受賞挨拶と朗読 キルメン・ウリベ

受賞作『ムシェ 小さな英雄の物語』(金子奈美訳・白水社)の作者キルメン・ウリベさんから届いた挨拶と朗読の動画を掲載します。
(近日中に字幕をつける予定です)


 

キルメン・ウリベからのメッセージ
金子奈美訳

あらゆる作家、多くの作家は、自分の最初の記憶は何かと自問するものです。たとえば、ロバート・グレーヴスは『さらば古きものよ』という本のなかで、自分の最初の記憶はパレードだと語っています。王室の馬車がロンドン市内を通り抜けていく、そのパレードの光景が、彼の思い出す最初の記憶なのだと。エリアス・カネッティもまた、ある兵士の姿、兵士の軍服の赤い色を、記憶にある最初のイメージとして回想しています。
僕の場合、最初の思い出は視覚的なイメージではなく、聴覚的なものです。なぜ聴覚的かというと、その思い出を、声のざわめき、言葉のリズムや抑揚とともに記憶しているからです。言葉の意味もわからず、言語そのものすらまだ理解していなかったというのに。
漁師だった父が月に一度海から戻ってくると、それは早朝で、僕たち子供は大抵まだ眠っていたのですが、母と叔母と父は三人で台所に集まり、話し込んでいたものでした。僕の最初の記憶は、そのざわめき、そのリズム、その音楽です。僕が思うに、作家はその音楽から、その元々の音楽、リズムから作品を生み出します。そしてそのリズムが、言葉へ、言語へと変化するのです。
翻訳家の仕事は、原書の言語からその元の響きへと接近し、そこから第二の言語へと言葉を運んでいくことです。翻訳者は作品を書き直し、あるいは再創造します。つまるところ、翻訳者もまた作家なのです。だから、訳者の金子奈美さんに、出版社の白水社に「おめでとう」を、そしてあなたがた、読者の皆さんに感謝の気持ちを伝えたいと思います。どうもありがとうございました。

受賞挨拶 パトリック・シャモワゾー

受賞作パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ訳・河出書房新社)の作者、パトリック・シャモワゾーさんから届いた挨拶を掲載します。


 

ある作品が丁寧に翻訳されるとき、その作品の言語は、ほかの言語にとって手が届きやすい存在になるだけではありません。
翻訳は、真の意味で二つの言語を関わらせる行為なのですが、そこで関係を持つのは、翻訳という文学言語の錬金術によって伝達可能なものばかりではなく、同時にその明白さの内部そのものに生息する、伝えられない何ものかでもあるのです。つまり、言語の不透明さ、還元不可能なあらゆるもの、すべての差異もまた、翻訳の中で関わりあっているのです。
翻訳者はそのようにして「世界のさまざまな色調を組織化し調和させる」存在です。翻訳者は、光と影を同時に見守る言葉の羊飼いにほかならないのです。
そうしてこの羊飼いは、予測不可能な遭遇や接触のまっただ中でも、ダメージを受けることなく移動を続ける私たちの想像力、そしてその多様性の世話をし続けてくれています。
関口涼子さん、パトリック・オノレさん、そうした歩みの中にある詩の精神を開示して頂いたことを深く感謝しています。

受賞挨拶 パトリック・オノレ

受賞作パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ訳・河出書房新社)の訳者、パトリック・オノレさんから届いた挨拶を掲載します。


日本翻訳大賞、本当にありがとうございました。共訳者としてこの素晴らしい賞をいただくなんて夢にも思っていなかったので、受賞のお知らせを頂いたときには本当に驚きました。

関口さんは『訳者あとがき』で、「この作品ほど、自分が「翻訳者」であろうと意識した作品もなかったような気がします」と書いていますが、僕も、まったく同じ感慨を抱いています。

 『素晴らしきソリボ』を翻訳する作業は、一つの文章を片付けて次に進む、という単純な作業とは全く異なっていました。

 以前に自分が仏語に訳した日本の文学作品、すでに何年も前に翻訳を終え、「箱の中」にしまい込んでいたこれまでの仕事のすべてを、『素晴らしきソリボ』の翻訳作業には総動員させたように思うのです。たとえば古川日出男氏の『ベルカ、吠えないのか?』をフランス語に訳した時、その中の名文句「犬たちよ、どこにいる?」で悩みぬいた記憶が、『ソリボ』の献辞にある、ハイチの歌手のアルティエリー・ドリヴァルの言葉、「おれたちの居場所はどこだ」を読んだ途端、よみがえってきました。ロジックな連想ではないかもしれません。しかし、翻訳という行為自体が、手作業の、そして、理性では片付けられない部分を含んでいるのではないでしょうか。そして、ソリボの素晴らしき言葉は、世界文学が、私たちの誰もが思いも寄らないところまで、自由にかつ複雑に繋がっていることを教えてくれているように思います。

 また、「ソリボ」はクレオール語で「転落、退廃」の意味で、即ち作中人物のソリボ・マニフィークの名前は「素晴らしき転落者」になります。これが、カナダ人の、詩人、作家兼フォークシンガーであるレナード・コーエンの小説の題名『Beautiful Losers』(日本では「嘆きの壁」という題名で出ているようですが)とも重なってくるのは偶然ではないでしょう。さらに、ジャック・ケルアックの『The Dharma Bums』( 邦題『禅ヒッピー』)は、フランス語を経由すると「Les clochards célestes」、「天空の乞食」となり、ここでもソリボと繋がってきます。ビート文学とクレオール文学に手をつながせる、パトリック・シャモワゾーの細部までこだわったパワフルな言葉の力を借りることで、世界は何重にも響き合い、変容し、打ち上げ花火のようにきらきらと舞って、あちこちで物語を繰り広げてくれるのではないでしょうか。

 これからも僕たち翻訳者は、文学の多様性を掘り出し、「島々」の文学の種を移植し花を咲かせていこうではありませんか。

受賞式挨拶 関口涼子

第二回翻訳大賞授賞式はぶじ終わりました。応援してくださったみなさま、ありがとうございました。また来年もよろしくお願いします。

受賞作パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ訳・河出書房新社)の訳者、関口涼子さんから、受賞挨拶が届きました。


受賞式挨拶 関口涼子

このたびは、日本翻訳大賞という、愛すべき語り部ソリボにこれほどふさわしいものはない賞を頂き、本当にうれしく思っています。というのも、この、『素晴らしきソリボ』という小説は、それ自体が、作者と翻訳者、書かれた作品と翻訳者の対話としても読めると思うからです。
語り部ソリボが最後に残した言葉を何とか紙の上に残そうとする、「言葉を書き留める者」シャモワゾーの姿は、原文の声をどうにかして自分たちの言葉にまで連れてこようと格闘する翻訳者の作業そのものです。困難な、そして時には不可能な行為だと分かっていながら、それでも、語りを紙の上に写し取ろうとすること。作品の中にもあるように、息が続かなかったり、リズムに欠けていたり、「声に集中すると身体はおろそかに」なり、「身振りがやっと出てくると声は消えて」しまったりしながら、それでもわたしたち翻訳者が「言葉を書き留め」ようとするのは、その声の断片だけでも伝えられることがあると信じているからです。
わたしたちが翻訳する本は、どんな本であれ、翻訳について多くのことを翻訳者に教えてくれますが、その中でも、『素晴らしきソリボ』というこの作品、そして語り手ソリボは、数え切れないほどのことを私たちに教えてくれました。そのうちの一つに、「複数で翻訳すること」というのがあります。
パトリック・オノレさんとの共訳を決めたのは、最初は、一筋縄では行きそうもないこの作品を訳すに際し、クレオール語の会話や技術的な問題を解決するためだったのですが、最終的に、二人で訳すことは、この作品には欠かせない作業だったと実感しています。
何重にも響き合い、変容し、打ち上げ花火のようにあちこちで物語が繰り広げられるこの作品を訳すに当たって、パトリックさんは、「すでに何年も前に翻訳を終え、「箱の中」にしまい込んでいたこれまでの仕事のすべてを、『素晴らしきソリボ』の翻訳作業には総動員させた」と語ってくれました。そして、彼がこれまでに訳した多くの作品、そしてわたしが訳して来た、彼の仕事よりはずっと少ないですが、複数の作品や作家の声を繰り出すことで初めて可能になる言葉があったと、わたしは考えています。さらに、二人で、作品について語り合うことで、一人で考え込んでいるよりもずっと自由になることが出来、また、思い切った試みが可能になった部分もあったと思うのです。
パトリックさんは、『素晴らしきソリボ』は、唐突に思われるかも知れないが、ビート文学とクレオール文学に手を繋がせるパワフルな言葉に溢れている、とコメントしていました。私の方は、ソリボの口上を訳しながら、沖縄の漫談師、小那覇舞天のCDを聴いていました。雑多な言葉を、それこそ総動員することで、やっと紙の上に「写し取る」ことが出来たのではないか、そう思っています。
翻訳者の仕事は孤独なものですが、今回は、二人で訳す、という作業があっただけではなく、訳すにつれて、作品の中に出て来る登場人物の声が部屋の中にこだまし出す、例外的に賑やかな翻訳体験をすることが出来ました。それというのも、わたしたちのこよなく愛する素晴らしき語り部ソリボのおかげであり、わたしは、この賞は、パトリック・オノレさんとわたしだけではなく、ソリボ、そして「言葉を書き留める者」鳥ッ子シャモワゾーの四人に与えられたのだと思っています。
授賞式が終わったら、ソリボにティポンシュの一杯でもおごりに、フォール=ド=フランス、または新宿かもしれませんが、彼の行きつけのバーに顔を出してみたいと思っています。
今回は、本当にありがとうございました。

中間報告会リポート

2016年4月1日に代官山蔦屋書店にて行われた「第二回日本翻訳大賞中間報告会」の様子をテキスト化しました。
登壇者は、第二回翻訳大賞選考委員の、金原瑞人さん、岸本佐知子さん、柴田元幸さん、西崎憲さん。
司会は翻訳大賞実行委員の米光一成さんです。
(※選考委員の松永美穂さんは急病のため欠席しました)

(テキスト化:与儀明子)


12月の本って可哀想

米光 今日は日本翻訳大賞の中間報告会におこしくださりありがとうございます。日本翻訳大賞は、西崎憲さんの「翻訳賞は必要だ」というツイートをきっかけに、去年スタートした賞です。

西崎 そうですね。

米光 クラウドファンディングによる皆さまのご助力のもと、第一回目が行われました。第一回は成功したと言っていいですよね?

西崎 はい。授賞式に300名以上が集まってくださって。

米光 トークイベントあり、朗読ありの授賞式で。翻訳に興味のあるひとのお祭りみたいなかんじ。で、第二回目です。おととしの12月から去年の12月までに出た本を対象に、読者の方から推薦文を送ってもらって。

西崎 そう。対象期間が13ヶ月間です。

米光 なぜかというと、12月の本っていつも可哀想じゃないですか(場内笑)。投票者が読み終わらなくて、入れてもらえない。そこで金原さんが妙案を思いついた。12月だぶってもいいじゃーん。

金原 11月もちょっと可哀想ですけどね。

米光 そうするとどんどん延びちゃうからね。

西崎 一月あれば読めるだろうということで。

米光 で、二次選考対象作品15冊が選ばれて、それを選考委員が手分けして読み、最終選考候補作5冊に絞られました。残った5冊について今ここで話して、選考結果が出ちゃうと、それはね、ちょっと早いだろーってことで。今日は中間報告会として、15冊を取り上げつつ、翻訳について話していけたらと思っています。

ジャンルへの愛があふれてる

米光 西崎さんは、15作のなかで気になった作品はありますか?

西崎 ニック・ハーカウェイ『エンジェルメイカー』(黒原敏行訳/早川書房)とケン・リュウ『紙の動物園』(古沢嘉通訳/早川書房)が印象に残りました。

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落ちてしまいましたけどね。

米光 『エンジェルメイカー』はエンターテインメント長編です。

西崎 黒原さんの訳文は、エンターテイメントとして淀みなく読める。あと、ジャンルを愛しているのがすごくわかる訳なんですよね。ジャンルに対する愛が翻訳に必要かどうかは、ちょっと微妙ですけれど、読んでいて気持ちがよかった。

米光 『紙の動物園』はSF短編集です。

西崎 たいへん評判になってよく売れました。又吉直樹さんの推薦文が帯についています。伝統的な叙情性のあるSFがアップデートされたような作品で、SFファンじゃない方々にも受け入れられた。これもジャンルに対する愛があふれています。SFの翻訳者には、伊藤典夫さんや浅倉久志さんなど有名な方がたくさんいて、その伝統に即した翻訳になっています。この二冊が落ちてしまったのは残念かなあ。あと、李炳注『智異山』(松田暢裕訳/東方出版)。これは労作です。

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米光 分厚い。上下巻、しかも二段組み。

西崎 史実をもとに書かれた韓国の長大な大河小説です。パルチザン、政府に反抗した人々がいて……という。これを一人で訳すというのは、それだけですごいなと思います。

どういう翻訳書を評価するのか

柴田 翻訳大賞はどういう翻訳書を評価するのか。今年もそれを考えながら読みました。ぼくらがひとまず合意してるのは、「こういう翻訳を応援したいと思う本に賞を出す」。これは公式サイトにも明文化してあります。でも、どういう本を応援したいかについての合意はありません。なくていいと思っています。それは一人一人が考えればいい。

西崎 そうですね。

柴田 で、今回、読みながら考えたのは、作品の良さと切り離して翻訳の良さというものを考えることはできるのか。英語圏ではない本もたくさんありますから、原文が読めないものも出てくる。原文も見ないでこの訳文はいいとか悪いとか言う権利はあるのか。

西崎 うんうん。

柴田 ある、と思いました。

西崎 あははは。

柴田 この訳文はいいなとか、作品はいいけどこの訳文は嫌だなっていうのは、やっぱり明らかにある。勘違いの場合もあるかもしれない。でも、読書の実感として、間違いなくあります。

ジャンルを壊すような訳文

金原 その「いいな」「嫌だな」について、もっと詳しく聞きたいです。

柴田 西崎さんがさっきおっしゃったジャンルへの愛の、逆になるのかもしれない。むしろ、ジャンルを壊すような、あるいはジャンルの約束事を抜け出るような訳文に、ぼくは開放感をおぼえる。それが快感なんです。自分を棚に上げて言いますが(笑)。よくあるような手堅い翻訳とは、違うものがあるのがいいんだな。

金原 それは一種の違和感みたいな?

柴田 そう。それが快い違和感なのか、嫌だなあ、みたいな違和感なのか。

金原 嫌だな、という違和感もOKなんですか?

柴田 嫌だな、の質によりますね。単に「下手だなあ」と思える嫌さもあるし。

岸本 違和感がいいほうに出ている翻訳で、これっていうのはありますか?

柴田 ぱっと思いつくのは、西成彦さんが訳したヴィトルド・ゴンブローヴィッチの『トランス=アトランティック』(国書刊行会)。

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たしか中原昌也さんが推薦文書かれていますよね。ああいう壊れたかんじは、ぼく自身うまく表現できない。よけいに憧れます。

 

岸本 それはつまり、細かく見たら原文から逸脱しているけれども、その逸脱も含めて、作品に合っているという。

柴田 いえ、原文はポーランド語なのでわからないのですけれども、もしかしたら原文も壊れていて、そのかんじが出ているのかもしれない。そう思わせるものがありました。

米光 町田康さんの「宇治拾遺物語」はどうですか。

西崎 『池澤夏樹個人編集日本文学全集8 宇治拾遺物語ほか』(町田康ほか訳/河出書房新社)ですね。

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米光 15冊には入らなかったけど、入るんじゃないかって言われてましたよね。

西崎 読者から何票か来ましたね。あれは、町田さんの訳によって、「宇治拾遺物語」に目が行けば成功だと思います。

柴田 そうですね。

西崎 そこの功績は大きい。

柴田 「宇治拾遺物語」は日本語で書かれてはいるけれど、たぶん、現代のアメリカ小説より、我々にとって遠い。

西崎 うん。

柴田 遠いものを訳すときに、強引にこっちに引き寄せることで、とにかくアクセスできるようにするっていうのは、うまく行けばすごくいいことだと思う。

金原 原文に当たっているのか重訳なのかはわかりませんが、どこにポイントを置いて訳しているのか聞いてみたい。池澤夏樹さん訳の『古事記』にしても。

柴田 池澤さんの場合は原文寄りでやっていると思いますね。専門家の三浦佑之さんにチェックしてもらっていますから。

金原 そうですね。

自分が世界の一部である感覚

柴田 で、15作のなかで、ありがちな翻訳の型からいいかんじに外れてるな、と思ったのが、マリ・ゲヴェルス『フランドルの四季暦』(宮林寛訳/河出書房新社)。

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1938年に書かれたものです。一段落読みます。

家が、そして庭が、私の世界であり、私の楽園でした。……(略)……木立ちに差す太陽が、私たち一家の太陽でした。雨は親しげに腕を差し伸べてくれ、雲が庭の真上に差しかかった時点で、早くも私だけの雨になるのでした。雪は静かに降り積もって、純白の楽園に私を招いてくれました。そして窓から身を乗り出せば、私の小さな顔が下の池に映って、微笑み返してくるのを見ることができたのです。

人間の主語がひとつも書かれていない。「私は」「私の母は」とかが一切ない。これ以外の箇所も、そういう主語がとても少ないんですね。主語を抜くのがうまい翻訳だとはよく言われるけれど、これはそれだけじゃない。『フランドルの四季暦』は、自然のなかに溶け込んで暮している人の語りです。世界と調和する感覚、自分が世界の一部である感覚が、人間の主語を極力抜いた訳文にあらわれている。翻訳文学のありがちな型から快くずれていて、いいなと思いました。全編綺麗な言葉が連なるかんじに、乗れる人と乗れない人がいるだろうな、とは思いますが。

金原 メールで、21世紀らしくないところがいいって言ってましたよね。それはどういう意味ですか?

柴田 世界と人が調和できるという暗黙の前提が感じられるところです。今も、同じような状況で生きようとする人はいるけど、ここまで人間と自然の調和を前提には書けないんじゃないか。そのあたりが、ですます調の優しい調子の訳文にあらわれている。

ブラッドベリみたいなセンチメンタリズム

米光 金原さんは、印象に残っている作品はありますか?

金原 推した作品はだいたい最終選考の5作に残っています。

西崎 そうなんだ。

金原 でも、SF短編集の『紙の動物園』は、どの短編を読んでも面白かった。

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レイ・ブラッドベリみたいなセンチメンタリズムをうまく現代に取り込んで、さらに東洋テイストを加味していて。

西崎 ぐっと来るものがありましたよね。

金原 うん。あとは、ステファン・グラビンスキ『動きの悪魔』(芝田文乃訳/国書刊行会)。

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帯によると、ポーランドのポー、ポーランドのラヴクラフトという。さらに語り口はディケンズ風の短編集です。ぜんぶ鉄道に絡んでいて、「鉄」と言われる人にはたまらない一冊。

西崎 怪奇ファンにおすすめしたい。

金原 現代風の捻りもうまく効いています。面白かったな。

作品の良さも審査に関係する?

柴田 ということは、やはり、金原さんは作品の良さも審査の要素に入れるってことですか?

金原 うん。

西崎 それは当たり前じゃないですか。

米光 そうなの?

金原 これはこう訳してるけど原文はこうだろうなって勝手に修正しながら読んでしまうという悪い癖がぼくにはあって。

柴田 それは、作品に対する評価じゃないですか。

金原 そうです。

柴田 我々は、翻訳を評価してるんじゃないの。

西崎 はっはっはっは。

金原 そうなんですけどねー。

柴田 そこは自分でも答えがなくて。

金原 うんうん。

柴田 ひとつの極端な選考のありかたとしては、もう作品の質はいっさい問わない。翻訳の質だけ考える。でも、それは原理的に無理だろうとも思う。

西崎 はい。

訳文からどれだけ快楽が伝わってくるか

柴田 やっぱり翻訳の良さって、訳文からどれだけ快楽が伝わってくるかで決まる。ろくでもない作品だったら、もともと快楽ないですから。ないところに快楽を作っている翻訳も一部にはあって、そういうのをむしろ持ち上げたいですけど、まあ、ふつうはやっぱり選考に作品の面白さは入らざるを得ない。それをどこまで入れるか。

金原 難しいですよね。

岸本 私もそれを考えていて。でも、トータルで面白いと感じるものに翻訳の良さが入っているはずだという考え方です。だから作品の質を抜かしてこの翻訳はいいとか悪いとかって、そんなに批評しない。

柴田 なんかさー、ぼくだけ性格悪いみたい(笑)。

岸本 いやいやいや、そんなことないです(笑)。なんか、流派に名前つけたいですね、翻訳原理主義とか。なのでまあ、そういう意味で印象に残ったのは、パトリシア・ハイスミス『キャロル』(柿沼瑛子訳/河出文庫)です。

キャロル

居場所がない人間の足掻き

金原 最近映画化もされましたね。

岸本 それでご存知の方も多いと思います。パトリシア・ハイスミスは「イヤミスの女王」と言われてますけれども、イヤな話でもなく、ミステリでもなく、切なくて美しいストレートな恋愛物語であり、青春物語である。デパートに勤める19歳のテレーズという語り手がいて、彼女が恋するのが、キャロルという裕福なマダムです。女性同士の恋愛ではありますが、それが前面に出てくるわけでもなく。で、全編を息苦しさが覆っているんですね。

西崎 うんうん。

岸本 語り手の「私」が19歳だから、青春時代特有の息苦しさというのもある。さらに、これが書かれたのがマッカーシズム真っ盛りの1950年代で、赤狩りがあって、同性愛も弾圧されていた。このころ同性愛は病気とみなされていて、電気ショックで治療していたんですよ。そういう圧迫感もありつつ。テレーズのデパートの同僚とか、出てくる女の人が、もうみんな、居場所がないんです。家庭にも、社会にも、職場にも居場所がない。そこで足掻いている切なさと息苦しさがすごく伝わってきて。

米光 おおー。

岸本 語り手はとてもエモーショナルな人で、すぐかっとなったり、さっきまで好きだった人を急に嫌いになったりする。そのへんを淡々と抑えた文章で訳しています。ハイスミスもこんな風に書いたんじゃないかと想像できるような翻訳がされていました。

西崎 なるほどね。

岸本 これも合う合わないはすごくあると思います。

西崎 映画の評判いいよね。

岸本 いいですね。ケイト様が良すぎてですね。

金原 良いんだ。

岸本 ただ、やっぱり、原作と比べると美しさが前面に出ています。原作に、テレーズの同僚のおばさんが出てくるんですけど。

柴田 ああ、あの人いいよねえ。

岸本 ええ。テレーズがこのままくすぶっていたらこうなるだろうなっていう、負のロールモデルの中年女性がいて。そういう人は映画には出てこない。そのへんは美しくしすぎかな。でも、50年代の空気感がうまく出ていて、映画もおすすめです。

翻訳が原文を超えることはある?

西崎 みんなに聞いていいですか? 翻訳が原作より悪くなることってありますよね。反対に良くなることってあります?

金原 それはあるでしょう。みんな胸を張って言わないと。

西崎 あはははは。

柴田 特殊な例を言うと、小川高義君が訳したアーサー・ゴールデン『Memoirs of a Geisha 』。

岸本 『さゆり』(文春文庫)ですね。

 

sayuri

柴田 原作はセクシストのオリエンタリストで、つきあいきれない本だとぼくは思いますけど、翻訳は会話の見事さで立っている。というのも、原作では日本の芸者たちがふつうの英語を喋っている。それに対して小川君は、英語のできる芸者さんのもとへ通いつめて芸者言葉を学んで。

西崎 それはすごい。

柴田 翻訳のなかでは、芸者さんに本物の芸者言葉を喋らせている。この本は翻訳で明らかによくなったと思います。

原作よりよい翻訳を目指すべき?

西崎 じゃあ我々は、原作よりよい翻訳を目指すべきですか?

岸本 うーん。

柴田 いや、いま特殊な例を言いましたけど、ふつうは、訳す価値があると思うからやってるわけです。そうすると、翻訳者が何かを付加しようとするのは傲慢だと思う。「なるべく劣ってないコピー」を目指すのがいいんじゃないかなあ。

金原 自分で気に入った作品を持ってきて訳すのは、言ってみれば河岸で活きのいい鯛を一匹買ってきて、そのまま味わってもらっている状態ですよね。でも、問題は「これちょっと腐りかけなんだけど……」って鯛を渡された場合かな。これはこれで面白くて、下味をつけて、唐揚げにするという手もあるし。それも翻訳かなと。

柴田 ぼくは受け取らない(笑)。

何も足さない、何も引かない

金原 「何を足さない、何も引かない」翻訳がいいって言われることもある。これは実際できることなのかな?

岸本 それは、どういう立場の人が「これは何も足してない、引いてないな」ってジャッジするのか。原文に踏み込み寄り添って、書いてない言葉を少し足すのは、私はありだと思います。

西崎 私もありだと思っています。

岸本 大きな目で見たら、それは別に足してないっていう考え方もできる。

西崎 そうですね。

岸本 それについて最近よく考えます。

西崎 悩みますね。軽くね。軽くだけど(笑)

岸本 軽くです(笑)。

柴田 悩むことより訳すことのほうが大事だから。

西崎 あんまり悩んでも訳せないもんね。

岸本 下手に悩むと止まってしまうので。

西崎 出す以上、批判はしょうがない。受け止めるしかない。

柴田 たぶん、「何も足さない、何も引かない」って、あまり考えてない人が言うことじゃないかな。

金原 ぼくたまに言ってます(笑)

西崎 はっはっは。

金原 特に翻訳をやり始めの人って、やたら足したり引いたりしたがるでしょう。

岸本 ちなみにそれ、ウィスキーのコマーシャルの言葉ですよ。サントリー山崎の。

柴田 ウィスキーならわかる!

金原 世の中で非常にうまい飲み物は二種類あって、ウィスキー&ウォーターである。いちばんまずいものはウィスキー&ウォーター、つまり水割りのウィスキーである。そういう言い回しがあります。そういう意味で、何も足さずに、あるものは漏らさずきっちり訳すという。まあ、「何も足さない、何も引かない」は、言い方としてはどうにでも取れる。

柴田 それは「何も足さないようがんばり、何も引かないようがんばる」ってことじゃないですか。

金原 あ、いいですね。それ使わせていただきます。

柴田 自分の訳したものを、「これ何も足してません、引いてません」とは言えないよね。

金原 それは言ったことないですね。みなさんは、「何も足さない、何も引かない」と言われると考えちゃう?

西崎 俺に解釈力はそこまであるのかと。「何も足さない、何も引かない」ためには、原文の意味を100%把握してないとできない。

金原 その前に、作者は作者で100%の表現力があるのか。

米光 作者は伝えたいことを100%表現できているのか。作者自身のなかでも翻訳が行われている。

金原 うん。作者が伝えたいことを文字にする段階で、ひとつの翻訳がある。それをさらに翻訳者が読んでいるわけでしょう。

米光 文化差もありますよね。足さずに引かずにやっちゃうと日本ではわからないとか、そのままやるとイメージが違うとか。

金原 去年おすすめ本で紹介した『シートン動物記』は、注釈を入れずに、元の語りに子供向けの説明を混ぜ込みながら訳してるんですよ。

米光 原文より長くなっちゃうってことですよね。

金原 非常に長く、でも読みやすくなっている。あれはありだな、と思って。

蛮勇と愛が突っ走っている

米光 みなさまにお配りした小冊子で、隠れリスペクトということで、審査員の皆さんがこの翻訳本はいいよねって思ったものを5冊づつ挙げてもらっています。今の話の延長戦上でこの本はどうだろう、みたいなのありますか?

西崎 岸本さんどうですか。

岸本 その話に連なるものがないんですが。

米光 なくてもいいです。

岸本 流れぶったぎっちゃう感じですが……『ROOKIE YEARBOOK ONE』は、翻訳の質云々というより、この本の成り立ちが面白くて、応援する意味で挙げました。

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タヴィ・ゲヴィンソンっていう13歳くらいのアメリカの女の子がウェブを立ち上げたんですね。ティーン向けの雑誌で紹介されているのは消費をともなう文化である。でも、私たちティーンはお金がない。お金をかけずにもっと自分の生活を楽しくできないかと。ふつうの女の子が立ち上げたサイトの規模がどんどん膨らんで、他のティーンが参加して、ひとつの大きいウェブマガジンみたいになって。それで1年経ったので、卒業生のイヤーブックみたいにして本を作った。

金原 大判ですよね。

岸本 おっきい本です。ほんとにすごく無名の人の集団です。まあ結局、ミランダ・ジュライとか、いろんな人が文章を寄せてるんですけれども。で、翻訳者もほとんどが無名の集団です。やりたい人を募って、みんなでやっちゃったみたいな。だから正直翻訳のレベルもまちまちです。でも、そういう蛮勇プラス愛情っていうのは、翻訳をやる上で大事だなって。最近、自分が汚れちまった哀しい大人になったせいか、そう思うことが多いです。

西崎 はっはっは。

岸本 蛮勇と愛が突っ走っている本なので、応援したくて。

金原 可愛くて、見てて楽しいし。

岸本 面白い試みだなと。

年齢と翻訳

米光 ティーンエイジャーの女の子の文章を翻訳するときって、金原さんはどうなさいますか?

金原 そういうときは若い翻訳家と共訳します。文化も文体もぜんぜん違うので。

米光 そこは難しいですもんね。

金原 難しい前に、無理。

米光 うん。

金原 おじさん何がんばってんの? ってかんじになります。年齢って文章に滲みでるから、絶対無理ですね。岸本さんはまだだいじょうぶでしょ。

岸本 いや、だめですね。だいじょうぶと思ってるとやばいですよね。

西崎 ああー。

岸本 痛いって言われると思う。皆さんにも聞きたかった。年齢とともに翻訳って変わりますか?

米光 柴田さんどうですか。

柴田 なんで年齢だと俺の話になるの(笑)。どうですかね、あんまり変わんないですね。でも今日、ひさしぶりに自分が20年ぐらい前にやった翻訳を見て、ちょっと直したくなりました。だいたいもっと口語訳に直したくなりますね。だんだん聞こえ方が変わってきました。全体的傾向として、小説の文章がより喋ってるように聞こえるようになってきた。

岸本 それは上達したということですよね。

柴田 だと思いたい。

西崎 昔の訳を見るのはいやですね。幻想文学って、綺羅を尽くしたものとか、平談俗語みたいな江戸調も多い。それにかぶれてたので、今読むと、ちょっと痛々しい。あのころ訳したものを今の感覚で訳しなおしたいなって思います。あと、日本語もやっぱし古びる。小説を書いていても感じます。10年ぐらいするとどこかしら古くなる。発想とか文体とか。たとえば、ジーンズは、ジーパン、デニム、ジーンズどれで訳したらいいのか。年をとるとそこではずしちゃいます。ぼくは、金原さんと違って自分でやるしかないんで、居直っちゃうかな。

わし問題

金原 ぼく、20年くらい前のを読み直したら、もうだめだなお前っていうのがありました。おじいちゃんの喋り方がおじいちゃんおじいちゃんしすぎ。

柴田 それはそう。

金原 これありえないと思って。

柴田 やっぱり30代のころ翻訳やると、60歳はもうジジババだと思って「わし」とか平気で言わせちゃう。でも、俺いま61だけど「わし」とは言わないぞ、とか思うわけ。

岸本 はっはっは。

金原 まさにそれ!

柴田 「わし」って書くの躊躇しちゃうもんね。もうね。本当に言う人知ってます?

金原 うちのお婆ちゃんですね。

岸本 意外と女子が言います。

米光 ぼく広島なんで、10代から「わし」ですけどね。

柴田 それは別問題(笑)。だから、年寄り男を示す「わし」は、現実に使っている人はそんなにいない。

米光 ゲームの老賢者は「わし」ってやらないと雰囲気が出ないかも。

西崎 余談ですけど、21世紀になってもパンクバンドの歌詞の一人称は「おいら」なんですよ。

米光 え、まだそうなの?

西崎  少なくとも21世紀のはじめくらいは耳にしました。

わよ問題

岸本 翻訳は古くなるから常に刷新していかなきゃいけないってよく言われますよね。私も最近、20年ぐらい前に訳したものを見直して、女性のセリフの語尾が気になりました。最近話題になってますけど、女の人の言葉の語尾を訳すときにけっこう困ります。昔は「だわ」「わよ」とかが多い。皆さんは「わよ問題」どうですか?

金原 それはねー。ぼくは、終助詞の「わ」をどんどん削るようにしています。

西崎 私もそう。

金原 でもね、読者の問題もあるわけです。先日、ぼくの知り合いが講演をして。それを書き起こした原稿を読んだ人から「今度の講演会は女性だったんですね」と言われました。

米光 ほう。

金原 現代ではふだん、男性も「〜ですね」「〜ね」のように、言葉を中性的に使っている。だけどそれをそのまま文字にすると女性的に読めてしまう。そこの部分は努めて男言葉にしたほうが分かりやすい。面白いのは、漫画の場合はね、男の子が「よ」「ね」を平気で使ってるの。

米光 そうか、絵で性別が分かるから。

金原 そう。文字だけにしてしまうと、そこがね、妙に目についてしまう場合がある。

実際に使う言葉と役割語

柴田 「わし」も「わよ」も、言語学でいう「役割語」ってやつですよね。実際には誰も言わないんだけど、こういうふうに書くといかにも30代ぐらいの女性らしい、とかね。

西崎 「よ・わ・ねを吐くな」って言うそうですよ。語尾に「よ」「わ」「ね」を使わないようにしようと。

岸本 男の人が質問するときの言い回しにいつも悩みます。気持ち悪いなーと思いつつ、「〜なのかい?」にせざるをえないことが、たびたびあり。

金原 「かい問題」ですね。

西崎 ありますねー。

岸本 あるでしょう、「かい問題」。

米光 たまに「〜かしらん」って出てきますよね。あれ見ると乗れなくなっちゃう。どういうかんじで言ってるのかわかんなくて。

西崎 昔はね、もともと男女で「かしら」って言い方したんですよ。

柴田 うん。

西崎 今は使わないですねー。

小説の面白さを煮詰めたような

米光 西崎さんの隠れリスペクトは?

