第七回日本翻訳大賞 推薦作品リスト3

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【推薦者】益岡和朗
【推薦作品】『フライデー・ブラック』
【作者/訳者】ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー/押野素子
【推薦文】
 冒頭の「フィンケルスティーン5」にまず、ぶん殴られる。肌の色によって「犯罪者/犯罪者予備軍のステレオタイプ」にあてはめられるのが常態化している社会の残酷さ。そんな世界で、逞しい勤労者であろうとする「フライデー・ブラック」には希望も滲むが、その希望を同シリーズ短編の「アイスキングが伝授する「ジャケットの売り方」」がじんわりと苦く打ち砕く。読んでいてしんどかったが、読めてよかった。こういうものが読みたかった。

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【推薦者】奥村ペレ
【推薦作品】『生の館』
【作者/訳者】マリオ・プラーツ/上村忠男監訳 中山エツコ訳
【推薦文】
 マリオ・プラーツの邸宅の、およそ「機能主義から無縁の、とことん民主性に欠ける」6つの部屋。これらの部屋は、部屋から部屋へとひとつに結びつけられ、フロイトのいうheimlichな生きた森と化している。本書はプラーツの〈館〉の、その部屋々をめぐる森物語=ツアーである。彼の脱線が脱線を呼ぶ記憶の森。彼の内省と記憶がたぐり寄せる20世紀のひとつのツアー。彼はまるで『ポリフィルスの夢』のようにモノの細部にこだわって記憶をたぐり寄せる。〈生〉から少し遠ざかったナポレオン帝政様式の家具や絵画や蔵書棚などモノたちにこだわり、そして極めて私的なことがらや人的交流など部屋の鏡や鏡に映った〈生〉にこだわる。これら部屋の森がほのめかす物語について考えをめぐらすとき、彼は忘我の境に入り多幸感を覚える。本書には「極限的なまでの具体性」を求めるプラーツの、「生きる楽しさ」が見え隠れしている。丹念な素晴らしい翻訳だった。

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【推薦者】Nyuko
【推薦作品】『ブウさん、だいじょうぶ?』
【作者/訳者】バレリー・ゴルバチョフ/かわしままなみ
【推薦文】
 メエさんが仲良しのブウさんに夕ごはんを招待されたその日、お隣のブウさんちの窓を覗くと、、なんとブウさんが大泣きしているではありませんか! 早とちりで友だち思いのメエさんが、ブウさんを心配するあまり、ありったけの想像を巡らせ、次々に思いやりの策を発想するという楽しいお話し。最後の落ちは涙涙。温かくユーモラスな絵が見開き一杯に広がって、楽しい空想の世界が立ち上がってくるバレリー・ゴルバチョフの絵本は素晴らしいです。想像がかき立てられて、落ちがわかっていてもつい次のページをめくりたくなる一冊です。年齢に関係なく楽しい空想の世界に誘ってくれるこの本と翻訳に敬意を表して一票!

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【推薦者】オリーブオリーブ
【推薦作品】『海と山のオムレツ』
【作者/訳者】カルミネ・アバーテ/関口英子
【推薦文】
 自伝的小説…作者の声が耳元で聞こえてくるような関口英子さんの訳でした。(あとで本書関連のイベントがあり、その時初めて作者の生の声を聞きましたが、本を読んで想像していた通りの方で、そのことにも感動しました)
作品の内容の素晴らしさと相まって、夢のような読書の時間をいただきました。その感謝の気持ちを込めて、推薦いたします。

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【推薦者】arancia
【推薦作品】『海と山のオムレツ』
【作者/訳者】カルミネ・アバーテ/関口英子
【推薦文】
 コロナ禍にあって本を読むためのエネルギーが思うように湧いてこないせいか、昨年に読んだ本は僅かでした。そのために、読了数が少な過ぎて、日本翻訳大賞への推薦も今回は見送ろうと思いましたが、現状をひと時忘れて楽しく読めたこの作品を推薦したいと思います。
 味蕾に乗せられた食べ物を五感をもって味わい、記憶に刻まれた郷土の文化や出会った人との交わりを一つ一つのpiatto (料理)と共に語られる自伝とも言える短編集です。作者の提供する料理が翻訳者の関口英子さんによって私も一緒に味わい、感じることができました。

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【推薦者】原橋新吉
【推薦作品】『ボヘミアの森と川そして魚たち』
【作者/訳者】オタ・パヴェル/菅寿美・中村和博
【推薦文】
  時代は第二次世界大戦前後、舞台のほとんどが中欧ボヘミアの森と川で展開する自伝っぽい小説です。作中名前が出て来ない著者である主人公「ぼく」が、魚釣りばかりしているお話です。幼年期に兄や大人達に魚取りをやらされた主人公は、やがて釣りにのめり込んで行きます。小説を読み進めていくと、経済状況や戦争、何よりも主人公自身の経験や成長によって、何度も繰り返す魚釣りの場面に、読者は様々な感情を重ねていくことになります。私が凄いと思うは、魚釣りの場面です。魚釣り(時には魚取り)の場面はとて鮮烈でまるでその場景や主人公の心情が流れ込んで来るようでした。釣りをしない私が読んでもとても楽しかったです。


【推薦者】高山あつひこ
【推薦作品】『思い出のスケッチブック『クマのプーさん』挿絵画家が描くヴィクトリア朝ロンドン』
【作者/訳者】E・H・シェパード/長嶋憲江
【推薦文】
 この本は、あの呑気で蜂蜜が大好きなクマのプーさんと、彼の仲良しクリストファー・ロビンを描いた挿絵画家E・H・シェパードが、自分の幸せだった子供時代を挿絵と共に書いた自伝だ。ここにはヴィクトリア朝後期の中流階級の少年の生活が挿絵と共に描かれている。描かれているのは家族の思い出だけではない。一緒に暮らしている女中や料理人、伝令の老人、配達人というような、周囲の違う階級の人々の生活までもが描かれているところが、魅力的だ。この本の挿し絵が特に素晴らしいのは、当時の人々の暮らしぶりを、衣装だけではなく、その表情や身振りと共に知ることができる事だ。シェパードが人々の体の動きをとらえて描くことが上手だという事が実によくわかる。クマのプーさんとあの森の中に住でいた少年の似姿が描き出されているこの本は『クマのプーさん』の魅力を分析したり、ヴィクトリア朝の生活を知ったりするための貴重な資料ともなるだろう。

