受賞挨拶 アンソニー・ドーアとエドゥアルド・ハルフォン

受賞作『すべての見えない光』(藤井光訳/新潮社)の作者アンソニー・ドーアと、『ポーランドのボクサー』(松本健二訳/白水社)の作者エドゥアルド・ハルフォン、それぞれから届いた挨拶を掲載します。


アンソニー・ドーアからのメッセージ
藤井光訳

『すべての見えない光』が第三回日本翻訳大賞の受賞作となったことを、心から名誉に思います。デビューして間もない頃から今まで、僕の作品を日本で出版してくれている新潮社と、心を砕いて翻訳を完成させてくれた訳者の藤井光さんに感謝します。そして何よりも、選考に参加してくださった読者のみなさまにお礼を言いたいと思います。読者なくしては、作家も出版社も存在できないのですから。
翻訳文学に与えられる賞は、とても大事なものです。長編や短篇や詩が、国と国のあいだに何千という扉を開くものだと教えてくれるからです。優れた本は、文化や階級や人種、さらには時間の壁を超えていくことができます。優れた本は、僕たちをふわりと持ち上げ、自分という垣根を超えて、似たような人生を送る隣人であれ、地球の反対側で生きる人であれ、他者の人生に入り込ませてくれます。
本を通じて、人々への共感を培っていきましょう。今、この世界では、他者への共感がかつてなく必要とされています。どうもありがとうございました。

 

 

エドゥアルド・ハルフォンからのメッセージ
松本健二訳

三年前の三月、雨の日の午後、私は京都で訳者の松本健二とはじめて会いました。その日の午後から私たちは共同作業の可能性について話し合い始めました。私はおそらく冗談半分で、三冊を一冊にまとめ直せば日本の読者だけが読める世界でひとつの版をつくれるのでは、と言いました。三冊とも読んでいた健二はすぐさま私の意図を理解してくれました。どれも同じ語り手が同じ探求をしている、合冊には意味があると。しかし本当にそうだろうか? はっきりとそれが分かったのは、健二が翻訳を終え、それが私たちの編集者である金子ちひろさんの手に渡り、彼女がそれを通読したあとで、たしかに意味がある、これはもはや三冊ではなく一冊の小説になっている、と断言してくれた時でした。
翻訳とはいつだって信念のなせる業といえます。作家がなにか言葉を書くと、翻訳者はそれを受け取り、家に持ち帰ります。翻訳者は、ある言語から別の言語に、ある記号体系から別の記号体系に、それらの言葉を元の形のまま同時に変換しなくてはなりません。結果としてそれらは元の言葉でもありながら、同時に違う言葉にもなっている。翻訳とは信念のなせる業、英雄的行為です。
そして、文学作品を出版するのも、信念のなせる業であり、英雄的行為です。あらゆるものがインスタント化されメディアに拡散しているこの時代にあって、もともとは三冊だったらしき小説を合冊にして翻訳するのは、なかなかの勇気を要することです。しかもその作者はグアテマラ人なのにグアテマラに住んでいないし、ユダヤ人なのに自らをユダヤ人と思っていないし、題名になっているポーランド人ボクサーなど実際には作品中で一度も姿を現さないのですから。
自分には英雄と呼べる人物はほとんどいません。マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師か野球選手くらいでしょう。あるいはジャズ・ミュージシャン。あるいは私の作品を訳してくれた人々と編集者。グラシアス、健二、グラシアス、ちひろさん。

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