西崎 すごい急に来ましたね(笑)

米光 時間が迫ってることに気付づきました。

西崎 チャールズ・ラム『完訳・エリア随筆』(南條竹則訳・国書刊行会)。

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昔の英文学風でね。このスタイルの訳し方をしている人は、ほぼ一人じゃないかな。岸本さんも隠れリスペクトに南條竹則訳を挙げています。

岸本 アーサー・マッケンの『輝く金字塔』(J・L・ホルヘス編纂、南條竹則訳・国書刊行会)ですね。

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大好きです。一人一ジャンルなんですか? 南條さんのような訳の流派は。

西崎 あまりいないんじゃないかなあ。

岸本 そうですね。他にいない。……小山太一さん? 違うか。

柴田 あーでも近いんじゃないですか。

西崎 なるほど。

柴田 小山君のほうがよくも悪くも幅が広くて、あそこまで耽美に徹してないですね。

西崎 柴田さんは南條さんとは面識ありますか?

柴田 大学院でなんとなく「ちょっとこいつ20世紀じゃないな」みたいなのが何年か下にいたのは覚えてる。

西崎 20世紀じゃない(笑)

岸本 あ、でも、小山さんもインバネス着てたんですよ。

柴田 そうそうそうインバネス。

岸本 鳥打ち帽にインバネス。でも夏になったら急にアロハを着てきて。あ、すいません脱線しました(笑)。

西崎 はい(笑)。で、ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』(中嶋浩郎 訳・新潮社)。

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すばらしい訳です。何か大きいことが起こるわけでもなく淡々と進みますが、それが、いい空気を吸っているような感覚なんです。マルセル・シュオッブ『マルセル・シュオッブ全集』(大濱甫、多田智満子、宮下志朗 、千葉文夫 、大野多加志 、尾方邦雄 訳/国書刊行会)。

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16,200円 もするのでなかなか買えないんですけれど、とにかくすばらしい作家ですね。アルチュール・ランボー『ランボー詩集』(堀口大學 訳/新潮文庫)。

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とてつもないです。

金原 最近読み直しました。『ランボー詩集』

西崎 すばらしいですよね。アルジャナン・ブラックウッド他『怪奇小説傑作集〈1〉英米編1』(平井呈一 訳/創元推理文庫)は、このジャンルの基本的な図書です。

書影

小説の面白さを煮詰めたようなところがある。ぜひトライしてみてください。

こんなに面白いのになぜ売れてない

米光 金原さんどうですか?

金原 ヤングアダルト向けに面白そうなものを挙げてみました。ヴォーンダ・ミショー・ネルソン『ハーレムの闘う本屋』(原田勝 訳/あすなろ書房)。

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スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(越前敏弥 訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。

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キャサリン・フィッシャー『インカースロン 囚われの魔窟』『サフィーク 魔術師の手袋』(井辻朱美 訳/原書房)です。

incarceron

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『ハーレムの闘う本屋』はノンフィクション。書店を開いた黒人のおじさんの話です。この本にこの訳文はぴったりだな、と。『解錠師』はミステリーです。『インカースロン』はこんなに面白いのになぜ売れてない、という気持ちで挙げました。それから、カール・オーヴェ・クナウスゴール『わが闘争 父の死』(岡本健志、安藤佳子 訳/早川書房)と、

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ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』(藤井光 訳/新潮社)です。

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『わが闘争 父の死』は、一冊5、600ページあって、ほんとに怒涛の勢いで書かれた本です。ゴリゴリのリアリズムなんですけれども、読みだすと止まらない。『夜、僕らは輪になって歩く』は、『ロスト・シティ・レディオ』を書いたアラルコンの第二作、注目です。

いい耳を持った翻訳者

米光 柴田さんの隠れリスペクトは。

柴田 今回は、長年お世話になってきた訳者たち、ということで選びました。あと最近、日本文学から英語への翻訳に関わることが多くなってきました。そのなかで、さきほど話にあがったような、「なにも足さない、なにも引かない」ように感じられる訳者は誰かなって気になるんですよね。別の言い方をすると、この人は耳がいいなって思える訳者。そのひとりがロジャー・パルバースです。それから、村上春樹のメイン翻訳者のジェイ・ルービン。若手でピカイチの、ああ彼ももう若手というより中堅か、マイケル・エメリック。大学院生だけどすばらしい訳をやっているデイヴィッド・ボイド君。この四人はほんとに、いい耳を持っています。

自画自賛コーナー

米光 「翻訳者が褒められる機会がない」という西崎さんのツイートから始まったこの賞ですが、審査委員は選考対象外なんですよね。本当なら挙がってきてるかもしれないのに、ねえ、西崎さん褒められたいと思ってるのに褒められない。

西崎 はい(笑)

米光 というわけで自画自賛をお願いします。自分の翻訳仕事で、こんなことやったよ、というのがあれば。全員やると時間がなくなっちゃうので、金原さんと柴田さんに。

金原 最近は日本の古典の、とくに江戸ものの翻案が好きで。 岩崎書店の「ストーリーで楽しむ日本の古典」というシリーズから、 『雨月物語』『怪談牡丹灯籠』『東海道四谷怪談』をやりました。

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四谷怪談はほんっとに大変だったんですよ。歌舞伎で見ると、お岩の「髪梳きの場」や「提灯抜け」などの見せ場はすごく面白い。「戸板返し」なんか、一人二役で早変わりします。でもストーリーだけ取り出して物語にしようとすると、めっぽう退屈(笑)。高校の演劇部で四谷怪談をやるという設定にして切り抜けました。大変だったけど面白かった。

西崎 おおー。

金原 偕成社で『仮名手本忠臣蔵』を、中高生向けに翻案したときも楽しかった。

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作品そのものが完璧というほどよくできていて、どう切ってどう繋げてもサマになるんですよ。年をとるとね、こっちに行きますね。古典の翻案の仕事は増えるかもしれません。

柴田 ぼくはね、「翻訳者はあまり褒められる機会がない」っていうのは、日本ではどうなんだろうって思うこともあって。ヨーロッパ、アメリカの翻訳者と話していると、翻訳者は冷遇されていて、インビジブルな存在で、お金にもならなくて、と愚痴が多いんですよね。それに比べると、日本はけっこう重要視されている。翻訳大賞の中間報告会といえば、これだけの人が集まってくれるし。

西崎 うんうん。

柴田 で、自画自賛できるものを、とご注文いただいたので喋るんですけど、これは誰も褒めてくれないのでほんとうに自画自賛です。絵本作家エドワード・ゴーリーの本を何冊か訳しています。この本は『ジャンブリーズ』

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19世紀、ルイス・キャロルと同時代のナンセンス作家エドワード・リアの詩「ジャンブリーズ」にゴーリーが絵をつけている。このリアの詩の訳は、ぼくが今までやったなかで、いちばんいい仕事だと思っています。sea――海という言葉と、sieve――ふるいという言葉がキーワードになっています。最初に英語を読みます。

They went to sea in a Sieve, they did,
In a Sieve they went to sea

ほとんど繰り返しですね。

In spite of all their friends could say,
On a winter’s morn, on a stormy day,
In a Sieve they went to sea!

 

ふるいにのって ふなでした ふるいのふねで うみにでた とめるともらを ふりきって あらしのあれる ふゆのあさ ふるいのふねで うみにでた!

 

Far and few, far and few,
Are the lands where the Jumblies live;
Their heads are green, and their hands are blue,
And they went to sea in a Sieve.

 

うみのかなたの そらとおく ジャンブリーズの すむという あたまはみどり てはあおく ふるいにのって ふなでした

そんなかんじです。

(拍手)

米光 ありがとうございます。

殴り合いになったりするかも

西崎 最後に一言ずつ言いますかね。私から。翻訳大賞はこれからね、3回、4回、5回、10回、もう50回まで予定していますので。本全体、小説、詩、エッセイとか、いろんな翻訳をみんなで楽しんでいければいいなと思っています。

岸本 最近ツイッターとかで、翻訳小説が売れなくてやばいってしきりに言う人がいて、「そうかな?」って思うんですよ。翻訳大賞の一次選考にたくさんの熱い推薦を寄せていただいたし、今日もこれだけ人が来てくださった。盛り上がっているよっていうことを、これからも、翻訳大賞を通じて訴えていけたらいいなと思います。

米光 日本翻訳大賞のホームページに、読者のみなさんの推薦文が載っています。ぜひ見てください。見たら、どんだけ熱い読者がいるのかがわかるので。

金原 最近、面白い翻訳小説を紹介する雑誌「BOOKMARK」を出しました。今、3号まで出ています。今回候補になった作品も、次号で取り上げる予定です。今度の授賞式もね、最終選考に残った作品だけでも読んできてくださると面白いと思います。

柴田 この日本翻訳大賞の最大の財産は、読者の方々の熱い推薦文だと思っています。今後ともよろしくお願いします。それから今日の話でもある程度見えたと思うんだけど、選考委員のなかで、いい翻訳とは何か、合意がなくゆるやかにズレているのがちょうどいいな、といまは思っています。選考会でその差異がもっと明らかになって、殴り合いになったりするかもしれませんけど(笑)。

西崎 はっはっは。

英語圏のものがひとつ

米光 今日は、最終選考の5作に残った作品についてはほとんど触れられなかったですけど、授賞式で詳しく語られると思うので。

西崎 ひとことづつ言いますか。最終選考候補作は、ドミトリイ・バーキン『出身国』(秋草俊一郎 訳/群像社)。

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パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ 訳/河出書房新社)。

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トレヴェニアン『パールストリートのクレイジー女たち』(江國香織 訳/ホーム社)。

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呉明益『歩道橋の魔術師』(天野健太郎 訳/白水社)。

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キルメン・ウリベ『ムシェ 小さな英雄の物語』(金子奈美 訳/白水社)です。

書影

柴田 全体を見てやっぱり、英語圏のものがひとつっていうのは、ぼく自身は嬉しいですね。

金原 去年もそうでしたね。

米光 英語圏のものが占めたりはしないということで、また面白い状況になっていますね。

金原 バスク語もありますしね。

西崎 『出身国』でね、ひとつ痺れたフレーズがあって。

その場にいたものはみな、蜃気楼にそうするように、目だけで別れを告げたのだった

比喩が抜群にうまい。他にもすごい作品が揃っています。『素晴らしきソリボ』は、語り部ソリボさんの話です。喉を掻き裂かれて死ぬときに「ぱたっとぅ さ!」と叫ぶんですね。それはフランスの黒人たちが使うクレオール語です。それを聞いた者たちは、「ぱたっとぅ し!」って声をあわせて応えるんです。……ごめんなさい、時間なのに熱く語ってしまいました。

■第二回日本翻訳大賞授賞式

米光 最後にここで発表です。第二回日本翻訳大賞授賞式の詳細をお知らせします。4月24日、日曜日、日比谷図書文化館大ホールにて、14時半から16時半を予定しています。入場料は1000円です。年に一回、翻訳好きのひとたちが集まるお祭りみたいになるといいなーと思っています。去年は、どういうふうに審査したかを選考委員が話したり、受賞者が朗読をしたりしました。いろいろと趣向を凝らしてやっていきます。ぜひ来てください。それでは今日はどうもありがとうございました。
(拍手)

ボーナストラック

選考委員5人の〈私の隠れリスペクト〉を紹介します。

金原瑞人

1.『わが闘争 父の死』
カール・オーヴェ・クナウスゴール 岡本健志、安藤佳子 訳 早川書房

内容から文体まで、すさまじいまでにリアリスティックな現代小説。読みだすとやめられないけど、読むのがつらいけど、読んでしまう。これを訳すには、どれほどの気力と体力が必要なのだろう。

2.『夜、僕らは輪になって歩く』
ダニエル・アラルコン 藤井光 訳 新潮社

デビュー作『ロスト・シティ・レディオ』で注目を浴びたアラルコンの新作。呪われた芝居を演じる役者3人の地方公演を追っていく。彼らの現実感のなさと浮遊感が異様にリアルに描かれていく。

3.『ハーレムの闘う本屋』
ヴォーンダ・ミショー・ネルソン 原田勝 訳 あすなろ書房

1939年、ハーレムに「黒人が書いた黒人のための本」を集めた本屋を開いた黒人の生涯を活写した作品。訳文がぴったりで、この作品にはこの訳文しかないだろうと思ってしまう。

4.『解錠師』
スティーヴ・ハミルトン 越前敏弥 訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)

どんな鍵でも開けることのできる少年が、さまざまな「鍵」を開けていくスリリングな物語。ミステリとしても素晴らしいが、じつにスピーディに小気味いい訳文が快感。

5.『インカースロン 囚われの魔窟』『サフィーク 魔術師の手袋』
キャサリン・フィッシャー 井辻朱美 訳 原書房

だれにも真似できない世界が、だれにも真似できない訳文で綴られていく。井辻朱美訳のファンタジーの楽しさを最も深く味わえる作品。

岸本佐知子

1.『ROOKIE YEAR BOOK ONE』
タヴィ・ゲヴィンソン他 多屋澄礼 訳・監修 DUBOOKS

名もない一人のティーンエイジャーが立ち上げたブログから生まれた、奇跡のような一冊。ここには「チーム」の強さと美しさが詰まっています。翻訳もまた。

2.『自分ひとりの部屋』
ヴァージニア・ウルフ 片山亜紀 訳 平凡社ライブラリー

女子大学で行った講演をもとに書かれているために、今まで知らなかった「ライブ」なウルフを感じることができます。そして語られている内容は、百年たった今なお少しも古びておらず、そこもまたライブ。

3.『くまのプーさん プー横町にたった家』
A・A・ミルン 石井桃子 訳 岩波書店

石井桃子さんがこのくまの名前をプー「さん」としたときに、日本の翻訳の歴史はガクンと一歩大きな階段をのぼった、というのが私の主張です。

4.『ゼロからトースターを作ってみた結果』
トーマス・ウェイツ 村井理子 訳 新潮文庫

今や「ぎゅうぎゅう焼き」レシピで有名な村井さんですが、ツイートがめっぽう面白く、そしてもちろん訳すのも面白い。『ブッシュ妄言録』熱烈復刊希望。

5.『輝く金字塔』(バベルの図書館21)
アーサー・マッケン J・L・ボルヘス編纂 南條竹則 国書刊行会

これが私のファースト〈バベルの図書館〉。物語の不気味さと訳文の端正さがあいまって、今でもマイ・ベスト・バベルです。

柴田元幸

1.『創造者』
J・L・ボルヘス 鼓直 訳 岩波文庫

今回は翻訳書というより翻訳者で選びました。ボルヘスの静かな黙想とガルシア=マルケスの強烈な幻視の両方を見事に伝えてくれた鼓さんがいなかったら、日本でのラテンアメリカ文学受容は(たぶん悪い方に)変わっていたでしょう。

2.『鼻/外套/査察官』
ゴーゴリ 浦雅春 訳 光文社古典新訳文庫

光文社古典新訳文庫のロシア文学と言えばまずは亀山訳『カラマーゾフの兄弟』が話題で、あれはあれで素晴らしいんですが、この落語風『鼻』も楽しいです。

3.『バロマー』
イタロ・カルヴィーノ 和田忠彦 訳 岩波文庫

一番静かなカルヴィーノ作品の微妙さをしなやかにすくい上げていると思います(原文読んでないから、そう思えるというだけですが、そう思えるということにそれなりに意味はあると思います)。

4.『目眩まし』
W・G・ゼーバルト 鈴木仁子 訳 白水社

最後の偉大な文学者W・G・ゼーバルトは、日本においては鈴木仁子という名訳者を得、一貫して白水社から刊行されて、とてもよかったと思います。『アウステルリッツ』や『土星の環』が復刊されるともっといいですが……

5.『英語で読む 銀河鉄道の夜』
宮沢賢治 ロジャー・パルバース 訳 ちくま文庫

宮沢賢治の息づかいが見事に英語に移し換えられています。これは、そう思えるというだけでなく、実際に原文・訳文対訳を較べてみてそうだと確かめました。

番外編
『悪童日記』
クリストフ 堀茂樹 訳 ハヤカワepi文庫
シンプルな文章をシンプルに訳すのはけっこう勇気が要ることで、ついカッコつけた表現に直してしまいがちですが、この翻訳はそこがものすごく潔く思えて、中身(素晴らしい)と同じくらい感銘を受けました。

西崎憲

1.『完訳・エリア随筆』
チャールズ・ラム 南條竹則 訳 国書刊行会

地味であるが楽しく美しい仕事。二十世紀の英文学翻訳の精髄を二十一世紀の読者に感得させることのできる唯一の翻訳者南條竹則氏の史上最高とも言われるエッセイの翻訳です。

2.『べつの言葉で』
ジュンパ・ラヒリ 中嶋浩郎 訳 新潮社

エッセイは書き手に美質がなければ耐えがたくなる時があって、同時に翻訳者の美質も試されるようでもあります。抑制のきいた訳文はひじょうに高いレベルにあると思います。

3.『マルセル・シュオッブ全集』
マルセル・シュオッブ 大濱甫、多田智満子、宮下志朗 、千葉文夫 、大野多加志 、尾方邦雄 訳 国書刊行会

何しろ高価であるし、寝ころがって読めない本というのはじつはあまり好きではないのですが、これはちょっとしょうがないです。シュオッブは極みに立つ作家であるし、諸家の訳もまたそれに見合ったものであると思います。

4.『怪奇小説傑作集〈1〉英米編1』
アルジャナン・ブラックウッド他 平井呈一 訳 創元推理文庫

怪奇小説と怪奇幻想の翻訳を旨とした訳者平井呈一への入り口です。これがなかったらわたしの進路は違っていたように思います。

5.『ランボー詩集』
アルチュール・ランボー 堀口大學 訳 新潮文庫

堀口大學なんていまさらだし、ランボーもいまさらですよね。でも、何というか堀口大學は、最初に最高のものがきてしまったというような訳者です。
語の選択やリズムや響きの良さはもちろんですが、自分で仏語をやるようになって『月下の一群』の原文と訳文をつきあわせてみて驚いたのが、その正確性でした。いやはやすごい人がいたものです。

松永美穂

1.『ファウスト』(第一部)
ゲーテ 池内紀 訳 集英社文庫

原文は韻文で戯曲のスタイル。それがとても身近な日本語になっている。たくさんある既訳と読み比べても楽しい。

2.『移民たち』
W・G・ゼーバルト 鈴木仁子 訳 白水社

迷宮のような記憶の世界へと沈潜していく華麗なドイツ語を、鈴木仁子が魂の共振を感じさせるぴったりの日本語で訳出。

3.『鳥』 オ・ジョンヒ 文茶影 訳 段々社

アジアの現代文学を熱心に紹介している出版社からの一冊。子どもの視点で書かれた切ない小説が、詩的な余韻のある日本語で読める。

4.『子供時代』
リュドミラ ウリツカヤ ウラジーミル リュバロフ 挿絵 沼野恭子 訳 新潮社

小さな本だけど、何度でも読み返したくなる。日本で紹介してくれてありがとうと言いたくなる本。挿絵がまたすばらしい!

5.『カールの降誕祭』
フェルディナント・フォン・シーラッハ 酒寄進一 訳 東京創元社

フランスの短編を集めたアンソロジーもまた多いのですが、そのうちの屈指のものです。紹介への熱意、翻訳への熱意も溢れだしています。人が楽しそうに仕事をしているのを見るのはいいものですね。訳もいいですが、収録作品はどれもとにかく面白いです。

第二回日本翻訳大賞受賞作決定

第二回日本翻訳大賞の選考会が平成28年4月10日(日)早稲田で行われ、候補作品の中から『素晴らしきソリボ』パトリック・シャモワゾー/関口涼子、パトリック・オノレ訳(河出書房新社)『ムシェ 小さな英雄の物語』キルメン・ウリベ/金子奈美訳(白水社)が受賞作に決まりました。

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授賞式&トークイベントは2016年4月24日(日)、日比谷図書文化館コンベンションホールで開催します。
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<第二回日本翻訳大賞授賞式>
【日時】2016年4月24日(日) 14:30開演(16:30閉会)
【会場】日比谷図書文化館コンベンションホール
【内容】選考委員全員が壇上で座談会的に総評、受賞訳にたいする選評、受賞者挨拶、受賞者と委員の対談、朗読等々イベントとしてもお楽しみいただける内容を予定しております。(受賞者の意向や諸事情による内容変更はあらかじめご了承ください)
【チケット】Peatixで予約・販売中。
http://besttranslationaward2015.peatix.com/
【料 金】1,000円 (税込・全席自由) ※チケット代金は日本翻訳大賞実行委員会のファンドレイジングに充てさせていただきます。

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授賞式は、選考委員が選考会を振り返る座談会や、受賞作に関するトーク、受賞者との対談など、翻訳に関するイベント満載のカジュアルな式を企画しています。ぜひ、お気軽にご参加ください!

第二回日本翻訳大賞最終選考候補作品

第二回日本翻訳大賞の最終選考対象作が下記の5冊に決まりました。


『出身国』ドミトリイ・バーキン/秋草俊一郎訳(群像社)
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『素晴らしきソリボ』パトリック・シャモワゾー/関口涼子、パトリック・オノレ訳(河出書房新社)
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『パールストリートのクレイジー女たち』トレヴェニアン/江國香織訳(ホーム社)
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『歩道橋の魔術師』呉明益/天野健太郎訳(白水社)
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『ムシェ 小さな英雄の物語』キルメン・ウリベ/金子奈美訳(白水社)
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(作品名50音順)

第二回日本翻訳大賞 二次選考対象作品一覧

第二回日本翻訳大賞の二次選考対象となる16作品が決定しました。

(著作名50音順)


 

『ムシェ 小さな英雄の物語』キルメン・ウリベ/金子奈美訳、白水社
『動きの悪魔』ステファン・グラビンスキ/芝田文乃訳、国書刊行会
『フランドルの四季暦』マリ・ゲヴェルス/宮林寛訳、河出書房新社
『素晴らしきソリボ』パトリック・シャモワゾー/関口涼子・パトリック・オノレ訳、河出書房新社
『春草』裘山山(チウ・シャンシャン)/監修于暁飛、徳田好美・隅田和行訳、日本僑報社
『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ/井原慶一郎訳、春風社
『夢へ翔けて』ミケーラ・デプリンス/田中奈津子訳、ポプラ社
『パールストリートのクレイジー女たち』トレヴェニアン/江國香織訳、ホーム社
『キャロル』パトリシア・ハイスミス/柿沼瑛子訳、河出文庫
『エンジェルメイカー』ニック・ハーカウェイ/黒原敏行訳、早川書房
『出身国』ドミトリイ・バーキン/秋草俊一郎訳、群像社
『智異山』李炳注(イ・ビョンジュ)/松田暢裕訳、東方出版
『25年目の「ただいま」』サルー・ブライアリー/舩山むつみ訳、静山社
『歩道橋の魔術師』呉明益(ウー・ミンイー)/天野健太郎訳、白水社
『教皇ヒュアキントス』ヴァーノン・リー/中野善夫訳、国書刊行会
『紙の動物園』ケン・リュウ/古沢嘉通訳、早川書房


書影
書名:ムシェ 小さな英雄の物語
著者:キルメン・ウリベ(著),金子 奈美(訳)
出版:白水社


書影
書名:動きの悪魔
著者:ステファン・グラビンスキ (著),芝田文乃(訳)
出版:国書刊行会


書影
書名:フランドルの四季暦
著者:マリ・ゲヴェルス(著),宮林 寛(訳)
出版:河出書房新社


書影
書名:素晴らしきソリボ
著者:パトリック・シャモワゾー(著),関口 涼子(訳),パトリック・オノレ(訳)
出版:河出書房新社


書影
書名:春草
著者:于 暁飛(監修),徳田 好美(訳),裘 山山(著),隅田 和行(訳)
出版:日本僑報社


クリスマスキャロル
書名:クリスマス・キャロル
著者:チャールズ・ディケンズ(著),井原慶一郎(訳)
出版:春風社


書影
書名:夢へ翔けて
著者:ミケーラ・デプリンス(著),エレーン・デプリンス(著),田中 奈津子(訳)
出版:ポプラ社


書影
書名:パールストリートのクレイジー女たち
著者:トレヴェニアン(著),江國 香織(訳)
出版:ホーム社


キャロル
書名:キャロル
著者:パトリシア・ハイスミス(著),柿沼 瑛子(著)
出版:河出書房新社


書影
書名:エンジェルメイカー
著者:ニック・ハーカウェイ(著),黒原 敏行(訳),杉江 松恋(解説)
出版:早川書房


書影
書名:出身国
著者:Bakin, Dmitriĭ(著),秋草 俊一郎(訳),バーキン ドミトリイ(著)
出版:群像社


書影
書名:智異山 上巻
著者:李 炳注(著),松田 暢裕(訳)
出版:東方出版


書影
書名:25年目の「ただいま」
著者:サルー・ブライアリー(著),舩山むつみ(著)
出版:静山社


書影
書名:歩道橋の魔術師
著者:呉明益(著),天野 健太郎(訳)
出版:白水社


書影
書名:教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集
著者:ヴァーノン・リー(著),中野善夫(訳)
出版:国書刊行会


書影
書名:紙の動物園
著者:ケン・リュウ(著),古沢 嘉通(訳)
出版:早川書房

読者推薦11作品に、選考委員推薦5作品を加えた合計16作品です。読者推薦は、2016年1月5日から2月5日まで、公式ホームページ上で募集しました。

第二回日本翻訳大賞 推薦作品リスト

 

2016年2月5日(金)23:59まで第二回日本翻訳大賞の候補作を募集しています。

ここでは皆さまから推薦をうけた作品と推薦文をご紹介致していきます。

※推薦文のすべてが掲載されているわけではありません。予めご了承ください。

 


【推薦者】ブリキの太鼓腹
【推薦作品】『文学会議』
【作者】セサル・アイラ
【訳者】柳原 孝敦
【推薦文】
表題作の「文学会議」は、個々の文章は難解でもなく複雑なこともない。読みやすいと思う。しかし、語り手の小説家でマッドサイエンティストの<私>の思考(次から次と浮かぶ考え(脳の活動過多らしい)や野望、論理の飛躍、脱線等含む)と行動(後戻りは出来ず前進あるのみの行動や自らを完璧主義者と言いながら完璧ではない行動等)と環境(文学会議やそれが開催される都市やカリブ海域等)が相互に作用して導かれる出来事は、思考と行動と環境といった個々の要因からは説明できないのである。また、読んでいる間この先どうなるのか予測するのは困難である。でもデタラメというとのとは違う何がしかの秩序があるように感じる。これは複雑系のひとつのモデルを小説で表現した作品かもしれないと勝手に妄想している。でも複雑系がどうたらといった理屈抜きで読みだしたら「なんだこりゃあ」の連続で読むのをやめられない最高に面白い体験ができた。

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【推薦者】芝田 文乃
【推薦作品】『ディブック/ブルグント公女イヴォナ』
【作者】S・アン=スキ/ヴィトルト・ゴンブローヴィチ
【訳者】赤尾光春/関口時正
【推薦文】
イディッシュ語のユダヤ演劇『ディブック』とポーランド語の不条理演劇『ブルグント公女イヴォナ』、戦間期に書かれた二つの戯曲がいまこうして日本語で一冊にまとめられたことは奇蹟的であり、大変喜ばしい。そして二作とも日本語で上演されたことを言祝ぎたい。これを機会に、戯曲を読む楽しみを知る人が増えますよう、また、戯曲の出版が少しでも増えますようお祈りしています。

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【推薦者】浅野 泰弘
【推薦作品】『突然ノックの音が』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】母袋夏生
【推薦文】
著者がイスラエル出身で映画監督としても活躍しているとのことだったので、ひょっとして…と調べてみたら奥様とともに映画『ジェリーフィッシュ』の監督を務めた方だと判って手に取った次第。全部で38の短篇が収録されていて、短いものは2ページ、長くても22ページで大半は5~8ページほどの長さ。どれも一風変わっていて面白かったけど、中でも好きなのは「嘘の国」「青あざ」「ポケットにはなにがある?」「アリ」「金魚」あたり。ヘブライ語は皆目分からないが、原作の持つウィットを充分に伝えてくれていると思われる訳業を評価したい。

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【推薦者】HN あこ
【推薦作品】『キャロル』
【作者】パトリシア・ハイスミス
【訳者】柿沼瑛子

【推薦文】
昨年末に素晴らしい恋愛小説を読むことが出来た。女性が女性を愛することにはさほど重きをおかず、まだ幼い精神の持ち主である主人公が、年上のミステリアスな相手を一瞬にして愛し、葛藤し、そして成長していく物語の流れは青春小説のようでもある。読了した読者は、成長した主人公が最後に選ぶ道筋の凛とした空気感を肌で感じることが出来るだろう。恋愛に付きまとう様々な喜びや悲しみ、苛立ちを潤沢なエピソードと比喩で楽しむこともできるだろう。またハイスミス独特の恋愛に対する心の機微を描いた表現方法を読み取れたのは、敏腕翻訳者の力量の賜物であると思う。ハイスミスのあとがきを読むと、彼女がレッテルを貼られることを嫌っていることがわかる。読者が小説をどのように読み、どのような感想を抱くのかは自由だが、私は彼女の意思を尊重したい。これは、一人の人間が一人の人間に恋をする過程とその心の揺れを純粋に、そしてハイスミスらしく時にサスペンスフルに描きあげた小説である。読む人によって結末をどのように受け取けるとめるのか楽しみであり、多くの人に読んでもらいたい小説だ。

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【推薦者】阪上 英祐
【推薦作品】『素晴らしきソリボ』
【作者】パトリック・シャモワゾー
【訳者】関口涼子/パトリック・オノレ
【推薦文】
語られた言葉をいかに文章として書きつけるか。失われていくクレオール語をいかにフランス語の中に植えつけるか。街場で人々が語る民話をいかに文学としてあらわすか。小説とはこれまでずっと、いまこの瞬間に感じた刹那的な何かを、忘れないために、永遠とするために、そしてあなたに伝えるために書かれてきた。そんなその場限りの言葉を小説として書き伝えようとした作者と、その小説をさらなる異言語によって書き伝えようとした訳者たち。本書はこの二重の不可能性の中にあり、作者と訳者は書き伝えることの不可能性を共有している。こんなふうに言うと難しく聞こえるかもしれない。けれどもこの二重の不可能性の末に生まれた言葉は、あたたかい。太陽の下にあるカリブの海のように。あるいはその言葉と同じようにほとんど不可能な歴史を生き延びてきたカリブの島に住む人々のように。一人でも多くの人にこの言葉を聴いてもらいたい。そう思って推薦します。

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【推薦者】mint
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子

【推薦文】
戦争により両親を失い、孤児になった主人公が新たな家族に出会い、バレリーナとして成功していくこの物語は、読む者に勇気を与えてくれる。偏見や差別に心を傷つけられながらも、大好きなバレエと家族の愛に支えられ、たくましく希望を失わずに生きているミケーラ。彼女の前を向いてひたむきに歩んできた姿に心を打たれた。まだ十代の少女が歩んできたとは思えない信じられない現実が、実際に体験した人だからこその語り口で進められる。それは時に溢れ出る感情を隠し切れない言葉であったり、時に非常に冷静に自分を見つめている言葉であったりする。本書の素晴らしい翻訳によって、ミケーラのその時々の素直な気持ちを、読んでいる私たちはミケーラの目になって感じることができるのである。

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【推薦者】H masa
【推薦作品】『動きの悪魔』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
二十世紀初頭のポーランド作家の怪奇小説集。当時最先端だった鉄道をテーマにしたというのも面白い。今までほとんど紹介されてこなかった東欧の幻想的な作家や作品も、さらに翻訳されることを願う。

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【推薦者】宮越鶏三
【推薦作品】『出身国』
【作者】ドミトリイ・バーキン
【訳者】秋草俊一郎
【推薦文】
内容は掴み難いが、キャッチーな設定(心臓に宿った銃弾etc…)や、幾つかの場面が鮮烈でとっても格好がよく、しびれてしまった。私は特に『葉』のラスト、忘れがたい。作者の特色である一文の長大さを日本語に置き換えた訳業も凄い。基本的には平易でありながら、丁度よいところで新鮮な表現が混じり込んできて、読んでいて混乱することも、飽きを感じることも、一度として無かった。作品への没入はこの訳文なくしては、ありえなかった。蛇足ながら、作者は2015年に、亡くなっている。作家個人にまつわる背景を加味しての投票は、冷静な判断とはいえないかもしれないが、この年この回を逃したら、ドミトリイ・バーキンという作者に票を投じる機会は(少なくとも翻訳大賞においては)訪れないかも……そう思うと、どうしても推したくなってしまった。感傷的で恥ずかしいのですが、おおめにみて頂きたいです。

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【推薦者】ヤヤー
【推薦作品】『火打箱』
【作者】サリー・ガードナー
【訳者】山田順子
【推薦文】
アンデルセンの物語に、サリー・ガードナーがさらに奥行きを与え、デイヴィッド・ロバーツの挿し絵がその時代背景を想像する手助けをしてくれます。昔話らしくちょっと古くさい言い回しを使ったり、ヒロインの名前を「サファイアー」と表記したのも効果的です。数々の苦難を乗り越えて幸せをつかもうとした主人公の運命は…。子どもから大人まで読めます。わたしは一応大人なので、ガードナーの準備した歴史の舞台を、これから読み込もうと思っています。