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【推薦者】高島十郎
【推薦作品】『現代の英雄』
【作者/訳者】レールモントフ/高橋知之
【推薦文】
 言わずと知れたロシア文学の古典中の古典。それが平易なそれでいて流麗典雅な文体で身近なものになりました。風景描写の美しさには文学的香気を感じます。会話文も生き生きとして魅力的です。作品の構成は複雑で、解説の助けを借りながら整理しました。ペチョーリンの行動、発言は謎のまま残りますが、時代背景等を勉強して再度挑戦してみようと思います。そもそもなぜ「英雄」なのでしょうか。


【推薦者】IM
【推薦作品】『紙の心』
【作者/訳者】エリーザ・プリチェッリ・グエッラ/長野徹
【推薦文】
 本書の見所は、往復書簡によって二人のいる研究所の全貌が段々と明らかになっていくことと、姿の見えない相手に向けて綴られる、優しく愛に溢れた言葉の数々がたいへん素晴らしいところです。特に相手のことを深く想って綴られた言葉は愛の詩そのもので、とても幸福な気持ちで読んでいました。大好きな一節を紹介します。「そこに行くには、あなたの言葉のひとつを筏として使えばいい。あなたの辞書の中から一番長い言葉を選んで。どこまでも遠くに連れていってくれるような言葉を。二枚のシーツを縫い合わせて帆にして。グリーンピースのピューレを積みこめば、飢え死にしなくてすむし」このロマンチックな一節だけでどこまでも行けるような無敵の気持ちになります。たいへん読みやすく、素敵な翻訳にしてくださった長野徹さんに深く感謝申し上げます。

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【推薦者】ミチリカ
【推薦作品】『アコーディオン弾きの息子』
【作者/訳者】ベルナルド・アチャガ/金子奈美
【推薦文】
 21世紀の日本語翻訳の、一つの達成点であり、標準を示した作品だと思う。多言語の話者が混じり、さらには同じ言語でも地域の言葉が混ざるテクストを、どうその感触を残して日本語化するか。これまでもさまざまな試みがなされてきたけれど、この作品では、一つの次元をクリアした感がある。というのも、読んでいる間、私は自分がバスク語をわかるかのような感覚でいたから。錯覚でしかないのに、バスク語に対してスペイン語が話されると嫌悪を感じ、地域の古いバスク語の語彙が出てくると、「そんな言い方をするのか!」と驚愕したりと、仮想のバスク語話者でいたのだ。複数の言語の差異が作品にとって無視しては成り立たない表現の肝であることを、歴史の苦渋とともに書いたこの傑作を、ここまで漏らさず伝える翻訳に、幸福さえ感じた。

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【推薦者】須藤丈博
【推薦作品】『コピーボーイ』
【作者/訳者】ヴァンス・ヴォーター/原田勝
【推薦文】
 2020年に読んだ小説で、1番心動かされた一冊です。登場人物もストーリーも文体も、とにかく大好きになりました。

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【推薦者】田中文菜
【推薦作品】『アフリカの森の女たち』
【作者/訳者】ボニー・ヒューレット/服部志保・大石高典・戸田美佳子
【推薦文】
 アフリカの森の女性達の生きるたくましさを感じさせる作品であり、同時に人類学の教科書、フィールドワークの入門書として価値の高い本書を推薦する。本書は人類学者ボニー・ヒューレットが、アフリカの森にすむの女性達のライフヒストリーについて詳細に記述し、それを文化人類学、進化人類学、発達人類学の異なる切り口から論じている。アフリカの女性達の生の語りと結び付けて、文化伝達のメカニズム、生活史理論、愛着理論など注目される研究トピックが次々と登場し、読者の胸を躍らす。また、訳者の方々が筆者に許可をとって付け加えたとされる、訳注、学術用語の解説、コラムは非常に丁寧であり、研究者だけでなく一般の読者も楽しめるように配慮されている。3人の訳者は、実際に、アフリカで森の狩猟採集民の人々と長年付き合い、フィールドワークを行ってきた。その経験が訳に存分に反映されている。訳者達の研究と森の人々への情熱が感じられた。


【推薦者】Akosua 有紀
【推薦作品】『アフリカの森の女たち』
【作者/訳者】ボニー・ヒューレット/服部・大石・戸田
【推薦文】
 「うれしいよ。私のようなおばあちゃんに話しかけてくれるなんて。こんなおばあちゃんに話しかけてくれてありがとう」そう言って語り出した4人のおばあちゃんたちの人生には、想像を遥かに超える豊かな物語があふれていた。コロナ禍の今、日本では「他者」と触れあう機会が著しく減り、誰もがちょっとずつ不寛容になっているように思う。そんな私たちに、アフリカの熱帯雨林で暮らす彼女たちの豊穣な世界観、そして著者が彼女たちとじっくり向き合おうとする様子は、時に軋轢をはらみながらも誰かとともに在ろうとすることの面倒くささと、おもしろさと、愛おしさを思い出させてくれるだろう。


【推薦者】NonaQ
【推薦作品】『海女たち』
【作者/訳者】ホヨンソン/訳姜信子、趙倫子
【推薦文】
 海の仕事は命がけだ。その身ひとつで冷たい海に潜る海女の労働の過酷さ、危険、潮のにおいと岬に轟々と吹きすさぶ海風の音がたちのぼる。済州島の人々が語りつぐことすら禁じられてきた残虐な過去の出来事の数々も、この詩集を読むとその断片を知ることができる。波のあいだに消えていたかもしれない「語りえぬ」声に耳を傾けなければならない。

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【推薦者】vega vega
【推薦作品】『フライデー・ブラック』
【作者/訳者】ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー/押野素子
【推薦文】
 ガーナ系の若きアメリカ人作家。リズム感と端正さを併せ持つ筆致で、アメリカの黒人の「感覚」を描き出す。結果論だが、まるでBLMに呼応してバックアップするかのよう。そのリズムで軽々と読ませる内容は、実に重い。しかし、一見対岸の火事のようなその特殊さは、心の動きとして実は普遍性を帯びる。このリズム感を、過小でも過剰でもなく、日本語に落とし込んだ押野氏の翻訳に感謝。この本を読んだ者だけが、BLMを批判しなさい(したいなら)。

