完結するかのよう。このような作品を日本語で読めること自体が一つの奇蹟でした。

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【推薦作品<2>】『水を得た魚』
【作者】マリオ・バルガス=リョサ
【訳者】寺尾隆吉
【推薦文】
『水を得た魚』で見られるのは、リョサが『フリアとシナリオライター』などで描いた二つの時空の異なる物語を並列させて描く手法。リョサの自伝的なエピソードがおもしろおかしく語ってあるということで、小説家であるリョサの背景を読み解く一つの重要な資料としても価値がある。それにしても面白い!「文学青年」リョサが色んな文学作品に出会ったり、「政治的リョサ」ではペルーの大統領候補選に至るまでの、国政治の腐敗、貧困の酷さ、権力闘争にまつわる難しさなどが如実に語られていて、どんなフィクションよりもリアルである。この本の翻訳の功績は非常に大きい。

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【推薦者】柘榴石
【推薦作品】『奇妙な孤島の物語』
【作者】ユーディット・シャランスキー
【訳者】鈴木仁子
【推薦文】
ブックデザイナーでもある著者が自由に制作した原書に比べ、翻訳では、訳者、デザイナー、印刷や組版など、多くの人々が協力しているはずだ。原著者のこだわりもあっただろうし、オリジナルを出すよりずっと大変だったのではないだろうか。
事実を淡々と述べながら叙情的な文章は訳文としても読みやすいし、大量のマイナーな地名のカタカナ表記などにも訳者の苦労が窺われる。のみならず、上記のような翻訳ならではの労を厭わずこの本を出すことを決め、日本の文芸書として美しく手の込んだ本を作り上げた編集者や出版社をも、授賞式で労っていただければと思う。

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【推薦者】ブラック
【推薦作品】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
パムクの翻訳本をいくつか読みましたが、鈴木氏ほどトルコ語を日本語に見事に訳す方は他にいないと思いました。
おかげで小説の世界に引き込まれ、難しい言い回しもありましたが、それがまた読み応えを与え、かなり満足のいく1冊になりました。
鈴木氏にはもっともっと他の小説も手掛けて頂きたいと思いました。

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【推薦者】小平キキ
【推薦作品<1>】『トランペット』
【作者】ジャッキー・ケイ
【訳者】中村和恵
【推薦文】
トランスジェンダーの天才トランペッターが死んだところから始まる。登場人物たちそれぞれの一人語りで物語が紡がれる。特異なトランペッターをめぐる語りが、家族とは何か、死とはどういうことか、子はどう自立するか、という普遍的なテーマを浮かび上がらせる。訳文がとにかく美しく、ときに激しく、淋しく、愛に満ちて……

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【推薦作品<2>】『マグノリアの花 珠玉短編集』
【作者】ゾラ・ニール・ハーストン
【訳者】松本昇、西垣内磨留美
【推薦文】
アメリカ南部のフォークロアをベースにした魅力あふれるハーストンの短編を、雰囲気たっぷりに訳している。アメリカ南部の暑さと湿度、黒人たちの息遣い。ずっと前に書かれた、ずっと前の物語だが、古さを感じさせない。

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【推薦者】ユーナ
【推薦作品】『韻文訳 妖精の女王』
【作者】エドマンド・スペンサー
【訳者】福田昇八
【推薦文】
原作はシェイクスピアと同時代に、詩人スペンサーによってエリザベスI世に捧げられた長編叙事詩で、質量ともに英文学の最高峰を誇る。アーサー王物語を題材に、妖精国女王の命を受けた騎士達が、貴婦人や魔女・竜などをめぐって冒険を繰り広げる騎士道物語で、当時の政治・宗教を盛り込みつつ、騎士が体現する徳の姿を示す寓意物語である。本書は過去に二度『妖精の女王』散文訳に携わった訳者が、従来行われてきた意味重視の散文訳とは異なり、原詩の韻律の響きまで忠実に反映させた、日本の西洋叙事詩翻訳における初の試みという。長編であるうえに、邦訳すると分量が1.5倍になるため、これまで『妖精の女王』読破に挫折した読者もいるだろう。本書は朗誦に適した口語の七五調の採用によって問題を解決し、分かりやすく生き生きとした日本語訳によって、読者を飽きさせず、最後まで楽しく読ませる。生きた詩人の姿が、日本で初めて全貌を現したといえる。


【推薦者】コウ
【推薦作品】『陽気なお葬式』
【作者】リュドミラ・ウリツカヤ
【訳者】奈倉有里
【推薦文】
1991年のソ連邦崩壊の瞬間をテレビで目撃する、ニューヨーク在住のユダヤ系ロシア人たちが描かれ、イタリア人や黒人や、ラビや正教の神父も登場。主人公アーリクは人としての才能に溢れた人だったのだと思う。女と出会い、愛し合うアーリクを不愉快だとは思えないのは、読者もまた、アーリクを愛さずにいられないからか。最後の最後まで、自由に陽気であり続けたアーリク。「カラフル」という表現が似合う、軽やかで奥深い描写と、それにマッチしたみずみずしい訳文が新鮮であった。どこにも湿っぽさがない。思春期の女子や別れた妻や愛人それぞれの視点を取り込みながら、非常に一体感のある不思議な小説である。

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【推薦者】ちくわぶ
【推薦作品】『神経ハイジャック もしも「注意力」が奪われたら』
【作者】マット・リヒテル
【訳者】三木俊哉
【推薦文】
2006年9月22日にアメリカのユタ州で起きた交通事故で、二人が亡くなる。ところが事故の原因となったドライバーは、何が起きたのかすら分かっていなかった。携帯電話のメールに気を取られ、周りが全く見えていなかったのだ。
事故の経緯を追い、科学的に人の注意力の特性を調べ、ながら運転の恐ろしさを訴えると共に、交通事故が被害者の遺族・加害者とその家族に与える壊滅的な影響を生々しく暴き、またアメリカの市民運動を支える人々の力強さも生き生きと描く、迫真のルポルタージュ。
誰もがスマートフォンを持つ今、この本が訴える危機はすべての人に降りかかってくる。

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【推薦者】みけねこ
【推薦作品<1>】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
消えた妻を探すというミステリーの形式を借りて、個人、トルコ、文学を語り尽くすパムクの手際は驚異的だ。それでいて深い余韻が残る。主人公ガーリップとともに新聞のコラムを読み、イスタンブールを徘徊するのはとても濃密で幸福な読書体験だった。そうした幸福な読書を可能にしてくださった翻訳者鈴木さんの、この多層的で迷宮のような小説を翻訳してくださったご苦労に感謝して。

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【推薦作品<2>】『ポーランドのボクサー』
【作者】エドゥアルド・ハルフォン
【訳者】松本健二
【推薦文】
ユダヤ系でグアテマラ人の作家、グアテマラの小説のはずなのにタイトルにはポーランド。この小説何なの?と思われるかもしれません。でも、境界にいる人々、境界を越えていこうとする人々を自伝的でありながら想像力豊かに描いて、これがすばらしいんです。特にミラン・ラキッチの物語とその手紙を手がかりにした作品たちにはベージを繰る手がとまりませんでした。3つの短編集をひとつにまとめた日本オリジナルの構成とのこと。それを含めて、このキラリとした作品を紹介してくださった松本さんと白水社には感謝の気持ちでいっぱいです。どこかで見かけたら、頭の中が「?」でいっぱいになっても、どうぞお手にとってみてください。

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【推薦者】新田 享子

【推薦作品】『アシュリーの戦争』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
終わりの見えないイスラム世界とアメリカの戦争に女性だけの特殊部隊をアフガニスタンに派遣する話だが、前線や訓練の様子を女性目線で描いていて新鮮。戦場のメイク、食事、トイレ、ユニフォーム、帰りを待つ夫や男親、戦争における通訳者の苦労など。男女が逆転していることで、普段は語られることのない戦争の様々な側面が描かれ、感動だけでなく疑問を抱かせ、考えさせられる。思わず映像を思い浮かべてしまう平明な文体もすばらしい。なぜそこまでして彼女達は前線に立ちたかったのか、愛国心という自己実現だけのためなのか、おそらく読後に皆思うことだが、一考の価値のある疑問だ。

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【推薦者】ソーダ アイス
【推薦作品】『ラスト・ウィンター・マーダー 』
【作者】バリー・ライガー
【訳者】真木満園
【推薦文】
さよならシリアルキラーシリーズ3巻を通して、魅力的なキャラクターたちが躍動していました。愛情深いガールフレンド、人がいいが病弱で問題児な大親友、狂った家族、自分が正気を保っていられるのかを疑心暗鬼になっている主人公。各巻毎に新しい登場人物たちが登場し、事件への関与の仕方も様々。すんなり感情移入できるのは、翻訳の妙。この方にはどんどん翻訳をしてほしい。

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【推薦者】千葉 聡
【推薦作品<1>】『あの素晴らしき七年』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】秋元孝文
【推薦文】
イスラエル生まれの流行作家による自伝的エッセイ集。30編ほどの短いエッセイの中には、人生の深刻な側面に触れてもユーモアを忘れない逞しさが感じられる。無理に笑おうとするのではなく、周囲を少し違う角度から眺め、物書きの誠実さを持ち続けようとしている。
訳文は平明で読みやすく、90年代の日本の若手作家の文章ような雰囲気。
明るい語り口に耳をすませているうちに、急に遠い場所に連れていかれてしまう。ぜひご一読を。

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【推薦作品<2>】『シャーロック・ホームズ大図鑑』
【作者】デイヴィッド・スチュアート・デイヴィーズ ほか
【訳者】日暮雅道
【推薦文】
シャーロック・ホームズに関するありとあらゆる事柄が解説されている。百科事典のような常識的解説ではない。解説文はどれも長く、読者に一冊を通読させることを想定している。ホームズが登場するすべての長、短編の内容に触れており、まるでホームズという実在の人物の評伝のように思える。
ただし、ホームズものを未読の方は絶対読んではいけない。作品解説は、どれもネタバレばかりだから。

