『エウロペアナ:二〇世紀史概説』、『カステラ』、『ストーナー』一次選考推薦文

第一回日本翻訳大賞と読者賞の決定を記念して、第一次選考で読者の皆さまからいただいた3作品の推薦文を再掲載します。

『カステラ』パク・ミンギュ/ヒョン・ジェフン、斎藤真理子訳(クレイン)

カステラ

【推薦者】牛島 のり子
本書は韓国の現代小説ですが、韓国の小説とは思えないぐらいの、こなれた日本語になっています。もちろんその内容も日本との共通点が色濃いものです。韓国の小説の翻訳はまだまだ少ないのですが、それには翻訳力の影響もあると思います。隣国の小説が豊かな翻訳力で日常的に紹介される日が訪れることを期待する意味からも、本書を推薦させていただきます。

【推薦者】三連星
発想が突飛でばかばかしくて、でも、その中に現代社会に生きる私たちの孤独感が織り込まれている美しい短編集。理不尽なことばかりの世界でも絶望しきらずにゆるやかに生きている主人公たちにそそがれる、作者のあたたかいまなざしがとても印象的だった。

【推薦者】ゆきこ
とても現実的な世界に、突如ファンタジーが入り込む。それが唐突で宇宙レベルの壮大さだったりするのに、感覚はとても身近で、普遍的な気持ちにさせるのだ。何度も笑ったし、びっくりしたし、ストンっと落とされたりかわされたりしながら、しっかりキュッとくる。シニカルで不条理で切なくなるけど、なぜか「ま、こんな毎日だけどいっか」って元気にもなる。文章はとても軽快でポップでライト、でもテーマはずっしり。そう感じさせてくれた翻訳もとても素敵だった。もっとパク・ミンギュの作品を読みたい!

【推薦者】鶴の一五四八番
 訳文そのものを日本語として愉しめるという希有な作品。訳者は日本語を母語として育った人ではないというのに、なんなんでしょうこのセンスのよさ。翻訳者のはしくれとして嫉妬と畏怖を覚えます

【推薦者】キャトル
あとがきによると、作者は「韓国の現代文学を語る上で絶対に欠かせない存在」とのこと。その作者の初短編集を紹介した訳者の役割は大きいと思います。社会の中で、なんとなく、あるいは、どうしようもなくうまくいっていない十人の「僕」たちの物語(+日本語版にのみ収録の作品一編あり)。何度もふっ、ぷぷっと笑わされ、何度もえ?、うわー! と驚かされ、文章の軽快なリズムに乗せられて、思いもよらない場所へと連れていかれ……一つ読み終わるたびに、他がどんな話なのか気になって、次を読まねばという焦燥感に駆られました。面白い! 作品の空気まで訳してくださった訳者おふたりに感謝します。


『エウロペアナ:二〇世紀史概説』パトリク・オウジェドニーク/阿部賢一、篠原琢訳(白水社)

エウロペアナ: 二〇世紀史概説 (エクス・リブリス)

【推薦者】佐々木 和樹
事実や事実じゃないと思われることや噂や想像も全て混ぜ合わせた本書は小説なのか歴史書なのか分からない。でも読んでて浮かんでくるのは物語。

【推薦者】益岡 和郎
解説にある「二〇世紀を語るさまざまな言葉をめぐる書物」という形容がぴったり。普段何気なく使っている言葉がいかに新しく、多義的であるかを突き付けられ、ところどころで狼狽えました。この一冊を註なしで伝えるための言葉選びは大変難しい仕事だったのではないかと考え、本書を推薦いたします。

【推薦者】井之頭 太郎
 ヨーロッパの20世紀を多面的な視点から描いたチェコ語の作品を、そのユーモアの力を失うことなく、多分野の専門用語が盛り込まれた文章をわかりやすく訳したこと。専門分野が異なる2人の訳者の共同作業に敬意を込めて推薦します。


『ストーナー』ジョン・ウィリアムズ/東江一紀訳(作品社)

ストーナー

【推薦者】原田 勝
 静かな、それでいて熱のこもった作品世界が見事に再現されています。訳者しだいで凡作になりかねない作品が、名作として日本に紹介されたと思います。東江一紀さん、最後の訳業。主人公の最期と重なり、心が震えました。

【名前】三月うさぎ(兄)
【推薦文】
文章はこれ以上ないほど平易。感情の爆発もドラマチックな展開もほとんどないが、人生に必要なことが全て書いてあるので、読み始めた人生の初心者にも、人生を書きつつ走っている人にも、ついに書かれなかったことを思う老境の人にも、 様々なレベルの読み方が可能な貴重な作品。もうオールタイムベストでいいです。死んだら、これを棺に入れてください。人生が終わった後にどう読めるのか、いまから楽しみにしています。