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【推薦者】山田香子
【推薦作品】『獄中シェイクスピア劇団』
【作者/訳者】マーガレット・アトウッド/鴻巣友季子
【推薦文】
 『獄中シェイクスピア劇団』はシェイクスピアの『テンペスト』を、現代の演劇界を舞台に語りなおした翻案もの。題材自体は、部下の裏切り、政治家の癒着、子供をかえりみなかった悲劇などけっこう重たいものがある(『テンペスト』と同様)が、それをユーモラスなタッチで描いている。読みだしたら止まらないおもしろさだ。訳文にも駄洒落や掛け言葉が散りばめられ、シェイクスピアの世界観を今の物語に移し替えている。

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【推薦者】蔵野楓実
【推薦作品】『ブウさん、だいじょうぶ?』
【作者/訳者】バレリー・ゴルバチョフ/かわしままなみ
【推薦文】
 豚のブウさんが泣いているのを見た心配性のヤギのメエさんが、どうにかして友達を元気付けようと一生懸命になる物語です。元気のない友達をみて、真っ先に助けようとするメエさんに感動しました。二匹の動物たちの友情に、大人も子供もほっこり安心できる絵本です。イラストも素敵で目でも楽しめる一冊でした。

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【推薦者】木星ちゃん
【推薦作品】『戦渦の中で:ホロコースト生還者による苦難と希望の物語』
【作者/訳者】マリオン イングラム (著)/村岡 美奈、北 美幸、寺田 由美(翻訳)
【推薦文】
 著者、マリオン・イングラムが幼少期に体験したドイツでのユダヤ人迫害と、英軍が爆弾をバラまき街が火の海と化したハンブルク大空襲の体験を書き綴った一冊。第一章から母親の自殺未遂で始まり、第四章で空襲、第五章以降は隠れ家生活を送るという、まさに息が詰まるような経験が続く。後半は、著者の初恋の人、ウリ少年が強制収容所で遺体処理を行っていたときの話も書かれており、ユダヤ人迫害の多様な面を知ることができる。何度も「うっ」となって手が止まった。続きで『平和の下で』もあるが、こちらは著者が大人になってから現在のパートナーと一緒にアメリカの公民権運動に参加していく話である。迫害の経験をもとに、決して屈しない強気な精神に読んでいるこちらも勇気づけられる。できれば二冊続けて推薦したいが、一冊ということで、まずは上巻にあたる『戦渦の中で』を推薦したい。

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【推薦者】河出真美
【推薦作品】『フライデー・ブラック』
【作者/訳者】ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー/押野 素子
【推薦文】
 この本で描かれるのは、時におかしく、時にグロテスクな世界だ。恐ろしいのは、おかしくてグロテスクなこの世界が現実世界より恐ろしいとはとても言えないからだ。ここに書かれているのは1991年生まれである著者の目に映った世界だ。世界がBLM以前の世界に戻れないのと同じように、私たちもまた、この本を読む前には戻ることができない。

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【推薦者】MIWAKO
【推薦作品】『忘却についての一般論』
【作者/訳者】ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ/木下眞穂
【推薦文】
 題名から難しい話と思いきや第五回大賞受賞者の木下眞穂さんのテンポ良い翻訳で一気読みしました! 登場人物の名前が複雑なのでメモしておくと、伏線を回収しながらパズルのピースをはめていくような快感を最後まで楽しめます! 舞台になった「ルアンダ」はアフリカ アンゴラの首都。 大虐殺のあった「ルワンダ共和国」とは別なのか!?とまずは地図を開いてしまいました(笑)。日本ではマイナーなポルトガル語文学ですが、素晴らしい作品です!

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【推薦者】熊谷充紘
【推薦作品】『フライデー・ブラック』
【作者/訳者】ナナ・クワメ・アジェイ=ブレニヤー/押野素子
【推薦文】
 デニス・ジョンソンのような電撃的で次に何が起こるかわからない文章。その激しさによってしか伝えられないことがあるという説得力、凄み。アメリカでの黒人差別の問題が日本に住む自分に痛みをもって迫ってくる。本当に、何が起こるかわからないということ。小説として超面白いこの作品を、2020年に読めてよかった。

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【推薦者】京谷雅也
【推薦作品】『ニッケル・ボーイズ』
【作者/訳者】コルソン・ホワイトヘッド/藤井光
【推薦文】
 人種差別の色濃く残るアメリカ南部。祖母と暮らすエルウッドは、真面目な性格で成績も優秀。差別社会の中で大学へ進む夢を掴むも一転、無実の罪を着せられ、少年院へと送られてしまう。少年院で待ち受けていたのは、管理者による犯罪と暴力で、まさに人種差別の縮図であるおぞましい世界だった。1960年頃にあった事件が最近明らかになり、それをモデルにして書かれたリアルな小説。フィクションではあるけれども、このエルウッドという少年の思想と行動、精神状態を描くことで、人種差別がもたらす苦痛と悲しみが炙り出されます。読み初めは重たい小説に感じましたが、すぐに引き込まれ、最後の章を読み始めたところで震えました。今のアメリカ、そして人種差別が再び顔を見せている全世界に必要な物語だと強く感じます。

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【推薦者】二千
【推薦作品】『三体Ⅱ 黒暗森林』
【作者/訳者】劉 慈欣 (著), 大森 望 (翻訳), 立原 透耶 (翻訳), 上原 かおり (翻訳), 泊 功 (翻訳)
【推薦文】
 この物語がどこへいくのか、登場人物たちがそれぞれどうなるのか、前巻から引き継いだ謎は・・・と、頁をめくる手がとまらない小説でした。上下巻でボリュームがありますが、一気に読んでしまうのは作者だけではなく翻訳者の方々の心配りあってのことだと思います。例えば登場人物を中国語読みするのか、それとも日本語読みするのか。
それぞれ読者に好みはあるかと思いますが、「三体 登場人物表」は漢字・中国語読み・日本語読みが併記され、選択は読者に委ねられています。中国SFは面白いけれども、少し読みづらいイメージがありましたが、本作で覆されました。次巻はもっと想像を超えた物語が展開されるとのこと、発売が待ち遠しいです。