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【推薦者】まぐりふ
【推薦作品<1>】『怪談おくの細道』
【作者】作者不明
【訳者】伊藤龍平
【推薦文】
江戸時代の俳諧説話本「芭蕉翁行脚怪談袋」の現代語訳。1つ1つのエピソードに付記された訳者による解説が、むしろ本編以上に楽しい。時に作品の背景を詳細に解きほどいたり、時に破綻した内容に身も蓋もないツッコミを入れたり。訳によって原書の面白さが最大限に引き出された好例と思う。

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【推薦作品<2>】『処刑人』
【作者】シャーリィ・ジャクスン
【訳者】市田泉
【推薦文】
思わせぶりで仄めかしに満ちた原作の繊細な空気を、そのまま再現することはとても困難と思うが、日本語としての読みやすさを損なうことなく訳出していると感じた。自らの不安を皮肉や悪意で覆い隠そうとするかのようなヒロインの独白は、その鋭利さと脆さが訳文からもしっかりと感じられた。
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【推薦者】えんがわ
【推薦作品】『ニコマコス倫理学』
【作者】アリストテレス
【訳者】渡辺邦夫・立花幸司
【推薦文】
アリストテレスは退屈で凡庸、と言われることもあるようなのだけど、私にとってのアリストテレスはまっとうなことをまっとうに言う、という実務的な現実主義者で、個人的にはその割り切った考え方に好感を持っている。本書で特に興味深いのは前半3巻で、様々な概念を切り分けて明らかにしていくのだけど、ここでの考えの進め方、その切れ味、ダイナミックさがとても面白い。それはどちらかと言えば、道の正しさというよりは道筋の面白さを味わうようなものだと思う。また、こうした哲学書では大体の場合、脳内で、文意を補ったり前の議論を参照したり、という作業を行いながら読み進めることになるのだけど、この本ではその補い方が丁寧で、かつ「ここは補っている」ということが明確にわかるようになっている。そのおかげで、補い方を無視してみたり、検討してみたり、といった読み方も楽しめる本になっていると思う。

書影

【推薦者】大澤 さつき
【推薦作品】『黒い本』
【作者】オルハン・パムク
【訳者】鈴木麻矢
【推薦文】
翻訳小説でこれほどの傑作があり得るのか。まず、本書はかなりの難解だが、しかしそれは決して翻訳書であるがゆえではない。そもそもノーベル賞作家オルハンパムクの長編小説たるもの。超絶した文章表現のほか、書中にいくつかの仕掛けが存在する。その巧みさは文学書を超えて芸術的だ。例えば、奇数章は主人公主体で物語が描かれ、偶数章は物語の鍵を握る人物による新聞コラムという組立て。コラムは、主人公の推理を導く重要な役割を果たす一方で、その奇想天外なテーマが我々読者を異世界へといざなう。さらに暗喩として物語全体の主題へと絡み合っているのだ。そして最終章に突如現れるパムクの語りは圧巻である。読者が「夢遊病者」のように酩酊していることもお見通しだ。作者が拘る「文章」による仕掛けこそ、この本を難解にしており、そして深奥を究めた翻訳はこの傑作を立体的に楽しませてくれる。

書影

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【推薦者】木村 朗子
【推薦作品】『アメリカーナ』
【作者】アディーチェ
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
『アメリカーナ』の主人公は、ちょっとハッチャケた感じの女の子。その感じを気持ちよく楽しめる翻訳でうれしくなる。初恋のそして生涯の恋人のあだ名が「シーリング」なのだけれど、ここはやっぱり「天井くん」なんかではダメなわけで、といった、そんな細かいところを含めて、とにかくウキウキと読める。

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【推薦者】鈴木sun
【推薦作品】『夜、僕らは輪になって歩く』
【作者】ダニエル・アラルコン
【訳者】藤井光
【推薦文】
南米=明るい、というイメージを覆す小説。人間の奥底に潜んでいる狂気がうっすらと見え隠れして、読み進めるほど恐ろしくなってしまいました。

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【推薦者】白井藤子
【推薦作品】『Inside IS 10 Tage im “Islamischen Staat「イスラム国」の内部へ 悪夢の10日間』
【作者】ユルゲン・トーデンヘーファー
【訳者】津村正樹、カスヤン・アンドレアス
【推薦文】
「対立する二つの、どちらの意見も聞かなければ真実は分からない」という信念に基づいて、IS領内を取材したルポタージュ。この本を読むと、西側諸国の違法行為における知識と共に、どうしてISができたのか、どうしてIS戦闘員でいるのか、などの疑問に対するの生の返答を聴くことができる。
日本でもこのルポタージュは読まれるべきだと、翻訳・出版に尽力した翻訳者。後書きに、いろんな出版社に出版を断られたと書いてある。いろいろな人の思いと使命感によって、この本を手に取って読むことができ、ISのこと、イスラム教のことを考えるきっかけをくれた。

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【推薦者】山川高史
【推薦作品】『アシュリーの戦争 -米軍特殊部隊を最前線で支えた、知られざる「女性部隊」の記録』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
2011年当時、米軍を中心としたのアフガニスタンでの対ゲリラ戦争において、女性兵士が戦争前線で活躍する先駆けとなった女性部隊のドキュメンタリー。
映画を観ているような生々しさがあった。訓練の様子や仲間・家族とのやりとり、登場人物の内面、戦場の描写、そして、物語の展開。それでいて、活字の方が、映画よりもドキュメンタリーの重さを感じるようにも思えた。国を守ることと戦争、誇りと戦場に自己実現の場を求めること、そして、その日米の差。また、社会における男女差、自己鍛錬やリーダーシップ・チームワークと友情、家族の愛、といった一般社会共通のテーマ。と、いろいろ考えさせらるものであった。実話だけに、主人公の結末、そしてその後の各人物の物語も、心に沁みた。

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【推薦者】赤井 直美
【推薦作品】『アシュリーの戦争 -米軍特殊部隊を最前線で支えた、知られざる「女性部隊」の記録』
【作者】ゲイル・スマク・レモン
【訳者】新田享子
【推薦文】
元の著作が英語で書かれたもの、と感じさせない、自然な文章と等身大の現代女性の言葉遣いで一気に読めた本であった。そして、その淀みない日本語のおかげで、この物語の中にあまりにもたやすく入り込み、結果その物語に大きな衝撃を受けた内容だった。
現在自分も住むこの世で、しかも先進国であるはずのアメリカで、にわかには信じ難い男尊女卑がある現実、日本人にはわかり得ない戦闘への強い欲求、「戦争の最前線に行きたい」、「行って自分の力を出し切って戦いたい」=国を守るという前提で人を殺したいのか?と最後まで疑問を抱きながら読んだ。
この本の中には、スターはいない。ただ自分の職業を大切に思い懸命に努力を続ける、どこにでもいる女性達がいるだけ。そして訳者自身が誰よりもそのことを良くわかってこの本を読んだ一人、と感じることが出来た。

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【推薦者】エレーナ デバラスク
【推薦作品】『拾った女』
【作者】チャールズ・ウィルフォード
【訳者】浜野アキオ
【推薦文】
32年生きてきてはじめて読んだノワール小説がこれ。とにかく最後の仕掛けにはやられた。読み応えのある「物語」でその他の作品も読みたいが、どれも絶版。チャールズ・ウィルフォードの作品をもっと読みたい!

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【推薦者】バンデラス
【推薦作品】『傷だらけのカミーユ』
【作者】ピエール・ルメートル
【訳者】橘明美
【推薦文】
部下に裏切られ、妻を殺されたカミーユ警部事件簿最終巻です。
今作では強盗犯を目撃したカミーユの恋人が命をしつこく狙われます。前作同様、どんでん返しと細かなカミーユの心理描写は健在。事件当日を含めてわずか3日間しか描かれませんが、警察の動き・常に裏をかいた犯人の行動・カミーユの焦りと苛立ちが入れ代わり立ち代わり描写され、息つく暇がありません。何より主人公と女性の絡め方が巧くて、伏線回収もかなり大規模でした。また、スピード感を煽るように、短い描写とセリフが連なった訳文のため描写は軽快で、与える印象は非常に重たいものになっています。
事件の傍観者の視点で読んでいたはずが、気付くとカミーユの視点で事件を見ていて、読み終わった後に深々とため息をついてしまいました。感情移入度ではベストの作品でした。

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【推薦者】化け猫 あんず
【推薦作品】『マナス』
【作者】アルフレート・デーブリーン
【訳者】岸本雅之
【推薦文】
この物語に合うやわらかで力強い魔術的で独特な日本語訳が記憶に焼きついた。もうこの訳でしか記憶が再生されないと思う。内容も翻訳もすばらしかったです。

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【推薦者】三柴ゆよし
【推薦作品】『襲撃』
【作者】レイナルド・アレナス
【訳者】山辺弦
【推薦文】
アレナス畢生の<ペンタゴニア(苦悩の五部作)>、その最後を飾る本書『襲撃』は、第一作『夜明け前のセレスティーノ』から十有余年の月日を経て、またいかなる偶然か、フィデル・カストロの死という、大きな歴史的転換点に重なるかたちでの翻訳、出版となった。
ほとんど幼児的ともいえる想像力に満ちた物語はもとより、文体のうえでも、セリーヌやギュイヨタを髣髴させる暴言や、多くの言語遊戯が駆使されており、日本語への翻訳は困難を極めたとおもわれる。
輓近、いくつかの叢書が発刊され、新しい作家のみならず、いまだ訳されざる古典作品の紹介も進むラテンアメリカ文学のなかでも、その期待値の高さを裏切らない内容と翻訳の精度ゆえ、ここに第三回日本翻訳大賞に推薦するものである。


