第六回日本翻訳大賞最終選考選評

最終選考対象作品・翻訳者(●が受賞作)

『アカシアは花咲く』デボラ・フォーゲル、加藤有子訳●
『ある一生』ローベルト・ゼーターラー、浅井晶子訳
『インスマスの影―クトゥルー神話傑作選―』H・P・ラヴクラフト、南條竹則訳
『失われた女の子 ナポリの物語4』エレナ・フェッランテ、飯田亮介訳
『精神病理学私記』H. S. サリヴァン、阿部大樹、須貝秀平訳●

選考経緯

 第六回日本翻訳大賞の最終選考会は新型コロナ流行のため、インターネットを利用しての遠隔選考会となった。普段と異なる環境での選考会であったが、開始直後にはすでにその違いにとまどうことはなく、例年通りの議論百出の選考会となった。解釈の正確さ、訳文の的確さ、原作の意義、紹介・訳出の意義、刊行物としての位置づけなど、さまざまな基準での検討が重ねられ、『アカシアは花咲く』デボラ・フォーゲルの訳者の加藤有子氏と『精神病理学私記』H. S. サリヴァンの訳者の阿部大樹氏、須貝秀平氏がこの度の日本翻訳大賞にふさわしいのではないかという結論に至った。『精神病理学私記』は専門書で、一般的な読者向けとは言い難い面もあり、さらに専門書としての価値を自分たちが判断できるのかという意見も出て、そのあたりは多くの時間を費やして検討された。しかし最終的には翻訳の賞として、訳された文の達成の程度を見るべきではないかという意見が優勢になり、この結果が導かれた。[西崎憲]

『アカシアは花咲く』デボラ・フォーゲル、加藤有子訳、松籟社

『アカシアは花咲く』の最初のページは次のように始まる。「その日、街路が空を映した。空は灰色で温かい。空が灰色のとき、街路はいつも疲弊しながら甘い。灰色の温かい海のように」。小説というより散文詩に近い。普通だったら人間が主語になるところが、街路だったり空だったり色だったり形だったり。ストーリーではなく、イメージの連鎖がゆるやかに話をつなげていく。そんなもの読む気しないよ、と普通なら思うわけだが、この文章の、この翻訳の文章の強さに惹かれて読み進め、そうだ言葉にはこういうこともできるんだったと思い出す。「サクサク読める」ものがもてはやされるいま、こういう本こそ必要なのだと弁護する覚悟で最終選考に臨んだが、全員絶賛、弁護の必要もまったくなく拍子抜けした。[柴田元幸]

『ある一生』ローベルト・ゼーターラー、浅井晶子訳、新潮社

 オーストリアの人気作家ローベルト・ゼーターラーのベストセラー小説。親を早くに亡くして親戚に引き取られ、虐待に近い扱いを受けつつ育った男が、頑強な身体と粘り強い精神で20世紀前半を生き抜いていく。山のなかの質素な暮らし、愛する者の死、戦争。派手なストーリー展開があるわけではなく、小説の語り口は淡々としているのだけれど、過酷な境遇を受け入れながら道を切り開いていく主人公が存在感を放つ。都会の喧噪とは真逆の、自然に囲まれた静かな世界のなかで、さまざまな思いが凝縮されていく。人間の尊厳について考えさせる、凜とした雰囲気の作品。浅井晶子の翻訳は、骨太な原文の魅力を生かしつつ、無骨な山の人びとの会話を生き生きと再現している。注意深く丁寧にまとめられた、安定感のある日本語でこの作品が読めることを嬉しく思う。[松永美穂]

『インスマスの影―クトゥルー神話傑作選―』H・P・ラヴクラフト、南條竹則訳、新潮文庫

 いまさら説明する必要もないラヴクラフトの代表的な中・短編七つを、南絛竹則さんが選んで翻訳した、いわばラヴクラフトベスト選集です。読みものとしての面白さと翻訳の腕の確かさががっちり組み合った、読者にとって幸福な一冊だと感じました。読みながら何度も思ったのは、「ラヴクラフトって、すごく新しい!」という驚きと喜びでした。この作家の持ち味である暗く不気味で湿った魅力はそのままに、ドライブ感とエッジが加わって、夢中で読みふけりました。これは勝手な推測ですが、この訳者ならば、その気になればもっといくらでも荘厳でおどろおどろしい訳にすることもできるところを、あえて抑えてリーダビリティを大事にしたのかもしれません。そういう意味で(手に取りやすい文庫というスタイルもあいまって)、これからラヴクラフトを読んでみようかな、という人にとっての、最高の入門書と言えるでしょう。[岸本佐知子]