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【推薦者】宇野和美
【推薦作品】『アコーディオン弾きの息子』
【作者/訳者】ベルナルド・アチャガ/金子奈美
【推薦文】
 バスク語、スペイン語、英語が、それぞれ意味を持って重なり、混ざりあいながら展開していく、複雑な構成の長大な物語に読者をぐいぐい引きこみ、その世界を味わい尽くさせてくれる美しい訳文に感服しました。深刻なテーマの作品ですが、そればかりではなく、景色や自然、望みや無謀さや屈託や悲しみなど微妙な感情が仄見える若者たちの会話、アメリカで再会した晩年のダビとヨシェバの冗談めかしたからみあいなど、ほんとうに豊かです。この作品に出あわせてくれたことへの感謝をこめて推薦します。

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【推薦者】千葉聡
【推薦作品】『ダリウスは今日も生きづらい』
【作者/訳者】アディーブ・コラーム/三辺律子
【推薦文】
 ペルシア系のアメリカ人、ダリウス。ごく普通の高校生だが、周囲からイラン人扱いされ、同級生からいじめられ、ひそかに性的指向で悩み、エリートの父親とはうまくいかず、うつ病で苦しんでいる。だが、ダリウス、大丈夫だ。この本を読んだ人は、みんな君の味方になるよ! こんなに悩みをかかえて、ちょっとさえない主人公だが、ダリウスには誠実さと、自分のダメさを引き受ける品格がある。多くの読者が、ダリウスに親しみを感じるに違いない。ダリウスはイランへ行くことになり、はじめて深くかかわれる友ができる。また、自身のうつ病との付き合い方も身につけていく。これは、「人は人生をコントロールしていける」という物語。魔法のように大きな変化は望めないが、自分の意志で自分らしい生活を築くことは可能だ。三辺氏の訳文は、体温の感じられる若者言葉を実現している。何かで悩んでいる人すべてにお薦めしたい一冊だ。

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【推薦者】OKくりすけ
【推薦作品】『忘却についての一般論』
【作者/訳者】ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ/ 木下 眞穂
【推薦文】
 掌編と詩がいくつも連なった、万華鏡のような小説です。主人公はポルトガルからルアンダ(アンゴラの首都)へ移住してきた女性、ルド。彼女のまわりで様々な人々がめぐり逢い、別れていく。描かれるのはアンゴラ独立闘争後の内乱の日々。飢えや貧困、拷問や殺人の数々にも関わらず、出てくる人々は皆どこか優雅でユーモアがあり、時代に翻弄されながらも、それぞれの人生を強かに歩いていく。彼らの人となりを鮮やかに喚起する会話文が実に良い。ルドの姉が極度に怖がりのルドに話しかける。「なんだっていうの、ルド? 星と星の間に落っこちそうで怖いの?」これだけで優しい眼差しが心に浮かぶ。素晴らしい翻訳です。

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【推薦者】浜谷優也
【推薦作品】『Mトレイン』
【作者/訳者】パティ・スミス/管啓次郎
【推薦文】
 “パンクの女王”パティスミスの回想録。彼女の音楽に触れたことがなくとも、この静かな回想録の魅力が減ずることは一切ない。さまざまな連想を辿る彼女の浮遊するような筆致は、無くなってしまったものたちに対する慈しみと諦観に溢れている。彼女の精神の巡礼に寄り添いつつ、ともに内奥に沈んでいくような経験ができるのは、静謐な訳文によるところも大きい。


【推薦者】長瀬海
【推薦作品】『バグダードのフランケンシュタイン』
【作者/訳者】アフマド・サアダーウィー/柳谷あゆみ
【推薦文】
 現在のイラクの不安や恐怖や混乱をフィクションだけに許された想像力で象った作品。ある作中人物の関西弁がとても効果的です。柳谷さんはどうして関西弁を選択したんだろう。ほんとうみたいなうそとうそみたいなほんとうが混交するこの物語は、虚実が曖昧にならざるを得ない現在、紡がれるべきして紡がれた作品だと思います。

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【推薦者】中西徹
【推薦作品】『言葉の守り人』
【作者/訳者】ホルヘ・ミゲル・ココム・ペッチ/吉田栄人
【推薦文】
 本書の冒頭にあるように,世界はとうもろこしから始まった。8年前,有機農業を学びにユカタン半島のある町を訪れ,とうもろこしの原種の「力」を知った。そのときにお会いしたマヤの方々によれば,マヤの人間は,最初のお婆さんが丹精込めて挽いたトウモロコシの粉から造られたという。そして,農業はマヤ民族の文化そのものだと教わった。「自然」の恵みが織りなす多様性の中で培われた先祖の人々の智慧をつないでいく。本書には,そのとき学んだ営みの本質が生き生きと描かれているように感じられ,感動した。また,翻訳が自然だからだと思う。私はマヤ語もスペイン語も話せないけれども,本書を読むと,あのときのマヤの人々の農業に対する真摯な姿と,私のような者には理解できないけれども,温和な語り口から繰り出され染み入るような,不思議な,しかし心地よい言葉の調べとリズムを思い出す。コロナ禍終息後,再訪したい気持ちになる素晴らしい書だ。

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【推薦者】ハト牧場
【推薦作品】『空のあらゆる鳥を』
【作者/訳者】チャーリー・ジェーン・アンダーズ作/市田泉訳
【推薦文】
 おもちゃ箱をひっくり返して好きなものを取り上げたり落っことしたり、そんなごちゃ混ぜのSFとファンタジー、そしてボーイミーツガール。そんな喩えをしてしまうくらい風変わりなジュブナイル風に始まるこの話は、文体からして独特のリズムで読者をその世界に住まわせてしまう。冒頭は魔女の才能のある少女の、桁違いの頭脳を持つ少年の、それ故に鬱屈した日々から始まる。読者はこの2人の才能を知っているのに抜け出せない不遇にやきもきする。やがて彼らの前には一つの事件が起きて…ポップなのにリアルな、どこかあっけらかんとしてるのに胸がきゅっとするような。そんなストーリー展開に心捕まれた頃にはもう夢中で次のページを捲っている。ポップでありシリアスであり社会的でありラブストーリーでもあるこの作品、とにかく心を世界観に浸しながら楽しんで欲しい魅力的な一作。