【推薦者】timeturner
【推薦作品<1>】『奇妙な孤島の物語:私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島』
【作者】ユーディット・シャランスキー
【訳者】鈴木仁子
【推薦文】
海によって隔絶された場所、閉ざされた空間でしか起こりえない人間ドラマの数々。実話に基いているにも関わらず、いや、だからこそ、起承転結や納得のゆくエンディングはなく不思議に幻想的だ。よけいな飾りを排したそっけないくらいの文体なのに、情景描写には強いイメージ喚起力があり、ほのかなユーモアや鋭い批判精神も垣間見えて、上質なショートショートを読むように楽しめる。翻訳の力が大きいと思う。

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【推薦作品<2>】『トランペット』
【作者】ジャッキー・ケイ
【訳者】中村和恵
【推薦文】
センセーショナルな題材を扱いながら下卑たところがない。死んだ人間について妻が、息子が、ジャーナリスト、友人、母親、幼馴染、医師、葬儀社員、戸籍係が語るうちに、語り手それぞれの生き方が見えてくる。しかもその語り手ごとに独自の音色やメロディ、リズムがあり、その音からも語り手の性格が響いてくるところが凄い。詩人でもある作者ならではの魅力的な文体だと思ったし、それを読者にも感じられるよう日本語にうつしとった翻訳も素晴らしい。

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【推薦者】中島 はるな

【推薦作品】『秘密の花園』
【作者】バーネット
【訳者】畔柳和代
【推薦文】
少女の時、私たちは沢山の未知なるものに囲まれ、胸を高鳴らせていた。その正体を知った大人の女性たちにもう一度読んで欲しい。
子ども時代の読書を振り返るとき、女性の多くの人がこの物語を思い起こすではないだろうか。読み終わったあと、土を掘り返して鍵を探したり、自分だけの庭づくりに励んだ人もいるだろう。当時の胸の高鳴りは、大人になった今、どのように彼女たちの体内で響くのだろうか。
児童書としてではなく、大人向けに新たに訳された本書は、もはや単なる時の流れでしかない季節の移り変わり、意識さえしない呼吸、体温、それらの当たり前をキラキラと輝かせ、生きる歓びを教えてくれる。大仰な表現ではあるが、そうとしか言いようがない。
読んだそばから目の前の景色が変わる幸せを感じて欲しい。

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【推薦者】奥村 ペレ

【推薦作品】『テラ・ノストラ』
【作者】カルロス・フエンテス
【訳者】本田誠二
【推薦文】
物理的に重い本だ。なぜか。フェリペⅡ世にとって「書かれたものだけが事実であり、それ以外は真実である証明をもたない」(本書)、だから書物は紙数をかさね膨大な重量をなす。ヘーゲルはいう。事実としての出来事は書かれることによって初めて歴史として認識されると。では物語=歴史は直線性をその宿命とするのか。ここがキモだ。本書はフエンテスの「時間を巡る物語」である。彼はいう。歴史は無数の出来事の可能性を孕んで円環し、存在するものはすべて思考され、思考されるものはすべて存在すると。意識もそうだ。無数の可能性から無数の他の可能性を排除して成立している。ではどこに存在するのか。それは情報として私たちの意識・記憶のなかにだ。その情報は時間を超越する。フエンテスはいう。書かれたものの神秘が空想的であればあるほど人はそれを真実とみなす。現実は病んだ夢。ユートピアは未来でなく無数の可能性から選択された現在のことだと。

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【推薦者】炊飯器
【推薦作品】『むずかしい年ごろ』
【作者】アンナ・スタロビネツ
【訳者】沼野恭子・北川和美
【推薦文】
SF的な要素や文体レベルでの反転を重ね、恐ろしくも日常生活のつらさや疲労が立ち込め、切ない印象を受けるホラー短編集。
表題作はなによりも語るということを恐怖の核としていて、読者を信頼した書き方はぐっとくる。簡単にあらすじをいうと、蟻がやばい。
収録作すべておもしろかったが、「生者たち」は本当にすばらしかった。読み手の予想が滑らかに裏切られ、柔らかな語りが急激に張り詰めていく。終末的だがどこかとぼけた、それ故に寂しさに満ちたこの短編は幻想・奇想文学のなかでも群を抜いていると思う。ぜひもっと読まれてほしい。
78年生まれのスタロビネツが26歳のときに刊行した本書が初の邦訳書であり、訳者あとがきによれば自身でも”ハイブリッドな作家”だと語る彼女の作品がデビュー以降どのように進化しているのか、アンナ・スタロビネツの続刊を一刻も早く日本語で読みたい。

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受賞挨拶と朗読 キルメン・ウリベ

受賞作『ムシェ 小さな英雄の物語』(金子奈美訳・白水社)の作者キルメン・ウリベさんから届いた挨拶と朗読の動画を掲載します。
(近日中に字幕をつける予定です)


 

キルメン・ウリベからのメッセージ
金子奈美訳

あらゆる作家、多くの作家は、自分の最初の記憶は何かと自問するものです。たとえば、ロバート・グレーヴスは『さらば古きものよ』という本のなかで、自分の最初の記憶はパレードだと語っています。王室の馬車がロンドン市内を通り抜けていく、そのパレードの光景が、彼の思い出す最初の記憶なのだと。エリアス・カネッティもまた、ある兵士の姿、兵士の軍服の赤い色を、記憶にある最初のイメージとして回想しています。
僕の場合、最初の思い出は視覚的なイメージではなく、聴覚的なものです。なぜ聴覚的かというと、その思い出を、声のざわめき、言葉のリズムや抑揚とともに記憶しているからです。言葉の意味もわからず、言語そのものすらまだ理解していなかったというのに。
漁師だった父が月に一度海から戻ってくると、それは早朝で、僕たち子供は大抵まだ眠っていたのですが、母と叔母と父は三人で台所に集まり、話し込んでいたものでした。僕の最初の記憶は、そのざわめき、そのリズム、その音楽です。僕が思うに、作家はその音楽から、その元々の音楽、リズムから作品を生み出します。そしてそのリズムが、言葉へ、言語へと変化するのです。
翻訳家の仕事は、原書の言語からその元の響きへと接近し、そこから第二の言語へと言葉を運んでいくことです。翻訳者は作品を書き直し、あるいは再創造します。つまるところ、翻訳者もまた作家なのです。だから、訳者の金子奈美さんに、出版社の白水社に「おめでとう」を、そしてあなたがた、読者の皆さんに感謝の気持ちを伝えたいと思います。どうもありがとうございました。

受賞挨拶 パトリック・シャモワゾー

受賞作パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ訳・河出書房新社)の作者、パトリック・シャモワゾーさんから届いた挨拶を掲載します。


 

ある作品が丁寧に翻訳されるとき、その作品の言語は、ほかの言語にとって手が届きやすい存在になるだけではありません。
翻訳は、真の意味で二つの言語を関わらせる行為なのですが、そこで関係を持つのは、翻訳という文学言語の錬金術によって伝達可能なものばかりではなく、同時にその明白さの内部そのものに生息する、伝えられない何ものかでもあるのです。つまり、言語の不透明さ、還元不可能なあらゆるもの、すべての差異もまた、翻訳の中で関わりあっているのです。
翻訳者はそのようにして「世界のさまざまな色調を組織化し調和させる」存在です。翻訳者は、光と影を同時に見守る言葉の羊飼いにほかならないのです。
そうしてこの羊飼いは、予測不可能な遭遇や接触のまっただ中でも、ダメージを受けることなく移動を続ける私たちの想像力、そしてその多様性の世話をし続けてくれています。
関口涼子さん、パトリック・オノレさん、そうした歩みの中にある詩の精神を開示して頂いたことを深く感謝しています。

受賞挨拶 パトリック・オノレ

受賞作パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ訳・河出書房新社)の訳者、パトリック・オノレさんから届いた挨拶を掲載します。


日本翻訳大賞、本当にありがとうございました。共訳者としてこの素晴らしい賞をいただくなんて夢にも思っていなかったので、受賞のお知らせを頂いたときには本当に驚きました。

関口さんは『訳者あとがき』で、「この作品ほど、自分が「翻訳者」であろうと意識した作品もなかったような気がします」と書いていますが、僕も、まったく同じ感慨を抱いています。

 『素晴らしきソリボ』を翻訳する作業は、一つの文章を片付けて次に進む、という単純な作業とは全く異なっていました。

 以前に自分が仏語に訳した日本の文学作品、すでに何年も前に翻訳を終え、「箱の中」にしまい込んでいたこれまでの仕事のすべてを、『素晴らしきソリボ』の翻訳作業には総動員させたように思うのです。たとえば古川日出男氏の『ベルカ、吠えないのか?』をフランス語に訳した時、その中の名文句「犬たちよ、どこにいる?」で悩みぬいた記憶が、『ソリボ』の献辞にある、ハイチの歌手のアルティエリー・ドリヴァルの言葉、「おれたちの居場所はどこだ」を読んだ途端、よみがえってきました。ロジックな連想ではないかもしれません。しかし、翻訳という行為自体が、手作業の、そして、理性では片付けられない部分を含んでいるのではないでしょうか。そして、ソリボの素晴らしき言葉は、世界文学が、私たちの誰もが思いも寄らないところまで、自由にかつ複雑に繋がっていることを教えてくれているように思います。

 また、「ソリボ」はクレオール語で「転落、退廃」の意味で、即ち作中人物のソリボ・マニフィークの名前は「素晴らしき転落者」になります。これが、カナダ人の、詩人、作家兼フォークシンガーであるレナード・コーエンの小説の題名『Beautiful Losers』(日本では「嘆きの壁」という題名で出ているようですが)とも重なってくるのは偶然ではないでしょう。さらに、ジャック・ケルアックの『The Dharma Bums』( 邦題『禅ヒッピー』)は、フランス語を経由すると「Les clochards célestes」、「天空の乞食」となり、ここでもソリボと繋がってきます。ビート文学とクレオール文学に手をつながせる、パトリック・シャモワゾーの細部までこだわったパワフルな言葉の力を借りることで、世界は何重にも響き合い、変容し、打ち上げ花火のようにきらきらと舞って、あちこちで物語を繰り広げてくれるのではないでしょうか。