【推薦者】みねこ
ある男性の一生を綴る淡々とした文章が、まるで細い水の流れがやがて岩を穿つように、しだいに心に染み通り、読み進むほどに作品の世界に身を沈めていくようでした。物語の最後、決して明るくない人生の終りに立ち会った時に、なぜか幸福な心持ちになったのは、ストーナーの人生を、読者として、ともに歩めた喜びのせいだったかもしれません。そして、水の流れを止めずに最後まで導いてくれたのは、訳者の紡ぐ文章であったと思います。「訳者あとがきに代えて」までも含めて『ストーナー』というひとつの作品でした。

【推薦者】小竹 由美子
 人が日々生きていくことの哀しみと喜びが切々と胸に迫ってくる一方で、学び、そして教えるということ、愛するということ、文学の持つ力、自分の分を全うするということなどなど、様々なことを考えさせられる作品の素晴らしさもさることながら、それをまたじつに格調高い、それでいて衒わない、心に直に響く日本語に置き換えられた訳者の力量にも脱帽。見事なお仕事を重ねられながら多くの後進を育ててこられた東江さんのお人柄が滲み出ている気がした。名翻訳家としてこれまでなさってきたことのこれ以上ないピリオドとして、ご冥福を祈りつつ推したい。

【推薦者】北烏山
1960年代に書かれたこの作品が、いま再評価されて、それが名翻訳家の目に留まり、彼の最後の翻訳作品として読者の手に届けられたという奇跡。

【推薦者】iHope
日常のあちこちに潜む「静かな悲しみ」から目をそらすのではなく、むしろ慈しむように抱きしめ、1度しかない人生を歩んでいくゆく主人公・ストーナーの姿に心を打たれました。「みじめな、ダメな人生なんてないんだよ。みんなそれぞれ、精一杯に生きている、そのことが尊いのだよ」―そう語りかけ、励ましてくれているような気がしました。本書は14年6月に逝去された東江一紀さんによる最後の翻訳で、15年以降東江さんの翻訳書が出ることはもはやありません。埋もれていたこの名作を掘りおこし、命がけの翻訳で届けて下さった東江さんの偉業をたたえる意味でも、ぜひ、ぜひ、本作に大賞を!

【推薦者】タンブラー
 これはある田舎町を舞台に、目だたない大学教授の一生を追った小説です。というあらすじだけ聞くと、大概の人はつまらないかと思うかもしれません。しかし、感情を表に出さない主人公ストーナーの心には文学への情熱だったり、愛する娘を助けてあげられないもどかしさとなどが渦まいており、ドラマチックな描写がないのに読者をそれに同調させてしまうのが不思議ですごい。翻訳はもちろん素晴らしいです。

【推薦者】ジェイエヌ
とにかく、主人公ウィリアム・ストーナーの愚直なまでに誠実な生き様に心を打たれました。夫婦関係や同僚との確執など、思うに任せないことが多々ある人生ではありますが、苦難を淡々と受け入れながら、主人公は前に進んでいきます。そんな生き方こそ、本当は難しくて、誰もができるわけではない貴重なものなのかもしれない。読んでいてそんな思いを抱きました。近年、本作のような直球勝負の小説をなかなか読む機会がなく、一種心洗われる読書体験でした。まことに残念ながらこれが最後の訳業となってしまった、故・東江一紀氏の訳文も素晴らしく、日本翻訳大賞の第一回目を飾るにふさわしい作品として、本作を推薦する次第です。

【推薦者】三辺 律子
波瀾万丈の物語、奇想にそそられる小説、どんでん返しの結末に驚かされる小説、去年も面白い作品がいっぱいあって悩んだけれど、今でもいちばん思い返すことが多いこの作品を、選びました。主人公ストーナーの人生を淡々と綴っているだけなのに、ストーナーはもちろん、登場人物について(作品には描かれていないところまで)深く深く想像を巡らせることができるーーー巡らせずにはいられないのは、作者の筆力と翻訳者の力だと思います。ストーナーの生き方自体に打たれ、そういえば主人公の生き方そのものに感動するような小説は久しぶりだったと思いました。

【推薦者】め かぶ
ひとりの男の一生を、ただひたすら丁寧に丹念に追った作品。静謐な描写、重なってゆく情緒、ゆっくり読んで何度も噛みしめたくなる訳文。東江一紀という翻訳者がなぜこの作品を選んだのか、想像すると泣きたくなります。

