受賞のことば 加藤有子|『アカシアは花咲く』(デボラ・フォーゲル)第六回日本翻訳大賞

はじめに

 翻訳大賞をいただいたことは、この本、デボラ・フォーゲル『アカシアは花咲く』にとって、非常に大きな意味を持ちました。決して読みやすい本でもありませんし、文学史で知られた名前でもありません。受賞によって、この本がようやく書店に並ぶようになり、タイトルが人の目に触れ、本当の意味で世に出ることになりました。

 読者推薦として本作を推薦してくださった方、選考委員のみなさまには心よりお礼申し上げます。翻訳大賞のホームページを拝見しますと、松尾菜穂子さんというおひとりが推薦してくださっていました。また、先の翻訳ラジオでご紹介いただいた、翻訳審査の方々の過分ともいえるお褒めの言葉も本当にうれしかったです。

 『アカシアは花咲く』は1935年にイディッシュ語、1936年にポーランド語で刊行されました。2006年にポーランドで再刊され、ドイツ語、ウクライナ語で翻訳も出ています。ただ、書籍市場で大きな影響力がある英語の翻訳は2020年10月に出たばかりです。当然、日本でアクセスできるレビューもほとんどありませんでした。

 そのようななか、私の推薦を信頼し、刊行を引き受けてくれた松籟社の編集者、木村浩之さんにも、感謝しております。かつては東欧文学全集といったものも出ていましたが、冷戦終結後、政治的な枠組みとしての東欧が消えるなか、この地域を文化的まとまりとしてとらえる関心は薄れています。木村さんが立ち上げ、継続している〈東欧の想像力〉シリーズなくしては、そもそもフォーゲルを単行本として日本語で出す機会はなかったと思います。このような小さな言語や文学に関心を寄せる編集者と出版社があることは、非常にありがたく、翻訳も含めた日本の文学にとっても重要であると思います。今回の受賞を〈東欧の想像力〉シリーズの訳書でできたことも喜びです。

評価されていないものを評価する──フォーゲルの特徴

 フォーゲルはもともと、ブルーノ・シュルツという20世紀ポーランドの代表的なユダヤ系作家の作品誕生となった文通の相手、いわばミューズとして知られていましたが、その作品自体はまともに評価されてきませんでした。読んだ人も少なく、シュルツ研究者の評価も高いものではありませんでした。(シュルツはポーランドのカフカとも呼ばれ、クエイ兄弟の人形アニメーションフィルム「ストリートオブクロコダイルズ」の原作としても知られる作家です。日本では工藤幸雄さんが翻訳をしています。)

 フォーゲルの『アカシアは花咲く』を入手し、翻訳の下役に着手したのは2000年代、ポーランドで再刊される前でした。このため、翻訳の作業は、本当にこれが良い作品なのか、世に出すべき価値があるか、ただの実験的な作品ではないと説明しきれるか、文学史上どう位置づけるべきか、また、シュルツについての博士論文を書いているときでもあり、そもそも良い文学とは何か、といった問いに戻っては解答を更新する作業でもありました。

 ちょっと読むとすぐわかるのですが、フォーゲルの文体もテーマも、伝統的な小説とは決定的に違う一風変わったものです。特定の主人公も、明確な物語もありません。(要約できるという意味での「わかる」物語はない)。

 伝統的な小説は、何が起きたか、物語を事細かに語りますが、フォーゲルにはそのような中心となる出来事や物語がありません。何が起きたか、という中心の説明はないまま、何かが起きたあとの「その後」の状況と感情が描かれます。しかもフォーゲルは、セザンヌやキュビスムなどフランス近代絵画のものの見方を文学に応用し、感情や人生をめぐる考えを、色や幾何学や物質の名前や手触り(たとえば、灰色、矩形、鉄、コンクリート、粘着質)の言葉で語ります。

 翻訳では人生、生、生活、生命と訳し分け、ちょっと苦労した言葉──英語のlife、ドイツ語Lebenに当たるżycieという言葉が多用され、主たるテーマとなっています。非人称体も多用され、主人公は通りを行く名もない大衆、「ひとびと」、それも、成功者ではなく、失敗もして、ばつの悪い記憶を抱えても、なお生きるしかない人々。

 小説や映画には必ず終わりがありますが、現実に生きている人間には、ハッピーエンドもカタルシスも、中断にも終わりにもならず、人生はその後も続きます。これは、何かが起きても人生を引き受けるしかない、平凡なわれわれの物語であり、それでも生きざるをえないという(強さという意味での)あきらめと哀しみに満ちた作品だと思っています。何かを失ったり、何か取り返しのつかないことをしたり、空っぽになったときに、静かに寄り添うような作品とも思います。  