 これからも僕たち翻訳者は、文学の多様性を掘り出し、「島々」の文学の種を移植し花を咲かせていこうではありませんか。

受賞式挨拶 関口涼子

第二回翻訳大賞授賞式はぶじ終わりました。応援してくださったみなさま、ありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。

受賞作パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ訳・河出書房新社)の訳者、関口涼子さんから、受賞挨拶が届きました。


受賞式挨拶 関口涼子

このたびは、日本翻訳大賞という、愛すべき語り部ソリボにこれほどふさわしいものはない賞を頂き、本当にうれしく思っています。というのも、この、『素晴らしきソリボ』という小説は、それ自体が、作者と翻訳者、書かれた作品と翻訳者の対話としても読めると思うからです。
語り部ソリボが最後に残した言葉を何とか紙の上に残そうとする、「言葉を書き留める者」シャモワゾーの姿は、原文の声をどうにかして自分たちの言葉にまで連れてこようと格闘する翻訳者の作業そのものです。困難な、そして時には不可能な行為だと分かっていながら、それでも、語りを紙の上に写し取ろうとすること。作品の中にもあるように、息が続かなかったり、リズムに欠けていたり、「声に集中すると身体はおろそかに」なり、「身振りがやっと出てくると声は消えて」しまったりしながら、それでもわたしたち翻訳者が「言葉を書き留め」ようとするのは、その声の断片だけでも伝えられることがあると信じているからです。
わたしたちが翻訳する本は、どんな本であれ、翻訳について多くのことを翻訳者に教えてくれますが、その中でも、『素晴らしきソリボ』というこの作品、そして語り手ソリボは、数え切れないほどのことを私たちに教えてくれました。そのうちの一つに、「複数で翻訳すること」というのがあります。
パトリック・オノレさんとの共訳を決めたのは、最初は、一筋縄では行きそうもないこの作品を訳すに際し、クレオール語の会話や技術的な問題を解決するためだったのですが、最終的に、二人で訳すことは、この作品には欠かせない作業だったと実感しています。
何重にも響き合い、変容し、打ち上げ花火のようにあちこちで物語が繰り広げられるこの作品を訳すに当たって、パトリックさんは、「すでに何年も前に翻訳を終え、「箱の中」にしまい込んでいたこれまでの仕事のすべてを、『素晴らしきソリボ』の翻訳作業には総動員させた」と語ってくれました。そして、彼がこれまでに訳した多くの作品、そしてわたしが訳して来た、彼の仕事よりはずっと少ないですが、複数の作品や作家の声を繰り出すことで初めて可能になる言葉があったと、わたしは考えています。さらに、二人で、作品について語り合うことで、一人で考え込んでいるよりもずっと自由になることが出来、また、思い切った試みが可能になった部分もあったと思うのです。
パトリックさんは、『素晴らしきソリボ』は、唐突に思われるかも知れないが、ビート文学とクレオール文学に手を繋がせるパワフルな言葉に溢れている、とコメントしていました。私の方は、ソリボの口上を訳しながら、沖縄の漫談師、小那覇舞天のCDを聴いていました。雑多な言葉を、それこそ総動員することで、やっと紙の上に「写し取る」ことが出来たのではないか、そう思っています。
翻訳者の仕事は孤独なものですが、今回は、二人で訳す、という作業があっただけではなく、訳すにつれて、作品の中に出て来る登場人物の声が部屋の中にこだまし出す、例外的に賑やかな翻訳体験をすることが出来ました。それというのも、わたしたちのこよなく愛する素晴らしき語り部ソリボのおかげであり、わたしは、この賞は、パトリック・オノレさんとわたしだけではなく、ソリボ、そして「言葉を書き留める者」鳥ッ子シャモワゾーの四人に与えられたのだと思っています。
授賞式が終わったら、ソリボにティポンシュの一杯でもおごりに、フォール=ド=フランス、または新宿かもしれませんが、彼の行きつけのバーに顔を出してみたいと思っています。
今回は、本当にありがとうございました。

中間報告会リポート

2016年4月1日に代官山蔦屋書店にて行われた「第二回日本翻訳大賞中間報告会」の様子をテキスト化しました。
登壇者は、第二回翻訳大賞選考委員の、金原瑞人さん、岸本佐知子さん、柴田元幸さん、西崎憲さん。
司会は翻訳大賞実行委員の米光一成さんです。
(※選考委員の松永美穂さんは急病のため欠席しました)

(テキスト化:与儀明子)


12月の本って可哀想

米光 今日は日本翻訳大賞の中間報告会におこしくださりありがとうございます。日本翻訳大賞は、西崎憲さんの「翻訳賞は必要だ」というツイートをきっかけに、去年スタートした賞です。

西崎 そうですね。

米光 クラウドファンディングによる皆さまのご助力のもと、第一回目が行われました。第一回は成功したと言っていいですよね?

西崎 はい。授賞式に300名以上が集まってくださって。

米光 トークイベントあり、朗読ありの授賞式で。翻訳に興味のあるひとのお祭りみたいなかんじ。で、第二回目です。おととしの12月から去年の12月までに出た本を対象に、読者の方から推薦文を送ってもらって。

西崎 そう。対象期間が13ヶ月間です。

米光 なぜかというと、12月の本っていつも可哀想じゃないですか(場内笑)。投票者が読み終わらなくて、入れてもらえない。そこで金原さんが妙案を思いついた。12月だぶってもいいじゃーん。

金原 11月もちょっと可哀想ですけどね。

米光 そうするとどんどん延びちゃうからね。

西崎 一月あれば読めるだろうということで。

米光 で、二次選考対象作品15冊が選ばれて、それを選考委員が手分けして読み、最終選考候補作5冊に絞られました。残った5冊について今ここで話して、選考結果が出ちゃうと、それはね、ちょっと早いだろーってことで。今日は中間報告会として、15冊を取り上げつつ、翻訳について話していけたらと思っています。

ジャンルへの愛があふれてる

米光 西崎さんは、15作のなかで気になった作品はありますか?

西崎 ニック・ハーカウェイ『エンジェルメイカー』(黒原敏行訳/早川書房)とケン・リュウ『紙の動物園』(古沢嘉通訳/早川書房)が印象に残りました。

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落ちてしまいましたけどね。

米光 『エンジェルメイカー』はエンターテインメント長編です。

西崎 黒原さんの訳文は、エンターテイメントとして淀みなく読める。あと、ジャンルを愛しているのがすごくわかる訳なんですよね。ジャンルに対する愛が翻訳に必要かどうかは、ちょっと微妙ですけれど、読んでいて気持ちがよかった。

米光 『紙の動物園』はSF短編集です。

西崎 たいへん評判になってよく売れました。又吉直樹さんの推薦文が帯についています。伝統的な叙情性のあるSFがアップデートされたような作品で、SFファンじゃない方々にも受け入れられた。これもジャンルに対する愛があふれています。SFの翻訳者には、伊藤典夫さんや浅倉久志さんなど有名な方がたくさんいて、その伝統に即した翻訳になっています。この二冊が落ちてしまったのは残念かなあ。あと、李炳注『智異山』(松田暢裕訳/東方出版)。これは労作です。

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米光 分厚い。上下巻、しかも二段組み。

西崎 史実をもとに書かれた韓国の長大な大河小説です。パルチザン、政府に反抗した人々がいて……という。これを一人で訳すというのは、それだけですごいなと思います。

どういう翻訳書を評価するのか

柴田 翻訳大賞はどういう翻訳書を評価するのか。今年もそれを考えながら読みました。ぼくらがひとまず合意してるのは、「こういう翻訳を応援したいと思う本に賞を出す」。これは公式サイトにも明文化してあります。でも、どういう本を応援したいかについての合意はありません。なくていいと思っています。それは一人一人が考えればいい。

西崎 そうですね。

柴田 で、今回、読みながら考えたのは、作品の良さと切り離して翻訳の良さというものを考えることはできるのか。英語圏ではない本もたくさんありますから、原文が読めないものも出てくる。原文も見ないでこの訳文はいいとか悪いとか言う権利はあるのか。

西崎 うんうん。

柴田 ある、と思いました。

西崎 あははは。

柴田 この訳文はいいなとか、作品はいいけどこの訳文は嫌だなっていうのは、やっぱり明らかにある。勘違いの場合もあるかもしれない。でも、読書の実感として、間違いなくあります。

ジャンルを壊すような訳文

金原 その「いいな」「嫌だな」について、もっと詳しく聞きたいです。

柴田 西崎さんがさっきおっしゃったジャンルへの愛の、逆になるのかもしれない。むしろ、ジャンルを壊すような、あるいはジャンルの約束事を抜け出るような訳文に、ぼくは開放感をおぼえる。それが快感なんです。自分を棚に上げて言いますが(笑)。よくあるような手堅い翻訳とは、違うものがあるのがいいんだな。

金原 それは一種の違和感みたいな?

柴田 そう。それが快い違和感なのか、嫌だなあ、みたいな違和感なのか。

金原 嫌だな、という違和感もOKなんですか?

柴田 嫌だな、の質によりますね。単に「下手だなあ」と思える嫌さもあるし。

岸本 違和感がいいほうに出ている翻訳で、これっていうのはありますか?