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【推薦者】大橋由香子
【推薦作品】『神さまの貨物』
【作者/訳者】ジャン=クロード・グランベール/河野万里子
【推薦文】
  むかしむかし……と始まるお話。貧しい木こりのおかみさんは、「町の商品」を運ぶ貨物列車に魅了され、毎日眺めていた。ある日、小窓から何かが投げられた。自分への贈りものだと直感したおかみさんは、その小さな包みを大事に育てる。夢にまで見た子ども。でも、村人たちは、列車が運んでいるのは「人でなし」だと言う。この昔ばなしは、侵略者たちに占領された国から、「人でなし」を運んだ強制収容所の出来事を扱っている。残酷な現実から、別の誰かのささやかな幸せが生まれ、木こり夫婦はどうなったのか、そして贈り主は? 歴史的な事実を描きながらも、今もこのようなことが起きているかも、と感じさせる普遍性をたたえた作品。そこが、すごい。でもだから、怖い。

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【推薦者】三浦天紗子
【推薦作品】『パチンコ』
【作者/訳者】ミン・ジン・リー/池田真紀子
【推薦文】
 物語は、日本が半島を侵略支配していた時代から始まり、日本のバブル期さなかまでをたどる、在日コリアン一家のサーガということになるのだろうが、強く心に残ったのは、女性の人生がいかに時代に翻弄さやすいのかということだった。メインキャラクターであるソンジャの芯の強さは物語全体の救いではあるが、彼女の長男との関係の難しさ、その結末に本当に胸が痛んだ。釜山から大阪へ渡ったあのとき、違う選択があったろうか。差別や偏見がカジュアルに広がる現代日本社会に暮らすからこそ、差別されてきた者たちの抑えた静かな怒りとレジスタンスの物語を、いまこそ読むべきだ。

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【推薦者】ないとうふみこ
【推薦作品】『マーダーボット・ダイアリー』
【作者/訳者】マーサ・ウェルズ 中原直哉
【推薦文】
 「弊機」「本船」という新しい一人称の創出。そして「弊機」視点のですます調で、アクション場面までテンポよく訳し通してしまう力業。初めて読んだとき、訳者さん天才なんじゃあるまいかと思った。コミュ障で、人間と顔をつきあわせるのは苦手、大事なことは全部連ドラから学んだという、マーダーボットの今日的な人間性(?)も、セリフや行間のいたるところからにじみ出ていていとおしく、思わず二回読みました。昨年はSFが元気だったし、日本翻訳大賞は例年、エンタメが少なめなので、風穴をあけてほしいです。

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【推薦者】うみのひよこ
【推薦作品】『夜フクロウとドッグフィッシュ』
【作者/訳者】ホリー・ゴールドバーグ・スローン / 三辺律子
【推薦文】
 ある日、ニューヨークに暮らす12歳のエイヴリーのもとに、知らない女の子からメールが届く。「そっちのお父さんは、うちのお父さんと付き合ってるんだよ」と。メールの差出人は、ロサンゼルスに住むベットという同い年の女の子。どちらもお父さんとの二人暮らし。自分がお父さんの一番の理解者だと思っていたのに、隠し事はなしだって決めてたのに、お父さんは秘密の恋をはぐくんでいた! しかも結婚までしようとしている! というあらすじのすべてが、お互いへのメールで綴られる書簡体小説。エイヴリーとベットが全然タイプの違う女の子だということを、その話し方(書き方?)から感じられる、すてきな翻訳でした。

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【推薦者】只今小説熟読中 。
【推薦作品】『赤いモレスキンの女』
【作者/訳者】アントワーヌ・ローラン/吉田洋之
【推薦文】
 拾った落とし物の手帳を読んで落とし主を夢想することから始まる本作。その後ろめたさもある行いが、最後には良い思い出になったと感じました。良い面ばかりが書かれているのかもしれませんが、こういう物語があっても良いと思いました。日本よりも書店が生活と結びついていること、それも含めたパリの雰囲気も味わえる一冊でした。

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【推薦者】田中映理子
【推薦作品】『忘却についての一般論』
【作者/訳者】ジョゼ・エデゥアルド・アグアルーザ/木下眞穂
【推薦文】
 ひ弱で無防備だった一人の女性ルドが、思いがけず外界と断絶した状態で送ることになる、30年に及ぶ厳しい自給自足の生活。世界から忘れさられた彼女が、壁に書き綴る詩の美しさと切なさが胸を打つ。ルドと外の世界の人々が、終盤に向けてつながっていくストーリー展開は見事だった。一気に読み終わってからは、もう一度、ゆっくり頷きながら読み直してしまった。訳者あとがきにあるように、時を超えたアンゴラへの旅を楽しめる、そんな作品だった。

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【推薦者】丸面チカ
【推薦作品】『ベレンとルーシエン』
【作者/訳者】J.R.R.トールキン著、クリストファー・トールキン編/沼田香穂里 訳
【推薦文】
 『指輪物語』の著者J.R.R.トールキンは「中つ国」という準創造世界の歴史物語とその世界で使われる言語を生涯創造し続けました。その過程で中心となった三大物語のうちの一つが『ベレンとルーシエン』であり、この三大物語と、シルマリルという宝玉を巡る争いが織り成した伝説が『シルマリルの物語』です。著者トールキンは散文や韻文など形式や内容の仔細を変えた様々な原稿を遺し、その遺稿をご子息のクリストファー氏が編集しました。編集された原稿は『中つ国の歴史』十二巻になりますが、そのうち『ベレンとルーシエン』の伝説として編集されたのが本書です。訳はこの背景と言語学的な知識が基になっていることが読者に伝わってきますし、また韻文も韻律を保ちつつ内容を損なわず読み易いものとなっています。三大物語の残る二篇の邦訳刊行も待ち遠しいですし、いつか『中つ国の歴史』も日本語で読める日が来ることを願ってやみません。

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【推薦者】ピニャコラーダ
【推薦作品】『アフリカの森の女たち―文化・進化・発達の人類学』
【作者/訳者】ボニー・ヒューレット/服部志帆、大石高典、戸田美佳子
【推薦文】
 人類学者は通常、フィールドで見聞きしたことを研究の視点から論文や民族誌にまとめるが、この本ではアフリカの女たちの四方山話が息遣いもそのままに書き込まれている。読者はその女たちの生活感や感覚をなぞりながら読み進めることが出来、読んでいてとても楽しい。そして人類学者のフィールドノートや用語解説や考察、そして時折、読者が考察するための問いが差し込まれる。人類学的な満足度も高く、他者表象の新しい試みに大変好感が持てる。冊子の紙質も手になじみ、この本の気取らぬ性格にあった装丁だと思う。日本人にはなじみの薄いアフリカの森や森の女たちの暮らしを新しい目線から紹介してくれた本作を翻訳大賞に推薦したいと思う。