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【推薦者】勘解由小路綾三郎
【推薦作品】『さよなら、シリアルキラー』
【作者】バリー・ライガ
【訳者】満園真木
【推薦文】
連続殺人鬼の息子が連続殺人事件を解決する三部作の青春ミステリ小説でこれは第一巻。「殺人事件なのに青春?」と戸惑いながら読み始めましたが読み進んでいく内に納得しました。思春期であることに加えて連続殺人鬼の息子であることなど様々な悩みを抱えながらも恋人、友人と乗り越えて事件も解決する様が良く描かれていると思いました。また事件解決の中で度々出てくる登場人物たちの掛け合いも見所です。そして何よりも読みやすい訳だと感じました。2015年に読んだ小説の中で一番印象に残りました。大満足です。

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【推薦者】伊集院 祥久
【推薦作品】『ぼくたちは戦場で育った サラエボ 1992-1995』
【作者】ヤスミンコ・ハリロビッチ
【訳者】角田光代
【推薦文】
本書を読む前の私は想像力こそ現代に欠かせないものだと信じていました。明日の私には断食はできても飢えることはできません。だから体験できないことは想像するしかないと思っていました。ですが『ぼくたちは戦場で育った』を読んで、想像するよりも前にもっと知るべきことが沢山あると私は気付きました。例えば、この本に書かれている1000人以上の人たちのことです。私が読み終わったあとに想像した戦争の姿は、読む前に想像したものとは明らかに異なっていました。友だちが撃たれる現実に地下室で子どもたちが仮装舞踏会をしている光景が広がり、立体的に人間が殺し合う戦争が浮かんできました。たくさんの人に読んでもらいたい本です。

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【推薦者】林さかな
【推薦作品】『ぼくたちに翼があったころ コルチャック先生と107人の子どもたち』
【作者】タミ・シェミ=トヴ
【訳者】樋口範子
【推薦文】
コルチャック先生の最期について自分が救われる道があったにも関わらず子どもたちと共に強制収容所に向かったことが知られています。しかしこの物語では、コルチャック先生が「孤児たちの家」をつくり子どもたちを尊重した場で子どもたちに寄り添った時のことを――、それをひとりの少年の視点で描いたのがこの物語。作者は子どもの尊厳を認めたコルチャック先生を語っています。ヘブライ語から翻訳されたのは樋口範子さん。自身も児童養護施設の保育士の経験があります。いまは山中湖でおつれあいさまと喫茶店を経営しながら翻訳をされています。

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【推薦者】松田 青子
【推薦作品】『ムシェ 小さな英雄の物語』
【作者】キルメン・ウリベ
【訳者】金子奈美

【推薦文】
 「お前は英雄の物語を書くべきだよ」と亡き友人に言われた作家は、スペイン内戦時に疎開児童を受け入れ、第二次世界大戦で対独レジスタンス運動に関わった、ベルギー人のロベール・ムシェという男性のことを知る。遺品や家族と友人たちの証言から、作者はロベールの人生をつなぎ合わせていく。家族と離れた潜伏先で、ロベールは本を読み、外国の小説をオランダ語に翻訳して、世界とつながろうとしていた。「フランスとドイツの偉大な伝統の狭間にある言語」を使い、翻訳しようとする意義を、「僕を人間として、世界のなかに位置づけてくれるからだ」とロベールは考える。小さな者と小さな言語を守ろうとしたロベールの姿から、「英雄とは」という問いの答えを、自らも話者数が百万人に満たないバスク語で作品を発表している作者と、読者が発見するまでの物語だ。この物語を書かなければならない、この物語を訳さなければならないという二つの動機が、同じ質感と温度で伝わってくる。

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【推薦者】おかもっちゃん
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子

【推薦文】
戦争孤児、自由への逃避行、人種差別。日本で生きていては感じることのない苦しみにあえぐ子どもたちが今も世界中にいることを改めて痛感させる。大好きなバレエをやりたい、その一身で目標に向けて必死で生き抜く主人公の姿は、まさに夢へと翔ける、タイトルにぴったりだ。平和な国では考えられないあらゆる苦しみも、彼女にとっては夢へのハードルであり、大空に翔けていくその姿に心打たれる。

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【推薦者】くぼた のぞみ
【推薦作品】『世界文学論集』
【作者】J・M・クッツェー
【訳者】田尻芳樹
【推薦文】
 J・M・クッツェーの論文と書評のベストセレクションです。「古典とは何か」から始まり、クッツェーが博士論文の対象にしたサミュエル・ベケットや、彼にとって最重要のテーマである「自分について真実を語りうるか」をルソー、トルストイ、ドストエフスキーの作品をもとに書かれた「告白と二重思考」など、読み応えたっぷりの論集です。この作家の全体像を把握するためにも、あるいは、彼の作品が生み出された思考の背景を知るためにも、最良のてがかりが含まれている論集。困難なカフカ論の翻訳には脱帽です。これからは、おそらくクッツェーを語らずに「世界文学」を語ることは不可能になるでしょう。

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【推薦者】小路
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
 表紙の絵、膝を抱える少女にはミケーラの孤独や決意、バレエは自分の一部、私からそれは切り離せないという内面からの叫びが漂っています。銃弾の飛び交う死と隣り合わせの状況からかろうじて逃れ、幸運にも出会った養父母のもとで、拾った一枚のバレエダンサーの姿に夢をかけて突き進んでいくミケーラ。それは本当にあった現実の物語。読み始めから本を閉じることはできません、自然につぎつぎと思い描けることばだから。心でなめらかに受けとめることができる文だから、そばにミケーラを感じながら読み進むことができ、終わりまで知らずに済ませられない物語だったからです。
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【推薦者】who
【推薦作品】『キャロル』
【作者】パトリシア・ハイスミス
【訳者】柿沼瑛子

【推薦文】
サスペンスの女王、パトリシア・ハイスミス本邦唯一の未翻訳であった『キャロル』が刊行された。舞台はマッカーシズムの吹き荒れる50年代のアメリカ。女性たちは良き妻・良き母の役割に縛られていた。強い抑圧の中、同性でありながら強く惹かれ合うキャロルとテレーズの清々しいほど真っ直ぐな恋愛が描かれている。当時のレズビアンパルプは年上の女性が少女に性の愉悦を教え込むパターンが多く、不道徳な関係にバッドエンドが課せられていたという。『キャロル』も一見この類型に見えるが中身は全く違い、フラットな関係性と希望のあるラストに多くの読者が熱狂しベストセラーとなった。現代の目で見ても相手が同性であることへの躊躇、偏見が何一つ描かれていない先進的な書だと感じる。迸る初恋のパッションと実存の不安を語るテレーズと、美しく儚いキャロルの物語は同性愛小説の範疇を越えて感動を呼ぶだろう。

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【推薦者】繁内 理恵
【推薦作品】『片手の郵便配達人』
【作者】グードルン・パウゼヴァング
【訳者】高田ゆみ子
【推薦文】
ヒトラー支配下のドイツ、戦争で片手を吹き飛ばされた青年、ヨハンは故郷に戻り郵便配達人となる。彼が歩く道のりは、そのまま物語の地図となり、郵便が運ぶ生と死とともに、くっきりと在りし日の村が立ち上がる。70年前のドイツの人々の日常は、私たちと何ら変わらない。ヒトラーに対するスタンスも様々だ。パウゼヴァングは、その日常と地続きの場所に戦争があり、ホロコーストがあったということを普通の暮らしを静かに描くことで感じさせていく。ヨハンの片手は、ヨハンだけのものだった。その片手を奪ったのは、兵士を入れ替え可能なものとして使い捨てる軍隊であり、戦争だ。人間の尊厳を奪い、使い捨てにすることを黙殺する「今」と、この物語は深々とリンクする。私たちのこの日常にも戦争への道筋が刻まれてはいないか。衝撃の結末が問いかけるものを、たくさんの人に味わって欲しい。

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【推薦者】西野 智紀
【推薦作品】『歩道橋の魔術師』
【作者】呉明益
【訳者】天野健太郎

【推薦文】
台北に実在した大型商業施設「中華商場」を舞台とした連作短編集。いくらお隣さんとはいえ、台湾の小説なんて馴染みがないし取っ付きにくいのではないかと思いつつ読んでみたが、全くの杞憂であった。この作品に横溢する懐かしさは、日本人にとっても非常に近しく、郷愁すら覚えるほどだったからだ。ジュブナイルとしても、芳醇な大人の物語としても、翻訳小説の入門としても読める、きわめて上質な文学作品である。こういう体験があるから、翻訳作品を読むのはやめられない。

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【推薦者】吉井 力
【推薦作品】『セルバンテス』
【作者】パウル・シェーアバルト
【訳者】垂野創一郎
【推薦文】
20人の鍛冶屋たちが環状に並びいっせいに地面を搗くやいなや、床が裂けてそこから文豪セルバンテスとドン・キホーテ、サンチョ・パンサが老馬ロシナンテの背に乗ってあらわれる。ロシナンテは巨大化しており、「老象二頭分ほどもあった」。〈わたし〉はこの三人と一緒にロシナンテに乗り世界一周の旅に出る、というお話。特に好きなのはロシナンテとセルバンテスの決闘のシーン。セルバンテスがロシナンテに決闘を申し込むと、ロシナンテの尾が千のフェンシングの剣(フルーレ)となる。「セルバンテスに勝ち目はないと誰もが思った」が、セルバンテスが「輝く剣を千尾の剣の中心に突き入れる」と、「ロシナンテは怯え、高くいなな」き、それまで尾があったところに風車小屋が現れる。その後、強風が起こり風車が回りはじめると、風車の回転を利用してロシナンテは空へ飛び立つのだ。こんな感じの奇想天外なエピソードが満載のとっても楽しい作品です。

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【推薦者】三大陸
【推薦作品】『世界収集家』
【作者】イリヤ・トロヤノフ
【訳者】浅井晶子
【推薦文】
千夜一夜物語の翻訳者にして大英帝国の冒険家バートンその人と、インド、アラビア、東アフリカの19世紀が、語り手を変えながら次々と証言される。語られることと語られなかったことで明らかになるものと謎が残るもの。この小説自体が千夜一夜のように寓意に溢れ、かつ教訓に堕ちず読んでいてずっと楽しかった。行き先々で言葉を習得し、かの地の人に擬態するバートンとは何者だったのか。これほどの質量を持つ世界を色鮮やかに翻訳した浅井晶子さんに敬意。

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【推薦者】鶴の一五四八番
【推薦作品】『パールストリートのクレイジー女たち』
【作者】トレヴェニアン
【訳者】江國香織

【推薦文】
世界恐慌から第二次大戦にかけて、ニューヨーク州オールバニーの貧民街に暮らした僕と、幼い妹と、若い母の記録。「この小説を読んだとき、私はもう絶対に、どうしても、これを自分で訳したいと思ってしまった」という江國香織さんの言葉どおり、これまでのトレヴェニアンの邦訳のなかでも群を抜くすばらしさ。

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【推薦者】tonko
【推薦作品】『海を照らす光』
【作者】M.L. ステッドマン
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
離島の灯台守の夫婦が主人公の物語。私も町にあるようなものが何一つ無い離島に暮らしたことがありますが、そこでの生活は単調どころではなく本当に変化に富んだ豊かな自然に包まれ時には対峙するようなスリリングなものでした。そこで暮らす人たちの人生もまた同様に思えました。とはいえ、物語の筋としては決して目新しいものではありません。ただ風景も人物も細部まで丁寧に吟味された表現でリズム良く描かれ、陳腐な表現や日本語として違和感のある言葉は一つも見ませんでした。読んでいる間中ずっと、この文章を読みすすめていくことに喜びを感じていました。奇想天外な物語も背筋の凍るようなドキュメンタリーも読みましたが、今年一番読書の楽しさを満喫させてくれたこの作品を推薦します。

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【推薦者】シゲマツ トモミ
【推薦作品】『きみを夢みて』
【作者】スティーヴ・エリクソン
【訳者】越川芳明
【推薦文】
最高にクールで悲しいアメリカ!それが自分のものにしたくなるような言葉で書かれている本(『実現を延期された夢を歌う国歌』これが10ページ目にきてそれで終わらない)。話自体は恐ろしくリアルだ。10年代のアメリカの家族。芸術家肌でリベラルな両親、日本びいきのイケメンの息子、そしてアフリカからの養女。彼らが、常にある金銭苦に脅かされながら、アメリカの過去と今と未来をシームレスに音楽にのって生きる。それがどうしてこんなに普遍的なのか不思議に思いながら夢中になる。風俗描写が豊富な小説は枯れもするが、であれば2016年の今、彼の国の大統領選を横目に読むべき本。登場人物の人生の節目には政治(大統領の姿)があり、一瞬分かる気がするのだ、アメリカ人としてこの30年ほどを生きるということがどういうものだったのか。またこの本は訳者のあとがきが秀逸。あとがきを読んですぐに2度目を読みたくなる、それこそ翻訳大賞にふさわしいと思う。

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【推薦者】橘 弥宵生
【推薦作品】『パールストリートのクレイジー女たち』
【作者】トレヴェニアン
【訳者】江國香織
【推薦文】
7歳の少年が不安定な母親と幼い妹を背負ってスラムに近い街で知性と達観とイマジネーションを抱えて、10歳へと成長していくリアル。こどもは大人が考えているよりよっぽど大人である場合がある。貧困と戦い、孤独な母を抱きしめて母に寄りそう息子の愛ある奉仕。この母は親ぶるけれど、息子が母親らしく振る舞うことをさせてあげている。いま思えば幼い頃、こういう大人な息子が母親にこっそり尽くしているのを、同世代で目撃した気もする。女子の知らない、男子のやさしさ。彼らは母親や女性の女ジェンダー支配のしょうもなさに付き合うやさしさをもち、彼女らの顔を立てようと必死にナイトになろうとする。たいていの場合、そのことを母も女も、知らないけれど。こどものリアルな気づかいと葛藤と、豊かな知性を目の当たりにする書。やわらかに語られる、豊潤な世界。

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【推薦者】小松原 宏子
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケ―ラ・デプリンス、エレーン・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
難民問題が世界的に関心を集めている今こそ、日本の子どもたちにこの一冊を読んでもらいたいものだと思います。受け入れ側の目線だけからでは何も解決しないことを、この少女の自伝が教えてくれます。自分が、わが子が、国の犠牲になったとき、どういう手が差し伸べられるべきか、考えさせられる作品です。日本にいては知ることのできない現状を、すぐれた翻訳が、おとなにも子どもにも伝えてくれています。

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【推薦者】犬埋てつを
【推薦作品】『ムシェ 小さな英雄の物語』
【作者】キルメン・ウリベ
【訳者】金子奈美
【推薦文】
豊かなディテールと行き来する時間軸の間を道草のように歩いていると、悪夢と現実、幸福と喪失感、境界線が曖昧になったような陶酔を覚えます。何よりこの本のようなルーツを探る行為が、原体験なき暴力に対抗する希望かもしれないなと思いました。

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【推薦者】しげる
【推薦作品】『千の顔をもつ英雄〔新訳版〕』(上・下)
【作者】ジョーゼフ・キャンベル
【訳者】倉田真木 斎藤静代 関根光宏
【推薦文】
作品へのアクセスを容易にするのが翻訳の、翻訳書の意義である。としてみると、こうしたもはや古典と言える名著を平易な訳文で、しかも手を出しやすい価格で提供してくれた本書を推薦しないわけにはいかない。キャンベルとビル・モイヤーズの対談集である『神話の力』を読んだときにも感じたが、キャンベルという人は、それこそ神話がそうであるように、シンプルな、そして時にユーモラスな表現で含蓄のあることを言う。そういう軽やかさがこの新訳版には出ているように思う。欲を言えば、解説では本書の学術的な価値について触れてほしかった。

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【推薦者】くるり
【推薦作品】『お静かに、父が昼寝しております――ユダヤの民話』
【作者】――
【訳者】母袋夏生
【推薦文】
民話は、「国」「土地」ではなく「民」の話なのだとあらためて思う。中東、ヨーロッパ、アフリカ、中央アジアの各地で語り継がれたユダヤの民の物語は、異なる文化のなかで生き抜く知恵の宝庫なのだけれど、どれも教訓めいたところのない、大らかさとユーモアに満ちた楽しい話ばかりだ。賢く気高いいち市民の話があったかと思えば、「だれよりも聡明な」ソロモン王の人間味あふれる言動が語られ、表題作では非ユダヤ教徒を称える。この豊かな世界を一冊の優れた本に纏め上げた訳者の母袋夏生さんの仕事には、敬意と感謝の気持ちでいっぱいになる。

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【推薦者】灯千華
【推薦作品】『べつの言葉で』
【作者】ジュンパ・ラヒリ
【訳者】中嶋浩郎
【推薦文】
イタリア語を深く愛するあまり、ローマへの移住を決意した作家、ジュンパ・ラヒリ。「生まれたばかりの赤ん坊のように抱きかかえているわたしのイタリア語を守りたい。」こう語る彼女の豊かな発想から教わることは多い。読み進めていくうちに、偉大な思索の旅へと誘われる。ラヒリの鋭い考察はやがて読み手の内面にまで及び、常識や観念を変容させていく。自分の中にある隠された感情や、戸惑い、欠けているものの濃さと向き合わざるを得なくなる。書物とは、書き手の放った光を受け止め、読み手へと反射させる鏡のような存在なのだと気づかされる。「集める単語一つひとつとの縁を感じる」という彼女の言葉から、言語とは人間が征服すべき“道具”などではなく、長い時間を掛けて関係を築いていくべき“家族”なのだと思い知らされた。イタリア語に限らず、全ての語学学習者に贈られるべき、珠玉のエッセイだ。

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【推薦者】soulfly
【推薦作品】『凍える墓』
【作者】Hannah Kent(ハンナ・ケント)
【訳者】加藤 洋子
【推薦文】
ヨーロッパ最北の地、アイスランド。この国の人なら誰もが知っているという、アイスランド史上最後の死刑囚の話をもとにしたフィクション作品。とある農場で起きた殺人事件の主犯として「その日」を待つ女性死刑囚、アグネス。死刑執行までの間、彼女が過ごすことになったのはある家族が住む農場だった。当然、家族たちは彼女を恐れ受け入れることを拒んだが、牧師の努力のもと日々の生活の中で少しずつ打ち解け、事件の真実を語り始める……も、「その日」は刻一刻と近づいきている。どこまで真実が語られるのかハラハラしながら読み進めた。アイスランドでもヨーロッパの国でもない、オーストラリア出身の著者の「第3者視点」によるアイスランドの風景描写がとても分かりやすく、より物語に入り込んでしまった。

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【推薦者】平井 志帆
【推薦作品】『忘れられた巨人』
【作者】カズオ・イシグロ
【訳者】土屋政雄
【推薦文】
良い翻訳の基準はひとそれぞれかと思いますが、私にとっては翻訳者の個性が出ているか否かが最重要であり、訳の正確さは必ずしも必須ではない…と思っています(勿論正確かつ日本語として美しい面白いのが一番ですし多くの翻訳者の方は正確に訳されていると思いますが)。古くは瀬田先生の子供さえ夢中にさせてしまう訳文や、原書の魅力を(恐らく)倍増しにする藤本和子さん/ブローティガンの様な幸福な出会いが理想です。本書も、この作家の小説はこの訳者の文章で読みたい!と思わせる作品です。久々のイシグロ作品を読める幸福はまた、土屋さんの翻訳が読める幸福でもあるのです。

書影

【推薦者】きつねふぁん
【推薦作品】『リュシル: 闇のかなたに』
【作者】デルフィーヌ・ドゥ・ヴィガン
【訳者】山口羊子
【推薦文】
高潔な母に対する敬意とその家族の運命を綴ったこの物語には、用心してかからねば。次々と明かされていく暗く痛ましい家族の秘密。その背景にあるものは一体何なのだろう。辛い出来事が起こる度に考えさせられた。敬い深く愛する母の人生に深く寄り添い洞察していくうちに、著者は立ち止まり疑問を持つ。書くことを続けてよいものか、どこまで明かしてよいものか。我々に打ち明けているような印象も持てるが、決して著者の見解を押し付けることはない。人は苦しんだ過去に触れないよう生きたくなるものだが、辛い経験と真摯に向き合う著者に拍手を送りたい。母娘の愛と神秘に浸ることができ、生命のレッスンを受けたような一冊。

書影

【推薦者】椿
【推薦作品】『独りでいるより優しくて』
【作者】イーユン・リー
【訳者】篠森ゆり子
【推薦文】
ひとりの女性の死から始まる物語。自殺か、他殺かも分からない。関わった3人は、自らの生を存分に生きることができないまま、時間だけが過ぎていく。変化の時は一瞬で、あとはじわじわ失っていく。どこへ繋がっていくあてもないまま、失い続ける。彼らの姿は、私の姿。彼らに起こった出来事ほどの記憶も持たず淡々と現実を生きる私も、いつも何かを失い続けている。私はこれからもたびたび読み返すはず、事件の謎ではなく、私自身の謎に近づくために。

書影

【推薦者】尾崎 明
【推薦作品】『歩道橋の魔術師』
【作者】呉明益
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
台湾の現代小説がこんなにも面白いものだと教えてくれた作品。とても読みやすく丁寧な翻訳で、つっかえることなく、するすると読むことができた。作品自体の魅力も大きく、小説の可能性を感じさせてくれた。

書影

【推薦者】SHU
【推薦作品】『25年目のただいま』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ
【推薦文】
真実は小説より奇なり とは正に本書の事である。インドの貧しい家庭の男の子が、5歳の時に兄とはぐれて迷子になり、そして数奇な運命を経て、オーストラリア人に引き取られて幸せな人生を送る。だが彼は自分の母、家族のことが忘れられず自分の生地を、グーグルアースで探し始める。そしてなんと、迷子になってから25年後に母と再会する。ドキュメンタリータッチの文体に引き込まれ、一気に読んでしまった。人生は強い思いとあきらめない心を持ち続ける事が大切だと感じた。皆さんも是非この本の感動を味わってください。

書影

【推薦者】加藤 靖
【推薦作品】『世界の誕生日』
【作者】アーシュラ・K・ル・グィン
【訳者】小尾芙佐
【推薦文】
本作の大半は〈ハイニッシュもの〉とよばれる、両性具有の異星人の世界を描いた六品の思考実験的なSF短篇である。『闇の左手』から五十年近い時を経てジェンダーに関する社会のあり方は大きく変化しているが、こうした作品が依然として力を失わないのは、生まれも言語も道徳も異なる人々と向き合う方法をわたしたちに教えてくれるからだ。つづいての表題作『世界の誕生日』では神権政治の世界を舞台に次世代の「女神」となるはずだった皇女がその神性を手放す道のりを、トリを飾る中篇『失われた楽園』では世代宇宙船というガジェットを用いて、新天地をめざす使命を不可避的に受け継いだ人類の航跡を描いた。翻訳作品の使命が言語や文化の壁をこえて未知のものを受け容れることにあるのならば、本作には賞の名を冠する価値がある。

書影

【推薦者】りなっぺ
【推薦作品】『キャロル』
【作者】パトリシア・ハイスミス
【訳者】柿沼瑛子
【推薦文】
1950年代、同性愛は許されない時代に二人の女性テレーズとキャロルは運命的に出会う。内面にゆがみと情熱が存在する矛盾を持つような若きテレーズ。テレーズと愛し合っていることを感じながらも、愛娘リンディを失うかもしれない状況に追い込まれ、それでも一人の女性として、母として誇りを持ち続けるキャロル。著者P・ハイスミスと訳者柿沼氏によってこの二人がとても魅力的に描かれている。その美しく、儚く、細部まで描かれた迫る描写にただただ引き込まれる。『キャロル』は美しい女性同士の恋愛小説という括りだけにとどまらない。一人の人間として人を愛すること、その人を愛する自分に誇りを持つことを描いた物語なのではないだろうか。P・ハイスミスの別名義で原作が出版されたのは1952年。時代を経て60年以上たった今、日本で映画化に伴い出版され、この作品に出逢うことができて感慨深い。

書影

【推薦者】益岡 和郎
【推薦作品】『アメリカ大陸のナチ文学』
【作者】ロベルト・ボラーニョ
【訳者】野谷文昭

【推薦文】
「架空の作家事典」という趣向は、ひとつひとつの人生を掌・短篇に凝縮するという作業の連なりだと思いますが、本書の翻訳はそれを為すための「省略の技術」をとても丁寧に再現し、届けて下さったのではないかと感じました。特に好きなのは、ザック・ソーデンスターンのヒロイックファンタジー長篇を紹介するくだり。省略美が支えるそこはかとない気色悪さに、うっとりいたしました。

書影

【推薦者】山根 正
【推薦作品】『地球の中心までトンネルを掘る』
【作者】ケヴィン・ウィルソン
【訳者】芹澤恵
【推薦文】
日常にありそうでない十一編の不思議なストーリーを集めた短編集。代理祖母派遣会社で「祖母」として働く女性、ちょっと変わった男の子に恋するチアリーダーなど、一風変わったキャラクターの心理描写が素晴らしいです。翻訳者は「フロスト警部」シリーズの芹澤恵さん。ケヴィン・ウィルソンの奇抜な世界を見事に日本語で再現されているように思います。

書影

【推薦者】三辺 律子
【推薦作品】『魔人の地』
【作者】カイ・マイヤー
【訳者】酒寄進一・遠山明子
【推薦文】
ファンタジー、ホラーの名手カイ・マイヤーの描く「オリエント的」ファンタジー。時は紀元八世紀、舞台はサマルカンドからバグダッドにいたる地域。ただし、「魔人戦役から52年後」。魔術師たちが産み出したと言われる「魔人」の攻撃に遭い、人類は滅亡の瀬戸際に立っている。主人公は、空飛ぶ絨毯乗りのターリクとジュニスの兄弟。そして、謎の美女サバテア。三人は微妙な三角関係を保ちつつ、絨毯に乗って、バグダッドを目指し魔人の地を渡ろうとするが・・・・・・。ひさしぶりに異世界を堪能できるファンタジー。空飛ぶ絨毯はもちろん、銀の蛇、象牙の馬、記憶を食らう魔物など、ところどころにちりばめられた不思議な存在が魅力を放つ。ファンタジー翻訳の名手の紡ぐ文章で読める幸せ(当然ながら、お二人の息もぴったり)!

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【推薦者】とらぶた
【推薦作品】『バンディーニ家よ、春を待て』
【作者】ジョン・ファンテ
【訳者】栗原俊秀
【推薦文】
  恥ずかしながらイタリア移民のことは、アメリカ映画でデフォルメされるイメージしか知らなかった。知らない世界の文学を読むのは普通、少し骨が折れる。だのにこの作品は、読み始めるなり世界に引き込まれた。イタリア移民1世一家。飲んだくれで子供を殴る迷惑なレンガ工の父さん。父さんを愛するいちずな母さん。イタリア系もカトリックも、出自がいやでたまらない長男坊。先の見えぬ貧乏、差別。悲惨なのに、愛情豊かな人々とおとぼけな文体に笑ってしまう。平易でいて細部がきめ細かく音感が豊か……おそらく原作者と呼吸がぴったり合っているにちがいない訳文が絶妙だった。一見オーソドックスな写実のやり方で、描写や叙述を練り上げてじっくり世界を立ち上げることがいかに力量のいることか、じっくり教えてくれる翻訳作品だった。

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【推薦者】本とランプ
【推薦作品】『突然ノックの音が』
【作者】エトガル・ケレット
【訳者】母袋夏生
【推薦文】
イスラエルの作家の本は読むのは初めてだった。人やこどもに対する優しさが底のほうにずっと流れている。訳者あとがきの作者の来歴を読むと切なくなる。その中から、この物語群は生まれたのだろうか。

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【推薦者】樫原 辰郎
【推薦作品】『暴力の人類史』
【作者】スティーブン・ピンカー
【訳者】幾島幸子・塩原通緒
【推薦文】
とりあえず分量に圧倒され、そこで語られる惨たらしい暴力の歴史にも圧倒されました。とはいえ、人類史に向けられた著者のまなざしはポジティブであり冷静であり、未来への希望を感じます。良くぞ翻訳してくれたものだと、訳者のご両人には深く感謝します。

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【推薦者】ハマジン
【推薦作品】『すべては壊れる』
【作者】ベルナール・ラマルシュ=ヴァデル
【訳者】鈴木創士、松本潤一郎
【推薦文】
時間の傾きに従って腐敗(液化)・崩壊してゆく死と、写真や書物(ボシュエ『追悼演説集』)に保存されることで時間に抵抗する死、2つの「死」の様相に対する執拗な凝視。「嘘つき」のボヌール夫妻を介してテレビの向こう側から語り手のテリトリーであるマールバッハの領地へと徐々に侵入する裸の女たちの「ドンチャン騒ぎ」と、彼女たちを「遠隔操作」する男たち=占領者たちによってもたらされる、生殖と寄生虫の地獄。―赤足の”群れ”と「ドラ」や「ヘルツォーク」といった名前を持つ”個体”との間を行き来する犬たちのように、集合と離散・組織化と解体の間を絶えず行き来することで小説の「全体像」を問いに付す、本作の驚異的な言葉の増殖(洪水?)を日本語で読ませてくれた訳者たちに感謝いたします。あと犬カワイイデス。ケモノバカ必読。

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【推薦者】きい
【推薦作品】『カールの降誕祭』
【作者】フェルディナント・フォン・シーラッハ
【訳者】酒寄進一
【推薦文】
いつ何時、人が「悪」の側に転じるかわからない。その瀬戸際を描くシーラッハらしい一冊でした。原書を貫いているであろう作者の上品な文章を損なわない和訳で、恐ろしくも美しかったです。凄惨な殺人シーンは胸が痛くなる内容でしたが、ゾッとするような人間心理と、美しいクリスマスの光景に完全に惹き込まれました。それから、タダジュンさんとコラボしたという装丁も、不気味な世界観に味わい深さを加えていて、トータルで素晴らしい一冊だったと感じています。

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【推薦者】神部 明世
【推薦作品】『歩道橋の魔術師』
【作者】呉明益
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
近くて遠い台湾の、同じく近くて遠い80年代を描いた短編集。今はもう取り壊されたショッピングモール「中華商場」が舞台になっていて、読み手は「すでになくなった場所」での不思議な出来事や、過去をふり返る主人公の思いを読むことになる。戒厳令下の軍事パレードや、怪しげな幻術をつかう魔術師との出会いなどが登場し、日本語で読む読み手が感情移入したり「これは私のことだ!」という思い入れを抱いたりできるエピソードはあまりない。読み手と描かれている世界との間には薄い膜のようなものがあるにもかかわらず、そこを通り抜けて伝わってくるエッセンスが胸をしめつけてくる。原文に忠実で読みやすい訳文でありながら、翻訳書を読むときに感じる「微妙な距離感」を楽しませてくれるよい翻訳でした。

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【推薦者】にゃおバス
【推薦作品】『オルフェオ』
【作者】リチャード・パワーズ
【訳者】木原善彦
【推薦文】
この本は音楽そのものである。比較的現代クラシック曲を軸に色々な音が絡み合い、主張しあう。内声が声をあげ、文体が口をつぐみ、休符がリズムを作り出し、主人公を取り巻く人々はどこか途切れどこか救いがなく「終末の音楽」を手に持ち混沌を作り出す1人になる。音楽とはなにか?人生とはなにか?そういう物語を聴いてみたくはないか?音楽はどれだけ言葉を尽くしたっていいんだよ、どうせ残るものは音のみなのだから。読みながらあなたの中から音楽が鳴ってはこないか?それはどういう音だろう。

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【推薦者】藤枝 大
【推薦作品】『ムシェ 小さな英雄の物語』
【作者】キルメン・ウリベ
【訳者】金子奈美
【推薦文】
本作はメロドラマである。涙無しには読めない。「大衆的」で「通俗的」である。だが、われわれはみなメロドラマのただなかにいる。一日を一瞬を「大衆的」で「通俗的」に生きている。俯瞰すれば似たようなこの意思や行動。それらがひっくるめられるのは、しかし、あとになってからなんである。われわれはいまを生きているから、それらは個別具体的で血が通っている。キルメン・ウリベのこの小説は前作と比較しても、明らかにメロドラマである。だがここに書かれているのは、われわれの一日や一瞬なんである。「大衆的」で「通俗的」であると同時に血が通っている、たんたんと生きてでもドラマチックな現実なんである。この文章を打ち込みながら熱くなって思わず「メロドラマ!」と叫びそうになった。ひっくるめられれば無かったことにされるこの衝動も、だが実際にはいま確かにここにあるのである。

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【推薦者】門脇 智子
【推薦作品】『エンジェルメイカー』
【作者】ニック・ハーカウェイ
【訳者】黒原敏行
【推薦文】
 冒険活劇であり悩めるヒーローの成長小説でもあるという物語としての面白さを存分に味わい、機械職人の仕事、古き良きギャング文化、蒸気機関車などの道具立てで作られた美しいノスタルジックな雰囲気にうっとりし、女性登場人物の描き方の圧倒的な新しさにはっとさせられました。見事にバランスのとれた良質のエンターテイメントだと思います。原文の文体はけっこう難解だと思うのですが、それを解きほぐしてわかりやすく表しながらも軽くなりすぎておらず、さりげないユーモアが伝わり、会話が自然に耳に響くような訳もすばらしいです。

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【推薦者】ヨーセク
【推薦作品】『できる研究者の論文生産術』
【作者】ポール・J・シルヴィア
【訳者】高橋さきの
【推薦文】
本書は良質な学術論文を量産するための指南書だ。論文が書けない理由から動機付け、文体や具体的な構成に至るまで、さまざまな具体例を挙げて良質な文章の書き方について記されている。これらの書き方は他分野の長文にも応用できる。小説やエッセイ、旅行記など長い文章を完成させたいという方にもオススメの一冊だ。本書では、痛烈な皮肉や思わずクスっとしてしまうユーモアをちりばめ、どのように書けば引き締まった表現になるのかが明確に示されている。とくに英文と和文が併記さた箇所は、シンプルで端的な表現の重要性をハッキリと教えてくれる。また、本書に溢れる形容詞や名詞の処理にも注目だ。翻訳者の真摯な姿勢が伝わり、翻訳とは一字一句を大切にする作業であることがよく分かる。(しかし今回は大いに迷った!『国を救った数学少女』『紙の動物園』『われら世界史スーパースター』など良作が多く、最終日まで迷いました!)