柴田 ぱっと思いつくのは、西成彦さんが訳したヴィトルド・ゴンブローヴィッチの『トランス=アトランティック』(国書刊行会)。

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たしか中原昌也さんが推薦文書かれていますよね。ああいう壊れたかんじは、ぼく自身うまく表現できない。よけいに憧れます。

 

岸本 それはつまり、細かく見たら原文から逸脱しているけれども、その逸脱も含めて、作品に合っているという。

柴田 いえ、原文はポーランド語なのでわからないのですけれども、もしかしたら原文も壊れていて、そのかんじが出ているのかもしれない。そう思わせるものがありました。

米光 町田康さんの「宇治拾遺物語」はどうですか。

西崎 『池澤夏樹個人編集日本文学全集8 宇治拾遺物語ほか』(町田康ほか訳/河出書房新社)ですね。

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米光 15冊には入らなかったけど、入るんじゃないかって言われてましたよね。

西崎 読者から何票か来ましたね。あれは、町田さんの訳によって、「宇治拾遺物語」に目が行けば成功だと思います。

柴田 そうですね。

西崎 そこの功績は大きい。

柴田 「宇治拾遺物語」は日本語で書かれてはいるけれど、たぶん、現代のアメリカ小説より、我々にとって遠い。

西崎 うん。

柴田 遠いものを訳すときに、強引にこっちに引き寄せることで、とにかくアクセスできるようにするっていうのは、うまく行けばすごくいいことだと思う。

金原 原文に当たっているのか重訳なのかはわかりませんが、どこにポイントを置いて訳しているのか聞いてみたい。池澤夏樹さん訳の『古事記』にしても。

柴田 池澤さんの場合は原文寄りでやっていると思いますね。専門家の三浦佑之さんにチェックしてもらっていますから。

金原 そうですね。

自分が世界の一部である感覚

柴田 で、15作のなかで、ありがちな翻訳の型からいいかんじに外れてるな、と思ったのが、マリ・ゲヴェルス『フランドルの四季暦』(宮林寛訳/河出書房新社)。

書影

1938年に書かれたものです。一段落読みます。

家が、そして庭が、私の世界であり、私の楽園でした。……(略)……木立ちに差す太陽が、私たち一家の太陽でした。雨は親しげに腕を差し伸べてくれ、雲が庭の真上に差しかかった時点で、早くも私だけの雨になるのでした。雪は静かに降り積もって、純白の楽園に私を招いてくれました。そして窓から身を乗り出せば、私の小さな顔が下の池に映って、微笑み返してくるのを見ることができたのです。

人間の主語がひとつも書かれていない。「私は」「私の母は」とかが一切ない。これ以外の箇所も、そういう主語がとても少ないんですね。主語を抜くのがうまい翻訳だとはよく言われるけれど、これはそれだけじゃない。『フランドルの四季暦』は、自然のなかに溶け込んで暮している人の語りです。世界と調和する感覚、自分が世界の一部である感覚が、人間の主語を極力抜いた訳文にあらわれている。翻訳文学のありがちな型から快くずれていて、いいなと思いました。全編綺麗な言葉が連なるかんじに、乗れる人と乗れない人がいるだろうな、とは思いますが。

金原 メールで、21世紀らしくないところがいいって言ってましたよね。それはどういう意味ですか?

柴田 世界と人が調和できるという暗黙の前提が感じられるところです。今も、同じような状況で生きようとする人はいるけど、ここまで人間と自然の調和を前提には書けないんじゃないか。そのあたりが、ですます調の優しい調子の訳文にあらわれている。

ブラッドベリみたいなセンチメンタリズム

米光 金原さんは、印象に残っている作品はありますか?

金原 推した作品はだいたい最終選考の5作に残っています。

西崎 そうなんだ。

金原 でも、SF短編集の『紙の動物園』は、どの短編を読んでも面白かった。

書影

レイ・ブラッドベリみたいなセンチメンタリズムをうまく現代に取り込んで、さらに東洋テイストを加味していて。

西崎 ぐっと来るものがありましたよね。

金原 うん。あとは、ステファン・グラビンスキ『動きの悪魔』(芝田文乃訳/国書刊行会)。

書影

帯によると、ポーランドのポー、ポーランドのラヴクラフトという。さらに語り口はディケンズ風の短編集です。ぜんぶ鉄道に絡んでいて、「鉄」と言われる人にはたまらない一冊。

西崎 怪奇ファンにおすすめしたい。

金原 現代風の捻りもうまく効いています。面白かったな。

作品の良さも審査に関係する?

柴田 ということは、やはり、金原さんは作品の良さも審査の要素に入れるってことですか?

金原 うん。

西崎 それは当たり前じゃないですか。

米光 そうなの?

金原 これはこう訳してるけど原文はこうだろうなって勝手に修正しながら読んでしまうという悪い癖がぼくにはあって。

柴田 それは、作品に対する評価じゃないですか。

金原 そうです。

柴田 我々は、翻訳を評価してるんじゃないの。

西崎 はっはっはっは。

金原 そうなんですけどねー。

柴田 そこは自分でも答えがなくて。

金原 うんうん。

柴田 ひとつの極端な選考のありかたとしては、もう作品の質はいっさい問わない。翻訳の質だけ考える。でも、それは原理的に無理だろうとも思う。

西崎 はい。

訳文からどれだけ快楽が伝わってくるか

柴田 やっぱり翻訳の良さって、訳文からどれだけ快楽が伝わってくるかで決まる。ろくでもない作品だったら、もともと快楽ないですから。ないところに快楽を作っている翻訳も一部にはあって、そういうのをむしろ持ち上げたいですけど、まあ、ふつうはやっぱり選考に作品の面白さは入らざるを得ない。それをどこまで入れるか。

金原 難しいですよね。

岸本 私もそれを考えていて。でも、トータルで面白いと感じるものに翻訳の良さが入っているはずだという考え方です。だから作品の質を抜かしてこの翻訳はいいとか悪いとかって、そんなに批評しない。

柴田 なんかさー、ぼくだけ性格悪いみたい(笑)。

岸本 いやいやいや、そんなことないです(笑)。なんか、流派に名前つけたいですね、翻訳原理主義とか。なのでまあ、そういう意味で印象に残ったのは、パトリシア・ハイスミス『キャロル』(柿沼瑛子訳/河出文庫)です。

キャロル

居場所がない人間の足掻き

金原 最近映画化もされましたね。

岸本 それでご存知の方も多いと思います。パトリシア・ハイスミスは「イヤミスの女王」と言われてますけれども、イヤな話でもなく、ミステリでもなく、切なくて美しいストレートな恋愛物語であり、青春物語である。デパートに勤める19歳のテレーズという語り手がいて、彼女が恋するのが、キャロルという裕福なマダムです。女性同士の恋愛ではありますが、それが前面に出てくるわけでもなく。で、全編を息苦しさが覆っているんですね。

西崎 うんうん。

岸本 語り手の「私」が19歳だから、青春時代特有の息苦しさというのもある。さらに、これが書かれたのがマッカーシズム真っ盛りの1950年代で、赤狩りがあって、同性愛も弾圧されていた。このころ同性愛は病気とみなされていて、電気ショックで治療していたんですよ。そういう圧迫感もありつつ。テレーズのデパートの同僚とか、出てくる女の人が、もうみんな、居場所がないんです。家庭にも、社会にも、職場にも居場所がない。そこで足掻いている切なさと息苦しさがすごく伝わってきて。

米光 おおー。

岸本 語り手はとてもエモーショナルな人で、すぐかっとなったり、さっきまで好きだった人を急に嫌いになったりする。そのへんを淡々と抑えた文章で訳しています。ハイスミスもこんな風に書いたんじゃないかと想像できるような翻訳がされていました。

西崎 なるほどね。

岸本 これも合う合わないはすごくあると思います。

西崎 映画の評判いいよね。

岸本 いいですね。ケイト様が良すぎてですね。

金原 良いんだ。

岸本 ただ、やっぱり、原作と比べると美しさが前面に出ています。原作に、テレーズの同僚のおばさんが出てくるんですけど。

柴田 ああ、あの人いいよねえ。

岸本 ええ。テレーズがこのままくすぶっていたらこうなるだろうなっていう、負のロールモデルの中年女性がいて。そういう人は映画には出てこない。そのへんは美しくしすぎかな。でも、50年代の空気感がうまく出ていて、映画もおすすめです。

翻訳が原文を超えることはある?

西崎 みんなに聞いていいですか? 翻訳が原作より悪くなることってありますよね。反対に良くなることってあります?

金原 それはあるでしょう。みんな胸を張って言わないと。

西崎 あはははは。

柴田 特殊な例を言うと、小川高義君が訳したアーサー・ゴールデン『Memoirs of a Geisha 』。

岸本 『さゆり』(文春文庫)ですね。

 

sayuri

柴田 原作はセクシストのオリエンタリストで、つきあいきれない本だとぼくは思いますけど、翻訳は会話の見事さで立っている。というのも、原作では日本の芸者たちがふつうの英語を喋っている。それに対して小川君は、英語のできる芸者さんのもとへ通いつめて芸者言葉を学んで。

西崎 それはすごい。

柴田 翻訳のなかでは、芸者さんに本物の芸者言葉を喋らせている。この本は翻訳で明らかによくなったと思います。

原作よりよい翻訳を目指すべき?

西崎 じゃあ我々は、原作よりよい翻訳を目指すべきですか?

岸本 うーん。

柴田 いや、いま特殊な例を言いましたけど、ふつうは、訳す価値があると思うからやってるわけです。そうすると、翻訳者が何かを付加しようとするのは傲慢だと思う。「なるべく劣ってないコピー」を目指すのがいいんじゃないかなあ。

金原 自分で気に入った作品を持ってきて訳すのは、言ってみれば河岸で活きのいい鯛を一匹買ってきて、そのまま味わってもらっている状態ですよね。でも、問題は「これちょっと腐りかけなんだけど……」って鯛を渡された場合かな。これはこれで面白くて、下味をつけて、唐揚げにするという手もあるし。それも翻訳かなと。

柴田 ぼくは受け取らない(笑)。

何も足さない、何も引かない

金原 「何を足さない、何も引かない」翻訳がいいって言われることもある。これは実際できることなのかな?