 いずれ、当時としても異質で、実験的と言われたこの作風を、形式だけではなく、内容までもが新しい文学である、と言い切るまでには、かなり揺らぎもあり、考えました。決定的だったのは、フォーゲルが文学について書いた理論的なエッセイがいくつか発見されたことです。フォーゲルのテクストは、独自の「モンタージュ」というコンセプトのもとに考え抜いて構築したものであり、こう書くしかない、この人にしか書けない文学であった、という確信がもてました。今あるかたちにあるべく組み立てられた、という前提があれば、訳すことは非常に楽になります。刊行まで時間がかかったのは、博士論文執筆などほかの優先事項があって中断したのももちろんですが、結果的には、日本語とポーランド語能力を含め、自分がこの作品をある程度理解し、評価するレベルに達するのに必要な時間であったとも思います。

 一方で、通常の翻訳とはちょっと違い、長い時間と中断をまたいで推敲を多々重ねたので、人工的に、研ぎすぎたのではないか、という思いもあり、これが絶対の正解とは思っていません。翻訳の賞をいただいたものの、一つの訳の可能性にすぎず、他の訳し方もあると思いながら刊行しました。

 縦書きの散文の文章は、重力に沿って、言葉自体の重さで下に落ちる、連続性を生み出す感覚がある気がします。接続詞を省いても、前後の文章の関係性が取れるような文章が好みなのですが、縦書きの散文のもつ連続性を生み出す力をぎりぎりまで発揮させるのに、フォーゲルの散文はちょうどよくミニマムなものでもありました。推敲の過程で、ポーランド語から少し離れ、日本語としての完成度に寄せた部分も、いま見直すとありました。

辺境からの逆転──なぜ今フォーゲルか

 最後になぜ今フォーゲルか、周縁性、端っこという意味での辺境性をフォーゲルのキーワードとして挙げて終わりたいと思います。フォーゲルは、文学史において、そして現在も今の世界秩序でも、社会的、言語的に周縁性を体現したような作家です。

 男性中心の文壇、文学史のなかで女性であり、イディッシュ語とポーランド語という使用者の少ない言語の作家でした。作風は前衛的、つまり、今までのものを越えて新しいものを作ろうとしていたので、当然、大多数には見慣れぬ、わかりにくいものです。暮らしたのはヨーロッパの地理的辺境にある都市リヴィウ(ポーランド語でルヴフ、ドイツ語レンベルク)という現在ウクライナの都市です。

 辺境性を体現するような作家が、実はイディッシュ語文学の中心地であったニューヨークなどで作品を発表していたことが明らかになり、鮮やかに転身して再登場し、2000年代から再評価が始まりました。(ポーランドという一つの国や一つの言語の文学史では見えない作家の軌跡が、言語をまたぐ研究によって明らかになったことが背景にあります。)

 一方で、フォーゲルを周縁に位置づけてきた社会、フォーゲルという存在が目を向けさせる問題は、いまも変わらず続くものです。男性中心的な社会、大資本の集まる大都市中心に設計された世界像、そして、言語面では、英語など帝国の言語の優位、これらはかつて植民地主義によって、使用地域と話者人口を増やした言語です。これらの強い声が権威ある正しいものとして聞こえる構造は今も続いています。日本だけではなく、世界でも、そして一見、中立に見える大学や学問、文学の出版・流通の世界も、この力関係のなかで展開しています。

 フォーゲル再発見は、この世界像に対する問い直しが、たとえばフェミニズムの視点なり、植民地の歴史と今をつなげてとらえる視点(ブラックライヴズマター運動など)が広がってきた、今の時代だからこそ可能であったと思います。根強くあるさまざまな中心/辺境を問い直す視点が浸透し、評価の土壌がようやく整ったという感じです。

 辺境性を体現させられてきたこの本が賞を受け、それによって脚光を浴びたことはとてもうれしいことでした。

 文学作品は、星座のように点として散っていて、どの点と点をつなげて線やイメージを描くかは、それぞれの読み手によって違い、それが個性になると思います。また、受容から更なる創造が連鎖的に広がっていきます。日本語でアクセスできるテクストのいわば星座群のようなものに、フォーゲルという点を加えることができた、というのが訳者のなしうる最大の到達点ですが、受賞によって、その点がよりくっきりと可視化されるようになりました。

 1930年代リヴィウを舞台に描かれたこの作品が、日本でも読者が作る翻訳大賞というかたちで反響を得ました。実験的と否定的に評価されてきたこの作品のもつ普遍的な価値が示されたのではないかとも思います。

 フォーゲルや作品、翻訳についてはたくさん言いたいことがあるのですが、お礼ともに、ひとまずここで終わります。重ねて、ありがとうございました。