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【推薦者】冬泉
【推薦作品】『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』
【作者】ヴァーノン・リー
【訳者】中野善夫

【推薦文】
贅沢な読書の時間を愉しめる大冊。この作家の小説がまとまった形で日本語で読めるのは初めて。つまり規模の大と意義の大において大賞にふさわしいと思い推薦する。十九世紀末から二十世紀初に古代や中世への憧憬を込めて書かれた、小説というより古譚と形容したい物語の数々は時に哀切、時に滑稽、時に妖艶、時に幻怪。博殖と典雅な文体を以て描き出される人びとの情念には本朝で言う「もののあはれ」の気配さえ漂う。読むうちに両性具有的文学という言葉が思い浮かんだ。世紀末文学の鍵語ではあるし、ヴァーノン・リーが男性名によって書いた女性であったということもあるが、男性性と女性性、過去と現在、所謂アポロン的とディオニュソス的要素を自らのうちに並存させつつ、その「境をまぎらかす」ように書かれているから。翻訳は単なる移植ではなく、異なるものに自らの内なる対応物を発見する営みでもあろう。日本文化の用語を使ってみたのはそのため。本を彩る林由紀子の装画・蔵書票はキメラ的異形の美に満ち、中野善夫の抑制された訳文の筆致も素晴らしい。

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【推薦者】与儀 明子
【推薦作品】『エンジェルメイカー』
【作者】ニック・ハーカウェイ
【訳者】黒原敏行
【推薦文】
私の呼吸に合うリズミカルな文体で、息をするたび局面が変わるのが、心身一致というかんじ。書き出しの一行ですぽーんとはまり、あとはラストまでするする読める。とはいっても、書かれ方は捻りがありユーモラス。え? どういうこと?→そういうことか!→ニヤニヤといったふうに、文章を追うたび様相が変わる。気持ちいいといえば、後世にまで語り継ぎたいくらいセックスシーン(の謎と真相)がすごい。そこを読んだときに、推すのはこれだと決意した。壮大な物語ながら、細部の描写がいい。相手がもう死んでいると薄々わかりながら主人公が友達の家に踏み込む場面の、あの、独白から友人の人間性が浮かび上がるところ。少女スパイが大人の女性にいだく性のうずきの、なんともいえない初々しさ。あと、象さん軍団(象さんたちは映画を観るのがだいすき!)と、象さんたちに育てられた犬バスチョンが可愛すぎて悶絶。

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【推薦者】かわの ゆうき
【推薦作品】 『書店主フィクリーのものがたり』
【作者】ガブリエル・ゼヴィン
【訳者】小尾芙佐
【推薦文】
頑固で自説を曲げない、離島の書店主・フィクリーと、その周りの人との関わりの話。ある日フィクリーの店に赤ん坊が置き去りにされていたことから、全てが動き出す。偏屈男とかわいい少女のパートナーものであり、ジョージ・エリオットの「サイラス・マーナー」や手塚治虫の「ブラックジャック」を彷彿とさせる。フィクリーが、マヤとの日々で少しづつ人間らしい心を取り戻していくさまが心地いい。作中の人間関係を見事に着地させる、完成度の高い小説。また、装丁から生まれる癒しの物語としての期待感を、全く裏切らずに応えてくれる。文章のセンスも光っており、原文の良さを光らせた翻訳も秀逸。マヤの成長をフィクリー目線で追わせてくれるので、マヤが主人公の続編への期待感も抱かせる。

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【推薦者】Madorena
【推薦作品】『キャロル』
【作者】パトリシア・ハイスミス
【訳者】柿沼瑛子

【推薦文】
50年代、クリスマスのNY、舞台美術家の卵、19歳のテレーズはデパートの玩具売場で働きながら将来、才能、婚約への不安、現在の閉塞感にひしがれていた。そこに現れた歳上の美女キャロルに魅せられた時、テレーズは殻を打ち破って行動する力を得る。お互いにしがらみを振り捨ててキャロルと旅をし、妨害や偏見と闘いながら成長するテレーズの掴む未来が美しく胸を打つ。震えて引き絞られた弦のようなテレーズの感情を余さず掬い上げた訳の見事さ。柿沼氏が20年来温めておられた訳業が遂に世に出た喜びと共に推薦致します。

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【推薦者】鈴木 晃一
【推薦作品】『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』
【作者】未詳
【訳者】伊藤比呂美/福永武彦/町田康
【推薦文】
とにかく『宇治拾遺物語』で大笑いしました。これが教科書だったら古典の授業はもっと楽しかっただろうにと思わずにはいられません。知名度ではあるもののその面白さが伝わりきっていなかった作品を、現代によみがえらせてくれたこと。当時の人がその当時の言葉で楽しんでいた物語を現代のわたしたちの言葉で読めるようにしてくれたこと。そのことで翻訳大賞に相応しいのではないかと思いました。

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【推薦者】Y K
【推薦作品】『ハバ犬を育てる話』
【作者】タクブンジャ
【訳者】海老原志穂・大川謙作・星泉・三浦順子
【推薦文】
 作品に描かれるのは、我々日本人が「神秘」という言葉で覆い隠してしまうチベット人の生活だ。私にとってチベット人の未知の生活は独特なものとして映る。「小説は複雑な世界を映す鏡である」という作者の言葉が示すように、この作品でチベットの生活と彼らが抱える複雑な宗教・政治・社会的問題を垣間見ることができる。が、実験的な構成を用いて描かれるタクブンジャの物語空間はチベットという枠に収まらない。作者が語るざらざらした現実の感覚は、風刺的な手法を以て、海を越えた我々のもとまで届く。複雑な人間関係、不条理な現実、誰もが抱える鬱屈とした状況がこの作品の通奏低音をなしているのだ。

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【推薦者】葛飾 阿北齋
【推薦作品】『世界文学論集』
【作者】J・M・クッツェー
【訳者】田尻芳樹
【推薦文】
 『世界文学論集』と銘打たれると、どうしても教養主義的で退屈な読み物を想像しがちだ。しかし、カルヴィーノやクンデラなど、作家による作家論の醍醐味を知っていれば、クッツェーはどんな風に小説を読むのか気になる。どの頁から読んでも差し支えないが、冒頭から批判的見解や毒舌が述べられたり、教壇から寛容に文学史を語る姿勢などここにはない。学者の博識と分析的志向、ジャーナリスティックな観点もあわせもった、小説家による本気過ぎる文学論。論じられる対象も教科書的でないところが魅力的だ。

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【推薦者】どん栗
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】舩山むつみ
【訳者】サルー・ブライアリー
【推薦文】
不思議なことに、読み始めるとすぐサルー目線の景色が見えてくる。翻訳を海に例えるなら、水面に顔をつけると水中に別世界が見えるような、そんな感覚。そして海水は熟成したワインのようにとてもまろやかだ。あらすじはお楽しみとして、ドキドキ、ワクワクし、そしてジーんとする。全体がポジティブなエネルギーに溢れた作品だ。旅したい気分の時、または、元気がほしい時に、お勧めしたい。

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【推薦者】日置 伊作
【推薦作品】『冬の物語』
【作者】イサク・ディネセン
【訳者】横山貞子
【推薦文】
昨年は、次の二つの円熟した作家の作品がとても心を打ちました。ひとつは、クリスティナ・ベイカー・クライン『孤児列車』(田栗美奈子、作品社)です。91歳の老女の下で働き始めた17歳の、ゴシック・ファッションに身を固める傷つきやすい孤児の少女が、老女と触れ合うことで起きる互いの変化を、見事な構成で描きあげた傑作で、翻訳の奇をてらったところも、原文に縛られすぎたところもない、透明感のある爽やかな完成度の高さに、とても好感が持てました。もう一つは、イサク・ディネセン『冬の物語』(横山貞子訳、新潮社)です。母国語のデンマーク語で本名のカーレン・ブリクセン名義で発表され(既訳あり)、またイサク・ディネセンの名で英語でも発表された作品ですが、内容的には少なからず違いがあるようです。英文から訳された横山貞子さんは、情感と気品を併せ持つ、稀にみる素晴らしい表現力で、胸に迫ってきました。

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【推薦者】スパイシーインディア
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ
【推薦文】
 5歳の時に兄とはぐれて迷子になった著者が25年の時を経て家族と再会するこの奇跡的な物語は、マスコミでも大きく報じられたことからご存知の方も多いかもしれない。本書を読んで、著者の独白で締めくくられるエピローグに胸がつまるのは私だけではないだろう。二人の母への愛と、二人の母から受けた愛、そして目には見えない大いなる力によって導かれた数奇な半生の結末が、静謐な文体で語られている。著者の実直で謙虚な人柄が日本語でもそのままストレートに伝わってくるのは、訳者の筆力による功績も大きいと考える。

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【推薦者】みき
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原 慶一郎

【推薦文】
とても読みやすい新訳にシンプルだが良質な装丁のクリスマス・キャロル。訳は各々の英単語の正確さよりも文脈の流れを重視したものとなっており、素直に共感した。挿絵は私が慣れ親しんだJohn LeechのものではなくSol. Eytingeのもので、こちらの方が点数が多い由。確かにこの訳にはこの挿絵の方が合っているように思う。この本は、マッチ売りの少女が新年の喜びの中に入り込むように死と再生の季節を高らかに謳い上げる、とても素敵なクリスマス讃歌となっているように思う。電子書籍ではなく紙の本として、読書の喜びだけではなく所有する喜びも含め、多くの方々にお薦めしたい。

書影

【推薦者】瀧元 誠樹
【推薦作品】『智異山』(上・下巻)
【作者】李炳注
【訳者】松田暢裕

【推薦文】
  松田暢裕氏による訳書『智異山』は、新たな出来事の一つに数えられるものとなった。ここで言う出来事とは、新たに他者と自己が立ち現われる場であり、その記憶が分割=分有されて、人と人とが響きあっていくものごとである。普段、私たちは人と出会うときには自己紹介をする。「私は、○○の△△と申します」、と。つまり、はじめから自己ありきで構えているのである。しかし、根源的な出会いとは、新しい自分がその場で出会った人と共に生きはじめる出来事であり、新しい自分が呼び覚まされるものだ。友人と出会い、笑い、別れ、そして嗚咽している自分に気づいたとき、私は、読者ではなく、李圭でもなく、誰でもなくそこにたたずんでいた。歴史からこぼれおちた無名の人々が、私と共に立ち現われてくる。日常の私なら交流することの困難な、異言語・異世界の人々が、である。『智異山』は、混沌の世界を生きる私を誕生させてしまう良書である。

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【推薦者】梶村 加与子
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原慶一郎

【推薦文】
20歳から国連高等弁務官へ、30歳からはかものはしプロジェクトへいずれも世界の恵まれない子ども達への支援として、わずかではありますが毎月寄付をしています。恵まれない子ども達の事を思う時、いつも私の心に浮かぶ事。「飢えた子どもの前に文学は有効か」。新訳の本書を読み終えた時、はっきりと答えが出ました。人が幸せになるために、文学は有効である。素晴らしい訳でした。三人の娘たちがいつか巣立つ時に持たせたい。我が家には、私の分も合わせて本書が四冊あります。

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【推薦者】栗山 秋
【推薦作品】『不穏なるものたちの存在論 人間ですらないもの、卑しいもの、取るに足らないものたちの価値と意味』
【作者】李珍景
【訳者】影本剛
【推薦文】
韓国にも有名な研究者の本をついにみたのが楽しかったです。タイトルが興味を引く、現実につながる点もありますが、簡単に理解させることを許可しない思惟の深さがみます。いろいろな学問の合が主題を自然にまじります。訳者のまごころも感じました。

書影

【推薦者】ドギーマン
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ

【推薦文】
母親探しの話は古今東西いろいろあるが、グーグル・アースを使ったところが、今っぽくて、面白い。翻訳も、翻訳ものとは思わせないほどの自然な日本語で読みやすく、とても分かりやすい。映画化もされるようだが、その前に読んでおきたい一冊。

書影

【推薦者】楢山 健郎
【推薦作品】『智異山』
【作者】李炳注
【訳者】
松田暢祐
【推薦文】
訳者の「日本と韓国相互理解の一助に」の願いが1692ページにわたって強烈に丁寧にこめられ、読む者の心にズシンと伝わってきます。原書に出会い1日1ページの翻訳を自らに課して7年半、出版にこぎつけるまでさらに7年余り、気の遠くなるような歳月の中で時に折れそうになったであろう訳者の気持ちを支えたものは何だったのだろうか。読み進める傍らでそういう思いも生じました。さまざまな思いを抱かせてくれる本です。

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【推薦者】オランジェ
【推薦作品】『未成年』
【作者】イアン・マキューアン
【訳者】村松 潔
【推薦文】
誰しも一度ぐらいは経験がありませんか?強烈な、許しがたい程の衝動に駆られることを。理性が働き抑制してしまう人もあれば、心のおもむくままに行動し、それがもたらす影響に押し潰されそうになったりします。この様な心の動きを、作者は登場人物二人の中で表現し、翻訳者の村松潔氏が無駄のない美しい日本語で一つ一つ紡いでおられます。ページを繰る毎に登場人物の感情がひたひたと入ってきました。

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【推薦者】あらや
【推薦作品】『時の止まった小さな町』
【作者】ボフミル・フラバル
【訳者】平野清美
【推薦文】
20世紀後半のチェコ文学の代表者、ボフミル・フラバルの作品。本作の舞台は実際に父の職をきっかけにフラバル少年一家が移り住んだチェコの町で、時は第2次大戦前から戦後へと流れる。チェコ文学の特徴に、外からの支配という現実の不条理さの中でどう生きるかを皮肉を混ぜつつ想像させるということが挙げられるが、本作もそうである。この特徴に加え、魅力的な登場人物たちがいる。はやく成長したい「僕」、気性は荒いが家族思いな父、一家の所に居候する陽気で頑固なペピンおじさん。物語の前半が彼らの魅力を存分に伝えるが、それ故に後半の変化が読者に大きなショックを与える。戦争による変化と二度と元に戻らないという状況は、悲しみという言葉以上の感情を呼ぶ。チェコ文学の伝統が時代に負けずに残り続ける意味も感じずにはいられない。切ない読後感をフォローする訳者の旅行記もこの本の良きエッセンスだ。

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【推薦者】藤野 可織
【推薦作品】『帰還兵はなぜ自殺するのか』
【作者】デイヴィッド・フィンケル
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
これがどうして小説でないのかと、読んでいる最中も、読んだあとも、何度も思う。いろいろな意味で、そう思う。こんな悲しくて恐ろしくてやりきれないことが現実だなんて、という悲嘆とか、この内容を書くのに小説のやり方が採用された理由はなんだろう、とか。これはノンフィクションだけど、私にとってはこの世界における小説の存在意義を指し示す、暗号のような本だ。

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【推薦者】Haruka Matsuyama
【推薦作品】『独りでいるより優しくて』
【作者】イーユン・リー
【訳者】篠森ゆりこ
【推薦文】
ひとりの女子大生が毒を飲む。事件にかかわった三人の高校生は、やがて離れ、それぞれの生活を送るようになる。だれが毒を持ち込んだのか。殺人か自殺か。事件は解明されず、毒を飲んだ少女は寝たきりのまま、事件から二十年以上が経ったのち亡くなる。小説は、三人の過去と現在を行き来しつつ、それぞれの話が進行する。三人はそれぞれの孤独を生き、なにかしらを常に考えている。その、輪郭の曖昧なとらえどころのない思考の流れの描写がとても素晴らしい。頭のなか、行き着く先のない何かを考えずにはいられない。それがたとえ望んでいないことだとしても。とてもうるさいけれど、とても静かな小説。その静けさの重みに息をのむ瞬間がたびたび訪れる小説だった。

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【推薦者】ぐそくむし
【推薦作品】『コービーの海』
【作者】ベン・マイケルセン
【訳者】代田亜香子
【推薦文】
交通事故で片足を失った少女の絶望と再生を描いた作品。座礁したクジラの親子を助けたことにより、自分も座礁した状況から抜け出すことができ、大好きな広い海にまたこぎだす日を迎える。クジラ親子の様子、少女の揺れ動く心、まわりの人々の自分本位な言動。新しい友だち。それらをときにユーモラスに、ときにリアルに綴る、清々しいほど美しい訳が、物語のラストまでぐいぐい引っぱっていってくれた。

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【推薦者】杉山 眞弓
【推薦作品】『それはどっちだったか』
【作者】マーク・トウェイン
【訳者】里内克巳
【推薦文】
かのマーク・トウェインの晩年の幻の傑作。これまで邦訳が出ていなかったのが、ようやく出た。よくぞ訳してくれましたとお礼を言いたい。著名な作家でも、邦訳の出ていない優れた作品はまだ眠っているはず。翻訳でしか作品に触れることのできない読者のためにも、このような作品を出すことに意味があると思う。

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【推薦者】ロニ
【推薦作品】『バイクとユニコーン』
【作者】ジョシュ
【訳者】見田悠子
【推薦文】
ふだんあまり海外小説は読まないけれど、これは大当たり。おもしろく、読みやすく、一気に読めた。小説を通し、キューバという遠く離れた国に住む、極々ふつうの人びとの生活や悩みを垣間みて、人間のたくましさとあたたかさを痛感した。原著なのか訳なのかわからないが、ロック感あふれるリズミカルな文体(町田康的なユーモアある文体というか)は、とても今っぽくって新鮮だ。「キメラなど存在しない」がとくに好き。

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【推薦者】斎藤 真理子
【推薦作品】『出身国』
【作者】ドミトリイ・バーキン
【訳者】秋草俊一郎
【推薦文】
強烈に変な人物の物語ばっかり出てくる本。夢中で読み終わり本を閉じても、窓が開けっ放しで悪い風がヒューヒュー入ってくる感じ。または、轟音の耳鳴りが残る感じ。なのにとっても静かです。手ごわい嚥下・咀嚼をしたことは覚えてるけど、何を食べたかさっぱりわからない。今まで知らなかった「後味」にとまどい続ける時間が長かったです。それを余韻というのかもしれませんが。刊行からほどなく作者が亡くなってしまったことも、余韻の一部でした。長い長いセンテンスをたぐっていっても迷子にならず、ちゃんと着地でき、しかも居心地の悪さがありありと残る、これは翻訳の力なんでしょうと思いました。とってもとってもとっても迷いましたが、最初に思い浮かんだこの一冊に絞りました。

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【推薦者】横田 剛
【推薦作品】『SF雑誌の歴史 黄金期そして革命』
【作者】マイク・アシュリー
【訳者】牧 眞司
【推薦文】
アメージング、アスタウンディング(アナログ)、ギャラクシー、F&SF、オービット。アシモフ、クラーク、ハインライン、バラード、エリスン、ディッシュ、ル・グィン。本作は1950年代を扱った前作の正統的続編で、SF雑誌が煌びやかな光を放っていた1960年代を主に扱ったノンフィクションだ。前作ではあまり馴染みのない雑誌や作家の名前が並んでいたのと対象的に、今度はたくさんの自分の知ってる名前が挙がっていく。最初にあげたのなんかほんのほんの一部。今まで自分が読んできた作家や憧れていた雑誌が、黄金期にふさわしい混沌とした熱気とともにふんだんに詰まってるのだ。そして驚くほど充実したインデックスもまた素晴らしい。ほんとに面白かったあ。

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【推薦者】古屋 美登里
【推薦作品】『エラスムス=トマス・モア往復書簡』
【作者】エラスムス トマス・モア
【訳者】沓掛良彦 高田康成
【推薦文】
素晴らしい訳業です。時代を超えてもまったく失せないものを見事に訳していて、ため息が出ます。ふたりの友情の姿、ふたりが交わす言葉と教養、そして思い。モアの遺書ともいえる最後の手紙。名文としか言いようがありません。このような翻訳書が出版されることの幸せを噛みしめました。多くの方に読んでいただきたいです。

書影

【推薦者】ハト牧場
【推薦作品】『ミニチュアの妻』
【作者】マヌエル・ゴンザレス
【訳者】藤井光
【推薦文】
疑問符に吊り上げられすとんとその世界に降ろされたような短編集である。そこは奇妙で、だが自分の属する世界のパラレルのようでもあり、だがやはり奇妙。出てくる人物も見知ったような感じなのに何かがおかしくて、読者は全く先が読めずに「それで?それで?」と疑問符に吊り上げられながら先へ先へとぐんぐん連れてゆかれる。奇妙な世界での登場人物たちはきっとその世界ではありきたりの平凡な人間たちで、だが私たちにはそれがとても魅力的で、彼らの先を知らずにはいられない。そして状況は進みさあ最後はといった時、唐突に物語は途切れる。が、私たちは何故かそれで納得させられてしまう。そこには全体を包む柔らかな安堵があり、その安堵と次の期待に胸を膨らませながらおとぎ話の先を求めるように次の「それで、それで?」を求めて次の世界へと疑問符に吊り上げられてゆくのだ。

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【推薦者】金山 倫子
【推薦作品】『幸せのグラス』
【作者】バーバラ・ピム
【訳者】芦津かおり
【推薦文】
現代版ジェイン・オースティンと言えるバーバラ・ピムの作品が読める幸せ。大事件が起こらなくても、人間関係だけで充分面白い小説が出来上がるのだと言うことがよくわかります。今まで日本語に翻訳された作品は全て非常に面白かったですし、他の未訳作品が翻訳されるのを楽しみにしています。

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【推薦者】ドルマ
【推薦作品】『雪を待つ』
【作者】ラシャムジャ
【訳者】星泉
【推薦文】
チベットにほのかな興味を持つかたの数は多くはないものの、一定数いらっしゃると思うのですが、チベットの本というと美術書や旅行、チベット問題を扱ったものが多く、実際の市井の人々の暮らしや思いを物語ったものはあまりなかったように思います。「雪を待つ」ではチベットの村の4人の子供たちの生活と成長が丁寧に書かれているのが大きな魅力です。そしてチベットの村ならではの伝統的な暮らしと人間関係が、近代化と中国の政策に影響を受けて変わっていくさまが、その4人の子ども達の思いや変化と連動して展開していくのです。かつての日本や他の国どこでも似たような物語があるかもしれません。気になる成長後の4人の物語も嬉しいです。

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【推薦者】長瀬 海
【推薦作品】『サリンジャー』
【作者】デイヴィッド・シールズ、 シェーン・サレルノ
【訳者】坪野圭介、樋口武志
【推薦文】
アメリカの文学はサリンジャー以前と以後に分けられる、とは果たして誰が言ったか(いま俺が言った)。生涯片手で数えられるほどの作品しか執筆しなかったにも関わらず、その強大な影響力は今も衰えることがないサリンジャー。本書はそんな彼の知られざる過去を全てあばきだした評伝であり、膨大な資料と証言をまとめた叙述のスタイルはまるでドラマを見ているかのよう。ジョン・レノン殺害犯など、この小説家の「悪い」読者の心理までをも分析した800ページをまるっと読むと、ホールデン・コールフィールドの表情がもっともっと豊かになるのだ。

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【推薦者】flammie
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ

【推薦文】
普段はあまり本を読まない私が、友人に薦められて手に取ったのがこの本である。この本は、活字からの想像力が乏しい私が最初から最後まで本に書かれた内容を頭に描くことができた作品である。読み始めは通勤時間の時にだけ本を読んでいたのだが、いざ読み出すと先の展開が無性に気になってしまい、読み終わるまではほとんどの空き時間をこの本に費やしていた。この本の魅力は奇跡的な実話が題材になっていることはもちろんのこと、原作者の文章力、そして翻訳者の翻訳力にあるだろう。特に翻訳力については凄く、活字慣れしていなくかつ日本人の私が、翻訳された日本語の表現に違和感なく物語の世界へ入り込んだことは、かの有名なハリーポッターシリーズ以来である。このような素敵な本が世に存在するのであれば、今後は読書を趣味にしようかとまで思わされた作品である。

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【推薦者】good job
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ
【推薦文】
 グーグル・アースをツールとして別れた家族を探す・・・一瞬、気楽に読めそうな内容かと思って読み始めたところ、次から次へと起こる展開に深く深く引き込まれていきました。そして自身の体験を『絆』というテーマをしっかりと掲げてまとめあげているところにも感動しました。非常に読みやすい訳になっており、原作の素晴らしさに翻訳というスパイスが加わって、とても良い作品に仕上がっていると思います。

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【推薦者】たぬたぬ ちむ
【推薦作品】『タウンボーイ』
【作者】ラット(Lat)
【訳者】左右田直規
【推薦文】
マレーシアのマンガ『カンポンボーイ』を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。マレーシアの国民的漫画家ラット氏の代表作『カンポンボーイ』に続く本作でも、主人公のマットを通して、ラット氏自身の少年期を回想しながら、情景とともに様々な経験や出来事が一貫して描かれているのが、マンガの作風としてユニークな点だと思います。さらに、前作の「カンポン」(村)からイポーという「タウン」(町)に移り住み、生活環境の変化や、民族の違いを超えた出会いと友情、そして別れが主人公の成長とともに綴られているのも読みどころです。マレーシアの多民族な都市での人々の生活ぶりも細かく描写され、マレーシア社会の様子がよくわかります。また、随所にちりばめられたユーモラスなセリフや登場人物のコミカルな表情も面白く、作者の温かい人柄が垣間見られるほのぼのとした味のある作品で、イチオシです!

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【推薦者】kikirara
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子

【推薦文】
これは現実の出来事なの?と思うほどのミケーラの壮絶な人生に言葉が出ませんでした。日本に生まれ育った自分の環境とのあまりの違いに愕然としました。幼い頃の両親との悲しい死別、精神的、肉体的に虐待を受けながらの孤児院での辛く苦しい生活を経て、アメリカの新しい両親の元でバレエという夢に向かい努力していく姿に胸を打たれました。どんなに才能を持った子でも、生まれた環境でそれを発揮できないで終わってしまうことの悲しさ。平和と教育の大切さを痛感します。ミケーラに、生きて、夢に向かって諦めないでくれてありがとうと言いたいです。育ての両親にも尊敬の言葉しか見当たりません。大人が読んでも充分な読み応えですし、これから大人になっていく悩みを抱える子、何をしたらいいか分からない子、夢を叶えるべく努力している子たちに是非読んで欲しい本です。読み終わったあと、体が希望で満ちて行きます。

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【推薦者】岩下 清香
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原慶一郎
【推薦文】
 何度も映画化舞台化され誰もが知っている話。偉大な作家チャールズ・ディケンズ。研究者による新翻訳は、まず冒頭から私の心をつかんだ。序文下「読者の忠実な友であり僕(しもべ)C.D.1843年12月」なぜかこの言葉が心に引っかかった。意外だった。宝物にしたい素敵な装丁。1853年41歳で公開朗読。映画に先駆けてまるで映画のような場面展開の裏に朗読というメディア?本当に彼が伝えたかったことは?彼の心は?子ども向けの話ではなく子どもを救うために大人向けにかいた?いったい彼はどんな人だったのだろうか?どんな生活をしていたのだろうか?本当のクリスマスの祝い方?どんなふうに生まれ育ったのか?それにしてもたまらないのは当時の食文化。ノーフォ―ク・ビフィン?マルドワイン?スモーキング・ビショップ?いろいろなお酒がある?!ディケンズが偉人ではなく生身の私と同じ人間で彼の息遣いや皮膚に触れるそんな素敵な翻訳でした。

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【推薦者】川瀬 俊治
【推薦作品】『智異山』
【作者】李炳注
【訳者】松田暢裕
【推薦文】
訳者は韓国留学時代の友人が「是非、日本の人に知らせてほしい」との願いを受けて、出版のあてもなく翻訳を開始した。毎日少しずつ日課として進め、訳し終えたときには総枚数が400字にして5400枚に達した。韓国では全7巻で刊行された原書だったが、翻訳本は上下2巻各900ページに及んだ。しかし、大部の作品のため出版社があらわれなかった。このめ、自費出版を決意意、経済的負担を少なくするため日韓の友人が協力、編集を日本で、印刷を韓国で行う日韓のスクラムで推進、東方出版が版元となりで世に問うた。朝鮮半島分断の苦闘は日本の植民地支配から理解を深めることこそ重要なのだが、当時の人々の呼吸を伝え、かつ解放後の朝鮮戦争まで視野におさめた文学作品が日本で紹介されていることは数少ない。しかし、『智異山』は植民地時代に生まれた主人公の半生を描き、解放後の混乱、苦闘を描き切った作品だ。翻訳は平易で読む者を魅了する。

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【推薦者】藤井 勉
【推薦作品】『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』
【作者】ジョルジュ・ペレック
【訳者】桑田 光平
【推薦文】
給料をあげてもらうために「上司に近づく」技術である。「近づく」には、機嫌をとる意味だけでなく、距離的な意味での「近づく」も含まれているのだから、厳密というか、どうかしているというか、人を喰っているというか。で、読んでも読んでも、一向に給料のあがる気配はない。その間に、なんとなく〈あなた〉の勤める企業の全貌が見えてきたり、上司に近づくのを諦めて退職するという選択肢のないことに、現代のブラック企業の姿を見たり。思考も脇道に逸れまくり、さらに昇給への道は遠のく。このおもしろさと給料のあがらなさを、労働基準監督署に訴えるわけにもいかないので、この場で訴える次第である。

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【推薦者】レーニナ
【推薦作品】『マイケル・K』
【作者】J.M. クッツェー
【訳者】くぼたのぞみ
【推薦文】
復刊にあたるかな? とも思ったのですが、訳者あとがきで「初訳を全面改訳し、さらに加筆した決定版」と書かれていたので、候補に推薦いたします。殺伐とした南アフリカの土地を、手押し車に病気の母親を乗せて進む場面は何度読んでも強く印象に残ります。ノーベル賞作家クッツェーの原点といえる小説です。原文が一見非常にシンプルだからこそ、余計な装飾をつけずに日本語に移し変えるのは、たいへんな作業だったのではないかと思います。

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【推薦者】S tachi
【推薦作品】『キャロル』
【作者】パトリシア・ハイスミス
【訳者】柿沼瑛子
【推薦文】
自分の感情に率直な若い主人公と、事情をかかえた大人のキャロルの恋の物語。互いを想う気持ちが純粋すぎて「そうそう恋に落ちるってこれくらい自然で計算のないものだったわー」と羨まく思ってしまった。この時代(1950年代)のことは詳しくないが、場面場面の描写が丁寧に描かれており、昔みたアメリカンニューシネマのオシャレで乾いた色彩が目に浮かびワクワクした。二人の会話は自然で、キャロルのセリフは洒落ているが嫌味がない。これはおそらく翻訳の力も大きいのだろう。同性愛の偏見など軽々乗り越えた、素敵な恋愛小説だ。

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【推薦者】きゅう
【推薦作品】 『悲しみのイレーヌ』
【作者】ピエール・ルメートル
【訳者】橘 明美
【推薦文】
2014年のヒット作品『その女アレックス』の前日譚。シリーズ2作目が先に発行されたのだから、1作目であるこの作品は、まあその程度のものなんだろうとあまり期待もせずに読んだら、残虐な犯行、マニアックな動機、予想を裏切る展開、そして知っていたはずの結末、どれを取っても本当に面白かった。読後アレックスよりもこっちを先に読みたかったと思ったが、よく考えてみると、イレーヌのあとだといろいろと予想できてしまい、それほどアレックスを楽しめなかったかもと思うので、結果的にこの順番で良かった。


【推薦者】そろそろ
【推薦作品】『氷 氷三部作2』
【作者】ウラジーミル・ソローキン
【訳者】松下隆志
【推薦文】
今年出る三部作の3作目の『23000』へ弾みをつける意味で!三部作1作目の『ブロの道』と迷ったけど『氷』の方がクール。『氷』を読んでから『ブロの道』を読んで、また『氷』を読んで『ブロの道』を読んで『氷』を読んで『23000』を待つ。

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【推薦者】橋本 泰久
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原慶一郎
【推薦文】
 ダイナミックな映像的描写と、誰の心にも染み渡る人間の機微。旧知の筋書きのはずなのにぐいぐいと引き込まれ、あっという間に読み終えてしまう。読後感はまるで良質な映画を観たあとのよう。寓話の説得力を増すためにもディティールへのこだわりは重要なのだと思い知った。ぼくの心の中のスクルージがようやく良心に目覚めた、最新最良のクリスマスキャロルの決定版です。

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【推薦者】小島 玲
【推薦作品】『ソラリス』
【作者】スタニスワフ・レム
【訳者】沼野充義
【推薦文】
これまでロシア語からの翻訳しかなかった『ソラリス』が、沼野充義氏によって原語であるポーランド語から翻訳された。ロシア語原典は、ソ連の検閲対策として一部が自主規制してあり、日本語でいえば四百字詰原稿用紙四十枚分近くが削除されていた。今回の新訳は、それらをすべて網羅した完全版である。『ソラリス』のミステリー的展開のおもしろさやイメージの豊潤さに、学術書のような深みが増し、非常に刺激的な一冊となった。読者としては非常に有難い。翻訳者の沼野氏とソラリスの出会いは四十五、六年前、氏が高校一年生の頃。並々ならぬソラリス愛を感じるあとがきも必読だ。作中唯一気になる点は、「!?」「!!!」などの漫画的とも思える感嘆符の多用か。知的おもしろさが増した分、子どもっぽく映った。内容は、言わずと知れた不朽の名作。何度読んでも新しく、深く、おもしろく、読み始めたら止まらない。この域に達した小説は少ないのではないか。

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【推薦者】善元 幸夫
【推薦作品】『智異山』
【作者】李 炳注
【訳者】松田 暢裕
【推薦文】
松田さんはすごい仕事をやり遂げた。小学校の教員で日々の授業を行いつつ、実に5000頁の翻訳。この仕事。関西では知る人ぞ知る名通訳者。作品には朝鮮の日本植民地時代の抗日闘争、若者たちの青春と挫折を、史実を基に描かれている。今日韓は関係があまり良くないという。しかしそうゆう時にこそコツコツと歴史小説の翻訳を手掛けた。そこには韓国の民衆の悲しさややさしさ、そして力強ささえ感じる。凡人の私たちにできない仕事!松田さんに脱帽!

