受賞挨拶 パトリック・オノレ

受賞作パトリック・シャモワゾー『素晴らしきソリボ』(関口涼子、パトリック・オノレ訳・河出書房新社)の訳者、パトリック・オノレさんから届いた挨拶を掲載します。


日本翻訳大賞、本当にありがとうございました。共訳者としてこの素晴らしい賞をいただくなんて夢にも思っていなかったので、受賞のお知らせを頂いたときには本当に驚きました。

関口さんは『訳者あとがき』で、「この作品ほど、自分が「翻訳者」であろうと意識した作品もなかったような気がします」と書いていますが、僕も、まったく同じ感慨を抱いています。

 『素晴らしきソリボ』を翻訳する作業は、一つの文章を片付けて次に進む、という単純な作業とは全く異なっていました。

 以前に自分が仏語に訳した日本の文学作品、すでに何年も前に翻訳を終え、「箱の中」にしまい込んでいたこれまでの仕事のすべてを、『素晴らしきソリボ』の翻訳作業には総動員させたように思うのです。たとえば古川日出男氏の『ベルカ、吠えないのか?』をフランス語に訳した時、その中の名文句「犬たちよ、どこにいる?」で悩みぬいた記憶が、『ソリボ』の献辞にある、ハイチの歌手のアルティエリー・ドリヴァルの言葉、「おれたちの居場所はどこだ」を読んだ途端、よみがえってきました。ロジックな連想ではないかもしれません。しかし、翻訳という行為自体が、手作業の、そして、理性では片付けられない部分を含んでいるのではないでしょうか。そして、ソリボの素晴らしき言葉は、世界文学が、私たちの誰もが思いも寄らないところまで、自由にかつ複雑に繋がっていることを教えてくれているように思います。

 また、「ソリボ」はクレオール語で「転落、退廃」の意味で、即ち作中人物のソリボ・マニフィークの名前は「素晴らしき転落者」になります。これが、カナダ人の、詩人、作家兼フォークシンガーであるレナード・コーエンの小説の題名『Beautiful Losers』(日本では「嘆きの壁」という題名で出ているようですが)とも重なってくるのは偶然ではないでしょう。さらに、ジャック・ケルアックの『The Dharma Bums』( 邦題『禅ヒッピー』)は、フランス語を経由すると「Les clochards célestes」、「天空の乞食」となり、ここでもソリボと繋がってきます。ビート文学とクレオール文学に手をつながせる、パトリック・シャモワゾーの細部までこだわったパワフルな言葉の力を借りることで、世界は何重にも響き合い、変容し、打ち上げ花火のようにきらきらと舞って、あちこちで物語を繰り広げてくれるのではないでしょうか。

 これからも僕たち翻訳者は、文学の多様性を掘り出し、「島々」の文学の種を移植し花を咲かせていこうではありませんか。

広告