『失われた女の子 ナポリの物語4』エレナ・フェッランテ、飯田亮介訳、早川書房

 これは「ナポリの物語4」、つまりシリーズの最終巻。これから読むのはきついなと思いながらページをめくるうち、あっという間に600ページほどの本の最後まで行き着き、気がついたら1巻から3巻までKindleで注文していた。ほぼ1週間、これにはまってしまった。文句なく面白い。大学を出て作家になる主人公エレナ(この長い小説の作者でもある)と、性格も歩む人生もまったく違うリナ、このふたりの癖のある女性がじつに生々しく、鮮やかに、魅力的に描かれていく。そしてエレナとリナにからんでくる、自分勝手で愚かで暴力的な男たち。インテリもいればマフィアまがいの連中もいて、彼らが戦後ナポリの闇の部分を見事にあぶり出す。エンタテインメントとして満点の力作。日本翻訳大賞はSF、ミステリ、エンタテインメントには点が辛いのだが、今回はゲストの斎藤さんがエールを送ってくれた。
 訳者の飯田亮介訳さんはパオロ・ジョルダーノの『コロナの時代の僕ら』でも注目を集めているが、同じくジョルダーノの処女作『素数たちの孤独』も素晴しい。ぜひ、合わせて読んでみてほしい。[金原瑞人]

『精神病理学私記』H. S. サリヴァン、阿部大樹、須貝秀平翻訳、日本評論社

『精神病理学私記』が「翻訳」大賞にふさわしいのかをめぐって、本当に真剣な論議がありました。H. S. サリヴァンという人物の重要性や本書の今日的な意味は言うまでもないことですが、それだけでは、数ある専門書・人文書の中から本書に翻訳大賞をさしあげる理由にはなりません。また、専門外からの無責任なエールに終わる危険もなくはありません。最終的に決め手になったのはもちろん、柴田さんをはじめ英語の専門家の皆さんの「冒頭を読んだだけでもこの訳が画期的であることがわかる」という実証的な評価でした。
 私が注目したのは、読者推薦が多数寄せられ、その中身が多岐にわたり、しかも面白かったことです。100年近く前に書かれたこの医学書に、このように多様な読み方が可能なのかという驚きがありました。サリヴァンは、今ふうにいうなら当事者研究と臨床を重ねるようにして生きた医師、と私自身は理解しており、それだけでも興味深いですが、文章(たいへん翻訳しづらいそうです)が細部に富み、無限の引き出しがあるためにそうなるのでしょう。
 読んですぐにわかる本ではないし、価格も高いし、一般読者にとって決して手の出しやすい本ではありません。しかし一般読者にも開かれた可能性を備えており、それを担っているのがお二人の若い翻訳者の力だと思います(同時に、このような例は非常に稀であろうとも思います)。
 今回、結果として1930年代の著作がそろったことはまったくの偶然です。毎年これでは困るのですが、こういう偶然が起こることもあるのだなというのが率直な感想です。
 最後に、今回、ゲスト選考委員として参加してみて、選考がとても公正に行われていることと、事務方のみなさんの貢献を含めチームワークの良さを実感しました。私はこの賞がなければ翻訳を仕事にすることはなかったので、第一回受賞者として改めてありがたいと思いました。[斎藤真理子]

『アカシアは花咲く』『精神病理学私記』一次選考推薦文

第六回日本翻訳大賞の決定を記念して、一次選考で読者の皆さまからいただいた2作品の推薦文を再掲載します。

『アカシアは花咲く』(デボラ・フォーゲル/加藤有子訳 松籟社)

【推薦者】松尾 菜穂子
1935年にイディッシュ語で、翌年1945年にポーランド語で刊行。本書はポーランド語版の邦訳。 あえて考えようとせず言葉を瞳に滑らせ頁を捲っていると、不思議なことに自然と絵画が浮き上がってくる。 キュビズム系美術やモダニズムがお好きな方に、お勧めしたい作家である。


『精神病理学私記』(H. S. サリヴァン/阿部大樹、須貝秀平訳 日本評論社)

【推薦者】神戸の 物好き
待ちに待った翻訳でした。 はじめてサリヴァンが翻訳されたのが50年近く前で、それからおよそ10年に一作ずつ。これまでの翻訳者だった中井久夫先生が病気に倒れて、もう読めないかと思っていましたが、若い訳者が出てきたようで嬉しいです。 ひとの心を考えるときに、queerというのが何を指しているのか、そんなことを考えながら読みました。

【推薦者】佐藤 隆
患者と交わしていたスキゾフレニックな夢の語りが、いつの間にか現実の話になり、しかもそれが著者自身の追想と入り混じっていくところ(第9章)は、素晴らしい高揚感と背徳がありました。 おそらく原著が書かれたのは、エリスンが『見えない人間』にサリヴァンを書き込んだころでしょうか。アメリカ文学のルーツの一つとしても、この本が翻訳されたことが嬉しいです。

【推薦者】くましろ たかし
禁酒法時代のシカゴ、寒村から一人でやってきた新米の精神科医。同性愛者として、あるいはアイルランド系移民としての葛藤。ヨーロッパから亡命分析家たちがやってきて、少しずつアメリカに精神医学が作られていくころの話。 著者自身の生活史が匿名の患者として(しかも複数の別々の患者として)あらわれる精神医学の教科書はおそらく唯一だろう。けれども著者はそれを隠したかったのか、原題Personal Psychopathologyはどことなく両義的。 これを『私記』と訳したのはうまい。 紀伊国屋じんぶん大賞で懐かしい名前をみかけて購入した甲斐があったと思う。推薦します。