【推薦者】谷本京一
【推薦作品】『わたしに無害なひと』
【作者/訳者】チェ・ウニョン/古川綾子
【推薦文】
 「あの時どうして、あんな態度をとったんだろう」と後悔したのを思い出します。当時は、それが最善だと思ったりもしました。いや、思い込みたかったんでしょうね。本当に、寂しいというか、何とかならなかったのかなあと、思ってしまいます。


【推薦者】ヤマモトアヤ
【推薦作品】『わたしに無害なひと』
【作者/訳者】チェ・ウニョン著、古川綾子訳
【推薦文】
 シンプルな文章なのですが、現代の韓国の感覚、過去から続く家父長制の問題、セクシュアリティ、懐かしいこと、遠い国のことにそっと触れてくれる良い小説でした。宗教の価値観、徴兵制に深い馴染みがなくても、すぐ隣のテーブルで聞こえてくるような聞きやすさを感じました。古川綾子さんの翻訳された韓国文学を何冊か読んでいるのですが、読み終わってからも大事に部屋に置いておきたくなる読後感を感じます。


【推薦者】まつみえ
【推薦作品】『サブリナとコリーナ』
【作者/訳者】Fajardo-Anstine,Kali/小竹由美子
【推薦文】
 米コロラド州デンバーに生きる、ヒスパニック系の女性たちを描いた短編集。彼の国でヒスパニックの女性として生きることについて考えさせられ、またついついステレオタイプなイメージを抱きがちだった自分の浅はかさも思い知った。厳しい状況のなかでもすくっと立って生きていく母、娘、祖母たちの姿に胸を打たれる。

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【推薦者】ヤギと薪ストーブ
【推薦作品】『海と山のオムレツ』
【作者/訳者】カルミア・アバーテ/関口英子
【推薦文】
 イタリアに移り住んだアルバニア人により築かれたアルバレシュ村、豊かな自然と食べ物に恵まれながらも、父は家族を置いてドイツへ出稼ぎに行かねばならない。息子は故郷の村や、仕事を求め移り住んだ土地で、伝統の味や新しく出会う食べ物を大ぜいで分かち合う幸せを存分に味わい、それが読者にも強烈に伝わってくる。ヨーロッパ文芸フェスティバルでアバーテ氏の話を聞いて、何世紀も前より続く移り住む人々が作ってきた歴史を知った、その事にとても無知であった。またアルバレシュ語を知ることができたのも大きな喜びである。その時の物語に今回出会うことができ、とてもうれしい。翻訳文で食べ物や形容詞で普段あまり出会わない漢字を使っているのも、日本語との新鮮な出会いに感じました。

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【推薦者】yamanomiyokosan
【推薦作品】『断想集』
【作者/訳者】ジャコモ・レオパルディ/國司航佑
【推薦文】
 レオパルディは、イタリアを代表する詩人でありながら、これまでなかなか一般の人たちが気軽に手にとれるような邦訳書はなかった。この『断想集』が刊行されたことによって、レオパルディの思想が日本の読者にとってぐんと身近になり、いまの時代においても多くの示唆に富むものであることが明らかになったのではないだろうか。なにより、美文で知られるレオパルディのイタリア語を、格調高く、それでいて一度読んだだけですっと頭のなかに入ってくる日本語に仕上げた國司航佑さんの力量と熱意とレオパルディに対する愛情に拍手を送りたい。これだけの文章に仕上げるためには、おそらく何度も何度も書き直されたことだろう。訳者解題における、翻訳の限界に関する率直な告白にも、うなずける点が多々あった。

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【推薦者】futarou
【推薦作品】『99%のためのフェミニズム宣言』
【作者/訳者】シンジア・アルッザ、ティティ・バタチャーリャ、ナンシー・フレイザー共著、惠愛由訳
【推薦文】
 このところフェミニズムを扱った様々な書籍や雑誌が数多く刊行されているが、本書はフェミニズムについてあまり詳しくない読者にとっても非常にわかりやすい内容になっている(脚注もとても丁寧)。タイトルが「宣言」となっているように、「反資本主義のフェミニズムが必要だ」という主張を掲げ、その理由を明快に説明する。1%の特権階級のための世界を変革し、99%の人々の幸福のため、女性の問題という枠を超えたあらゆる差別や格差、暴力と戦うことを宣言しているのだ。本書はフェミニズムの大枠を捉える手助けをしてくれるだけでなく、木だけを見て森を見なければ問題の根本的な解決は望めないのだということを気づかせてくれる。そしてその気づきは、私たちが普通のこととして受け流している事柄に疑問を投げかけ、自分が生きている社会の仕組みについて、あらためて考えるきっかけを与えてくれる。

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【推薦者】鳥澤光
【推薦作品】『草地は緑に輝いて』
【作者/訳者】アンナ・カヴァン/安野玲
【推薦文】
 迷い迷ってアンナ・カヴァン! 冒頭《草の葉一枚一枚が光を放っているようにさえ思える》の一文字目を《言》に置き換えてみたい。瑞々しく色鮮やかな言の葉の奥の奥まで迷いこみたい。心をサクリと斬りつけられてなお幸せばかり到来する短篇集。


【推薦者】Hama
【推薦作品】『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』
【作者/訳者】ジェスミン・ウォード/石川由美子
【推薦文】
 黒人の少年ジョジョとその母親レオニが、刑務所から出所する白人の父マイケルを迎えにいく旅路を描くロードノベル。その旅の行程を死者を含む三者の語りによる多元内的焦点化を通して描き切る手腕からはフォークナーを想起させられた。母親であること、被差別者であることのアンビバレントな感情を、ポリフォニックな構成によって語りきる手腕は見事。