岸本 それは、どういう立場の人が「これは何も足してない、引いてないな」ってジャッジするのか。原文に踏み込み寄り添って、書いてない言葉を少し足すのは、私はありだと思います。

西崎 私もありだと思っています。

岸本 大きな目で見たら、それは別に足してないっていう考え方もできる。

西崎 そうですね。

岸本 それについて最近よく考えます。

西崎 悩みますね。軽くね。軽くだけど(笑)

岸本 軽くです(笑)。

柴田 悩むことより訳すことのほうが大事だから。

西崎 あんまり悩んでも訳せないもんね。

岸本 下手に悩むと止まってしまうので。

西崎 出す以上、批判はしょうがない。受け止めるしかない。

柴田 たぶん、「何も足さない、何も引かない」って、あまり考えてない人が言うことじゃないかな。

金原 ぼくたまに言ってます(笑)

西崎 はっはっは。

金原 特に翻訳をやり始めの人って、やたら足したり引いたりしたがるでしょう。

岸本 ちなみにそれ、ウィスキーのコマーシャルの言葉ですよ。サントリー山崎の。

柴田 ウィスキーならわかる!

金原 世の中で非常にうまい飲み物は二種類あって、ウィスキー&ウォーターである。いちばんまずいものはウィスキー&ウォーター、つまり水割りのウィスキーである。そういう言い回しがあります。そういう意味で、何も足さずに、あるものは漏らさずきっちり訳すという。まあ、「何も足さない、何も引かない」は、言い方としてはどうにでも取れる。

柴田 それは「何も足さないようがんばり、何も引かないようがんばる」ってことじゃないですか。

金原 あ、いいですね。それ使わせていただきます。

柴田 自分の訳したものを、「これ何も足してません、引いてません」とは言えないよね。

金原 それは言ったことないですね。みなさんは、「何も足さない、何も引かない」と言われると考えちゃう?

西崎 俺に解釈力はそこまであるのかと。「何も足さない、何も引かない」ためには、原文の意味を100%把握してないとできない。

金原 その前に、作者は作者で100%の表現力があるのか。

米光 作者は伝えたいことを100%表現できているのか。作者自身のなかでも翻訳が行われている。

金原 うん。作者が伝えたいことを文字にする段階で、ひとつの翻訳がある。それをさらに翻訳者が読んでいるわけでしょう。

米光 文化差もありますよね。足さずに引かずにやっちゃうと日本ではわからないとか、そのままやるとイメージが違うとか。

金原 去年おすすめ本で紹介した『シートン動物記』は、注釈を入れずに、元の語りに子供向けの説明を混ぜ込みながら訳してるんですよ。

米光 原文より長くなっちゃうってことですよね。

金原 非常に長く、でも読みやすくなっている。あれはありだな、と思って。

蛮勇と愛が突っ走っている

米光 みなさまにお配りした小冊子で、隠れリスペクトということで、審査員の皆さんがこの翻訳本はいいよねって思ったものを5冊づつ挙げてもらっています。今の話の延長戦上でこの本はどうだろう、みたいなのありますか?

西崎 岸本さんどうですか。

岸本 その話に連なるものがないんですが。

米光 なくてもいいです。

岸本 流れぶったぎっちゃう感じですが……『ROOKIE YEARBOOK ONE』は、翻訳の質云々というより、この本の成り立ちが面白くて、応援する意味で挙げました。

書影

タヴィ・ゲヴィンソンっていう13歳くらいのアメリカの女の子がウェブを立ち上げたんですね。ティーン向けの雑誌で紹介されているのは消費をともなう文化である。でも、私たちティーンはお金がない。お金をかけずにもっと自分の生活を楽しくできないかと。ふつうの女の子が立ち上げたサイトの規模がどんどん膨らんで、他のティーンが参加して、ひとつの大きいウェブマガジンみたいになって。それで1年経ったので、卒業生のイヤーブックみたいにして本を作った。

金原 大判ですよね。

岸本 おっきい本です。ほんとにすごく無名の人の集団です。まあ結局、ミランダ・ジュライとか、いろんな人が文章を寄せてるんですけれども。で、翻訳者もほとんどが無名の集団です。やりたい人を募って、みんなでやっちゃったみたいな。だから正直翻訳のレベルもまちまちです。でも、そういう蛮勇プラス愛情っていうのは、翻訳をやる上で大事だなって。最近、自分が汚れちまった哀しい大人になったせいか、そう思うことが多いです。

西崎 はっはっは。

岸本 蛮勇と愛が突っ走っている本なので、応援したくて。

金原 可愛くて、見てて楽しいし。

岸本 面白い試みだなと。

年齢と翻訳

米光 ティーンエイジャーの女の子の文章を翻訳するときって、金原さんはどうなさいますか?

金原 そういうときは若い翻訳家と共訳します。文化も文体もぜんぜん違うので。

米光 そこは難しいですもんね。

金原 難しい前に、無理。

米光 うん。

金原 おじさん何がんばってんの? ってかんじになります。年齢って文章に滲みでるから、絶対無理ですね。岸本さんはまだだいじょうぶでしょ。

岸本 いや、だめですね。だいじょうぶと思ってるとやばいですよね。

西崎 ああー。

岸本 痛いって言われると思う。皆さんにも聞きたかった。年齢とともに翻訳って変わりますか?

米光 柴田さんどうですか。

柴田 なんで年齢だと俺の話になるの(笑)。どうですかね、あんまり変わんないですね。でも今日、ひさしぶりに自分が20年ぐらい前にやった翻訳を見て、ちょっと直したくなりました。だいたいもっと口語訳に直したくなりますね。だんだん聞こえ方が変わってきました。全体的傾向として、小説の文章がより喋ってるように聞こえるようになってきた。

岸本 それは上達したということですよね。

柴田 だと思いたい。

西崎 昔の訳を見るのはいやですね。幻想文学って、綺羅を尽くしたものとか、平談俗語みたいな江戸調も多い。それにかぶれてたので、今読むと、ちょっと痛々しい。あのころ訳したものを今の感覚で訳しなおしたいなって思います。あと、日本語もやっぱし古びる。小説を書いていても感じます。10年ぐらいするとどこかしら古くなる。発想とか文体とか。たとえば、ジーンズは、ジーパン、デニム、ジーンズどれで訳したらいいのか。年をとるとそこではずしちゃいます。ぼくは、金原さんと違って自分でやるしかないんで、居直っちゃうかな。

わし問題

金原 ぼく、20年くらい前のを読み直したら、もうだめだなお前っていうのがありました。おじいちゃんの喋り方がおじいちゃんおじいちゃんしすぎ。

柴田 それはそう。

金原 これありえないと思って。

柴田 やっぱり30代のころ翻訳やると、60歳はもうジジババだと思って「わし」とか平気で言わせちゃう。でも、俺いま61だけど「わし」とは言わないぞ、とか思うわけ。

岸本 はっはっは。

金原 まさにそれ!

柴田 「わし」って書くの躊躇しちゃうもんね。もうね。本当に言う人知ってます?

金原 うちのお婆ちゃんですね。

岸本 意外と女子が言います。

米光 ぼく広島なんで、10代から「わし」ですけどね。

柴田 それは別問題(笑)。だから、年寄り男を示す「わし」は、現実に使っている人はそんなにいない。

米光 ゲームの老賢者は「わし」ってやらないと雰囲気が出ないかも。

西崎 余談ですけど、21世紀になってもパンクバンドの歌詞の一人称は「おいら」なんですよ。

米光 え、まだそうなの?

西崎  少なくとも21世紀のはじめくらいは耳にしました。

わよ問題

岸本 翻訳は古くなるから常に刷新していかなきゃいけないってよく言われますよね。私も最近、20年ぐらい前に訳したものを見直して、女性のセリフの語尾が気になりました。最近話題になってますけど、女の人の言葉の語尾を訳すときにけっこう困ります。昔は「だわ」「わよ」とかが多い。皆さんは「わよ問題」どうですか?

金原 それはねー。ぼくは、終助詞の「わ」をどんどん削るようにしています。

西崎 私もそう。

金原 でもね、読者の問題もあるわけです。先日、ぼくの知り合いが講演をして。それを書き起こした原稿を読んだ人から「今度の講演会は女性だったんですね」と言われました。

米光 ほう。

金原 現代ではふだん、男性も「〜ですね」「〜ね」のように、言葉を中性的に使っている。だけどそれをそのまま文字にすると女性的に読めてしまう。そこの部分は努めて男言葉にしたほうが分かりやすい。面白いのは、漫画の場合はね、男の子が「よ」「ね」を平気で使ってるの。

米光 そうか、絵で性別が分かるから。

金原 そう。文字だけにしてしまうと、そこがね、妙に目についてしまう場合がある。

実際に使う言葉と役割語

柴田 「わし」も「わよ」も、言語学でいう「役割語」ってやつですよね。実際には誰も言わないんだけど、こういうふうに書くといかにも30代ぐらいの女性らしい、とかね。

西崎 「よ・わ・ねを吐くな」って言うそうですよ。語尾に「よ」「わ」「ね」を使わないようにしようと。

岸本 男の人が質問するときの言い回しにいつも悩みます。気持ち悪いなーと思いつつ、「〜なのかい?」にせざるをえないことが、たびたびあり。

金原 「かい問題」ですね。

西崎 ありますねー。

岸本 あるでしょう、「かい問題」。

米光 たまに「〜かしらん」って出てきますよね。あれ見ると乗れなくなっちゃう。どういうかんじで言ってるのかわかんなくて。

西崎 昔はね、もともと男女で「かしら」って言い方したんですよ。

柴田 うん。

西崎 今は使わないですねー。

小説の面白さを煮詰めたような

米光 西崎さんの隠れリスペクトは?