【推薦者】et cetera 
1932年の著作のこの本が2019年の日本で翻訳・出版されることを意義深く思う。精神病理学の教科書の体を取りながら、読者はサリバンの人となりに魅せられていく。通奏低音としての「精神医学は対人関係論である」、強いメッセージとして「自分自身を患者の立場にどこまで置き換えることができるか、意識的かつ理知的に・・・」、最後の言葉は、医学・福祉を目指す人のみならず全ての人々に届く言葉である。

【推薦者】sesha lover
言語病理をきたしている人の言葉まで日本語になっていて驚く. “last” “lad” “sad”とpunningを起こしながらノートを埋め尽くしたスキゾフレニアで同性愛の子は『終焉少年無念』と書いたことになっていた!ユリシーズの翻訳でも読んでるようだった…翻訳者の経歴を見て二度驚く.

【推薦者】小見 豊
ゴールドラッシュの後の米国に渡った、アイルランド移民一家のモノグラフとして読んだ。 乳児期を語る章では(「月と若馬」など)まだアイルランドの香りが強く、就学する頃になると、ハリウッド映画の全盛期に当たるからだろうか、初恋と映画ヒロインの結びつきが語られたりする。私見だが、原著者はこのころに自身の同性愛を自覚したのではないだろうか。 女性の章では、女が「ペニス羨望」を持つわけではないこと(今にすれば当たり前のことだが、当時も今も、だれよりも保守的なのは精神分析家たちである)、そしてアメリカで女性参政権が取り戻されたことの意味が語られる。 最後の章には、どことなく戦争の予兆がする。 筆をおいたのが大恐慌のころらしい。 ー人間の成長を語るという体裁をとりながら、20世紀初頭から二次大戦前までの、「頭痛薬でも飲まないとやってられなかった」、あのアスピリン・エイジのアメリカを読むようだった。

【推薦者】大原 公威
基本的には統合失調症の心因論。現代ではクスリで寛解できる病となったが、だからといってこの本がもうお役御免という訳ではない。生活歴を今こそ馬鹿にしてはいけないという警鐘のように感じる。いやそれどころか、寛解が当たり前なのだからもっと生活歴に割ける時間はあるはずだろう、と言われているようにすら思える。身の引き締まる思いで読ませて頂きました。

【推薦者】たまひよ こっこ
そこかしこに現れる治療方法や時代背景の古さを除けば、これってまさに2010年代の日本じゃないか! と思わされた。人と人とのコミュニケーションがあまりに未熟、そのせいであらゆる社会階層の間に疎外が生じ、当然に患者の隔離も起こるなど・・・日本はアメリカより100年近く遅れているのか? 古くて新しいとはまさにこのこと。

【推薦者】ユミ シノ
第7章、パラノイアに憑かれた青年とサリバンの会話。緊張を孕んだ二人の会話の「間」が印象的だった。慎ましさというか… 精神病理学という大きな学問を、「私記」によって描き出そうとするのだから、相当な胆力があったんだろうと思うけれど、それに反した静けさのようなもの。第9章、赤いカンテラから逃げるように帰ろうとする少年の独白もよい。 たしか40年くらい前、伝記Psychiatrist of Americaが出版されたとき、たった一人の医者のまわりにルーズベルトとかルース・ベネディクトみたいに戦後アメリカを決定づけた人たちが集まっていたことが(驚きをもって)話題になった記憶がある。おそらく精神科医として優秀だったからなんだろうけれども、そのころに翻訳されていたのは技術的なものが中心だった。『私記』の翻訳は記念碑的なものだと思う。 ―書いていて、キング牧師がたしか死ぬ直前、自分がやろうとしていることを「この社会に対する精神医学なんだ」と言っていたことを思い出した。

第六回日本翻訳大賞 受賞作決定

第六回日本翻訳大賞の選考会が2020年年5月17日(日)に行なわれ、候補作品の中から『アカシアは花咲く』(デボラ・フォーゲル/加藤有子訳 松籟社)と『精神病理学私記』(H. S. サリヴァン/阿部大樹、須貝秀平訳 日本評論社)が受賞作に決まりました。

 

授賞式&トークイベントは、年内開催を予定しています。

受賞者の朗読や、選考委員とのトークなど、盛りだくさんのカジュアルな授賞式を企画しています。会場や日付など、詳細は追って発表します。


・ラジオ出演のお知らせ
TBSラジオ「アフター6ジャンクション」5月19日(火)20:00〜20:50 生放送で、第六回日本翻訳大賞結果発表特集が組まれます。選考委員から、柴田元幸・岸本佐知子・斎藤真理子がゲスト出演する予定です。