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【推薦者】ぴょんはま
【推薦作品】『詳註版 カラマーゾフの兄弟』
【作者/訳者】ドストエフスキー/杉里直人
【推薦文】
 練り上げた訳文に、歴史的背景や聖書からの引用、当時の裁判制度や習俗など詳細な註釈、充実した図版。読者は安心して入っていける。全巻を通して、父に愛されたいわらべの祈りと読んだ。「父親たち、自分の子どもを悲しませてはなりません!」フェチュコーヴィチの弁論のこの台詞が、全編の主題ではないだろうか。父親に擬えられるのは、自らは助けの手を差し伸べない神、ロシアの皇帝や貴族、政治家たち、教会・修道院の指導者たち。対する子らは貧しい、無知な、ロシアの農奴たち。中途半端な立ち位置の主人公一家の中の、父親と息子との相互無理解の物語には、アリョーシャのどんな未来が続くはずだったのだろう。最新の精緻な翻訳で古典を読み切れたのは、こもりがちの2020年最大の収穫。


【推薦者】河村みかん
【推薦作品】『アフリカの森の女たち』
【作者/訳者】ボニー・ヒューレット/服部志帆, 大石高典, 戸田美佳子
【推薦文】
 中央アフリカ共和国で長年フィールドワークを行ってきた人類学者による書籍を、周辺地域で同じくフィールドワークを行う日本の人類学者が翻訳しています。子どもから老年までさまざまな年齢の女性たちの経験や考えが、女性たち自身によって語られるのが最大の特色です。一部専門性の高い内容もありますが、訳註や解説が充実しているため予備知識なしでも読んでいけます。


【推薦者】細田真由美
【推薦作品】『レイラの最後の10分38秒』
【作者/訳者】エリフ・シャファク/北田絵里子
【推薦文】
 装丁に惹かれ、あらすじは読まないまま手に取ったが、昨年読んだ本の中で一番心を動かされた作品。ロックダウンで巣篭もり生活が続く中、日本から遠く離れたトルコのイスタンブールという街で亡くなった一人の女性に、なぜこれほどまでに共感できるのか。それは、著者の弱者に対する溢れんばかりの愛が理由だろう。素晴らしい訳文も相まって、ずっとそばに置いておきたい本がまた一つ、増えた。

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【推薦者】法水(なし)
【推薦作品】『白い鶴よ、翼を貸しておくれ チベットの愛と戦いの物語』
【作者/訳者】ツェワン・イシェ・ペンバ/星泉
【推薦文】
 著者のツェワン・イシェ・ペンバさん(1932-2011)はチベット人で初めて西洋医学を学んで外科医となった方。その傍ら、英語で自伝や小説を書かれていたそうで、本作も英語で書かれていて、死後6年経ってから刊行されています。
タイトルはダライ・ラマ六世の詩から取られていて、キリスト教布教のためにチベットにやってきたアメリカ人宣教師夫婦、その息子ポールと領主の息子テンガを軸に、歴史に翻弄されるチベットの姿が描かれています。これまでラシャムジャさんの『雪を待つ』などチベット語文学を翻訳されてきた星泉さんがこれが初めて英語からの翻訳だそうですが、作品背景を知悉しておられるだけに(28ページにわたる訳者解説を読んでもそれは明らか)、しかるべき人によって翻訳された作品といて本書を推薦いたします。

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【推薦者】濱田麻矢
【推薦作品】『1984年に生まれて』
【作者/訳者】郝景芳 /櫻庭ゆみ子
【推薦文】
 オーウェルが「ビッグブラザーは見ている」と監視社会を予言した『1984年』。その年に生まれたヒロイン(作者もまた1984年生まれ)、その年に大きな転換を迎えた父。80年代から2010年代まで、中国の激変を背景にして父のパートと娘のパートが交錯する大変魅力的な小説。

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【推薦者】青木渚
【推薦作品】『キングコング・セオリー』
【作者/訳者】ヴィルジニー・デパント/相川千尋
【推薦文】
 強烈な帯文を見たときから、私のためにある本だと確信しました。どこまでもクールで凶暴で人を寄せ付けない強さのある訳文は、まさにデパントが言う“キングコングみたいな女”を体現していると思います。声高に主張するわけではなく、淡々と当たり前のことを過激な言葉で書いているわけですが、あの文章だからこそ奮い立たせられた人はたくさんいるはずです!

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【推薦者】松尾菜穂子
【推薦作品】『ラ・ボエーム』
【作者/訳者】アンリ・ミュルジェール/辻村永樹
【推薦文】
 本書はプッチーニの名作オペラ『ラ・ボエーム』、ミュージカル『レント』の原作であるが、日本語全訳は今回が初とのこと。1840年代(時期的にはフランス革命前メイン)のパリの貧乏芸術家仲間の自由奔放な生活を描く23の連作短編集。読みはじめるとオペラ『ラ・ボエーム』の舞台が鮮やかに浮かび上がってくる。ボエームと呼ばれる若者たちの悲喜劇は決して遠い国の昔話ではなく、今の日本にも共通・・というよりいつの時代も若者は馬鹿をやるもんだ、と笑わせてくれる(突っ込みとオチの容赦なさがツボである)。そして日本語でこのライブ感を味わえるのは紛れもなく訳者の力によるもので、なかでも会話のやりとりが秀逸。このまま舞台の台詞になる。躍動感あふれる翻訳に敬意を表したい。


【推薦者】グレコ
【推薦作品】『パチンコ』
【作者/訳者】ミン・ジン・リー/池田真紀子
【推薦文】
 長い長い家族の物語。本の紹介であらすじを知ってからこれは絶対読みたいと思っていた。半島から渡ってきたコリアンの家族の歴史。時代が進むごとに主人公も入れ替わり、社会が変わり、家族も減ったり増えたりする。そういう長い物語がとても好き。貧しさ、寒さの質感が迫る半島の生活、大阪に移ってからの暮らしも目に浮かぶようで引き込まれ読んだ。

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【推薦者】佐藤弓生
【推薦作品】『ホモサピエンス詩集』
【作者/訳者】レムコ・カムペルト他/四元康祐
【推薦文】
 奥付では四元氏が著者となっており、趣旨から少々はずれるかもしれませんが、実質の記述は22ヵ国32人の詩人の作品翻訳が大半なので、詩歌書の紹介になることを願い、投稿いたします。詩と散文の制作上のちがいは、形式以外では、蓄積の度合いにあると思います。詩は長くためこむことができません。この本は「この星のどこへ行こうと、そこに人間がいる限り、詩のない場所はない」という信念のもと、著者が各国の詩祭などで直接会った詩人たちの作品をそのつど選んでは、“そのとき、そこで”湧いた感興を伝えます。手短に引用を。カトリック国スロベニアのヴェロニカ・ディンティニャーナの詩より〈ボク、死を見たよ(中略)/三十ぷんほど経ってから、ボク、病室に戻ってみたよ/枕元に食べ残されたお昼ごはんの/パン屑を目当てにね。〉現在の、遠くへ行けない私たちも、ツバメの〈ボク〉とともに見る“そのとき”を、ともに体験することができます。