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【推薦者】三星円
【推薦作品】『ブロディ先生の青春』
【作者】ミュリエル・スパーク
【訳者】木村正則
【推薦文】
タイムズ紙の「戦後、偉大な英国人作家50人」にも選ばれたミュリエル・スパークの代表作の新訳です。1930年代、エディンバラの女子学院を舞台に、青春をこじらせたハイミス熱血教師ブロディ先生と、先生のお気に入り女子生徒で構成されたブロディ隊の「青春」を描いた本作。とにかくブロディ先生のキャラが強烈。10歳の女子生徒たちの前でうっとりと初恋の話を披露したり、ムッソリーニに傾倒したり。そんな先生を気に入らないマッケイ校長はブロディ隊から彼女の弱みを聞き出そうと画策を重ねます。現在と過去が数行で入れ替わり、ブロディ隊の面々にどのような将来が待ち受けているのか読者は早々に知ることになりますが、それがかえってサスペンスさを盛り上げているうえ、全然読みにくくない。登場人物一覧が冒頭におかれているところもやさしいので、外国文学をあまり読まない方にもお薦めですし、スパークの未訳小説が翻訳されることを願って推薦します。

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【推薦者】仙津 里幸
【推薦作品】『べつの言葉で』
【作者】ジュンパ・ラヒリ
【訳者】中嶋 浩郎
【推薦文】
 ジュンパ・ラヒリにとっての母語や普段つかう言語との関わり方は特殊で、そのために中継地点としてのイタリア語を彼女は必要とした。言語の扱い方が他人とことなるせいで苦しめられてつくられた深い穴にはまるものをいちど見つけてしまったらもう見つける前にはもどれない。彼女にとってイタリア語とはそういうものではないか。その戦いの痕跡を日本語訳で読むことができるのは二重三重に意味があるとおもえたので推したい。

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【推薦者】のりぽん
【推薦作品】『クローヴィス物語』
【作者】サキ
【訳者】和爾桃子
【推薦文】
サキを知ったのはつい一年ほど前のこと。新聞の書評で興味を持った短編集を読んで、「な、なんだこの面白さは!」と衝撃を受け、他の作品も読みたいと探すものの、絶版になっていたりでなかなか入手できず・・・そんな折本書が発売された。皮肉やウイットに富んだサキに再び出会えた幸せ。今ドキの言葉もちりばめられた訳がまた面白いのなんの!サキの没後100年の今年、28の短編から成る本書を是非この賞に推したいと思う。

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【推薦者】H.N aino
【推薦作品】『100%月世界少年』
【作者】スティーヴン・タニー
【訳者】茂木 健
【推薦文】
月での生活が可能な未来、惑星間を飛び交うメガ・クルーザー、地球に存在しない色の瞳を持つ人々、その人々を追い込む法律…決して無視することのできないキーワードが満載です。それに加えて、キャラクターたちも、とても魅力的に丁寧に描かれています。月が舞台の小説ではありますが、悪役も仲間たちも、いま自分のいる世界とどこか通ずるものを感じてしまい、エンターテイメントでありながら内省的にもなる、とても素晴らしい読書体験ができました。映画化も決定されているようで、映像で表現される世界と、多くの人にこの小説を知ってもらえる機会が増えるのがとても楽しみです。

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【推薦者】さの あやこ
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
 多くの学びがある本だった。子どもだけでなく、大人が読んでも非常に読み応えや衝撃があり、多くのことを考えさせる本だ。翻訳も、ミケーラ自身が語っているような語調だが、鼻につくものではなく、すんなり感情移入することができた。ミケーラの幼少期は「こんなことが起こっていいのか」と胸が苦しくなる出来事が次々と起こる。本人が経験したものがあるので当たり前だが、描写が真に迫っており、人が持つ残忍性に恐怖を感じた。教育的視点から描かれていないからこそ、今私たちに何ができるのか考えさせられた。極悪の環境におかれたミケーラに光をもたらしたのはで、ある雑誌の切り抜きだった。人間にとって、「希望」「夢」がいかに重要なものか、突き動かす原動力になるのか、実感する。そして、人が人を愛する力を知った。ミケーラのアメリカでの養母の愛はすさまじく深い。人は血縁ではない、愛で結びつくことができるのだと思い知らされる。

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【推薦者】畑 三千代
【推薦作品】『智異山』
【作者】李炳注
【訳者】松田暢裕

【推薦文】
上下巻合わせて千七百頁に及ぶ長編を、小学校教員の仕事を人並み以上にこなしながら七年間の歳月をかけて仕上げたという翻訳者を突き動かしたものは、差別への憤りと留学時代に培った親友との友情でした。一日一頁を自らに課して毎日彼が接した「智異山」は韓国で今も古典として読み継がれている大河小説で、日本の植民地時代の抗日闘争、朝鮮統一運動の熾烈な闘い、そして心ある日本人との交流や恋愛など、朝鮮の若者たちの青春と挫折が、史実を基に描かれています。私はこれほどの長編を読み切ったのは初めてでしたが、豊かな朝鮮半島の自然、次々に展開していくストーリー、学校では学ぶことのなかった事実にふれ、時には笑いまた時には涙を拭いながらほぼ一か月を過ごしました。翻訳に至る経緯や本の紹介が新聞各社で掲載されましたがまだまだ知られていないのが実情です。一人でも多くの日本人に読んでほしいと切に願いながら、自信をもって日本翻訳大賞に推薦します。

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【推薦者】perla
【推薦作品】『世の終わりの真珠』
【作者】ルカ・マサーリ
【訳者】久保耕司
【推薦文】
イタリアのSF…となんの心構えもなく読み始めると、いきなり冒頭からコーランの引用。その後も次から次へと出てくるイスラム教用語に意表をつかれつつ、巧みな文章によって一気になじみのない世界へと引き込まれました。サハラ砂漠で交じりあう過去と未来、冒険、裏切り、永遠の命…。この作品は、あとがきの言葉を借りるならまさに「ハリウッド映画のような」一級のエンターテイメント小説なのですが、それと同時に、作中で語られるテーマが「イスラム教」であったり「宗教を取り込んだ権力の暴走」であったりと、今の世界情勢と合わせてみても非常にタイムリーな話題を扱っていることが印象的です。エキサイティングな読書のあと、思いがけず宗教について色々と真面目に考えさせられてしまいました。みなさんにもぜひ読んでみていただきたいです。息をもつかせぬ展開とこなれた訳文のおかげで、600ページ超の長さは全く感じません!

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【推薦者】三月の水
【推薦作品】『ルビッチ・タッチ』
【作者】ハーマン・G・ワインバーグ
【訳者】宮本高晴
【推薦文】
ツイッター文学賞もあるので、ここでは文学以外を。ルビッチの人生、作品について知ることのできる待望の翻訳。しかも、トリュフォー、山田宏一の文章や「ルビッチ俳優名鑑・ルビッチ流喜劇の監督たち」が付録というのも嬉しい。そして、何よりも出版と同時に映画館でルビッチを見ることができたということが。そういう意味でも、是非、John Mueller/Astaire Dancingの翻訳も。

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【推薦者】芦草 法子
【推薦作品】『ポケットマスターピース01 カフカ』
【作者】フランツ・カフカ
【訳者】川島隆
【推薦文】
多和田葉子さんの『変身』の訳が評判となっていますが、この本の収穫はそれだけではなく、川島隆さんによる長編『訴訟』の全訳が素晴らしいと思います。原文に忠実でありながら、なおかつ読みやすいという、困難な両立を見事に成し遂げていて、カフカの翻訳の歴史でも画期的なものだと思います。『審判』というタイトルの時代から翻訳は多々ありますが、これこそ今後のスタンダートとなるものだと思います。また、詳細な解説がついているのも、カフカが本当はどう書いていたかがわかって、嬉しいです。なお、同訳者によって、カフカが役所の仕事で書いた「公文書」が初めて翻訳されたことも、大収穫だと思います。

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【推薦者】丸面チカ
【推薦作品】『J.R.R.トールキン 世紀の作家』
【作者】トム・シッピー
【訳者】沼田香穂里
【推薦文】
トールキン研究の第一人者として知られるトム・シッピーによるトールキン評論。原著は2001年3月、つまりピーター・ジャクソン監督による指輪物語の映画化第一作が日本で公開されるちょうど一年前に発行されました。映画公開以後インターネットを通じトールキンのファンとの交流が生まれる中、造詣の深い先輩達からこの本のことも教わったものの、なかなか読み通せないまま十余年。こうして同じ監督による『ホビットの冒険』映画化の最終章の公開時期に、同志と一緒に邦訳刊行を心待ちにできる日が来るとは思ってもみませんでした。翻訳にあたってはトールキンと筆者の専門である文献学や古英語などの言語学の知識から、トールキンと同時代から現代にいたる作品や社会背景までカバーしながらも、日本の読者に馴染みのある名称訳に統一されていて、さぞかし苦心されたことかと頭が下がります。感謝を込めて本賞に推薦します。

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【推薦者】木本 早耶
【推薦作品】『文学会議』
【作者】セサル・アイラ
【訳者】柳原孝敦
【推薦文】
併録「試練」に私は陶酔してしまった。パンク少女がふたりに普通っぽい女の子がひとり。三人の会話劇における、パンクス独特のふてぶてしさ、普通の子の冷めた感じ、話題の無意味さ、テンポ、すべてが最高!翻訳で(良い意味での)わけわからなさ、アホっぽさ、しょうもなさを表現するのはとても難しいと思うので、そういう空気を本作で味わえたのがとても嬉しかった。そして教訓となるわけでもなく不謹慎すれすれの内容だからこそ、膨大な時間と労力をかけて本書が訳されたのはありがたく贅沢なことだと思った。

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【推薦者】川西拓哉
【推薦作品】『ムシェ 小さな英雄の物語』
【作者】キルメン・ウリベ
【訳者】金子奈美
【推薦文】
『ビルバオ・ニューヨーク・ビルバオ』が素晴らしかったキルメン・ウリベの新刊は待望の一冊でした。読んでいて、前作以上に気持ちを揺さぶられました。出てくる人たちが素晴らしい。そして、ウリベの筆によって確かに描き出された、戦争により翻弄された人たちの物語を読んでいると、否が応でも気持ちが動かされました。「この小説を書かなければならない」という気持ちが、文中にも登場する作者からとても強く伝わってくる作品でした。大きな歴史に埋もれてしまった物語を語ること、その意思に打たれました。「バスク語文学」という、多くの人にとって耳慣れない言葉の文学が、たくさんの日本の読者の心を打ったということ。翻訳という行為の最良の形のひとつだと感じました。

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【推薦者】pantrou
【推薦作品】『夜が来ると』
【作者】フィオナ マクファーレン
【訳者】北田絵里子
【推薦文】
 今までに読んだどの小説とも全く似ていない、新しい面白さを感じる作品でした。落ち着いた、味わい深い文章とはうらはらに、サスペンスフルな展開。それでいて、どこか知らない国の誰かさんのお話ではなく、身につまされる要素がぎっしり詰まっている感じ。ちょっとエキセントリックな登場人物が出てくるのに、外国語から訳したようには全く感じさせない文章で、原書を読んでいませんが素晴らしい翻訳に違いないと思いました。

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【推薦者】龍の字
【推薦作品】『素晴らしきソリボ』
【作者】パトリック・シャモワゾー
【訳者】関口涼子/パトリック・オノレ

【推薦文】
字幕付き映画を文字にして見ているといえば近いような、やっぱり違うような、とにかく新感覚。同じ言葉でも、その場で消えていく声と残され続ける文字の埋まらない隙間に、何とか橋をかけようとしている。声に出して読みたい、まさに「ものがたり」。朗読するのが一番適しているのかもしれない。「訳者あとがき」から苦労と楽しみが伝わってきたし、読者にもそれがよくわかる。こんな小説があったとは、世界は広いと感じた。

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【推薦者】さとう まりこ
【推薦作品】『宇治拾遺物語(『池澤夏樹個人編集日本文学全集8』)』
【作者】未詳
【訳者】町田康
【推薦文】
古典の授業で『宇治拾遺は中世の説話集の中でも特に教訓要素が少なくユーモラス』と習ったけれど、古語辞典を引きながら現代語に置き換えてもその面白さはさっぱりわかっていなかった。今回の町田訳でようやくその真価を知った、と思いました。昔話や学校の授業で知っている話も多いのに、なにこのグルーヴ! 何度も声出して笑ったし、人にそれを言いたくなった(実際いろんな人に薦めた)。きっとこんなインパクトをあのお話に感じていたんだ、と、数百年前の人たちが近しく感じられました。

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【推薦者】山内 透
【推薦作品】『神話・狂気・哄笑』
【作者】マルクス・ガブリエル スラヴォイ・ジジェク
【訳者】大河内泰樹
【推薦文】
メイヤスーの『有限性の後で』も数日前に刊行され、思弁的実在論がツイッターを賑わせている。とはいえ、海外ではとっくにメイヤスー・ブームも去り、アカデミックな研究としても結局大した成果を残さなかったように思われる。ここで思い起こされるのが、12月に来日していた際のイベントで、マルクス・ガブリエル 自身もメイヤスーの立場は「素朴実在論」にすぎないと一刀両断していた 点である。哲学史上とっくに乗り越えられた立場に新たな装いが与えられたにすぎない思想を輸入して盛り上がったりしないように、まずは古典に基づいたテキスト読解をした上でオリジナルな思想を展開しなよ、ということをガブリエルは本書を通じて教えてくれる。こうしたテーマ設定が雑誌『nyx』の問題意識とも共鳴したのだろう。雑誌との連動も面白く、今後も叢書としての続刊を応援したいという気持ちで、翻訳大賞に推薦したい。

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【推薦者】けいこ
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原慶一郎
【推薦文】
 ディケンズの名作『クリスマス・キャロル』の新訳です。この作品で描かれるクリスマスは、親戚みんなで集う人も、家族と過ごす人も、ひとりで過ごす人も、誰にとっても特別な日。そしてスクルージの甥が言うように、「困っている人たちのことを、別の目的地に向かう赤の他人ではなく、つかのまの人生をともに生きている同じ旅の仲間と考える」日です。この新訳は語り口調で、精霊に手を引かれるように物語を楽しむことができます。とくに推薦したいポイントは、きっとディケンズ本人もこだわっていたであろう、食べ物の描写です。豪華なものも、質素なものも、クリスマスのごちそうが本当においしそうに、つやつや、ほかほかと、浮かんできます。

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【推薦者】感傷にひたる人
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス エレーン・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
東日本大震災の時、世界中の人が助けに来てくれたのを見て、自分が主体となって行動する事が大事だと感じました。そうする事が、人としての基盤に通じると。曖昧にしたり逃避したりする前に、冷静な自分を思い描きたい。ミケーラが紛争下の逆境の中でじっと耐え頑張ってきたように。この本は、温かい、しかしながら重みのある好訳で書かれています。読後、心がほっくりとして、大きな感動と何とも筆舌しがたい充足感に包まれました。不思議とポジティブな感情が湧いてきます。心が折れそうになった時、是非手にしてみる事をお勧めします。素晴らしい良書の一冊と言えましょう。

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【推薦者】安藤 和典
【推薦作品】『智異山』
【作者】イビョンヂュ
【訳者】松田暢裕
【推薦文】
「智異山」は韓国南部にある山で、山岳信仰の山、観光地であるだけではなく、韓国人にとってこの山名は、秀吉の朝鮮侵略から、近代の日本植民地支配にいたるまでの抵抗の象徴である。この小説はその山が見下ろすように、植民地時代から朝鮮戦争までの半島と日本列島の朝鮮の人々の実情をリアルに描いている。このような小説が、もっと日本でも読まれてよいと思う。数年来の知人であり、教師として奮闘、苦悩、模索を繰り返しながら、同時に朝鮮半島や在日の人々に深い想いを持ち続け、息の長い作業で長編小説翻訳を完成された、松田氏への敬意も表したい。松田氏が留学中にこの作品と出会った話は誠に運命的である。韓国語の勉強をしたのは、この本を翻訳するためではないかとも思ってしまう。文字どおり労作である。

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【推薦者】sthew
【推薦作品】『20世紀を考える』
【作者】トニー・ジャット、ティモシー・スナイダー
【訳者】河野真太郎
【推薦文】
『人間の大地』『システィーナの聖母』『動くものはすべて殺せ』『トレブリンカ叛乱』『紙の動物園』『バンディーニ家よ、春を待て』『アダ』『べつの言葉で』など読みごたえのある作品はいくつもあったが、どれかひとつ選ぶとすれば『20世紀を考える』になる。『20世紀を考える』は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に罹患した歴史家のトニー・ジャットが、おなじく歴史家のティモシー・スナイダーを聞き手として、縦横無尽に語る刺激的な対談録。序文でスナイダーが言うように、本書は歴史書であり、伝記であり、思索の書である。また「対話の力を主張するものであるが、おそらく読書の力をより強く主張するものでもある」(p.7)。キーワードは「歴史に学ぶ」「知識人の責務」だろう。歴史に学ぶことがいかに大切でどれほど困難かがよくわかる。自分がどれだけものを知らないかも。放言気味だと感じる部分はあるものの、めっぽうおもしろい。

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【推薦者】S Y
【推薦作品】『誰がネロとパトラッシュを殺すのか』
【作者】アン・ヴァン・ディーンデレン、ディディエ・ヴォルカールト
【訳者】塩﨑香織
【推薦文】
アニメの研究者でフランダース人というこの上ない立場の人が読み解く、「フランダースの犬」の誕生から世界への拡散、アメリカでの解釈の違い、日本での爆発的ヒット、「フランダースの犬の舞台」とされた村での観光誘致作戦、そして現在の姿。アニメの全話解説も読み応えがある。日本人こそ世界で一番面白く読めるであろう1冊が、日本で翻訳出版されたことに感謝。

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【推薦者】みゃーるす
【推薦作品】『コカイン ゼロゼロゼロ 世界を支配する凶悪な欲望』
【作者】ロベルト・サヴィーノ
【訳者】関口英子・中島知子
【推薦文】
ゼロゼロゼロは最上級のコカインのこと。人間も社会も蝕む薬物がどのように流通したのか、その流れを使う人間売る人間というミクロから、国と国そして海を越えてどのように流通する社会に蔓延るのかというマクロまで。コカインの存在自体は否定されるべきものであるのに関わらず、それを追いかける筆致の見事さにただただ魅了された。消費する人間がいなければビジネスにならない。だが、確実に人類はこの薬物をやめられない。その暗黒を著者自らの取材で一歩一歩進んでいく渾身の一作。

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【推薦者】高 秀美
【推薦作品】『智異山』
【作者】李炳注
【訳者】松田暢裕

【推薦文】
原書は1972年9月から15年にわたって月刊誌に連載され、1985年に全7巻という形で刊行が実現したそうです。連載・刊行当時、韓国は軍事政権下にあって、「パルチザン」を主人公とした長編小説の執筆そのものも厳しい制約の中におかれていただろうと想像されます。韓国の現代史をほんの少しでも知る人であるなら、この時期がどのような政治状況であったかについて思いをはせざるを得ません。翻訳者の松田氏は日本と朝鮮半島の現代史を知る学ぶ上で重要なカギとなる本だとの直感に導かれて本書の翻訳に取り組まれたのだと思います。松田氏は上巻・下巻に日本の読者に向けて丁寧な解説を書かれていますが、まずはこの解説を一読されてから本書を読まれるようお奨めします。

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【推薦者】酒井 七海
【推薦作品】『歩道橋の魔術師』
【作者】呉明益
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
誰にでもひとつやふたつ、思い出すだけでたちどころに色やにおいや、湿度まで立ち上がってくるような、深く心に根付いている場所ってあると思う。それは、生まれた家かもしれないし、おばあちゃん家かもしれないし、昔通った映画館かもしれない。この本を読んでいたときに、自分にとってのそんな場所を思い出して、ひそかに胸を焦がしてじくじくしてしまった。そういう場所はおそらく人にとって、自分を形作る様々な水脈が流れる源なのではないだろうか。誰にも知られないでときどきこっそり訪れる自分だけの、秘密の場所。そんな自分を作るルーツ(もちろん場所じゃなくてもかまわないのだけど)を文章から立ち上るにおいで思い起こさせてくれたのがこの作品だった。ああ~やられたなぁ。そう思った。こういう日常にあるスキマのような空間を書いたものはこちらの心にもすっとスキマを開けていくからおそろしい。そこからのぞいてみると、忘れていた懐かしいあれやこれやがひょっこり顔を出してきたりするのだ。やられたやられた。こんなに違和感なく開けることができるのも、あまりにも自然な翻訳のなせる技かなと思うのでこちらに一票。

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【推薦者】Moo ーーー
【推薦作品】『リー・コニッツ ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡』
【作者】アンディ・ハミルトン
【訳者】小田中裕次

【推薦文】
著名なアルトサックス奏者リー・コニッツに対して著者がインタヴューで存分に語らせています。同時代に生きたほかのプレイヤーに対しても率直に明晰に語られているのも興味深い。主題はタイトルにあるようにインプロヴィゼーション(即興演奏)や演奏方法についてだが、私のような素人には難解に感じられたり非常にテクニカルで理解不能なところもありました。そういう箇所は無理せず気楽に読み飛ばしました。それでも十分魅力的でジャズの本質的な部分に触れさせてもらったような気にさせるのはなぜでしょうか。おそらくコニッツも著者も、明晰な人間であり真摯にジャズに向き合っていて、気負いもなく率直に語られているからでしょう。加えて翻訳が馴染んでいて滑らかで読みやすく頭にすっと入って来ることも大きな要因でした。訳注がジャズの素人にも解るように丁寧に記されていたのも助けになりました。ジャズノ好きな人にはお勧めの一冊です。

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【推薦者】ズヴェズダー
【推薦作品】『図書館大戦争』
【作者】ミハイル・エリザーロフ
【訳者】
北川美和
【推薦文】
なぜ自分がこんなにのめり込んでいるのか説明できないのに、本に飲み込まれるようにして読み続けてしまった。こんなに夢中な読書をしたのは久しぶりだ。この小説は、まさにこのたぐいの読書の呪術的側面、カルト的側面をテーマにし、また同時に推進力としている。その呪術にかかった者の目の前に現れるのは、おぞましく荒涼としていて自らの自由を完全に奪うのに、郷愁を掻き立てそれこそが自分のいるべき場所だ感じさせる、初源の光景だ。この感触を、この小説の言葉は私たち読者にももたらし、身をもって体現させてくれる。そういう日本語訳を読めてよかったと思う。とにかく危険な小説である。

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【推薦者】♪akira
【推薦作品】『キャロル』
【作者】パトリシア・ハイスミス
【訳者】柿沼瑛子
【推薦文】
訳者の柿沼氏が惚れこみ、ずいぶん前に翻訳を終えていたという本書は、映画化のおかげでやっと刊行されて、ハイスミスファンは感謝感激。映画でもテレーズ役のルーニー・マーラが50年代当時の話し方を教わったそうなのですが、本書の会話はまさにその時代の雰囲気を映し出していて、とても美しいです。

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【推薦者】ぐっぴー
【推薦作品】『池澤夏樹個人編集日本文学全集8~宇治拾遺物語ほか』
【作者】鎌倉時代説話ほか
【訳者】町田康ほか
【推薦文】
現代の作家の現代語訳で日本の古典が読めるのも,この日本文学全集の特徴.作者が知られず説話として残っている宇治拾遺物語は,当時感じられたであろう話芸としての可笑しさを現代に伝える大胆な現代語訳に.これは宇治拾遺物語の再発見だ.

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【推薦者】
【推薦作品】『リー・コニッツ ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡』
【作者】アンディ・ハミルトン
【訳者】小田中裕次

【推薦文】
昨今ジャズの裾野は随分広くなったか、BGMとしてそこかしこで耳にする。だがそれに見合って頂も高いかというと、優れた作品や批評が陸続して話題をさらったとは聞かない。そうした中での本書の登場は、内容は勿論、そもそも邦訳が日の目を見たこと自体からして、頂をせり上げる衝撃足り得るものだ。サックスを手に一人世界中を行脚して70年余年。リー・コニッツの演奏と思索を、著者とコニッツ自身との長期にわたる応酬・検証を通じて、さらに演奏仲間の証言を通じて、「言葉」で露わにする本作は読了後、音楽を聴く耳をすっかり変えてしまう。トリスターノやマーシュに関するエピソードも興味深く、就中マーシュに対するコニッツの敬意と賞賛は、そこにコニッツ自身が追い求める音楽、理想が透けて見え胸に迫る。大部の作品だが平易な訳文も本書を親しみやすくしている。願わくは本書に匹敵するアルバムや批評が続き人をして震撼せしめんことを。
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【推薦者】しゃおりん
【推薦作品】『一角札の冒険』
【作者】豊子愷 (ほう・しがい)
【訳者】小室あかね
【推薦文】
中国近代文壇を代表する豊子愷は、竹久夢二と親交をもち、『源氏物語』『草枕』の翻訳を手がけるなど日本とも深い関わりを持った有名な作家でした。残念ながら日本ではあまり知られておらず、私も本書で初めて身近に感じることができました。その児童文学全集第1巻となる本書は、次々と人手に渡る紙幣「一角札」のボクを主人公に、近代社会の裏側を如実に描き出した表題作をはじめ、「猫が鳴いたら」「ペテン師」「命の恩人はトイレ」など因果関係に注目したロジカルな短編を多数収録。漫画家としても有名な豊子愷の手になる挿絵も多く掲載されていて、中華民国時代の子どもたちや庶民の生活が生き生きと描かれています。そこからは中国の人々の普遍的な思考や伝統的な観念がうかがえるようで、大変参考になりました。こなれた日本語訳のおかげもあり、社会体制や時代背景も異なる当時の中国の物語ですが、スラスラ読み進めることができました。

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【推薦者】放克軒(さあのうず)
【推薦作品】『ドリフトグラス』
【作者】サミュエル・R・ディレイニー
【訳者】浅倉久志/伊藤典夫/小野田和子/酒井昭伸/深町眞理子

【推薦文】
第一回にも推薦したが、今回も対象内なので今一度推薦。SFの世界に性や人種など改革をもたらしたディレイニーの真骨頂は中短篇、それも大きな社会変化が訪れた60年代末の作品群にあるように思われる。ポピュラー文化を中心にいまだに大きな影響力を持つ米国文化の記録であり、時代の道標としての意義からも日本語で読めることは非常に重要であると思う。

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【推薦者】佐藤ユンコ
【推薦作品】『海を照らす光』
【作者】M.L.ステッドマン
【訳者】古屋美登里
【推薦文】
これは、小さな島に灯台守として赴任した一人の男と、その妻の元に、ある日流されてきた赤ん坊の運命を巡る物語。ひとつの選択によってもたらされる幸福と絶望、信頼と裏切り。選ばれなかった「もしも」の未来が頭をかすめてしまうけれど、どんな結果であれ、彼らの選択を間違いとは言えない。誰もが必死に大切なものを守ろうとしていただけなのだから。切なく美しい自然の中で浮かび上がる登場人物の必死さに、世界も時代も変わっても変わらない人間の魂を実感した。ゆっくりとじっくりと読みたい名作だ。そして読み終えた後は大きく息を吐き、誰かと話したくてたまらなくなる。

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【推薦者】かすり
【推薦作品】『お静かに、父が昼寝しております』
【作者】ユダヤの民話
【訳者】母袋夏生
【推薦文】
民話を読めばその民族がわかる…なんて単純なことはありませんが、民話を読んだ後は、その民話を持つ人や文化を身近に感じられるのは確かです。ユダヤの人々は日本で暮らす私には身近な人たちではありません。暮らしぶりや考え方について知っていることはとても少なく、想像をめぐらすことも容易ではありません。ですが、この本で紹介されたユダヤの民話では機知に富んだ人たちがいきいきと生活する姿が感じられ、これまで霞がかっていたユダヤの人たちに対するイメージにはっとするような彩りをつけてくれました。私たちとは違う文化で暮らしてきた人たちの間に昔から語り継がれてきた物語を、少年文庫という若い人向けの文庫で紹介されたことがとても素敵なことだと思いましたので、日本翻訳大賞に推薦します。

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【推薦者】ノーブルプラネット
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ

【推薦文】
よくぞここまで読みやすい日本語にして下さった!と思う。ありがちな回りくどさは一切なく、主語を特定出来ずに混乱することもなく、すらすらと読めた。冒頭から最後まで圧倒的安定感がある点でも大変優れており、翻訳者のキャリアがうかがえる。単なる過去形の文が「てくれた」「てしまった」と豊かな表現になっている箇所も多く、著者の思いがストレートに入り込んできた。「さよなら」の意味もある”goodbye”が「行ってきます」と訳されていた部分では、原書と訳書を読み比べていても胸が熱くなり、翻訳者自身の登場人物によせる愛情なくしては仕上がらなかった作品だと強く感じた。翻訳が、単なる単語の置換えではなく、不要な言葉をそぎ落とし必要な言葉を補うという取捨選択の連続であることを、本作品は再認識させてくれている。「しょげかえる」「うつらうつら」など、児童文学で目にするような可愛らしい日本語たちもいきいきと顔を出し、小学4年生ぐらいなら読めそうな丁寧な仕上がりとなっている。翻訳者の別ジャンルでの活躍が期待できる作品とも言えるだろう。

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【推薦者】松永 肇一
【推薦作品】『エンジェルメーカー』
【作者】ニック・ハーカウェイ
【訳者】黒原敏行

【推薦文】
「饒舌な小説」っていうと、文体の饒舌さとエピソードの饒舌さに分かれる思うんだけど、こいつは両方饒舌な饒舌メガ盛り。うぶな時計じかけ技師(いちおう主人公)の話はなかなか進まず、スパイの婆さんやら、悪党の父ちゃんやら、ロンドンの怪しい地下街やら、連続殺人鬼やら、ずいぶん読んだなあと思ってもまだ30%ぐらい。小説の中に迷い込んだような満腹感が味わえます。

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【推薦者】unyue
【推薦作品】『動きの悪魔』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】
芝田文乃
【推薦文】
20世紀初頭のポーランド文学が、今、現代の日本で新しく訳出されること自体に素直な驚きと感謝の気持ちを感じる。しかも、極めて面白いのだから堪えられない。100年前に黒い鋼の塊が怒濤のように動く圧倒的なイメージとそこに含まれることに魅了される人々の覚悟と心意気が妄執となって 現れているような迫力で非常に楽しく読んだ。訳者の芝田さんには、今後も誰も知らないこんな素晴らしい作品をどんどん訳していただきたく、切に願うものである。

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【推薦者】ノンちゃん
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子

【推薦文】
ミケーラには避けられない苦難がありましたが、強運と、人との出会いと、それを上回る努力で自分の人生の意味と、そこに実ったものを人々と分かち合える女性に、彼女は成長していきます。その大きなエネルギーは、彼女の意志とバレエへの適性でした。この本はこういう若い女性の存在を、私たちに知らせてくれました。

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【推薦者】大戸 敦子
【推薦作品】『恋と夏』
【作者】ウィリアム・トレヴァー
【訳者】谷垣暁美
【推薦文】
 読み終えてため息しか出てこない。悪者は誰もおらず、結末も、途中からもうこれしかないよねーと思って納得するしかないのだけれど、鮮やかで活き活きとして確かな愛の記憶と、どうすることも出来ない悲しさと、それに加えてどんな人も1人1人が背負う人生の重さとが、それはもう濃く濃く渦巻きながら、物語を練り上げていく。まいりました。。。

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【推薦者】海野 まり
【推薦作品】『迷子たちの街』
【作者】パトリック・モディアノ
【訳者】平中悠一
【推薦文】
日本で長いこと宝石のように美しい小説を執筆され、数年前からパリに住んでいらっしゃる平中悠一氏が、フランスを代表する作家モディアノ氏の作品を翻訳された第2弾です。常々平中氏の、人物のみならず「街」の描写力について比類なく魅力的である思っていましたが、モディアノ氏が描くパリを平中氏の日本語で読むことができる、という機会を本当にうれしく思います。この作品がますます多くの方に知られ、また、モディアノ氏のその他の作品も平中氏の翻訳で読めるようになることを心から願っています。

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【推薦者】伊東麻紀
【推薦作品】『ドリフトグラス』
【作者】サミュエル・R・ディレイニー
【訳者】浅倉久志、伊藤典夫、小野田和子、酒井昭伸、深町眞理子
【推薦文】
ディレイニーという唯一無二の作家のすべてが、この一冊に集約されているといっても過言ではないでしょう。特に、長らく日本語では読めなくなっていた中篇「エンパイア・スター」が酒井昭伸氏の新訳で収録されたことは大きいと思います。そして、切なく胸をえぐる「スター・ピット」の読後感。故・浅倉久志氏の名訳の中でも最良のもののひとつなのは間違いありません。一生手元に置いて何度も読み返したい一冊です。

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【推薦者】三月うさぎ(兄)
【推薦作品】『ヒトはなぜ笑うのか ユーモアが存在する理由』
【作者】マシュー・M・ハーレー、ダニエル・C・デネット、レジナルド・B・アダムズJr.
【訳者】片岡宏仁
【推薦文】
誤植が多いし分厚くときどき晦渋。でも、3500円(税別)と格安、何よりも面白い。この20年の認知科学の進歩を知らない文学は薄っぺらいと思うのです。なかでもユーモアが徒弟制文学の牙城と信じている関係者はみんな必読。脳は限られた情報で短時間にほぼ正しく予測する機械なので、自明とする信念にすら不可避にバグが発生するけど、それを効率的に潰すために何か不一致を見つけたら「おかしみ」という報酬を与えたというのがユーモアの進化心理学。ヒトは、エネルギーを確実に摂取しようと甘党になった遺伝的戦略から逸脱して合成甘味料やチョコレートケーキを楽しむように、様々な情動(優越感、発見、差別、性欲、等々)を利用してジョークをひねり出すようになった、らしい。現代の先端科学や良質な入門書を、素人がとっつきやすいカジュアルな文体で紹介してくれる翻訳者にもスポットライトを。