西崎 すごい急に来ましたね(笑)

米光 時間が迫ってることに気付づきました。

西崎 チャールズ・ラム『完訳・エリア随筆』(南條竹則訳・国書刊行会)。

書影

昔の英文学風でね。このスタイルの訳し方をしている人は、ほぼ一人じゃないかな。岸本さんも隠れリスペクトに南條竹則訳を挙げています。

岸本 アーサー・マッケンの『輝く金字塔』(J・L・ホルヘス編纂、南條竹則訳・国書刊行会)ですね。

baberu

 

大好きです。一人一ジャンルなんですか? 南條さんのような訳の流派は。

西崎 あまりいないんじゃないかなあ。

岸本 そうですね。他にいない。……小山太一さん? 違うか。

柴田 あーでも近いんじゃないですか。

西崎 なるほど。

柴田 小山君のほうがよくも悪くも幅が広くて、あそこまで耽美に徹してないですね。

西崎 柴田さんは南條さんとは面識ありますか?

柴田 大学院でなんとなく「ちょっとこいつ20世紀じゃないな」みたいなのが何年か下にいたのは覚えてる。

西崎 20世紀じゃない(笑)

岸本 あ、でも、小山さんもインバネス着てたんですよ。

柴田 そうそうそうインバネス。

岸本 鳥打ち帽にインバネス。でも夏になったら急にアロハを着てきて。あ、すいません脱線しました(笑)。

西崎 はい(笑)。で、ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』(中嶋浩郎 訳・新潮社)。

書影

すばらしい訳です。何か大きいことが起こるわけでもなく淡々と進みますが、それが、いい空気を吸っているような感覚なんです。マルセル・シュオッブ『マルセル・シュオッブ全集』(大濱甫、多田智満子、宮下志朗 、千葉文夫 、大野多加志 、尾方邦雄 訳/国書刊行会)。

書影

16,200円 もするのでなかなか買えないんですけれど、とにかくすばらしい作家ですね。アルチュール・ランボー『ランボー詩集』(堀口大學 訳/新潮文庫)。

rimbaud

とてつもないです。

金原 最近読み直しました。『ランボー詩集』

西崎 すばらしいですよね。アルジャナン・ブラックウッド他『怪奇小説傑作集〈1〉英米編1』(平井呈一 訳/創元推理文庫)は、このジャンルの基本的な図書です。

書影

小説の面白さを煮詰めたようなところがある。ぜひトライしてみてください。

こんなに面白いのになぜ売れてない

米光 金原さんどうですか?

金原 ヤングアダルト向けに面白そうなものを挙げてみました。ヴォーンダ・ミショー・ネルソン『ハーレムの闘う本屋』(原田勝 訳/あすなろ書房)。

書影

スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(越前敏弥 訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。

書影

キャサリン・フィッシャー『インカースロン 囚われの魔窟』『サフィーク 魔術師の手袋』(井辻朱美 訳/原書房)です。

incarceron

書影

『ハーレムの闘う本屋』はノンフィクション。書店を開いた黒人のおじさんの話です。この本にこの訳文はぴったりだな、と。『解錠師』はミステリーです。『インカースロン』はこんなに面白いのになぜ売れてない、という気持ちで挙げました。それから、カール・オーヴェ・クナウスゴール『わが闘争 父の死』(岡本健志、安藤佳子 訳/早川書房)と、

書影

ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』(藤井光 訳/新潮社)です。

書影

『わが闘争 父の死』は、一冊5、600ページあって、ほんとに怒涛の勢いで書かれた本です。ゴリゴリのリアリズムなんですけれども、読みだすと止まらない。『夜、僕らは輪になって歩く』は、『ロスト・シティ・レディオ』を書いたアラルコンの第二作、注目です。

いい耳を持った翻訳者

米光 柴田さんの隠れリスペクトは。

柴田 今回は、長年お世話になってきた訳者たち、ということで選びました。あと最近、日本文学から英語への翻訳に関わることが多くなってきました。そのなかで、さきほど話にあがったような、「なにも足さない、なにも引かない」ように感じられる訳者は誰かなって気になるんですよね。別の言い方をすると、この人は耳がいいなって思える訳者。そのひとりがロジャー・パルバースです。それから、村上春樹のメイン翻訳者のジェイ・ルービン。若手でピカイチの、ああ彼ももう若手というより中堅か、マイケル・エメリック。大学院生だけどすばらしい訳をやっているデイヴィッド・ボイド君。この四人はほんとに、いい耳を持っています。

自画自賛コーナー

米光 「翻訳者が褒められる機会がない」という西崎さんのツイートから始まったこの賞ですが、審査委員は選考対象外なんですよね。本当なら挙がってきてるかもしれないのに、ねえ、西崎さん褒められたいと思ってるのに褒められない。

西崎 はい(笑)

米光 というわけで自画自賛をお願いします。自分の翻訳仕事で、こんなことやったよ、というのがあれば。全員やると時間がなくなっちゃうので、金原さんと柴田さんに。

金原 最近は日本の古典の、とくに江戸ものの翻案が好きで。 岩崎書店の「ストーリーで楽しむ日本の古典」というシリーズから、 『雨月物語』『怪談牡丹灯籠』『東海道四谷怪談』をやりました。

書影

書影

四谷怪談はほんっとに大変だったんですよ。歌舞伎で見ると、お岩の「髪梳きの場」や「提灯抜け」などの見せ場はすごく面白い。「戸板返し」なんか、一人二役で早変わりします。でもストーリーだけ取り出して物語にしようとすると、めっぽう退屈(笑)。高校の演劇部で四谷怪談をやるという設定にして切り抜けました。大変だったけど面白かった。

西崎 おおー。

金原 偕成社で『仮名手本忠臣蔵』を、中高生向けに翻案したときも楽しかった。

tyuusingura

作品そのものが完璧というほどよくできていて、どう切ってどう繋げてもサマになるんですよ。年をとるとね、こっちに行きますね。古典の翻案の仕事は増えるかもしれません。

柴田 ぼくはね、「翻訳者はあまり褒められる機会がない」っていうのは、日本ではどうなんだろうって思うこともあって。ヨーロッパ、アメリカの翻訳者と話していると、翻訳者は冷遇されていて、インビジブルな存在で、お金にもならなくて、と愚痴が多いんですよね。それに比べると、日本はけっこう重要視されている。翻訳大賞の中間報告会といえば、これだけの人が集まってくれるし。

西崎 うんうん。

柴田 で、自画自賛できるものを、とご注文いただいたので喋るんですけど、これは誰も褒めてくれないのでほんとうに自画自賛です。絵本作家エドワード・ゴーリーの本を何冊か訳しています。この本は『ジャンブリーズ』

jb

19世紀、ルイス・キャロルと同時代のナンセンス作家エドワード・リアの詩「ジャンブリーズ」にゴーリーが絵をつけている。このリアの詩の訳は、ぼくが今までやったなかで、いちばんいい仕事だと思っています。sea――海という言葉と、sieve――ふるいという言葉がキーワードになっています。最初に英語を読みます。

They went to sea in a Sieve, they did,
In a Sieve they went to sea

ほとんど繰り返しですね。

In spite of all their friends could say,
On a winter’s morn, on a stormy day,
In a Sieve they went to sea!

 

ふるいにのって ふなでした ふるいのふねで うみにでた とめるともらを ふりきって あらしのあれる ふゆのあさ ふるいのふねで うみにでた!

 

Far and few, far and few,
Are the lands where the Jumblies live;
Their heads are green, and their hands are blue,
And they went to sea in a Sieve.

 

うみのかなたの そらとおく ジャンブリーズの すむという あたまはみどり てはあおく ふるいにのって ふなでした

そんなかんじです。

(拍手)

米光 ありがとうございます。

殴り合いになったりするかも

西崎 最後に一言ずつ言いますかね。私から。翻訳大賞はこれからね、3回、4回、5回、10回、もう50回まで予定していますので。本全体、小説、詩、エッセイとか、いろんな翻訳をみんなで楽しんでいければいいなと思っています。

岸本 最近ツイッターとかで、翻訳小説が売れなくてやばいってしきりに言う人がいて、「そうかな?」って思うんですよ。翻訳大賞の一次選考にたくさんの熱い推薦を寄せていただいたし、今日もこれだけ人が来てくださった。盛り上がっているよっていうことを、これからも、翻訳大賞を通じて訴えていけたらいいなと思います。

米光 日本翻訳大賞のホームページに、読者のみなさんの推薦文が載っています。ぜひ見てください。見たら、どんだけ熱い読者がいるのかがわかるので。

金原 最近、面白い翻訳小説を紹介する雑誌「BOOKMARK」を出しました。今、3号まで出ています。今回候補になった作品も、次号で取り上げる予定です。今度の授賞式もね、最終選考に残った作品だけでも読んできてくださると面白いと思います。

柴田 この日本翻訳大賞の最大の財産は、読者の方々の熱い推薦文だと思っています。今後ともよろしくお願いします。それから今日の話でもある程度見えたと思うんだけど、選考委員のなかで、いい翻訳とは何か、合意がなくゆるやかにズレているのがちょうどいいな、といまは思っています。選考会でその差異がもっと明らかになって、殴り合いになったりするかもしれませんけど(笑)。