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【推薦者】MT
【推薦作品】『ミルクマン』
【作者/訳者】アンナ・バーンズ/栩木玲子
【推薦文】
 一人称小説を読んでいると、その語り手と読者である自分との間に様々な関係ができてくる、気がする。語り手と歩きながら話を聴いている様だったり、ガラス越しに観察している様に感じたり、唯一なんでも話せる子どもの頃から大切にしているぬいぐるみの気分になったり。この本の語り手との関係は今まで体験したものとは全く違っていた。彼女の細胞の一部になった様な、街中で一瞬すれ違い触れ合った手から記憶が流れてきた様な。しかし、その他の素晴らしい一人称小説と同じなのは、あなたに出会えて良かった、と本を閉じた時に思う事だ。彼女と私の人生を交差させてくれた訳者の栩木玲子氏と河出書房新社に感謝したい。


【推薦者】うみのめりい
【推薦作品】『次の夜明けに』
【作者/訳者】徐嘉澤/三須祐介
【推薦文】
 私の好きな台湾の言葉の響きと二胡が聞こえてくるような翻訳であった。現代台湾史の問題を描いた本はあまり読んだことが無かったので驚きも多かった。繊細な言葉選びがされていたと思う。

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【推薦者】ヒゲわんこ
【推薦作品】『レイラの最後の10分38秒』
【作者/訳者】エリフ・シャファク/北田絵里子
【推薦文】
 心臓停止後、10分38秒は意識があるというのが興味深く、その間に語られる主人公の人生が過酷ながら、個性豊かな仲間に囲まれた味わい深い物語でぐいぐい引き込まれた。後半は、その仲間たちが勢揃いしちょっとした賑やかさも感じられ、「死」を扱いながらも読後は爽やかな気分になった。トルコで人気の作家ということで、他の作品もぜひ読んでみたいと思う。

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【推薦者】しげる
【推薦作品】『詳注アリス 完全決定版』
【作者/訳者】マーティン・ガードナー、ルイス・キャロル/高山宏
【推薦文】
 翻訳が出たら買うしかあるまいと思っていた本が出た。訳者はこの人しかいまいと思っていた人が翻訳された。「完全決定版」というフレーズに偽りなし。一つの事件として記憶されるべき一冊。

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【推薦者】くろくま
【推薦作品】『イェレナ、いない女 他十三篇』
【作者/訳者】イボ・アンドリッチ/田中一生・山崎洋・山崎佳代子
【推薦文】
 ボスニアに生まれ、東欧諸国を渡り育ち、ユーゴスラビアの最期を見届けることなく世を去った作家イボ・アンドリッチ。本書は現在ただ一人となるセルビア・クロアチア語によるノーベル文学賞作家の日本オリジナル作品集である。移動する国境線、並存する信仰、文化の不和が生む紛争、そして希望の象徴としての〈橋〉。作品の素晴らしさはもとより、三人の翻訳家が小説・詩・エッセイを訳したにもかかわらず、透徹とした一人の作家の文体が隅々にまで行き渡っている不思議さ。原文の完成度を踏まえたうえで、完成された訳文の向こうには、何百何千の研鑽によって紡がれる翻訳の営為を感じさせる。そして〈橋〉に仮託された、異なるいくつもの国や文化を繋ぐ希望――それは何より、翻訳という行為そのものではないだろうか。一人の作家が抱き続けた希望を、素晴らしい文章と研究と情熱で纏めあげた本書が、遠い海を隔てた日本で長く読まれることを願ってやまない。

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【推薦者】Ettore B
【推薦作品】『蜜のように甘く』
【作者/訳者】イーディス・パールマン/古屋美登里
【推薦文】
 いろいろな年代の、ごく普通の人々の短編集なのですが、でもみんな自分を持ってて、かっこいい! ちょっと変わった麻酔医とか昆虫ヲタの子とか楽しくしみじみ読みました。


【推薦者】松井ゆかり
【推薦作品】『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』
【作者/訳者】タラ・ウェストーバー/村井理子
【推薦文】
 人間とは、こんなにも脆く、同時に強くなれるのだなと思った。著者タラ・ウェストーバーの回顧録である本書には、学校にも病院にも行かせてもらえなかった彼女の少女時代の苦しみと、そこから抜け出したことで得た希望が書かれている。子どもたちを支配しようとする厳格なモルモン教徒の両親に対して反発を覚えながらも、決別をためらわずにいられなかったタラの心情を思うと、胸がふさがれる。訳者である村井理子氏自身の肉親との愛憎が綴られたエッセイ『兄の終い』とあわせて読んだことで、より一層心に迫るものがあった。

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【推薦者】ねこうたた
【推薦作品】『レイラの最後の10分38秒』
【作者/訳者】エリフ・シャファク (著)/北田絵里子 (訳)
【推薦文】
 イスタンブールの路地裏で、一人の娼婦、レイラが暴力を受け命を落とす。既に心臓は停止しているが、その後も10分38秒、わずかに残る意識の中でレイラの生い立ちと、かけがえのない友人たちとの思い出が綴られる。ソマリアから逃れてきたムスリム、夫のDVで家を飛び出した女性、アナトリアの裕福な家庭に育ったトランスジェンダー……。レイラと友人たちは、イスタンブールでは偏見にさらされ、底辺に生きる立場ながら、家族よりも温かな絆を育んできた。その様子は、古くから「文化の交差点」として栄え、多様な文化を築いてきた、そしていま、その多様性が失われつつあるイスタンブールという街、そして、一時は当局にマークされたこともあり、現在はロンドンに暮らすという筆者の姿にも重なる。トルコ出身の人気作家ながら、邦訳はこれが初めて。今後の作品もぜひ日本で紹介してほしい。そんな期待もこめて。

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