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【推薦者】ぴょんはま
【推薦作品】『希望のかたわれ』
【作者】メヒティルト・ボルマン
【訳者】赤坂桃子
【推薦文】
日本人なら今読むべき本である。ミステリとしても、人間と社会・歴史を描いた小説としても、第一級であるのみならず、著者の日本語版へのあとがきにあるとおり、2011年3月の福島原発事故をきっかけに生まれた作品だからである。「福島」によって、チェルノブイリを思い出した著者の、「今日までずっと大災害がもたらした結果とともに生きることを余儀なくされている人たちの存在を忘れないためのささやかな試み」である。2014年の最新作を、前作をおいて先に訳出しいち早く紹介した訳者に感謝する。日本人には馴染みのないウクライナやドイツの人名が多数登場するにも関わらず、読みにくさは感じず、物語の中に入り込めた。原発事故や人身売買の重い素材を扱っているが、ミステリとしてはサスペンスに溢れ、人物像が生き生きとして魅力的。楽しみのための読書としても、読むに値する良書。

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【推薦者】かまどがま
【推薦作品】『禁忌』
【作者】フェルディナント・フォン・シーラッハ
【訳者】酒寄進一
【推薦文】
寝る前に読むミステリーを選ぶつもりで手に取っただけなのに、直球で大切なことを投げつけられた。アートと文学の融合と言うと陳腐になる・・・翻訳小説を読み続けて良かったと読書の快楽をつくづく感じる。読む前と読んだ後で少しだけ自分が変わったと思える一冊。

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【推薦者】すた
【推薦作品】『動きの悪魔』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
ポーランドの作家としては読みやすい内容であるが、しかしその奇想の密度はやはり東欧のものである。汽車をめぐる様々なオブセッションの姿が提示されるが最後にはそのもろもろの営み一切を無に帰すような短編で締めくくられるのがすばらしい。構成はグラビンスキが生前に実現しようとして果たせなかったスタイルによるものということだが、通読して一層深みを得るような短編集になっていると思う。翻訳も読みやすく臨場感を伝えている。

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【推薦者】国東
【推薦作品】『あなたは誰?』
【作者】アンナ・カヴァン
【訳者】佐田千織
【推薦文】
わたしは人間を知りたい。だが近すぎては痛みで読めない。目がくらむ。ちょうどよい距離でアンナ・カヴァンは書いた。ちょうどよい距離で佐田千織は訳した。ということではないか。ぜんぜん被害者の物語ではないから安心して読んで欲しい。自伝的小説と書かれてあるがちゃんと嘘にくるまれている。作者と思って腹を立てて読む必要は無い。わたしたちは登場人物の誰にでもなれる。フー・アー・ユー?答えのない問いではあるが、答える気が最初からないので安心である。

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【推薦者】みけねこ
【推薦作品】『ガラスの国境』
【作者】カルロス・フエンテス
【訳者】寺尾隆吉
【推薦文】
アメリカとメキシコの国境地帯を舞台にした短編集。登場人物などで各作品がゆるやかにつながりながら、アメリカに対するメキシコ人の憧れ、憤り、欲望、諦め、悲哀をときにやるせなくときにユーモアを交えて浮き彫りにします。すばらしい読み応えの1冊です。海外文学好きならロベルト・ボラーニョの『2666』へと扉が開かれるでしょう。「哀れなメキシコ、哀れなアメリカ合衆国、これほど神から離れ、これほど隣り合っているとは」今回もまた寺尾隆吉のお仕事に感謝しつつ。

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【推薦者】吉田 博子
【推薦作品】『さよなら、ねずみちゃん(子どものトラウマ治療のための絵本シリーズ)』
【作者】ロビー・H・ハリス
【訳者】監訳 飛鳥井望、亀岡智美 翻訳 遠藤智子
【推薦文】
題名にあるとおりトラウマ治療のための絵本で、ペットロスまたは死別を扱ったもの。こういう絵本があるとは知らなかった。「ぼく」のねずみちゃんは夕べまで元気だったのに、起きたら動かない。「ぼく」は死んだなんて認められない。両親はどう接するか。「ぼく」がねずみちゃんを箱に入れ、いろいろものを入れてあげているところは、実はわたしも1年前に似たようなことをやったのでいろんなことが一瞬頭をよぎった。小さな子供の最初に遭遇する死は多分ペットや生き物だろう。後書きにあるように、もっと身近な誰かかもしれない。子供向けだけではなくて、大人にもお薦めの本。訳文はとても優しい印象。こういう絵本がもっと増えて欲しい。

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【推薦者】小寺 啓史
【推薦作品】『ローベルト・ヴァルザー作品集5 盗賊/散文小品集Ⅱ』
【作者】ローベルト・ヴァルザー
【訳者】新本史斉/F・ヒンターエーダー=エムデ/若林恵
【推薦文】
翻訳の仕方によっては「風光明媚なスイスの自然と都市を彷徨し、小市民的な生活の中に見出したささやかな喜びや哀しみを透徹した文体で描き続けた抒情的詩人」のような括られ方もあったかもしれない。たしかにそうだ。でも違う、この訳文が目指しているのは原文を限りなく尊重し、一字一句を検討することだ。美しくまとめることなく、かといって不条理性をいたずらに強調するわけでもない、「変てこ」で「かわいそう」な文体の中にこそ、秘められた狂気を、存在のあやふやさへの断片化された抒情を、我々現代の読者は感じることができる。カフカと同様に、明らかにヴァルザーは生まれるのが百年早過ぎた。難しく考えなくても、ただ読んでさえいただければ、この作家のイカれっぷりと、文体の斬新さは容易に分かって頂けるはずだが、「あまり有名にならない方が良いのですが」と言った典型的バートルビー作家の意向に倣って、控えめに推薦する。「ベスト15冊で充分なのですが」

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【推薦者】百句鳥
【推薦作品】『図書館大戦争』
【作者】ミハイル・エリザーロフ
【訳者】北川和美
【推薦文】
社会主義時代の作家が書き残した7種類の本。それを求める「図書館」と「読書室」の果てしなき争い。ウクライナ生まれの怪物ミハイル・エリザーロフ氏が著したロシア・ブッカー賞受賞作は、きわめて破壊的で破滅的なテーマを掲げた激戦の物語です。静的であるはずの「読書」という行為を、ここまで大規模な事象に置きかえる発想に恐れ入りました。現代を舞台にしながらも特別な規則により携帯電話や兵器をはじめとした最新機器は排除されており、「読者」たるアレクセイたちは自前の武器防具を身にまとって血みどろの戦闘にあけくれます。まるで幾世紀も遡行したようなクラシカルな雰囲気が独特で、こうしたRPGを彷彿させる軽快な要素が複雑な構造に包まれることにより、娯楽性と学究性を兼ねた全体小説の体をなしています。これほど中身の濃い作品を軽妙洒脱な文章で訳出した訳者さまに敬意を表し、推薦させていただきます。

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【推薦者】円 高寺
【推薦作品】『ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン』
【作者】ダーグ・ソールスター
【訳者】村上春樹
【推薦文】
『ダーグ・ソールスター』でネット検索しても本書以外の情報はほとんどでてこない。延々とスクロールをつづけていくうち、そんな名前の作家はそもそも実在していないのではないかしらん?といった気持ちがしてくる。ノルウェイに招待された村上春樹さんが、オスロの街並みの中で生みだした架空の小説家みたいな。あるいはノルウェイに招待されたというのは真っ赤な嘘で、『文学の家』なる文化団体は氏の創作で、当然オスロにも滞在してはいない……。そんな妄想があらたな妄想へと果てしなくつづいていく、奇妙奇天烈な物語なのです。

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【推薦者】つばさ
【推薦作品】『ブリキの馬』
【作者】ジャニス・スタインバーグ
【訳者】青木千鶴
【推薦文】
子どもたちは巣立ち、夫に先立たれた80代半ばの女性が家を処分して高齢者専用アパートに引っ越すことにし、荷物の整理をしているときに、亡き母が遺したある物を見つける。それは、18歳のときに家を出ていき、その後行方知れずとなってしまった、女性のふたごの姉に関するものだった。そこから、女性の姉探しが始まる。女性の子どものころと現在の時間を行き来しながら進む物語には、ユダヤ人に対する迫害を逃れてアメリカに渡ってきた父方の祖父や母の話、女性の子どものころのようす、そして、女性が姉を探し求める現在のようすが綴られています。ちょっぴりミステリタッチで、しかも話が現在と過去を行き来するので、いい意味でじらされながら、600ページ近い分厚い本にもかかわらず、先を知りたい気持ちと物語のおもしろさにひきつけられて、どんどん読み進めてしまいました。

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【推薦者】ゆんぬ
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
生まれたときからの差別や偏見、内戦や孤児などの困難のなかを生きているのに、飛んできた雑誌の表紙のバレリーナ写真を見たことでプロのバレリーナになること夢見る純粋な心と、アメリカの里親に引き取られることで夢を目指して努力する姿に引き込まれました。周りの環境にも関わらず字を教えた親、たくさんの孤児を育てミケーラの夢を後押しする育ての親、どちらからも愛情を注がれているのが分かります。「どうして養子を迎えたの?」に答える「めぐまれていたの。めぐまれているということには、責任が伴うのよ」「責任って?」「分かち合うの」に心打たれました。

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【推薦者】水色のおくまさん
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ
【推薦文】
信じられない本当の話が臨場感たっぷりに語られ、主人公と同化して様々な出来事を追体験することになります。行ったことも見たこともない場所や登場人物の様子が、まるでスクリーンに映し出されるような視覚効果を持ち、色彩や温度までも感じられるほどです。程よいテンポで翻訳であることを感じさせません。易しいながらもジャーナリスティックな雰囲気の文章が、ドキュメンタリー感を醸し出しています。主人公の強運、様々な人間模様、人の温かさ、目に見えない力、そしてグーグル・アースという現代ならではの文明の利器が一体となって紡ぎだされる奇跡の物語は、まさにタイムリー。これを読むなら、今でしょ!

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【推薦者】大川 ひろみ
【推薦作品】『智異山』
【作者】李 炳注
【訳者】松田 暢裕
【推薦文】
日本が朝鮮を植民地統治していた時から朝鮮動乱の後までの壮大な歴史小説で韓国では古典とされている書であるが、労作などと簡単には言えない紙幅に吃驚する。聖書の七割増といったところか。作者は誰にも阿ることのない筆致で私を10日で読了まで導いた。翻訳ということを意識しないで読めたのは文化や人間性価値観、霊性も含めて渡す架け橋に訳者が絶大なる苦労があったであろうことを物語っている。それにしても余りに惜しい、悲しい思いでいっぱいになった。殆どの人が何も知らずにいる日本と、折角日本から独立できたのに多くの有為の青年たちを非業の死に向かわせ平和を得られなかった韓国との違いや課題を知ってほしいと思う。読後にキェルケゴールの言葉を思った。「我々人間はすべて、弱さと過ちからつくられている。われわれの愚かさを許しあおう。これが自然の第一の掟である」尚知ろうともしないでいることはできない。

書影

【推薦者】豊崎 由美
【推薦作品】『素晴らしきソリボ』
【作者】パトリック・シャモワゾー
【訳者】関口涼子 パトリック・オノレ
【推薦文】
物語の中心にいるのは、マルティニーク島のカーニヴァルの夜、〈言葉に喉を掻き裂かれて死んだ〉語り部ソリボ・マニフィーク。これは、カリスマ的な語り部の数奇な生涯を証言する人々の声と、ソリボ自身が遺した言葉の数々を、記録者として作中に登場するシャモワゾーが再構築したというスタイルの小説です。フランス語の「シルヴプレ」が「すーぷれ」だったり、ソリボの合いの手「ぱたっとぅ さ!」に聴衆が「ぱたっとぅ し!」と応えるクレオール語の響きが素晴らしい。シャモワゾーは、宗主国の言語であるフランス語と自分たちの“声”であるクレオール語との間に生じる齟齬を利用して、笑いを巻き起こす場面を作り出したり、マルティニーク島独自の時間感覚、自然観、世界観を垣間見せるんです。ソリボという傑物をめぐる猥雑なのに美しい声を、日本人とフランス人の訳者が協力しあって日本語に変奏。まさに日本翻訳大賞にふさわしい作品と信じて推薦いたします。

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【推薦者】鈴木 学
【推薦作品】 『リー・コニッツ ジャズ・インプロヴァイザーの軌跡』
【作者】アンディ・ハミルトン
【訳者】小田中裕次
【推薦文】
ジャズの世界において、プレイヤーの伝記本、自伝が出版、翻訳された例は、いくつかあります。しかし、ほとんどのものが、著作者によってドラマティックに脚色されており、プレイヤー本人の実像が歪められてた感は否めません。しかし本作では、インタビュー形式を採用する事により、どうのように即興演奏を生み出しているのか、プレイヤー自身の言葉が生々しく、忠実に再現されています。その結果、神秘の世界、ジャズの即興演奏の核心に迫ることに成功しています。今までに、ジャズの即興について、これほど具体的に解き明かした例は、皆無でした。そういう意味で、ジャズ史上、画期的な著作が、日本語に翻訳され紹介されたことで、日本のジャズ界にも多大な影響がもたらされることでしょう。翻訳についても、500ページに及ぶ分量、そして、ジャズ、音楽の専門用語が多用されているにもかかわらず、大変読みやすく、しかも、専門家の眼から見ても正確な記述となっています。

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【推薦者】ルネ
【推薦作品】『お静かに、父が昼寝をしております ユダヤの民話』
【作者】―――
【訳者】母袋夏生
【推薦文】
民話というと、どこか教訓めいて、子どもじみた感傷的なものだと思うかもしれない。この「ユダヤの民話」を読めば、そんな固定観念など吹き飛ぶはず。たまごの代金の支払いを忘れて数年ぶりに支払いにきた人にむかって、鶏が子供を産んでいたと換算して千羽の料金を請求する主人。鳥かごから逃げる方法を身をもって教える鳥、など。どこか毒気があったり、ユダヤの民を襲ったその後の出来事を想起させる切迫感があったりする話のかずかず。おなじみの旧約聖書の話だけでなく、東欧や中東など世界に広がるユダヤの人びとの民話の世界を独自に編纂。厳選された処世術とも言える逸品を選びぬき、訳出した訳者に敬意を表したい。

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【推薦者】w. keiko
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
表紙の絵と「戦争孤児から世界的バレリーナへ」というサブタイトルからおおよその展開を予想し読み始めましたが、著者ミケーラの幼少期の体験は予想以上の過酷さでした。後にアメリカ人夫妻の幼女となり夢を叶えていくのですが、綴られている全てが17歳までに起きた事というのも驚きです。読みやすい文体で物語はテンポよく進み、どんな時も前向きで感性豊かな彼女の人物像がどんどん浮かび上がって来るのは見事な翻訳の賜物です。この自伝は映画化される予定との事。実現したら是非見たいと思います。

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【推薦者】七雪
【推薦作品】『動きの悪魔』
【作者】ステファン・グラビンスキ
【訳者】芝田文乃
【推薦文】
鉄道には始点があり終点がある。それは当たり前のことだ。しかし、長くのびる線路を眺めていると、終点などなくどこまでも続いているのではないか、どこか別の世界に通じているのではないかという気持ちになる。
本書は、鉄道にまつわる怪奇短編集であり、まさに「線路がどこまでも続く」物語である。ある場所から場所への移動は、ときに非日常な体験に結びつく。本書には鉄道に魅入られた人々が登場するのだが、彼らはいろんな意味で境界を越えてしまう。日常生活を送りながらも、どこか別の場所へ行ってしまいたいと願っている自分の身代わりのように。ポーランドの「ポー」、ポーランドの「ラヴクラフト」という言葉に惹かれて本書を手に取ったのだが、読了した今、「ン」と「ド」がつく作家をまだ思いつかない。

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【推薦者】およよ
【推薦作品】『不穏なるものたちの存在論 人間ですらないもの、卑しいもの、取るに足らないものたちの価値と意味』
【作者】李珍景
【訳者】影本剛
【推薦文】
私たちは不気味で心地悪いものと生きる。見知らぬもの、正体の分からないもの、「障害者」、バクテリア、サイボーグ、オンコマウス・・・・・・。出会いと巻き込まれを肯定し、美しく不穏な海のイメージを通底に「小さな出口」を探す旅。なぜこれまで翻訳がなかったのだろう?限りなく優しい知の巨人。著者の思考に深く共振する若い訳者は「友すらも結局は「敵」としてやってくる」ほかなかった著者自身の経験さえも、行間に訳してしまっているようだ。なんという文学!友よ!

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【推薦者】ヨイヨル
【推薦作品】『民のいない神』
【作者】ハリ・クンズル
【訳者】木原善彦
【推薦文】
カルト集団、幼児誘拐、金融危機、多民族、UFO・・・The・アメリカ!な要素をこれでもかと詰め込んで、ましてや時系列もバラバラでどんなにか読みにくいかと思いながら読み出したら面白すぎて一気読み。それまでバラバラだった物語たちがラスト一点をめがけて収束していく様は、脳から湯気が出るくらい興奮したし、「色々あったけど、結局残るものなんてきっとなにもないよ、でも」と物語の、その先を見せてくれた作品。ハチャメチャに好きです。この作品が翻訳されたことに感謝!

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【推薦者】ちゃらこ
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス エレーン・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
世界的バレリーナのミケーラ・デプリンス。 西アフリカで生まれ、内戦で父親を亡くし、病気で母親を亡くす。 戦争孤児となり孤児院で暮らすも、その孤児院も反政府戦力に占拠される。 アメリカに暮らす夫婦の養子ととなり、バレリーナへの道を進み始めるも、今度は人種差別の壁にぶち当たる。 17歳の若さで書かれた自伝ではあるけれど、その人生は日本では考えられないくらいの困難に満ちている。 戦争・飢えなどの辛く恐ろしい困難が重く苦しいものだとしても、彼女は夢をあきらめず、努力で今の地位を勝ち得た。 夢や希望を持ち続け、努力することの大切さや尊さを教えてくれる1冊。 苦しい現実や大きな壁を前にくじけそうになっている人に、前に進む元気を与えてくれる本です。 ハンドルネームでの掲載をお願いします。
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【推薦者】加生 絞弦
【推薦作品】『フランシス・クリック:遺伝暗号を発見した男』
【作者】マット・リドレー
【訳者】田村 浩二
【推薦文】
20世紀最高の生物学者と言われるフランシス・クリック。それにもかかわらず、これまでクリック評伝の邦訳がなかったのは不思議な気さえする。「ワトソン・クリック」の相方、ジェームズ・ワトソンは、ベストセラー『二重らせん』にも見られるように何かとお騒がせ者なのに対し、帯文にもある通り、クリックはまさに「生涯、一科学者」。一見地味に見えるこのクリックこそ、生物学を革新させた人物である。マット・リドレーの原著“Francis Crick: Discoverer of the Genetic Code”はワトソン・デイヴィス賞(米国科学史学会、2007)を受賞しているように、人物・中身の両観点において、この翻訳本の刊行は大きな意義があるだろう。内容を熟知した遺伝暗号の専門家による邦訳に加え、2016年はクリック生誕100年にあたるという絶妙のタイミングである。お薦めの一冊である。

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【推薦者】柴田 侑樹
【推薦作品】『ドリフトグラス』
【作者】サミュエル・R・ディレイニー
【訳者】浅倉久志,伊藤典夫,小野田和子,酒井昭伸, 深町眞理子
【推薦文】
ディレイニーは若くして文才を発揮した。23歳で『バベル17』を発表しネビュラ賞を受賞した。この『バベル17』も素晴らしい作品であるが、ディレイニーと言ったらやはり、それ以前に書かれた『エンパイアスター(ドリフトグラスに収録)』であろう。特筆すべき点はその引き込まれる世界観に美しい文体。そして読み終えた後、まさに螺旋状のように読み返したくなる感覚に襲われることである。この多面的作品は著者自身が黒人でありゲイでありミュージシャンでもあるという多面的価値観をもつ彼のみが成し得るものだと思う。しかしながら日本語訳は素晴らしく丁寧でいて難解で流麗なディレイニーの文体を残しつつも見事に翻訳されている。翻訳者の方々も多面的価値観をお持ちなのかもしれない。

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【推薦者】☆mikkii☆
【推薦作品】『ワンダー Wonder』
【作者】R・J・パラシオ
【訳者】中井はるの
【推薦文】
ネット上のどこかで、「表紙の水色のような読後感」というのを見かけたと思うのですが、まさにそのとおり!!ハンディを負った主人公が、めちゃくちゃ愛にあふれた家族と、そして数は少ないけれど温かい友達に支えられ、試練に立ち向かう物語です。といってしまうとありきたりに聞こえてしまいますが、章ごとに語り手が変わりさまざまな角度から紡がれてゆくので、物語に深みが増しています。そして爽快なエンディング!途中、4、5回泣きました。すこし古いことばとして出てくる thugs の訳に「ツッパリ」は拍手。(原書277ページ、訳書372ページ)

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【推薦者】丹所 千佳
【推薦作品】『12人の蒐集家/ティーショップ』
【作者】ゾラン・ジヴコヴィッチ
【訳者】山田順子
【推薦文】
さかしまの魔術師、あるいは東欧のボルヘス。作者は旧ユーゴスラビア生まれのセルビア人。プロハスカ、パリヴェク、ポコルニーなどの聞きなじみのない登場人物の名が、物語の不可思議さを彩る。〈よろけヴァイオリン〉〈惚れ睡蓮〉〈詰めこみモンキー〉といったケーキの名前も魅力的。12の連作で蒐集されるのは、爪や写真、夢(夜見るほう)や死。熱心なコレクターたちの姿は、不穏でありながらどこか滑稽でもある。とあるティーショップで〈物語のお茶〉を頼んだ客に、入れかわり立ちかわり語られる話は、ロマンチックで謎めいている。ドキドキしながらうっとりとページをめくり、紫色の夢と緑色のお茶を味わった。読み終えたあとに眺めるとニヤリとなる装丁も素敵。「お茶の原料はなんなのか、訊くことはできるけれども、そんなことをすれば魔法がとけてしまうだけなので、グレタは訊かないことに決めた」(「ティーショップ」より)。

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【推薦者】KAYO・FUJI
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ
【推薦文】
これが現世で起きたこと?とても感動しました!
インドの僅か5歳の男児が、遊びに出た町で兄とはぐれ、何かのはずみで入り込んだ誰もいない車両、列車が動き出し、暗い中どこか遠くへ運ばれて行く時のたまらない不安感。見知らぬ大都会で浮浪児となり、絶えず危険が襲ってくる恐怖感。のっけから、生々しく語られる体験にハラハラ・ドキドキさせられる。意外にも異国豪州の里親の下で成育する幸せに遭遇するが、インドの肉親への思いも断ち切れず、心の中に去来する思いは複雑、葛藤の日々、思い悩む心情がひしひしと伝わる。刻々の感情を淀みなく伝えてくれる日本語訳は、正に本人になり切ったかのようで、ぐんぐん引きずり込まれる。男児はグーグルマップ上で、故郷の在りかを探す、言わば沙漠上の一本の針を探すに似た途方もない方法に挑戦するが、徒労の連続に、読者はヤキモキさせられ、何とか見つけてほしいと応援したい気持ちに掻き立てられる。25年もの執念で、遂に実現したこの奇跡、世に知らしめてくれた著者と翻訳者に感謝したい気持ちでいっぱいです。

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【推薦者】佐野 隆広
【推薦作品】『ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992─1995』
【作者】ヤスミンコ・ハリロビッチ
【訳者】角田光代
【推薦文】
2015年に読んだ本の中で一番衝撃を受けた1冊。ユーゴスラビアで起きた民族紛争については、あまりよく知らなかったのですが、サラエボ攻防戦の過酷な戦場で生き延びた子どもたちが、当時を思い出して語る言葉のひとつひとつが心にグイッと迫ってきて、その言葉たちに対して、私には返す言葉が見つけられませんでした。本書のような作品を翻訳し、私たちの手元に届けてくれた角田光代さんの功績は、日本翻訳大賞にふさわしいと思い、今回の推薦作品に選ばせていただきます。

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【推薦者】らっぱ亭
【推薦作品】『紙の動物園』
【作者】ケン・リュウ
【訳者】古沢嘉通
【推薦文】
 ケン・リュウ『紙の動物園』は今が旬のSF作家の、まさに粒選りの傑作集。又吉直樹の推薦で普段SFを読まないかたも手に取る機会を得たと思うのだが、ヴァラエティに富んだ収録作の高い質と選定の妙に加えて、日本語として確かな文章であるということも本作の高評価の一因であろうことは間違いない。ケン・リュウの英語は平易なぶん翻訳が非常に大切な作家だ。特に、情緒的なところを臭くならないように、そして平易なところは適度に艶っぽく言葉を選んでいくのは、けっこう名人芸的なテクニックが要求される。実際、表題作「紙の動物園」を英語で読んだときは、「せつなくも感動的な話でヒューゴーとの二冠も納得できるかなあ。でもあまり好みじゃない」などとツイッターで呟いていた。手紙のくだりが少々あざとく感じたためだが、今回翻訳で読んで不覚にもうるっときた。これぞ日本語の力だ。次作も古沢さんの翻訳でお願いしたいと切に感じた瞬間だった。

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【推薦者】八本
【推薦作品】『ムシェ 小さな英雄の物語』
【作者】キルメン・ウリベ
【訳者】金子奈美
【推薦文】
バスクからの疎開児童を受け入れた青年の一代記。断片的とすらいえる短いパラグラフが幾重にも重なっていて、なおかつそこに虚実が入り混じっているというのに、読んでいてまるで違和が感じられないのは作者の筆力と翻訳者の存在を思わずにはいられない。また、その詩情豊かな断片を拾い集めつつ読み進める作業は、破られた手紙を縫い合わせていくかのようで、とても楽しい読書体験ができました。

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【推薦者】りつこ
【推薦作品】『美しき廃墟』
【作者】ジェス・ウォルター
【訳者】児玉 晃二
【推薦文】
素晴らしかった。イタリアの片田舎で芽生える小さなロマンスとアメリカのショービジネス界ではスキャンダルさえ商売にして強かに生きている人たち。二つの物語が交互に語られる。この二つの物語がどう交差していくのか、最初は戸惑いながら読んでいたのだが、過去と現在が交互に語られ、様々な登場人物がそれぞれの視点から物語り、さらに物語中物語も魅力的で、楽しい楽しい。ばらばらに思えた物語が、後半になって見事に回収されていく爽快さ。イタリアのパートはロマンティックで美しく、アメリカのパートはブラックな笑いに満ちていて、この物語自体が壮大な映画のような作りになっている。物語を読む楽しさに溢れた素晴らしい作品だった。

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【推薦者】ぽんきち
【推薦作品】『エニグマ アラン・チューリング伝 上・下』
【作者】アンドルー・ホッジス
【訳者】土屋 俊、 土屋 希和子
【推薦文】
コンピュータや人工頭脳の父と呼ばれる異色の天才、チューリングの生涯を詳細に追った評伝。原著自体は1983年刊行だが、2014年の映画「イミテーション・ゲーム」の原作本ということで、邦訳が出たもの。一応、原作とはされているが、映画とはかなり内容が異なる。多くの人の心に訴え、感動を誘った映画と比べて、原作本はどちらかといえば難解で取っつきにくい。だがそのじっくりねっとりとした筆致が、稀代の天才の内面、彼を取り巻く環境をスリリングに暴いていく。あるときは確率論を語り、あるときは詩を評し、あるときはナイーブな感情に寄り添う。その多層的な描写があってこそ、チューリングという1人の奇才が立体的に立ち上がってくるのである。大部であり、重厚な原著で、翻訳の労苦も偲ばれる。映画のヒットという後押しがあったにせよ、決定版ともいうべき評伝の邦訳が出たことに、惜しみない拍手を送りたい。

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【推薦者】YUKIHIME
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス エレーン・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
子どもに読ませたいと思い、まず自分が読んでみたところ、月並みですが感動しました。この原書を選んだ翻訳家さんに見る目がある!と素直に思いました。夜、一息ついてから読み始めたのですが、なかなか止まらず夜中まで読みふけってしまいました。平和な日本に住んでいる私たちには想像もできないような現実を、この本を通して子供たちは知ることができました。中高生だけでなく大人も十分楽しめる本です。

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【推薦者】横浜自由人
【推薦作品】『ウイグルの詩人 アフメットジャン・オスマン選詩集』
【作者】アフメットジャン・オスマン
【訳者】ムカイダス、河合 眞
【推薦文】
この訳詩集には、ウイグル民族の悲しみ、苦しみ、故郷を追われた者(現在、詩人はカナダに居住)の、ウイグルの大地への限りない愛があふれている。比喩の美しさ、語彙力の豊かさ等々は、河合氏が精神科医として患者との信頼関係において、言葉というものへの、一つ一つへの思いの深さによるものだと、私は思う。また、彼の著書に「音楽療法」があるが、この訳詩集を朗読してみると良くわかるが、音楽の旋律に合わせて、翻訳したのではないかと思われる程、リズム感が小気味良い。そして、何よりこの訳詩集の叙情性を極だたせているのは、彼自身が、多いなるロマンチストの由縁であると、私は思う。

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【推薦者】とりっぽん
【推薦作品】『ハーレムの闘う本屋』
【作者】ヴォーンダ・ミショー・ネルソン
【訳者】原田 勝

【推薦文】
ハーレムで黒人書専門の本屋を立ち上げ差別と闘ったミショーさんの一代記。本人や周囲の人々のモノローグ、詩、新聞記事、写真、そしてパンチの効いたイラストが散りばめられ、ポップなビジュアルの中で其々の人物が、其々のキャラと声でリズミカルに語りかけてくる。クールでビートが効いたセリフの応酬は、まるでゴキゲンなジャズセッションを聞いている気分。本の構成、そして翻訳のリズムとセンスに拍手!そしてこれは「過去のアメリカの物語」ではない。今、私たちのこの時代にこそ「知性の力」と「武器を持たない闘い」が必要。これは今こそ読まれるべき本。本を読むってどういうこと?人間らしい生き方って?世の中を変えるには?…多くの人に(特に若い人に)ミショーさんの言葉を聞いてほしい。

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【推薦者】平岩 壮悟
【推薦作品】『ドニャ・ペルフェクタ: 完璧な婦人』
【作者】ベニート・ペレス=ガルドス
【訳者】大楠 栄三
【推薦文】
舞台は「首都マドリードからそれほど遠くもなく近くでもない」、スペインの至るところに見出すことができる架空の村・オルバホッサ。住人たちは、オルバホッサが地上の他のどの土地よりも優れていると疑わず、外部から来るものには敵愾心をむける。マドリード出身の秀才・ぺぺは叔母であるドニャ・ペルフェクタの家に滞在することになりオルバホッサに向うが……。自分の考えに盲信的で、娘を溺愛するばかり狂信的な親バカの叔母と甥が繰り広げる昼ドラさながらの展開もあれば、<偽善>や<高邁な無知>といった住人たちの性質とそれを生む土壌を周辺人物との関わりの中で描いていくところもあり。疑うことをしない<狂信>的な人間と、それ故に生じる<支離滅裂>をカメラでもって撮ったルイス・ブニュエルがこの本を愛読書にしていたというのも頷ける。小説は次のように終わる。「一見すると良い人間だが、実はそうでない人びとについて、われわれがいまのところお話できるのは、これですべてです」。

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【推薦者】高山 あつひこ
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケ―ラ・デプリンス、エレーン・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
 これは、17歳の少女の自伝です。彼女は黒人の少女でプロのバレリーナ。でも、ここに書かれているのは、バレエの話だけではないのです。彼女はアフリカのシエラレオネの戦争孤児で、その生い立ちが語られる時、私たちは内戦で国が壊れていくさまを目にします。仕事も食物もないのに何故か武器だけがあり、人々がわけもなく殺されていくのです。やがて、国を追われ難民キャンプに逃れた孤児院からアメリカに養子としてもらわれていった彼女は、雑誌の表紙で見て憧れたバレエを習い始め、様々な差別を受けながらも、成長していきます。この本が翻訳された事により、今現在起きている難民問題や黒人差別を知り、希望をもって生きることの素晴らしさを知ることができました。是非若い人たちに手に取ってもらいたい本です。

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【推薦者】四人目の幽霊
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原慶一郎
【推薦文】
翻訳というものはあるだけでありがたい。そうしたことは重々承知しつつも、自分がやらねば、自分がやる必要があるという訳者裂帛の気迫が本のそこかしこからにじみ出てくる作品である。ディケンズの専門家でもある訳者の手による訳と解説は、ディケンズさえも気づかなかった「ディケンズ的なもの」をあぶり出している。

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【推薦者】四ノ塚 塵
【推薦作品】『エンジェルメイカー』
【作者】ニック・ハーカウェイ
【訳者】黒原敏行

【推薦文】
この本の著者のプロフィールを見た時、きっと誰もがその父親の名に驚くだろう――スパイ小説の巨匠、ジョン・ル・カレ。その影を意識せざるを得ない――巨大な名前。この本の最初のページをめくるとき、その名前は読者の頭に大きくのしかかる。この本の最後のページを捲るとき、あなたの頭の中にはもう一つの巨大な名前が刻まれる――ニック・ハーカウェイ。あらゆるジャンルを横断し奇想天外に展開するパワフルな700ページ二段組の大活劇の衝撃はまるで脳天を直に揺さぶられるよう。この巨大な才能を見逃すな!