【推薦者】大戸 敦子
 50年前の小説だということを全く意識させられることがないのは、50年前も現在もそして50年後も、どんな世の中になろうとおそらく、人の生の懸命さ、理不尽さ、美しさ、悲しさ、は変わらないからだろうと思います。幸福だろうが不幸だろうがストーナーは生き、幸福だろうが不幸だろうが私たちもそれを受け入れ生きていかねばなりません。だからこの小説は、誰の人生でもあるのでしょう。
いいとこたかだか数十年の人の一生は小さく儚いけれど、その小さく儚いものにこそ、大きく太い力が宿ることを思い知らされます。そしてそこに訳者である東江さんの人生も、間違いなく重ねられていたであろうことも思い、どこからか静かな力を受け渡されるようでした。大人たちにこそ読んでほしい小説です。

【推薦者】神崎 紫音
 ほぼ全編にわたって貫かれる、ひっそりとした哀愁。その薄暗さのなかに、まるでともしびのように、はっとするような美しい描写が差し込まれる。読書中はひたすらにその明かりを追いかけて進み、読後には奇妙なカタルシスを味わった。本書にまつわる忘れがたいエピソードや前評判の高さに、手に取ることを躊躇していたが、ためらいなど杞憂だった。素晴らしい作品を届けてくれた東江一紀氏に感謝を込めて、本作を推薦いたします。

【推薦者】松山 悠達
 愛するものを愛しつづけるのは地獄である。愛することにどのような困難が付き纏おうが、愛しているがゆえに愛しつづけてしまう。愛するものが感情を持たぬ無生物であればなおのこと。いくら愛しても相手の気持ちは一向にわからない。だが、ふとした瞬間、相手が自分を愛しているのではないかと感じるときがある。自分勝手な思い違いかもしれないが、それは至福のときである。そのときをふたたび求め、愛は愛でありつづける。ストーナーは文学を愛しつづける。彼が文学に愛される瞬間がこの小説には存在する。その瞬間に立ち会うとき、読者も文学に愛される。本書を翻訳した東江一紀氏も無生物である翻訳、あるいは言葉を愛しつづけたに違いない。『ストーナー』には、東江氏が翻訳に愛される瞬間があるのではないか、本書の美しい文章を読んでいると、そう思わずにはいられない。その瞬間に立ち会うとき、読者も翻訳に愛される。それは、至福のときである。

【推薦者】えり
素晴らしかった。読みはじめた瞬間から引きこまれいつまでもページをめくり読んでいたかった。夢中になって1日で読み終えてしまった。東江さんの誠実で端整な訳もぴったりだった。最後の方はどんなお気持ちで訳されたのだろうと切なくなった。しかしこの本のカバーを外してみたら、小説の中にあるのと同じ「赤い本」であると気がついた。その時、喜び、成功、失敗、悔しい事もあるけれど情熱を持って立ち向かったならば、それだけでいいとこの本が語りかけてきたような気がした。誰もがストーナーである。それだけでいい。

【推薦者】miyu
 奇想天外な物語でもなく、もちろん種も仕掛けもない。地味な学者の地味な人生を描いた話が、どうしてこんなに胸に突き刺さるのだろう。読み手をつき放さず、むしろ両手をいっぱいに広げて包んでくれているかのようだ。翻訳者の人柄や、この作品に対する姿勢がとてもよく伝わって来る。主人公はけして象牙の塔の学者ではなくて、私たちと同じように悩み恋をして挫折を繰り返す、けれども文学(好きなこと)に対しては怖ろしく頑固で意志の強い、そんなとても愛しい人だった。だからこそ私たちの心をとらえて放さないのだろう。毛色の変わった作品に浸され続けているいま、まだ自分にもこのようにストレートな作品に対する溢れるばかりの想いがあったことを、強く意識出来たのがとても嬉しい。愛し合いながらも別れざるをえなかった人の17年後の献辞「W.Sに捧ぐ」と、主人公が静かに逝く場面は、涙なしでは読めなかった。それは悲しいというよりも、むしろ幸せな涙。私はこの作品をこれからも何度も何度も読み返すだろう。命を削るように最後まで素晴らしい翻訳してくださった、今は亡き東江一紀さんの「ストーナー」を、心から推薦いたします。

【推薦者】hrn
物語の素晴らしさもさることながら、後書きで語られた訳者東江一紀さんの姿が、私にこの本をより一層深く忘れられない作品にしてくれました。知を求めること、愛すること、生きること。


※ウェブ上での掲載の許可を得た推薦文のみ紹介しています。

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