西崎 はっはっは。

英語圏のものがひとつ

米光 今日は、最終選考の5作に残った作品についてはほとんど触れられなかったですけど、授賞式で詳しく語られると思うので。

西崎 ひとことづつ言いますか。最終選考候補作は、ドミトリイ・バーキン『出身国』(秋草俊一郎 訳/群像社)。

書影

パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ 訳/河出書房新社)。

書影

トレヴェニアン『パールストリートのクレイジー女たち』(江國香織 訳/ホーム社)。

書影

呉明益『歩道橋の魔術師』(天野健太郎 訳/白水社)。

書影

キルメン・ウリベ『ムシェ 小さな英雄の物語』(金子奈美 訳/白水社)です。

書影

柴田 全体を見てやっぱり、英語圏のものがひとつっていうのは、ぼく自身は嬉しいですね。

金原 去年もそうでしたね。

米光 英語圏のものが占めたりはしないということで、また面白い状況になっていますね。

金原 バスク語もありますしね。

西崎 『出身国』でね、ひとつ痺れたフレーズがあって。

その場にいたものはみな、蜃気楼にそうするように、目だけで別れを告げたのだった

比喩が抜群にうまい。他にもすごい作品が揃っています。『素晴らしきソリボ』は、語り部ソリボさんの話です。喉を掻き裂かれて死ぬときに「ぱたっとぅ さ!」と叫ぶんですね。それはフランスの黒人たちが使うクレオール語です。それを聞いた者たちは、「ぱたっとぅ し!」って声をあわせて応えるんです。……ごめんなさい、時間なのに熱く語ってしまいました。

■第二回日本翻訳大賞授賞式

米光 最後にここで発表です。第二回日本翻訳大賞授賞式の詳細をお知らせします。4月24日、日曜日、日比谷図書文化館大ホールにて、14時半から16時半を予定しています。入場料は1000円です。年に一回、翻訳好きのひとたちが集まるお祭りみたいになるといいなーと思っています。去年は、どういうふうに審査したかを選考委員が話したり、受賞者が朗読をしたりしました。いろいろと趣向を凝らしてやっていきます。ぜひ来てください。それでは今日はどうもありがとうございました。
(拍手)

ボーナストラック

選考委員5人の〈私の隠れリスペクト〉を紹介します。

金原瑞人

1.『わが闘争 父の死』
カール・オーヴェ・クナウスゴール 岡本健志、安藤佳子 訳 早川書房

内容から文体まで、すさまじいまでにリアリスティックな現代小説。読みだすとやめられないけど、読むのがつらいけど、読んでしまう。これを訳すには、どれほどの気力と体力が必要なのだろう。

2.『夜、僕らは輪になって歩く』
ダニエル・アラルコン 藤井光 訳 新潮社

デビュー作『ロスト・シティ・レディオ』で注目を浴びたアラルコンの新作。呪われた芝居を演じる役者3人の地方公演を追っていく。彼らの現実感のなさと浮遊感が異様にリアルに描かれていく。

3.『ハーレムの闘う本屋』
ヴォーンダ・ミショー・ネルソン 原田勝 訳 あすなろ書房

1939年、ハーレムに「黒人が書いた黒人のための本」を集めた本屋を開いた黒人の生涯を活写した作品。訳文がぴったりで、この作品にはこの訳文しかないだろうと思ってしまう。

4.『解錠師』
スティーヴ・ハミルトン 越前敏弥 訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

どんな鍵でも開けることのできる少年が、さまざまな「鍵」を開けていくスリリングな物語。ミステリとしても素晴らしいが、じつにスピーディに小気味いい訳文が快感。

5.『インカースロン 囚われの魔窟』『サフィーク 魔術師の手袋』
キャサリン・フィッシャー 井辻朱美 訳 原書房

だれにも真似できない世界が、だれにも真似できない訳文で綴られていく。井辻朱美訳のファンタジーの楽しさを最も深く味わえる作品。

岸本佐知子

1.『ROOKIE YEAR BOOK ONE』
タヴィ・ゲヴィンソン他 多屋澄礼 訳・監修 DUBOOKS

名もない一人のティーンエイジャーが立ち上げたブログから生まれた、奇跡のような一冊。ここには「チーム」の強さと美しさが詰まっています。翻訳もまた。

2.『自分ひとりの部屋』
ヴァージニア・ウルフ 片山亜紀 訳 平凡社ライブラリー

女子大学で行った講演をもとに書かれているために、今まで知らなかった「ライブ」なウルフを感じることができます。そして語られている内容は、百年たった今なお少しも古びておらず、そこもまたライブ。

3.『くまのプーさん プー横町にたった家』
A・A・ミルン 石井桃子 訳 岩波書店

石井桃子さんがこのくまの名前をプー「さん」としたときに、日本の翻訳の歴史はガクンと一歩大きな階段をのぼった、というのが私の主張です。

4.『ゼロからトースターを作ってみた結果』
トーマス・ウェイツ 村井理子 訳 新潮文庫

今や「ぎゅうぎゅう焼き」レシピで有名な村井さんですが、ツイートがめっぽう面白く、そしてもちろん訳すのも面白い。『ブッシュ妄言録』熱烈復刊希望。

5.『輝く金字塔』(バベルの図書館21)
アーサー・マッケン J・L・ボルヘス編纂 南條竹則 国書刊行会

これが私のファースト〈バベルの図書館〉。物語の不気味さと訳文の端正さがあいまって、今でもマイ・ベスト・バベルです。

柴田元幸

1.『創造者』
J・L・ボルヘス 鼓直 訳 岩波文庫

今回は翻訳書というより翻訳者で選びました。ボルヘスの静かな黙想とガルシア=マルケスの強烈な幻視の両方を見事に伝えてくれた鼓さんがいなかったら、日本でのラテンアメリカ文学受容は(たぶん悪い方に)変わっていたでしょう。

2.『鼻/外套/査察官』
ゴーゴリ 浦雅春 訳 光文社古典新訳文庫

光文社古典新訳文庫のロシア文学と言えばまずは亀山訳『カラマーゾフの兄弟』が話題で、あれはあれで素晴らしいんですが、この落語風『鼻』も楽しいです。

3.『バロマー』
イタロ・カルヴィーノ 和田忠彦 訳 岩波文庫

一番静かなカルヴィーノ作品の微妙さをしなやかにすくい上げていると思います(原文読んでないから、そう思えるというだけですが、そう思えるということにそれなりに意味はあると思います)。

4.『目眩まし』
W・G・ゼーバルト 鈴木仁子 訳 白水社

最後の偉大な文学者W・G・ゼーバルトは、日本においては鈴木仁子という名訳者を得、一貫して白水社から刊行されて、とてもよかったと思います。『アウステルリッツ』や『土星の環』が復刊されるともっといいですが……

5.『英語で読む 銀河鉄道の夜』
宮沢賢治 ロジャー・パルバース 訳 ちくま文庫

宮沢賢治の息づかいが見事に英語に移し換えられています。これは、そう思えるというだけでなく、実際に原文・訳文対訳を較べてみてそうだと確かめました。

番外編
『悪童日記』
クリストフ 堀茂樹 訳 ハヤカワepi文庫
シンプルな文章をシンプルに訳すのはけっこう勇気が要ることで、ついカッコつけた表現に直してしまいがちですが、この翻訳はそこがものすごく潔く思えて、中身(素晴らしい)と同じくらい感銘を受けました。

西崎憲

1.『完訳・エリア随筆』
チャールズ・ラム 南條竹則 訳 国書刊行会

地味であるが楽しく美しい仕事。二十世紀の英文学翻訳の精髄を二十一世紀の読者に感得させることのできる唯一の翻訳者南條竹則氏の史上最高とも言われるエッセイの翻訳です。

2.『べつの言葉で』
ジュンパ・ラヒリ 中嶋浩郎 訳 新潮社

エッセイは書き手に美質がなければ耐えがたくなる時があって、同時に翻訳者の美質も試されるようでもあります。抑制のきいた訳文はひじょうに高いレベルにあると思います。

3.『マルセル・シュオッブ全集』
マルセル・シュオッブ 大濱甫、多田智満子、宮下志朗 、千葉文夫 、大野多加志 、尾方邦雄 訳 国書刊行会

何しろ高価であるし、寝ころがって読めない本というのはじつはあまり好きではないのですが、これはちょっとしょうがないです。シュオッブは極みに立つ作家であるし、諸家の訳もまたそれに見合ったものであると思います。

4.『怪奇小説傑作集〈1〉英米編1』
アルジャナン・ブラックウッド他 平井呈一 訳 創元推理文庫

怪奇小説と怪奇幻想の翻訳を旨とした訳者平井呈一への入り口です。これがなかったらわたしの進路は違っていたように思います。

5.『ランボー詩集』
アルチュール・ランボー 堀口大學 訳 新潮文庫

堀口大學なんていまさらだし、ランボーもいまさらですよね。でも、何というか堀口大學は、最初に最高のものがきてしまったというような訳者です。
語の選択やリズムや響きの良さはもちろんですが、自分で仏語をやるようになって『月下の一群』の原文と訳文をつきあわせてみて驚いたのが、その正確性でした。いやはやすごい人がいたものです。

松永美穂

1.『ファウスト』(第一部)
ゲーテ 池内紀 訳 集英社文庫

原文は韻文で戯曲のスタイル。それがとても身近な日本語になっている。たくさんある既訳と読み比べても楽しい。

2.『移民たち』
W・G・ゼーバルト 鈴木仁子 訳 白水社

迷宮のような記憶の世界へと沈潜していく華麗なドイツ語を、鈴木仁子が魂の共振を感じさせるぴったりの日本語で訳出。

3.『鳥』 オ・ジョンヒ 文茶影 訳 段々社

アジアの現代文学を熱心に紹介している出版社からの一冊。子どもの視点で書かれた切ない小説が、詩的な余韻のある日本語で読める。

4.『子供時代』
リュドミラ ウリツカヤ ウラジーミル リュバロフ 挿絵 沼野恭子 訳 新潮社

小さな本だけど、何度でも読み返したくなる。日本で紹介してくれてありがとうと言いたくなる本。挿絵がまたすばらしい!

5.『カールの降誕祭』
フェルディナント・フォン・シーラッハ 酒寄進一 訳 東京創元社

フランスの短編を集めたアンソロジーもまた多いのですが、そのうちの屈指のものです。紹介への熱意、翻訳への熱意も溢れだしています。人が楽しそうに仕事をしているのを見るのはいいものですね。訳もいいですが、収録作品はどれもとにかく面白いです。