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【推薦者】清水 克美
【推薦作品】『春草』
【作者】裘山山
【訳者】徳田好美・隅田和行
【推薦文】
 中国の現代小説は目にすることがめったに無い。「春草」は久々に手にした中国のベストセラー本です。私にとっては「ワイルド・スワン」以来か。物語は、都市開発や経済優先を推し進め、格差の矛盾を生んでゆく現代中国の社会を背景に、農村出身の女性、春草の波乱万丈、必死の生き様が描かれています。春草の哀しさ、切なさに共感しながら一気に読ませます。訳者は「主人公の健気な生き方に愛着を覚える。同時に社会の有りようにも目を瞠る」と述べています東アジアの共通の土壌にありながら、隣国との異文化性に気づかされる作品でもあります。

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【推薦者】宇津木 敏彦
【推薦作品】『春草』
【作者】チゥシャンシャン
【訳者】徳田好美・隅田和行・共訳
【推薦文】
 中国は都市と農村との貧富の格差の激しい社会と聞いております。その貧しい農村の生活の中にあって、一人の何気ない少女が、清く正しく生きて行く姿は、明治時代に生きた日本の芯の強い女性を思い起こしてくれました。勿論、日本の芯の強い女性と云えば、「おしん」に代表されますが、何処の国にも、貧しが、親や夫・子供のために自分を犠牲にして生きて行く女性の姿があり、その心理状態を見事に翻訳さております。広大な中国の農村風景が目に見えるように描かれた翻訳には、深く感動いたしました。

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【推薦者】阿藤 保
【推薦作品】『ドリフトグラス』
【作者】サミュエル・R・ディレイニー
【訳者】浅倉久志,伊藤典夫,小野田和子,酒井昭伸, 深町眞理子
【推薦文】
見知らぬ作家の本に出会った時、私たちはその表紙、装丁、帯、そして中身を検分するだろう。本書に銘打たれた「決定版短篇コレクション」という文句は、アメリカのSF作家ディレイニーの傑作短篇群へと誘う良い惹句だ。真っ白な装丁も目を引き、何度も読み返して手垢で汚してくれと言わんばかり。だが肝心の中身は?それこそ安心してほしい。この短編集の訳者陣は多くの海外SFを訳してきた当代随一のSF翻訳家たち(故人含)なのだから。ディレイニーは華麗な文体と豊穣なイメージを特に評価されており、本書カバー裏にも作品の形容として「超絶技巧」や「洗練」といった文字が並ぶ。だが、この言葉は作家だけでなく、当然その訳者たちをも射程に入れている。傑作短篇群を際立たせるのは豊かな日本語で原語を刈り込んでゆく翻訳家の手腕だ。本書はその一端を存分に知ることができる。

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【推薦者】佐伯 敦子
【推薦作品】『カールの降誕祭』
【作者】シーラッハ
【訳者】酒寄進一
【推薦文】
3つの短編で人間の哀しさやあやうさを表しているのがすごいです。ドイツのクリスマスという設定ではあるが、自分の中にこのような思いが多かれ少なかれあったことを感じて、なんて素晴らしい作家なのだとあらためて感じました。どこの国でも、人の思うところは一緒なのかもしれないです。訳も素晴らしい。

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【推薦者】Y
【推薦作品】『雪を待つ』
【作者】ラシャムジャ
【訳者】星泉
【推薦文】
チベット語から翻訳された初の長編小説。「ぼく」を含む4人の子供たちをめぐる村の生活を描く前編は、丁寧な描写をかさね、村の情景が目に浮かぶよう。子供の失踪やドゥクキ姉さんとミンジュル先生の駆け落ち未遂などの事件をはさみながらも、村の時間はあくまでもゆったりと流れていく。後編で、大人になった「ぼく」が住む都会の時間の早さとは対照的である。時間の流れが文体によって書き分けられている点も秀逸。

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【推薦者】犬星 星人
【推薦作品】『出身国』
【作者】ドミトリイ・バーキン
【訳者】秋草俊一郎
【推薦文】
複雑な文体に読み始めは面食らったのだけれども、病的な登場人物や陰鬱な世界観と相俟って、その文体がだんだんと癖になっていった。新奇な比喩表現の数々も面白かったなあ。翻訳が素晴らしくて淀みなく読むことができた。ドミトリイ・バーキンの著作は、本国でも一冊しか出版されていないそうだ。そんな寡作な作家の翻訳書を刊行してくださった群像社も奇特である。

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【推薦者】ろまん
【推薦作品】『夢へ翔けて』
【作者】ミケーラ・デプリンス
【訳者】田中奈津子
【推薦文】
西アフリカの内戦で孤児となったミケーラ・デプリンスが様々な苦難・偏見を乗り越えて、世界的なバレリーナに成長していく物語。ミケーラが幼少期に受けた恐ろしい体験や困難が鮮明に訳されていることに驚きます。孤児のミケーラたちを引き取って、愛情をいっぱい注ぐ養母(エレーン・デプリンス)とのやりとりや、世界的バレリーナの階段を駆け上がっていく様子がスピード感があり、生き生きと訳されています。また難しいバレエの専門用語が大変わかりやすく訳されています。この作品はテーマが素晴らしく、このテーマの良さを引き出すための一言一句無駄にしない訳者の情熱が伝わってきます。

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【推薦者】
【推薦作品】『服従』
【作者】ミシェル・ウェルベック
【訳者】大塚桃
【推薦文】
フランスにイスラーム政権が樹立!というきわめてセンセーショナルかつ今日的な題材を扱い賛否両論を巻き起こしたという本書。実際に読んでみると政治的な色彩より、インテリ男の「厨二病」的スケベ心を端正な文章で暴き徹底的にこき下ろす知的ブラックユーモアが際立っていると感じました。その手つきはいかにも意地悪な感じがして作者はたいしたヒネクレ者だなあと感心します(褒めてます)。本作を読み感じ入ったのは「意地悪」も極まればこのようにハイレベルな文学となりえるのだということ。私のような性格の悪い物書き志望にとってまさに希望の星のような小説であります。ってこれ推薦文になってるかな。

書影

【推薦者】さとう まあしゃる
【推薦作品】『コマンド・カルチャー』
【作者】イエルク・ムート
【訳者】大木毅
【推薦文】
「刑事コロンボ」に陸軍幼年学校での事件「祝砲の挽歌」がありますが、この学校が旧軍のそれと思っていたら全く異なった存在だった。「ザ・パシフィック」原作本の一つで実際に海兵隊の一兵士として従軍した知見を著した「ペリリュー・沖縄戦記」のスレッジも志願前は陸軍士官養成学校のMarion Military Instituteに在学していた。このように米陸軍士官への道は陸軍士官学校や一般大学の予備士官養成コースの他に軍事大学・短大といった士官学校からのコースもあり、旧日本陸軍とは大きく異なる。「コマンド・カルチャー」はドイツの影響を受けたとされる米陸軍士官教育とその文化について学校制度から教授陣の変遷まで幅広く取り上げてお手本のドイツ士官の教育・文化と比較検証している。将軍や兵器システムではなく陸軍士官養成と文化という視点で分析をされた訳書というのはあまり見かけません。米軍について描写した映画や小説、ノンフィクションを読む際、彼らの独自の文化はどのようなものなのか理解して読む為の一助にもなる本だと思う。

書影

【推薦者】KKOIDE
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サル―・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ
【推薦文】
タイトルとキャッチコピーに惹かれて読んだが、まさかこの世にかかる奇跡が実際に起きたとは!インドの片田舎で貧しい家の5歳の男児サル―が迷子になり、突然遠く離れた都会で浮浪の日々、幸い孤児院と養子縁組団体に救われ、豪州の善良な養父母の下で成育する幸運に恵まれるが、一方自分のルーツへの思い黙だし難く、幼時の記憶を頼りに、グーグルアースの地図上で、インドの故郷を探すという不可能に近い方法に挑戦、20年以上かけて終に探し当て、肉親との再会を果たす、感動なくして読めないノンフィクションである。全編通じて綿々と綴られるサル―本人の感情の機微が読者の心を打つ。この奇跡実現の底流にある“人の愛”にこの上なく癒された。

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【推薦者】ざくろ
【推薦作品】『ハーレムの闘う本屋』
【作者】ヴォーンダ・ミショー・ネルソン
【訳者】原田勝
【推薦文】
ニューヨークにある黒人のために開かれた書店の話なのですが、人が集まったり、教育が施されたり、知識が交換されたりと、単に本を売るだけじゃない書店のありようが書かれており、とても面白く読めました。特に昨今は、こういうかたちの本屋が日本にあっても面白いのではないでしょうか。

書影

【推薦者】ミオール・H
【推薦作品】『若者の住めない国』
【作者】ジュリア・オフェイロン
【訳者】荒木孝子・高瀬久美子
【推薦文】
ブッカー賞ノミネート作。アイルランド小説の翻訳は少なくないが本訳のようにアイルランド語部分の翻訳も正確なものはきわめて少ない。その意味で貴重な翻訳。アイルランド自由国が成立した1922年当時、イギリスは実際には裏で何をしていたのか。イギリス王の手先による扇動を監視するためにアイルランドに渡ったアメリカ人がなぜ殺されなければならなかったのか。その殉死を伝える新聞記事から本書は始まる。記事はアイルランド語で結ばれている。こうした箇所を従来の翻訳は殆どまともに訳してこなかった。アイルランド独立運動をめぐる複雑な歴史を物語る作品ではアイルランド語の理解は不可欠である。

書影

【推薦者】ねこたろう
【推薦作品】『エンジェルメイカー』
【作者】ニック・ハーカウェイ
【訳者】黒原敏行

【推薦文】
圧倒的大傑作!まさに超ド級のエンターテイメント。SF、冒険、恋、ミステリー、陰謀、バトル、感動、笑い、ありとあらゆる要素がギュウギュウに詰まった楽しさ溢れる大活劇! 見事に張られた伏線が大団円へと収束していくラストは、ジェットコースターめいてめくるめくような読書の快感に圧倒されます。二段組み七百ページという大ボリュームだが、読み終える頃にはそれでも物足りなく思えるほど。この小説が日本語で読めるというのは実際たいへんな幸福だと思います。みんな読んで!

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【推薦者】かもめ通信
【推薦作品】『帰還兵はなぜ自殺するのか』
【作者】デイヴィッド・フィンケル
【訳者】古屋 美登里
【推薦文】
原題は“Thank you for your service”。イラクからの帰還兵とその家族を追ったノンフィクション。まるでドキュメンタリー番組を見ているかのような生々しい証言を元に綴られている本書は、戦争についても政府の方針についても、書き手の主観をあえて排し、取材した内容を事細かに書き表し事実をつきつけることで読み手に考えることを促している。語られる内容の深刻さにもかかわらず、訳文もわかりやすく大変読みやすい。いまこそ、いまだからこそ読まれるべき本だという著者と翻訳者の熱い想いが伝わってくる1冊でもある。

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【推薦者】吉田 敦
【推薦作品】『ハバ犬を育てる話』
【作者】タクブンジャ
【訳者】海老原志穂、大川謙作、星泉、三浦順子
【推薦文】
日本で目にする「チベット文学」は、実はチベット人作家が中国語・英語で執筆したものからの翻訳が多い。一方、本書は全て、「チベット語で」書かれた作品の翻訳。日本人にとってマイナーな言語による文学作品の翻訳が市販され、平易な日本語で楽しめるのは嬉しい。こうした事情を抜きにしても、抒情とユーモア溢れる作品群からは、政治的・宗教的コンテキストでばかり語られる現代チベットが一面的なものに過ぎないことを教えられる。情緒的な作品、シュールな作品、実験的な作品など、作者の様々な顔に合わせて翻訳担当が変わるスタイルも良いと思う。

書影

【推薦者】k
【推薦作品】『エンジェルメイカー』
【作者】ニック・ハーカウェイ
【訳者】黒原敏行
【推薦文】
砂を噛むような日々には読書が捗らないこともある。そんな時にもぐんぐん引き込まれ、ひときわ胸熱くしてくれた一冊。主人公ジョーが機械仕掛けの謎の本をきっかけに巻き込まれる、人類の存亡を賭けた大冒険。機械修理の職人であるジョーのパートと女スパイ・イーディー(女傑!)のパートに分かれて進む長い物語が、終盤に向けて集約していきカチリとはまった時、複雑で奥行のある登場人物達はまるで実在する友人のような存在感を放つ。人に歴史あり。流れる時の中どこかでみな繋がりあっている。友情で、憎しみで、愛情で。それは登場人物達のみならず読者もまたそうであるという事を思い出させてくれる。私は繋がっている。作者と、訳者と、本屋と、本を勧めてくれた人と。盛り沢山のガジェットでこれでもかと楽しませてくれる物語があれば、例え世界からはみ出てしまったように感じる夜でも、笑顔を取り戻すことが出来る。それがこの第一級娯楽小説の力だ。

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【推薦者】案田 勉
【推薦作品】『春草』
【作者】裘山山
【訳者】徳田好美 隅田和行
【推薦文】
 戦後の中国を語るとき、文化大革命、天安門事件、そして今や世界第二の経済大国とその変動に関心が集まる。この「春草」は、この年代が対象となっているので、私の関心はこの中に生きる人たちの生活にあった。しかしそれとは異なり、人間の善意と悪意、悲喜こもごもに生きる女性のしたたかの姿を描いた文学作品である。しかも再販を重ね、ドラマ化され、さらに女性文学賞を得たという。政治と無縁の小説に文学賞を与える中国。此のことだけでも一読に値する。又この翻訳に力みがなく淡々として流れ、時に美しくそれ自体が日本文学といえる。最終章の、苦難を乗り越えながら偶然に拾った捨て子を抱え、主人公が言いなをす。「私また母さんを始めなくちゃならない。いざ開始よ」。こう語らせた作者に、翻訳者に、夢を感じて嬉しくさえなった。

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【推薦者】高原 英理
【推薦作品】『歩道橋の魔術師』
【作者】呉明益
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
台湾のブラッドベリ、というのは、子供と魔術そして過去の再構成、という布置からの印象だが、SFファンタジーへの直な傾向は主でなく、飽くまでも場と記憶にかかわる意識の追求の物語であり、深く辿り、見やる奥にはふと異物がほの見える、そんな小説集だ。「中華商場」という迷宮的な各棟をつなぐ歩道橋の中ほどにいつもいる手品師(魔術師)が、一つを除くいずれの話でもサインのように現れ、彼の見せる少し不思議なしかし完全に魔法かどうかは不明なふるまいが「リアル」の一線を越えるか超えないかのあたりで揺れていておもしろい。揺れはそれだけでなく、いずれの話もかつてそこに住んだ子供たちが成人した後に回想しているため、切実な事実らしいこと、曖昧・不明なこと、信じられないが確かにあったと思うこと、等々が順に語られ、ときに細密な過去、ときに茫洋とした世界が再現=再構成される。中には相当過酷ないきさつも含まれるけれども、この訳文による語り口は飽くまでもやわらかく、語り手の視線はいくらか中空を向いているような気配があって、私にはとても肌に合った。

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【推薦者】遠藤 裕子
【推薦作品】『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』
【作者】ヴァーノン・リー
【訳者】中野善夫
【推薦文】
一文が長々と続く原文の雰囲気を損ねることなく、しかも日本語として違和感なく読めるように訳してくださった訳者のお仕事ぶりに、まずは感謝いたします。たいへん大部でまたお値段もそれなりの本ですが、訳者と読者一丸となってのツイッター上での販促活動が実に楽しげで、自分もこのお祭りにはぜひ参加したい、という思いをかき立てられ、本を買う楽しみを倍加していただいたように思います。そういう意味でも、とても印象的な一冊となりました。

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【推薦者】東 えりか
【推薦作品】『出島の千の秋』
【作者】デイヴィッド・ミッチェル
【訳者】土屋政雄
【推薦文】
幕末まであと少しという時期の長崎を舞台に、オランダ人の若き能吏、顔にあざを持つ若き産婆、日本を砲撃した英国海軍館長など、多くの魅力的な人物が登場する大河小説である。世界史の流れのなかで、この時の日本は外国からどう見られていたのか、日本国内に残されていた出島の外国人と日本人とはどのようなつきあいをしていたのか、政治経済に恋愛がからみ、行き先の見えないドラマに胸が躍る。日本人通詞の拙いオランダ語と、正しいオランダ語を英語でかき分けてあったそうで、その訳は苦労したらしい。

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【推薦者】伍藤潤
【推薦作品】『エンジェルメイカー』
【作者】ニック・ハーカウェイ
【訳者】黒原敏行
【推薦文】
現代のロンドンで。過去の諜報戦場で。ノワール/冒険小説/SF、とジャンルを横断し、ひたむきな楽しさを叩きつけてくるオールドスクールでニュースクールな、「愛」を巡る冒険小説。それがこのエンジェルメイカーなのです。多ジャンルをるつぼで融かすミクスチャー感覚を、シュールなユーモア/人間への愛着/語ることそのものを楽しむ眼差しでくくった、饒舌きわまる文体の心地良さたるや比類なし。黒原氏は、そうした語りの中心となるパンチラインの嵐を軽やかに、そしてキュートに訳しています。それが解像度を高めているからでしょう。ボンクラから裏社会、諜報界隈、悪役まで、それぞれの戦いを駆けた人々に愛おしさを憶え、読んでいて胸が躍ってしかたありません。不信、憎しみ、願い、希望、と多くが交錯し、主人公が「なりたかった大人になる」までの、七百ページあまりの旅――ここにありったけの愛と敬意をこめて推薦させていただきます。

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【推薦者】大石 滋子
【推薦作品】『春草』
【作者】裘山山
【訳者】徳田好美・隅田和行
【推薦文】
 原作は中国でベストセラーとなりテレビドラマ化された小説です。とにかく訳が良く、どんどん物語に引き込まれて寝る間も惜しく、3日間で一気に読んでしまいました。内容は主人公の七転び八起きの人生を綴ったものですが、読後感として悲壮感は無く、むしろいろいろな場面に励まされました。今まで中国の小説に触れる機会があまり無かったのですが、読んでみてとても面白かったので、いろいろと読んでみたいと思います。是非いろいろなかたに呼んでいただきたいと思い推薦します。

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【推薦者】ゴンジー ゴンタ
【推薦作品】『春草』
【作者】裘山山
【訳者】徳田好美、隅田和行の両氏
【推薦文】
『春草』は、友人に薦められたのがキッカケで読んでみた。著者は日本の『おしん』をイメージしながら執筆したと記していたので、日本版と比較する意味でも興味をもった作品である。読後感としては、日本と中国の社会背景や経済発展さらには政治体制の違いからか、個人的には中国の『春草』と日本の『おしん』とは大きく異なる印象を受けた。対比するに、この『春草』からは、現代中国の内陸部の状況をつぶさに伝える生々しさが伝わってきて、これこそがあまり表面に出てこない中国の真実の一部でもあることは容易に推測され、ある意味悲愴感すら感じられるが、一方では、底辺層の力強さも感じ取ることができる。多くの日本人が目にするのは、超高層ビルが立ち並ぶ上海などの華やかな中国であるが、あまり、日本での報道では窺い知ることのできない中国の一面を知るというのも興味深いものがある。翻訳本には常に翻訳者によって付きまとう癖がある。原作に忠実過ぎる作品や超訳過ぎて読む気がしないものがたくさんあるが、この本は忠実過ぎず、超訳過ぎずで適当にこなれており、どんどん読み進めることができる点でもお勧めしたい一冊である。

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【推薦者】亀井 よし子
【推薦作品】『忘れられた巨人』
【作者】カズオ・イシグロ
【訳者】土屋政雄
【推薦文】
著者も訳者もビッグネームゆえ、いまさらという感じがしないでもないのですが、いつもながらの訳文のすばらしさは昨年読んだもののなかで群を抜いていると思いました。アーサー王の死後間もない時期という時代設定にもかかわらず、「記憶と忘却」というテーマも現代に直に通じていて、いろいろなことを考えさせられる作品でした。

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【推薦者】ベック
【推薦作品】『美しき廃墟』
【作者】ジェス・ウォルター
【訳者】児玉 晃二
【推薦文】
すべてはやがて無となる。しかし、時と場所がどうであれすべての営みは美しく輝く。最終章である第二十一章『美しき廃墟』はそのことを如実に語る。夢破れたすべての愛すべき人生。美しく滅びしもの。この章があるおかげで、この本は壮大な幕引きの印象を与えてくれる。読み応え、受ける印象、そして読後感。すべてにおいてぼくはこの本が大好きだ。素敵な映画を観た後の、あの独特の高揚感が身を包む。

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【推薦者】mau
【推薦作品】『若者の住めない国』
【作者】ジュリア・オフェイロン
【訳者】荒木孝子、高瀬久美子
【推薦文】
 世界がテロリズムに覆われつつある現代に、アイルランドにおける1920年代と1970年代の二つの暴力の時代をフォークナーばりのスケールで結び合わせたこの作品を読むことは、決して無駄ではない。同著者の「従順な妻」(2002年訳)から十余年、こつこつと訳されてきた訳者お二人の熱意と友情にも敬意を表して。

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【推薦者】STV1941 NYK
【推薦作品】『春草』
【作者】裘山山
【訳者】徳田好美、隅田和行

【推薦文】
中国の貧しい農村で1961年に生まれ育った平凡な女性春秋が小学校を中退して働きながら、都会の平凡な男性と結婚し苦労して生きた40年間の半生を描いた小説。日本の小説「おしん」の半生にやや似ているが、詳細に描かれたこの小説を読むことによって、中国の都市と農村の大きな貧富の格差に驚くとともに、現代中国社会の深層を知ることが出来る。徳田、隅田両氏による翻訳は非常にこなれた美しい日本語で、あたかも日本の小説を読んでいるような心地よさを感じることが出来た。まさに、練達した翻訳によって、この中国の小説が生きている。

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【推薦者】黒澤 満
【推薦作品】『春草』
【作者】チウシャンシャン
【訳者】徳田好美・隅田和行
【推薦文】
貧困から立ち上がる為に一生懸命に働き苦労を苦ともせず、又他人にだまされてもそれをバネに又創意工夫で色々なアイデアで商売をして行く姿には感動させられる。何事にも誠実に行動すれば、期待するわけではないが人間困った時には誰かしら援助の手を差し伸べる人が現れるものだとも感じる。翻訳の文章は難しい表現でなく容易な文体で書かれていて読み始めると次の展開が知りたくて一気に読めてしまう程の著書でした。

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【推薦者】Rivers & Fields
【推薦作品】『世界ーーポエマ・ナイヴネ』
【作者】チェスワフ・ミウォシュ
【訳者】つかだみちこ・石原耒
【推薦文】
巻末資料もふくめてわずか六十頁ほどの薄さだが、けっして読み終わることはない。ある種の詩集はいつでも手に取れる護符のようなもので、「読破」することとは関係がないのだ。リトアニアの詩人ジョナス・メカスは、柳の木はただそこにあることで醜悪さとたたかう、と言った。『世界』はそうした木々の一本に違いなく、一帯に、危機のときにもゆるぎない、内省のための場所をつくってくれる。そこを訪ねるたびに思い出される、確かな感触――「たとえ目を閉じてどんな空想に耽っても/世界はやはりかわることなくあるだろう/木の葉もまた川の流れに運ばれてゆく」(「信仰」)。少しくたびれた本書をたずさえて歩く友人が、遠くからだと楽譜を抱えているように見えたのが、わたしの、この詩集との出会いだ。そんなデザインが示すように、これを手引きに二十の詩篇を音にすれば、静かに読むのとはまた違ったふうに世界を垣間見ることができる。

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【推薦者】ゆきこ
【推薦作品】『ハーレムの闘う本屋』
【作者】ヴォーンダ・ミショー・ネルソン
【訳者】原田勝
【推薦文】
1939年、ニューヨークに黒人のための本屋をたちあげたルイス・ミショーのドキュメンタリーノベル。人種差別と闘いその答えは自分たちを知ること、それは本の中にあると信じて突き進んだ男の話。彼が成し遂げたこと、本人の魅力が、いろんな人物から立体的に浮き上がってくる。とにかくルイスはかっこいいのだ!拳を高く掲げた少年に「こぶしをあけてみな」「見ろ、中身はからっぽだ」といって手の中に本を持たせる。「それがパワーだ!」名だたる政治家や作家たち、未来を担う子どもたちが彼の本屋に集い、彼に影響を受け、民族の誇りを取り戻して立ち上がっていく。たくさんの写真や当時の新聞記事、FBIの記録も随時のせてあって、わかりやすくポップで、重く苦しい歴史への入り口を広げてくれている。最後に好きな言葉を。詩集を読み終えた少年へ。「本の感想じゃなくて、きみの気分はどうだ、って聞いている」

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【推薦者】井出 敏幸(GEN)
【推薦作品】『ああ、ウイグルの大地』
【作者】アフメットジャン・オスマン
【訳者】ムカイダイス+河合眞
【推薦文】
ネット社会と言われる現代の、欲しい情報を得る手段として、動画サイトや検索サイトを通じて、居ながらにして思わぬ出会いがある。私が、この一冊と出会ったのも、中央アジアの文化や音楽を探していて、偶然とは言えないのかも知れない。現代詩は、それが日本語であっても理解に苦しむことが多い。ましてウイグル語で書かれた原文の、怒りや嘆き、それを乗り越える力、そして、あきらめない勇気と希望を読ませてくれた。カナダに亡命している、この天才詩人の魂の言葉を、凡人の私に知らしめてくれた、二人の訳者の大変な努力と才能にただただ驚く。

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【推薦者】まるぽん
【推薦作品】『風と共に去りぬ』
【作者】マーガレット・ミッチェル
【訳者】鴻巣友季子
【推薦文】
超がつくほどの古典大河小説に新しい光を当てた、意欲的な訳文。映画などから知っているようでも実は読んでいない人、数十年前に読んだきり、という人など、新しい読者を呼び込んだのではないか。

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【推薦者】ケンイチ
【推薦作品】『逃げてゆく水平線』
【作者】ロベルト・ピウミーニ
【訳者】長野徹
【推薦文】
去年もっとも感銘を受けた一冊です。沈黙を競う人びと。ボクシングに飽きたゴング。水平線に体当たりする船…不思議でおもしろく、だけどすごく怖い25のお伽噺が収録されています。舟崎克彦さんの推薦文「本書はありとあり得ない果実がひしめく蜃楼のバザールである。読者はそこに不条理の絶対を見い出すに違いない。」は本当にそう思いました。文章の洗練度が素晴らしいです。

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【推薦者】三嶽 公子
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】ディケンズ
【訳者】井原慶一郎
【推薦文】
囲炉裏端で語られる幽霊話として「いいですか、みなさん」で始まる井原慶一郎訳『クリスマス・キャロル』。三人の精霊たちに導かれ、まるで映画を観ているかのように展開される物語は、練られた日本語が心地よく、読者を一気に異世界へと連れていく。スクルージを絶対禁酒主義者としてきた最後の部分を、ディケンズ研究者として丁寧な注を付けて、spiritの二つの意味(精霊と蒸留酒のダブルミーニング) との関連を言及するなど、翻訳だけでなく、注、解説とまるごと一冊楽しめる、おすすめの決定版「クリスマス・キャロル」です。

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【推薦者】千葉 菜々絵
【推薦作品】『キャロル』
【作者】パトリシア・ハイスミス
【訳者】柿沼瑛子
【推薦文】
素晴らしい作品です。このような心かき乱され、食べることも寝ることも自分の存在さえもすべてを忘れて夢中で読んだ本はありません。それはこの本の著者、パトリシア・ハイスミスの才能は言うまでもありませんが、その才能によって紡がれた奇跡の作品のどこも破壊することなく、損なうことなく完璧とも言えるように翻訳した訳者、柿沼瑛子さんの力のためでしょう。この本を推薦いたします。ぜひ、柿沼氏にパトリシア・ハイスミスの評伝である Beautiful shadow を翻訳していただきたい。

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【推薦者】吉良 佳奈江
【推薦作品】『素晴らしきソリボ』
【作者】パトリック・シャモワゾー
【訳者】関口涼子
【推薦文】
物語の舞台はフランスの海外県、マルティーク島。肌の色も、言葉も、文化も雑多な島の人々の姿と、ソリボの語りが、作者の分身であるシャモワゾーに書き留められ、翻訳者の手によって色とりどりの日本語の文字としてあふれてきます。ひらがな、カタカナ、漢字にルビ使いまで、日本語表記の豊かさを再確認しつつ、音が聞こえてくるような楽しい読書体験でした。

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【推薦者】小谷野 敦
【推薦作品】『暴力の人類史』
【作者】スティーブン・ピンカー
【訳者】幾島幸子、塩原通緒
【推薦文】
私は近ごろ、ピンカリアンを名のりたいほどスティーブン・ピンカーに魅せられている。ピンカーは学問的正確さを重んじ、かつ俗論に抵抗するような著作をものする。本書もまた、20世紀が人類史上最も殺戮が多かった時代であるといった俗説に挑んだもので、人類のうちで身体的暴力だけでなく、差別とかいじめとかいったものも、次第に減っていき、20世紀以降はそれが最も少なくなった時代だとしたものだ。結論に比して分量が多いが、通俗的な近代悪玉説も論破されている。

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【推薦者】渡辺 哲久
【推薦作品】『智異山』
【作者】李 炳注
【訳者】松田暢裕
【推薦文】
韓国南部の智異山で、日本の植民地時代と日本敗戦後の朝鮮で、解放をめざして闘ったパルチザンの史実に基づく。朝鮮共産党の不実に絶望しつつ、しかし極寒の山中で彼らはなぜ最後まで戦い抜いたのか。壮絶な境遇の中でなお主人公は「自分への罰として最後に死ぬパルチザンとして闘う」と、部下は投降させても自分は投降しなかった。生きるとは、生きる(死ぬ)選択とは…。この本が書かれたのは、軍事政権の弾圧が吹き荒れた1970年代。何度も死刑判決を受けた金芝河を、多くの在日韓国人留学生へのスパイ容疑での死刑判決を、そして作者の生き方を想う。

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【推薦者】たちはら
【推薦作品】『紙の動物園』
【作者】ケン・リュウ
【訳者】古沢嘉通
【推薦文】
本書は日本語訳の素晴らしさ、日本語の美しさをあますことなく表現した一冊である。英語の原文や中国語訳よりも叙情的で繊細、行間から匂い立つような情感があふれており、日本語で翻訳することの良さを改めて教えてくれた。以上の理由で、日本語ってこんなに素敵なのかと感嘆させられた本書を推薦いたします。

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【推薦者】南 定四郎
【推薦作品】『NO TIME TO LOSE エボラとエイズと国際政治』
【作者】ピーター・ピオット
【訳者】宮田一雄・大村萌子・樽井正義
【推薦文】
本書はAIDSの関係者のみならず、活動家、研究者ならば是非とも読んでもらいたい名著です。敵を明確にして戦略・戦術をきちんと立てて挑めば、いかなる大物でも屈服させることが出来る、という実話です。世界を相手に闘った医師の果敢な姿は落ち込んでいるときに、背中をどーんと押してくれます。

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【推薦者】スミス
【推薦作品】『紙の動物園』
【作者】ケン・リュウ
【訳者】古沢 嘉通
【推薦文】
ヒューゴー賞/ネビュラ賞/世界幻想文学大賞受賞の表題作を含め、全15作を収録した傑作海外SF短編集。SFの設定が各短編丁寧に、豊かな想像力によって作られ、かつそれがテーマ/物語と一致して魅力的な作品を生み出している。作者の東洋(オリエンタル)的な感覚と描かれる人物、物語がとても美しく、どれも心を動かされる。一つ一つ心に留めたくなる、そしてSFだからこそ魅せられる儚く切なくとても綺麗な短編集。。SFとしての設定、その想像力もさることながら、物語としての儚さ、切なさ、人間の描き方が秀逸で自分が物語に求めているものはこういうものなのだということを感じさせてくれた。個人的なベストは「良い狩りを」。出だしの設定から予想の遥か上を行く展開、そして結末の着地の華麗さが大変素晴らしい。本を好きなすべての人にオススメできる傑作。

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【推薦者】空閑 友美
【推薦作品】『雪を待つ』
【作者】ラシャムジャ
【訳者】星泉
【推薦文】
文化大革命後の改革解放政策の波が押し寄せるチベット族自治州のとある村が舞台の物語。作者は1977年生まれと私とほぼ同世代だが、育った背景にある文明の変化は、日本だと明治から現代ほどの、それ以上の凝縮感に相当しそう。素朴で静かな村での、初めての文字との出会い、文字を書く為の万年筆との出会い、言葉との出会い、そして大人になっていく。目まぐるしい変化の中、私達にもまだ微かに残っている温かい記憶を元に、何を見失わないようにしたいのか、何を次世代に伝えていくことが出来るのか、改めて考えさせられる作品だった。

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【推薦者】阪上 麻衣
【推薦作品】『ドクター・スリープ 上下巻』
【作者】スティーブン・キング
【訳者】白石朗
【推薦文】
映画化もされた小説「シャイニング」の続編だと聞いて、物語はどう始まるのかとても楽しみにしていた。
導入部からセックス、ドラッグ、アルコール、これぞアメリカな描写についていけるか不安になった。アメリカに行ったこともドルで買い物したこともない自分にとって、未知の世界かと身構えたのに、読みすすめるといつのまにかその世界のモブになれた。知らない車名やファミレスメニュー、ローカルルールはググればよい。そのさじ加減が気持ち良く、最後まで違和感なくキングの世界に浸って読めた。

書影

【推薦者】村山 弘明
【推薦作品】『文学会議』
【作者】セサル・アイラ
【訳者】柳原孝敦
【推薦文】
もっとセサル・アイラの小説を読みたい!その一心で推薦いたしました。『文学会議』は<ただ基本的なこと(略)図式だけを描く>という主人公の前置きにも関わらず、その後一切そのことが出てこないし、のちの大事件の結末には茫然自失とさせられたり、とにかく僕の読書体験の中でこんなにわけのわからない、でもすごく魅力的な書き手に出会ったのは、はじめてです!南米アルゼンチンを代表する作家セサル・アイラの翻訳本は日本ではまだ本作と『わたしの物語』(松籟社)の2冊だけ。セサル・アイラは小説・エッセイを80冊以上を発表しているとのこと。ぜひ彼のエキセントリックな作品がもっともっと読めることを期待しています。

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【推薦者】Alale
【推薦作品】『25年目のただいま』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ
【推薦文】
これが本当に起きたことなの!?と奇跡の連続に夢中になって読みました。グーグルアースを使って自分の家を探すまでの過程には、貧困がもたらす厳しい現実、卑劣で邪悪な人々、そして揺るがない家族の愛と様々な人の優しさがあります。奇跡に思えるすべての事柄は、主人公の誠実さと素直さ所以に思え、そういった描写に言葉を超えて胸に響くものがありました。読んだ後には何とも言えない爽快感と勇気がもらえる本です。

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【推薦者】千葉 聡
【推薦作品】『こちら脳神経救急病棟』
【作者】アラン・H・ロッパー  ブライアン・デイヴィッド・バレル
【訳者】岩坂彰
【推薦文】
脳神経医療の最先端で活躍する医師ロッパーが、バレルの協力を得てまとめたノンフィクション。脳神経救急病棟の現場をいきいきと描く。このロッパー先生、かなりの名医らしい。マイケル・J・フォックスの主治医であることは帯にもうたわれているが、サブタイトルには、なんと「名医が明かす奇妙な病と患者たちの物語」と書いてある。患者たちの姿はさまざまである。病気は個性。ロッパーは、患者たちを患者扱いする一方でなく、ときに家族のように、ときには良友や悪友のように、彼らとじつに人間的な関係を保っている。ドクターの奮闘ぶりをのぞくうちに、読者は、人の心の複雑さを知り、人という存在へのいとおしさをいだくようになる。訳文は平明。やや海外ドラマの吹き替え調にも感じられるが、それが親しみを生む。とにかく面白く、ぐいぐい読ませる一冊。

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【推薦者】はなこ
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原慶一郎
【推薦文】
だれもが知っているディケンズの『クリスマス・キャロル』の物語を、もう一度わたしたちに語り聞かせてくれる新訳が出ました「。徹頭徹尾語りかけるような口調で訳されており、語彙の面で考えれば中学生以上であれば読めるようになっている本書は、それでもしかしわたしたち大人に向かって言葉を投げかけてきています。ディケンズの時代のイギリスでも現代の日本でも変わることのない優しさの尊さを解いてくれる一方で、本作品の書かれた時代背景もよくわかる解説のついている今回の新訳は、大人こそだからこそ忘れていくこと、そして大人だからこそ知りたいことの双方を伝えてくれる質の高いものになっていると思います。また、ところどころに入っている挿絵も、細やかに物語の情景を描写しており、見どころのひとつになっています。

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【推薦者】@kaseinoji
【推薦作品】『世界収集家』
【作者】イリヤ・トロヤノフ
【訳者】浅井昌子
【推薦文】
大英帝国軍人にして冒険家であったリチャード・フランシス・バートンの生涯を虚実まじえて描いた大長編。「千夜一夜物語」の翻訳家でもあった主人公のバートンに「人生を無駄にしないためには、道はひとつしかない。言葉を学ぶことだ。」と作中で語らせているように、異なる言語の習得がいかに世界理解を豊かにするかが重要なテーマの小説のため、本賞に推薦したい。ブルガリア語を母語とする作者がドイツ語で原書を発表したのは約10年前の2006年。ヒンドゥー語とアラビア語が飛び交う大著を仕上げた訳者の労力にリスペクト。

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【推薦者】田仲 真記子
【推薦作品】『クリングゾールをさがして』
【作者】ホルヘ・ボルピ
【訳者】安藤哲行
【推薦文】
 昨年もっともワクワクしながら読んだ小説です。古くは『薔薇の名前』、近年では『慈しみの女神たち』、『HHhH』に匹敵するおもしろさ。一読しただけではつかみきれない、重層的で複雑な物語の世界に挑戦する、読書の醍醐味が味わえます。巻末の訳者解説によると、本作は二十世紀を描く三部作の一作目。この作品が一人でも多くの読者の目に触れ、続く二作、さらにその他の作品もいつか翻訳されるきっかけになることを祈って、推薦します。

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【推薦者】. tan9ent
【推薦作品】『サマー・ブロンド』
【作者】エイドリアン・トミネ
【訳者】長澤あかね
【推薦文】
暗い人たちがひたすら気の毒な目にあう話が4つ入った短編コミック集です。トッド・ソロンズやテリー・ツワイゴフの映画が好きな人は好きだと思います。絵がおしゃれで、だめな主人公への目線がやさしいので、そんなに絶望せず読めます。訳も読みやすく、擬音や手紙など、あえて英語を残したり、重ねて見えるようにしてある工夫もよかったです。

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【推薦者】みつき
【推薦作品】『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』
【作者】ヴァーノン・リー
【訳者】中野善夫
【推薦文】
ヴァーノン・リーという作家は、現代の日本ではあまり知られてはいないように思う。私も知らなかった。手にとったのは、この本の体裁の魅力に加え、訳者、挿画家、装丁者、版元が一体になっての催促キャンペーンに後押しされたからである。中身はその全力キャンペーンを裏切らないものだった。古くて新しい、どこか懐かしいような幻想世界が分厚い本の中にぎっしりと詰まっていた。物語る訳文は、目に心地いい耽美な文章。中野善夫氏の文章でなければこの世界を構築できなかっただろう。読み終えたあとにはそう思っていた。ヴァーノン・リーという知られざる作家を現代によみがえらせ、訳者が先頭に立って愛のあるキャンペーンで普及に努めたこの作品を、ぜひ日本翻訳大賞に推したい。

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【推薦者】熊谷 充紘
【推薦作品】『べつの言葉で』
【作者】ジュンパ・ラヒリ
【訳者】中嶋浩郎
【推薦文】
 べつの言葉が自分を作りかえていく。その痛みと喜び。“距離と同時につながりを感じる”、“隔たりと同時に親近感を”、“人生を変えることができるものは、常に自分以外のところにあると思う”、“自分を表現する別の言い回しを見つけると、エクスタシーのようなものを感じる。知らない言葉は目もくらむような実りの多い深淵を象徴している。その深遠にはわたしが見逃しているすべてのもの、すべての可能性が含まれている”、自らの意志で言語的亡命をはたしたジュンパ・ラヒリこそ、今回の翻訳大賞にふさわしいのではないかと思いました。

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【推薦者】素天堂
【推薦作品】『モレル谷の奇蹟』
【作者】ディーノ・ブッツァーティ
【訳者】中山エツコ
【推薦文】
究極の現実である宗教上の奇蹟をネタに、思う存分ホラ話をする。
著者最後の作品。「大アリ」挿絵でのクロソウスキー遊びや、「アッシャ-家からの墜落」など文章でのパロディの爽快な後味で、食えない老人の一人遊びが満喫できる。

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【推薦者】ななお
【推薦作品】『ミービフォアユー きみと選んだ明日』
【作者】ジョジョ・モイヤーズ
【訳者】最所 篤子
【推薦文】
尊厳死が題材の恋愛小説。恋愛小説としながらも、人生の選択についてや愛情の持ち方、そして命のあり方について考えさせられる良作。非常に重いテーマだが、受け止めやすい構成で人の生き方に正解不正確なんて無いのだと改めて認識させられる物語。原書も読んでいるのだが、最後まで違和感や不自然さがなくテンポよくスムーズに読み進められた。

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【推薦者】timeturner
【推薦作品】『薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集』
【作者】モラヴィア
【訳者】関口英子
【推薦文】
いやもうほんと、帯にある通り「モラヴィアって、こんなに面白かったんだ!」と思った。考えてみると、それってモラヴィアに失礼な気もするが、それはそれとして、どれをとっても一筋縄ではいかない奇想天外・滑稽至極な話ばかり。それでいて心の隙間にじわじわ浸みこむ毒を含んでいる。ツナギの妙というのか、すごく現実的なことをまともに書いている中にひょいとシュールなアイディアを投げこみ、何事もなかったような顔で話を滑らかに進めてしまうところも神技だ。リアリズムとシュルレアリスムの幸福な合体と言える。わざとらしさが一切ない、飄々とした訳文が、作品の魅力を最大限に引き出していると思う。

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【推薦者】三嶽 豊
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原慶一郎
【推薦文】
『朗読によるクリスマス・キャロル』の翻訳から3年。今回は完全版の『クリスマス・キャロル』翻訳になる。ディケンズの語りの口調を大切にしたという訳者のことば通り、語る文体での翻訳は、かつて小池滋氏がとった落語調の文体を意識しながらも、俗にならないで、大人が声を出して読んでも、品位を感じる翻訳となっている。まさに、大人が大人のために朗読したディケンズの時代の口調を、現代日本語で復活させようとしたものだ。訳者解説も時代背景から作品解説まで研究成果が出ており、朗読における作品理解に必須のものとなっている。

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【推薦者】Jacksbeans
【推薦作品】『パールストリートのクレイジー女たち』
【作者】トレヴェニアン
【訳者】江國 香織
【推薦文】
「パールストリートのクレイジー女たち」(2005)は、トレヴェニアンの最後の長篇小説だという。「アイガー・サンクション」(1972) 、「夢果つる街」(1976) 、「シブミ」(1979)、「バスク、真夏の死」(1983)と、新作が出るつど僕らを驚かせてきた作家のこと、最後の作品には、どんな新しい趣向が盛り込まれているのか。大いに期待して読んだのであるが、良い意味で期待は裏切られた。・・・読んでみると、これは冒険小説でもミステリでもなく、とてもオーソドックスな少年小説なのであった。この低い音域のリフばかりが続くような小説の味わい深さを、支持する読者はどれくらいいるだろうか。もちろん、私はこの作品をこよなく愛するものである。

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【推薦者】田井 寛爾
【推薦作品】『迷子たちの街』
【作者】パトリック・モデイアノ
【訳者】平中悠一
【推薦文】
ノーベル賞作家モディアノの作品ですが、これまで日本語に訳された作品を読んでも、なぜモディアノ氏がノーベル賞を受賞したのか理解できませんでした。正直、最後まで読むことすら苦痛でした。平中氏が「失われた時のカフェで」を翻訳出版して、初めてその魅力に引き込まれ、モディアノ氏の魅力が彼の「文体」にあるのではないか、と思いはじめ、この「迷子たちの街」でそれを確信しました。日本語表現としてはかなり冒険と言える訳文で「モディアノ」を表現しようとしているのではないか、と思います。

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【推薦者】木村 朗子
【推薦作品】『素晴らしきソリボ』
【作者】パトリック・シャモワゾー
【訳者】関口涼子
【推薦文】
クレオール文学というのはずいぶん前からきいていたが、それでいったいどんな言語で書かれているのかは原語を知らないのでわかりようもないと今まであきらめてきた。『素晴らしきソリボ』の素晴らしきところは、そのことばの雰囲気を最大限に再現しているところにある。そもそもこの物語の眼目は口承文芸の語りの死であるから、文字言語世界とは異なる次元にことばの可能性を見せねばならない。そんなとき、訳文の力は極めて重要になってくる。フリガナを駆使して再現されたマルティニクのことばは、なぜだか一度も聞いたことがないのに、きっとこうなのだろうというふうに耳にひびいてくる。日本語世界に「ぱたっとぅ、さ」「しーぷれ」のソリボの世界が確かに開けたと感じた。

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【推薦者】寺山 健太郎
【推薦作品】『ぼくは思い出す』
【作者】ジョルジュ・ペレック
【訳者】酒詰治男
【推薦文】
文化的、時代的、地理的にごく限定された具体的なものごとを扱った本書は、日本人の大多数にとって、酒詰氏の訳注があってこそ読めるものになる。翻訳+訳注からなる「翻訳書」として、この日本語の書物を評価したい。

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【推薦者】a
【推薦作品】『オープンダイアローグとは何か』
【作者】ヤーコ・セイックラ(+斎藤環)
【訳者】斎藤環
【推薦文】
「オープンダイアローグ」とは人間のことだ。人が人間になる方法を教えるものだ。正確に言うなら、思い出させてくれるものだ。垂直の思考/組織ー対立と差異顕示の先に未来はあるだろうか?思い出すこと、思い為すこと、隣人はあなたであるということ。オープンダイアログは専門家の力を水平に繋いで、人を人ー間にする。人はみな何かの専門家であり、そうして必ず当事者である。必然性に要請されたある共同体がその都度立ち上がる。重力に、定められたものに抗して立ち上がる時、掬い上げる手のあなたに思い至る。その思いは私を人間にする。言葉から発して、言葉以上のものへと。

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【推薦者】とほほおじさん
【推薦作品】『雪を待つ』
【作者】ラシャムジャ
【訳者】星泉
【推薦文】
チベット文学ですが、チベットに関する知識無しでも楽しめる小説です。登場人物の幼い頃の物語を描いた前編とその後を描いた後編に分かれています。特に前編は叙情豊かで心を動かされます。後編は前編に登場した子どもたちが成人した後の物語で、ストーリーとしては目新しいものではありませんが、前編の持つ叙情性が後編の物語の主人公の揺れる心情を際立たせています。

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【推薦者】末原 睦美
【推薦作品】『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』
【作者】ジョルジュ・ペレック
【訳者】桑田光平
【推薦文】
たった1ページのフローチャートで可視化される行動プロセスを文章でどれだけ展開できるか、しかも機械的なだけでなく、どれほどの面白さでできるかという、ある種の限界に挑んでいる作品です。給料をあげてもらうために、「あなた」は上司のグザヴィエ氏に会ってもらえるのか?彼は麻疹にかかってないか?四旬節の魚の骨はのどにひっかかっているのか?ヨランダ嬢と3時間あまりもお話しせねばならないのか?目標達成にはあまりに多すぎる障害と対応が延々と続くさまが、とにかくクレイジーすぎてトレビアン。筒井康隆や町田康のような技巧も感じられる原文の特殊さに、訳者さんが悶絶されるさまもあとがきに記されており、ありがたいやら申しわけないやら可笑しいやらで大いに楽しんだ作品でした。

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【推薦者】西原 学
【推薦作品】『智異山』
【作者】李炳注
【訳者】松田暢裕
【推薦文】
 韓国社会でいまも古典として読み継がれている大河小説の全訳。上下巻で総1,700頁の大著。朝鮮の日本植民地時代の抗日闘争、解放後の朝鮮統一運動の熾烈な闘いを、朝鮮の若者たちの青春と挫折を、史実を基に描いた作品。奈良県葛城市の教諭松田暢裕さんが、15年かけ翻訳し出版にこぎつけた。韓国でも話題になり、朝日・毎日・共同通信でも紹介された。昨年の「集団的自衛権」をめぐる閣議決定や、多くの反対の声を押し切っての「安保法制」をめぐる採決強行など、今の時代だからこそ、胸に迫るものがある作品だ。ぜひ多くの人たちに読んでほしい。

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【推薦者】大満足 みかん
【推薦作品】『神話・狂気・哄笑 ドイツ観念論における主体性』
【作者】
マルクス・ガブリエル/スラヴォイ・ジジェク
【訳者】大河内泰樹/斎藤幸平(監訳)、飯泉佑介/池松辰男/岡崎佑香/岡崎龍(訳)
【推薦文】
 ドイツ観念論研究のメインストリームにおいて長く見過ごされてきた後期シェリングの神話概念の視角から、全く新しいドイツ観念論像を提示する名著である。ジジェクのエロかっこいい批評も冴え渡り、絶対者の真意が軽妙に語られている。学界きっての若手と、学会をリードする有名教授によるこなれた訳文は、ドイツ観念論の難解さを補って余りある。明日を一変させる一冊。

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【推薦者】林 浩治
【推薦作品】『アンダー・サンダー・テンダー』
【作者】チョン・セラン
【訳者】吉川凪
【推薦文】
 韓国の「国境」の町坡州の高校生たちの青春ストーリーでありながら、韓国社会の特有の時代性を反映している。時代と地域に恋も人生も虐げられる。成長した彼らは町から逃避しても結局矛盾に溢れた社会に遭遇する。坡州から離れ韓国から離れてもまた坡州に帰り集まっては別れる。韓国の若い女性作家の小説を新鮮に受け止めることができた。

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【推薦者】島 祐二郎
【推薦作品】『歩道橋の魔術師』
【作者】呉明益
【訳者】天野健太郎
【推薦文】
 1990年3月、当時大学一年だった私は、友人を訪ねて初めての海外旅行として台湾を訪れました。台北に滞在中は結構時間があったので、バスを使って台北市内を回りましたが、その時何度か行ったのが、この短編集の舞台となった中華商場。日用品から払い下げの軍用品まで色々な店がひしめき合い、物盗り?と警官隊の追跡劇にも遭遇するというかなり濃い体験をしました。人々の熱気と人情に遭遇した中華商場でのいくつかのドラマ。その登場人物は実在していたかもしれないし、魔術師もそうかもしれない。この短編集は台北におけるある時代を描いた秀作だと思います。合わせて、台湾に関する訳業に旺盛に取り組まれている訳者に敬意を表します。

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【推薦者】バンデラス
【推薦作品】『カールの降誕祭』
【作者】フェルディナント・フォン・シーラッハ
【訳者】酒寄進一
【推薦文】
前作「犯罪」同様に、普通の人々が犯罪者に変貌する様が淡々と描かれる短編集です。本作品の中ではパン屋の主人・退職した老裁判官・歪んだ貴族の息子が、それぞれの心の闇に身を投じていく様がドライに描かれています。特に表題作の最後の一行に込められた重みは、人間の業の深さを感じさせられて思わず苦笑いしてしまいました。また、ドライで退廃的なシーラッハの作風と、作品の中にちりばめられたタダジュンの版画が絶妙にマッチしていて、本棚に飾っておきたくなるような本に仕上がっています。訳者あとがきからも作者とその作品への深い理解が感じられたため、作家・版画家・訳者の魅力が三位一体となった本として強く推させていただきます。

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【推薦者】谷中好人
【推薦作品】『時の止まった小さな町』
【作者】ボフミル・フラバル
【訳者】平野清美
【推薦文】
現代チェコ文学を代表するフラバルの作品。少年時代のフラバルの語りで読者は独特の世界に時を忘れて引き込まれていくでしょう。特に不思議な存在であるペピンおじさんの描写の訳文が素晴らしく結末は思わぬ展開に。読書後不思議とビールが飲みたくなるのはフラバルの魅力です。

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【推薦者】孫悟空 雲にのる
【推薦作品】『25年目の「ただいま」』
【作者】サルー・ブライアリー
【訳者】舩山むつみ
【推薦文】
小さな地方都市の貧しい母子家庭で5才まで育った男の子が突然兄とはぐれて迷子になり、大都市コルコタであらん限りの能力を発揮して数週間生き延びた後、孤児院に収容され、オーストラリアの養父母に引き取られた。彼はインドの母親と家族の事を片時もわすれず、グーグルアースで鉄道をたどって故郷の町を探す努力を続けて見慣れた町と我が家を見つけた。ついに25年目にして我が家に帰ることができた。 彼の母親と家族への強い思いとあきらめない努力に感動しました。翻訳はとても読みやすく彼独特の文体をよくいかしていると思います。ぜひ手にとって彼の体験をわくわく、どきどきしながら共有してください。

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【推薦者】ふたば子
【推薦作品】『キャロル』
【作者】パトリシア・ハイスミス
【訳者】柿沼瑛子
【推薦文】
誰かに惹かれる瞬間の心象表現がとても鮮やかで、テレーズがキャロルと出会った場面は、読んでいる私まで胸が高鳴りました。同性同士の恋愛がタブーだった時代に、問題意識に流れ過ぎずに執筆されたことにも驚きます。本当に美しい恋愛小説で、2015年最後の素敵なプレゼントのように思えました。

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【推薦者】白鳥 太朗
【推薦作品】『クリスマス・キャロル』
【作者】チャールズ・ディケンズ
【訳者】井原慶一郎
【推薦文】
言わずと知れた名作の新訳。欲深いけちな老人スクルージが、3人の精霊によってそれぞれ過去・現在・未来へと誘われ、クリスマスを祝う気持ちを取り戻す物語。ですます調のやさしい文体と本邦初収録の挿絵が物語を鮮やかに蘇らせる。子供向けの邦訳もある本作だが、帯に「大人のための」とあるように、スクルージの様になりかけているそこのあなたにお薦めしたい。注釈と解説があるのも大人向けたる所以か。何はともあれ、「クリスマス万歳!」

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【推薦者】尾方 邦雄
【推薦作品】『幸せのグラス』
【作者】バーバラ・ピム
【訳者】芦津かおり
【推薦文】
『秋の四重奏』や『よくできた女』など数あるピム作品のなかで、「もっとも巧緻な出来栄え」と詩人ラーキンが評した小説。20世紀のジェーン・オースティンと呼ばれるこの作家が描く、戦後ロンドン男女の何気ないやりとりを、会話のリズムと「ですます」調の地の文で、みごとな日本語にして伝えている。ミルフィーユのような軽やかさが、たまらなく美味しい。

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【推薦者】まつのゆきこ
【推薦作品】『智異山』
【作者】李炳注
【訳者】松田 暢裕
【推薦文】
韓国で古典として読み継がれる文学作品。日本の植民地時代から朝鮮戦争にかけての、激動の時代を生きた、朝鮮の若者達の生と挫折を描いた大河小説。韓国では、全7巻の大作。翻訳開始から出版まで15年かかった労作。当時の朝鮮人と日本人の葛藤や友情を生き生きと描いている。ぜひ、日本の人たちに読んでもらいたい。

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【推薦者】仲野 徹
【推薦作品】『沈黙の山嶺 第一次世界大戦とマロリーのエヴェレスト(上・下)』
【作者】ウェイド・デイヴィス
【訳者】秋元 由紀
【推薦文】
登山史上最大の謎、といっていいだろう。1924年、英国の登山家ジョージ・マロリーは、はたしてエヴェレストに登頂したのか?サブタイトルからは、その挑戦についての物語にみえる。しかし、この本の内容はそこにとどまらない。話は、第一次世界大戦におけるイギリス軍の悲惨な状況からはじまる。その地獄を生き延びた人たちが、なぜ、いかにして、国をあげてのエヴェレスト登頂計画-単なる登山ではない。地図を作りながらの登山-に参加していったのか。上下二巻、二段組の長大な書物である。しかし、これだけの長さがないと決して描ききれないだけの内容を含む骨太のノンフィクションだ。購入するにも逡巡してしまうほどに長大な本を訳した秋元さんに敬意を表さずにはいられない。

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【推薦者】亮太 大岩
【推薦作品】智異山
【作者】李炳注
【訳者】松田暢裕

【推薦文】
韓国人の日本人に対する感情がどこから来るのか、差別や迫害、抑圧された側からしかそれは理解できないであろう。その時期の時代背景を理解した上でその人たちの立場になって考えなければ到底理解できないことである。この小説はのそれらの理解に大いなる手がかりとなり、真の意味での相互理解に繋がるものである。

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【推薦者】星落秋風五丈原
【推薦作品】『クリングゾールをさがして』
【作者】ホルヘ・ボルピ
【訳者】安藤 哲行
【推薦文】
 科学界では広く認められた人物なのに、ヒトラーと関わった経緯からか、誰も正体を明かさず、誰も知らない謎多き科学者クリングゾ―ルをある男性が探す物語。本作の異色な点は、軍人ではなく科学者たちが戦犯として追われるところだ。優れた技術を開発する科学者は、一方でノーベル賞などで評価され科学技術の発展に貢献すると称揚される。しかし一方でその技術が戦争や殺人に使われた場合、科学者は罪を問われるべきなのか?いや、学問や科学技術の善悪は、一体誰によって、何によって線引きされるのか?何かの研究論文を思わせるタイトルも尋常ではなく、手記あり、地の文ありと時制も往き来するなど構成も凝っており訳者の苦労がしのばれる。科学の意義、戦争と科学技術の関係などの骨太なテーマを据えながら、先のワルキューレ計画の真相、クリングゾ―ルの正体を探るエンタメ要素を具えた作品。

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【推薦者】岡井 友穂
【推薦作品】『素晴らしきソリボ』
【作者】パトリック・シャモワゾー
【訳者】関口涼子、パトリック・オノレ
【推薦文】
登場人物たちの話し言葉のリズムやテンポ、音の面白さに〈ノリ〉ながら読み進めていくうちに物語のなかへとどんどんと引き込まれていく。読むことと聴くことが等価となるような快楽へと誘う稀有な小説。

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【推薦者】木苺
【推薦作品】 『歩道橋の魔術師』
【作者】呉明益
【訳者】天野 健太郎
【推薦文】
台北に1961年から92年まであった「中華商場」という住居を兼ねたショッピングセンター。そこで育った主人公が商場の各棟にかつて住んでいた人たちに昔の思い出を聞く。活気ある商場を走りまわる元気な子ども時代の思い出にはなぜか、歩道橋の魔術師の姿を借りた死の影が漂っている。偶然、去年の直木賞受賞作『流』( 東山彰良)を読んだ直後に読んだ。『流』は台北で育った主人公が殺された祖父の人生の謎を探る物語だったが、彼の祖父もまた商場の商店主だった。実在の場所だがすでに取り壊されて存在しない場所、二つの小説の中ではもちろん作者たちの想像による場所でもあるのだが、ずっと自分も商場をさまよっているような不思議な感覚を味わった。読者を「どこかに連れていってくれる」のが翻訳書の魅力だと思う。

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【推薦者】松村 由利子
【推薦作品】『ぼくたちに翼があったころ コルチャック先生と107人の子どもたち』
【作者】タミ・シェム=トヴ
【訳者】樋口範子
【推薦文】
1910年代から第二次世界大戦時にかけて激動するポーランドにおいて、ユダヤ人孤児のための施設運営に関わった「コルチャック先生」と、彼の愛情を注がれ学んでいた子どもたちの日常を描いた物語だが、子どもの心のひだを濃やかに表現した訳文が素晴らしい。生き生きとした文章のおかげで、読む者は目の前にいま子どもたちがいるような思いで作品を味わうことができる。史実に基づく物語の強さに加え、人種差別やメディアリテラシーといった今日的なテーマを含む作品であることも推薦理由。

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【推薦者】橋本 浩
【推薦作品】『地平線』
【作者】パトリック・モディアノ
【訳者】小谷奈津子
【推薦文】
著者自身の投影と思しき男と女が、それぞれの人生の束の間、60年代のパリで、偶然、交錯する回想的小説。二人は二人とも何かに怯えている。男は両親(家系)に、ベルリン出身の女は英国の名前を持つある男に。著者の父親はユダヤ人でありながらドイツ占領下のパリで生き延びた。二人の怯えは罪の隠喩的な継承だ。過去の痕跡をパリの街に探し続ける著者は、水平線の向こうに消えた亡霊たちをも蘇らせる「記憶の探偵」である。

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【推薦者】舞狂小鬼
【推薦作品】『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集』
【作者】ヴァーノン・リー
【訳者】中野善夫
【推薦文】
 実をいうと、つい最近になるまでこの著者のことは知りませんでした。選考委員のお一人である西崎氏のアンソロジーで初めて読み、その面白さに触れました。本書は刊行と同時に買って読みましたが、まさに彼女の幻想作品の決定版ともいうべき傑作揃い。中世キリスト教やギリシア神話を題材にした、濃密で格調高くも夢のような物語に圧倒されました。硬質な感じのする訳文も、著者の作品世界の雰囲気を表現するのに合っていて素晴らしかったと思います。21世紀の日本でまさかこのような本に出会えるとは思いませんでした。訳者の中野氏を始め、関係者の方々に心から感謝したいと思います。

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【推薦者】GLaDOS
【推薦作品】『パラノイア【トラブルシューターズ】』
【作者】Dan Gelber, Greg Costikyan, Eric Goldberg
【訳者】沢田大樹
【推薦文】
カフカとオーウェルとマルクス兄弟の世界へようこそ、市民!このパラノイア【トラブルシューターズ】は、あなたを、共産主義者でミュータントな反逆者を根絶やしにするという、すばらしく楽しい任務へと誘ってくれる一冊です!この本さえ手に入れれば、あなたはTRPGと呼ばれる、きわめて楽しいゲームの世界に、いつでも好きなときに望むだけ没頭することが出来ます!パラノイアはすばらしく楽しいゲームであり、初版が発表されたのは実に30年前、1984年(奇しくも!)にさかのぼります!30年もの間、この伝説的ゲームは、世界中の市民に愛されてきたのですが、誠に残念なことに、日本語媒体に翻訳されることはありませんでした。しかし2014年、とうとう、本作によって、日本語版の提供が行われました!これは特筆すべき事実であり、翻訳者には日本翻訳大賞の受賞という、最大級の賛辞が送られるでしょう!市民、本作へ投票することは、市民の義務です!

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【推薦者】モーゲンスタン 陽子
【推薦作品】『素晴らしきソリボ』
【作者】パトリック・シャモワゾー
【訳者】関口涼子、パトリック・オノレ
【推薦文】
帯の池澤夏樹氏のコメントにあるように、「聴く小説」だと思います、これは。文字芸術のバウンダリーを超えた作品です。本作に限らず、訳者の関口涼子さんは、そうでなければ知りえなかったような数々の作品をフランス語からの翻訳というかたちで私たちに届けてくれます。旧宗主国の言語にしろ移民先のホスト国の言語にしろ、lingua francaを通して他者の声を聴くことができる、このルートは、文学者として、絶対に、絶対に守り抜かなければならないものだと思います。本作以外にこれまでも、アフガニスタンやマリなどからの作品を紹介してくれた訳者の偉業に敬意を表して。

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【推薦者】レス・ポール
【推薦作品】『文学会議』
【作者】セサル・アイラ
【訳者】柳原孝敦
【推薦文】
表題作が、とにかく面白かった!主人公の優柔不断なダメな所が出ていて、ユーモラスな文体。その優柔不断な本音が、また人の弱い所を突いていて、こちらの共感を呼ぶ。
想像力も素晴らしい。フラン・オブライエン『ドーキー古文書』、安部公房『カンガルー・ノート』、ブルガーコフ、イヨネスコ『大佐の写真』、「千と千尋の神隠し」のように論理のある空想と云った感じ。所収のもう1作「試練」の方は、よくわからなかったが、イメージは凄惨で印象が強かった。アイデンティティの変化の問題を扱ってるのかもしれない。この作品もまた、前半は、人間の弱い部分への、作者の愛があるように思えた。こんな凄い作家が、現役で仕事をしていることの喜びを感じる。もっとこの作家の翻訳を促進してほしいため、推薦する。

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【推薦者】奥村ペレ
【推薦作品】『プラド美術館の師』
【作者】ハビエル・シエラ
【訳者】八重樫克彦・八重樫由貴子
【推薦文】
21世紀の文学。その一端を担うのはジャーナリストだ。ダヴィド・ラーゲルクランツ然り。本書の著者ハビエル・シエラ然り。デフォー、メルヴィル、ピンチョンを見よ。「小説はメディアなのだ」(高山 宏『近代文化史入門』)。私たちの〈脳〉というネットワークは構造的に不可視なものを見ようと希求する。不可視なものとは異世界の高次の存在。例えば非キリスト教的〈知〉、ユダヤ教的キリスト教的イスラーム的「ヤハウェ」あるいは本居宣長的「迦微カミ」だ。著者はいう。不可視なものとは「ぼくらに理解する準備ができて初めて現れる」と。本書は、私たちに記憶術、錬金術、薔薇十字団などの〈知〉を供与する。読者はそれらの〈知〉を積み、物語のなかに「厳重に隠された神秘」を見出す。読者の〈知〉の準備ができて初めて可視化が可能となってくる。本書の邦訳が、あのリョサの名著『チボの狂宴』や『悪い娘の悪戯』の訳者であることに驚いた。

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【推薦者】炊飯器
【推薦作品】『出身国』
【作者】ドミトリイ・バーキン
【訳者】秋草俊一郎
【推薦文】
強いこじれや不和に短編のなかの人たちといっしょに苦しんだ。とてもテンポのよい文章で、こちらから読みにいくというより速すぎる動く歩道に乗せられているかのように文章が向こうからやってきて、否応なしに目に入ってきて、ページに押さえつけられて逃れることもできないまま、荒廃や苦しみや渇きに殴られ、石を投げられ、カスカスに搾り取られて気がついたら短編が終わっている。わかったようなわからなかったようなとぼーっとしていると、麻痺が遅れてやってくるがそれはこちらを動けなくするためのものというよりは、つらくて心地いい、それなしではいられないもののようで、もっと痺れたくて次の短編をめくっていった。おもしろかったー!!作者の逝去が残念です。

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第二回日本翻訳大賞の読者推薦はこちらの専用フォームで受付けております。

第二回「日本翻訳大賞」開催決定!

第二回「日本翻訳大賞」の開催が決定しました。

選考委員は、第一回同様、金原瑞人、岸本佐知子、柴田元幸、松永美穂、西崎憲の 5 名となります。

本賞では、候補作品のうち 10 作品を読者からの推薦によって決定します。まずは、読者推薦作品の募集からはじまります。

【推薦のしかた】

■推薦対象
2014 年 12 月 1 日から 2015 年 12 月 31 日までに発行された 日本語の翻訳書(再刊、復刊、選考委員の訳書は除く)

■推薦できる方
どなたでも推薦できます。

■推薦方法
日本翻訳大賞の公式 HP に掲載の<専用のフォーム>から推薦できます。推薦文の文字数は100字~400字となっています。

(推薦文の公開非公開は選択可能です)

■推薦期間
2016 年 1 月 5 日 から 2016 年 2 月 5 日( 23:59)まで。